マチルダ隊は今日も元気です 作:ガルパンおじさん復帰勢(にわか)
今回は出てくる人物がネタバレ・キャラ崩壊になるかもしれません。
独自設定、オリキャラ、ガバガバ戦術と粗も多いですが楽しんでもらえたら嬉しいです。
聖グロリアーナ女学院の戦車道チームは、今日も優雅だった。
少なくとも、新年度予算の話が始まるまでは。
「クルセイダー隊の予算を増やしていただきたいですわー!」
クルセイダー隊の隊長、ローズヒップさんが勢いよく手を挙げた。テーブルが揺れてティーカップから紅茶がこぼれた。
先ほどまで和やかだった場に緊張が走る。優雅な淑女たちが、獰猛な肉食獣に変わってしまった。
ついに来たか、と思わず額を抑えた。
そんな私にお構いなく、ローズヒップさんは持論を展開する。
「もっと訓練を重ねて、もっと速く、もっと自由に走り回りたいですの!」
「そのためには整備費の増額が必要ですわ!」
バニラさんも立ち上がった。背筋をピンと伸ばして、美しい漆黒の前髪を払いあげる。
今日はノーブルシスターズを前に、新年度の予算会議を行う日だった。
ただ会議開始から三十分は他愛もない雑談で埋め尽くされていた。互いに様子見していたのだ。
「走行装置の交換部品も不足していますし、訓練時間だって増やしたいのです!」
ダージリン様とアッサム様、そして私が並ぶ向かい側には、マチルダ隊とクルセイダー隊の方々が陣取っている。この光景を見た時、なぜだかイギリスの下院を思い出した。
テーブルには紅茶とスコーン。そして、アッサム様が用意した戦車模型が並んでいた。
夜更かしして塗装まで仕上げた自信作らしい。目元のクマを化粧で隠したアッサム様の笑顔は、どこか達成感に満ちていた。
「なるほど。訓練の充実は大切ね」
ダージリン様が頷く。相変わらず何を考えているのか、読みにくいお方だ。
いや、最近は何となく空気でわかるような気がする。
今は、これから来る混沌にちょっと期待しているのではないだろうか。だって、口角が少し上がっているから。
「ただ、マチルダ隊にも意見があるようだけれど?」
「ええ」
マチルダ隊の隊長、ニルギリ様が静かに立ち上がった。その佇まいは誰もが理想とする淑女だった。
「私たちは慎重かつ整然とした隊列を維持し、確実に敵を撃破する戦術を重視すべきだと考えています」
ニルギリ様はテーブルに三両のマチルダの模型を並べた。
寸分の狂いもない真っ直ぐな隊列だ。
「各車が互いを援護し、無理に敵を追わず、射撃位置を維持する。これこそ聖グロリアーナ女学院の戦術ではないでしょうか」
「そんなの退屈ですわー!」
ローズヒップさんが身を乗り出した。
「もっと縦横無尽に駆け回るべきですの!」
「敵の動きを見極め、位置を整え、正確な射撃で撃破する。それが戦車道の王道なのではないでしょうか」
「古いですわ! 古すぎてカビが生えてますわー!」
ローズヒップさんもクルセイダーの模型を取り出した。その砲塔は折れていた。
思わずアッサム様の方を見る。目元をハンカチで押さえて、およよと涙を拭いていた。
どうやら会議中にローズヒップさんが模型を壊してしまったようだ。なるほど、道理で。普段、どんな風にクルセイダーを乗り回しているのか、なんとなく察した。
「これからはパックマンの時代ですの! 速く、自由に、どこへだって走っていきますわ!」
クルセイダーがテーブルの上を駆け抜ける。
ティーポットの間をすり抜け、スコーンを迂回し、角砂糖を跳ね飛ばした。
「あら」
ニルギリが角砂糖を受け止める。
「それでは味方の隊列まで乱してしまいますよ」
「マチルダ隊こそ、ゴーストみたいにチマチマ動いてるから一網打尽にされるのですわー!」
ローズヒップのクルセイダーが、マチルダの模型をまとめて押しのけた。
嗚呼、完璧に整った隊列が滅茶苦茶になってしまった。ニルギリ様は目を細めた。
「ほら! 撃破ですわー! やっぱりクルセイダーが一番ですの!」
「
「スピードこそ正義ですわ!」
派手で威勢のいい演説にクルセイダー隊は大喜び。バーミンガム訛りの賞賛の声が議場を支配する。荒々しい野次と拍手喝采が沸き起こった。
対するマチルダ隊の淑女たちは般若の形相だ。とくにニルギリ様から発せられる冷気が怖い。
その口の利き方はなんだ、お里が知れるぞ。
そんなことを言ったのはフランスの大統領だった気がする。つい現実逃避したくなってしまう。
「ゴーストは、パックマンを追いかける側ではありませんか?」
「細かいことはいいんですの!」
「おほほ。そういえば昨日、大浴場にカメムシが飛んできて大変だったと聞きましたわ」
キームン様が横やりを入れてきた。紫色の扇で口元を覆っているが、きっと嫌味ったらしい笑顔を浮かべているに違いない。だって後輩たちをイビっている時と同じ目をしてるから。
「無秩序に、品もなく飛び回る虫さんがいると、周囲は迷惑してしまいますわね。今みたいに」
「……それ、わたくしたちのことですの!?」
バニラさんが目を見開いた。怒りで肩が震えている。
待ってましたと言わんばかりに、扇を畳んだキームン様は笑みを深めた。
「まあ! わたくし、カメムシのお話をしておりましたのよ?」
「絶対クルセイダー隊のことを馬鹿にしていますわ!」
「あらあら、ご自覚がおありでしたの?」
「キームン様!」
「おやめなさいバニラ!」
ローズヒップさんがバニラさんを制する。
「クルセイダー隊を害虫扱いするなんて失礼ですわ!」
「あらあら。そうカッカなさらないでくださる?」
ルクリリ様がしたり顔で微笑む。
普段のマチルダ隊での言動は鳴りを潜めて、淑女然とした佇まいだ。
ただ、こういう時のルクリリ様とキームン様は、だいたい性格が悪い。
「貴女たちって、本当にあの欠陥戦車に似て熱くなりやすいのだから」
「……は?」
ローズヒップさんの顔が引きつった。
すごい。なんて的確に地雷を踏むんだろう。
ご自慢の赤髪と同じ色に顔が染まっていく。
「欠陥戦車って、クルセイダーのことですか!?」
「ええ。お茶が沸きそうなくらいに車内が熱い失敗作のことですよ?」
「たしかに排熱機構は課題がありますけど、決して失敗作なんかじゃありませんわ!」
「いけませんわ、ルクリリさん。お茶が沸きそうだなんて。あんなもの、ティーバッグも抽出できないティーポット未満の駄作ですわよ」
「あらあら。それならT-falに失礼でしたわね」
「きぃぃぃいい!!」
バニラさんがテーブルを乗り出そうとして、クランベリー様に押さえられた。
討論中にテーブルを超えるのはご法度だ。
「おほほ! クルセイダー隊の皆様は、本当にお元気ですこと!」
「こっちだって言わせていただきます」
ルイボスティーさんが立ち上がる。
「マチルダなんて鈍足の、走る棺桶じゃないですか。そんな有様で強豪校に勝てるとでも?」
「まあ。棺桶ですって?」
キームン様は涼しい顔で微笑む。
「ええ。天国に行けるくらい快適で、落ち着いた車両ですわ。クルセイダーと違って」
「へえ! 実際、何もできずに撃破されてますもんね!」
バニラさんが鼻で笑う。
「寝たきりのジジイみたいに!」
「なっ……!?」
キームン様の顔が真っ赤になった。
マチルダ隊の方々も眉をひそめて、こそこそとお互いに耳打ちしている。
「なんて品のない! 栄えある聖グロリアーナ女学院の生徒として恥ずかしくありませんの!?」
「カメムシだの欠陥戦車だの言ってたのはそっちでしょうが!」
「皆さん」
ダージリン様が静かに口を開いた。
一触即発だった議場が静まり返る。
「そろそろ予算のお話に戻りましょうか」
「もちろんですわ!」
キームン様は何事もなかったように腰を下ろした。
悔し気なクルセイダー隊と違って、マチルダ隊は余裕がある。
でも、これから発表される予算案を見たら、どんな罵詈雑言を並べるのだろうか。
胃がキリキリする音が聞こえた気がした。
*
「では、最新の予算案をご覧ください」
アッサム様の合図で、予算会議の資料が配られる。
マチルダ隊、クルセイダー隊、チャーチル隊。それぞれの維持費と整備費が並んでいる。
先ほどまで自信満々だったキームン様の表情がこわばる。
「……前年度より少なくないか?」
隣でルクリリ様が呟いた。
マチルダ隊、そしてクルセイダー隊の方々がざわつく。
どうやら問題の数字を確認したようだ。
「今回の予算案では、マチルダ隊とクルセイダー隊、双方の予算を一割削減する方針です」
「はああああっ!?」
「何ですってえええ!?」
「緊縮財政の下で戦車道をやれだなんて、お舐めになっていませんこと!?」
「誰かあの暴君をジャングルから追い出してくださいまし!」
両部隊から悲鳴が上がった。
キームン様が立ち上がる。
「わたくしたちは増額をお願いしに参りましたのよ! それが削減ですって!?」
「そうですわー! どうして減らされますの!?」
「全体の予算に限りがありますので」
「ふざけんな! こっちは真面目に戦車道やってんだぞ!」
ルクリリ様が思わず怒鳴った。
「……失礼。整備費を削って、どのように訓練を続けろとおっしゃるのです?」
慌てて言い直した。
たぶん手遅れだけど、まだバレていないつもりらしい。
「まったく! ダージリン様にとっての悪夢とは、ジャングルの蛇や蜘蛛でも、戦車道の試合での敗北でもなく、財政規律が破綻することだったのですわ!」
キームン様が大仰に両手を広げた。視線の先には我関せずと紅茶を飲むダージリン様だ。
「もし聖グロリアーナがリアリティ番組なら、我々は全員とっくにジャングルから追放されていたでしょうね!」
そして、嫌味な笑みを浮かべた。
「ただリアリティ番組なら少なくとも、ダージリン様がカンガルーの睾丸を食べさせられる姿を見るという慰めは得られたに違いありませんわ!」
なんてことを言うんだ。伝統ある聖グロリアーナ女学院の戦車道をリアリティ番組以下なわけない。
でも、この場の淑女たちはそう思わなかったみたいだ。
マチルダ隊だけでなくクルセイダー隊からも賛同の声があがる。
「「「
ルクリリ様がテーブルを叩き、ローズヒップさんが両手を突き上げる。
混沌とした状況に思わずアッサム様を見ると、口元を手で押さえて肩を震わせていた。ツボに入ったみたいだ。
誰もが盛大な拍手で皮肉たっぷりの大演説を称えていた。
一人を除いて。
「……あら」
ダージリン様が紅茶を置く。
「皆さん、ずいぶん私に食べてほしいようね。カンガルーの睾丸、だったかしら?」
拍手が止まった。
キームン様はゆっくりと腰を下ろす。
「……あくまで比喩ですわ」
「そう。残念ね」
ダージリン様は微笑んだ。
「皆さんの期待に応えられなくて」
「……では、よろしいでしょうか」
無事、復活したアッサム様が資料を閉じる。
そして恭しくお辞儀をした。
「皆様、どうか厳格な財政規律の維持にご協力ください」
「ふざけんな!」
「整備費を返せ!」
「お排泄物ですわ!」
「ボロボロの戦車で戦うだなんて正気ですの!?」
再び野次が飛ぶ。
悲鳴に近い甲高い声。獣の唸り声のように低い声。
そのどれもがダージリン様に向かって威嚇している。
やっぱり、ここはジャングルなのかもしれない。
「では、何と申し上げればご満足なのでしょう?」
アッサム様が眼鏡を押し上げた。
その表情からは呆れが伝わってくる。
「申し訳ありませんが、お金はありません。幸運を祈ります! とでも?」
「冗談じゃありませんわ!」
「アッサム様、予算がある時は自分の手柄だと言うのに、なぜ予算不足の時に責任を取らないのでしょうか?」
「では、お二人。削減案に代わる財源はどちらに?」
「「……」」
バニラさんとニルギリ様は口を閉ざした。
いくらお嬢様学校と名高い聖グロリアーナといえども予算は無限ではない。
「まさか、ホグワーツの魔法で何とかするなんておっしゃいませんよね?」
「……ハグリッドさえいれば、貸金庫を開けられたのにな」
ルクリリ様が肩を落とした。
もし貸金庫を開けられたとしても中身は空っぽに違いない。
だって、ダージリン様には野望があるんだもの。
キームン様が自慢の扇でローズヒップさんを指す。
「だいたい! クルセイダー隊が暴れて大破するから予算が足りなくなるのですわ!」
「スピードが出ないと燃えませんわー!」
「それにわたくしたちが先行するから盤面を有利にできるのではありませんこと!?」
「ですが、走行中の事故も含めて撃破率が高いのは問題ですよね?」
「ノロマなマチルダ隊だって後方に回り込まれて滅茶苦茶になっているではありませんか!」
「それは貴女たちがきちんと偵察しないからですわ!?」
「
言い争うお二人にクランベリー様とニルギリ様が参戦する。
いよいよ収拾がつかなくなってきた。ダージリン様が声を張る。
それでも議論はおさまらない。
「せめてマチルダ隊だけでも増額してくださいまし!」
「ずるいですわ! クルセイダー隊が先ですの!」
「だから財源を示してくださいと……」
「そもそもチャーチル隊の予算はどうなっておりますの!?」
「そうだ! そっちも削れよ!」
「ダージリン様のチャーチルを削るなど言語道断ですわ!」
「
ダージリン様がテーブルを叩いた。
全員が口を閉じた。
「……ありがとう」
ダージリン様は満足そうに微笑んだ。
「あの、ダージリン様。こちらは議会ではありませんが……」
「あら、そうだったわね」
私の言葉に対してダージリン様は涼しい表情で紅茶を飲んでいる。
「皆さんがあまりに熱心だから、つい」
*
「ところで、皆さん。こんな言葉を知っているかしら?」
ダージリン様がカップを置いた。
「振れば欲しいものが何でも手に入る、魔法の金のなる木など存在しないのよ」
「イギリスの元首相、テリーザ・メイの言葉ですね」
私の言葉にダージリン様は、さすがはペコねと返した。
間違っていなくて一安心だ。
「予算には限りがあるわ。そこは理解していただかないと」
「なるほど」
ニルギリ様が静かに立ち上がった。
「この問題を理解するには、偉大な哲学者の知恵を借りなければなりませんね」
「あら。どなたかしら?」
「私が思いついたのは、バルドリックだけでした」
「……へえ?」
「彼の作戦は『計画がないという狡猾な計画』なのです」
一瞬の沈黙。
「ぶっはははは!」
ルクリリ様が吹き出した。
淑女らしからぬ笑い声を皮切りに、両部隊から賛同の声があがる。
「おほほほ! 実に的確なご指摘ですわ!」
「そうですわー! 何も考えてないんですのー!」
キームン様が拍手し、ローズヒップさんは砲塔の折れたクルセイダーを掲げる。
マチルダ隊とクルセイダー隊が一致団結した瞬間だった。
ニルギリ様は何事もなかったように一礼する。
「……ニルギリ」
ダージリン様が微笑んだ。
「ずいぶん愉快な哲学者を選んだのね」
「恐れ入ります」
「ところで、あなた方の予算増額計画は?」
「……」
拍手が止まった。
両部隊、固唾をのんで見守る。議場は並々ならぬ期待感で満ちていた。
マチルダ隊きっての知将ならば、呼吸ができるスペースを提供してくれるに違いない。
「財源まで考えてあるのでしょう?」
ニルギリ様は静かに腰を下ろした。
期待は再び裏切られた。
「……おい、ニルギリ」
ルクリリ様が小声で囁く。
「お前もバルドリックじゃねえか」
「では何ですの!?」
キームン様が憤然と立ち上がった。
「ボーイスカウトみたいに、わたくしたちが路上でクッキーを売れとでもおっしゃるの!?」
「あら、それは素敵ね」
議場内の打ちひしがれた沈黙を打ち消さんとばかりに啖呵をきった。
それもダージリン様には届かない。だって譲れないものがあるから。
「ただ、レモネードにして原価を抑えて頂戴」
「何ですってえええ!?」
「戦車道を何だと思ってますのー!?」
「ダージリン様の聖水と称して荒稼ぎしてやってもいいんですのよ!?」
「誰もそんな辛気臭いもの買いませんわ!」
再び両部隊から野次が飛んだ。
散々な物言いだが、ダージリン様は素知らぬふりをする。
「あの〜、一つよろしいですか〜?」
クルセイダー隊のピーチ様がおずおずと手を挙げた。
ダージリン様が身構えたような気がした。
前の部隊編成の時に突かれたくないところをピーチ様に刺されたせいだろう。
「……どうぞ、ピーチ」
「そもそも、チャーチル隊って台数が少ない割に、整備の手間もかかっていますよね〜?」
「…………そうかしら?」
「だったら、チャーチル隊こそ無駄が多いんじゃないですか〜?」
一瞬、静まり返った。
「「「
両部隊から賛同の声があがる。
「そうですわー! チャーチル隊にも節約していただきたいですわー!」
ローズヒップさんの言葉に、ダージリン様が微笑んだ。
「ピーチの言うことにも一理あるわ。では、チャーチル隊の運用を縮小しましょうか」
「……えっ?」
「そうなれば護衛任務も減るでしょうから、マチルダ隊の予算も削れそうね」
「んな!?」
「でもマチルダ隊だけ減らすのはフェアじゃないから、クルセイダー隊も同じくらい削りましょうか」
「なんですってぇええ!?」
議場が騒然とする。なるほど、これが緊縮財政というものか。
悪戯が成功したような笑みを浮かべるダージリン様を見て、アッサム様は長く息を吐いた。
これでは今日中に予算会議なんて終わらないのではないか。
「だいたい、私たちの整備費ばっかり減らされて! この新装備積立金って何ですか!?」
キームン様が予算表を引き寄せて、あるページを扇で指した。
嗚呼、ついに触れてほしくないところに気づいてしまったようだ。
アッサム様がしかめっ面になりながら隠ぺい工作をしたのに。必死になって予算項目を無駄に増やしていたのが水の泡になってしまった。
「……結構な額だな」
「新しい戦車を購入する予定なのでしょうか」
ルクリリ様が覗き込み顎に手をあてた。ニルギリ様も眼鏡を押し上げて考え込む。
両部隊の方々がざわめきだした。反面、チャーチル隊の方々はバツが悪そうだ。
「ええ。そのことなのだけれど」
ダージリン様は、いつの間にか手に取ったスコーンをかじっていた。
「実は、ブラックプリンスを購入するために節約しなければならないのよ」
「「「……はあああああっ!?」」」
会議室が揺れた。
*
「お待ちください!」
ルイボスティー様が立ち上がった。
普段はクールだけど、さすがに今回は静かに座っていられないようだ。
「私たちには節約しろと言っておいて、チャーチル隊には新しい戦車ですか!?」
「たしかに、ブラックプリンスはチャーチルの発展型で……」
アッサム様が説明しかけた。
ただしその目は泳いでいる。車両説明でこの難局を乗り切りたいのだろう。
「そういう問題じゃありませんわ!」
ただ、そうは問屋が卸さない。
レモングラス様は予算表を掲げた。
「こんなのまるでジャガーを一台駐車して、もう一台のジャガーに乗ろうとしてますわ!」
「なんてこった!」
ルクリリ様が大仰に頭を抱えた。
「そんなパーク&ライド、聖グロリアーナでしか通用しないぞ!」
「「「
両部隊から拍手が沸き起こった。
まずい。このままでは新車両の導入が暗礁に乗り上げてしまう。
この場の誰よりも悪辣なOG会に話を持ち掛ける前から、この調子では不安しかない。
「
「落ち着きなさい! 聖グロリアーナの積年の課題だった火力を向上させることで、仇敵・黒森峰女学園に対する勝率は平均50ベーシスポイント改善して……」
「二百試合して、ようやく一勝増える程度ですか」
「……あくまで保守的な前提に基づいたシミュレーションの結果ですので」
「なるほど、つまりは机上の空論だと?」
ニルギリ様の追求になすすべなく、アッサム様が撃破された。
全部、西住姉妹が悪いのですわ。そう愚痴りながらシミュレーション上の数値が改善しないことを嘆いていたのを思い出した。西住流、おそるべし。
「お~だ~? おぉぉだあぁあ?」
議場が紛糾する中、ダージリン様の窘める声が響き渡る。
少しずつ声が小さくなり再び沈黙が場を支配した。
「落ち着きなさい。みなさん、ヨガでも始めたらどうかしら?」
「一番、場を荒らしてるのはアンタらだろ……」
「たしかに、新車両の導入は必要なのかもしれません」
ルクリリ様のぼやきをスルーして、ニルギリ様が模型を並べ直した。
三両のマチルダでチャーチルを囲む。思わず声が出てしまうほどに美しい隊列だった。
そこにアッサム様がいそいそとブラックプリンスの模型を並べた。嬉しそうに写真を撮っている。
「でもブラックプリンスが配備されれば、護衛や随伴にも相応の戦力が必要になります。マチルダ隊の整備費を削減するのは合理的ではありません」
「ならクルセイダー隊も増車してくださいまし! 新しい戦車を守るには偵察車両も必要ですわー!」
ローズヒップさんが賛同する。
だけど、ニルギリ様はため息を吐くと肩をすくめた。
「いえ、偵察もマチルダで十分です。ここはクルセイダー隊の予算を三割削って新車両の導入を進めましょう」
「なんですって!? マチルダなんか無理に決まってるでしょう!?」
「ウスノロ戦車のくせに生意気ですわー!」
バニラさんがテーブルを叩き、大きな音が出る。
と、同時にクリームのついたスプーンが、ニルギリ様のパンツァージャケットへと飛んだ。
嗚呼、なんてことを。ニルギリ様の目がどんどん細くなっていく。
「もう! それなら!」
ローズヒップさんが立ち上がった。
「ブラックプリンスなんか買わなければいいんですわー!」
そう叫ぶと、テーブルに置かれていたブラックプリンスの模型を掴んだ。
隊列からはみ出していたのがよくなかった。
「これを返してほしかったら、予算削減を撤回してくださいまし!」
「ろ、ローズヒップさん!?」
私は思わず声を上げた。
だって、あれはアッサム様が一番時間をかけて作った模型なのだから。
「あら、困ったわね」
ダージリン様は平然と紅茶を飲んだ。
「でもローズヒップ、そんなことをしても予算は増えないわよ?」
「なら、どうなっても知りませんわー!」
ローズヒップさんは模型を頭上に掲げた。
「いーち!」
「まあ。ずいぶん物騒ね」
「にーい!」
「いいのよ。模型を壊したところで、予算案は変わらないのだから」
「さーん!」
「お待ちなさい!」
突然、アッサム様が叫んだ。
「予算案は再検討します! 各部隊の意見をもう一度確認した上で! だから、その模型を下ろしてちょうだい!」
「……アッサム?」
ダージリン様が首を傾げた。あ、少し焦っていらっしゃる。
「……貴女、何を言っているの?」
「昨夜三時までかけて塗装した模型なんです! これ以上壊されるわけにはいかないでしょう!?」
「どうしてそんなものを持ち込んだの……」
「既にクルセイダーの砲塔も折られているんですよ!?」
アッサム様の声が裏返った。
財政規律が、プラモデルに敗北した瞬間だった。
「やりましたわー!」
ローズヒップさんが歓声を上げた。
「クルセイダー隊の予算増額ですわー!」
「待ってください!」
ニルギリ様が大声を出して立ち上がった。そんな姿、初めてだ。
「再検討するのは両部隊の削減案ですよね? 当然、マチルダ隊も対象になるはずです」
「何ですって!?」
「そもそもマチルダ隊の増額が優先ですわ」
キームン様が再び扇で口元を隠す。いつもの調子で嗜虐的な笑みを浮かべているのだろう。
「ブラックプリンスの護衛が、青いゴキブリなんかに務まるわけないでしょう?」
「機動力をいかした偵察はクルセイダーにしかできませんわ!」
「というかローズヒップ! いい加減、ブラックプリンスを返しなさい!」
アッサム様が手を伸ばすが、ローズヒップさんはひらりと躱す。
「嫌ですわー! まだ予算増額を勝ち取ってませんわー!」
お二人の鬼ごっこが始まった。テーブルをまわって走り回る姿は、淑女とは言い難い。
ハプニングが大好きなダージリン様も額に手を当てて首を振っている。
予算表を掲げたニルギリ様が立ちはだかる。
「まずは予算増額の念書にサインしてください。その上で各部隊の配分を決めましょう」
「そんなことできるわけないでしょう!? あくまで再検討です!」
「ならば、愛しの王子様をお返しすることはできません!」
「そうですわー! 人質は予算増額と交換ですわー!」
「
「というか何でマチルダ隊が便乗してますの!? これはクルセイダー隊の戦果ですわ!」
「浮いた予算を独り占めだなんて許さないぞ!」
もはや誰が誰と争っているのかわからない。
「
ダージリン様は背筋を伸ばして叫んだ。
いつの間にか握られていた木槌を、何度も振り下ろす。
だけど誰も聞いちゃいない。しまいにはダージリン様まで立ち上がった。
それでも、誰も止まらない。お互いを罵り、自己都合の主張を叩きつけている。
「
木槌を振り下ろすたびにティーカップが跳ね、紅茶がこぼれる。しかし、まったく効果がない。
強豪校と渡り合うためには一致団結しなければならないのに、こんな調子で果たして大丈夫なのだろうか。
テーブルの周りでは、予算表が振り回され、紅茶が飛び散り、スコーンが転がる。
もしかして、これは内ゲバを題材にしたリアリティ番組なのか。
騒ぎから一時離脱したルクリリ様が、呆れたように肩をすくめる。
「これじゃあ出来損ないのゲーム・オブ・スローンズだな」
そのとき、ローズヒップさんがマチルダの模型を奪い取った。
「おい! そいつを返せ!」
ルクリリ様は再び乱戦へ飛び込んでいった。
私はその背中を、ちょっとだけ応援した。
反応など頂けると嬉しいです!