天涯孤独のお人好し青年は神に与えられた加護でダンジョン世界を無双する 作:木刀
「あれ……?」
僕、
ボランティアで出たゴミは、袋に集めて指定場所に集積すれば行政の手配した業者が回収してくれるが、当然、中身は分別はしなくてはいけない。
拾い上げた大瓶にはコルクで栓がしてあり、中に海水が入っている様子も無い。
どうやら丸められた紙が中に入っているようだった。
(もしかしてメッセージボトルかな…って、一升瓶でそれはないか)
腐食したのか既にラベルは無いが、それは日本酒の一升瓶のように見えた。
川や海に浮かべメッセージボトルにするには、あまりに大きい。
軍手をしたまま、指でコルクを引き抜こうとしてみるが、硬くて全く抜けそうにない。
僕は、着ていた作業用ベストの胸ポケットから、愛用の十徳ナイフを取り出した。
それはボランティア活動をする際に非常に便利なアイテムで、この海岸清掃でも絡まった釣り糸を切断するのに用いていたものだった。
当然、ナイフだけでなく、缶切りやコルク抜きといった機能も持ち合わせている。
ポンッ、という音と共にコルク栓を引き抜く。
覗くと、くるくると丸められた紙が瓶の口に引っかかっている。瓶を逆さにしてみるが、中に入っているものは出てこなかった。
(瓶を割って中身を取り出すのは、ちょっと面倒だなぁ……ここでやったらガラス片が落ちて裸足で歩く人が危ないし)
そう考えて軍手を外して瓶の口に指を入れ、どうにかこうにか紙を引き抜く。お酒の匂いが仄かに残るその紙は、書道で使う半紙のような質感だった。破れないように開いていく。
【天賦】
そこには毛筆で、ただそれだけ書かれていた。
「うーん、なんだろうコレ……悪戯にしては手が込んでるな」
この一升瓶の口にはキャップを閉めるためのネジがある。
つまり、これをした人はわざわざコルク栓を詰めて海に流しているということだ。
(住所も書いてないし、何のためにそんなことをするのだろう?)
それにしても、なかなか立派な文字だった。
若い頃に書道をしていたという祖母の字に、少し似ている気もした。
紙の感じからすると古いものではないし、価値があるわけではないだろうけど。
……何か気持ちが篭っている気がして、捨てるのは忍びない。
僕は空になった一升瓶を回収袋に入れると、その半紙を小さく折り畳んで、ベストのポケットに突っ込んだ。
「よし、あとで交番に届けよう」
そう決めて、僕は清掃作業を再開した。
◇
「うーん…これはゴミですね」
その日、交番へ訪れた青年に応対した村上巡査は、困ったような表情でそう言った。
青年の方も、少し困惑した顔をしている。
「折角お持ちいただいたんですが、所有者が放棄したと見なされるものは
村上巡査の丁寧な説明に、青年は恐縮したような様子を見せた。
「あ、なるほど……そうですか。すみません、お手数おかけして」
「いえいえ。また何かありましたら、お気軽にお越しください」
「はい、ありがとうございました」
海岸清掃のボランティアに参加した青年が、遺失物を届けに来たのだが……それは交番では受け取れない類のものだった。
「……あの青年、もう帰ったのか」
深々とお辞儀をして去っていった青年の背中を見ていると、背後から声がした。
振り返ると、電話を受けて席を外していた北島巡査部長が戻ってきていた。
「はい。海岸清掃のボランティアで、栓をされた酒瓶の中から価値のある物を見つけたかもってことだったんですが」
「なんだ、それじゃあ引き取っておいた方が良かったんじゃないか? あとで遺失者が出てくるかも分からんだろう」
「いや、それが……」
巡査部長の疑問に、一度言葉を区切る。
「あの紙、何も書かれてなかったんですよねぇ」
流石に、浜辺に放棄されていた酒瓶に入れられていた真っ白な紙切れを、遺失物として預かるわけにもいかない。せめて、なにか書かれていればまた別だが……。
そんなものに
「……そりゃまあ、ゴミだな」
「ええ。真面目そうで、悪戯って雰囲気じゃなかったんですがね……」
村上巡査は、不思議そうに首を傾げた。
◇
あれから半年。
その後も月に一度の海岸清掃のたびに、同じようなことがあった。
ボランティアに参加している人は何人かいるのに、最初に見つけるのはいつも僕だ。
いつもお酒の一升瓶の中に、丸められた半紙が入っている。
ただ、書かれている文字は毎回違った。
これまでに手に入れた紙を、自宅の畳の上に並べてみる。
それは全部で7枚あった。最後の一枚は、たった今手に入れてきたものだ。
【天賦】
【巨蔵】
【戦勝】
【豪運】
【無病】
【豊穣】
【栄達】
どれも達筆で、見れば見るほど味がある。
しかし、なんとなくそれぞれの筆致が違うように感じた。
例えば最初の【天賦】はどことなく筆の運びに女性的な印象を受けるのに対して【戦勝】などは荒々しく男らしい印象がある。
他の文字も、淡々としてたり、飄々としてたりと、それぞれに書いた者の性格を感じさせた。
もちろん、こんなことを複数人がかりでするとは思えないから、きっと同一人物の作品なんだろうけど……何か目的があるんだろうか。
なんにせよ、砂浜にゴミを増やすのはやめて欲しい。
ガラスは割れると危険だし……。
とは思うものの、半紙にも瓶にも住所や他のメッセージがあるわけでもなく、それを伝えることはできない。
せめて書かれた文字に何かヒントがあるかもと思い、スマホで入力して調べてみたけど、それらしいものは見つけられなかった。
字面的にはなんとなく神社のお守りみたいな感じだし、ご利益のある言葉なのかもしれない。
そう考えると、ますます捨てることができないなぁ、と感じる。
(増山さんこういうの好きそうだし、百均の額に入れてプレゼントしようかな)と、僕は近所の古物好きなお年寄りを思い浮かべた。
(あれ? ……なんか、文字が薄くなってる?)
畳の上に広げたそれらをぼーっと眺めていると、今日持ち帰ってきたばかりの半紙に書かれていた【栄達】の文字が、じわじわと薄くなっていることに気付く。
一見錯覚のようだったが、他と比べると明らかに黒色が薄くなっていて……それはやがて完全に消えてしまった。
残されていたのは、折り目がついただけの真っ白な半紙だった。
「え……?」
そして次に、他の6枚の半紙にも変化が起きた。
今度は消えるのではなく、文字が浮き出てきたのだ。
【天賦+】
【巨蔵+】
【戦勝+】
【豪運+】
【無病+】
【豊穣+】
【 】
「これは……十、じゃなくてプラス?」
突然の出来事に、目の前でマジックを見せられたような不思議な気分になるが、ひとつ問題なのはそれを使うマジシャンがいない状況ということだった。なにか特別な仕掛けがしてあったのだろうか。
しかしどうやって? 最初の【天賦】なんて、もう半年前に拾ったものだった。そんな時間差で仕掛けが働くことあるんだろうか。何かの薬品とか?
そもそも『天賦プラス』って、どういう意味だ?
A+のように何かの文字の後ろに『+』を付けるのは、より優れているという意味だろうけど……考えても答えは出なかった。
僕は少し気味が悪くなって、半紙を全て重ねると、新聞紙の束の間に挟んで市規定のゴミ袋で包み、押し入れの奥に突っ込んでしまった。
(騒いでも仕方ない。明日もバイトがあるし、今日はもう寝てしまおう)
◇
翌日、バイトを終わらせ足早に帰宅した僕は、気を取り直して押し入れの奥からゴミ袋に入った新聞紙の束を取り出した。
それを畳の上に下ろし、半紙を取り出していく。
もしかしたら昨日は疲れて見間違えたのかもしれないし、もし見間違えでないなら神社へお祓いに出した方が良いのかもしれない、と考えていた。
一度持ち帰ってきた物を、理解できないからと易々と捨てるのは、少し違う気がした。処分するにしても、しっかり責任を持とう。
「………あれっ!?」
しかし、そこで気付く。
「全部、真っ白になってる……」
畳の上に広げられた7枚の半紙からは、全ての文字が消え去っていた。