聖剣遣いの男の後始末、勇者だった少女の思い出作り 作:驀進竜インターネッツドラゴン
春が来た。
クレスが住んでいた国の王に頼まれ、剣の指導をする日々が続いた。
他のメンバーの消息を訊ねる人は誰もいなかった。
居心地がいいのはたしかだけれど、心に空いた穴は塞がらない。
春が来た。
国王から王家に連なる血筋の者との縁談を持ち掛けられた。
素直に頷くことができればどれだけよかったか。実際はなにも言えなかっただけだというのに。
その晩、その令嬢から夜這いをかけられた。
相手にも事情があることは分かっている。けれど、クレスは冷たく突き放すことしかできなかった。
春が来た。
勇者パーティの捜索打ち切りが国のお偉方から告げられた。
国から一応の引き留めはされたが、向こうも本気ではなかったのだろう。クレスがすげなく断ると怒るわけでもなく、ただ分かったと告げられただけだ。
帰ろう。
イオンはいないけれど、彼女との思い出は故郷にあるばかり。
旅路を再びなぞるのも考えとしてはあったが、みんなで歩いた道を一人で辿ることを思うと胸が締め付けられる。
王都の知り合いにも挨拶をせず、土産にそこそこの酒を買い、故郷の村へと向かう。
冬頃にはつくだろう。
春が来た。
魔王討伐の立役者が帰ってきたと、村は騒いで宴が催された。
みんなが笑い、飲み、食い、流れの吟遊詩人がリュートをつま弾く。
酔いが回って、食べ物を隣にいるイオンに渡そうとした後、気付く。
森へ駆け込み、吐いて、身をかがめて涙をこらえ、寂寥感に耐える。
そもそも、『村のみんな』にイオンはいないのだ。
思い出が一番多く眠っているのがこの村で、彼女が一番つらい思いをしたのもこの村だ。
両立するこの二つを通してみた故郷が、ひどくいびつなものに見えてしまう。
春が来た。
山に入った村人が帰ってこないという話を受け、クレスはすぐさま近くの山へと向かうことになった。
鈍色の聖剣を佩いて、胸当てなどをつけ、出発しようとしたとき――。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」
鈴のような美しい声色。
聞き覚えのあるその声に胸がぎゅっと締め付けられる。
いつでも剣を抜けるように、右手で扉を開ける。
人に化ける魔獣であれば一瞬の油断が命取りになるからだ。
意を決して扉を開けると――。
「――わ。……クレス?」
そこに居たのは村娘に肩を貸していた幼馴染――イオン・メモリアの姿だった。
だが、おかしい。
魔獣が擬態するにも、クレスが知っているイオンよりも明らかに弱い。人や魔獣には命脈や魔力がある。それが練り上げられればそれに相応するだけの圧力というものが生まれてくるものだ。それを上手く隠す技術もあるが、目の前にいるイオンはそういったものを使っていない自然体。
五年前の決戦前、あの時に練り上げられた力はいったいなんだったのか。
けれど、クレスは悟る。自分の目も勘も怪しいと言う。しかし、彼の魂が目の前の少女が待ち続けた幼馴染であるということを痛切に訴えかけている。
しかし――
「……どうして見かけがあの時から変わっていないんだ?」
目の前のイオンはあの夜、十六歳の頃のまま。
クレスは二十一歳となり、背丈も伸びきっていて骨格もしっかりしている。
そのことを指摘すると、イオンはクレスのベッドに勝手に村娘を寝かせて、語り始める。
「不老不死。それが魔王が死に際にかけた呪い。――クレス、わたしはこの呪いによって勇者の資格を失った。弱い弱い、ただの永遠の少女、それがわたし」
その言葉を聞いて、クレスは衝動的にイオンを抱きしめる。
わっ、という声をイオンは上げたが、次第に受け入れ始めた。
「俺は、あの時、みんな死んだかと思ってた。勇者の資格なんてどうでもいい、俺は、みんなが……イオンが生きてくれるだけでいいんだ」
「泣かないでよ、いい年した大人が」
嗚咽を漏らすクレス。それを見つめるイオンもまた目頭から溢れるものがあった。
「ちょ、ちょっと待って。クレスにお願いしたいことがあるの。王都に行ってもいないって言ってたから、結構探したんだよ?」
「……捜索が打ち切られた以上、あそこにいても何もないからな」
「……そっか。そういえば、五年前の言葉の続き、いまなら聞けるよ」
突然訪れた機会に、クレスは一瞬虚をつかれた顔を浮かべるが、すぐに整わせる。
肺に息を吸い込んで、言葉をゆっくりと紡ぎ始める。
ばくん、ばくんと心臓が早鐘を打つ。
焦るな、しっかりと言うんだ。
「俺と、これから一緒に生きてくれないか」
ここで一生分の勇気を使った気がする。
どんな戦いよりも大切で、強大なもの。
それに対するイオンの回答は――抱きしめられた態勢からパッと離れて笑顔を作る。
「ごめんなさい。……『もう』無理なんだ。不老不死だから、ずっとは一緒にいられない」
「……そっか。そうだな……。解呪は頼んだのか?」
神官――神聖術使いの中には呪いを解くことに特化した人間もいる。
一流ともなれば魔王の呪いにだって届くかもしれない。そう考えているクレスが居た。
イオンはクレスの問いに横に首を振る。
「頼んだ。大陸でも五指に入る神官に頼んだけど、解呪しようとした瞬間に枯れて……死んじゃった」
イオンの言葉に、クレスは絶句するほかない。
魔王の呪詛というのはここまでのものなのかと。生きとし生けるものに対する怨嗟はここまで深いのかと。
そして、イオンは孤独のうちに生き続けるしかないのかと。
だが、彼女はあっけらかんとした表情で言葉を発する。
「しかーし、解呪方法があるんですよ、これがね。クレスは知らないだろうけれど、この五年で大陸の各地に修羅と呼ばれる存在がうごめいています」
「……それを倒せば呪いが解ける?」
「そう。東西南北に一人ずつ。四人の修羅を斬ってほしい。これがわたしの願いのひとつ」
クレスは首をかしげる。
まだなにかあるのか。それはなんなのかという疑問。
イオンはバッグから黒色の箱に似たものを取り出す。
「これはね、記録結晶って言って、ソフィアの造った魔道具。シャシン? っていうやつで、鏡みたいに映ったものを、そのまま記録できるんだって!」
「へえ、便利だなあ」
でしょー? と笑うイオン。
彼女は続けて。
「で、各地を回るついでに綺麗な景色を見たり、美味しい食べ物を食べたりしたいの。思い出作りの旅、これが二つ目のお願い」
この村に思う所があるか。この国に思う所があるか。
残したものはあるか。
――ない。
残されたもの、残していった者は戻ってきた。
そんな理由をいちいち立てる必要だってなかった。
「……行こう。俺の命が有限で、お前の命が無限のままだとしても、俺は絶対に行く」
イオンはゆっくりと告げる。
「ありがとうクレス。ごめんね、勝手にいなくなるような真似して」
「謝るな。二人で生きよう、俺が先に逝くことになっても」
「ごめんね、ごめんね……」
謝りながら、イオンは泣く。
手で背中をそっと撫でて、落ち着くまで待つ。
イオンが泣き終わったころ、クレスはぎゅっと少女を抱きしめ、涙が一筋。
「生きてて、よかった」
「わたしも、クレスが生きててよかった」
この時、クレスは分かっていなかった。
イオンがなにに対して謝っていたのかを。
これは――四人の修羅を斬る物語だ。
これは――最愛の人と思い出を作る物語だ。
これは――愛と嘘の物語だ。