お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

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今回は思考実験を通して、先生とツルギの考え方に触れるお話です。

楽しんでもらえたら嬉しいです!


第三の選択肢

 俺は、鞄から取り出した白紙を机の上に広げた。

 

「……それで、ナギサ。どんな思考実験なの?」

 

 先生が、興味深そうに尋ねてくる。

 

「ふふっ。少し難しい問題かもしれませんよ?」

 

「そうなの? それは楽しみだね」

 

 先生は、笑顔で答えた。

 

 一方、ツルギは少しだけ不安そうだった。

 

「……難しい、問題?」

 

「ええ。ですが、正解があるわけではありませんから」

 

「……そうなのか?」

 

「はい。お二人がどのように考えるのかを、聞かせていただきたいのです」

 

 ツルギは、少し考えてから頷いた。

 

「……分かった」

 

「ありがとうございます」

 

 俺はペンを手に取った。

 

(……さて)

 

 先生が信頼できる人物なのは、原作を知っているからこそ分かっている。

 

 けれど、実際に話してみて、もう少し考え方を知りたくなった。

 

 いずれ、自分の事情を打ち明けることになるかもしれないのだから。

 

(……まずは、これで聞いてみるか)

 

 俺は、白紙に一本の線を引いた。

 

「では、トロッコ問題というものをご存じでしょうか?」

 

「うん。有名な思考実験だね」

 

「……トロッコ?」

 

 先生は知っているようだが、ツルギは首を傾げていた。

 

「それでは、簡単に説明しますね」

 

 俺は、白紙に一本の線を引いた。

 

 途中から二つに分かれる、簡単な線路の図だ。

 

「制御不能になったトロッコが、線路を走っています。このまま進むと、線路上にいる五人が命を落としてしまいます」

 

「……五人」

 

「はい。ですが、ここにあるレバーを操作すれば、別の線路へ進路を変更できます」

 

 俺は、分岐した先に丸を一つ描いた。

 

「ただし、こちらの線路にも一人の人がいます」

 

「……なるほど」

 

「つまり、何もしなければ五人が、レバーを操作すれば一人が犠牲になるということです」

 

 俺は、二人へ視線を向けた。

 

「さて、お二人ならどうされますか?」

 

 先生は、少し考え込んだ。

 

 一方、ツルギは即座に口を開いた。

 

「……止める」

 

「……はい?」

 

「……トロッコを、止める」

 

「……なるほど」

 

「……止まらなければ、壊す」

 

「…………」

 

(……ああ、ツルギなら本当にできそうだな)

 

 何しろ、彼女はトリニティでも屈指の実力者だ。

 

 暴走するトロッコ程度なら、実際に破壊できてしまうかもしれない。

 

「ふふっ。頼もしいお答えですね」

 

「……ああ」

 

 ツルギは、真剣な表情で頷いた。

 

「……守れば、いい」

 

(……実にツルギらしいな)

 

 しかし、これだけでは思考実験にならない。

 

「では、仮にトロッコを止めることも、破壊することもできなかったとしたら?」

 

「…………」

 

 ツルギは、しばらく考えた。

 

「……なら、線路にいる奴らを助ける」

 

「それも不可能だった場合です」

 

「…………」

 

 ツルギの眉間に、しわが寄った。

 

「……面倒な、問題だな」

 

「ふふっ。そういう思考実験ですから」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 何とか全員を助けようとする姿勢は、実に彼女らしい。

 

「……では、先生はいかがでしょうか?」

 

「そうだね……」

 

 先生は、紙に描かれた線路を見つめた。

 

「私も、まずはトロッコを止める方法を考えるかな」

 

「……なるほど」

 

「それが無理なら、線路上の人たちに危険を知らせる。避難させられないかも考えてみたい」

 

 俺は、小さく頷いた。

 

「ですが、それらがすべて不可能だったとしたら?」

 

「……うーん」

 

「レバーを操作するか、しないか。その二つしか選択肢がないとします」

 

 先生は、少し困ったように笑った。

 

「難しいね」

 

「……ええ」

 

「五人を救うために一人を犠牲にするのか。それとも、一人を犠牲にする決断を避けて、五人を見捨てるのか……」

 

 先生は、少しだけ表情を引き締めた。

 

「どちらを選んでも、後悔は残ると思う」

 

「……そうですね」

 

「だからこそ、私は最後まで第三の選択肢を探したいかな」

 

「……第三の選択肢、ですか?」

 

「うん」

 

 先生は頷いた。

 

「たとえ最初は二つしかないように見えても、本当にそうなのか考えてみたいんだ」

 

「…………」

 

「もちろん、いつも全員を救えるとは限らない。どうしても選ばなければならない時だってあると思う」

 

 先生は、静かに続けた。

 

「でも、最初から誰かを犠牲にすることを前提にはしたくないかな」

 

「……なるほど」

 

「それに、大人として判断しなければならないなら、その責任から逃げるつもりもないよ」

 

 そう答える先生の目は、真剣だった。

 

(……ああ、やっぱり先生だな)

 

 ただ理想を語っているわけではない。

 

 全員を救えない可能性も理解したうえで、それでも諦めたくないと言っているのだ。

 

「……ありがとうございます。とても参考になりました」

 

「そう? でも、これって正解がない問題だからね」

 

「……ええ」

 

 先生は、こちらへ視線を向けた。

 

「ナギサはどう考えるの?」

 

「……そうですね」

 

 俺は、少し考えた。

 

(……俺も先生と同じ考えなんだが……)

 

 できる限り第三の選択肢を探す。

 

 助けられる可能性があるのなら、最初から諦める必要はない。

 

 それが俺自身の考えだった。

 

(……ここは、憑依する前のナギサの考えで答えてみるか)

 

 あの日記を読んで、彼女がどれほどの責任を背負っていたのかは、ある程度理解しているつもりだ。

 

 俺は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……私は、一人を犠牲にしてでも五人を救うことが、何よりも大切だと思っています」

 

「……そうなんだ」

 

「ええ。より多くの人を救うためなら、少数の犠牲を受け入れることも必要だと」

 

 俺は、静かに続けた。

 

「それが、ティーパーティーのホストとして、組織の頂点に立つ者の役割だと考えているのです」

 

 学園を守るために、必要なら誰かを切り捨てる。

 

 その判断を自分が背負うことこそ、責任ある立場の人間がするべきことだと。

 

 おそらく、元のナギサはそう考えていたのだろう。

 

「…………」

 

 先生は、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……うん。その考えも、ある意味では正しいと思うよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

「もちろん」

 

 先生は頷いた。

 

「全員を救えない状況もあるだろうし、リーダーなら、誰かがつらい決断をしなければならない時もあると思う」

 

「……はい」

 

「でもね、ナギサ」

 

 先生は、少しだけ身を乗り出した。

 

「私は、リーダーとして本当に大切なのは、自分一人で正しい答えを決めつけないことだと思うんだ」

 

「……決めつけないこと、ですか?」

 

「うん」

 

 先生は微笑んだ。

 

「仲間の話を聞いて、できるだけ多くの意見を集める。そして、その中から一番良い選択肢を探す」

 

「…………」

 

「自分では二つしかないと思っていても、誰かが第三の選択肢を思いつくかもしれないでしょう?」

 

「……なるほど」

 

「それに、状況が許すなら、少し時間を置いて考え直すこともできる。そうすれば、今まで気づかなかった方法が見つかるかもしれない」

 

 先生は、紙に描かれた線路の図へ視線を落とした。

 

「もちろん、いつまでも考えているわけにはいかない。時間切れになる前に、決断しなければならないこともある」

 

「……はい」

 

「だから、どうしても第三の選択肢が見つからないなら、その時はどちらかを選ぶしかないと思う」

 

 先生は、静かに続けた。

 

「でも、それならなおさら、一人で抱え込まなくてもいいんじゃないかな」

 

「……え?」

 

「だって、ナギサには仲間がいるんだから」

 

 先生は、穏やかに微笑んだ。

 

「一緒に考えて、一緒に悩んで、そのうえで決めればいいと思う」

 

「…………」

 

 すると。

 

「……ああ」

 

 それまで黙っていたツルギが、小さく頷いた。

 

「……私にも、頼れ」

 

「……ツルギさん」

 

「……考えるのは、得意じゃないが……」

 

 ツルギは、少しだけ言葉を探した。

 

「……私にできることなら、やる」

 

「…………」

 

「……一人で、全部背負うな」

 

 先生も頷いた。

 

「そういうこと」

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「それに、さっきも言ったけどね」

 

「……はい?」

 

「もし最後まで第三の選択肢が見つからなかったとしても、それまで一緒に考えることはできる」

 

「……ええ」

 

「どうしても誰かを犠牲にする決断をしなければならないなら、そのつらさだって分かち合える」

 

 先生は、まっすぐこちらを見つめた。

 

「だから、困った時はいつでも相談してほしい」

 

「…………」

 

「どんな選択をすることになったとしても、私も一緒に考えて、一緒に責任を負うからね」

 

「…………」

 

(……ああ)

 

 俺は、思わず黙り込んでしまった。

 

(……言われちゃったなぁ)

 

 自分が伝えたかったことを、ほとんど全部。

 

 しかも、俺なんかよりずっと上手に。

 

(……やっぱり、この人は先生なんだな)

 

 正直、少し誘導したような気もする。

 

 けれど、今の言葉は、ぜひ本来のナギサにも聞いてほしかった。

 

(……なあ、ナギサ)

 

 聞いていたか?

 

 先生の言う通りなんだよ。

 

 一人で全部決めなくてもいい。

 

 誰かを切り捨てる前に、周りに相談してもいいんだ。

 

 自分だけでは思いつかない方法だって、誰かと一緒なら見つかるかもしれない。

 

(……だからさ、いつでも頼ってこいよ)

 

 ミカだっている。

 

 ツルギだっている。

 

 それに、先生も。

 

(……もちろん、俺でもいいからさ)

 

 もし本当に、誰かを犠牲にするしかない時が来たのなら。

 

 その時は、一緒に悩もう。

 

 一緒に考えよう。

 

(……責任だって、俺も一緒に背負うから)

 

 俺は、この身体のどこかで眠っているはずの少女へ、心の中で語りかけた。

 

 実際に声が届いているのかは分からない。

 

 それでも、俺は最初からナギサが死んだとは思っていなかった。

 

 あの日、目を覚ました時からずっと。

 

(……あれだけ疲れてたんだ。今はゆっくり休んでろよ)

 

 いつか必ず、元のナギサが戻ってくる。

 

 それは願望でもあるが、俺の中ではもう確信に近いものだった。

 

(……それまで、俺が何とかしておくからさ)

 

 彼女が戻ってきた時、今よりも少しでも笑って過ごせるように。

 

 俺は、そう心に決めていた。

 

「……ナギサ?」

 

「……あっ、はい?」

 

 先生の声で、我に返った。

 

「大丈夫? 何か考え込んでたみたいだけど」

 

「……いえ」

 

 俺は、ゆっくりと首を振った。

 

 そして、二人へ微笑みかけた。

 

「……ありがとうございます、先生。ツルギさん」

 

「……ん?」

 

「お二人のお話を聞けて、本当に良かったと思っています」

 

 俺は、心からそう答えた。

 

「もし私一人では答えが見つからなくなった時は、ぜひ相談させてください」

 

「うん。もちろん」

 

 先生は、嬉しそうに笑った。

 

「いつでも頼ってね、ナギサ」

 

「……ああ」

 

 ツルギも、小さく頷いた。

 

「……私も、力になる」

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は、もう一度頭を下げた。

 

(……うん。この先生なら、信用できそうだな)

 

 他人の意見を頭ごなしに否定せず、最後まで一緒に考えようとしてくれる。

 

 しかも、責任を押しつけるのではなく、自分も背負うと言ってくれた。

 

(……よし。いずれ、俺に起きていることを話してみよう)

 

 俺が本来のナギサではないこと。

 

 この世界について、普通なら知り得ない未来の情報を持っていること。

 

 そして、本来のナギサを取り戻したいと思っていること。

 

 そんな話をされたら、誰だって戸惑うだろう。

 

 しかし、この先生なら、きっと最後まで聞いてくれる。

 

(……まあ、今すぐ話すわけにはいかないけどな)

 

 ツルギもいるし、もうすぐヒナも到着する。

 

 先生と二人きりになれる機会を作る必要があるだろう。

 

     ◇

 

 ――午後三時三十五分。

 

 思考実験が終わり、先生が机の上の紙を片付け始めた。

 

 俺は、お茶を一口飲む。

 

(……それにしても、いい先生だったな)

 

 原作で知っていた通り、生徒のことを第一に考えてくれる大人だった。

 

 この人なら、俺の事情も相談できるだろう。

 

 そんなことを考えていると、ふと一つ気になることを思い出した。

 

(……そういえば、ヘイローの件があったな)

 

 俺は、先生へ視線を向けた。

 

「……そういえば先生」

 

「ん? どうしたの、ナギサ?」

 

「先生は、ヘイローの形を見分けることができるのでしたよね?」

 

「……うん。できるよ」

 

 先生は、少し不思議そうに頷いた。

 

「それがどうかした?」

 

「いえ、少し興味がありまして」

 

 俺は、穏やかに微笑んだ。

 

「ヒナさんがいらっしゃるまで、あと少し時間もありますし……せっかくですから、私とツルギさんのヘイローを見ていただけませんか?」

 

「……ヘイロー?」

 

 ツルギが、少し首を傾げた。

 

「ええ。私たちとは見え方が違うそうですから、どのように見えているのか気になりまして」

 

「なるほどね」

 

 先生は、納得したように頷いた。

 

「もちろん、いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「……私も、か?」

 

「ふふっ。せっかくですから」

 

「……ああ。構わない」

 

 ツルギも頷いた。

 

「それじゃあ、まずはナギサから」

 

 先生は、俺の頭上へ視線を向けた。

 

「……うん。綺麗なヘイローだね」

 

「……ありがとうございます」

 

「細い光が幾重にも重なっていて、茨の冠みたいな形をしているよ」

 

「……なるほど」

 

 先生は、もう少しだけ観察した。

 

「光もはっきりしているし、特に変わったところはなさそうだね」

 

「……そうですか」

 

 俺は、静かに頷いた。

 

(……うん)

 

 先生が説明した形は、俺が原作で知っている桐藤ナギサのヘイローと一致していた。

 

 目覚めた日に鏡で確認したものとも、同じだ。

 

「それじゃあ、次はツルギだね」

 

「……ああ」

 

 先生は、ツルギの頭上へ視線を移した。

 

「……へえ」

 

「……何だ?」

 

「ツルギのヘイローも、すごく特徴的だね」

 

 先生は、少し興味深そうに続けた。

 

「赤い光が滴るように伸びていて、なかなか格好いい形をしてる」

 

「…………」

 

 ツルギが、少しだけ目を見開いた。

 

「……格好いい?」

 

「うん。ツルギによく似合ってると思うよ」

 

「…………っ」

 

 その瞬間、ツルギが視線を逸らした。

 

「……そ、そうか」

 

 耳が、ほんの少し赤くなっている。

 

(……おっ)

 

 俺は、思わず頬を緩めた。

 

(……やっぱり、褒められると弱いんだな)

 

「ふふっ。よかったですね、ツルギさん」

 

「……あ、ああ」

 

 ツルギは、小さく頷いた。

 

 その様子に、先生も穏やかに微笑んでいる。

 

 俺は、もう一度お茶へ手を伸ばした。

 

(……それにしても)

 

 先生の説明を思い返す。

 

 俺の頭上にあるのは、確かにナギサのヘイローだった。

 

 形も輝きも、俺の知っている彼女のものと一致している。

 

(……よかった)

 

 思わず、頬が緩んだ。

 

 もっとも、これで初めてナギサの生存を信じられたわけではない。

 

 俺は、最初から彼女が生きていると確信していた。

 

 ただ、今までヘイローを確認したのは自分一人だけだったのだ。

 

(……でも、先生にも同じものが見えてるんだな)

 

 俺が知っているナギサのヘイロー。

 

 それが今も変わらず存在している。

 

 少なくとも、俺にだけ違うものが見えているわけではないと分かった。

 

(……これなら、少しは安心できるな)

 

 もちろん、ヘイローが残っていることだけで、意識まで無事だと証明できるわけではない。

 

 そもそも、俺自身がこの身体に入ってしまった理由すら分からないのだから。

 

 それでも、一つの手がかりにはなる。

 

(……俺は元々、ただの大人だしな)

 

 ヘイローなんて持っていなかった。

 

 もし本来のナギサが完全にいなくなっているのなら、なぜ今も彼女のヘイローが変わらず存在しているのだろうか。

 

 俺には、その方が不思議だった。

 

(……やっぱり、今もどこかで眠ってるんだろうな)

 

 そう考えると、少しだけ嬉しくなった。

 

(……なあ、ナギサ)

 

 ちゃんと待ってるからな。

 

 今はゆっくり休んでてくれ。

 

 その間に、面倒なことはできるだけ片付けておくから。

 

(……戻ってきた時は、俺に文句の一つでも言ってくれよ)

 

 勝手に身体を借りているのだから、それくらいは仕方ない。

 

 いや、むしろ怒ってくれた方が安心できるかもしれない。

 

 俺は、小さく微笑んだ。

 

「……ナギサ?」

 

「……あっ、はい?」

 

「どうしたの? 嬉しそうだけど」

 

「ふふっ。少し、安心したものですから」

 

「……そっか」

 

 先生は、それ以上尋ねずに微笑んだ。

 

「それならよかった」

 

「……はい」

 

 俺は、静かに頷いた。

 

     ◇

 

 ――午後三時五十分。

 

「……そろそろ、お時間ですね」

 

 俺は、壁の時計を確認した。

 

 ヒナとの面会予定は午後四時。

 

 もう間もなくだ。

 

「うん。ヒナも、もうすぐ来ると思うよ」

 

 先生が頷いた。

 

「……ところで、ナギサ」

 

「はい?」

 

「さっきの思考実験、面白かったよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

「うん。普段はあまり考えないことだったからね」

 

 先生は、机の上に置かれた線路の図を見つめた。

 

「また機会があったら、別の問題も聞いてみたいな」

 

「ふふっ。もちろんです」

 

 俺は微笑んだ。

 

「実は、他にもいくつか考えているものがありますので」

 

「本当?」

 

「はい」

 

「じゃあ、楽しみにしてるね」

 

(……おっ、気に入ってもらえたみたいだな)

 

 先生は、少し嬉しそうだった。

 

 その様子を見て、俺も少しだけ嬉しくなる。

 

「……ツルギさんも、またご一緒にいかがですか?」

 

「……私も?」

 

「ええ。先ほどのお答え、とても興味深かったので」

 

「…………」

 

 ツルギは、少しだけ考え込んだ。

 

「……難しい問題は、苦手だ」

 

「ふふっ。正解を出すことが目的ではありませんから」

 

「……そうか」

 

「ええ。ツルギさんのような考え方も、とても大切だと思いますよ」

 

 ツルギは、少しだけ目を細めた。

 

「……ククッ」

 

 小さく笑った。

 

「……なら、また付き合おう」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は、嬉しくなって微笑んだ。

 

 すると、先生が少しおかしそうに笑う。

 

「二人とも、結構仲がいいんだね」

 

「……そうでしょうか?」

 

「うん。見ていてそう思ったよ」

 

 俺は、ツルギへ視線を向けた。

 

 彼女も、少しだけ不思議そうにしている。

 

(……まあ、今日結構話したからな)

 

 原作では、ナギサとツルギが個人的にどの程度親しかったのか、あまり分からなかった。

 

 しかし、今回の移動で、少なくとも良い関係を築くきっかけはできたと思う。

 

(……これからも仲良くできたらいいな)

 

 そんなことを考えていると。

 

 ――コンコン。

 

 扉が、軽くノックされた。

 

「……失礼いたします」

 

 職員の声が聞こえる。

 

「ゲヘナ学園、風紀委員会の空崎ヒナ委員長がお見えになりました」

 

(……来たか)

 

 俺は、静かに息を整えた。

 

 時計を見ると、午後四時になる少し前だった。

 

「ありがとう。通してもらえるかな」

 

 先生が答える。

 

「承知いたしました」

 

 職員が、一度廊下へ戻った。

 

 その瞬間、ツルギが姿勢を正した。

 

 先ほどまでの柔らかな雰囲気が消え、護衛としての鋭い眼差しになる。

 

(……まあ、相手がヒナだもんな)

 

 ゲヘナの風紀委員長。

 

 その実力は、キヴォトスでも屈指のものだ。

 

 警戒するのは当然だろう。

 

 俺も、椅子から立ち上がった。

 

(……さて)

 

 いよいよ、ヒナとの対面だ。

 

 先生と話していた時とは、また違う緊張がある。

 

 何しろ、これからお願いするのは、エデン条約の日程変更についての協力なのだ。

 

 しかも、こちらの都合で十五日間も延期したいという話。

 

(……簡単にはいかないだろうな)

 

 それでも、避けては通れない。

 

 ――コンコン。

 

 再びノックの音が響いた。

 

「失礼します」

 

 扉の向こうから、落ち着いた少女の声が聞こえた。

 

 そして、ゆっくりと扉が開かれる。

 

 そこに立っていたのは、小柄な一人の少女だった。

 

 淡い色の長い髪。

 

 頭から伸びる黒い角。

 

 そして、小柄な身体からは想像できないほどの存在感。

 

(……空崎ヒナ)

 

 原作で何度も見てきた人物が、今、目の前にいた。

 

「ヒナ、来てくれてありがとう」

 

 先生が、笑顔で声をかけた。

 

「……先生」

 

 ヒナの表情が、ほんの少しだけ和らいだ。

 

「こちらこそ。急な連絡だったけれど、先生からのお願いなら」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「……別に、大したことじゃないわ」

 

 そう答えてから、ヒナはこちらへ視線を向けた。

 

 その目が、わずかに細められる。

 

「……それで、あなたが」

 

 俺は、一歩前へ出た。

 

「初めまして。トリニティ総合学園、ティーパーティーの桐藤ナギサと申します」

 

 丁寧に頭を下げる。

 

「本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」

 

「……ゲヘナ学園、風紀委員会の空崎ヒナよ」

 

 ヒナは、静かに頷いた。

 

「初めまして、桐藤ナギサ」

 

 こうして、俺は初めて、空崎ヒナと顔を合わせた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

今回は思考実験を通して、先生とツルギの考え方に触れるお話でした。

また、先生にヘイローを確認してもらい、少し安心できた主人公です。

次回は、いよいよヒナとの会談になります!

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