お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

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第17話です!

第16話の翌日、アリウス救済に向けて準備を進めるナギ。
今回はシスターフッドを訪ね、マリーとサクラコに出会います。

ただし、秘密の相談には、思わぬ落とし穴があるようで……。




秘密の相談は誤解を招く

「……よし」

 

 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

 

 ここ二日、続けてぐっすり眠れている。昨日も救護騎士団で診察を受けた後、セリナさんの忠告どおり食事を取って早めに休んだおかげか、身体の重さはずいぶんましになった。

 

(……人間、ちゃんと寝るだけでこうも違うのか)

 

 もちろん全快ではない。だから今日は、走り回る前に人を頼るところから始めよう。

 

 洗面台の鏡に映るナギサの顔へ、心の中で語りかける。

 

(ナギサ。今日も少し動きますね。でも無茶はしませんから)

 

 返事はない。それでも、こうして伝えておきたかった。

 

     ◇

 

 朝食後、執務室で端末を開いた。

 

 今日の予定は二つ。プランAを進めることと、アリウスの生徒たちを見つけた後の準備をすることだ。

 

 まずは前者。自治区の位置に繋がる古い記録を洗い直す。昔の地図と今の地理情報を照らし合わせるなら、ミレニアムの技術協力も得たいところだ。

 

 ……ただし、俺があそこへ行きたい最大の理由は、別にある。

 

(……アレが使えたら、相当助かるんだけどな)

 

 原作でも、ほんの一瞬だけ出てきた発明品。

 

 初めて見た時は、その用途に呆れてしまった。けれど、よく考えれば、あれが成り立っている時点で技術そのものは侮れない。

 

 強度については、むしろ期待している。問題は、もともとの性質を保ったまま別の形へ応用できるか。そして、必要な量を用意できるかだ。

 

(……まあ、原作じゃ詳しい仕様も分からなかったし。現物を見ないと始まらないよな)

 

 しかし、俺が知っているのは原作を見たからだ。本来のナギサが、あんな品を知っている理由はない。

 

 歴史資料の調査を持ちかけたホストが、いきなりそれだけ名指しで欲しがる。……不自然どころの話じゃない。

 

(まずは、ちゃんとした協力関係を作ってからだ)

 

 ミレニアムのセミナーへ、学園間の歴史資料の照合に関する技術相談を送った。依頼自体は本物だ。ただし、調査対象の名前や本命の品については書かない。

 

 次は、見つけた後の問題だ。

 

 自治区までの道を突き止めても、その先で生徒たちを保護できなければ意味がない。脱出できたとしても、安心して眠れる場所を用意できなければ、救ったことにはならないだろう。

 

(……そこで、シスターフッドか)

 

 独自の歴史資料を持ち、人を支える活動も続けている組織。古い道について何か知っている可能性があるうえ、保護後の受け入れについても相談できる。

 

 もちろん、前身であるユスティナ聖徒会の歴史も忘れてはいない。だからこそ、サクラコさん自身の考えを聞いておきたかった。

 

 面会を申し込むと、午後なら時間を取れるとの返事が来た。

 

(……よし。あとは話す順番だな)

 

 今日は護衛が二人同行する。安全のためにありがたいが、アリウスの名前まで聞かせるわけにはいかない。

 

 一般的な支援の相談を先に済ませ、核心に触れる時だけ人払いをお願いしよう。

 

 俺はそう決めて、端末を閉じた。

 

     ◇

 

 昼過ぎ。

 

 シスターフッドの礼拝堂は、外から想像していた以上に静かだった。

 

 高い天井。陽光を受けるステンドグラス。磨かれた床に、色とりどりの模様が落ちている。

 

(……すげえ。ゲームで見るのとは、やっぱり違うな)

 

「ナギサ様、お足元にお気をつけください」

 

「ああ、ありがとうございます」

 

 後ろには護衛の生徒が二人。

 

 先輩らしい落ち着いた生徒と、やや緊張した様子の後輩。二人ともティーパーティーの警護班所属で、今日も真面目に任務をこなしてくれている。

 

「ご面会の間も、可能な限りお傍に控えます」

 

「ええ。ただ、途中で機密の相談をするかもしれません。その時は、少しだけ席を外していただくことになると思います」

 

「承知しました。安全の確認が取れれば対応いたします」

 

 素晴らしい。

 

 やっぱり事前に話しておけば、変なことにはならない。

 

 そう思っていたところへ、柔らかな声がかかった。

 

「こんにちは。何かお探しでしょうか?」

 

 振り向くと、黒いヴェールに白い裾、金色の装飾が目を引く修道服をまとった少女が立っていた。

 

 控えめな微笑みと、特徴的なヴェール。

 

(……マリーだ!)

 

 伊落マリー。

 

 シスターフッドの一員で、とても優しい子だ。

 

「こんにちは。桐藤ナギサと申します。サクラコさんとお約束があるのですが」

 

「まあ、ナギサ様! お越しになると伺っておりました。伊落マリーと申します」

 

 マリーさんは丁寧に礼をすると、廊下の奥を示した。

 

「サクラコ様のお部屋までご案内しますね」

 

「ありがとうございます」

 

 ついて歩く間、マリーさんは礼拝堂の案内をしてくれた。

 

 誰でも祈りに訪れていいこと。相談事がある生徒のために、別室も用意されていること。修道服姿の生徒たちが、忙しそうに行き来していること。

 

 その穏やかな日常を見ながら、俺はふと考えた。

 

 地下で暮らす子たちも、いつかこんな場所で、追われることなく歩けたらいい。

 

「……マリーさん」

 

「はい?」

 

「もし、安心できる場所を失った生徒さんがこちらへ来たら、相談には乗っていただけるのでしょうか?」

 

 マリーさんは、少し驚いたように瞬きをした。

 

「もちろんです。私にできることは限られますけれど、お話を聞くことなら、いくらでも」

 

「……ありがとうございます」

 

「大勢の方をお迎えすることでしたら、サクラコ様とご相談なさるのがよいと思います」

 

「ええ。今日は、その件もお話ししたくて」

 

 マリーさんは安心させるように微笑んだ。

 

「それなら、きっと真剣に考えてくださいますよ」

 

(……うん。心強い)

 

 その時、後ろの護衛が、なぜか小さく咳払いをした。

 

 ……ん?

 

     ◇

 

 案内された応接室で、ひとりの少女が立ち上がった。

 

 黒を基調とした修道服に、白い襟と淡い水色のリボン。姿勢は端正で、微動だにしない。

 

 顔立ちは綺麗なのに、赤紫の瞳がまっすぐこちらを射抜いてくる。口元は穏やかに結ばれているはずなのに、何を考えているのか、表情だけではさっぱり読めない。

 

「お待ちしておりました、ナギサさん」

 

「お時間をいただき、ありがとうございます。サクラコさん」

 

 歌住サクラコ。

 

 シスターフッドの長だ。

 

(……うわ、実際に会うと迫力あるな)

 

 原作で知っている。サクラコさんは真剣になるほど顔が硬くなり、善意の微笑みさえ妙に意味深に見える人だ。

 

 けれど俺には、あの表情の奥にある不器用な優しさも分かる。

 

「本日は、私にしかお任せいただけないようなお話があるとか」

 

「……え?」

 

 サクラコさんは真剣に続けた。

 

「ナギサさんが人目を避けてここへいらっしゃるほどのご事情。私としても、相応の覚悟をもって受け止めるつもりです」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

(……重い。いや、相談を真剣に受け止めてくれているんだよな)

 

 マリーさんがお茶を運び、会釈して退出した。

 

 護衛の二人は、俺の後ろに控えている。

 

「まず、今後の生徒支援について相談があります」

 

 俺は、できるだけ一般的な表現を選んだ。

 

「事情があって、行き場を失うかもしれない子たちがいます。まだ正式に保護できるかも分からないのですが、その時に受け入れ先を用意できないかと思いまして」

 

「……行き場を失う子たち、ですか」

 

 サクラコさんの表情が変わった。

 

「はい。人数も確定していません。ただ、場合によっては一人二人では済まないかもしれません」

 

「それほど大勢の方を……」

 

 サクラコさんは、しばらく考え込んだ。

 

「ナギサさんは、その方々を一人で抱え込むおつもりなのですか?」

 

「いえ。正直、私一人では無理です」

 

「……では」

 

「だから、サクラコさんに助けていただきたいんです」

 

 サクラコさんは、ゆっくりとカップを置いた。

 

 細めた目に、いっそう鋭い光が宿る。真剣に引き受けられるか考えているのだろうが、横から見れば、何かを値踏みしているようにも見えそうだった。

 

「……私に、引き受けてほしいと」

 

「はい。もちろん、無理をお願いするつもりはありませんが」

 

「……なるほど」

 

 彼女は深々と頷き、口元にかすかな笑みを浮かべた。

 

 ……笑み、のはずだ。少なくとも俺にはそう見える。

 

「でしたら、私も軽い気持ちではお迎えできませんね」

 

「必要であれば、私が直接、内側へご案内することになるでしょう」

 

(……ああ、シスターフッドの管理する施設の中まで、ということか)

 

 受け入れる相手を無責任に放置せず、自分で案内する。その意味なら、むしろありがたい。

 

「一度お預かりした以上、最後まで責任を持ちたいと思います」

 

 背後から、小さく息を呑む音がした。

 

 背後を振り返る。護衛二人は、やけに背筋を伸ばしていた。

 

(……勘違い、してないよな?)

 

(……まさか、『お預かりする』を妙な意味に取ってないよな?)

 

「サクラコさん。一つ確認させてください」

 

「はい?」

 

「今の『お迎えする』というのは、保護が必要な生徒さんたちのお話ですよね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 よし。

 

「ありがとうございます」

 

 俺は護衛二人に向き直った。

 

「念のためお伝えしておきますが、私がシスターフッドへ移籍するわけでも、こちらに身を預けるわけでもありません。生徒さんたちの支援体制についての相談です。誤解のないようにお願いしますね」

 

「は、はい! 承知しております!」

 

「もちろんです、ナギサ様!」

 

 二人とも、勢いよく頷いた。

 

 サクラコさんまで、少し不思議そうに首を傾げた。

 

「そのような誤解が生じる余地がありましたか?」

 

「い、いえ。念のためです」

 

「そうでしたか。ご説明が足りず申し訳ありません」

 

「こちらこそ」

 

(……よかった。これで安心だな)

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 

 そして、本題へ戻る。

 

     ◇

 

「ただ、受け入れ先を決める前に、一つお願いしたいことがあります」

 

 サクラコさんは、真面目な表情で言った。

 

「どのような方々なのか、分からないままお預かりすることはできません。支援する側にも、責任がありますから」

 

「もちろんです」

 

 それは当然の指摘だ。

 

「今は詳細をお伝えできませんが、もし計画が進めば、できる限り早く必要な情報を共有します。受け入れられない事情があるなら、その判断も尊重します」

 

「……ありがとうございます。そう言っていただけると安心できます」

 

 サクラコさんは、少しだけ表情を和らげた――と、俺には分かった。

 

 ただ、背後の護衛からは、むしろ決意を固めた厳しい顔に見えたかもしれない。

 

「私たちは、かつてのような過ちを繰り返してはならないと考えていますから」

 

「……過ち、ですか」

 

「ええ。ご存じでしょう。私たちの前身、ユスティナ聖徒会のことを」

 

 その名前が出た瞬間、護衛の二人が、ぴたりと動きを止めた。

 

 ……あれ?

 

「戒律を守るためと称して、人々を裁いた時代がありました。守るべきものを理由に、傷つけることさえ正当化してしまった。私たちは、その歴史から目を背けてはならないのです」

 

「……ええ。だからこそ、今は違うやり方を選ぶべきだと思います」

 

 俺は頷いた。

 

 サクラコさんは、真摯にこちらを見つめる。

 

「その通りです。誰かを守るという名目で、本人の意思を奪うことだけはしたくありません」

 

「私も同じ考えです」

 

「ただ……」

 

 彼女は目を伏せた。

 

「必要な時に手を差し伸べられるように、私たちは今も、外から見えない場所に多くのものを残しています」

 

 古い文書や、独自の連絡網のことだろう。

 

(……過去を正当化せず、誰かを助けるために変わろうとしている。原作で見たサクラコさんらしい)

 

「私たちが表に出せない情報もございます。ですが、本当に守るべき方のためなら、私はそれを開く覚悟があります」

 

「……ありがとうございます。心強いです」

 

 護衛たちの気配が再び張り詰める。

 

「もっとも、そこまで踏み込んだ以上、簡単に知らなかったことにはできませんが」

 

「ええ。それは承知しています」

 

 秘密を知る以上、守る責任も生じる。もっともな話だ。

 

「では、受け入れの可能性については、引き続き相談させてください」

 

「承知しました。私も、必要な時にはナギサさんを支えるつもりです」

 

「ありがたいです」

 

「ええ。もうお一人で抱え込まないでください。どうしても苦しくなったら、いつでもこちらへいらしてくださいね」

 

 ……ありがたい。

 

 最近、先生にも同じようなことを言われた気がする。

 

「ありがとうございます。そうします」

 

「私が責任を持ってお迎えしますから」

 

(……うん?)

 

 なんだか、最初の話へ戻ってないか?

 

 その横で、護衛の後輩が、背筋をぴんと伸ばした。

 

     ◇

 

 さて。

 

 ここから先は、どうしても護衛の前では話せない。

 

 俺が知りたいのは、アリウス自治区へ至る道についてだ。

 

 古い地図。封鎖された経路。トリニティの歴史の中で、意図的に残されなかった記録。

 

 どれも、慎重に扱う必要がある。

 

「……サクラコさん。もう一つ、古い資料について伺いたいことがあります」

 

「歴史資料ですか?」

 

「はい。ただし、こちらは公開できない内容を含んでいまして」

 

 後ろの護衛へ視線を送る。

 

「彼女たちを信用していないわけではありませんが、今は知る人を増やすべきではないと判断しています」

 

 サクラコさんはすぐに察してくれた。

 

「……承知しました。でしたら、ここで続けるのは適切ではありませんね」

 

「はい。お手数ですが、二人だけでお話しできる場所はありますか?」

 

「それでしたら……」

 

 サクラコさんは、少し考えてから頷いた。

 

「懺悔室を使いましょう」

 

「……懺悔室、ですか?」

 

「ええ。あそこでは話された内容を、外へ漏らさないことが大切にされています。誰にも聞かれず、心の奥にしまってきたことをお話しいただけますから」

 

(……ああ、なるほど)

 

 確かに、秘密の相談には向いている。

 

 何より、サクラコさんが自ら案内してくれるなら安心だ。

 

「お願いします。できれば、サクラコさんと二人きりで」

 

「もちろんです。今日だけは、他の方にはお席を外していただきましょう」

 

 護衛の先輩が、一歩前へ出た。

 

「……失礼します。ナギサ様の安全は、どのように確認すればよろしいでしょうか」

 

 その質問はもっともだ。

 

 するとサクラコさんは、赤紫の瞳を細めて答えた。

 

 まったく悪意のない、頼もしい顔。――俺以外の人には、秘密を守るためなら何でもしそうな顔に見えるかもしれない。

 

「ご安心ください。私のもとにいらっしゃる間は、責任を持ってお守りします」

 

「……っ」

 

「ただし、中でお話しになることは、一切外へは出せません。何が語られたとしても、です」

 

(……まあ、そうだよな)

 

 秘密の相談なのだから。

 

「ご心配には及びませんよ。サクラコさんは信用できる方です」

 

 俺も護衛にそう伝えた。

 

「ええ。ナギサさんがお望みなら、私はお話を最後まで聞き届けます。たとえ今まで誰にも明かせなかったことでも、ここでは受け止めましょう」

 

 先輩は口を真一文字に結び、後輩は祈るように手を組んでいた。

 

(……いや、これはもう一度ちゃんと話しておこう)

 

     ◇

 

 懺悔室へ続く廊下は、人通りが少なかった。

 

 木製の扉。古い石壁。足音がかすかに反響する。

 

「こちらです」

 

 サクラコさんが扉を示した。

 

「護衛の皆さんは、外でお待ちいただけますか? 出口はこちら一つだけです。何かあれば、すぐにお声がけします」

 

 護衛たちへ向けたその微笑みは、俺には気遣いに見えた。けれど二人は、まるで重大な宣告を聞いたように固まっている。

 

 護衛の先輩が扉と廊下を見回す。

 

 警護上の問題はなさそうだ。そう判断したのだろう。

 

「……承知しました」

 

「ありがとうございます」

 

 サクラコさんは、そこでふと俺へ顔を向けた。

 

「ナギサさん。難しいお話になると思いますが……大丈夫ですか?」

 

「ええ。覚悟はしています」

 

「それなら、よかった。こちらの過去にも関わるかもしれません。私も、すべてをお見せするつもりで臨みます」

 

(……そうだよな。古い地図の件だもんな)

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「……では、どうぞ。中へ」

 

 俺は扉へ向かいかけて、足を止めた。

 

(……待てよ。あの顔で『すべてをお見せする』は、さすがに迫力がありすぎるだろ)

 

 振り返ると、護衛たちは見事なまでに背筋を伸ばしていた。

 

「お二人とも。念のため、もう一度だけ確認させてください」

 

「は、はいっ!」

 

「今日の相談は、支援が必要な生徒さんたちと、非公開の歴史資料についてです。『お迎えする』『お預かりする』も支援や秘密保持の話で、私がシスターフッドに入るわけではありません。誤解のないようにお願いしますね」

 

 そこまで一息に説明すると、後輩が目を丸くした。

 

「……ナギサ様、そこまでお気づきだったのですか……?」

 

「お二人がずっと緊張なさっているのは分かりますよ」

 

 苦笑しつつ、念を押す。

 

「サクラコさんの言葉は少し大げさに聞こえるかもしれませんが、それだけです。面談も私自身が望んだものですから、安心してください」

 

「……はい」

 

「……承知しました」

 

 先輩が頭を下げる。後輩も慌ててそれに倣った。

 

 するとサクラコさんが、ほっとしたように微笑んだ。

 

 だが、彼女が二人に向けるその視線は相変わらず鋭く、護衛たちの背筋がわずかに伸びた。

 

「お気遣いありがとうございます、ナギサさん。私も皆さんのご心配はよく分かります。大切な方をお預かりするのですから、当然のことです」

 

(……サクラコさん、それは今言わなくてもよかったのでは!?)

 

 護衛二人の肩が同時に跳ねた。

 

 けれど、俺には分かる。今のは護衛をねぎらう言葉だし、その強張ったように見える笑みも本人なりの気遣いだ。

 

 ……問題は、俺に分かることが護衛にも伝わるとは限らない点なんだけど。

 

「……では、よろしくお願いします」

 

 サクラコさんは俺を先に通し、扉が閉まる寸前、護衛たちへ丁寧に会釈した。

 

 そして、威厳たっぷりの、本人としては安心させるつもりの笑顔を向ける。

 

「どうかご安心を。ナギサさんは、私がお預かりします」

 

 ――ぎぃ。

 

 木の扉が閉じた。

 

 俺は、これでようやく秘密の話ができると、心底ほっとしていた。

 

 ――二度も説明したのだから、さすがに護衛たちも安心してくれただろう。

 

 そう信じたかった。

 

     ◇

 

 ――護衛班の先輩は、閉じた扉を凝視していた。

 

 ナギサ様は、二度も説明してくださった。

 

(……分かってる。シスターフッドへの移籍なんて、あり得ない)

 

 なのに、あの赤紫の瞳と、何かを決意したように見える微笑みを思い出すと、つい不安になる。

 

 脳裏をよぎるのは、サクラコ様の言葉だった。

 

『簡単に知らなかったことにはできません』

 

『ナギサさんは、私がお預かりします』

 

 シスターフッドの前身は、かつて戒律の名の下に人々を裁いたユスティナ聖徒会。もちろん、今の組織が同じことをすると疑う理由などない。

 

(……でも、あの顔で『お預かりします』は怖すぎるでしょう!?)

 

 後輩が、そっと袖を引いた。

 

「……先輩」

 

「……何?」

 

「サクラコ様、『過去をすべてお見せする』って……」

 

「……聞こえた」

 

「ナギサ様、昨日までお忙しかったですし、最近ようやくお元気になられたところですよね」

 

「……そうね」

 

「……まさか、心が弱っているところを、シスターフッドへ……」

 

「やめて。そういうことを言わないで。私も今、それを考えないようにしてるから」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

 もちろん、根拠などない。

 

 ナギサ様は、サクラコ様を信頼していると明言した。しかも、自分たちの顔色を見て、わざわざ二度も説明してくださった。

 

 信用したい。説明は筋が通っているし、ナギサ様の判断も信頼している。

 

 けれど、サクラコ様が最後に浮かべた微笑みを思い出すと、理屈と無関係に背中が冷える。そんな自分が申し訳なくもあった。

 

 それでも、ひとつだけ、引っかかる。

 

(……どうして『支援対象の生徒たち』の話だったはずなのに、最後は『ナギサ様をお預かりします』になっているの?)

 

 しかも、その時のサクラコ様は満足そうに微笑んでいた。少なくとも、そう見えた。

 

 善意だと分かっていても、あの表情と言い回しの組み合わせは反則だと思う。

 

 ここで扉を叩けば、機密相談を妨害することになる。

 

 何より、ナギサ様は自分の意思で入っていかれたのだ。疑う根拠もないのに、騒ぎにしてはいけない。

 

「……先輩、どうしましょう」

 

「……何もしないわ」

 

「えっ?」

 

「ナギサ様がそうおっしゃったんだから。私たちは指示どおり、ここで警護を続けるの」

 

 後輩は、少し安堵したように息を吐いた。

 

「……そうですよね。サクラコ様だって、きっと親切で……」

 

「ええ。そうよ。おかしなことなんて何もないわ」

 

「……『大切な方をお預かりする』のも、秘密を守るためですもんね」

 

「……そうよ」

 

「……『私がお預かりします』も」

 

「……そう」

 

「……過去をすべてお見せする、というのも……」

 

「そこは、古い資料の話でしょう!」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 二人は同時に口を押さえる。

 

 ……いけない。ここは静かな礼拝堂の廊下だ。

 

 ふと、閉ざされた扉へ目を向ける。

 

 中からは何の音もしない。声も漏れてこない。

 

 もちろん、それこそが懺悔室の役目である。

 

「……先輩」

 

「……今度は何?」

「もしナギサ様が、シスターのヴェールをつけて出てこられたら……」

「だから、そんなことあるわけないでしょう!」

「……絶対に、ですか?」

「当たり前でしょう! ナギサ様が二回も説明してくださったのよ!」

「……そうですよね」

 

「そうよ! だから何も心配する必要なんて……」

 

 そこで先輩の言葉が止まった。

 

「……ない、はず……」

「先輩まで不安にならないでくださいよぉ!?」

「誰のせいだと思ってるのよ……っ!」

 

 二人は慌てて口を押さえた。

 幸い、懺悔室の扉が開く気配はない。

 ――シスターフッドの静かな午後は、誰にも知られないまま、護衛二人の心の中だけで大騒ぎになっていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!

今回はマリーとサクラコの登場回です。
ナギは真剣に救済の準備を進めているのですが、サクラコの善意あふれる言葉が、護衛たちには少々不穏に聞こえてしまったようで……。

護衛たちはナギサの説明を信じたいのに、サクラコの意味深な言葉で疑念が再燃。とはいえ、誰にも報告せず、二人で悩みを抱え込んでいます。

次回、懺悔室でいよいよ本題に入ります。よろしくお願いします!
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