今回は、前回に引き続きミカとのお茶会のお話です!
前回の賑やかな雰囲気から一転、今回は少し真面目なお話となります。
ミカとナギ、二人がどのような話をするのか。
ぜひ最後までお楽しみください!
「……ねえ、ナギちゃん」
「はい?」
「ロールケーキ、おいしい?」
「ええ。とても」
「えへへっ、よかった!」
ミカが嬉しそうに笑う。
……まったく。
つい先ほど、ロールケーキをぶち込むなどという物騒な発言をした相手に、そのロールケーキを勧められるとは。
(……何とも言えない気分だな)
まあ、味に罪はない。
実際、おいしいし。
「それにしても、さっきはびっくりしたよー!」
「先ほどの件でしたら、忘れていただけると助かるのですが」
「えー? あんなに面白かったのに?」
「……ミカさん」
「えへへっ、ごめんごめん!」
まったく反省していなさそうな笑顔だった。
俺は苦笑し、紅茶を一口飲んだ。
先生が帰ってから、しばらく経つ。
会場には、俺とミカの二人だけ。
先ほどまでの賑やかさが嘘のように、穏やかな時間が流れていた。
(……さて)
そろそろ、本題に入るか。
「ミカさん」
「んー?」
「先ほど、先生についてお尋ねになりましたよね」
ミカの手が止まった。
「……ああ、悪いことをした子の話?」
「ええ」
「……それが、どうしたの?」
ミカは笑っていた。
けれど、その声には少しだけ警戒が混じっている。
「一つだけ、伝えておきたいことがありまして」
「……何?」
「私は、心から反省し、もう一度やり直したいと願っている子なら、必ず救いたいと思っています」
ミカは、じっとこちらを見つめた。
「……絶対に?」
「ええ」
「……どんな子でも?」
「もちろんです」
そう答えると、ミカは視線を落とした。
「……じゃあさ」
ぽつりと、言葉が零れる。
「……その子が、ナギちゃんの大切な人を傷つけていたとしても?」
……なるほど。
そこまで確かめたいのか。
「悲しいでしょうし、怒ることもあると思います」
「……うん」
「ですが、だからといって、その子の未来まで諦めるつもりはありません」
ミカは、何も言わなかった。
「もちろん、したことの責任は果たしていただきますけどね」
「……責任」
「ええ。ですが、それと救うかどうかは、別のお話です」
俺は微笑んだ。
「反省して、やり直したいと思っているのなら、私はその子が再び歩き出せるように力を尽くしますよ」
「…………」
ミカは、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「……そっか。やっぱり、ナギちゃんって変わったね」
「そうでしょうか?」
「うん。前だったら、もっと慎重に考えてたと思う」
(……ああ、そういえば)
さっきも似たようなことを言われたな。
影武者かもしれない、なんて冗談まで飛び出した。
……あれは本当に心臓に悪かった。
「ねえ、ナギちゃん」
「はい?」
「どうして、そんなに誰かを助けたいの?」
少し考えてから、口を開く。
「私自身、たくさんの方に助けられてきたからでしょうか」
「……ナギちゃんが?」
「ええ。私一人でできることなんて、案外少ないものですよ」
「へえ……」
ミカが意外そうな顔をする。
……まあ、そうだろうな。
昔の俺を知っているわけじゃないし。
「ですから、今度は私も、誰かの力になりたいのです」
そう答えると、ミカは何かを考えるようにロールケーキを見つめた。
◇
「……ねえ、ナギちゃん」
「何でしょう?」
「私のこと、疑ってる?」
唐突な質問だった。
けれど、予想していなかったわけではない。
「……どうして、そう思われたのですか?」
「だって、何だか色々知ってるみたいに話すんだもん」
ミカは、困ったように笑った。
「最近のナギちゃん、時々すごく真剣な顔で私を見るし」
(……やっぱり、気づかれてたか)
少々、露骨だったかもしれないな。
……ここは、正直に話そう。
「実は、最近のミカさんの行動について、少し調べさせていただきました」
「……え?」
ミカの笑顔が消えた。
「私のことを?」
「ええ」
「……そっか」
彼女は視線を落とした。
「やっぱり、疑ってたんだね」
……その言い方は、少し違う。
「確かに、何かあったのではないかとは思っています」
「…………」
「ですが、ミカさんを敵だと考えているわけではありませんよ」
「……え?」
俺は微笑んだ。
「考えてみてください。もし私が本気でミカさんを恐れ、敵だと思っているのなら、今こうして二人きりでお茶を飲んでいるでしょうか?」
ミカが、ぱちぱちと瞬きをした。
「……それは」
「ミカさんがどれほどお強いのか、一番よく知っているのは私だと思っていますから」
……いや、本当に。
ミカの戦闘能力を考えれば、俺なんて真正面から戦う相手にもならないだろう。
いくら頭を働かせたところで、殴られたら終わりだ。
「ですから、私はミカさんを恐れてはいません」
「……ナギちゃん」
「それに、ミカさんが本当に成し遂げたいことがあるのなら、私はできる限り応援したいと思っています」
「……本当に?」
「ええ。ただし、方法が間違っていると思えば、止めさせていただきますけどね」
ミカは、少しだけ笑った。
「……あはは。そこはナギちゃんらしいね」
「そうでしょうか?」
「うん」
彼女は頷き、また俯いた。
「……でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
「大切な友人だから、では駄目でしょうか?」
「…………」
ミカの目が大きく見開かれた。
「……友達」
「ええ」
「……私が?」
「もちろんです」
厳密に言えば、俺自身がミカと過ごしてきた時間は短い。
だが、今の俺にとって、彼女は大切な存在だ。
それだけは嘘じゃない。
「ですから、もし悩んでいることがあるのなら、私にも教えていただけませんか?」
ミカは、何も答えなかった。
その手が、膝の上でぎゅっと握られる。
「……ナギちゃん」
「はい?」
「……もし、話したらさ」
ミカは、顔を上げなかった。
「……今みたいに、普通に話してくれなくなるかもしれないよ?」
「…………」
「ナギちゃんが思ってるより、ずっとひどいことかもしれないし」
……ああ。
怖いんだな。
自分が何をしたのかを知られることよりも。
それを知った俺が、離れていってしまうことが。
「……ミカさん」
「……何?」
「私は、聞く前からあなたのすべてを許せると申し上げるつもりはありません」
ミカの肩が、小さく揺れた。
「……うん」
「ですが、お話を聞いた途端に、あなたを突き放すつもりもありませんよ」
「…………」
「まずは、何があったのかを教えてください」
ミカは、しばらく黙っていた。
やがて、困ったように笑う。
「……ナギちゃんって、ずるいよ」
「……え?」
「私のことばっかり聞いてさ」
ミカが、こちらをじっと見つめる。
「ナギちゃんだって、何か隠してるでしょ?」
(……っ)
……鋭い。
本当に鋭いな、この子。
俺は、少し考えた。
確かに、一方的に秘密を聞こうとするのはフェアじゃない。
それに、ミカにはいずれ話すつもりだった。
……なら。
「そうですね。確かに、私にも秘密があります」
「……えっ!?」
ミカが勢いよく顔を上げた。
「本当に!?」
「ええ」
「……どんな秘密?」
……おいおい。
さっきまで落ち込んでいたのに、途端に元気になったな。
「では、こうしませんか?」
「……何?」
「ミカさんが抱えている秘密を教えてくださったら、私も一つ、お話しします」
ミカの表情が変わった。
「……ナギちゃんの秘密を?」
「ええ。私が最近変わった理由についても、お話ししましょう」
「…………!」
ミカが目を見開く。
「……それって、すごく大事なこと?」
「私にとっても、ミカさんにとっても、大切なお話になると思います」
ミカは、しばらく黙っていた。
目の前のティーカップを見つめ、何かを考えている。
「……話したら、もう戻れなくなるかもしれないんだよ?」
「……そうかもしれませんね」
「…………」
「ですが、話さないままでは、何も変えられないこともあると思います」
ミカは、唇を噛んだ。
長い沈黙が流れる。
……ここで、急かすつもりはない。
答えを出すのは、ミカ自身だ。
やがて。
「……ナギちゃん」
「はい?」
「それ、約束だよ?」
「ええ。お約束します」
ミカは、小さく息を吸った。
「……分かった」
◇
「……私ね」
ミカは、俯いたまま話し始めた。
「本当は、仲直りしたかっただけなんだ」
「……仲直り、ですか?」
「うん。アリウスって、知ってる?」
「ええ。かつてトリニティと対立していた分校ですね」
「そう」
ミカは、少しだけ顔を上げた。
「トリニティとアリウスって、もともとは同じところから始まったんでしょ?」
「ええ」
「だったら、いつまでも争ってる必要なんてないんじゃないかなって」
ミカは力なく笑った。
「……変かな?」
「いいえ。決して、おかしな考えではないと思います」
「……そっか」
少し安心したように微笑む。
「私、ゲヘナは嫌いだよ。今だって、好きにはなれない」
その声には、迷いがなかった。
「だから、エデン条約にも反対だった。でも、アリウスとは仲直りできるんじゃないかなって思ったんだ」
……ああ。
やっぱり、そこは原作と変わらないんだな。
ミカは最初から、すべてを壊そうとしていたわけじゃない。
彼女なりに、和解を望んでいた。
「それで、アリウスの子たちとこっそり連絡を取るようになったの」
ミカは、膝の上で手を握り締めた。
「最初は、うまくいくと思ってたんだよ」
しかし、その声は次第に暗くなっていった。
「……でも、セイアちゃんが反対して」
ミカは唇を噛んだ。
「私、腹が立ったんだ。いつも正しいことばっかり言って、私の考えなんて全然分かってくれないって……」
……来たか。
俺は、黙って続きを待った。
「だから、少しだけ黙っててもらおうって思ったの」
「…………」
「しばらくティーパーティーの仕事から離れてもらえば、その間に私が全部進められるって」
「……それで、アリウスの方々に?」
「……うん」
ミカは、ゆっくりと頷いた。
「セイアちゃんを、しばらく閉じ込めておいてほしいってお願いしたんだ」
顔を上げた彼女の目には、涙が浮かんでいた。
「本当に、それだけのつもりだったの」
震える声。
「殺すつもりなんて、なかったのに……」
そこまで言うと、ミカは顔を覆った。
「……セイアちゃんが襲われて、死んじゃったって聞いて……」
涙が、指の隙間から零れ落ちる。
「私、どうしたらいいか分かんなくなって……」
……ああ。
原作で知っていたことだ。
だが、こうして本人の口から聞くと、やっぱり違う。
(……セイアは、おそらく生きている)
原作知識に加え、これまでの状況を考えても、その可能性は高いと思っている。
……ただし、まだ確証はない。
ミネに直接会い、事情を確かめたわけではないのだから。
ここで生きていると伝えれば、ミカはきっと救われるだろう。
けれど、希望的観測だけで安心させて、もし違っていたら?
……そんな無責任なことはできない。
(……もう少しだけ、待ってくれよ)
俺は、目の前の少女を見つめた。
「……ごめん」
ミカが、ぽつりと呟いた。
「ごめんね、ナギちゃん……」
……胸が痛む。
だが、今はミカの話を最後まで聞こう。
「……ミカさん」
「……うん」
「お話ししてくださって、ありがとうございます」
ミカが、驚いたようにこちらを見た。
「……ありがとう、って」
「私を信じて、お話ししてくださったのでしょう?」
彼女は何も言わなかった。
ただ、涙を堪えるように唇を噛んでいる。
「……ですが、まだ続きがありますよね?」
ミカの肩が小さく揺れた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……うん」
「では、続きを聞かせてください」
◇
それから、ミカは知っていることを一つずつ話してくれた。
アリウスと接触した経緯。
アズサをトリニティへ編入させたこと。
エデン条約を巡るやり取り。
そして、セイアの襲撃後も連絡を取り続けていたこと。
俺は、途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
ミカは何度も言葉に詰まったが、質問すれば答えてくれた。
自分が知っていることも、知らないことも。
都合の悪いことまで、隠さずに。
「……これで、全部」
ミカが、小さく呟いた。
「私が知ってることは、全部話したよ」
「……そうですか」
俺は静かに頷いた。
(……なるほどな)
やはり、原作と大きくは変わっていない。
ただ、直接聞かなければ分からなかったこともあった。
そして、改めて確信した。
(……ミカは、すべてを知っていたわけじゃない)
アリウス側の本当の目的。
その背後にいる存在。
彼女自身も、利用されていた部分が大きい。
……もちろん、だからといってセイアの件への関与が消えるわけではない。
「……ナギちゃん」
「はい?」
「私、どうなるのかな……」
ミカが、不安そうに尋ねる。
「こんなこと、みんなに知られたら……」
……そうだよな。
怖いに決まっている。
ティーパーティーのホストが、アリウスと密かに繋がっていた。
しかも、セイアの襲撃に関わっていた。
明るみに出れば、政治的には大問題だ。
(……ただ、少し考えてみようか)
ミカの行動は、確かに褒められたものじゃない。
別のホストを秘密裏に拘束し、政治の場から排除しようとした。
ティーパーティーの代表として、軽率だったと言わざるを得ない。
……けれど。
ミカは、セイアを殺すよう命じたわけじゃない。
求めたのは、一時的な拘束。
もちろん、それ自体が危険な行為であることに変わりはない。
だが、最初から殺害を計画していたのとでは、話が違う。
何より、実際の襲撃はミカが想定していたものより、遥かに苛烈だった。
(……まあ、キヴォトスだからなぁ)
どこぞの学園では、毎週のようにクーデター騒ぎが起きている。
……いや、冷静に考えれば、それもどうなんだという話だけど。
ともかく、この世界では学園内の権力争いに実力行使が伴うことも珍しくない。
だからこそ、結果の重大さと本人が何を意図していたのかは、きちんと分けて考えるべきだろう。
そして何より、ミカは今、自分のしたことを悔やんでいる。
(……だったら、ここからが俺の仕事だな)
中身は大人なんだから。
子供が間違えた時、ただ罰を受けさせて終わりにするのではなく、その子が責任を果たし、やり直せる環境を整える。
そのために動くのが、今の俺の役目だと思う。
……幸い、考えはある。
ミカに責任を果たしてもらいながら、政治的な立場も守るための方法が。
もちろん、簡単な話じゃない。
トリニティ内部の政治的な問題。
他の派閥の思惑。
そして、ティーパーティーのホストという立場。
すべてが絡んでくる。
……だが。
(……責任の果たし方は、一つじゃない)
俺には、提示できる道がある。
どちらも、決して楽なものではないだろう。
それでも、選ぶのは俺じゃない。
ミカ自身だ。
彼女がどちらを選んでも、俺はその決断を支えるつもりだった。
「……ミカさん」
「……何?」
「あなたがセイアさんの殺害を望んでいなかったことは、分かりました」
「……っ!」
ミカが勢いよく顔を上げた。
「本当に、それだけは違うの……!」
「ええ」
俺は頷いた。
「でしたら、あなたが何を依頼し、アリウス側が何をしたのか。それぞれ区別して考えなければなりませんね」
「……ナギちゃん?」
「それに、あなたがこれからどう責任を果たすのかについても、考える必要があります」
ミカは、静かに頷いた。
「……うん」
「そのために、少し提案したいことがあるのです」
「……提案?」
「ええ」
俺は微笑んだ。
「ですが、詳しいお話は、もう少し後にしましょう」
「……え?」
「先に、私からお話ししなければならないことがありますので」
……まあ。
作戦の説明をするにしても、俺の秘密を伝えてからの方がいいだろう。
ミカに選んでもらうのなら、俺が何者なのかも知っておいてほしい。
「……分かった」
ミカは少し不思議そうだったが、素直に頷いてくれた。
◇
「……あっ、そうだ」
ミカが、何かを思い出したように端末を手に取った。
「ナギちゃん、これも見てくれる?」
「何でしょう?」
「今日、アリウスから来た連絡なんだけど……」
そう言って、画面をこちらへ向ける。
そこには、短いメッセージが表示されていた。
『昨日から、ティーパーティー会場の音声が拾えなくなっている。何かしたのか?』
『今日のシャーレの先生との会談内容については、後で必ず報告しろ』
「…………」
(……やっぱり、気づかれたか)
だが、想定の範囲内だ。
むしろ、昨日から音声が拾えていないのなら、こちらの対策が機能しているということでもある。
「……ナギちゃん?」
「はい?」
「これ、どういうことなんだろう」
ミカが不安そうにこちらを見た。
「この部屋の音声が聞こえないって……」
「そのことでしたら、ご安心ください」
「……え?」
「実は、この会場には以前から盗聴の疑いがありまして」
「……盗聴!?」
ミカが思わず立ち上がった。
「この部屋で!?」
「ええ。ですが、現在は対策済みですよ」
「……対策?」
俺は頷いた。
ここ数日、進めてきた準備の一つだ。
原作では、ティーパーティー内部の情報がアリウス側へ流れていた。
そのすべてがミカを通じたものとは限らない。
そこで、念のため会場を調べることにした。
役立ったのが、先日のミレニアム訪問で借りた機器だった。
(……本当に助かったな)
盗聴器を探知するための装置を使って調べたところ、案の定、不審な反応が見つかったのだ。
……まったく。
ティーパーティーの会場だぞ、ここ。
警備はどうなっているんだ。
ともかく、昨日から盗聴を妨害する措置を取っていた。
先生との会談も、ミカとの話も、外部に筒抜けになるような状況だけは避けたかったからだ。
「……つまり」
ミカが、恐る恐る口を開く。
「ナギちゃんが、盗聴を止めたってこと?」
「ええ。少なくとも、現在は外部への音声送信を妨害できているはずです」
「……いつの間に?」
「昨日からですね」
「……ええっ!?」
驚きの声が響いた。
「何で教えてくれなかったの!?」
「申し訳ありません。まだ確認しておきたいことがありましたので」
「もう! 私には秘密を話してって言うくせに、自分は色々隠してるんだから!」
「……返す言葉もありませんね」
(……本当に、そのとおりだ)
まったく。
我ながら、秘密が多すぎる。
「……でも」
ミカが、もう一度画面を見つめる。
「じゃあ、今日の話も……」
「ええ。少なくとも、この盗聴経路からは聞かれていないでしょう」
ミカは、ほっとしたように息を吐いた。
「……そっか」
そして、小さく笑う。
「……よかった」
……ああ。
本当に、準備しておいて良かった。
もし今の話がアリウス側へ伝わっていたら、状況は一気に悪化していただろう。
「ミカさん。その連絡については、今すぐ返事をしないでください」
「……分かった」
ミカが素直に頷く。
ひとまず、これでいい。
ただ、相手がいつまでも待ってくれるとは限らない。
こちらも早めに動かなければならないだろう。
◇
「……さて」
俺は、紅茶を置いた。
「ミカさん。もう一つ、お話があります」
「……何?」
「お約束、しましたよね?」
ミカが、はっとしたように顔を上げた。
「……あっ!」
「ミカさんが秘密を教えてくださったら、私も秘密をお話しすると」
「……うん!」
先ほどまでの不安そうな表情が、少しだけ明るくなる。
「ナギちゃんが変わった理由も、教えてくれるんだよね?」
「ええ。もちろんです」
……ただし。
(……先生にも、立ち会ってもらいたいな)
これから話すことは、ミカにとって信じがたい内容だろう。
それに、今後彼女を政治的に守るためにも、先生の協力は必要になる。
なら、事情を知っている先生がいた方がいい。
「……ミカさん」
「ん?」
「申し訳ありませんが、少しだけお時間をいただけますか?」
「……え?」
「先生にも、来ていただきたいのです」
「……先生?」
ミカが目を丸くした。
「でも、先生って補習授業部のところに行ったんじゃなかった?」
「ええ。ですから、少々無理をお願いすることになりますね」
「……そんなに大事な話なの?」
……ああ。
そうだな。
俺にとっても、ミカにとっても。
とても大切な話だ。
「ええ」
俺は、静かに頷いた。
「私自身に関わる、大切な秘密ですから」
ミカは、しばらくこちらを見つめていた。
そして。
「……分かった」
小さく頷く。
「待ってるよ」
「ありがとうございます」
俺は端末を取り出した。
……さて。
先生、申し訳ない。
せっかく補習授業部のところへ向かってもらったのに。
まさか、こんなに早く呼び戻すことになるとは。
(……本当に、すまん)
連絡先を開き、先生の名前を選ぶ。
――プルルル。
数回の呼び出し音の後。
『もしもし、ナギサ?』
「あっ、先生。申し訳ありません、お忙しいところ」
『ううん。どうしたの?』
「実は、少々お願いがありまして」
『お願い?』
「ええ」
俺は、ミカの方を見た。
彼女は、不思議そうにこちらを眺めている。
「大変申し上げにくいのですが、もう一度ティーパーティーの会場までお越しいただけませんか?」
『……えっ?』
……まあ、そうなるよな。
ついさっき帰ったばかりなんだから。
「補習授業部の皆さんにも、ご迷惑をおかけすることになると思います。本当に申し訳ありません」
『大丈夫だけど……何かあったの?』
「……ええ」
俺は、少し声を落とした。
「ミカさんのことで、大切なお話があります」
『……ミカの?』
「はい。それと、以前先生にお話ししたことにも関係があります」
少しの沈黙。
そして。
『……なるほど』
先生の声が、真剣なものに変わった。
『分かった。戻るよ』
「……ありがとうございます!」
『四人には、少し遅れるって連絡しておくね』
「本当に申し訳ありません」
『気にしないで。それより、ナギサ』
「はい?」
『……よく考えて決めたんだね?』
……ああ。
ここで秘密を明かせば、もう後戻りはできない。
ミカが俺をどう思うのかも、分からない。
それでも。
(……信じてみたいんだよな)
目の前の少女を。
俺に秘密を話してくれた、ミカを。
「……はい」
俺は、静かに答えた。
「私から、きちんとお話しするつもりです」
『……そっか。分かった』
先生の声が、少しだけ柔らかくなった。
『じゃあ、そこで待ってて』
「ありがとうございます」
通話が切れた。
(……これで、準備はできたな)
俺は、端末を置いた。
「……ナギちゃん」
「はい?」
「先生、戻ってくるの?」
「ええ」
「……そっか」
ミカは、少しだけ緊張しているようだった。
「何だか、すごい秘密みたいだね」
「きっと、驚かれると思いますよ」
「……えー?」
ミカが、不安そうに笑った。
「何だか怖くなってきちゃった」
「大丈夫ですよ。ミカさんを怖がらせるためのお話ではありませんから」
「……そう?」
「ええ。ただ、私のことをもう少し知っていただきたいのです」
ミカは、じっと俺を見つめていた。
そして。
「……分かった」
小さく頷く。
「私も、ちゃんと聞くね」
「ありがとうございます」
俺は微笑んだ。
……さて。
先生が戻ってくるまで、もう少しか。
ミカが知っていることは、聞くことができた。
彼女を政治的に守るための方針も、ある程度は固まった。
その具体的な方法については、先生とも相談する必要がある。
……そして何より。
俺自身の秘密も、明かさなければならない。
(……本当に、色々変わってきたな)
原作では、ミカが真実を打ち明けるのは、もっと後のことだった。
それが今、こうして自分から話してくれた。
……なら。
俺も、ちゃんと応えなきゃな。
そう思っていると。
――コンコン。
会場の扉が、ノックされた。
「……あっ」
ミカが顔を上げる。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「どうぞ」
扉が開く。
そこには、少し急いで戻ってきた様子の先生が立っていた。
「ナギサ、ミカ」
「先生……!」
ミカが驚いたように声を上げる。
「本当に戻ってきてくれたんだ」
「うん。大切な話があるって聞いたからね」
先生が、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、先生」
俺は、深く頭を下げた。
そして、二人へ向き直る。
俺の秘密を知っている人と。
これから、知ってもらう人。
(……よし)
覚悟は、決まった。
「……それでは」
静かな会場に、俺の声が響く。
「まずは、私自身のお話から始めさせていただきますね」
ミカが真剣な表情で頷いた。
先生も、黙ってこちらを見つめている。
……ああ。
いよいよ、か。
(……頼むぞ、ミカ)
これから話すことは、きっと簡単には信じられないだろう。
それでも。
俺は、お前を信じてみたい。
だから。
今度は、俺の秘密を聞いてほしい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ついにミカが自身の秘密を打ち明けることになりました。
ナギとしても、ミカの行動をすべて許すわけにはいきませんが、それでも彼女を救いたいという気持ちは変わりません。
そして次回は、いよいよナギ自身の秘密についてのお話です!
果たしてミカは、その秘密を知ってどのような反応をするのでしょうか?
次回もお楽しみに!