少し真面目なお話になりますが、ナギがどのような選択肢を用意しているのか、ぜひお楽しみください!
ナギサの話が一段落すると、部屋には穏やかな空気が戻っていた。
ミカはどこか嬉しそうに紅茶を飲み、先生も安心したような表情を浮かべている。
……だが、まだ終わったわけではない。
むしろ、ここからが本題だ。
「……さて、ミカさん」
「ん? なあに、ナギおじさん?」
「そろそろ、今後のことについてお話ししましょうか」
「…………」
その一言で、ミカの表情が変わった。
先ほどまでの笑顔が消え、手元のティーカップへと視線が落ちる。
「……うん」
……ああ。
分かっているんだな。
楽しい時間を過ごしていたからといって、自分がしてしまったことまで忘れたわけではない。
「ミカさん。まず、はっきりさせておきたいことがあります」
「……何?」
「あなたがアリウスと協力し、セイアさんの拘束を依頼していたこと。それについては、相応の責任を負っていただく必要があります」
「……うん」
ミカは、俯いたまま頷いた。
「分かってる。私が悪いことをしたのは、本当だもんね」
「ええ。ですが、セイアさんの殺害まで望んでいたわけではないことも、理解しています」
「…………」
「だからこそ、これからどうするのか、ミカさん自身に選んでいただきたいんです」
「……選ぶ?」
「はい。今のミカさんには、二つの道があります」
俺は、ティーカップを置いた。
「まず一つ目は、今回の件について正式に自白し、裁きを受けることです」
「…………」
「自ら過ちを認めたことや、セイアさんの殺害までは望んでいなかったことも、きちんと伝えます。私も、できる限り力を尽くしましょう」
ミカは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……そうだよね」
その表情に、逃げようという気持ちは見えなかった。
「私、ちゃんと話すよ。自分が何をしたのか、全部」
「……ミカさん」
「だって、私のせいでセイアちゃんが……」
そこで、言葉が途切れた。
ミカは唇を噛み、俯いてしまう。
……胸が痛むな。
だが、彼女自身が自分の過ちと向き合おうとしている以上、その覚悟を軽く扱うわけにはいかない。
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「ですが、まだ結論を出すのは早いですよ」
「……え?」
「実は、もう一つだけ方法があります」
「……もう一つ?」
「ええ。ただし、こちらは非常に危険です」
俺は、彼女の目を見つめた。
「場合によっては、命に関わることもあるでしょう。それでも、聞いてみますか?」
「…………」
ミカは、一瞬だけ先生へ視線を向けた。
先生は何も言わず、静かに頷いている。
「……うん。聞かせて、ナギおじさん」
「分かりました」
俺は頷いた。
「二つ目は、ミカさんに二重スパイになっていただくことです」
「…………え?」
「アリウスとの協力関係を続けているふりをしながら、私たちへ情報を伝えていただくんです」
「……ええっ!?」
ミカが、勢いよく立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って!? そんなことできるの!?」
「今なら、まだ可能だと考えています」
アリウスは、ミカがこちらへ事情を打ち明けたことを知らない。
つまり、今までどおり連絡を続けても、不自然ではない。
「ミカさんからアリウスの動向を教えていただければ、襲撃への対策を立てられます」
「……うん」
「そして、その情報は、アリウスの生徒たちを救うためにも役立つでしょう」
「……え?」
ミカが、顔を上げた。
「アリウスの子たちも?」
「ええ」
「……どうして?」
「詳しいことは、まだお話しできません。ですが、私はアリウス側にも救うべき生徒がいると考えています」
「…………」
「彼女たちの計画を把握できれば、襲撃を阻止するだけでなく、その背後にある問題にも対処できるかもしれません」
ミカは、しばらく黙っていた。
……やっぱり、そこが気になるんだな。
ミカは、もともとアリウスとの和解を望んでいた。
その願い自体は、本物だったはずだ。
だが、信じていた相手が約束を破り、親友を襲撃した。
今の彼女にとって、アリウスを救うという言葉は、簡単に受け入れられるものではないだろう。
「……ナギおじさん」
「はい?」
「アリウスの子たちって、本当に助けられるのかな……?」
「必ずとは申し上げられません。ですが、可能性はあると考えています」
「……そっか」
ミカは、膝の上で両手を握り締めた。
「……正直、まだ怖いよ」
「…………」
「アリウスの子たちを、もう一度信じられるかも分からない」
その声には、迷いがあった。
「セイアちゃんのことだって、約束してくれたのに……」
ミカは、そこで言葉を詰まらせた。
……そうだろうな。
彼女が望んだのは、セイアを卒業まで拘束することだった。
それ自体、決して許される行為ではない。
だが、殺害までは望んでいなかった。
「……あの子たちが、本当は何を考えていたのか」
ミカが、俯いたまま呟く。
「私、もう分からないんだ」
「……ミカさん」
「だから……また騙されたらって思うと、怖い」
……ああ。
それでも、アリウスを助けられるかもしれないという言葉が、気になって仕方ないんだろう。
「でしたら、今すぐ信じる必要はありませんよ」
「……え?」
「相手を信じることと、救おうとすることは、必ずしも同じではありませんから」
俺は、静かに続けた。
「まずは何が起きているのかを確かめましょう。そのうえで、どうするべきか考えればいいんです」
「…………」
「私たちにも、先生にも、できることはありますから」
ミカは、少しだけ目を見開いた。
そして、小さく頷く。
「……うん」
……さて。
もう一つ、説明しておくことがある。
「それに、ミカさん」
「……何?」
「もし、この方法でアリウスの襲撃を阻止できれば、ミカさん自身の今後にも良い影響があるでしょう」
「……私の?」
「ええ。自ら過ちを認めたうえで、今度は事件の解決に大きく貢献することになるんですから」
ミカが、俺を見つめる。
「……それで」
「はい?」
「……少しは、償えるのかな?」
その声は、とても小さかった。
「ええ。私は、そう思います」
俺は、静かに頷いた。
「もちろん、過去の罪が消えるわけではありません。ですが、これ以上の被害を防ぎ、多くの生徒を救うことができたなら、その功績も正当に評価されるべきでしょう」
「…………」
「そして、その評価のために、利用できるものが一つあります」
「……利用できるもの?」
「十五日間のエデン条約延期です」
「あっ!」
ミカが、顔を上げた。
「ナギちゃんが、みんなの前で頭を下げてお願いしたやつだよね?」
「ええ。そのとおりです」
あの日、俺は未解決のセイア襲撃事件を踏まえた警備体制の見直しと、各種業務の調整を理由に、十五日間の延期を求めた。
もちろん、それらは事実だ。
だが、俺の狙いはそれだけではない。
原作知識によってアリウスの襲撃を警戒していた俺は、その対策を講じる時間を確保する必要があった。
そして、あの行動を後からどう活用できるかについても、考えていた。
「先生。私は十五日延期を申し出た時点で、すでにアリウスによる襲撃を警戒していました」
「……うん」
「ですが、そのことは公表していません。相手にこちらの警戒を悟られては困りますから」
「……そうだね」
「事件解決後には、当時からアリウスの襲撃を警戒していたことを公表するつもりです」
「……なるほど。延期には、そういう目的もあったって説明するんだね」
「ええ。以前の説明を撤回する必要もありません」
俺は、続けた。
「さらに、それとは別に、ミカさんの行動についても公表します」
「……私の?」
「ええ」
俺は、ミカへ視線を向けた。
「ミカさんは当初、アリウスと共謀し、セイアさんの拘束を依頼していた。しかし、アリウスが約束を破ったことで自らの過ちに気づき、私にすべてを打ち明けた」
ミカが、小さく頷く。
「そこで私は、ミカさんが今もアリウスと接触できる立場にあることを利用し、諜報活動を指示した」
そして。
「ミカさんはその指示に従って情報を集め、アリウスの襲撃阻止に大きく貢献した。……そう公表するつもりです」
「…………」
ミカは、しばらく考え込んでいた。
そして、不思議そうに首を傾げる。
「……でも、ナギおじさん」
「はい?」
「それと十五日延期って、何の関係があるの?」
「ふふっ。実は、その二つを組み合わせると、一つの答えが浮かび上がるんです」
「……答え?」
「ええ」
俺は、静かに微笑んだ。
「ミカさんが、十五日延期を申し出る前に私へ自白していた、という答えです」
「…………えっ?」
ミカが、目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って!? 私が打ち明けたのって、今日だよね!?」
「ええ。そのとおりです」
「じゃあ、どうして……?」
「理由は簡単です」
俺は、二人を見つめた。
「事件解決後には、私が十五日延期を申し出た時点ですでにアリウスの襲撃を警戒していたことが明らかになります」
だが、その情報源までは明かさない。
一方で、以前からアリウスと接触していたミカが、後に俺の指示で諜報活動を行っていたことも公表される。
「そうなれば、私がアリウスを警戒していた理由も、ミカさんから情報を得ていたからではないかと考えられるでしょう」
「……あっ!」
ミカが、小さく声を上げた。
「……私が教えたから、ナギおじさんは延期したって思われるんだ!」
「ええ。そして、ミカさんが最初から私の協力者だったわけではないことも、説明できます」
「……どういうこと?」
「セイアさんの襲撃です」
ミカの表情が曇った。
「ミカさんが依頼したのは、セイアさんを卒業まで拘束することでした。しかし、アリウスはその意図に反し、殺害まで企てていた」
「……うん」
「それをきっかけに、ミカさんが自らの過ちを悔い、私に事情を打ち明けた。私はその情報を基に延期を求め、同時にミカさんへ諜報活動を指示した」
俺は、静かに続けた。
「そう考えれば、最初はアリウスに協力していたミカさんが、途中から私の協力者になったことも説明できます」
「……なるほど」
先生が、小さく頷いた。
「セイアの襲撃をきっかけに、ミカがナギへ協力するようになったって考えられるわけだね」
「ええ。ですが、材料はそれだけではありません」
「……まだあるの?」
「ミカさん。十五日延期を求めた会議のことを覚えていますか?」
「……うん?」
「あなたも、私の提案に賛成してくださいましたよね?」
「あっ!」
ミカが、思い出したように声を上げた。
「そうだったね! 私も延期に賛成したんだった!」
「ええ」
俺は頷いた。
「あの場で私は、皆さんに頭を下げて延期をお願いしました。そして、ミカさんもその提案を支持してくださった」
「……でも、ナギおじさん」
ミカが、少し困ったように笑った。
「あの時の私、ナギちゃんに協力しようと思って賛成したわけじゃないよ?」
「ええ。分かっていますよ」
……そう。
当時のミカは、まだ俺に自白していなかった。
そもそも、エデン条約の締結に反対していたのだから、延期を歓迎すること自体は不自然ではない。
だが。
「事件解決後に、その場面を振り返る方々はどうでしょう?」
「……え?」
「アリウスを警戒していた私が十五日延期を求め、その情報源だったかもしれないミカさんが、同じ会議で延期に賛成していた」
俺は、静かに微笑んだ。
「二人がすでに協力関係にあったと考えるなら、あの時のミカさんの賛成にも、別の意味が生まれます」
「…………あっ!」
ミカが、目を見開いた。
「もしかして……私がナギおじさんに協力するために賛成したって思われるの!?」
「その可能性があります」
……もちろん、これだけで延期前から協力していたと証明できるわけではない。
だが、セイア襲撃という明確な転機があり、その直後に俺が延期を求め、ミカも賛成している。
そこに、事件解決後の諜報活動という事実が加われば、一つの筋書きが成立する。
「ただし、私はミカさんがいつ自白したのかについて、公表するつもりはありません」
「……え?」
「公表するのは、私が延期を申し出た時点でアリウスを警戒していたこと。そして、ミカさんが自白した後、私の指示で諜報活動を行い、襲撃阻止に貢献したことです」
どちらも事実だ。
そこに、当時の会議でミカが延期に賛成していたという事実が加わる。
俺から自白の時期を偽って説明する必要はない。
「……なるほどね」
先生が、静かに頷いた。
「周囲が事実を結びつけて、二人は延期前から協力していたんじゃないかと推測するわけだ」
「ええ。そのとおりです」
「……へえ」
ミカが、感心したようにこちらを見つめた。
「ナギおじさんって、そういうこと考えるの得意なんだね」
「ふふっ。一応、ティーパーティーのホストですから」
「……一応なんだ」
先生が、小さく笑った。
だが、すぐに真剣な表情へと戻る。
「……でも、ナギ」
「はい?」
「どうして、そこまで回りくどいことをするんだい?」
「公聴会に備えるためです」
「……公聴会?」
「ええ。ミカさんはティーパーティーのホストです。今回の件が明らかになれば、政治的な問題になることは避けられないでしょう」
俺は、静かに続けた。
「その際、私とミカさんが親しい間柄であることは、必ずしも有利に働きません」
「……どういうこと?」
「例えば、反対派の方々が『親しい友人を救うため、二人で口裏を合わせ、功績をでっち上げたのではないか』と主張する可能性があります」
「……っ!」
ミカが、目を見開いた。
「そ、そんなこと……!」
「ええ。ですが、十分に考えられることです」
だからこそ、準備が必要になる。
「まず、ミカさんが自ら過ちを認めたこと。そして、私の指示で諜報活動を行い、襲撃阻止に貢献したこと。これらについては、きちんと証拠を残します」
「……証拠?」
「ええ。自白については先生にも証言していただけますし、諜報活動についても、連絡記録や提供された情報、それを基に行った対策を記録しておきます」
「うん。私も協力するよ」
「ありがとうございます」
俺は、先生へ微笑んだ。
記録を残す以上、日時も含めて正確に扱う必要がある。
もっとも、諜報活動には情報源を守る必要もあるため、公開範囲については慎重に判断しなければならないだろう。
「それらによって、少なくともミカさんが自白し、その後に私へ協力していたことは証明できます」
「……なるほど。でも、それなら十五日延期は?」
「ふふっ。そちらは、私たちの説明を裏付ける、もう一つの材料になります」
俺は、二人を見つめた。
「もし私が事件解決後に話を作ったというのなら、なぜ私は、それよりも前に十五日間もの延期を申し出たのでしょう?」
「……あっ!」
「しかも、ティーパーティーのホストである私が、大勢の前で頭を下げてまでお願いしたんですよ?」
「ああ! そういえば、あの時はみんなすっごく驚いてたよね!」
ミカが、思い出したように声を上げた。
「ナギちゃんが頭を下げるなんて、私もびっくりしたもん!」
「ええ。普段の私を知っている方々ほど、印象に残っているでしょう」
……実際、あの時の反応は予想以上だった。
俺にとっては必要な交渉の一つだったが、ナギサという立場では、それだけ異例の行動だったのだろう。
「さらに、あの会議ではミカさんも延期に賛成していました」
「……あっ、そうだった!」
「つまり、私が早い段階からアリウスの襲撃を警戒し、ミカさんも私の提案を支持していたことになります」
俺は、少しだけ微笑んだ。
「その後、ミカさんが私の指示で諜報活動を行ったことも明らかになれば、延期前から協力していたという筋書きにも説得力が生まれるでしょう」
「……なるほどね」
先生が、静かに頷いた。
「でも、ナギ。それって別の情報源がいた可能性もあるよね?」
「ええ。もちろんです」
俺は、あっさりと頷いた。
「ですが、そう主張するのであれば、私が延期前にどこから情報を得たのか、その根拠を示していただく必要があります」
「……ああ、そっか」
先生が、何かに気づいたように頷く。
「そもそも、ナギがアリウスの襲撃を知っていたのは、原作知識があったからだもんね」
「ええ。そのとおりです」
俺は、静かに微笑んだ。
「では、その事実を第三者がどうやって証明するのでしょう?」
「……あっ!」
ミカが、目を丸くした。
「そっか! ナギおじさんが別の世界から来たなんて、普通は分からないもんね!」
「ええ。それに、仮に誰かが『ナギサには原作知識があったから、襲撃を予測できたのだ』などと主張したとしても……」
俺は、少しだけ笑った。
「客観的な証拠がなければ、荒唐無稽な陰謀論として片づけられるでしょう」
「……なるほどね」
先生が、感心したようにこちらを見つめた。
「本当の情報源が原作知識だからこそ、ナギがどうやって知ったのかを証明するのは難しいわけだ」
「ええ。もちろん、別の可能性を疑うことは自由です」
俺は、ティーカップを手に取った。
「ですが、憶測だけでミカさんの実際の功績を否定することはできません」
「……ナギおじさん」
「はい?」
「……なんだか、すっごく悪い顔してない?」
「ふふっ。気のせいですよ、ミカさん」
「えー? 本当に?」
「ええ。至って普通の顔です」
「……それ、絶対嘘だよね?」
ミカが、じとっとした目を向けてくる。
……失礼な。
俺はただ、できる限りミカに有利な状況を作ろうとしているだけだぞ。
まあ、少々腹黒い策であることは否定しないが。
……そして。
(……それに、もしセイアが本当に生きていたなら、さらに有利になる)
ミカが依頼したのは、卒業までの拘束だ。決して軽い罪ではない。
だが、セイアが生存していれば、殺害されたことを前提とした責任追及は避けられる。
それに、ミカにも直接謝罪する機会が生まれるだろう。
(……頼むから、生きていてくれよ。セイア)
もちろん、ミカを守るためだけじゃない。
俺自身も、セイアに生きていてほしいんだ。
……まだ確証がない以上、今は口にできないけどな。
さて。
これで、説明すべきことは一通り伝えた。
あとは、本人の意思を確認するだけだ。
「……ミカさん」
「……うん?」
「二つ目の方法について、一つだけ忘れないでください」
俺は、真剣な表情で彼女を見つめた。
「この策には、大きな危険が伴います」
「…………」
「もしアリウスに裏切りが発覚すれば、何をされるか分かりません」
セイアの件を考えれば、なおさらだ。
あちらは、ミカとの約束すら守らなかった。
その相手を欺き、情報をこちらへ流すのだから、危険でないはずがない。
「こちらでも可能な限り安全を確保します。ですが、絶対に安全だとはお約束できません」
「……うん」
ミカは、静かに頷いた。
「分かってるよ」
その声は、思っていたよりもしっかりしていた。
「……アリウスの子たちが、どこまでやるのか」
ミカが、俯く。
「私だって、もう分からないもん」
「…………」
「セイアちゃんのことだって、あんなことになるなんて思ってなかった」
膝の上で、彼女の手が握り締められる。
「だから……怖くないって言ったら、嘘になるよ」
……ああ。
当然だ。
むしろ、今のミカほどアリウスの危険性を理解している人間も、そう多くはないだろう。
信じていた相手に、約束を破られたのだから。
「……でもね」
ミカが、ゆっくりと顔を上げた。
「私、ずっとアリウスの子たちと仲良くなりたかったんだ」
「……ええ」
「最初にそう思った気持ちは、本当だったの」
その瞳が、悲しげに揺れる。
「でも……ゲヘナのことが嫌いなのも、本当だった」
「…………」
「セイアちゃんの考えにも腹が立ってたし、自分の思いどおりにしたいって気持ちもあった」
ミカは、苦しそうに笑った。
「仲良くなりたいって言いながら、結局、自分の都合ばっかり考えてたんだよね」
「……ミカさん」
「気づいたら、何が一番大切だったのかも分からなくなってた」
……ああ。
アリウスとの和解を望んでいたことも。
ゲヘナへの嫌悪も。
セイアへの反発も。
どれか一つだけが、ミカの本心だったわけじゃない。
その複雑な感情が重なり、彼女を間違った選択へと進ませてしまった。
「……だからね」
ミカが、一度言葉を切った。
「アリウスの子たちのこと、今でも怖いよ」
「…………」
「また裏切られるかもしれないし、もう信じられないかもしれない」
ミカは、真っ直ぐに俺を見つめた。
「でも……最初に仲良くなりたいって思った気持ちまで、嘘にしたくないんだ」
「……ええ」
「それに、もし私が何もしなかったら、また誰かが傷つくかもしれない」
彼女の声が、少しだけ震えた。
「セイアちゃんみたいに……」
「…………」
「だから、もしまだ間に合うなら……」
ミカが、ゆっくりと顔を上げた。
「今度こそ、ちゃんとみんなを助けたい」
「……ミカさん」
「アリウスの子たちも、トリニティのみんなも」
そして、小さく息を吸う。
「……もう、誰にも傷ついてほしくないんだ」
……そうか。
それが、今のミカの答えなんだな。
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「では、二つ目の方法を選ぶということで、よろしいですか?」
「……うん!」
ミカが、力強く頷いた。
「私、やるよ!」
「……ありがとうございます」
「えへへっ。お礼を言うのは私の方だよ、ナギおじさん」
ミカが、少しだけ笑った。
「こんなことした私に、まだできることがあるって教えてくれたんだから」
「…………」
……まったく。
そんなことを言われたら、こちらも頑張らないわけにはいかないじゃないか。
「……ただし、ミカさん」
「ん?」
「二つ目の道を選んだからといって、罪がなくなるわけではありませんよ」
「……うん。分かってる」
「公聴会が開かれれば、厳しい判断が下される可能性もあります」
「……それも、分かってる」
ミカは、少しだけ寂しそうに笑った。
「でも、それでいいよ」
「…………」
「ちゃんと責任を取る。そのうえで、私にできることをする」
彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。
「……それが、今の私にできることだから」
……ああ。
それなら、俺も応えないとな。
「分かりました」
俺は、微笑んだ。
「でしたら、私も全力でお手伝いしましょう」
「……うん!」
「そして、アリウスの生徒たちについても、可能な限り救う方法を探します」
「……本当!?」
「ええ。もちろん、必ず成功するとはお約束できませんが」
……だけど。
「最初から諦めるつもりはありませんよ」
「…………!」
ミカの表情が、ぱっと明るくなった。
「……ありがとう、ナギおじさん!」
「ふふっ。どういたしまして」
……それにしても。
すっかり定着してしまったな、この呼び名。
まあ、今さら言っても無駄だろう。
「……それじゃあ、先生」
俺は、先生へ視線を向けた。
「先生にも、色々とご協力をお願いすることになるかと思います」
「うん。もちろんだよ」
先生は、迷うことなく頷いた。
「私にできることなら、何でも言ってね」
「……ありがとうございます」
「でも、ナギ」
「はい?」
先生が、少しだけ真剣な表情になった。
「一つ、約束してほしいことがあるんだ」
「……約束、ですか?」
「うん」
先生は、静かに微笑んだ。
「君自身も、ちゃんと誰かを頼ってほしい」
「…………」
「ナギは、色々なことを考えて、みんなを助けようとしてくれているよね」
「……ええ」
「でも、だからって全部一人で背負う必要はないんだよ」
……ああ。
そういうことか。
俺は、思わず小さく笑ってしまった。
「……ふふっ」
「……ナギ?」
「いえ。先生も、同じことですよ」
「……え?」
「先生だって、すべてを一人で背負う必要はありません」
俺は、先生の目を見つめた。
「困った時は、私のことも頼ってくださいね」
「…………」
先生が、目を瞬かせた。
そして、ふっと笑った。
「……うん。そうだね」
「ええ」
「それじゃあ、お互いに助け合うってことで」
「はい。よろしくお願いします」
……そう。
先生には、先生にしかできないことがある。
そして俺にも、俺にしかできないことがある。
考え方も、得意なことも違う。
だからこそ、互いに足りない部分を補い合えばいい。
「……あっ!」
突然、ミカが声を上げた。
「……どうしました?」
「ねえねえ! 私も混ぜてよ!」
「……ミカさん?」
「二人だけで助け合うなんて、ずるいよ!」
ミカは、頬を膨らませた。
「私だって、ナギおじさんと先生の役に立ちたいもん!」
「……ふふっ」
まったく。
つい先ほどまで、あんなに真剣な話をしていたというのに。
……いや。
むしろ、これでいいのかもしれないな。
「ええ。もちろんですよ、ミカさん」
「……本当!?」
「はい。ですが、まずは目の前の仕事をしっかりこなしていただきますからね?」
「えへへっ! 任せて!」
ミカが、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺も自然と頬が緩む。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回はミカの今後と、ナギが考えていた策についてのお話でした。
第8話で、ナギが頭を下げてまで十五日間の延期をお願いした場面。
普段のナギサとは違う行動に、周囲もかなり驚いていましたが、今回はそれが思わぬ形で役立つことになりました!
まだまだ問題は山積みですが、ぜひみんなで乗り越えてほしいですね。
次回もお楽しみいただければ幸いです!