ここ数話は重い話や難しい話が続いていたので、今回は少し肩の力を抜いて、ナギとミカの何気ない一日をお楽しみください!
「……ねえ、ナギおじさん!」
「はい?」
「そういえば、こっちの端末はどうするの?」
ミカが、先ほど持ってきたもう一台の端末を掲げた。
……ああ、そうだった。
アリウスとの過去の通話などに使用していた端末だ。
「……申し訳ありません、ミカさん」
「……え?」
「わざわざ持ってきていただいたのですが、そちらの確認は後日にさせてください」
「……あれ? 今は見なくていいの?」
「ええ。ですが今から過去の記録を詳しく調べ始めると、どうしても時間がかかってしまいますから」
俺は、時計へ視線を向けた。
……思った以上に時間が経っているな。
「先ほどアリウスへの報告も済ませましたし、これ以上三人で長話を続ければ、余計な疑いを招きかねませんから」
「……あっ、そっか!」
ミカが、納得したように頷く。
「じゃあ、今日はここまでにした方がいいね!」
「ええ。先生にも元々のご予定がありますし、今日はこの辺りで切り上げましょう」
「うん! 分かった!」
「端末は、ひとまずミカさんが保管しておいてください。また後日、改めて確認させていただきます」
「任せて!」
ミカが、元気よく返事をする。
……さて。
これで、ひとまず今日の話し合いは終わりだな。
「先生も、長い時間ありがとうございました」
「ううん。私も色々と話せてよかったよ」
先生が、穏やかに微笑む。
「それじゃあ、私はそろそろ補習授業部の子たちのところに行こうかな」
「……ああ、そうでしたね」
補習授業部。
原作でも、先生が何かと関わっていた生徒たちだ。
「皆さんのこと、よろしくお願いしますね」
「うん。任せて!」
先生が、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、二人とも。またね!」
「ええ。またお会いしましょう」
「先生、ばいばーい!」
ミカが、大きく手を振る。
先生も手を振り返し、部屋を出ていった。
扉が閉まり、室内に静けさが戻る。
「…………」
「…………」
……さて。
これで、ようやく一段落か。
正直、今日は少し疲れたな。
話し合った内容が内容だけに、仕方ないんだろうけど。
「……ふぅ」
俺は、紅茶を一口飲んだ。
……うん。
少し冷めてしまったが、やはり紅茶は落ち着くな。
「……ねえ、ナギおじさん」
「はい?」
「これから、何するの?」
「……これから、ですか?」
……そうだな。
とりあえず、部屋に戻って……。
今日の話を整理して、明日の予定を確認して、それから寝る前に例の練習と、ミレニアムで色々あってからハマった筋トレも……。
「……そうですね。まだ少し、やることが残っていますので」
「えーっ!?」
突然、ミカが大きな声を上げた。
「まだお仕事するの!?」
「……え?」
「もう、いっぱいお話ししたじゃん!」
「……まあ、そうですが」
「だったら、少しくらい休もうよ!」
……休む、か。
確かに、今日は結構頭を使った。
だが、やるべきことはまだ山ほど……。
「……ナギおじさん?」
「……はい?」
「もしかして、今もお仕事のこと考えてた?」
「…………」
……鋭いな。
「……少々」
「もーっ!」
ミカが、頬を膨らませた。
「そういうところ、本当にナギおじさんだよ!」
「……どういう意味ですか?」
「だって、普通のおじさんって、ずっとお仕事してるイメージあるもん!」
「……偏見ではありませんか?」
「えへへっ! そうかも!」
……まったく。
しかし、反論しづらいな。
実際、元の世界でも似たような生活をしていた気がするし。
「というわけで!」
ミカが、勢いよく立ち上がった。
「今日は、私と遊ぼう!」
「……はい?」
「さっきから、ずーっと難しい顔してたでしょ?」
「……そうでしたか?」
「うん! だから、今日はお仕事のこと禁止!」
……随分と無茶なことを言うな。
「それに、せっかく二人きりなんだし!」
ミカが、満面の笑みを浮かべた。
「たまには、普通に遊びたいなーって!」
「……ミカさん」
「ん? なあに?」
「ですが、私はナギであって、ナギサではありませんよ?」
元のナギサとミカなら、こうして一緒に遊んでいたのかもしれない。
だが、今ここにいるのは俺だ。
「……うん。知ってるよ?」
「……え?」
「だって、私が今一緒に遊びたいのは、ナギおじさんだもん!」
「…………」
「もちろん、ナギちゃんともまた遊びたいけどね!」
ミカが、にっこりと笑った。
「でも、今日はナギおじさんと遊びたいの!」
「…………」
……そういえば。
今のミカは、どこか肩の荷が下りたように見える。
ナギサに隠していたことを打ち明けたからか、それとも自分の進む道が決まったからなのか。
……まあ、理由は分からないが。
こうして楽しそうに笑っている姿を見ると、こちらまで嬉しくなるな。
「……そうですか」
……まったく。
そんなことを言われたら、断れないじゃないか。
「……分かりました。今日はミカさんにお付き合いしましょう」
「やったーっ!」
ミカが、両手を上げて喜ぶ。
……そんなに嬉しいものなのか?
「じゃあ、早速行こう!」
「……行く?」
「うん!」
「……ちなみに、どちらへ?」
「えへへっ! それは着いてからのお楽しみ!」
……ああ。
嫌な予感がする。
それにしても、外出か……。
(……待てよ)
今のナギサは、セイア襲撃事件の影響で疑心暗鬼になっていることになっている。
そんな人物が、護衛もつけずに外を出歩くのは不自然ではないだろうか。
(……護衛は……)
俺は、隣で楽しそうにしているミカを見た。
……まあ。
ミカの方が、普通の護衛よりよっぽど強いか。
それに、外出するといっても学園内だ。
万が一、アリウス側に不審がられたとしても……。
(……ミカに半ば強引に連れ出されたと、聞かれた時に説明してもらえばいいか)
実際、ほとんどそのとおりだしな。
……うん。
問題ないだろう。
「……ナギおじさん?」
「はい?」
「何か考えてる?」
「……いえ。何でもありませんよ」
「じゃあ、早く行こう!」
「……はいはい」
ミカが、俺の手を引っ張る。
……まったく。
休むことにしたはずなのに、どうしてこんなことまで考えているんだろうな。
◇
「……ミカさん」
「なあに?」
「ここは……?」
「購買だよ!」
「……それは見れば分かりますが」
目の前には、トリニティの購買施設が広がっていた。
食べ物や雑貨などを扱う店が並び、あちこちから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
……なるほど。
普通の学生なら、こういう場所で遊ぶのか。
「ナギちゃん、こっちこっち!」
「……あっ」
ミカが、俺の手を引っ張った。
……そういえば。
周囲には、他の生徒たちもいる。
ここではナギおじさんではなく、ナギちゃんと呼んでくれるらしい。
……ありがたい。
「見て見て! あれ!」
「……何ですか?」
ミカが指差した先には、洋菓子店があった。
ショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。
「ここのケーキ、すっごくおいしいんだよ!」
「……そうなんですか」
「うん! 特にね、限定のロールケーキが……」
「…………」
……ロールケーキ。
また、お前か。
「……ナギちゃん?」
「……はい?」
「どうしたの?」
「……いえ。何でもありません」
俺は、静かに首を振った。
……まさか。
あの一件から、それほど時間も経っていないというのに。
またロールケーキと向き合うことになるとは。
「……もしかして、まだ気にしてるの?」
「……何をでしょう?」
「えへへっ! ロールケーキをぶち込むって言ったこと!」
「……ミカさん」
「あははっ! ごめんごめん!」
……絶対に反省していないな。
「でも、ナギちゃんって本当にロールケーキ好きだよね!」
「……ええ、まあ」
正確には、ナギサが好きだったものなんだが。
……とはいえ。
俺も食べてみたら、普通においしかったんだよな。
あのふわふわした生地と、甘さ控えめのクリーム。
紅茶との相性もいい。
……うん。
悪くない。
「……ナギちゃん?」
「……はい?」
「今、ロールケーキのこと考えてたでしょ?」
「…………」
……なぜ分かった。
「えへへっ! やっぱり!」
ミカが、楽しそうに笑った。
「じゃあ、買っていこうよ!」
「……そうですね」
まあ、たまにはいいだろう。
俺たちは店へ入り、ショーケースを覗き込んだ。
「……うわぁ!」
ミカが、目を輝かせる。
「見て! 期間限定だって!」
「……なるほど」
そこには、季節の果物をふんだんに使ったロールケーキが並んでいた。
……ほう。
これは、なかなか。
「ナギちゃん、どれにする?」
「そうですね……」
俺は、ショーケースを見渡す。
定番のプレーン。
チョコレート。
いちご。
そして、季節限定のフルーツ。
……迷うな。
「……ナギちゃん?」
「……はい?」
「もしかして、全部食べたい?」
「……そんなことはありませんよ」
「本当?」
「……ええ」
……まあ。
少しだけ、そう思ったけど。
「えへへっ!」
ミカが、にやりと笑った。
「じゃあ、二つ買って半分こしようよ!」
「……半分こ、ですか?」
「うん! そうすれば、二種類食べられるでしょ?」
「……なるほど」
……合理的だな。
「では、そのようにしましょうか」
「やったー!」
ミカが、嬉しそうに注文を始めた。
……まったく。
今日は随分と楽しそうだな。
◇
「ん〜っ! おいしい!」
購買を出た俺たちは、中庭のベンチに座っていた。
目の前には、先ほど購入したケーキ。
ミカは、幸せそうな顔で一口頬張っている。
「ナギちゃんも食べてみて!」
「ええ。いただきます」
俺は、フォークで小さく切り分けたケーキを口へ運んだ。
……おお。
これは、なかなか。
甘酸っぱい果物とクリームの相性がいい。
……うん。
おいしいな。
(……それにしても、この身体になってから、甘いものがよく入るな)
元の身体だったら、そろそろ十分だと思っていたはずなんだが。
今は、もう一つくらい平気で食べられそうだ。
……これも、ナギサの身体の影響なんだろうか。
「……ナギちゃん?」
「……はい?」
「ケーキ、もう一個買っておけばよかったね!」
「……なぜ、そう思うのですか?」
「だって、さっきからお皿をじーっと見てるんだもん!」
「…………」
……しまった。
どうやら、無意識に視線が向いていたらしい。
……食い意地が張っていると思われていなければいいんだが。
「……どう?」
ミカが、改めてこちらを見つめる。
「おいしい?」
「ええ。とてもおいしいです」
「でしょー!」
ミカが、満足そうに笑った。
……しかし。
こうして中庭でケーキを食べていると、本当に普通の学生になった気分だな。
……いや。
見た目だけなら、間違いなく学生なんだが。
「……ねえ、ナギちゃん」
「はい?」
「そういえばさ……」
ミカが、何かを思い出したように口を開いた。
「……あっ、やっぱり後で!」
「……?」
ミカは、周囲の生徒たちをちらりと見回した。
……なるほど。
どうやら、俺の正体に関する話らしい。
「ふふっ。では、続きは私の部屋でお聞きしましょうか」
「……うん!」
ミカが、嬉しそうに頷いた。
◇
しばらくして。
俺たちは、俺の私室へ戻ってきた。
「……さて」
俺は、鞄から小型の機械を取り出した。
「……ん? ナギおじさん、それ何?」
「ミレニアム製の盗聴器探知機ですよ」
「……えっ!? そんなものまで持ってるの!?」
「ええ。先日の件もありますから、念のためです」
俺は機械を操作し、室内を調べ始めた。
……ふむ。
特に不審な反応はないな。
「とりあえず、盗聴器らしき反応はありませんね」
「……すごーい! そんなことまでできるんだ!」
「ふふっ。もっとも、これで完全に安全だと保証できるわけではありませんが」
俺は、探知機を鞄へ戻した。
「それで、ミカさん。先ほどは何をお聞きになりたかったんですか?」
「あっ、そうそう!」
ミカが、嬉しそうにこちらを見つめた。
「ナギおじさんって、元の世界ではどんなことして遊んでたの?」
「……元の世界、ですか?」
「うん!」
何をしていたっけ。
仕事が終われば、家に帰って。
夕食を食べて。
風呂に入って。
PCでゲームをしたり、たまに本を読んだりして。
……寝る。
「…………」
……あれ?
俺、何して遊んでたんだ?
「……ナギおじさん?」
「……少々、お待ちください」
「……え?」
……いや。
別に遊んでいなかったわけではない。
休日だってあったし、ゲームは好きだった。
だが……。
(……そういえば、ここ一年、誰かと遊んだ記憶がないな)
まあ、そもそもリアルの友達もあまりいなかったからな。
「……ナギおじさん?」
「……はい?」
「もしかして、あんまり遊んでなかった?」
「……まあ、基本的には家で過ごしていましたね」
「えーっ!? お休みの日も!?」
「ええ。ゲームをしたり、本を読んだりしていました」
「……友達と遊んだりは?」
「……友達もあまりいませんでしたし、ここ一年は誰とも遊んでいませんでしたね」
「…………」
ミカが、固まった。
「……えっ、一年間も!?」
「……ええ」
「じゃあ、ずっと一人だったの!?」
「まあ、休日はそうですね」
「……うわぁ」
ミカが、何とも言えない表情を浮かべた。
「……なんか、本当におじさんって感じ……」
「……ミカさん」
……それは少々、偏見が過ぎるのではないだろうか。
「でもでも! 今は私がいるからね!」
「……はい?」
「今度から、一緒にいっぱい遊ぼうよ!」
「…………」
……まったく。
この子は、本当に……。
「……ふふっ。ありがとうございます」
「えへへっ!」
ミカが、嬉しそうに笑った。
「……あっ、そうだ!」
「……はい?」
「さっき、ゲームしてたって言ってたよね!」
「ええ。よく遊んでいましたよ」
「どんなゲームが好きだったの?」
「そうですね……ストーリーを楽しむゲームが好きでしたね」
「……ストーリー?」
「ええ。登場人物たちの物語を読み進めたり、選択肢によって結末が変わったりするようなゲームです」
「へぇー! 面白そう!」
「ええ。中には、思わず泣いてしまうような作品もありましたよ」
……そうだな。
元の世界では、随分と色々な作品を遊んだものだ。
笑えるものもあれば、胸が苦しくなるほど切ないものもあった。
特に、最後にすべてが報われるような物語は好きだったな。
「ねえねえ! どんなタイトルなの?」
「……タイトル、ですか?」
「うん! 私も遊んでみたい!」
「そうですね……」
俺は、昔遊んでいたゲームを思い返した。
……シュタインズ・〇ート。
サ〇ポケ。
それから、千恋*〇花に、サノバ〇ッチ。
RIDDLE 〇OKERも面白かったな。
あとは……。
(……ん?)
……ちょっと待て。
(……やべっ! 途中から十八禁ばっかりじゃねえか!)
いや、違うんだ。
俺は物語が面白そうな作品を選んでいただけで、別にそういうゲームばかり遊んでいたわけでは……。
(……まあ、男だし? そういう要素にも興味がなかったとは言わないけどさ)
……って、誰に言い訳してんだ、俺。
実際、ブルーアーカイブに出会ったのも、面白い物語を探していたのがきっかけだったしな。
……まさか、その世界に自分が入り込むことになるとは思わなかったが。
「……ナギおじさん?」
「……はい?」
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「……いえ。何からお話ししようかと考えていまして」
「じゃあ、一番好きだったゲーム!」
「…………」
……おい。
それは余計に難しい質問だぞ。
「……そうですね。少々、年齢制限のある作品も遊んでいたもので」
「……年齢制限?」
「ええ。十八歳以上を対象にしたゲームですね」
「へぇー! 大人向けのゲームなんだ!」
「……まあ、そうですね」
「じゃあ、すっごく難しいお話だったりするの?」
「……作品によりますね」
……うん。
間違ったことは言っていない。
「そっかー! じゃあ、私も遊んでみたいな!」
「……いえ、それはもう少し大人になってから……」
……ん?
(……いや、待てよ)
(……そもそも、この世界にあのゲーム存在しねえじゃん!)
……何を真剣に年齢制限の説明をしていたんだ、俺は。
「……ナギおじさん?」
「……ああ、いえ。そもそも年齢以前の問題でした」
「……どういうこと?」
「私の元いた世界のゲームですから、こちらの世界には存在しないんですよ」
「……あっ、そっか!」
ミカが、納得したように頷いた。
「じゃあ、遊べないんだ……残念」
「……まあ、そうなりますね」
「でも、ナギおじさんが泣いちゃうくらいなんでしょ?」
「ええ。そういう作品もありましたね」
「だったら、どんなお話だったのか教えてよ!」
「……それは、また別の機会にしましょうか」
「えーっ!? 気になるのにー!」
……うん。
別の話題にしよう。
「……まあ、それよりも、今日は楽しかったですね」
「……あっ、そうだ!」
「……はい?」
ミカが、突然何かを思いついたように手を打った。
「ナギおじさん! 写真撮ろうよ!」
「……写真?」
「うん! せっかく今日は一緒に遊んだんだし、記念に撮っておこうよ!」
「……なるほど」
……写真か。
「では、私が撮りましょうか?」
「えーっ! 違うよ!」
「……違う?」
「二人で一緒に写るの!」
「……ああ、なるほど」
……そういうことか。
(……そういえば、誰かと一緒に写真を撮るなんて、いつ以来だろうな)
こうして笑い合う時間を、写真に残す。
……何だか、少し不思議な気分だな。
「……ナギおじさん?」
「……ああ、すみません。少し考え事をしていました」
「えへへっ! じゃあ、撮るよ!」
「ええ。お願いします」
ミカが、俺の隣へ身体を寄せる。
そして、端末を持ち上げた。
「はい! 笑って笑って!」
「……ええ」
俺は、いつものように微笑んだ。
カシャッ。
「……うーん」
ミカが、画面を見つめる。
「……ナギおじさん」
「……はい?」
「なんか、いつもの写真と同じじゃない?」
「……同じ?」
「うん! もっと楽しそうにしてよ!」
「……楽しそうに、ですか?」
「そうそう!」
……難しい注文だな。
いや、別に楽しくないわけではないんだが。
この顔で自然な笑顔を作ろうとすると、どうしても普段のナギサの表情になってしまう。
「……では、もう一度」
「うん! いくよー!」
カシャッ。
「…………」
「……どうでしょう?」
「……さっきと同じ!」
「……そうですか」
……おかしいな。
自分では、少し変えたつもりなんだが。
「もーっ!」
ミカが、頬を膨らませた。
「もっとこう、楽しい! って感じで!」
「……ミカさん」
「なあに?」
「抽象的すぎませんか?」
「あははっ!」
……笑い事ではないんだが。
「じゃあ、私の真似してみて!」
「……真似?」
「うん!」
ミカが、両手で頬の横にピースサインを作った。
「こう!」
「…………」
……これを?
「……ミカさん」
「なあに?」
「私がそれをする必要はあるのでしょうか?」
「ある!」
……即答か。
「……分かりました」
俺は、ゆっくりと両手を持ち上げた。
そして、頬の横でピースサインを作る。
「……これでよろしいですか?」
「…………」
ミカが、じっとこちらを見つめた。
「……ぷっ」
「……ミカさん?」
「……あはははっ!」
突然、笑い始めた。
「な、ナギおじさん! 真顔でピースしてるー!」
「……笑ってくださいとおっしゃったでしょう!?」
「あははっ! だって、すっごく面白いんだもん!」
……くっ。
なんだ、この理不尽な状況は。
「……もう、やめませんか?」
「えーっ! もう一回!」
「……ミカさん」
「お願い!」
……はぁ。
仕方ない。
俺は、再びピースサインを作った。
「……これで最後ですよ?」
「うん!」
ミカが、端末を構える。
「はい! チーズ!」
「……ちーず」
カシャッ。
「……あははっ!」
ミカが、また笑い出した。
「……今度は何ですか?」
「ナギおじさん、すっごく嫌そうな顔してる!」
「……誰のせいでしょうね」
「あはははっ!」
……まったく。
こうなったら、もう好きにしてくれ。
俺は、思わず苦笑した。
カシャッ。
「……あっ!」
ミカが、声を上げた。
「今の!」
「……はい?」
「今の写真、すっごくいい!」
「……そうなんですか?」
「うん! 見て見て!」
ミカが、端末をこちらへ向けた。
そこには、笑っているミカと、苦笑している俺が写っていた。
……なるほど。
確かに、先ほどまでの写真とは違うな。
普段のナギサなら、あまり見せなさそうな表情だ。
「……ふふっ」
思わず、小さく笑った。
「確かに、悪くありませんね」
「でしょー!」
ミカが、嬉しそうに笑った。
「これ、保存しとこっと!」
「……ええ。そうしてください」
「ナギおじさんにも送るね!」
「ありがとうございます」
◇
「……ふぅ」
しばらくして。
俺たちは、部屋のソファに並んで腰を下ろしていた。
ミカは先ほど撮った写真を、楽しそうに眺めている。
窓からは柔らかな日差しが差し込み、部屋には穏やかな時間が流れていた。
「……ねえ、ナギおじさん」
「はい?」
「今日は楽しかった?」
「……ええ」
俺は、静かに頷いた。
「とても楽しかったですよ」
「……本当?」
「はい」
……そうだな。
思い返してみれば、特別なことは何もしていない。
ケーキを買って。
おしゃべりをして。
写真を撮って。
……それだけだ。
だが。
「こういう時間も、いいものですね」
「……えへへっ!」
ミカが、嬉しそうに笑った。
「よかった!」
……まったく。
そんなに喜ばれると、少し照れるな。
「……ねえ、ナギおじさん」
「はい?」
「また、一緒に遊ぼうね!」
「……ええ。もちろんです」
「約束だよ!」
「はい。約束です」
俺が頷くと、ミカが満足そうに微笑んだ。
……さて。
随分と長い時間、ミカと過ごしてしまったな。
そろそろ仕事に戻らないと。
「では、ミカさん。そろそろ私は仕事に……」
「……あっ!」
「……はい?」
「そういえば!」
ミカが、何かを思いついたように声を上げた。
「次は、ナギおじさんの好きなことをして遊ぼうよ!」
「……私の?」
「うん!」
……好きなこと、か。
そうだな。
ゲームもいいし。
読書も悪くない。
それから……。
「……あっ」
「……ん?」
ミカが、不思議そうに首を傾げた。
「何か思いついた?」
「……いえ」
俺は、少し考えた。
……そういえば。
元の世界では、休日に一日中寝ているのが、何より幸せだった気がする。
「……強いて言うなら、お昼寝でしょうか」
「…………」
ミカが、固まった。
「……お昼寝?」
「ええ」
「……それって、遊びなの?」
「……違いますか?」
「…………」
ミカが、何とも言えない表情を浮かべた。
そして。
「……ナギおじさん」
「……はい?」
「やっぱり、ナギおじさんだね……」
「……どういう意味ですか?」
「えへへっ! 何でもないよ!」
……まったく。
何とも失礼な話だ。
そう思いながら隣を見ると、ミカは楽しそうに笑っていた。
……まあ、いいか。
たまには、こんな一日も悪くない。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回はナギとミカの息抜き回でした!
普段は色々と考えているナギですが、こういう時は意外と普通のおじさんですね(笑)
そして、ミカがナギサだけでなく、ナギ自身とも仲良くなろうとしているところも描いてみました。
次回からは、また少しずつ物語が動き始める予定です。
引き続きお楽しみいただければ幸いです!