今回は補習授業部の子たちとの面談です。
楽しんでもらえたら嬉しいです!
――午前八時三十分。
「……さて、どうしたものか」
机の上に並べられた四枚の書類を眺めながら、俺は小さく呟いた。
阿慈谷ヒフミ。
下江コハル。
浦和ハナコ。
白洲アズサ。
いずれも、これから設立される補習授業部の候補者たちだ。
(……補習授業部、か)
エデン条約編において、間違いなく重要な役割を果たした四人。
原作では、先生のもとに集まった彼女たちが、数々の困難を乗り越えながら友情を育んでいった。
そして、その絆こそが、後に訪れる悲劇を乗り越える大きな力となった。
(……下手に動いて、この四人が仲良くならなかったら本末転倒だよな)
例えば、今すぐアズサの出自を暴露したらどうなるだろう。
あるいは、ハナコが意図的に成績を落としていることを指摘し、補習授業部から外してしまったら。
その時点で、原作とは大きく異なる展開になる。
それだけで悪い結果になるとは限らない。
しかし、四人が出会わなければ、原作で生まれた友情も失われてしまうかもしれない。
(……やっぱり、補習授業部は原作通りに結成させよう)
問題は、そのために自分がどう振る舞うべきかだった。
原作のナギサは、学園内に潜む裏切り者を探すため、疑わしい生徒たちを補習授業部に集めた。
そして、特別学力試験を利用して、最悪の場合には四人全員を退学に追い込もうとしていた。
先生に対しても、最初からすべての事情を明かしていたわけではない。
(……つまり、いずれは俺も悪役を演じる必要があるのか)
正直、気が進まない。
けれど、原作ではナギサという共通の障害があったからこそ、四人は協力するようになった側面もある。
ならば、ある程度は同じ役割を引き受ける必要があるのだろう。
(……ただし、今から嫌われる必要はないよな)
俺は四枚の書類を見つめた。
そもそも、今の自分は本来の桐藤ナギサではない。
いつ彼女の意識が戻ってくるのかも分からない。
もし、明日突然元に戻ったら。
そのとき、彼女が周囲から嫌われているような状況だけは避けたかった。
(……できれば、ナギサ自身にもこの四人と仲良くなってほしい)
元のナギサは、ヒフミ以外の三人を疑っていた。
けれど、彼女たちのことをきちんと知れば、きっと考え方も変わるはずだ。
だから、今日の面談ではできるだけ優しく接しよう。
四人のことを知り、少しでも信頼関係を築いておく。
そして、正式に補習授業部が結成された後、必要な場面では厳格な立場を演じる。
(……まあ、嫌われ役といっても、本当に退学させるつもりはないけど)
それに、四人にはそれぞれ解決すべき問題がある。
ヒフミは趣味を優先しすぎて試験を欠席してしまった。
コハルは自分の実力を過信し、背伸びした試験に挑戦し続けている。
ハナコは優秀な才能を持ちながら、意図的にそれを隠そうとしている。
そしてアズサは、普通の学校生活に慣れていない。
(……だったら、補習授業部でそれも解決できれば一石二鳥だな)
四人が仲良くなり、それぞれの問題も解決する。
そのうえで、原作のような悲劇を回避する。
(……よし。方針は決まった)
俺は書類を揃えた。
それに、昨夜までの日記を確認した限り、原作との大きな違いは見当たらなかった。
セイアの襲撃。
エデン条約の準備。
補習授業部の人選。
すべて、自分の知っている流れと一致している。
違うことといえば、ナギサの自殺未遂らしき出来事と、自分がこの身体に入り込んだことくらいだ。
(……まあ、それだけでも十分すぎる違いなんだけど)
苦笑する。
しかし、原作知識が必ず正しいとは限らない。
今日の面談も、未来が変わるきっかけになる可能性がある。
(……だからこそ、慎重に進めよう)
そのとき、頭の奥に鈍い痛みが走った。
「……っ」
思わず額を押さえる。
(……まだ治らないか)
吐き気は朝より落ち着いてきたが、身体のだるさは相変わらずだった。
本来なら、医療機関で診てもらうべき状態だ。
しかし、薬の過剰摂取が周囲に知られれば、学園内で大きな騒ぎになるかもしれない。
(……隠し続けるわけにもいかないよな)
今は仕事を抜け出す時間が無いが、何とか時間を作って医療相談を受けられる手段を探そう。
そう考えていると、扉がノックされた。
「ナギサ様。阿慈谷ヒフミ様がお見えになりました」
(……来たか)
俺は姿勢を正した。
「どうぞ、お通ししてください」
◇
「し、失礼します!」
扉が開き、一人の少女が入ってきた。
柔らかなブロンドの髪。
少し緊張した表情。
そして、どこか親しみやすい雰囲気。
(……ヒフミだ)
阿慈谷ヒフミ。
原作では補習授業部の部長となり、仲間たちを支えていく少女。
画面越しに何度も見た姿だった。
けれど、実際に目の前に立たれると、不思議な感覚がする。
「……あの、ナギサ様?」
「……あっ、申し訳ありません。どうぞ、お掛けください」
「は、はい!」
ヒフミは少し慌てながら椅子に腰を下ろした。
「本日は突然お呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
「い、いえ! こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます!」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。以前からお話ししている仲ではありませんか」
「そ、それはそうなんですけど……」
ヒフミは困ったように笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が温かくなった。
(……あれ?)
懐かしい。
そんな感覚がする。
俺自身はヒフミと会うのは初めてのはずなのに、彼女とお茶を飲んだ記憶がある。
楽しそうに何かのキャラクターについて語る姿まで思い浮かんだ。
(……ナギサの記憶か)
彼女にとって、ヒフミは大切な友人なのだろう。
「……ヒフミさん」
「はい!」
「本日は、先日の試験について確認したくて」
「……あっ」
ヒフミの表情が固まった。
「そ、その……はい……」
「試験を欠席されたそうですね。何か事情があったのでしょうか?」
「えっと……どうしても外せない用事がありまして……」
(……確か、あのキャラクターのゲリラ公演だったよな)
思わず笑いそうになる。
しかし、表情には出さない。
「そうでしたか。ですが、今後は試験を優先していただけると助かります」
「……はい。すみません」
ヒフミは申し訳なさそうに俯いた。
「私、普段はちゃんと勉強しているんですけど……あの日は、本当に……」
「ふふっ。分かっていますよ」
「……え?」
「ヒフミさんが普段から真面目に勉強されていることは、私も知っています」
俺は柔らかく微笑んだ。
「ですから、今回のことだけであなたを判断するつもりはありません」
「……ナギサ様」
「ただし、好きなことに夢中になるのは素敵ですが、それで大切な予定を忘れてしまうのは困りますね」
「うぅ……おっしゃる通りです……」
(……かわいいなぁ)
その反応に、思わず頬が緩む。
そこで、ふとヒフミの鞄に目が留まった。
何やら丸っこい、鳥のようなキャラクターの飾りが付いている。
(……ああ、あれは)
知っている。
原作でも、ヒフミが大好きだったマスコットだ。
ただ、いざ実物を見ると、妙な違和感があった。
(……あれ? 名前、何だったっけ?)
いや、知っているはずだ。
ゲームをプレイしていた頃には、何度も見聞きした名前なのだから。
ところが、どういうわけか、名前と目の前のキャラクターがうまく結びつかない。
(……まあ、いいか。確かこんな名前だったはず)
「ところで、ヒフミさん」
「はい?」
「最近、ペロペロ様の新しいグッズが発売されたそうですね」
「……え?」
ヒフミの笑顔が固まった。
「…………」
「……ヒフミさん?」
「あ、あはは……」
ヒフミは何とも言えない笑顔を浮かべた。
「……その、ナギサ様」
「はい?」
「ペロロ様、です……」
「……?」
「ペロペロ様ではなく、ペロロ様です」
「……あら」
思わず瞬きをする。
(……そうだった! ペロロ様だ!)
なぜ間違えたのだろう。
ちゃんと知っているはずなのに。
「申し訳ありません。ペロロ様、でしたね」
「は、はい!」
「ふふっ。失礼しました。ペロジャンヌ様のお名前を間違えてしまうなんて」
「……あはは……」
再び、何とも言えない笑顔。
(……あれ?)
ヒフミの表情を見て、ようやく気づいた。
(……また間違えた!?)
おかしい。
頭ではちゃんと分かっている。
ペロロだ。
ペロロ様。
なのに、いざ口にすると、なぜか別の名前になってしまう。
(……何だこれ。ナギサの記憶に引っ張られてるのか?)
理由は分からない。
ただ、ヒフミの微妙な笑顔を見ていると、何だか申し訳なくなってきた。
「……こほん」
俺は小さく咳払いした。
「とにかく、そのキャラクターがお好きなのですよね?」
「……はい!」
ヒフミの表情がぱっと明るくなった。
「そうなんです! すっごくかわいいんですよ!」
「ふふっ。そうなのですね」
「はい! 今回のグッズも本当にかわいくて! 特に限定のぬいぐるみが……あっ!」
途中で我に返ったらしい。
ヒフミの顔が真っ赤になった。
「す、すみません! つい……!」
「ふふっ。構いませんよ」
俺は小さく笑った。
「また今度、ゆっくり聞かせてくださいね」
「……はい!」
ヒフミは嬉しそうに笑った。
しかし、その直後。
「……あ、あの、ナギサ様」
「はい?」
「もしよろしければ、今度ペロロ様のことも、ちゃんとご紹介しますね!」
「……ええ。ぜひお願いします」
「はい!」
(……そんなに名前を間違えたのが気になったのか)
少し申し訳ない。
とはいえ、ヒフミは嬉しそうだ。
好きなものについて話せる相手が増えるのは、きっと彼女にとって良いことなのだろう。
(……よかった)
少なくとも、元のナギサが戻ってきたとき、ヒフミとの関係が悪化しているようなことはなさそうだ。
「さて、学業についてですが……今後、補習授業部という新しい部活動を設立する予定です」
「補習授業部、ですか?」
「はい。試験の結果や学業状況に問題のある生徒を集め、改善を目指すための部活動です」
「……もしかして、私も?」
「ええ。候補者の一人です」
「ええっ!?」
ヒフミが目を丸くした。
「わ、私がですか!?」
「今回の試験を欠席された以上、形式上は対象になります」
「そ、そんな……」
「ですが、悪いことばかりではありませんよ」
「……?」
「ほかにも何名か参加される予定です。ヒフミさんなら、きっと皆さんと仲良くできると思います」
俺は少しだけ身を乗り出した。
「もしよろしければ、皆さんをまとめる役割もお願いしたいのです」
「……私が、ですか?」
「はい。もちろん、無理にとは言いませんが」
ヒフミは少し考え込んだ。
そして、小さく頷いた。
「……私にできることでしたら、頑張ってみたいです!」
「ありがとうございます」
(……よし)
原作通り、ヒフミに部長を任せる方向で進められそうだ。
この子なら、ほかの三人ともきっと上手くやってくれる。
その後、簡単な説明を済ませ、面談を終えた。
しかし、退出する直前。
「あの……ナギサ様」
「はい?」
「……少し、お疲れではありませんか?」
「……え?」
「今日は、いつもより顔色が悪いような気がして……」
(……まずい)
思わず身体が強張った。
「お気遣いありがとうございます。少し寝不足なだけですので」
「そうですか……でも、あまり無理はしないでくださいね?」
「……ええ」
ヒフミは安心したように微笑んだ。
「それでは、失礼します!」
扉が閉まる。
俺は椅子にもたれかかった。
「……ふぅ」
(……いい子だなぁ)
改めて、そう思った。
できることなら、補習授業部でこの子が苦しむ姿など見たくない。
しかし、原作のような友情を育むためにも、今は四人を集めなければならない。
(……頑張ってくれよ、ヒフミ)
◇
――午前十一時。
二人目の面談相手は、下江コハルだった。
「し、失礼します!」
扉が開かれ、一人の小柄な少女が入ってきた。
少し緊張した表情。
しかし、背筋だけはしっかりと伸ばしている。
(……コハルだ)
少女は俺の姿を確認すると、さらに表情を強張らせた。
そして、慌てたように頭を下げる。
「下江コハルさんですね。どうぞ、お掛けください」
「は、はい! ありがとうございます、ナギサ様!」
コハルはぎこちない動きで椅子に腰を下ろした。
膝の上で揃えられた両手が、妙に力んでいる。
(……随分緊張してるな)
まあ、無理もない。
正義実現委員会に所属する彼女からすれば、ティーパーティーは上に立つ存在だ。
その一人から突然呼び出されたのだから、緊張するのも当然だろう。
「本日は、最近の学業状況について確認させていただきます」
「……っ!」
分かりやすく肩が跳ねた。
「べ、別に! 成績が悪いわけじゃないですから!」
「……まだ何も申し上げていませんが」
「うっ……!」
コハルはそこで、はっと口元を押さえた。
「す、すみません! その、つい……!」
「ふふっ。大丈夫ですよ。落ち着いてください」
「……は、はい」
(……ああ、これこれ)
思わず笑いそうになる。
原作で見た通りの反応だった。
ただ、こちらの立場を意識しているのか、反論したあとに慌てて縮こまる姿は、少し新鮮だった。
「こちらの資料によると、複数回の試験で基準点を下回っているようですね」
「そ、それは……!」
「何か事情があるのでしょうか?」
「わ、私はエリートですから! 普通の試験じゃ物足りなくて、上級生向けの試験を受けているだけです!」
そこまで一気に言い切ったコハルは、再びはっとした。
「……あっ」
俺の顔色を窺うように、恐る恐る視線を上げる。
「……す、すみません。大きな声を出してしまって……」
「いえ。理由を教えていただけて助かりました」
「……え?」
(……ああ、確かそうだったな)
原作では、コハルは自分がエリートであることを証明するため、二年生向けの試験に挑戦し続けていた。
しかし、結果は芳しくない。
そのことが補習授業部へ入る理由の一つとなっている。
(……まあ、向上心があるのはいいことなんだけどな)
「なるほど。上級生の試験に挑戦されていたのですね」
「そ、そうです……!」
「素晴らしい向上心だと思います」
「……え?」
コハルが目を丸くした。
「じょ、冗談……では、ないんですか?」
「もちろんです」
俺は微笑んだ。
「難しいことに挑戦するのは、決して悪いことではありません」
「……そ、そうですよね!」
コハルの表情が、ぱっと明るくなった。
しかし、すぐに口元を引き締める。
「……あっ。い、いえ、その……ありがとうございます!」
(……そんなに畏まらなくてもいいんだけどな)
「ですが、基礎を疎かにしてしまっては意味がありません。まずはご自身の学年の内容を完璧にすることから始めてみてはいかがでしょうか?」
「……うっ」
コハルは少し俯いた。
「……でも、それじゃエリートらしくないっていうか……」
ぼそぼそと呟いたあと、ちらりとこちらを見る。
どうやら、反論してもよいものか迷っているらしい。
「そんなことはありませんよ」
「……え?」
「基礎を大切にすることも、立派な努力です。それに、分からないことがあるなら、周囲に教えてもらっても良いのです」
「…………」
「ハスミさんも、きっとあなたが努力していることを喜んでくださると思いますよ」
その名前を聞いた瞬間、コハルの表情が変わった。
「……ハスミ先輩が?」
「ええ」
「…………」
しばらく黙り込んだあと、コハルは小さく頷いた。
「……分かりました」
(……よかった)
彼女にとって、ハスミの存在は大きいのだろう。
その気持ちは、できる限り大切にしてあげたい。
「それと、今後設立される補習授業部についてですが……」
「……ほ、補習!?」
コハルが勢いよく顔を上げた。
「わ、私が補習なんて! そんなのエリートとして認められません!」
「…………」
「……っ!」
コハルの顔から、さっと血の気が引いた。
「す、すみません、ナギサ様! その、決して逆らうつもりでは……!」
今度こそ、本当に慌てているらしい。
俺は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ。突然のことで驚かれたのでしょう」
「……は、はい」
「ですが、今の成績を改善するには良い機会だと思いますよ」
「……うぅ」
「それに、ほかの生徒たちと一緒に学ぶことで、新しい発見もあるかもしれません」
「……新しい発見、ですか?」
「ええ。きっと、今までとは違う考え方に触れることができます」
俺は静かに微笑んだ。
「少なくとも、あなたにとって無駄な時間にはならないと思いますよ」
コハルは少し考え込んだ。
時折、何かを言いかけては口を閉じる。
どうやら、まだ納得しきれていないらしい。
……まあ、そうだよな。
自称エリートの彼女にとって、補習授業部への所属は相当な屈辱なのだろう。
それでも、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「……わ、分かりました。ナギサ様がそうおっしゃるのでしたら……」
「ありがとうございます」
「で、でも……!」
コハルはぎゅっと拳を握った。
「わ、私は本当は補習なんて必要ないんですから!」
そう言ってから、また慌てたように姿勢を正す。
「……あっ。す、すみません! 生意気なことを……!」
「ふふっ。構いませんよ」
俺は小さく笑った。
「それだけ自信があるのでしたら、ぜひ結果で証明してくださいね」
「……っ!」
コハルは一瞬驚いたように目を見開いた。
そして、力強く頷く。
「は、はい! 絶対に合格してみせますから!」
「ええ。期待しています」
「……ありがとうございます、ナギサ様!」
コハルは深く頭を下げた。
「そ、それでは、失礼します!」
そう言って、コハルは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
(……元気な子だなぁ)
随分緊張していたようだが、最後には少しだけ普段の調子を取り戻していた。
しかし、同時に考える。
原作では、コハルはハスミへの牽制材料として補習授業部に選ばれていた。
だが、今の自分にはそんなことをする必要はない。
(……この子には純粋に勉強を頑張ってもらおう)
できれば、補習授業部を卒業する頃には、自分の実力を正しく理解し、少しだけ自信を持てるようになっていてほしい。
(……ああ、でも꒰ (⸝⸝ΦᯅΦ⸝⸝)໒꒱<エ駄死!は見たかったな……)
そんなことを考えながら、次の資料を手に取った。
机の上には、まだ二枚の書類が残っている。
ヒフミとコハル。
二人との面談は、思っていた以上に穏やかに終わった。
だからこそ、余計に実感する。
(……この子たちを、本当に退学させるような真似はしたくないな)
何か大きな罪を犯したわけではない。
ただ、失敗したり、背伸びしたり。
それだけの、ごく普通の学生だ。
元のナギサが彼女たちを疑ってしまったのは、冷酷だったからではない。
そうしなければならないと思い込むほど、追い詰められていたからなのだろう。
(……でも、俺は違う)
これから何が起こるのか、ある程度は知っている。
ならば、その知識は誰かを追い詰めるためではなく、助けるために使いたい。
ふと、ヒフミの笑顔が思い浮かんだ。
続いて、コハルの必死な表情。
まだ半日も経っていないのに、もう二人のことが少し身近に感じられる。
(……ナギサにも、こういう時間が必要だったんじゃないかな)
仕事の話でも、裏切り者の話でもない。
誰かの好きなものや、小さな悩みに耳を傾ける時間。
そんな当たり前のことさえ、彼女には難しくなっていたのかもしれない。
「……よし」
小さく息を吐く。
次の面談までは、まだ少し時間がある。
俺は残された二枚の書類を見比べた。
浦和ハナコ。
白洲アズサ。
(……さて、ここからが本番かもしれないな)
どちらも、表面上の成績だけでは判断できない生徒だ。
しかも、二人ともエデン条約編の核心に深く関わっている。
慎重に接しなければならない。
だが、それと同じくらい大切なことがある。
(……まずは、この子たち自身をちゃんと見よう)
原作知識に頼るだけではなく。
書類の内容だけで決めつけるのでもなく。
実際に話して、相手の言葉を聞く。
それが、今日の自分にできる一番大切なことなのだろう。
俺は二枚の書類を丁寧に揃えた。
午後の面談も、きっと簡単には終わらない。
それでも。
(……全員が笑える未来への、最初の一歩だ)
そう考えると、不思議と少しだけ気持ちが軽くなった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ペロロ様の名前をなぜか覚えられないナギサ様でした(笑)
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