今回は補習授業部のみんなとの勉強回です。
和やかに進むかと思いきや、ハナコが何やら企んでいるようで……?
今回もお楽しみいただければ幸いです!
数日後の朝。
朝食を終えて部屋へ戻ると、入口脇のテーブルに二つの小包が並んでいた。
「……おや?」
どうやら、留守の間に届けられたらしい。
どちらの箱にも『検品済』の札が付いている。先日の盗聴器発見を受け、持ち込まれる荷物の確認も厳しくなっているようだ。
送り主を確認すると……ミレニアムか。
(……おおっ! ようやく届いたか!)
先日、追加で注文していた品と、特注で製作をお願いしていた機械だ。
俺は早速、箱を開けて中身を確認する。
「……ふむ」
まずは、追加で頼んでいた方からだな。
……うん。
見たところ、注文どおりに仕上がっているようだ。
以前のものよりも、こちらの希望に沿った仕様になっている。
(……さすがだな)
まあ、詳しい確認は後にしよう。
問題は、もう一つの方だ。
「……さて」
俺は、小型の機械を取り出した。
今回、ミレニアムのエンジニア部に特注で製作してもらったものだ。
説明書に目を通し、早速電源を入れてみる。
……よし。
正常に起動したな。
続いて、事前に用意しておいたものを使い、いくつか動作を確認する。
「……おお」
なるほど。
ちゃんと動いているな。
条件を変えて何度か試してみたが、結果は良好。
要求したスペックも満たしているようだ。
(……いや、本当にすごいな)
さすがミレニアムのエンジニア部。
技術力に関しては、文句のつけようがない。
……だが。
(……問題はここからなんだよな)
俺は、説明書の仕様欄を開いた。
Bluetooth……。
「…………」
……なし。
Wi-Fi……なし。
その他の通信機能も……なし。
「……ふぅ」
思わず、安堵の息が漏れた。
(……さすがに、あれだけ念を押せば大丈夫だったか)
余計な機能は付けないでください。
無線通信機能は一切必要ありません。
特にBluetoothは絶対に付けないでください。
……何度も。
本当に何度も念を押したからな。
最後の方なんて、少々しつこいと思われていた気もする。
(……まあ、どうしてもこちらの希望どおりに作ってほしかったんだ。仕方ないよな)
……それにしても。
頼んだとおりのものが届いただけで、ここまで安心するとは。
(……いや、普通はそれが当たり前なんだけどな)
……まったく。
ともあれ、今回は注文どおりに作ってくれたんだ。
素直に感謝しておこう。
「……よし」
俺は、機械の電源を切った。
ひとまず、こちらも問題なさそうだな。
もっとも、これですべての準備が整ったわけではない。
まだ確認したいこともあるし、不安な部分も残っている。
(……まあ、焦っても仕方ないか)
俺は、二つの品を丁寧に片付けた。
……さて。
これで、また一つ準備が進んだな。
俺は時計へ視線を向けた。
……おっと。
そろそろ行かないと。
「……では、今日は補習授業部の様子でも見に行きましょうか」
この数日、先生からも色々と話を聞いている。
皆さん、勉強に励んでいるようだが……。
(……そろそろ一度、直接様子を見ておきたいな)
俺は身支度を整え、部屋を後にした。
◇
部屋を出ると、廊下には見慣れた二人の姿があった。
「おはようございます、ナギサ様」
「おはようございます!」
ティーパーティー警護班の先輩と後輩。
以前、シスターフッドを訪問した際にも同行してくれた二人だ。
「ごきげんよう、お二人とも」
挨拶を返すと、先輩が一歩前に出た。
「ナギサ様、本日はどちらへ向かわれるのでしょうか?」
「補習授業部の様子を確認しようと思いまして」
「補習授業部、ですか?」
「ええ。活動が始まって数日が経ちましたし、一度は自分の目で確認しておきたいのです」
「承知いたしました。それでは、私たちも同行いたします」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
二人が揃って頭を下げる。
……うん。
相変わらず真面目だな。
セイア襲撃事件以来、ナギサの身辺警護は強化されている。
こうして護衛が同行するのも、今では珍しいことではない。
……もっとも。
(……今の状況だと、別の意味もあるんだけどな)
先日、ミカを通じてアリウス側へ流した情報。
セイア襲撃事件の影響で、ナギサが周囲に対して疑心暗鬼になっているという話だ。
当然、実際にはそんなことはない。
……まあ、警戒している相手はいるけどな。
(……そこは否定できないか)
ただ、アリウス側がその情報を信じているなら、今日の行動も不自然には映らないだろう。
先生から報告を受けているにもかかわらず、自分でも直接確認しに行く。
しかも、護衛まで連れて。
周囲を信用できなくなっている人物の行動としては、十分に説明がつく。
……とはいえ。
(……あまり意識しすぎる必要もないか)
不自然な演技をして、かえって怪しまれても困る。
いつもどおりに行動していればいいだろう。
「……ナギサ様?」
「はい?」
考え事をしていると、後輩が心配そうにこちらを見ていた。
「その……お身体の具合は大丈夫でしょうか?」
「ええ。問題ありませんよ」
「そうですか! それならよかったです!」
ぱっと表情が明るくなる。
……本当に分かりやすい子だな。
「ですが、ナギサ様」
今度は先輩が口を開いた。
「どうか、あまりご無理はなさらないでください。最近もお忙しい日が続いておりましたので」
「……ふふっ。ありがとうございます」
そういえば、最近は色々な人から心配されているな。
救護騎士団でも注意されたし、先生やミカにも似たようなことを言われた。
(……俺、そんなに信用ないのか?)
……いや。
自業自得か。
「今日は様子を確認するだけですから、安心してください」
「……本当ですか?」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
すると、先輩は少し困ったように微笑んだ。
「ナギサ様は、そうおっしゃってからお仕事を増やされることがありますので」
「…………」
(……あれ?)
……そんなこと、あったっけ?
いや。
……そういえば、元のナギサがそうだったな。
……しかも、何度も。
(……なるほど。以前から心配されていたわけか)
「……善処します」
「よろしくお願いいたします」
……まったく。
最近、周囲からの健康管理が厳しくなっている気がする。
まあ、心配してもらえるのはありがたいことだけど。
◇
しばらく歩き、補習授業部の活動場所へ到着した。
教室の前まで来ると、先輩が周囲を確認する。
「ナギサ様、少々お待ちください」
「ええ」
後輩も、廊下の反対側へ視線を向けている。
……うん。
仕事が丁寧だ。
以前から思っていたけど、この二人は本当に優秀だな。
やがて、先輩がこちらへ向き直った。
「周囲に異常はありません」
「ありがとうございます」
「それでは、室内も確認いたします」
「ええ。ただ、皆さんをあまり驚かせないようにしてくださいね」
「承知しました」
先輩が静かに扉をノックする。
「は、はーい!」
聞き覚えのある声が返ってきた。
……ヒフミだな。
扉が開き、顔を出したヒフミがこちらを見て固まった。
「……え?」
「ごきげんよう、ヒフミさん」
「な、ナギサ様!?」
……うん。
驚くよな。
事前に連絡していなかったし。
「突然お邪魔して申し訳ありません。少し、皆さんの様子を見に来たのですが……」
「は、はい! もちろんです!」
ヒフミが慌てて扉を大きく開ける。
先輩が教室の中を確認し、問題がないことを告げた。
「ありがとうございます。それでは、お二人は近くで待機していただけますか?」
「承知いたしました。何かありましたら、すぐにお呼びください」
「ええ。よろしくお願いしますね」
二人が出入口の近くに控える。
さて。
それでは、お邪魔するとしよう。
「皆さん! ナギサ様がいらっしゃいました!」
「……えっ!?」
教室の奥から、コハルの声が響いた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだこの問題、全然終わってないんだけど!?」
「まあまあ、コハルちゃん。落ち着いてください♡」
「アンタは少し焦りなさいよ!」
……おお。
元気そうだな。
教室の中には、机を囲む四人の姿があった。
それぞれの机には教科書と問題集が広げられている。
どうやら、先生から出された課題に取り組んでいたらしい。
「ごきげんよう、皆さん」
「ナギサ様!?」
コハルが勢いよく立ち上がる。
「ど、どうしてここにいらっしゃるんですか!?」
「皆さんの様子を見に来たんですよ」
「そ、そうなんですか!?」
「ええ。先生からお話は伺っていますが、やはり直接確認しておきたいと思いまして」
「そ、そうだったんですね!」
ヒフミが、嬉しそうに微笑む。
「わざわざありがとうございます!」
「ふふっ。お気になさらず」
俺は、四人を見渡した。
ヒフミ。
コハル。
ハナコ。
そして、アズサ。
皆、以前よりも随分と打ち解けているように見える。
(……うん。よかった)
少なくとも、関係は順調に深まっているようだな。
「皆さん、お勉強は順調ですか?」
「は、はい! 今は先生から出された課題を、皆さんで解いていたところです!」
ヒフミが元気よく答える。
「そうでしたか。それはよかったです」
「えへへ……」
照れくさそうに笑うヒフミ。
……うん。
この子が中心になってくれているようだな。
「……ま、まあ、私は余裕ですけどね!」
コハルが胸を張った。
「おや。そうなのですか?」
「と、当然です!」
「ふふっ。それは頼もしいですね」
そう答えると、ハナコが楽しそうに口元を押さえた。
「……ふふっ。コハルちゃん、先ほどまで随分と悩んでいらっしゃいましたけど♡」
「ハナコ!?」
「まあ。そうだったんですか?」
「ち、違います! ちょっと考えてただけです!」
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」
「だから違うってば!」
……あはは。
相変わらずだな。
けれど、悪いことじゃない。
こうして気兼ねなく言い合える関係になっているのは、喜ばしいことだ。
「……さて」
俺は、四人へ向き直った。
「一つ、お伝えしておきたいことがあります」
「……何ですか?」
ヒフミが首を傾げる。
「第一次試験についてです」
その言葉に、コハルの肩がぴくりと動いた。
「……し、試験ですか?」
「ええ。そして、もし第一次試験で合格基準に届かなかった場合は、強化合宿を実施する予定です」
「……えっ?」
コハルが固まった。
「が、合宿ですか!?」
「はい」
「な、何でですか!?」
「もちろん、皆さんの学力向上のためですよ」
「そ、それは分かりますけど!」
……うん。
気持ちは分かる。
試験に落ちたら追加で勉強しなければならない。
学生にとっては、なかなか恐ろしい話だろう。
「ですが、あまり心配する必要はありません」
「……本当ですか?」
「ええ。合宿は、皆さんを罰するためのものではありませんから」
俺は微笑んだ。
「もし試験で思うような結果が出なかったとしても、そこで終わりではありません。先生と一緒に、次の試験に向けて頑張っていただければと思っています」
「……そっか」
ヒフミが、ほっとしたように息を吐いた。
「それなら、頑張れそうです!」
「ええ。期待していますよ」
「……私は落ちませんけどね!」
コハルが胸を張る。
「ふふっ。その意気で頑張ってくださいね」
「も、もちろんです!」
……まあ。
その自信に実力が伴っているかは、これから確認するとしよう。
「ちなみに、ナギサ様」
「はい?」
ハナコが楽しそうに手を上げた。
「強化合宿ということは、皆さんでお泊まりするんですよね?」
「……そうですね」
「まあ♡」
……ん?
何だ、その反応は。
「それでしたら、夜は皆さんで一緒にお風呂に入ったり、寝る前に秘密のお話をしたり……♡」
「ハナコ!?」
コハルが真っ赤になった。
「な、何考えてるのよ!」
「ふふっ。普通の合宿のお話ですよ?」
「絶対嘘でしょ!」
……まったく。
この子は、どんな話でもそちらへ持っていくな。
「ハナコさん」
「はい♡」
「合宿の目的は、あくまでも勉強ですからね?」
「もちろん、存じておりますよ♡」
(……本当かぁ?)
……まあ、いいか。
「それでは、皆さん」
俺は、机に広げられた問題集へ視線を向けた。
「今日は少し時間がありますので、よろしければ私もお勉強をお手伝いしましょうか?」
「……えっ!?」
ヒフミが驚いたように顔を上げる。
「ナギサ様が、ですか!?」
「ええ。ご迷惑でなければ」
「め、迷惑だなんて! ぜひお願いします!」
「ふふっ。ありがとうございます」
……よし。
せっかく来たんだ。
少しくらい役に立ちたいしな。
◇
「……なるほど」
まずは、コハルの問題集を確認する。
……ふむ。
どうやら、途中の計算でつまずいているらしい。
「コハルさん、こちらの問題ですが」
「な、何ですか?」
「最初の式までは合っていますよ」
「……え?」
「ただ、その次の計算で少し間違えているようですね」
俺は、問題集の一箇所を指さした。
「ここです。この数字を移項する時、符号を変え忘れていませんか?」
「……あっ!」
コハルが目を見開いた。
「ほ、本当だ!」
「ふふっ。惜しかったですね。では、もう一度ここから計算してみましょうか」
「……はい」
コハルが鉛筆を動かし始める。
……さて。
こういう時は、あまり口を出しすぎない方がいい。
本人が理解できるところまで待つ。
必要な時だけ手を貸す。
……昔の俺には、できなかったことだ。
(……懐かしいな)
子供の頃は、一つ説明すれば十まで分かるのが当たり前だと思っていた。
だから、相手が理解できない理由が分からなかった。
……そのせいで、随分と失敗したものだ。
でも、今は違う。
あの人たちが、根気強く教えてくれたからな。
「……できた!」
コハルが顔を上げる。
「これで合ってますか!?」
「……ええ。正解です」
「や、やった!」
「ふふっ。よくできましたね」
そう言うと、コハルは嬉しそうに笑った。
……うん。
やっぱり、こういう瞬間はいいな。
「ナギサ様、すごいです!」
横からヒフミが声を上げた。
「コハルちゃん、さっきまでずっと悩んでいたのに!」
「ひ、ヒフミ!?」
「ふふっ。私は少し考え方を整理しただけですよ。それに、ヒフミさんも皆さんに教えてくださっていたのでしょう?」
「えっ? あ、はい!」
「でしたら、ヒフミさんのおかげでもありますね」
「……えへへ」
ヒフミが照れくさそうに笑った。
……うん。
こうやって、互いに助け合える関係になってくれるのが一番だ。
「……ナギサ様」
「はい?」
今度はアズサが声をかけてきた。
「こちらも、教えてもらっていいだろうか」
「ええ。もちろんですよ」
問題集を覗き込む。
……なるほど。
こちらは文章題か。
「この問題では、すべての情報を一度に整理しようとすると難しくなりますね」
「……そうなのか?」
「ええ。まず、確実に分かっている条件だけを書き出してみましょう」
俺は、問題文を順番に確認していく。
「ここから分かることは何でしょう?」
「……この数値が決まる」
「そうですね。では、それを使って次の条件を考えると?」
「……ああ」
アズサが頷いた。
「なるほど。そういうことか」
「ふふっ。理解できましたか?」
「ああ。ありがとう、ナギサ様」
「どういたしまして」
……うん。
素直でいい子だな。
原作でもそうだったけど、アズサは真面目に取り組む姿勢がある。
だから、理解さえできれば伸びるはずだ。
「……それにしても」
アズサが問題集を見つめながら呟いた。
「ナギサ様は、随分と説明が上手なんだな」
「……そうでしょうか?」
「ああ。分かりやすかった」
「ふふっ。ありがとうございます」
……まったく。
今日は褒められてばかりだな。
少し、むず痒い。
すると。
「……ふふっ」
聞き覚えのある笑い声がした。
……ん?
「ナギサ様」
「はい?」
ハナコが、にこにことこちらを見つめている。
「私からも、一つ質問してよろしいでしょうか?」
「ええ。もちろんですよ」
「ありがとうございます♡」
……何だろう。
その笑顔。
何となく、嫌な予感がするんだけど。
「では、問題です♡」
「……はい」
「大好きな方と二人きりでお勉強をすることになった場合、まず何から始めるのがよろしいでしょうか?」
「…………」
(……おい)
……勉強は?
「ハナコ!?」
案の定、コハルが反応した。
「な、何聞いてるのよ!?」
「ふふっ。勉強の進め方について質問しているだけですよ?」
「絶対違う意味で言ってるでしょ!」
……まったく。
相変わらずだな。
「……そうですね」
俺は、少し考えるふりをした。
「まずは、相手がどこまで理解しているのか確認するところからでしょうか」
「……おや?」
「得意なところも苦手なところも分からないままでは、適切な指導はできませんから」
「……ふふっ」
「それから、無理のない計画を立てて、少しずつ進めていくのがよいと思いますよ」
「まあ♡」
ハナコが楽しそうに目を細めた。
「随分と真面目なお答えですね」
「ふふっ。お勉強のお話でしたので」
「……そうでしたね♡」
(……絶対に違う意味で聞いてただろ!)
……まあ、いい。
この程度なら、以前も経験したしな。
「ですが、それでは少し物足りませんね♡」
(……でしょうね!)
……分かってたよ。
最初から。
「それでしたら、今度は本当にお勉強の問題を出してもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
「ふふっ。ありがとうございます」
ハナコが、白紙を一枚取り出した。
「せっかくですから、皆さんで一緒に考えてみませんか?」
「……え?」
コハルが、警戒するように顔を上げた。
「ちょっと、難しい問題じゃないでしょうね!?」
「ふふっ。少し考えれば解ける問題ですよ♡」
(……ハナコが言うと、あまり安心できないな)
「では、問題です」
ハナコは、紙に九つの丸を描いた。
「ここに、見た目がまったく同じ九枚のコインがあります。そのうち一枚だけ、ほかより軽いものが混ざっています」
「……ふむ」
「天秤を二回だけ使って、軽いコインを見つけてください♡」
「……二回!?」
コハルが目を丸くした。
「九枚もあるのに!?」
「ふふっ。皆さん、頑張ってくださいね♡」
……なるほど。
なかなか良い問題だな。
さて。
皆はどう考えるだろうか。
「……えっと」
最初に口を開いたのはヒフミだった。
「三枚ずつ、三つのグループに分けるのはどうでしょう?」
「……ああ」
アズサが頷いた。
「……三枚と三枚を天秤に乗せればいい」
「……あっ!」
コハルが顔を上げた。
「釣り合わなかったら、軽い方の三枚! 釣り合ったら、残った三枚ね!」
「そうです!」
ヒフミが、嬉しそうに頷いた。
「それなら、一回で三枚まで絞れます!」
「……残りは一回」
アズサが、紙を見つめた。
「……その三枚から、二枚を選んで一枚ずつ天秤に乗せる」
「……あ!」
コハルが声を上げた。
「傾いたら軽い方! 釣り合ったら、残った一枚が軽いのね!」
「……ああ」
「やりました!」
ヒフミが、嬉しそうに手を合わせた。
「二回で見つけられましたね!」
「ふふっ。正解です♡」
ハナコが、楽しそうに拍手した。
……おお。
あっさり解いてしまったな。
「皆さん、お見事でした」
「えへへ。三人で考えたおかげです!」
「ま、まあ、これくらい当然です!」
コハルが、得意げに胸を張った。
「……ああ」
アズサも、小さく頷く。
「……一人では、もっと時間がかかったかもしれない」
……うん。
いい感じだな。
何より、俺が何も言わなくても答えにたどり着けたのが嬉しい。
(……こうやって、少しずつ自信をつけてくれるといいな)
「それでは、今度は私から一問出してもよろしいでしょうか?」
「……ナギサ様が?」
ヒフミが、目を輝かせた。
「はい! ぜひお願いします!」
「……ちょっと待ってください!」
コハルが、慌てて手を上げる。
「難しい問題はやめてくださいよ!?」
「ふふっ。大丈夫ですよ。今度は少し計算の工夫をしてみましょう」
◇
「では、一から百までの数字を、すべて足すといくつになるでしょう?」
「……えっ!?」
コハルが、目を丸くした。
「百まで全部ですか!?」
「はい」
「そ、そんなの、一個ずつ足してたら大変じゃないですか!」
「そうですね。ですが、少し工夫すれば簡単になりますよ」
俺は紙に数字を書いた。
「まず、一と百を足すと?」
「……百一です!」
「正解です。では、二と九十九は?」
「……あっ!」
ヒフミが顔を上げた。
「それも百一です!」
「ええ。三と九十八も同じですね」
「……両端から組み合わせているのか」
アズサが呟いた。
「そのとおりです。では、同じように組み合わせると、何組できるでしょう?」
「……五十組、ですか?」
コハルが、恐る恐る答えた。
「正解です」
「……あっ!」
ヒフミが、ぱっと笑顔になった。
「百一が五十組だから……五千五十ですね!」
「お見事です」
「……なるほど」
アズサが頷いた。
「規則を見つければ、一つずつ計算する必要はないんだな」
「ええ。そのとおりです」
「……へえ」
コハルが、紙を見つめる。
「これなら、私にもできそうです!」
「ふふっ。もちろんですよ」
……うん。
皆、ちゃんと理解してくれたようだな。
こういう問題は、答えよりも考え方が大切なんだよな。
「ですが、ナギサ様」
「はい?」
ハナコが、楽しそうに微笑んだ。
「随分と分かりやすく説明されましたね♡」
「おや。そうでしょうか?」
「ええ。難しそうに見えても、考え方を変えるだけで簡単になる……とても勉強になります」
「ふふっ。ありがとうございます」
「それでしたら……」
ハナコが、新しい紙を取り出した。
「最後に、私からもう一問よろしいでしょうか?♡」
「ええ。もちろんですよ」
「ふふっ。では、少し趣向を変えてみましょうか」
……ん?
何だろう。
妙に楽しそうだな。
「今度は、計算と英語を組み合わせた問題です♡」
ハナコは、紙に五つの式を書き始めた。
一つ目、三の二乗に五を足す。
二つ目、五の階乗を六で割る。
三つ目、三の階乗から五を引く。
四つ目、三百六十一の平方根。
五つ目、四の二乗。
「この五つの計算結果を、アルファベットの順番に置き換えてください」
「……なるほど」
「そして、できた五文字を並び替えて、日常生活で身につけるものを表す英単語を作っていただきたいんです♡」
「……えっ?」
ヒフミが、首を傾げた。
「え、えっと……階乗、ですか?」
「ちょっと待って!」
コハルが、紙を覗き込んだ。
「何よこれ! さっきまでと難しさが全然違うじゃない!」
「……五の階乗」
アズサが、真剣な表情で考え込む。
「……五に何かを掛けるのか?」
「ふふっ。一からその数字までを、すべて掛け合わせることですよ♡」
「……つまり、五掛ける四掛ける三掛ける二掛ける一」
「ええ。そうです」
「……百二十か」
「えっ、もう!?」
コハルが、アズサを見つめた。
「ちょっと、私まだ最初の計算も終わってないんだけど!?」
「……すまない」
「謝らなくていいわよ!」
……あはは。
相変わらず賑やかだな。
しかし。
(……なかなか凝った問題を出してきたな)
階乗と平方根を混ぜて、さらにアルファベットへの変換か。
純粋な数学の難問というわけではない。
だが、計算に英語まで組み合わせるとは、面白いことを考えるな。
(……ただ、何でわざわざ並び替えまでさせるんだ?)
最初から答えの順番に式を並べれば済む話だろうに。
……まあ、暗号としての面白さを優先したんだろう。
「……ふむ」
俺は、紙を見つめた。
十四、二十、一、十九、十六。
アルファベットに置き換えれば……。
N、T、A、S、P。
(……なるほど)
あとは並び替えるだけだな。
身につけるもの、か。
……ああ。
「……分かりました」
「……まあ♡」
ハナコが、楽しそうに目を細めた。
「もう解けたんですか?」
「ええ」
「ふふっ。それでは、皆さんにも分かるように、ぜひ声に出して答えていただけますか?」
「もちろんですよ」
俺は、紙に五つの文字を書き直した。
「P、A、N、T、S。並び替えると、PANTSになりますね」
「……ぱんつ?」
コハルが、首を傾げた。
「ええ。つまり、パンツです」
……。
(……ん?)
口にした瞬間、あることに気づいた。
妙に回りくどい計算。
わざわざ指定された並び替え。
そして、声に出して答えるよう求められたこと。
(……おい、まさか)
俺は、ハナコへ視線を向けた。
彼女は、実に楽しそうに微笑んでいる。
(……最初から、これを言わせるつもりだったのか!?)
「……まあ♡」
ハナコが、嬉しそうに口元を押さえた。
「ナギサ様ったら……皆さんの前で、そんなにはっきりと『パンツ』だなんて♡」
(……やっぱりか!!)
「なっ……!?」
コハルが、一瞬遅れて真っ赤になった。
「ハ、ハナコぉぉぉっ!?」
「ふふっ。どうしました、コハルちゃん?♡」
「アンタ! 最初からそれを言わせるつもりだったでしょ!?」
「まあ。私はただ、英単語の問題を出しただけですよ?♡」
「絶対嘘でしょ!!」
……まったく。
正体に気づいた時には、もう口にしてしまっていた。
(……見事に引っかかったな)
しかも、あの問題。
わざわざ計算を経由させたのも、俺が真面目に解答するよう仕向けるためだったんだろう。
(……なんて手の込んだ悪戯だよ!)
「……ナギサ様」
「……はい?」
ヒフミが、おずおずと手を上げた。
「えっと……PANTSって、ズボンという意味もありますよね?」
「……ええ。そうですね」
「で、ですよね! よかったです!」
……いや。
よかったのか?
「……疑問がある」
今度は、アズサが口を開いた。
「……何でしょう?」
「……パンツは衣類の名称だろう。なぜコハルは怒っているんだ?」
「アズサは知らなくていいの!!」
「……そうなのか?」
「そうなの!!」
「……分かった」
アズサが、素直に頷いた。
……うん。
アズサ。
そのままの君でいてくれ。
「……ふふっ」
ハナコが、楽しそうに口元を押さえた。
「ですが、ナギサ様。まさかあんなに早く解かれるとは思いませんでした♡」
「……ハナコさん」
「はい♡」
「次は、もう少し普通の問題をお願いしますね?」
「まあ♡ 今回も普通のお勉強でしたよ?」
「……そうでしたね」
(……絶対に違うだろ!!)
……まったく。
この子は、本当に油断ならないな。
だが。
(……あの発想は、素直にすごいと思う)
……いや。
感心するところじゃないかもしれないけど。
「……それにしても、ハナコさん」
「はい?」
「面白い問題をありがとうございました」
「……おや?」
ハナコが、意外そうに目を瞬かせた。
「ふふっ。からかわれたことは、もうよろしいんですか?♡」
「……それとこれとは別ですよ」
「まあ♡」
ハナコが、嬉しそうに微笑んだ。
「……ナギサ様は、こうして問題を考えるのがお好きなんですね」
「ええ。好きですよ」
俺は頷いた。
「自分では思いつかなかった発想に出会えるのは、とても楽しいですから」
「……そう、ですか」
「それに、ハナコさんも楽しんでくださったようですし」
「……え?」
「ふふっ。問題を出している時も、答えを聞いた時も、とても楽しそうでしたよ」
「…………」
ハナコが、少しだけ黙り込んだ。
……ん?
何か変なことを言っただろうか。
「……ふふっ。そう見えましたか?」
「ええ」
「……それは、ナギサ様のおかげかもしれませんね♡」
「おや。そうなのですか?」
「ふふっ。どうでしょう?」
……まったく。
相変わらず、つかみどころのない子だな。
けれど、楽しんでくれているなら何よりだ。
ふと周囲を見ると、ヒフミとコハルが、先ほどの計算をもう一度確認していた。
アズサも、その隣で紙を覗き込んでいる。
「……あっ!」
ヒフミが、何かに気づいたように顔を上げた。
「そういうことだったんですね!」
「えっ、何!?」
「ほら、コハルちゃん。ここの計算は、こうすれば……」
「……あっ、本当だ!」
コハルが、嬉しそうに笑った。
「なるほどね! そういうこと!」
「……ああ」
アズサも頷いた。
「……これなら、理解できる」
……うん。
いい光景だ。
つい先ほどまで大騒ぎしていたのに、今は三人で真剣に問題を解き直している。
……いや。
大騒ぎしていたのは、主にコハルだったか。
「……ふふっ」
隣では、ハナコが穏やかに笑っていた。
先ほどまでの悪戯っぽい笑顔とは、少し違う。
どこか、柔らかな表情だった。
(……本当に、仲良くなったな)
まだ補習授業部が結成されてから、それほど長い時間が経ったわけではない。
それでも、こうして互いに教え合い、笑い合える関係になっている。
……よかった。
心から、そう思った。
――その時だった。
(……ん?)
胸の奥に、ふわりと温かいものが広がった。
……あれ?
確かに今、俺は楽しいと感じている。
だが、それとは別の感情が重なっているような気がした。
嬉しさと、安堵。
それから、ほんの少しの寂しさ。
(……この感覚は)
俺は、そっと自分の胸元に手を当てた。
(……ナギサの感情か?)
以前、ミカとの会談でも、突然強い怒りが込み上げてきたことがあった。
あの時とは、まったく違う。
けれど、自分のものではない感情が流れ込んでくるような感覚は、どこか似ていた。
(……最近、少しずつ増えてきているな)
以前は、こうした反応すらほとんどなかった。
それが今では、時折こうして感情が伝わってくる。
……本当にナギサのものなのかは、まだ分からない。
だが。
俺は、楽しそうに話している四人へ視線を向けた。
(……もし、ナギサの感情なのだとしたら)
この光景を見て、ナギサも嬉しくなったのだろうか。
そう考えると、自然と口元が緩んだ。
……いつか。
この感情の理由を、本人から聞ける日が来ればいいな。
胸の奥に残った温かさを感じながら、俺は静かに四人の笑顔を見つめていた。
「……ナギサ様?」
「……あっ」
ハナコの声で我に返る。
「申し訳ありません。少し考え事をしていました」
「……ふふっ。そうでしたか」
「ええ」
……いけない。
せっかく皆で勉強している最中なんだ。
考え事は後にしよう。
「……それにしても」
ハナコが、楽しそうに口を開いた。
「ナギサ様は、本当に何でもおできになるんですね♡」
「ふふっ。そんなことはありませんよ」
「……ご謙遜を♡」
「いえ、本当ですよ。私にも、できないことはたくさんありますから」
……そう。
いくら頭が良くても、すべてを解決できるわけじゃない。
アリウスのこと。
セイアのこと。
そして、ナギサのこと。
(……数学の問題みたいに、答えが用意されていれば楽なんだけどな)
「……ですが、ナギサ様」
「はい?」
ハナコが、少しだけ首を傾げた。
「先ほど、考え方を変えれば、難しい問題も簡単になるとおっしゃっていましたよね?」
「ええ」
「それなら、一つお聞きしたいことがあります」
「……おや?」
……何だろう。
また難しい問題か?
「もし、どれだけ考えても正解が見つからない問題があったら……どうされますか?」
「……そうですね」
随分と抽象的な質問だな。
「まずは、本当に正解が一つしかない問題なのか、考えてみると思います」
「……正解が、一つとは限らない?」
「ええ。数学とは違って、世の中には人によって答えが変わる問題もありますから」
「…………」
ハナコが、静かにこちらを見つめている。
「……では」
「はい?」
「もし、周りの方々が、正解は一つしかないと言い張ったら……どうでしょう?」
「……なるほど」
「例えば、自分にはそれができるのだから、その答えを選ぶべきだと……そう言われたら?」
「…………」
……できるのだから、選ぶべき。
なるほど。
確かに、そういう考え方をする人もいるだろうな。
「……それは、ご本人が望んでいなくても、ということでしょうか?」
「……!」
ハナコが、わずかに目を見開いた。
「……ええ。そうですね」
そして、いつもの笑顔を浮かべる。
「ふふっ。もしものお話ですけどね♡」
「……そうですか」
……ふむ。
最初は、単なる思考実験かと思っていたけど。
どうも、それだけではなさそうだな。
……まあ。
本人が話してくれるつもりなら、聞けばいい。
今は、無理に踏み込む必要もないだろう。
「……少し意地悪な質問でしたか?」
「いいえ。むしろ、興味深い質問だと思います」
俺は、少し考えた。
「……そうですね。私なりの考えでしたら、お話しできると思います」
「……おや?」
ハナコが、意外そうに目を瞬かせた。
「お答えいただけるんですか?」
「ええ。ただし、誰にでも当てはまる正解というわけではありませんよ」
「……と、おっしゃいますと?」
「先ほどまでの数学とは違って、人生に関する問題ですからね」
「…………」
ハナコは、しばらくこちらを見つめていた。
……ん?
どうしたんだろう。
「……ふふっ」
やがて、ハナコが小さく笑った。
「……それで十分ですよ」
「おや?」
「むしろ、ナギサ様ご自身のお考えを聞かせていただける方が、嬉しいです♡」
その声は、先ほどよりも少し穏やかに聞こえた。
「……そうですか」
「ええ。ぜひ、聞かせてください」
「ふふっ。ありがとうございます」
……まったく。
数学より、よっぽど難しい問題を出してくれるな。
「……ナギサ様!」
そこで、ヒフミが遠慮がちに声を上げた。
「私たちも、お話を聞いていてよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ」
「……ああ」
アズサも、小さく頷いた。
「……私も聞きたい」
「わ、私もです!」
コハルが、慌てて続く。
「べ、別に難しい話が好きってわけじゃないですけど!」
「ふふっ。ありがとうございます」
俺は、四人を見渡した。
……さて。
どこから話そうか。
ハナコの問いは、単に正しい答えを選ぶという話じゃない。
周囲から何を求められているのか。
自分が何を望んでいるのか。
そして、その二つが違っていた時に、どうすればいいのか。
(……うん)
少し長くなるかもしれないな。
……でも。
四人が聞いてくれるというのなら、俺なりの考えを伝えてみよう。
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「それでは、私なりの考えをお話ししましょう」
四人が、こちらを見つめている。
俺は一度、机の上の白紙へ目を向けた。
……そうだな。
ちょうど、いいものがあるじゃないか。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回はみんなの仲の良さと、ハナコのちょっとした悪戯を描いてみました。
それにしても、ハナコさん。その頭の良さをそんなことに使わなくても……(笑)
次回は少し真面目なお話。ハナコの問いに対して、ナギが自分なりの答えを語ります。
次回もよろしくお願いします!