今回は、前回ハナコから投げかけられた問いに、ナギが自分なりの答えを語るお話です。
いつもより少し真面目な回になりますが、最後までお楽しみいただければ幸いです!
俺は、机の上の白紙を一枚手に取った。
四人の視線が、こちらに集まる。
……さて。
ハナコの質問は、なかなか難しい。
周囲から正解を押し付けられた時、自分はどうするべきなのか。
しかも、自分にはそれを実行できる能力がある。
だからこそ、周囲はその道を選ぶべきだと主張してくる。
(……原作のハナコを考えると、他人事じゃないんだろうな)
この子が、周囲からどれほど多くの期待を寄せられてきたのか。
俺には、ある程度の心当たりがある。
……だが。
それを、今ここで指摘する必要はない。
ハナコが自分から話してくれるまでは、一つの質問として受け止めよう。
(……よし)
「人生を、一枚のキャンバスに例えてみましょうか」
「……人生を、ですか?」
ハナコが、興味深そうに首を傾げた。
「ええ」
俺は、紙の中央に大きな四角を描いた。
「皆さんが生きている間に経験すること。そのすべてが、このキャンバスに描かれていくと考えてみてください」
「……すべて、ですか?」
ヒフミが、不思議そうに尋ねた。
「ええ。幸運な出来事、嬉しかったこと、大切な人と過ごした時間。そうした幸せな思い出は、きっと明るい色になるでしょうね」
「……素敵ですね!」
ヒフミが、嬉しそうに微笑んだ。
「ですが、それだけではありません」
「……え?」
「不運な出来事。失敗したこと。誰かに傷つけられたこと。そして、悲しみや後悔」
俺は、四角の中に一本の線を引いた。
「そうした経験も、人生の一部として描かれていきます」
「……それじゃあ」
コハルが、少し考え込んだ。
「嫌な思い出まで、残っちゃうってことですか?」
「そうですね。残念ながら、過去の出来事をすべて消してしまうことはできませんから」
「……うーん」
コハルが、難しそうな顔をする。
「だったら、あんまり綺麗な絵にならないんじゃないですか?」
「ふふっ。そうとは限りませんよ」
俺は、先ほど引いた線の上に、新しい線を重ねた。
「絵は、一度色を塗ったら終わりというわけではありませんから」
「……どういうことですか?」
「例えば、悲しい出来事があったとしても、その後に幸せな出来事が訪れるかもしれません」
新しい友人ができる。
夢中になれるものを見つける。
大切な人と、楽しい時間を過ごす。
「そうした経験を重ねることで、以前とは違った絵になっていくんです」
「……なるほど」
アズサが、静かに頷いた。
「……暗い色が残っていても、その上に新しい色を重ねられるんだな」
「ええ。そのとおりです」
俺は微笑んだ。
「もちろん、無理に明るい色で塗りつぶす必要もありません。悲しかった思い出にも、その人にとって大切な意味があるかもしれませんから」
俺は、四人を見渡した。
「幸運も、不運も。幸福も、悲しみも。そのすべてが重なって、一人の人間の人生という絵になっていくんです」
そして、紙の余白を指さした。
「ですが、こちらをご覧ください」
「……何も描かれていませんね」
ヒフミが答える。
「ええ。まだ何も描かれていません」
「……あっ!」
ヒフミが、何かに気づいたように顔を上げた。
「これから先の人生、ですね!」
「ふふっ。正解です」
過去に何があったとしても。
どれほど暗い色が重なっていたとしても。
未来まで、同じ色になると決まったわけではない。
「そして、ここには、まだ皆さんの知らない色がいくつも待っていることでしょう」
「……知らない色」
アズサが、小さく呟いた。
「ええ。これから出会う人や、新しく経験する出来事。その一つ一つが、皆さんの人生に新しい色を加えてくれるかもしれません」
「……なるほど」
アズサは、紙に描かれた四角を見つめていた。
……うん。
どうやら、伝わっているようだな。
「……ふふっ」
そこで、ハナコが小さく微笑んだ。
「……とても素敵なお考えですね」
「ありがとうございます」
「ですが、ナギサ様」
「はい?」
ハナコは、机の上の紙を見つめた。
「もし、自分にはある色を扱う才能があって、周囲の方々からも、その色を使ってほしいと期待されていたら……」
そこで、ゆっくりと顔を上げる。
「それでも、自分の好きな色を選んでよいのでしょうか?」
「もちろんですよ」
「……本当に?」
「ええ。あなたの人生は、あなたのものです」
「…………」
ハナコの笑顔が、ふっと消えた。
まるで、思いがけない言葉を聞いたかのように。
「他人がどれほど素晴らしい絵になると言ってくださっても、実際にその絵を描いて生きていくのは、あなた自身でしょう?」
俺は微笑んだ。
「得意なことと、やりたいことが同じとは限りませんからね」
「……そう、ですね」
ハナコは、しばらく紙を見つめていた。
その指先が、何も描かれていない余白をそっとなぞる。
……やがて。
「……では、ナギサ様」
「はい?」
「もし、その才能を必要としている方々から、一緒に絵を描いてほしいと誘われたら……どうでしょう?」
……なるほど。
今度は、他人との関わり方か。
「でしたら、まずは誘ってくださった方のキャンバスを見てみればいいんです」
「……相手の、キャンバスを?」
「ええ。その方がこれまでどんな人生を歩んできたのか。そして、これからどんな未来を描こうとしているのか」
俺は、白紙の隣にもう一つ四角を描いた。
「その中には、本人だけではどうにもならない困難や、誰かの助けを必要としている部分もあるかもしれません」
「……ええ」
「ですが、それを見て、あなた自身はどう感じるでしょうか?」
「……私自身が、ですか?」
「ええ。例えば、この部分はこうした方がいいとか、自分ならこの状況を変えられるかもしれないとか」
俺は、二つ目の四角を指さした。
「その方の抱えている困難を何とかしてあげたい。自分の力で、少しでも明るい色を重ねてあげたい。……そんなふうに思うこともあるでしょう」
ハナコは、静かに耳を傾けていた。
「もし、本当にそう思えたのなら、誰かに才能を使うよう求められるまでもなく、自分から関わってみたいという気持ちが生まれるのではありませんか?」
「……自分から、ですか?」
「ええ。誰かに必要とされたからではなく、自分自身が、その方の人生に関わりたいと思ったからです」
ハナコが、小さく頷いた。
……だが。
「……では、ナギサ様」
「はい?」
「その方のキャンバスを見ても、一緒に描きたいと思えなかったら……どうでしょう?」
「それでいいんですよ」
「……え?」
「無理に一緒に描く必要はありません」
「……ですが」
ハナコが、少しだけ眉を下げた。
「その方は、こちらの才能を必要としていらっしゃるんです。それなのに、お断りしてしまったら……」
「失望されるかもしれませんね」
「……ええ」
俺は、改めて二つの四角を見つめた。
……そうだな。
ここは、はっきりと伝えておこう。
「ですが、ハナコさん」
「はい?」
「一緒に描きたいと思ってもらえなかったのなら、誘った側にも責任があります」
「……誘った側、ですか?」
ハナコが、意外そうに目を瞬かせた。
「……それは、どうしてでしょう?」
「誰かを誘うということは、その方の時間や人生の一部を、自分の目指すもののために使っていただくということですから」
「…………」
「相手には、その方自身の人生があります。大切にしているものも、叶えたい願いもあるでしょう」
俺は、最初に描いた四角を指さした。
「それらを理解しようともせず、ただ才能が必要だからという理由で誘っても、一緒に描きたいと思っていただけるとは限りません」
「……なるほど」
「そして、もし誘いを受けてくださったのなら、今度はその方を迎え入れた側としての責任も生まれます」
「……責任、ですか?」
「ええ。お願いした仕事を任せきりにするのではなく、必要な支援を行い、問題があれば一緒に考える。そうして、共に目標を目指すことも、誘った側の役目でしょう」
……もちろん。
引き受けた本人にも、果たすべき責任はある。
だが、それを理由に、誘った側が何の責任も負わなくていいわけではない。
「ですから、誘いを断られたとしても、その方を責めるのではなく、まずは自分の誘い方や、描こうとしている未来を振り返るべきだと思います」
「……でも」
ハナコが、遠慮がちに口を開いた。
「もし、その方にしかできないことがあったとしても……ですか?」
……なるほど。
そこまで考えているのか。
「そうですね。確かに、その方の才能がどうしても必要になる場面もあるでしょう」
俺は、一度言葉を切った。
「ですが、才能があることと、その才能で何でも解決できることは、別の話です」
「…………」
「それに、どれほど素晴らしい未来を描こうとしていたとしても、それだけで他人の人生を勝手に使っていい理由にはなりません」
……もっとも。
誰かを守るために、本人の意思をすべて尊重できない場面もあるだろう。
だからこそ、そうした判断には相応の責任が伴う。
……そう。
これは、俺自身にも言えることだ。
原作の知識がある。
これから起こる出来事を、ある程度は知っている。
だからといって、皆の人生を勝手に決めていいわけじゃない。
(……俺も、忘れないようにしないとな)
「……つまり」
ハナコが、そっと顔を上げた。
「相手の方が、どれほど自分を必要としてくださっていても……最後に選ぶのは、自分自身だと?」
「ええ」
俺は、迷わず頷いた。
「そして、選んだ後も、お互いの人生を大切にできる関係であることが望ましいと思います」
「……そうですか」
ハナコは、机の上の二つの四角を見つめた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……ふふっ」
いつもの笑顔が戻った。
……ただ。
その表情は、どこか肩の力が抜けたようにも見えた。
「……ありがとうございます、ナギサ様」
「おや。どういたしまして」
……うん。
どうやら、少しは役に立てたようだな。
「……ですが、一つ気になったことがございます」
「何でしょう?」
ハナコが、興味深そうにこちらを見つめた。
「ナギサ様ご自身は、どうされているんですか?」
「……私、ですか?」
「ええ」
ハナコが、少しだけ身を乗り出した。
「ナギサ様は、ティーパーティーのホストでいらっしゃいますよね?」
「そうですね」
「でしたら、誰かにお仕事をお願いしたり、ご協力いただいたりすることも多いでしょう?」
「ええ」
「……そのような時、ナギサ様はどうやって皆さんに協力していただいているんですか?」
……なるほど。
今度は、俺自身の話か。
(……そうだな)
せっかくだ。
この機会に、俺が目指しているものについても話してみよう。
「私の場合は、まず自分が描こうとしている未来を、お伝えするようにしています」
「……未来を?」
「ええ」
俺は、二つ目の四角に視線を向けた。
「何を実現したいのか。なぜ、それを実現したいのか。そして、その先にどのような未来が待っているのか」
ただ、必要だからという理由だけで人を集めるのではない。
自分が何を目指しているのか。
そのために、どんなことをしようとしているのか。
それを知ってもらう。
「そして、もし私の考えに共感してくださったのなら、一緒に描いていただければ嬉しいですね」
「……ふふっ」
ハナコが、楽しそうに微笑んだ。
「ですが、賛同していただけなかったら?」
「残念ですが、仕方ありませんね」
「……おや?」
「私の考えが、誰にとっても正しいとは限りませんから」
……もちろん。
組織を運営していれば、そう簡単にはいかないこともある。
全員の希望を叶えられるとは限らないし、時には厳しい判断が必要になるだろう。
……それでも。
「私は、ただ命令すれば人がついてくるとは思いません」
俺は、ハナコへ視線を向けた。
「もちろん、私はティーパーティーのホストです。立場上、皆さんに指示を出すこともできますし、学園を守るために、時には本人の意思に反してでも協力していただかなければならないこともあるでしょう」
「……ええ」
「ですが、相手が私の描こうとしている絵を気に入っていなかったら、どうなるでしょうか?」
「……気に入っていなかったら、ですか?」
「ええ。たとえ命令に従ってくださったとしても、その絵を大切にしたいと思っていただけるとは限りません」
俺は、紙に描いた二つ目の四角を指さした。
「そうなれば、本人に悪気がなくても、私が意図していない色を重ねてしまうかもしれません。あるいは、不満を抱えたまま仕事を続けることになるかもしれませんね」
「……なるほど」
「ですから、どうしても協力していただかなければならない時ほど、私は自分の描こうとしている絵を、きちんと説明する必要があると思っています」
俺は、一度言葉を切った。
「何を実現したいのか。なぜ、そのために協力が必要なのか。そして、皆さんの協力によって、どのような未来を描けるのか」
「……それを、理解していただくんですね」
「ええ。たとえ最初は乗り気でなかったとしても、少しでも私の考えに共感していただけるよう、努力するべきでしょう」
もちろん、説明したからといって、必ず納得してもらえるとは限らない。
それでも、何も伝えずに命令するよりは、ずっといいはずだ。
……もっとも。
(……都合の悪い部分を省いたり、実際よりも良く見せたりして、相手を誤解させる人間もいるけどな)
……まあ、俺も人のことは言えないか。
皆を守るためとはいえ、意図的に伏せている情報は少なくない。
(……だからこそ、情報を隠したことで生じる責任は、俺が負わないとな)
「……それが、トップとしての責任……いえ」
俺は、小さく首を振った。
「誰かを自分のキャンバスに誘う側としての責任だと、私は思っています」
「…………」
ハナコが、こちらをじっと見つめた。
「……ナギサ様は、そこまでお考えなんですね」
「ふふっ。あくまでも、私の理想ですけどね」
俺は、紙に描かれた二つの四角へ視線を落とした。
「もちろん、最初から自分の意思で協力したいと思っていただけるのが、一番嬉しいことです」
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「私は、そんなふうに、自分から一緒に描きたいと思ってもらえるリーダーを目指しています」
「…………」
ハナコが、こちらを見つめた。
「……自分から、一緒に」
「ええ」
俺は、紙の上に並んだ二つの四角へ視線を落とした。
「もちろん、来てくださった方に任せきりにするつもりはありません。その方が私を信じてくださるのなら、私もその信頼に応えたいと思っています」
……まあ。
まだまだ、理想には程遠いかもしれないけどな。
それでも。
先生やミカ、そして協力してくれている皆のためにも。
そういう人間でありたい。
「……なるほど」
ハナコが、小さく息を吐いた。
その表情には、先ほどまでのからかうような色はなかった。
「……ナギサ様は、そういう方なんですね」
「……おや?」
「ふふっ。いえ、何でもありません♡」
……何だろう。
少し気になるけど。
まあ、いいか。
「……それでしたら」
「はい?」
ハナコが、ほんの少しだけ首を傾げた。
「もし、誰かがナギサ様のキャンバスを見て、一緒に描きたいと思ったら……」
そこで、少しだけ言葉を切る。
「その方も、受け入れてくださるんですか?」
「もちろんですよ」
俺は頷いた。
「お互いに、一緒に描きたいと思えるのでしたら、これほど嬉しいことはありませんから」
「…………」
ハナコは、何かを言いかけた。
だが、その言葉は口にされなかった。
「……ふふっ。そうですか♡」
代わりに浮かんだのは、いつもの穏やかな笑顔だった。
……うん。
どうやら、納得してくれたらしいな。
「……あの、ナギサ様!」
そこで、ヒフミが手を上げた。
「はい?」
「私、今日のお話を聞いて、少し嬉しくなりました!」
「……おや?」
「だって、私たちがこうして一緒に勉強していることも、みんなのキャンバスに描かれているんですよね?」
「ええ。もちろんですよ」
「えへへ……」
ヒフミが、嬉しそうに笑った。
「それなら、今日の分は明るい色ですね!」
「……ああ」
アズサも、小さく頷いた。
「……私も、そう思う」
「アズサちゃん!」
ヒフミが、ぱっと顔を明るくした。
「……みんなと過ごした時間が、これからも増えていくといいな」
「はい! 私もです!」
……うん。
いい光景だな。
「……ちょっと!」
そこで、コハルが慌てて口を開いた。
「そんなことより、まずは試験に合格しないといけないんだからね!?」
「そ、そうですね!」
ヒフミが、慌てて頷いた。
「えへへ……つい、楽しくなっちゃって」
「まったく……」
コハルが腕を組む。
だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「……ふふっ」
ハナコが、楽しそうに口元を押さえる。
「ですが、コハルちゃん。もし試験に落ちてしまったら、合宿という素敵な思い出が増えるかもしれませんよ?♡」
「アンタは少し反省しなさいよ!!」
「まあ♡」
……あはは。
相変わらずだな。
けれど。
こうして四人が自然に笑い合っている姿を見ると、補習授業部を結成してよかったと思える。
……まあ。
試験については、まだまだ油断できないけどな。
◇
「……それにしても」
皆が再び問題集に目を向け始めた頃、ハナコが静かに口を開いた。
「ナギサ様のお話、とても興味深かったです」
「ふふっ。ありがとうございます」
「人生というキャンバス、ですか……」
ハナコは、机の上の紙を指先でなぞった。
「……まだ、知らない色がたくさんあるんですね」
「ええ。きっと、これからも増えていくでしょうね」
「……ふふっ」
ハナコが、こちらを見つめた。
「ですが、ナギサ様」
「はい?」
「少しだけ、困ったことになってしまいました♡」
「……おや?」
……何だろう。
また何か、難しい質問でも思いついたのだろうか。
「どうされたんですか?」
「実は……」
ハナコが、少しだけ身を乗り出した。
「私のキャンバス、もうナギサ様の色に染められてしまったみたいなんです♡」
「…………」
……おお。
それは、何とも光栄な話だな。
ただ。
(……染められた、か)
少し、気になる言い方でもある。
「……それは、光栄ですね」
「ふふっ。そうでしょう?♡」
「ですが、ハナコさん」
「はい?」
「もし、私の言葉があなたの望まない色になってしまっていたのなら、遠慮なく塗り直してくださいね」
「……え?」
ハナコが、少しだけ目を見開いた。
「私のお話も、あくまでも一つの考え方ですから」
俺は微笑んだ。
「あなたのキャンバスに、無理やり私の色を残していただく必要はありませんよ」
すると。
「……ふふっ」
ハナコが、口元を押さえた。
「……ナギサ様」
「はい?」
「女の子のキャンバスに、ご自分の色を塗ってしまっただなんて……」
彼女は、実に楽しそうな笑顔を浮かべた。
「……ナギサ様ったら、大胆ですね♡」
「…………」
(……おい)
……また、そっちに持っていくのかよ!
「……ハナコさん」
「ふふっ。冗談ですよ♡」
……本当か?
今までの前例を考えると、まったく信用できないんだけど。
「ですが……」
ハナコが、ふと表情を和らげた。
「……ご安心ください」
「……おや?」
「塗り直すつもりは、ありませんから」
「……そうですか?」
「ええ」
ハナコは、静かに頷いた。
「だって、この色は……」
そこで、ほんの少しだけ言葉を切った。
「私が、自分で選んだものですから」
……ああ。
なるほど。
そういうことか。
俺の話を聞いて、何か自分なりの答えを見つけたんだな。
それなら、よかった。
「……そうですか」
俺は微笑んだ。
「でしたら、大切にしてくださいね」
「……はい」
ハナコが、小さく頷いた。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
……うん。
この子にも、少しずつ自分が進みたい道を見つけてほしい。
それが、どのような道だったとしても。
本人が選んだものなら、できる限り尊重してあげたい。
「……ナギサ様」
「はい?」
「また、こうしてお話をしていただいてもよろしいでしょうか?」
「……もちろんですよ」
「……ふふっ。本当ですか?♡」
「ええ。私も楽しかったですから」
「…………」
ハナコが、少し驚いたように瞬きをした。
「……楽しかった、ですか?」
「ええ」
俺は、素直に頷いた。
「ハナコさんは、とても興味深い考え方をなさいますから」
「……!」
「先ほどの問題もそうでしたが、私とは違った角度から物事を考えていらっしゃいますし」
……まあ。
あの問題に関しては、少々いただけない部分もあったけどな。
それでも、ハナコと話していると色々な発見がある。
「あなたが、どのようなことを考えていらっしゃるのか。私も、もっと知りたいと思いました」
「…………」
……ん?
ハナコが、ぴたりと動きを止めた。
……あれ?
「……ハナコさん?」
「……えっ?」
ハナコが、はっとしたように顔を上げた。
「……あ、いえ」
その頬が、ほんのりと赤く見えた。
「……少し、驚いてしまいました」
「おや。どうしてですか?」
「……それは」
ハナコが、珍しく言葉に詰まった。
……ん?
いつものハナコなら、ここですぐに冗談を返してきそうなものだけど。
(……それだけ、今日の話が大切だったのかもしれないな)
自分の人生に関することだ。
簡単には言葉にできない気持ちもあるだろう。
「……ナギサ様」
「はい?」
ハナコが、少しだけ声を落とした。
「もし、私がお話をしている途中で、何を言えばいいのか分からなくなってしまったら……」
「……ええ」
「……その時は、どうなさいますか?」
……なるほど。
「でしたら、思いつくまで待っていますよ」
「……え?」
「無理にお話しいただく必要はありませんから」
俺は微笑んだ。
「話したくなった時に、ゆっくり聞かせてください」
ハナコは、しばらくこちらを見つめていた。
そして。
「……本当に、ナギサ様はずるい方ですね」
「……おや?」
「……いえ。何でもありません♡」
ハナコは、そう言って微笑んだ。
……うーん。
何がずるかったんだ?
別に、変なことは言っていないと思うんだけどな。
……まあ。
本人が何でもないと言うのなら、これ以上聞く必要もないか。
「……ちょっと!」
その時だった。
コハルが、勢いよく声を上げた。
「さっきから、二人で何の話をしてるんですか!?」
「……おや?」
ハナコが、ぱちりと瞬きをした。
「どうされました、コハルちゃん?♡」
「どうしたもこうしたもないわよ!」
コハルが、こちらを交互に見比べる。
「何か、二人だけで分かり合ってるみたいじゃないですか!」
「まあ♡」
ハナコが、嬉しそうに微笑んだ。
「……ふふっ。もしかして、コハルちゃんも混ざりたかったんですか?」
「そ、そういう話じゃないでしょ!?」
「でしたら……」
ハナコが、楽しそうに目を細める。
「コハルちゃんも、私たちのキャンバスに色を加えてみますか?♡」
「……え?」
「ふふっ。きっと、賑やかな色になるでしょうね♡」
「な、何よそれ!?」
……あはは。
いつものハナコに戻ったな。
「……それなら」
アズサが、静かに口を開いた。
「……私も、加わりたい」
「……えっ?」
コハルが、目を瞬かせる。
「アズサまで!?」
「……ああ。みんなと一緒なら、きっと面白い絵になる」
「……アズサちゃん!」
ヒフミが、嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、私もです!」
「まあ♡」
ハナコが、楽しそうに笑った。
「では、皆さんで素敵な絵を描いていきましょうね」
「……もう!」
コハルが、顔を赤くしながら腕を組んだ。
「……私だって、混ざるわよ!」
「えへへ。もちろんです!」
「……ああ」
アズサも、小さく微笑んでいた。
……うん。
本当に、いい光景だな。
ヒフミは、皆をまとめようと一生懸命頑張っている。
コハルは、相変わらず騒がしいけれど、皆と過ごす時間を楽しんでいる。
アズサも、自分の考えを少しずつ口にするようになってきた。
そして、ハナコ。
……この子も、何かを見つけ始めているのかもしれない。
(……よかった)
今日ここへ来たのは、補習授業部の様子を確認するためだった。
だが、こうして実際に皆と話してみると、想像以上に得るものがあったな。
勉強の進み具合も確認できた。
四人の関係が順調なことも分かった。
何より、皆が楽しそうにしている。
……それだけでも、十分な収穫だ。
「……ふふっ」
俺は、自然と微笑んだ。
(……今日は、ここへ来てよかった)
そう思いながら、俺は四人の笑顔を見つめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は人生をキャンバスに例えて、ナギの人生観やリーダーとしての考え方を描いてみました。
そして、その言葉を聞いたハナコは何を思ったのでしょうか……?
次回はEX2、ハナコ視点のお話です。
誤字脱字や口調の違和感などをご指摘くださった皆様、ありがとうございます!
いただいたご指摘は確認し、随時修正しております。
今後ともよろしくお願いいたします!