今回は、補習授業部での勉強会を終えたナギのお話です。
少しずつ進んでいく準備と、新たな出会いをお楽しみください!
補習授業部の教室を後にした頃には、窓の外が夕焼けに染まり始めていた。
「本日はありがとうございました」
俺が礼を言うと、同行していた護衛の二人が揃って頭を下げた。
「いえ! こちらこそ、お疲れさまでした!」
「お部屋までお送りいたします」
「ええ。よろしくお願いしますね」
そう答え、三人で廊下を歩き始める。
……それにしても。
(……楽しかったなぁ)
今日の補習授業部での時間を思い返す。
コハルもアズサも、最初に比べれば随分と勉強に慣れてきたようだ。
ヒフミも二人を支えながら、自分自身の勉強に取り組んでいた。
そして、ハナコ。
(……あの子、やっぱり頭いいよなぁ)
あの手の込んだ問題には、思わず感心してしまった。
……まあ。
最後にパンツと言わされたことについては、少々言いたいこともあるけど。
(……楽しそうだったし、いいか)
何より、四人が自然に笑い合っている姿を見られたことが嬉しかった。
原作で彼女たちが経験するはずだった苦労を考えれば、なおさらだ。
できることなら、これからもあんな時間を過ごしてほしい。
「……ナギサ様?」
「はい?」
護衛の後輩に呼ばれ、顔を上げる。
「何だか、嬉しそうですね!」
「……そう見えますか?」
「はい!」
……ふむ。
そんなに表情に出ていたのか。
「ふふっ。今日は、皆さんと楽しくお話ができましたから」
「そうだったんですね!」
後輩が嬉しそうに頷く。
すると、隣を歩いていた先輩が口を開いた。
「……最近、以前にも増して色々な方とお話しされるようになりましたね」
「……おや?」
「いえ。良いことだと思います」
先輩は、穏やかに微笑んだ。
「以前より、お元気そうで安心しました」
「…………」
……そうか。
この二人も、以前のナギサを知っているんだよな。
俺がこの身体で目覚める前から、ずっと。
「……ご心配をおかけしていたようですね」
「い、いえ! そのようなつもりでは!」
「ふふっ。分かっていますよ」
慌てる後輩に、俺は笑みを返した。
「いつも、ありがとうございます」
……この子たちにも、随分と助けられている。
いつか、きちんと恩返しをしたいものだ。
◇
自室に到着すると、俺は二人へ向き直った。
「本日もありがとうございました。お二人も、どうかゆっくり休んでくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
「ナギサ様も、あまりご無理はなさらないでください」
「ええ。気をつけます」
……うん。
気をつけるつもりではある。
守れるかどうかは、別として。
俺は二人に別れを告げ、部屋へ入った。
扉を閉める。
「……ふぅ」
ようやく、一人になれた。
鞄を机の上に置き、軽く肩を回す。
(……さて)
今日は、まだ終わりじゃない。
……いや。
できれば、もう少し休みたいんだけどさ。
机の上には、朝のうちに整理しておいた書類が積まれていた。
ティーパーティー関連の報告書。
エデン条約の延期に伴う日程調整。
警備体制の見直し。
各部署から寄せられた確認事項。
……うん。
(……多いなぁ)
思わず、ため息が漏れた。
十五日間の延期。
原作の襲撃を防ぐためには必要な判断だった。
だが、その分だけ仕事が増えたことも事実だ。
関係者の予定を組み直し、会議の日程を調整し、警備計画も修正する。
当然、元々予定されていた仕事がなくなるわけでもない。
(……そりゃ、ナギサも疲れるよな)
今なら、少し分かる気がする。
……いや。
本人がこれまで抱えていた重圧と比べるのは、さすがに失礼か。
俺には原作知識という、反則じみた情報がある。
それに、先生たちの協力も得られている。
何も分からないまま一人で悩み続けていたナギサとは、条件が違う。
(……だからこそ、ちゃんとやらないとな)
俺は椅子に座り、書類を手に取った。
◇
――しばらくして。
「……ふむ」
警備体制に関する報告書へ目を通す。
今回の延期に合わせて、新たな警備計画が提出されていた。
人員の配置。
巡回経路。
緊急時の連絡方法。
どれも重要な項目だ。
……ただ。
(……まだ、足りないな)
今回の件で警備を強化したとしても、アリウス側が別の手段を用意してくる可能性はある。
そもそも、原作どおりに襲撃が起きる保証すらない。
十五日間という時間は、俺たちだけに与えられたものではないんだ。
相手だって、その間に準備を進めているだろう。
(……だから、先に動く必要がある)
俺は、報告書にいくつかの修正事項を書き加えた。
……そういえば。
(……ミネは、まだ現れないなぁ)
ふと、救護騎士団の団長、ミネのことを思い出した。
(……まだ、連絡はないか)
手紙は預けてあるし、急ぎではないと伝えている。
……ただ。
(……セイア、本当に無事なんだよな?)
原作では生きていた。
だが、エデン条約を延期したことで、何かが変わっている可能性もある。
これまでは安全を優先して、ミネからの連絡を待っていたけど……。
(……そろそろ、生存だけでも確認しておきたいな)
……まあ、焦って動いても仕方ないか。
(……まあ、そのうち会えるだろ)
そう考え、次の書類を手に取った。
……さて。
こっちも確認しておくか。
◇
――それから、しばらくして。
「……よし」
確認を終えた書類を、机の右側へ移す。
これで、今日中に処理する必要があったものは、ひとまず片づいた。
……まあ。
明日になれば、また増えるんだろうけど。
(……仕事って、そういうものだよなぁ)
俺は椅子にもたれかかった。
……少し、疲れた。
だが、もう一つ確認しておきたいことがある。
引き出しを開け、一冊の資料を取り出した。
そこには、これまで準備してきたことがまとめてある。
先生への協力依頼。
ミカとの相談。
ヒナにお願いした調査。
ツルギとの約束。
そして、ミレニアムで手に入れたもの。
(……少しずつ、準備は進んできたな)
最初は、ほとんど何もなかった。
原作知識と、ナギサの日記。
それだけを頼りに、これから何が起こるのか考えるしかなかったんだ。
だが、今は違う。
協力してくれる人も増えた。
必要なものも、少しずつ揃ってきている。
ミレニアムから届いた二つの荷物も、その一つだ。
追加で注文していた品と、エンジニア部に特注した小型機械。
どちらも、今後の計画に必要になるものだ。
(……しかし、よく作ってくれたよなぁ)
特に機械の方。
こちらの細かい要望にも、きちんと応えてくれた。
無線通信機能を付けないようお願いしたことも含めて、随分と手間をかけさせてしまったと思う。
……まあ。
余計な機能が付いていたら、それこそ困るんだけどさ。
何せ、俺が考えているのは――。
(……アリウス自治区への潜入、だからな)
俺は資料の一枚を取り出した。
そこには、簡単な地下通路の図が描かれている。
……カタコンベ。
アリウス自治区へ続く、巨大な地下迷宮。
原作でも、その全貌は明らかになっていなかった。
何百もの入口。
一定周期で変わる道順。
そして、アリウスの生徒たちですら、暗号化された地図を渡されなければ正しい経路が分からないという徹底ぶり。
(……厄介なんだよなぁ)
ただ。
俺には、一つ気になっていることがあった。
そして、その疑問については、以前サクラコさんとウイに会った時にも話していた。
◇
――数日前。
その日は、学園内の資料室に用事があった。
必要な確認を終えて廊下を歩いていると、不意に聞き覚えのある声がしたんだ。
「……ですから、どうか落ち着いてください」
「お、落ち着けるわけがないでしょう……!」
……ん?
何だ、この会話。
声のした方へ視線を向ける。
廊下の奥。
人通りの少ない一角に、二人の少女がいた。
一人は、シスターフッドの歌住サクラコ。
そして、もう一人。
長い髪に、少々くたびれた雰囲気の少女。
(……あれって)
俺は、思わず足を止めた。
(……ウイじゃん)
古関ウイ。
トリニティの図書委員長。
古い書物や歴史資料に関しては、非常に頼りになる人物だ。
……そういえば。
先日、サクラコさんから、古い資料に詳しい方へ協力をお願いしたいと連絡があったんだった。
もちろん、俺は快く了承した。
……了承したんだけどさ。
(……まさか、こんな呼び出し方をするとは思わなかったぞ)
……うん。
後で、少しだけ話をしておこう。
……それはいい。
問題は、二人の様子だった。
「……な、何なんですか……? 突然、古書館まで来たかと思えば、こんな場所へ連れてきて……」
「重要なお話があるのです。ですが、他の方に聞かれるわけにはいきませんので」
「……そ、それが怪しいと言っているんです……!」
…………。
(……ああ)
……これは。
何だか、見覚えがあるぞ。
原作のイベント。
『隠されし遺産を求めて~トリニティの課外活動~』。
確か、あの時もサクラコさんがウイを呼び出して、色々と誤解を招いていたんだよな。
……いや。
あのイベントは、まだ先のはずだけど。
(……まさか、似たようなことをやってるのか?)
……あり得る。
あの人、真面目なんだけど、時々妙なところで不器用だからなぁ。
「……わ、私は知っているんですよ……!」
ウイが、震える声を上げた。
「……シスターフッドが、昔どのようなことをしていたのか……! 古い記録にも、色々と……!」
「……ウイさん」
「……ひっ!?」
「何か誤解をされているようですが、私たちはあなたに危害を加えるつもりはありません」
「……そ、そう言われて安心できるとでも……!?」
…………。
(……まあ、そうなるよな)
確かに、いきなりシスターフッドのトップに連れ出されたら、怖いだろう。
ましてや、ウイは古い歴史に詳しい。
シスターフッドに関する過去の記録も、色々と知っているはずだ。
……それにしても。
(……サクラコさん、もう少し普通にお願いできなかったのか?)
俺は、軽く咳払いをした。
「……お二人とも」
「……あっ、ナギサさん?」
「ひぃっ!?」
……おい。
ウイ、そんなに驚かなくても。
サクラコさんは、少し安心したような表情を浮かべた。
「ちょうどよいところに。実は……」
「……ええ。何となく、事情は察しました」
「……?」
サクラコさんが首を傾げる。
……いや。
たぶん、分かってないんだろうな。
「もしかして、以前お願いした資料調査の件でしょうか?」
「はい。古い文献に詳しい方のお力をお借りできればと思いまして」
……やっぱり。
俺がお願いした、アリウスの古い記録についての調査。
どうやら、それを進めるためにウイを呼び出したらしい。
「……それで、ウイさんにご相談を?」
「ええ。ただ、機密に関わる可能性がありましたので、こちらへお連れしたのですが……」
……うん。
言いたいことは分かる。
分かるんだけどさ。
(……完全に連行じゃないか)
俺は、内心で額を押さえた。
「……ウイさん」
「……ひっ」
「初めまして。桐藤ナギサです」
「……あ、あの……ティーパーティーの……?」
「ええ。ですが、どうかご安心ください」
俺は、できるだけ穏やかに微笑んだ。
「今回の件は、私からサクラコさんへお願いしたものなんです」
「……えっ?」
「古い資料について、詳しい方のお知恵をお借りしたいと思いまして」
「…………」
ウイが、俺とサクラコさんを交互に見つめる。
「……つまり……」
「はい?」
「……ティーパーティーとシスターフッドが、揃って私を……?」
…………。
(……あっ)
……逆効果だ、これ。
「い、いえ! 決して、そのようなことではありませんよ!?」
「……では、どうして……?」
「……少なくとも、無理に何かをお願いするつもりはありません」
俺は、改めて微笑んだ。
「ご協力いただけない場合は、お断りいただいて構いませんから」
「……本当に……?」
「ええ」
ウイは、しばらくこちらを疑わしそうに見つめていた。
……まあ。
すぐに信用してもらえないのは、仕方ないか。
すると。
「……ちなみに」
「はい?」
ウイが、おずおずと口を開いた。
「……探しているのは、どのような資料でしょうか……?」
……おっ。
少し興味を持ってくれたらしい。
「トリニティ成立以前から、その後しばらくの時代に関するものです」
「……その頃の資料でしたら、いくつか心当たりがあります……」
「本当ですか?」
「……ただ、保存状態が悪いものも多いですし……何について調べたいのかによりますが……」
……なるほど。
確かに、具体的な内容を伝えなければ、調べようがないよな。
俺は、二人へ視線を向けた。
「……その前に、ウイさんにもお伝えしておきたいことがあります」
「……何でしょう……?」
俺は、声を落とした。
「今回の調査は、単なる歴史研究ではありません」
「……え?」
「現在、アリウス分校がトリニティへ攻撃を仕掛けてくる可能性があると考えています」
「…………え?」
ウイの表情が固まった。
サクラコさんは、真剣な顔でこちらを見つめている。
「……ナギサさん。やはり、以前お話しされていた件なのですね」
「ええ」
俺は頷いた。
「まだ確証はありません。ですが、エデン条約の締結を妨害するため、調印の場を襲撃してくる可能性もあると考えています」
「……調印式を、ですか……?」
ウイが、目を見開いた。
「はい」
「……それは、かなり大変なことでは……」
「ええ。ですから、今のうちに備えたいんです」
もちろん。
俺は、原作で何が起こるのかを知っている。
だが、その知識を証拠として提示できるわけじゃない。
だからこそ、二人には可能性として伝えるしかない。
「……ウイさん」
「……は、はい……」
「このような事情ですので、無理にご協力をお願いするつもりはありません。お話を聞いたうえで、判断していただければと思っています」
「…………」
ウイは、しばらく黙り込んだ。
そして。
「……古い資料を調べるだけ、ですよね……?」
「ええ。危険な場所へ向かっていただくようなお願いはしません」
「……でしたら……」
ウイは、小さく頷いた。
「……資料を確認するくらいなら、できます……」
「ありがとうございます」
……よし。
これで、心強い協力者が一人増えた。
◇
――しばらくして。
俺たちは、ウイの案内で古書館へ移動していた。
高い書架。
古い紙の匂い。
そして、どこを見ても本、本、本。
(……すごい場所だな)
原作で見た時も思ったけど、実際に足を運ぶと圧倒される。
……というか。
これ、全部管理してるのか?
ウイ、すごいな。
「……こちらで、少しお待ちください……」
そう言い残すと、ウイは書架の奥へ消えていった。
……数分後。
何冊かの古い書物を抱えて戻ってきた。
「……お待たせしました……」
「ありがとうございます」
「……いえ。まだ、役に立つかどうかは分かりませんので……」
ウイは机の上へ資料を並べた。
そして、一冊の古い書物を開く。
「……これは、トリニティ成立以前の地下施設について記された資料です」
「……地下施設?」
「……はい。カタコンベに関する記述も、少しだけあります……」
……カタコンベ。
俺は、思わず机の上の古い本へ目を落とした。
(……いきなり本命じゃないか)
原作でも、最後まで明かされなかった地下迷宮の仕組み。
その手掛かりが、今、目の前にあるのかもしれない。
(……さて。俺の考えは、どこまで通用するんだろうな)
今回はウイの登場回でした!
サクラコさんは善意で動いているんですけどね……どうしてこうなった。
次回は、カタコンベの謎についてもう少し踏み込んでいきます。
引き続きお楽しみいただければ幸いです!