ナギが考えていたカタコンベの謎と、今後の計画について少し掘り下げていきます。
お楽しみいただければ幸いです!
「拝見してもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ……」
ウイが、古いページを慎重にめくる。
そこには、地下施設についての記録と、簡略化された通路の図が描かれていた。
ただし、全体の地図というわけではない。
あくまでも、当時の施設の一部を記録したものらしい。
「……こちらは、別の時期に書かれた記録です……」
ウイが、もう一冊の書物を開いた。
そこにも、地下施設についての記述がある。
……なるほど。
確かに、古い記録は残っているんだな。
原作でも、古代聖徒会が残したカタコンベの地図が登場していた。
だから、存在自体は知っている。
ただし、どこに保管されていたのか、詳しい場所までは覚えていない。
それに、原作で見つかった地図も、かなり傷んでいたはずだ。
(……ウイなら、何とかできるかもしれないな)
俺は、以前から考えていたことを思い出した。
「……お二人とも。一つ、仮説を聞いていただけますか?」
「……仮説、ですか?」
「はい」
俺は、机の上の資料を見つめた。
「カタコンベについては、現在でもその全貌が明らかになっていません。ですが、アリウス自治区へ通じる入口は非常に多く、そのうち実際に利用できるものは限られていると考えています」
「……ええ」
サクラコさんが頷く。
「そして、正しい入口や内部の経路は、一定周期で変化する可能性があります」
「……ちょ、ちょっと待ってください……」
「はい?」
「……ナギサ様は、どうしてそんなにカタコンベについて詳しいんですか……?」
ウイが、不思議そうにこちらを見つめた。
「……入口のことも、経路が変化することも……普通は、あまり知られていないはずですが……」
……ああ。
(……まあ、当然の疑問だよな)
何せ、俺の知識の大部分は原作から得たものだ。
そこに、自分なりの考察を加えているだけなんだから。
……とはいえ。
(……ティーパーティーの古い資料にも、それらしい記述はあったんだよな)
完全な嘘をつく必要はない。
「以前、ティーパーティーに保管されていた古い資料を調べたことがありまして」
「……ティーパーティーの、資料……?」
「ええ。カタコンベに関する断片的な記述が残されていたんです」
俺は、机の上の資料へ視線を向けた。
「ただ、詳しい仕組みまでは分かりませんでしたので、そこから私なりに推測した部分も多いのですが」
「……なるほど……」
ウイは、少し納得したように頷いた。
……よし。
どうやら、不審には思われなかったらしい。
「……ですが、経路が変化するというのは……本当に、そんなことが可能なのでしょうか……?」
「分かりません。ですが、もし本当に経路が変化するのだとしたら、私はその仕組みに疑問を持っています」
俺は、紙を一枚借りた。
そして、簡単な地下通路の図を描く。
「カタコンベは、数十キロに及ぶとも伝えられている広大な地下墓地です」
一本の線から、いくつもの枝を伸ばす。
「それほど巨大な施設の内部構造が、毎回完全に作り直されているのでしょうか?」
「…………」
「もちろん、キヴォトスには、私たちの理解を超えた神秘的な力が存在します。ですから、不可能だと決めつけるつもりはありません」
俺は、線の一部を指さした。
「ですが、もっと単純な仕組みでも、同じような現象は起こせるのではないでしょうか?」
「……単純な、仕組み……?」
「ええ」
俺は、紙の上に三本の経路を描いた。
そして、それぞれに文字を書き加える。
A。
B。
C。
「例えば、最初から三つの経路が存在していたとします」
「……はい……」
「今日はA。明日はC。その次はB」
俺は、それぞれの線を順番に指さした。
「そんなふうに、あらかじめ存在する経路のうち、通行できるものを切り替えているだけだとしたら?」
「…………」
ウイは、紙を見つめた。
「……なるほど……」
「実際の通路は変わらなくても、途中の扉や壁が開閉するだけで、利用できる道順は変化します」
俺は、もう一本の線を引いた。
「そして、もう一つ。神秘的な力によって、通路の接続先そのものが変化している可能性も考えています」
「……神秘的な力、ですか……」
「ええ。ただ、その場合でも、どこまで変化しているのかが問題になります」
俺は、机の上の資料へ視線を戻した。
「もし、通路のほとんどが毎回別の場所へつながり、固定された構造が存在しないのであれば、通常の地図はあまり役に立たないでしょう」
「……確かに……」
ウイが、小さく頷いた。
「……その場合、地図よりも、空間がどのように変化するのかを記録した資料の方が重要になりますね……」
「ええ」
……そうなんだよな。
仮に、数十キロ規模の地下迷宮が毎回まったく違う構造になるとしよう。
その場合、昔の地図を見つけたところで、今の道順が分かるとは限らない。
そもそも、そんな大掛かりな仕組みが建設当初から存在していたのなら。
(……普通の地図を残す意味って、どれくらいあるんだ?)
もちろん、建設時の設計図や、管理のための記録は必要だろう。
だが、それなら通路の変化そのものを記録した資料が残されている可能性もある。
「……つまり」
サクラコさんが、俺を見つめた。
「ナギサさんは、地下通路そのものは、ある程度固定されているとお考えなのですね?」
「はい。現時点では、その可能性を最も高く考えています」
俺は頷いた。
「ただし、今ある資料だけでは判断できません」
「……そうなのですか?」
「ええ。ここに描かれているのは、地下施設のほんの一部ですから」
俺は、ウイが広げてくれた古い図を指さした。
「これだけでは、他の通路とどのようにつながっていたのかも分かりません」
……そう。
現時点で見つかっているのは、断片的な記録だけだ。
それも、当時の施設のごく一部を描いたものにすぎない。
これを根拠に、迷宮全体の仕組みまで判断するのは無理がある。
……だが。
(……もし、本格的な地図が見つかったら話は別だ)
例えば、カタコンベ全体を描いた地図。
そこに、複数の経路や、通路を切り替えるための構造が記されていたとしたら。
あるいは、異なる時代に作られた地図を比較しても、主要な通路の配置が変わっていなかったとしたら。
(……俺の仮説を、かなり補強できるかもしれない)
もちろん、地図が存在するだけで証明できるわけではない。
神秘的な力によって通路の接続が変化している場合でも、元となる施設の地図が残されている可能性はある。
だが、少なくとも、比較する材料にはなるはずだ。
「……ですので、できればもう少し大きな範囲を記録した地図が欲しいんです」
「……なるほど……」
ウイは、机の上の資料を見つめた。
「……今あるものでは、判断するには不十分ということですね……」
「ええ。そのとおりです」
ウイは、しばらく考え込んでいた。
そして、改めて資料を見比べ始めた。
「……ただ、一つ気になることがあります……」
「……おや?」
「……仮に、複数の固定された経路を切り替えているのだとしたら……」
ウイは、紙に描かれたA、B、Cを見つめた。
「……その経路を、どのように生徒たちへ伝えているのでしょうか……?」
……おっ。
そこに気づくか。
「……実は、私も気になっていたんです」
俺は、紙の上の図を指さした。
「仮に、正しい経路が暗号化されて伝えられているとします」
「……はい……」
「それほど広大な地下迷宮です。もし毎回まったく違う道順を一から暗号化しているのなら、相当な情報量になるのではないでしょうか?」
「……そうですね……」
ウイは、少し考え込んだ。
「……分岐の数にもよりますが、すべての道順を個別に指定するのであれば、内容は長くなるでしょうね……」
「ええ。しかも、それを受け取る側も解読しなければなりません」
俺は、机の上の地図を見つめた。
「もし長大で複雑な暗号を使用しているのなら、専用の解読装置を持たせる方法も考えられますが……」
「……それも、危険ですね……」
ウイが、すぐに頷いた。
「……装置や解読に必要な情報を敵に奪われてしまったら、秘密の経路が知られてしまいます……」
「……確かに」
サクラコさんが、口を開いた。
「アリウス自治区が長年発見されなかったことを考えると、そのような情報を多くの生徒に持たせるのは危険ですね」
「ええ」
俺は頷いた。
もちろん、解読装置を持っていたとしても、別の認証が必要な可能性はある。
だが、それなら今度は、その認証情報をどう管理するのかという問題が出てくる。
……となると。
「……やはり、複数の固定された経路が存在すると考えた方が、管理しやすそうですね」
ウイが、ぽつりと呟いた。
「……例えば、最初からいくつかの経路を記録しておいて……」
ウイは、俺の描いたA、B、Cを指さした。
「……その中から、その日に使用する経路を選ぶだけなら、長い暗号を毎回作る必要はありません……」
「ええ。そのとおりです」
俺は、思わず微笑んだ。
「しかも、使用する経路の情報を管理する人間も、少数で済みますね」
「……はい……」
ウイは、小さく頷いた。
「……あらかじめ全体の経路を把握している人がいて、その人たちが使用する道順を選んでいるのかもしれません……」
……なるほど。
すべての道を把握している管理者が、何人かいる。
その人たちが、利用する経路を選択する。
そして、末端の生徒たちには、その日に必要な地図だけを渡す。
これなら、仮に一つの地図が奪われたとしても、別の経路へ切り替えればいい。
自治区全体の構造まで知られる危険も少ない。
(……かなり合理的だな)
ただ。
「……もちろん、別の可能性もあります……」
ウイが、付け加えた。
「……何らかの規則を使って、経路を指定しているのかもしれません。ですので、固定された経路があるとまでは断定できませんが……」
「ええ。それは承知しています」
俺は頷いた。
「ですが、今はこの仮説を優先して調べる価値があると思っています」
……そう。
現時点で、仕組みを断定することはできない。
神秘的な力によって通路の接続が変わっている可能性も、十分に残っている。
それでも。
もし、詳細な地図や通路の管理記録が見つかれば、どちらの仮説が正しいのか判断する手掛かりになるだろう。
「……ウイさん」
「……はい……?」
「可能であれば、カタコンベ全体を描いたような、大きな地図を探していただけませんか?」
「……全体の、地図……」
「ええ。今ある部分的な資料ではなく、地下迷宮の広い範囲を記録したものです」
俺は、机の上の図を指さした。
「特に、複数の経路が記された地図や、通路の閉鎖、切り替えに関する記録があれば、非常に助かります」
「……なるほど……」
ウイは、少し考え込んだ。
「……もし、本格的な地図が残されているのなら、今のお話を確かめる材料になるかもしれませんね……」
「ええ。私もそう考えています」
「……でしたら、古代聖徒会の記録も調べてみる価値がありそうですね……」
「……古代聖徒会、ですか?」
「……はい。カタコンベに関する資料が、そちらに残されている可能性があります……」
……おお。
来たな。
(……やっぱり、そっちを探すのがよさそうだな)
原作で見つかった地図も、古代聖徒会が残したものだった。
ならば、同じ資料にたどり着けるかもしれない。
……それに。
(……もし、原作のあの地図が見つかれば……)
俺の考察を裏付ける手掛かりになるかもしれない。
もちろん、古い地図だけですべてが分かるとは限らない。
それでも、今ある断片的な資料よりは、ずっと多くのことを確かめられるはずだ。
「……ただし」
ウイが、こちらを見つめた。
「……仮に大きな地図が見つかったとしても、現在の経路が分かるとは限りません……」
「ええ。承知しています」
「……それでも、よろしいのですか……?」
「もちろんです」
俺は、微笑んだ。
「今は、分からないことを一つずつ減らしていきたいんです」
「…………」
ウイは、しばらく黙っていた。
やがて、机の上の資料へ目を戻す。
「……分かりました。探してみます……」
「ありがとうございます!」
……よし。
これで、少なくとも調査の方向性は定まった。
◇
……さて。
調査の方針が決まったところで。
もう一つ、説明しておかなければならないことがある。
「……サクラコさん」
「はい?」
「仮に、私の仮説が正しかったとしても、大きな問題が一つ残ります」
「……問題、ですか?」
俺は、紙に描いたA、B、Cの線を指さした。
「たとえ三つの経路が存在すると分かっても、今日どの経路が使われているのかは分かりません」
「……ああ」
ウイが、納得したように頷いた。
「……確かに、そうですね……」
「過去の地図に正しい道順が記されていたとしても、それが現在も通れるとは限りません」
それこそ、原作のアズサがそうだった。
以前使っていた道を知っていても、現在の経路が分からなければ自治区へは戻れない。
つまり。
(……やっぱり、一度は内部に入る必要がある)
ただし。
俺が必要としているのは、単に自治区へ到達する方法じゃない。
仲間を安全に送り込める道。
そして、万が一の時に撤退できる道だ。
もし内部に入った後で経路が切り替わってしまえば、帰り道を失うかもしれない。
……だからこそ。
「最終的には、自治区の内部で経路を管理している仕組みを調べる必要があると考えています」
「……内部で、ですか?」
「ええ」
俺は頷いた。
「固定された経路を切り替えているのであれば、その管理方法。神秘的な力で変化しているのなら、その規則性や、現在の経路を把握するための情報です」
どちらの仮説が正しかったとしても、目的は変わらない。
重要なのは、帰り道を確保できるかどうか。
「……ですが、ナギサさん」
サクラコさんが、真剣な表情でこちらを見つめた。
「それには、まず自治区へ到達しなければなりませんよね?」
「……ええ」
「現在の経路すら分からない状態で、どうやって内部へ?」
……ああ。
当然の疑問だよな。
だが、その点については、既に答えを用意している。
「……自治区へ入るだけでしたら、方法はあります」
「……方法、ですか?」
「はい」
俺は、静かに頷いた。
「古い地図が見つからなくても、経路が変化する仕組みを解明できなくても、一度だけなら自治区へ到達できると考えています」
「……それは、随分と自信がおありなのですね」
サクラコさんが、少し驚いたように目を見開いた。
「ええ。もちろん、必要な条件はありますが……」
俺は、微笑んだ。
「その条件さえ整えば、ほぼ確実に通用するはずです」
「…………」
ウイが、こちらを見つめる。
「……そ、そんな方法があるんですか……?」
「ふふっ。少々、特殊な方法ではありますが」
……そう。
これは、地図を見つけることを前提とした方法じゃない。
経路を管理している装置が存在するかどうかも、関係ない。
今考えている二つの仮説が、どちらも外れていたとしても。
(……一度なら、行ける)
少なくとも、俺はそう判断している。
そして、その判断には理由がある。
単なる思いつきでも、運任せの賭けでもない。
必要な条件も、想定している問題も、既に洗い出してある。
もちろん、絶対とは言えない。
……だが。
(……ここまで準備してきたんだ。十分に勝算はある)
俺は、二人へ視線を戻した。
「ただ、具体的な方法については、もう少し準備が整ってからお話しさせてください」
「……承知しました」
サクラコさんは、静かに頷いた。
……だが、その表情は少し硬い。
「……ですが、ナギサさん」
「はい?」
「以前、お約束したことは覚えていらっしゃいますか?」
……ん?
「……お約束、ですか?」
「ええ。自治区への手掛かりが見つかったとしても、十分な準備をせずに向かわない、と」
…………。
(……ああ、あれか)
そういえば、以前そんな約束をしたな。
「ええ。もちろん覚えていますよ」
「……本当ですか?」
「ほ、本当ですよ?」
……何だろう。
以前にも、こんなやり取りをした気がする。
「でしたら、今回も同じです」
サクラコさんは、真剣な表情で続けた。
「たとえ自治区へ入る方法が見つかっていたとしても、それだけで安全が保証されるわけではありません」
「……ええ。そのとおりです」
「どうか、お一人で無理をなさらないでくださいね」
…………。
(……俺が一人で行くとは、まだ言ってないんだけどな)
……いや。
どうにも、考えていることを見透かされている気がする。
もっとも、今回は俺一人で向かうつもりじゃない。
必要な人員を揃え、協力してくれる人たちにも役割をお願いする予定だ。
……ただし。
俺自身が、どこまで危険を冒すつもりなのか。
それについては、まだ話せない。
「ご心配ありがとうございます。十分な準備を整え、協力してくださる方々とも相談したうえで判断するつもりです」
「……そうですか」
サクラコさんは、少しだけ表情を和らげた。
「それでしたら、私たちにもできることがあるかもしれません。どうか遠慮なくご相談ください」
「ええ。ありがとうございます」
……ふぅ。
何とか、納得していただけたらしい。
……まあ。
(……あまり心配をかけないようにしないとな)
そう思いながら、俺は小さく頷いた。
もっとも。
実際に動く時には、改めて協力をお願いすることになるかもしれない。
特に、自治区から出たいと望む生徒たちの受け入れについては、サクラコさんの力が必要になるだろう。
……その時までに、できることは進めておきたい。
「……あの……」
そこで、ウイがおずおずと口を開いた。
「……先ほど、アリウスが攻撃してくる可能性があるとおっしゃいましたが……」
「……ええ」
「……その、私が調べたことで、何か変わるのでしょうか……?」
俺は、ウイへ向き直った。
「変わると思います」
「……え?」
「たとえ今すぐ自治区の場所が分からなくても、過去の経路が分かれば、入口の候補を絞り込めるかもしれません」
俺は、机の上の古い資料を指さした。
「そして、何より重要なのは、こちらの防衛体制を整えやすくなることです」
「……防衛体制、ですか……?」
「ええ。仮にアリウスが攻撃を仕掛けてくるとしても、いつ、どこから現れるのかは分かりません」
俺は、紙に描いた地下通路の図を見つめた。
「そのような状況では、どこを重点的に守るべきなのか判断することも難しくなります」
「……確かに……」
「ですが、相手が利用できる入口や経路の候補が分かれば、警備を配置する場所も絞り込めます」
サクラコさんが、頷いた。
「……なるほど。襲撃そのものを想定したうえで、守りを固めるための情報ということですね」
「ええ。そのとおりです」
……そう。
相手がいつ攻撃を仕掛けてくるのか分からない以上、すべての場所へ十分な戦力を配置するのは難しい。
それでも、攻撃に使われる可能性のある経路が分かれば、守り方を考えられる。
少なくとも、何も分からないまま迎え撃つより、ずっと有利になるだろう。
「ウイさんの知識が、多くの方を守ることにつながるかもしれません」
「…………」
ウイは、目を伏せた。
「……そんな大げさな……」
「ふふっ。大げさではありませんよ」
俺は、微笑んだ。
「ですが、危険な場所へ向かっていただくつもりはありません。できる限り、安全な場所で資料を調べていただければと思っています」
「……それなら……」
ウイは、少しだけ表情を和らげた。
「……古い資料を探すくらいでしたら、できます……」
「ありがとうございます」
「……ただし、すぐに見つかるとは限りませんからね……」
「ええ。もちろんです」
……よかった。
これで、心強い協力者が一人増えた。
サクラコさんも、安心したように微笑んでいた。
「ナギサさん。こちらでも、引き続き協力いたします」
「ありがとうございます。サクラコさん」
「……アリウスによる襲撃の可能性についても、シスターフッドとして備えておく必要がありますね」
「ええ。ですが、現時点では確証がありません。どうか、このお話は必要な方だけにとどめていただけると助かります」
「承知しました」
サクラコさんが頷いた。
……うん。
これで、アリウスへの備えも少しは進むだろう。
俺は、机の上の古い資料を見つめた。
(……頼んだぞ、ウイ)
固定された経路が、本当に存在するのか。
それとも、俺の予想が完全に外れているのか。
まだ分からない。
だが、少なくとも確かめる方法は見えてきた。
……それにしても。
「ナギサさんのおかげで、無事にお話がまとまりましたね」
「……ええ。そうですね」
俺は、何とか笑顔を保った。
(……次からは、もう少し普通に呼び出してくださいね)
……まあ。
さすがに、それを本人へ言うのはやめておいた。
◇
――現在。
(……あれから、調査は進んでるんだろうか)
俺は、机の上の資料を見つめた。
ウイと話した、カタコンベの経路についての仮説。
複数の固定された経路を切り替えているのではないかという考え。
そして、神秘的な力によって通路の接続先そのものが変化している可能性。
どちらにしても、調べるべきことは変わらない。
(……今、どの道が通れるのか。それを知る方法が必要なんだよな)
原作でも、アリウスの生徒たちは、その時点で利用できる経路を教えられていた。
つまり、内部には何らかの管理情報があるはずだ。
……問題は。
(……その情報を、どうやって手に入れるか)
いや。
自治区へ入る方法なら、既に考えてある。
古い地図も、迷宮の仕組みも、その方法を実行するためには必要ない。
条件さえ揃えば、一度の進入はほぼ確実に成功すると考えている。
……だが。
(……問題は、その後なんだよな)
入れたからといって、帰れる保証はない。
もし、内部にいる間に経路が切り替われば、行きに使った道が通れなくなる可能性もある。
……だからこそ。
自治区の内部で、現在の経路を把握する方法を調べる必要がある。
固定された経路を切り替える仕組みがあるのか。
それとも、神秘的な力で通路が変わっているのか。
仕組みそのものが分かれば、次に取るべき行動も見えてくるだろう。
(……それに、古い地図も手に入れば心強いな)
ウイの調査が上手くいけば、それだけ選択肢も増える。
特に、カタコンベ全体の構造が記された地図が見つかれば、俺の仮説を確かめる大きな手掛かりになるはずだ。
もちろん、それだけですべてが分かるとは限らないけど。
何も知らずに迷宮へ入るよりは、遥かにいい。
……ただ。
ここで一つ、忘れてはいけないことがある。
(……一度きり、なんだよな)
何度も安全に出入りできる方法があるわけじゃない。
だからこそ、最初から必要な準備を済ませておく必要がある。
俺一人で潜り込んだところで、できることには限りがある。
自治区の外側で安全を確保してくれる人員。
万が一の時に、仲間を守ってくれる戦力。
そして、内部へ入って情報を集める少数の人間。
役割を分ける必要がある。
……特に。
カタコンベの出口付近に、安全な場所を確保できれば大きい。
そこを拠点にできれば、内部で何か起きた時にも対応しやすくなる。
もちろん、自治区へ突然大人数で押しかければ、相手を刺激する可能性もある。
だからこそ、慎重に進めなければならない。
(……できれば、戦わずに済ませたいんだけどな)
原作のアリウスを思い出す。
あの子たちだって、好きであんな生活をしているわけじゃない。
ベアトリーチェに利用され、憎しみを教え込まれてきた生徒たち。
できることなら、彼女たちにも別の未来を選んでほしい。
……そのためには。
(……そういえば、サクラコさんにも言われたな)
助ける側の善意が、必ずしも相手にとって救いになるとは限らない。
だからこそ、あの子たち自身の意思も大切にしないと。
ただ安全な場所へ連れ出せば、それで終わりというわけじゃない。
彼女たちが、この先どう生きたいのか。
それを、自分で選べるようにしなければ。
……そして。
(……まずは、あの女の支配を終わらせないとな)
俺は、資料を閉じた。
まだ、やるべきことは多い。
だが、今のところ計画は少しずつ前進している。
……よし。
それなら、今日も準備を進めるとしよう。
俺は立ち上がり、部屋の奥にある収納棚へ視線を向けた。
そこには、まだ一度も外で使っていない、とある品がしまってある。
(……さて)
必要な時に、確実に使えるようにしておかないとな。
俺は、棚の鍵を取り出した。
今回はカタコンベについて、ナギなりの考察をしてみました。
果たして、この仮説は正しいのでしょうか?
そして次回は、別の準備を進めるナギのお話です。
……少々、予想外のことが起こるかもしれません。
引き続きお楽しみいただければ幸いです!