お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

4 / 11
4話目です!

今回はハナコとアズサの面談です。

楽しんでもらえたら嬉しいです!


隠された本心と、普通の幸せ

 ――午後一時三十分。

 

「……ふふっ。ナギサ様に直接お呼びいただけるなんて、光栄です」

 

 三人目の面談相手が、柔らかな笑みを浮かべながら椅子に腰を下ろした。

 

 桃色がかった長い髪。

 

 上品な雰囲気。

 

 そして、どこか人を試すような瞳。

 

(……ハナコだ)

 

 浦和ハナコ。

 

 原作でも屈指の頭脳を持ち、補習授業部の中でも特に重要な役割を果たす少女。

 

 その頭の回転の速さは、俺もよく知っている。

 

 さらに、彼女にはもう一つ厄介な特徴があった。

 

(……たしか、人をからかうのが大好きなんだよな)

 

 独特な言い回しで相手を困惑させ、その反応を楽しむ。

 

 原作でも、何度となく見てきた光景だった。

 

(……変に反応したら、絶対に遊ばれる)

 

 ただでさえ、今の俺は中身が男だ。

 

 そんなことを悟られれば、何を言われるか分かったものではない。

 

(……よし。ここは冷静に対応しよう)

 

 俺は表情を整えた。

 

「……浦和ハナコさんですね」

 

「はい。お会いできて嬉しいです、ナギサ様」

 

「こちらこそ。本日は学業について、少しお話を伺いたくて」

 

「まあ。私のお勉強について、ですか?」

 

「はい」

 

「ふふっ。それでしたら、私も色々と教えていただきたいことがあります」

 

「……教えていただきたいこと?」

 

「ええ。例えば……二人きりで行う、特別授業について、とか♡」

 

(……来た!)

 

 予想通りだった。

 

 ハナコは柔らかく微笑みながら、こちらの反応を窺っている。

 

 こういうとき、まともに動揺してしまえば相手の思うつぼだ。

 

 かといって、同じようにからかい返せば、余計に話が長くなるかもしれない。

 

(……だったら、こうしよう)

 

 俺は、できるだけ何も分かっていないような笑顔を浮かべた。

 

「ええ、もちろんです」

 

「……え?」

 

「個別指導ということですね。確かに、一対一の方が苦手な分野を重点的に教えられますから」

 

「…………」

 

「ただ、私も準備が必要ですので、まずは苦手科目を教えていただけますか?」

 

 ハナコの笑顔が固まった。

 

「……あの、ナギサ様?」

 

「はい?」

 

「……私が申し上げたのは、そういうお勉強ではなくてですね……」

 

「……?」

 

 俺は不思議そうに首を傾げた。

 

(……もちろん、分かってるけどな)

 

 しかし、ここで表情を崩してはいけない。

 

「もしかして、勉強の仕方そのものについてでしょうか?」

 

「……えっ?」

 

「でしたら、まずは普段の学習時間から見直してみましょうか。効率的な勉強方法でしたら、私も多少はお力になれると思いますよ」

 

「…………」

 

 ハナコが珍しく言葉を失っている。

 

(……よし、効いてるな)

 

 俺は内心で笑いながら、さらに続けた。

 

「それとも、もっと高度な内容をご希望でしょうか?」

 

「……こ、高度な内容?」

 

「はい。ハナコさんは非常に優秀だと伺っていますので、通常の授業では物足りないのかもしれませんね」

 

「…………」

 

「必要でしたら、上級生向けの教材もご用意しますよ」

 

 ハナコは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

 

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

「……ナギサ様」

 

「はい?」

 

「……もしかして、本当に分かっていらっしゃらないのですか?」

 

(……いや、もちろん分かってる)

 

 ここで認めたら台無しだ。

 

 俺は何食わぬ顔で微笑んだ。

 

「……? 何のことでしょう?」

 

「…………」

 

「お勉強のお話でしたよね?」

 

「……っ」

 

 ハナコは一瞬だけ口を開きかけた。

 

 しかし、何かを言おうとして、すぐに閉じる。

 

 そして、困ったように笑った。

 

「……ふふっ。そうですね。お勉強のお話でした」

 

「ええ」

 

「……ナギサ様は、思っていたよりずっと真面目な方なのですね」

 

「そうでしょうか?」

 

「はい。もう少し違う反応をしていただけるかと思ったのですが……」

 

 ハナコは少しだけ残念そうに呟いた。

 

(……なるほど。やっぱり反応を楽しみにしていたわけか)

 

 しかし、俺は最後まで表情を崩さない。

 

「ふふっ。何かご期待に添えなかったのでしょうか?」

 

「……いえ」

 

 ハナコは小さく首を振った。

 

「むしろ、少し驚いてしまいました」

 

「そうですか?」

 

「はい。……ふふっ」

 

 彼女は改めて俺の顔を見つめた。

 

 その瞳が、少しだけ細められる。

 

「……ところで、ナギサ様」

 

「はい?」

 

「本当に、何も分かっていらっしゃらないんですか?」

 

(……おっと)

 

 どうやら、少し疑われているらしい。

 

 さすがに、何度も同じ方法でかわすのは難しいかもしれない。

 

 だが。

 

「……?」

 

 俺は再び首を傾げた。

 

「申し訳ありません。私、何かおかしなことを申し上げましたか?」

 

「…………」

 

 ハナコは、じっと俺の顔を見つめていた。

 

 数秒間の沈黙。

 

 そして。

 

「……ふふふっ」

 

 小さく笑い始めた。

 

「……これは、一本取られましたね」

 

「……?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 ハナコは楽しそうに微笑んだ。

 

「ナギサ様って、案外意地悪な方なのかもしれませんね」

 

「……そうでしょうか?」

 

「ふふっ。さあ、どうでしょう?」

 

(……バレたか?)

 

 俺は内心で苦笑した。

 

 どうやら、完全に騙せたわけではないらしい。

 

 それでも、少なくとも彼女のからかいを封じることには成功したようだ。

 

(……まあ、悪くない結果だな)

 

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

「……はい。そうですね」

 

 ハナコも姿勢を正した。

 

 ただ、その口元には、まだ少し楽しそうな笑みが残っていた。

 

(……この子、絶対に面白がってるな)

 

 俺は何とか平静を保った。

 

「以前のあなたは、非常に優秀な成績を収めていたそうですね」

 

「昔のことですよ」

 

「しかし、現在の成績は大きく低下しています」

 

「そうですねぇ。最近は、お勉強が苦手になってしまいまして」

 

「……本当に?」

 

 そう尋ねると、ハナコの笑みが少しだけ変わった。

 

「……どういう意味でしょう?」

 

「一年生の頃の成績を確認しました。これほど優秀だった方が、突然ここまで成績を落とすのは不自然です」

 

「…………」

 

「何か、理由があるのではありませんか?」

 

 ハナコは、しばらく俺の顔を見つめていた。

 

 その瞳から、先ほどまでの楽しげな雰囲気が消えていく。

 

「……ナギサ様は、私を疑っていらっしゃるのですか?」

 

(……鋭いな)

 

 少しの会話で、そこまで察するのか。

 

 さすがは浦和ハナコ。

 

 しかし、ここで追及するつもりはなかった。

 

「……いいえ」

 

「……?」

 

「私は、あなたが何か困っているのではないかと思っているのです」

 

「…………」

 

「成績が落ちた理由が、単なる学力の問題とは思えませんから」

 

 ハナコは少し驚いたように目を見開いた。

 

「……困っている、ですか」

 

「ええ」

 

「…………」

 

 彼女はしばらく黙り込んだ。

 

 そして、ゆっくりと微笑んだ。

 

「……ふふっ。ナギサ様は、お優しいのですね」

 

「そうでしょうか?」

 

「はい。ですが……」

 

 ハナコは、こちらを真っ直ぐに見つめた。

 

「優しさだけでは、解決できないこともありますよ?」

 

「……そうですね」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「ですから、私もあなたのことをもっと知りたいのです」

 

「…………」

 

「無理にお話しいただく必要はありません。ただ、もし誰かに相談したくなったら、私もその一人に加えていただけると嬉しいですね」

 

 ハナコの表情が、ほんの少しだけ変わった。

 

「……それは、ティーパーティーのホストとしてのお言葉ですか?」

 

「……そうですね」

 

 少し考えたあと、俺は微笑んだ。

 

「一人の生徒を心配する、桐藤ナギサとしての言葉です」

 

「…………」

 

 ハナコは、しばらく何も言わなかった。

 

 そして、小さく笑った。

 

「……変わった方ですね」

 

(……まあ、中身は別人だからな)

 

 心の中で苦笑する。

 

「……ところで、ハナコさん」

 

「はい?」

 

「今後、補習授業部という新しい部活動を設立する予定です」

 

「補習授業部、ですか?」

 

「ええ。学業に問題を抱えている生徒を集め、特別な試験を受けていただく予定です」

 

「……ふふっ」

 

 ハナコは、なぜか楽しそうに笑った。

 

「それは、面白そうですね」

 

「そうですか?」

 

「はい。どのような方々とご一緒できるのか、楽しみです」

 

(……やっぱり、この子は)

 

 恐らく、何かを察している。

 

 ただ、少なくとも現時点では、原作との大きな違いは見当たらない。

 

 ハナコは相変わらず優秀で、相変わらず本心を隠している。

 

(……でも、それでいい)

 

 この子が自分の才能を隠す必要がなくなるように。

 

 何より、心から信頼できる友人を作れるように。

 

(……補習授業部で、少しでも変わってくれたらいいな)

 

「詳細は、後日お知らせします」

 

「はい。楽しみにしていますね、ナギサ様」

 

 ハナコは立ち上がった。

 

 そして、扉へ向かいかけたところで足を止める。

 

「……ああ、そうそう」

 

「はい?」

 

「ナギサ様こそ、少しお休みになった方がよろしいのでは?」

 

「……え?」

 

「ふふっ。今日は少し、顔色が優れないようでしたので」

 

(……またか!)

 

 ヒフミに続き、ハナコまで。

 

「……ご心配ありがとうございます。少し疲れているだけですので」

 

「そうですか」

 

 ハナコは柔らかく微笑んだ。

 

「でしたら、どうかご自愛くださいね」

 

「……ええ」

 

 その言葉を残して、彼女は部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

「…………」

 

 数秒間の沈黙。

 

 そして。

 

「……はぁぁぁぁ……!」

 

 俺は机に突っ伏した。

 

(……疲れた……!)

 

 いや、本当に。

 

 何とか平然とした態度を保てたとは思う。

 

 だが、あの子の前で演技を続けるのは、想像以上に大変だった。

 

(……あれ、途中から絶対に疑ってたよな)

 

 最後の方なんて、明らかにこちらの反応を観察していた。

 

 もしかすると、わざと天然を装っていたことも見抜かれていたのかもしれない。

 

(……まあ、いいか)

 

 少なくとも、面談そのものは無事に終わった。

 

 それに、ああいう冗談を交わせる程度には、悪い印象を持たれなかったようだ。

 

 しかし、ハナコは原作でも重要な人物だ。

 

 彼女の存在がなければ、補習授業部は何度も危機に陥っていたはずだ。

 

 それに、彼女自身もまた、トリニティの複雑な事情に苦しんでいた。

 

(……絶対に、この子にも幸せになってもらいたい)

 

 そう強く思った。

 

     ◇

 

 ――午後三時。

 

 最後の面談相手は、白洲アズサだった。

 

 最近、トリニティへ転入してきた少女。

 

 そして、原作ではアリウス分校から送り込まれた潜入者でもある。

 

(……アズサか)

 

 彼女がエデン条約編で果たす役割は非常に大きい。

 

 しかし、だからといって、今すぐ正体を暴くつもりはなかった。

 

 むしろ、彼女が補習授業部へ入り、ヒフミたちと出会うことが重要だ。

 

(……ここでアズサを排除したら、原作のような友情は生まれないかもしれない)

 

 そう考えていると、扉がノックされた。

 

「……失礼します」

 

 銀色の髪。

 

 どこか無機質な表情。

 

(……アズサだ)

 

 白洲アズサ。

 

 彼女は室内へ入ると、一瞬だけ周囲へ視線を向けた。

 

 窓。

 

 扉。

 

 部屋の隅。

 

(……退路を確認しているのか?)

 

 その仕草は、普通の学生とは明らかに違っていた。

 

「白洲アズサさんですね。どうぞ、お掛けください」

 

「……分かった」

 

 アズサは椅子に腰を下ろした。

 

 背筋は真っ直ぐ。

 

 表情に変化はない。

 

 しかし、こちらを警戒していることは伝わってきた。

 

「本日は、転入後の生活について確認させていただきます」

 

「……分かった」

 

「最近、他の生徒との間で問題があったと聞いています」

 

「…………」

 

 アズサの表情が硬くなった。

 

「何か、事情があるのでしょうか?」

 

「……必要だった」

 

「必要?」

 

「あの状況では、ああするしかなかった」

 

(……やっぱり、原作通りか)

 

 原作では、アズサが正義実現委員会と衝突した背景には、いじめを受けていた生徒を助けたことが関係していた。

 

 しかし、その事情は周囲に正しく伝わっていなかった。

 

(……ここで全部知ってるようなことを言ったら、不自然だよな)

 

 俺は書類に目を落とした。

 

「……そうですか」

 

「…………」

 

「事情があることは分かりました。ですが、次に同じようなことが起きたときには、できれば周囲の方々に相談してください」

 

「……相談?」

 

「はい。あなた一人ですべてを解決する必要はありませんから」

 

 アズサは少し首を傾げた。

 

「……だが、誰も助けてくれなかったら?」

 

「そのときは、私に相談してください」

 

「…………」

 

 アズサが目を見開いた。

 

「……ナギサに?」

 

「ええ」

 

「…………」

 

 彼女はしばらく黙り込んだ。

 

 そして、小さく呟いた。

 

「……覚えておく」

 

(……よかった)

 

 少なくとも、悪い印象は持たれていないようだ。

 

「それと、学業についてですが……」

 

「……ああ」

 

「転入前と現在では、授業の進度が異なるようですね」

 

「……そうだ」

 

「慣れるまでは大変だと思います。分からないことがあれば、遠慮なく質問してくださいね」

 

「……分かった」

 

 俺は微笑んだ。

 

「今後、補習授業部という新しい部活動を設立する予定です。あなたにも参加していただく可能性があります」

 

「……補習授業部?」

 

「はい。他にも複数の生徒が参加することになります」

 

 アズサは少し考え込んだ。

 

「……分かった」

 

「……よろしいのですか?」

 

「必要なら、従う」

 

 あまりにもあっさりした返答だった。

 

(……まあ、アズサらしいか)

 

 ただ、俺は一つだけ確認しておきたいことがあった。

 

「……アズサさん」

 

「……何だ?」

 

「トリニティでの生活について、何か希望はありますか?」

 

「…………」

 

 アズサは少し驚いたように目を見開いた。

 

 そして、しばらく考え込む。

 

「……普通の学校生活」

 

「……普通の?」

 

「……ああ」

 

 彼女は窓の外へ視線を向けた。

 

「授業を受けて、友達と話して……そういう生活を、してみたい」

 

「…………」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 

(……ああ、やっぱり)

 

 この子が本当に望んでいるのは、特別な力でも、地位でもない。

 

 ただ、普通の学生として暮らすこと。

 

 友達と笑い合い、学校生活を楽しむこと。

 

 そんな、ごく当たり前の幸せだった。

 

(……大丈夫だよ、アズサ)

 

 俺は、できる限り自然な表情を保った。

 

「……補習授業部では、他の生徒と協力していただくことになります」

 

「……協力?」

 

「ええ。試験に合格するためには、互いに助け合う必要があるでしょう」

 

「…………」

 

「それも、学校生活の一つではありませんか?」

 

 アズサはしばらく黙り込んだ。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……そうかもしれない」

 

「……ええ」

 

 俺は静かに微笑んだ。

 

「きっと、素敵な友人ができますよ」

 

「…………」

 

 アズサは何も答えなかった。

 

 しかし、その表情がほんの少しだけ和らいだように見えた。

 

(……よし)

 

 これで、四人全員との面談が終わった。

 

 少なくとも、重要な部分は原作と一致している。

 

(……なら、予定通り進めよう)

 

 そう考えながら、最後の書類を閉じた。

 

「本日はありがとうございました。詳細については、後日お知らせします」

 

「……分かった」

 

 アズサは立ち上がり、扉へ向かった。

 

 そして、退出する直前。

 

「……ナギサ」

 

「……はい?」

 

「……顔色が悪い」

 

「…………」

 

(……また!?)

 

 思わず叫びそうになった。

 

 ヒフミ。

 

 ハナコ。

 

 そしてアズサまで。

 

 四人中三人に心配されるとは。

 

「……お気遣いありがとうございます。少し疲れているだけですので」

 

「……そうか」

 

 アズサは短く頷いた。

 

「……無理はしない方がいい」

 

「……ええ」

 

 その言葉を残して、彼女は部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

「……はぁぁ……」

 

 俺は深く息を吐いた。

 

(……本当に、みんないい子だな)

 

 こんな子たちを退学させようとしていたなんて。

 

 原作のナギサがどれほど追い詰められていたのか、改めて考えさせられた。

 

     ◇

 

 ――午後四時。

 

「……終わったぁ……」

 

 最後の面談を終えた俺は、椅子にもたれかかった。

 

 身体が重い。

 

 頭が痛い。

 

 そして何より、眠い。

 

(……さすがに、無理しすぎたな)

 

 朝から四人の面談をこなした。

 

 合間には、ティーパーティーの仕事に関する書類も確認していた。

 

 当然、身体への負担は大きい。

 

「……うぅ……」

 

 机に突っ伏しそうになる。

 

(……もう、休みたい……)

 

 しかし、仕事のことを考えると、どうしても落ち着かなかった。

 

 机には、まだ未処理の書類が残っている。

 

 エデン条約に関する資料。

 

 学園内の警備計画。

 

 各派閥との調整記録。

 

(……ああ、これがナギサの日常だったのか)

 

 頭の奥に、妙な焦りが生まれる。

 

 早く終わらせなければ。

 

 自分がやらなければ。

 

 皆に迷惑をかけてしまう。

 

「……っ」

 

 思わず首を横に振った。

 

(……違う。今は休んでいいんだ)

 

 今の俺には、ナギサの記憶も感情も残っている。

 

 だからこそ、彼女の考え方に引きずられてしまうのかもしれない。

 

(……本当に、救わないとな)

 

 俺は一度目を閉じた。

 

 そして、今日会った四人の顔を思い浮かべる。

 

 ヒフミ。

 

 コハル。

 

 ハナコ。

 

 アズサ。

 

 いずれも、原作で見た彼女たちと大きな違いはなかった。

 

 ヒフミは優しく、少し抜けている。

 

 コハルは強がりだが、真面目で責任感がある。

 

 ハナコは頭が良く、周囲をよく観察している。

 

 そして、アズサは不器用ながらも、普通の学校生活を望んでいる。

 

(……よかった)

 

 少なくとも、今のところ原作との大きな違いは確認できていない。

 

 ナギサが自殺を図ったかもしれないことを除けば、すべてが原作とほぼ一致している。

 

(……なら、やっぱり補習授業部は原作通りに進めよう)

 

 四人を集める。

 

 先生に指導を任せる。

 

 特別学力試験を実施する。

 

 そして、彼女たちが一緒に勉強し、友情を育めるようにする。

 

 それだけではない。

 

 ヒフミには、趣味と学業を両立する方法を。

 

 コハルには、基礎から学ぶことの大切さを。

 

 ハナコには、自分の才能を隠さなくても良いと思える居場所を。

 

 そしてアズサには、普通の学校生活と、心から信頼できる友人を。

 

(……補習授業部で、全部解決できたら最高だな)

 

 もちろん、簡単ではないだろう。

 

 だが、四人が力を合わせれば、きっと乗り越えられる。

 

(……それに、先生もいる)

 

 シャーレの先生。

 

 この世界で、数多くの生徒たちを救ってきた大人。

 

 原作では、彼が補習授業部を導いていた。

 

 ならば、今回も協力してもらおう。

 

(……ただし、原作のような悲劇は起こさせない)

 

 ミカの裏切り。

 

 セイアの苦しみ。

 

 アリウスによる襲撃。

 

 そして、エデン条約の締結式で起こる惨劇。

 

 それらを、できる限り防ぎたい。

 

(……そのためなら、多少嫌われても構わない)

 

 いずれは、四人に対して厳しい態度を取る必要があるかもしれない。

 

 先生からも、疑われるかもしれない。

 

 けれど、それで彼女たちが仲良くなり、最後には全員が笑っていられるのなら。

 

(……俺は、悪役にだってなってやる)

 

 ただし、本当に誰かを傷つけるつもりはない。

 

 原作のナギサが犯した過ちを、そのまま繰り返す必要はないのだから。

 

 そして、元のナギサが戻ってきたとき。

 

 今日会った四人が、彼女を笑顔で迎えてくれるような関係を築いておきたい。

 

(……ナギサにも、もっと友達ができたらいいな)

 

 そんなことを考えていた、その時だった。

 

 コンコン。

 

「……ナギサ様」

 

 扉の向こうから声がした。

 

「はい。どうしましたか?」

 

「聖園ミカ様がお見えになっています」

 

「…………え?」

 

 思わず、間の抜けた声が出た。

 

(……ミカ?)

 

 心臓が跳ねた。

 

 今日、彼女と会う予定はなかったはずだ。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ハナコのからかいを何とか乗り切ったナギサ様でした

次回はついにミカとの対面です!

よかったら評価やコメントもいただけると嬉しいです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。