第34話です!
前回に引き続き、夢の世界でのお話となります。
今回は、ナギたちの関係に少し変化があるようです。
それでは、お楽しみください!
「……それにしても、ナギ」
セイアが、ふと思い出したように口を開いた。
「一つ、気になっていたことがあるんだ」
「……何だ?」
「君の呼び方についてだよ」
「……呼び方?」
「ああ」
セイアは、どこか楽しそうに微笑んだ。
「現実では、ミカが君のことを随分と親しげに呼んでいたね」
…………。
(……あっ)
……待て。
その話は、まずい。
「確か……ナギおじさん、だったかな?」
「……セイア」
「うん?」
「その呼び方は、できれば勘弁してほしいんだけど」
「おや、どうしてだい?」
「……いや、色々と」
……というか。
せっかくナギサ本人と会えたのに、初日からおじさん呼ばわりされるのは勘弁してほしい。
「ふふっ。だが、君は元々成人した男性なのだろう?」
「……そうだけど」
「ならば、おじさんという呼び方も、あながち間違いではないのでは?」
「いやいやいや! そういう問題じゃないだろ!?」
「ふふっ。冗談だよ」
……まったく。
絶対に楽しんでるな、こいつ。
「……セイアさん」
すると、ナギサが少し呆れたように口を開いた。
「ナギさんが嫌がっているではありませんか」
「おや」
セイアが、わずかに眉を上げた。
「君は彼の味方をするのかい?」
「もちろんです」
ナギサは、当然のように頷いた。
「せっかくこうしてお会いできたのですから、嫌がるような呼び方をする必要はないでしょう?」
……おお。
(……ナギサぁ……!)
なんて優しい子なんだ。
さっきまで殴るかどうか相談していたとか言ってたけど。
……いや。
そこは忘れよう。
「ありがとう、ナギサ」
「ふふっ。どういたしまして」
ナギサが、柔らかく微笑んだ。
……ああ。
やっぱり、いい子だなぁ。
「……しかし」
セイアが、俺とナギサを交互に見つめた。
「こうして二人が並んでいると、実に不思議な光景だね」
「……何がですか?」
「顔も姿も瓜二つなのに、中身はまるで違うのだから」
……ああ。
まあ、それはそうだな。
今の俺とナギサは、まったく同じ姿をしている。
鏡を二枚並べたようなものだ。
……ただ。
さっきまでソファで大騒ぎしていた俺と、上品に紅茶を飲んでいるナギサを比べると。
(……確かに、同一人物には見えないだろうなぁ)
「外見だけなら双子のようだけれど……」
セイアは、楽しそうに目を細めた。
「二人の様子を見ていると、まるで兄妹のようじゃないか」
「……兄妹?」
「ああ。ナギは随分と君の世話を焼いているだろう?」
セイアが、ナギサへ微笑みかけた。
「君の帰る場所を守ろうとして、仕事を引き受け、何かあれば真っ先に君の心配をする」
「……ええ」
「まるで、妹を大切にする兄そのものだね」
…………。
……兄妹、か。
そう言われると、確かに。
「……ふふっ」
ナギサが、小さく笑った。
「実は、私も以前からそう感じていたんです」
「……え?」
「ナギさんは、いつも私のことを気遣ってくださっていますから」
ナギサは、少し照れくさそうに微笑んだ。
「私にも、お兄さんができたような気がしていたんです」
「…………」
……おお。
(……それは、ちょっと嬉しいな)
いや。
なんだろう。
ミカにお兄さんと呼ばれた時は、何とも言えない違和感があったんだけど。
今回は、不思議とそんな感じがしない。
(……顔が同じだからかな?)
こうして並んでいると、本当に兄妹みたいだし。
それに。
俺自身、ナギサのことは大切に思っている。
彼女の日記を読んで。
これまで抱えてきた苦しみを知って。
いつか必ず、自分の人生を取り戻してほしいと思うようになった。
……そう考えると。
(……妹を守りたい兄貴みたいなものかもしれないな)
「……それでしたら」
ナギサが、少し考え込んだ。
「普段はナギさんとお呼びしますが、時々、お兄さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「……お兄さん、か」
……うん。
(……おじさんよりは遥かにいいな)
……いや。
それどころか。
(……結構、嬉しいぞ?)
自然と笑みがこぼれた。
「もちろん。ナギサがそう呼びたいなら、好きに呼んでくれ」
「……本当ですか?」
「ああ」
「ふふっ。ありがとうございます」
ナギサは、嬉しそうに微笑んだ。
そして。
「……これからも、よろしくお願いしますね。お兄さん」
「…………」
(……おお)
……これは。
思った以上に、しっくりくる。
同じ顔をした少女に兄として慕われるという、なかなか珍しい状況だけど。
……うん。
悪くないな。
「こちらこそ、よろしくな。ナギサ!」
「……ふふっ」
ナギサが、楽しそうに笑った。
……ああ。
なんだろう。
本当に妹ができたみたいだ。
「……それでは、お兄さん」
「ん?」
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! 何でも言ってくれ!」
「……えっ?」
ナギサが、少し驚いたように瞬きをした。
「……あの、まだお願いの内容をお伝えしていないのですが……」
「…………」
……あ。
(……しまった)
……反射的に答えてしまった。
「……いや、まあ」
俺は、少しだけ咳払いした。
「ナギサのお願いなら、できる限り聞いてあげたいからな」
「……ふふっ」
ナギサは、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。ですが、今は特にお願いすることはありませんよ」
「……あ、そうなのか?」
「ええ。少し呼んでみたかっただけです」
…………。
(……おお)
……そうか。
なら、別にいいんだけど。
…………。
(……ん?)
……ちょっと待て。
今の俺、お願いの内容も聞かずに何でも言ってくれって答えたよな?
しかも、ほとんど無意識に。
(……これは、まずいな)
今後ナギサにお兄さんと呼ばれるたびに、つい甘やかしてしまいそうだ。
「ふふっ。なるほど」
セイアが、楽しそうに笑った。
「……何だ?」
「どうやら、ナギサは随分と頼もしい兄を手に入れたようだね」
セイアは、意味ありげに微笑んだ。
「それに、ナギも満更ではなさそうだ」
「……まあ、そうだな」
俺は、素直に頷いた。
「少なくとも、おじさんと呼ばれるよりは遥かに嬉しいよ」
「おや。そこまで気に入ったのかい?」
「結構気に入ったよ」
……うん。
別に否定する必要もないだろう。
「それはよかった。では、私はこれからもナギおじさんと呼ばせてもらおう」
「何でだよ!?」
「おや。ナギサがお兄さんと呼ぶのだから、私は別の呼び方でも構わないだろう?」
「だからって、おじさんにする必要ないだろ!?」
「ふふっ。私はなかなか気に入っているのだけれどね」
「俺が気に入ってないんだよ!!」
……まったく。
このセイア。
絶対に分かってやってるだろ。
「……もう、セイアさん」
ナギサが、少し呆れたように口を開いた。
「またナギさんをからかって……」
「おや。随分と兄思いの妹だね」
「……っ!」
ナギサが、少しだけ頬を赤らめた。
「……からかわないでください」
「ふふっ。これは失礼」
……ああ。
本当に、仲がいいなぁ。
俺は、二人のやり取りを眺めながら微笑んだ。
◇
「……さて、ナギ」
しばらくして、セイアがティーカップを置いた。
「実は、君に一つ伝えておきたいことがあるんだ」
「……何だ?」
「以前、私は君とある約束を交わしたことがある」
「……俺と?」
「ああ」
セイアは、静かに頷いた。
「もっとも、君自身は知らない約束だけれどね」
…………。
……知らない約束?
それ、約束って言うのか?
「……どういうことだ?」
「ふふっ。実はね」
セイアは、隣のナギサへ視線を向けた。
「私は、勝手ながら君と同盟を結ばせてもらっていたんだ」
「……同盟?」
「ああ。夢の中の救済同盟、とでも呼ぼうかな」
…………。
(……何だそれ)
……いや。
名前はともかく。
「具体的には、何を?」
そう尋ねると、セイアは穏やかに微笑んだ。
「君は現実で、ナギサの帰る場所を守ってくれている」
「……ああ」
「ならば、私はここで、彼女の心を支えようと思ったんだ」
「…………」
……あ。
「君が現実で彼女の居場所を守るのなら、私は夢の中で彼女の心を支える。そう決めていたんだよ」
セイアは、小さく肩をすくめた。
「まあ、君に相談もせずに結んだ同盟なのだけれどね」
…………。
(……そういうことか)
俺が現実でナギサの身体を動かしている間。
セイアは、ずっとここでナギサに寄り添ってくれていたんだ。
「……最初から、今のようにお話しできたわけではありませんでした」
ナギサが、静かに口を開いた。
「ですが、セイアさんは何度も私に話しかけてくださいました」
「……ナギサ」
「返事ができなくても、何も言わなくても、ずっとそばにいてくださったんです」
……ああ。
そうだったのか。
俺は、ナギサが帰れる場所を守ろうとしていた。
でも、その間、彼女自身が何を感じていたのかは分からなかった。
……だけど。
セイアは、ここでずっと支えてくれていたんだな。
「……セイア」
「うん?」
「……ありがとう」
俺は、素直に頭を下げた。
「本当に、ありがとう」
「……おや」
セイアが、少し驚いたように瞬きをした。
「随分と素直だね」
「……だって、俺だけじゃどうにもならなかったことだからな」
……そう。
俺には、ナギサの心を直接癒やす方法なんて分からなかった。
だから、現実でできることをするしかなかったんだ。
「俺は、ナギサの帰る場所を守ることしかできなかったから」
俺は、少し笑った。
「本当に、助かったよ」
「…………」
セイアは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
穏やかに微笑んだ。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ」
「……それにしても」
俺は、少しだけ首を傾げた。
「同盟、か」
「おや。何か不満でも?」
「いや、むしろ逆だよ」
俺は、にっと笑った。
「いいじゃないか! 俺もそういうの嫌いじゃないんだよな!」
「……ほう?」
……いやぁ。
救済同盟か。
なんか、ちょっと格好いいな。
……それなら。
「……じゃあ、改めて」
俺は、セイアへ手を差し出した。
「よろしく頼むよ、セイア」
「…………」
セイアが、少しだけ目を見開いた。
そして。
「……ああ」
ゆっくりと、その手を握る。
「こちらこそよろしく、ナギ」
……うん。
これで、正式な同盟だな。
「……ふふっ」
すると、ナギサが嬉しそうに微笑んでいた。
「よかったですね、セイアさん」
「ああ。どうやら、ようやく正式な同盟になったようだ」
セイアは、穏やかに頷いた。
「もっとも、当初の目的は既に随分と前進しているようだけれどね」
そう言って、ナギサへ視線を向ける。
……ああ。
そうだな。
目の前のナギサは、こうして笑っている。
まだ心の傷が完全になくなったわけではないだろう。
それでも、確かに前へ進んでいる。
……本当に。
(……よかったな、ナギサ)
◇
「……さて」
セイアが、改めて口を開いた。
「せっかく正式に同盟を結べたことだし、私から一つ提案があるんだ」
「……提案?」
「ああ」
セイアは、ゆっくりと頷いた。
「実は、私も君のやりたいことを手伝いたいと思っていてね」
「……俺のやりたいこと?」
「そうとも。君が目指している、全員が笑って迎えられる結末だよ」
……ああ。
そういうことか。
「もちろん、俺としてはありがたいけど」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいよ」
セイアは、穏やかに微笑んだ。
「特に、アリウスについては、私も調べておきたいことがあるんだ」
「……アリウス?」
「ああ。あの場所については、私もまだ知らないことが多いからね」
……なるほど。
確かに、セイアなら何か分かるかもしれない。
「未来視を使うつもりか?」
「そのつもりだよ」
……やっぱりな。
セイアの未来視なら、今の俺が持っていない情報を得られる可能性がある。
しかも、これから見る未来なら、既に変化した現在の状況を踏まえたものになる。
……これは、ありがたいぞ。
「今の状況を起点にした未来が見られるなら、作戦の判断材料になるな」
「ふふっ。話が早くて助かるよ」
「ただ、アリウス自治区については情報が少ない。何を見るべきか、ある程度絞った方がいいと思う」
「……ほう?」
「未来視で何が見えるかは分からないけど、少なくとも調べる目的を明確にしておけば、得られた情報も整理しやすいだろ?」
「……なるほど」
セイアが、興味深そうに頷いた。
「君の知っている情報と照らし合わせれば、見えたものの意味も考えやすくなるだろうね」
「ああ。現実で確認できることは俺が調べる。セイアには、未来視でしか得られない情報を探してもらうのが効率的だと思う」
……うん。
これなら、互いの強みを活かせる。
「ふふっ。実に頼もしいね」
セイアが、満足そうに微笑んだ。
「私も、腰を据えて調べてみようと思っているんだ」
「……ああ。よろしく頼むよ」
「ただ、そのためには一つ、君にお願いがあってね」
「……何だ?」
セイアは、隣のナギサへ視線を向けた。
そして。
「これからは、ナギサの面倒をよろしく頼むよ」
「……ナギサの面倒?」
「ああ」
セイアは、当然のように頷いた。
「これまでは、私がここでナギサに付き添っていたからね」
「……ああ」
「けれど、見てのとおり、今の彼女は随分と元気になった」
……そうだな。
さっきから笑ってばかりだし。
少なくとも、以前のように誰かがずっと付き添っていなければならない状態ではなさそうだ。
「だから、今度は私が別の役割を担いたいと思ったんだ」
セイアは、ナギサへ穏やかな視線を向けた。
「もちろん、君のことを放っておくつもりはないよ」
「……セイアさん」
「ただ、君が自分の意思で歩き始められるのなら、いつまでも私が手を引いている必要はないだろう?」
「…………」
ナギサは、少しだけ驚いたように目を見開いた。
そして。
「……はい」
静かに微笑んだ。
「私も、そう思います」
……ああ。
なるほど。
セイアは、ナギサを誰かに押し付けようとしているわけじゃない。
彼女が元気になったからこそ、次の役割を任せようとしているんだな。
……ただ。
「セイア、一つ問題があるぞ?」
「……ほう?」
「今のナギサは、この夢の世界にいるんだよな?」
「……ああ」
「だったら、俺が起きている間に一緒に過ごすのは難しくないか?」
「ふふっ。そのとおりだね」
セイアが、楽しそうに頷いた。
「だからこそ、試してみたいことがあるんだ」
「……試してみたいこと?」
「ああ」
セイアは、俺とナギサを交互に見つめた。
「君たちは、もともと同じ身体を共有しているのだろう?」
「……まあ、そうだな」
「そして、ナギサの意識は以前よりずっとはっきりしてきている」
「……ええ」
ナギサが、小さく頷いた。
「今までも、君が意識して話しかけた言葉はナギサに届いていた。ならば……」
「……ああ、なるほど!」
俺は、思わず手を打った。
「今度はナギサから俺へ話しかければいいのか!」
「ふふっ。そのとおりだよ」
……そういうことか。
今までだって、俺たちの意識は繋がっていた。
ただ、ナギサの意識が弱っていたために、こちらからの呼びかけにしか反応できなかった。
それが、今は違う。
こうして直接会話できるほど回復しているんだ。
「だったら、起きている間も双方向に会話できる可能性があるな」
「ああ。私もそう考えているよ」
「……それなら」
俺は、少し考えた。
「声だけじゃなく、ナギサの姿を俺の意識に映すこともできるんじゃないか?」
「……おや」
セイアが、興味深そうに目を細めた。
「そこまで考えたのかい?」
「この夢の中では、お互いの姿が見えているだろ?」
俺は、自分の姿を指さした。
「だったら、同じような情報を起きている俺の意識に送ればいい」
……もちろん。
実際にナギサが現実へ出てくるわけじゃない。
あくまでも、俺の知覚にナギサの姿が重なって見えるだけだ。
「つまり、他の人には見えないナギサと、頭の中で会話できるってことだな」
「ふふっ。随分と理解が早いね」
……いやぁ。
でも、これ。
なかなか面白いぞ。
しかも、ナギサも現実の出来事に参加できる。
「……私も、皆さんと一緒に過ごせるのでしょうか?」
ナギサが、少し期待を込めた声で尋ねた。
「ああ。少なくとも、同じ景色を見ることはできるはずだ」
俺は、笑って頷いた。
「俺を通じて話すことだってできるだろうしな」
「……ふふっ」
ナギサが、嬉しそうに微笑んだ。
……ああ。
いいなぁ。
これなら、ナギサも外の世界をもっと身近に感じられる。
……それに。
(……ん?)
待てよ。
意識の繋がりがそこまで回復しているなら。
「……セイア」
「うん?」
「身体の主導権も交代できるんじゃないか?」
「……ほう?」
セイアが、わずかに眉を上げた。
「どうして、そう思うんだい?」
「今は俺が表に出ているけど、もともとこの身体はナギサのものだろ?」
「……ああ」
「ナギサの意識が回復しているなら、今度はナギサが表に出て、俺が意識の中へ下がることもできるはずだ」
……そう。
ナギサが元の身体に戻るために、俺が消えなければならないとは限らない。
どちらも同じ身体に繋がっているなら、表に出る方を切り替えればいい。
「……ふふっ」
セイアが、満足そうに微笑んだ。
「どうやら、私が説明しようと思っていたことを先に言われてしまったね」
「……やっぱりか!」
「ああ。二人の意識が繋がれば、身体の主導権も交代できる」
セイアは、俺たちを交互に見つめた。
「どちらが表に出るかは、君たち自身で決められる。交代するタイミングも、二人の自由だよ」
「……では」
ナギサが、少し緊張した様子で口を開いた。
「私も、もう一度あの身体で生活できるのですね?」
「……ああ」
俺は、微笑んだ。
「もちろんだよ、ナギサ」
……そうか。
これなら。
いつか必ず身体を返す、という目標も。
思っていたより早く、一歩前に進めるかもしれない。
……ただし。
「……ナギサ、一つ相談があるんだけど」
「……何でしょうか?」
俺は、少しだけ姿勢を正した。
「主導権を自由に交代できるようになっても、当面は基本的に俺が表に出ていてもいいか?」
「…………」
ナギサが、少し驚いたように瞬きをした。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
俺は、頷いた。
「まず、今進めている作戦があるだろ?」
「……アリウスのことですね」
「ああ」
エデン条約の延期。
ミカとの協力関係。
補習授業部のこと。
そして、これから実行する予定の作戦。
まだ、準備の途中なんだ。
「今の段階で急に主導権を交代すると、色々と問題が出る可能性がある」
「……なるほど」
「ナギサの言動が急に変わったと周囲に思われるかもしれないし、俺しか把握していない準備もあるからな」
……もちろん、説明すれば引き継げることもあるだろう。
だけど、今は余計な混乱を増やしたくない。
「だから、作戦が落ち着くまでは、基本的に俺に任せてほしいんだ」
「…………」
ナギサは、静かに俺を見つめていた。
そして。
「……もう一つ、理由があるのではありませんか?」
「……ああ」
……うん。
やっぱり、分かるか。
「ナギサには、もう少しゆっくり休んでほしいんだよ」
「…………」
「だって、ようやくここまで元気になったんだぞ?」
俺は、少しだけ苦笑した。
「そんな状態で、いきなりティーパーティーの仕事やアリウスの問題を全部引き受けるなんて、大変だろ?」
……いや。
本当に。
あの仕事量は、健康な状態でも結構きついからな。
「だから、今は俺が表にいる。ナギサは無理せず、好きなことをしていてくれればいい」
「……ですが」
ナギサが、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「それでは、またあなたにばかり負担をかけてしまうのでは……」
「そこは気にしなくていいって」
「……でも……」
「俺は俺で、結構楽しんでるんだよ」
……まあ。
忙しいのは事実だけど。
「それに、ナギサが回復してくれることだって、俺にとっては大切な目的の一つなんだから」
俺は、微笑んだ。
「今すぐ全部を取り戻そうとしなくてもいい。少しずつでいいんだよ」
「…………」
ナギサは、しばらく黙っていた。
……もちろん。
これは、俺の希望だ。
彼女が表に出たいと言うなら、無理に止めるつもりはない。
「だから、遠慮はしないでくれよ?」
「……え?」
「ナギサが表に出たいと思ったら、いつでも言ってくれ」
俺は、頷いた。
「身体の主導権は、好きなタイミングで交代できるんだろ? だったら、ナギサがずっと我慢する必要なんてない」
……そう。
元々、彼女の身体なんだから。
そこは、絶対に忘れちゃいけない。
「普段は俺が表に出る。でも、ナギサが誰かと話したい時や、何かやりたいことがある時には交代する」
俺は、笑った。
「それでどうだ?」
「…………」
ナギサは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
柔らかく微笑んだ。
「分かりました」
「……おっ?」
「それでは、しばらくの間はナギさんにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
俺は、大きく頷いた。
「任せてくれ!」
「……ありがとうございます」
ナギサは、嬉しそうに微笑んだ。
そして。
「……やはり、お兄さんですね」
「…………」
(……また来た)
……いやぁ。
これは、ずるいな。
「まあ、そういうことなら」
俺は、少し照れくさくなりながら笑った。
「妹のお願いくらい、聞いてあげないとな!」
「……ふふっ」
ナギサが、嬉しそうに笑った。
「おやおや」
すると、セイアが楽しそうに口を開いた。
「随分と立派なお兄さんだね」
「……まあな!」
俺は、少し得意げに答えた。
「では、ナギ」
セイアは、穏やかに微笑んだ。
「ナギサのことは、君に任せてもいいかな?」
「……ああ」
俺は、ナギサへ視線を向けた。
彼女は、こちらを見つめて微笑んでいる。
……うん。
「もちろん。任せてくれ、セイア」
「……ありがとう」
セイアは、静かに頷いた。
……ああ。
こうして、三人で同じ未来を目指せるんだな。
◇
「……それで、セイア」
「うん?」
「アリウスの調査についてなんだけど」
俺は、先ほどの話を思い出した。
……そうだな。
せっかくセイアが未来視で協力してくれるんだ。
だったら、一つだけ先に頼んでおきたい。
「実は、最優先で未来視してほしいことがあるんだ」
「……ほう?」
セイアが、興味深そうに目を細めた。
「君がわざわざ最優先と言うからには、何か理由があるのだろうね」
「……ああ」
俺は、頷いた。
今の作戦には、まだ不確定な部分がある。
準備は進めている。
必要なものも、少しずつ揃ってきた。
だが、まだ確認できていないこともある。
(……ここは、先に押さえておきたいな)
「……少し、いいか?」
「ああ。構わないよ」
俺は、セイアに確認してほしい内容を伝えた。
「…………」
話を聞き終えたセイアは、しばらく考え込んでいた。
そして。
「……なるほど」
静かに頷いた。
「確かに、それは優先して確認するべきだろうね」
「……ああ。頼めるか?」
「もちろんだとも」
セイアは、穏やかに微笑んだ。
「ただし、必ず望むものが見えるとは限らない。それは理解しているね?」
「もちろん」
俺は、頷いた。
「何も分からなければ、それはそれで別の方法を考えるさ」
「ふふっ。君なら、そう言うと思っていたよ」
「それと、ほかにもアリウスに関して何か分かったことがあれば、また教えてくれ」
「ああ。気になるものが見えたら、そちらも確かめておこう」
「ありがとう。助かるよ」
……よし。
これで、一つ気になっていたことをセイアに任せられた。
もちろん、未来視だけに頼るつもりはない。
だが、もし必要な情報が得られれば。
(……取れる選択肢も、増えるかもしれないな)
俺は、小さく息を吐いた。
「……ふふっ」
すると、セイアが楽しそうに笑った。
「……何だ?」
「いや、なに。君は随分と用意周到だと思ってね」
「……そうか?」
「ああ。目の前の問題だけでなく、その先まで考えている」
……まあ。
そこは当然だろう。
「作戦は、予定どおりに進むとは限らないからな」
俺は、少し笑った。
「考えられることは、先に考えておきたいんだよ」
「ふふっ。なるほどね」
セイアは、満足そうに頷いた。
「それなら、私もできる限り力を尽くすとしよう」
「……頼りにしてるよ」
……うん。
これで、また一つ前に進めそうだな。
◇
「……さて」
話が一段落したところで、セイアが立ち上がった。
「そろそろ、私は少し席を外そうかな」
「……ん?」
「調べたいこともできたからね」
……ああ。
そういうことか。
「早速、始めるのか?」
「ふふっ。善は急げと言うだろう?」
……いや。
それは、そうだけど。
随分と働き者だな。
「……セイアさん」
ナギサが、少し心配そうに口を開いた。
「どうか、無理はなさらないでくださいね」
「ああ。分かっているよ」
セイアは、穏やかに微笑んだ。
「それに、君も今はゆっくりしているといい」
「……はい」
「ふふっ。もっとも、今日は随分と楽しそうだったけれどね」
「……もう、セイアさん」
ナギサが、少し照れくさそうに笑った。
「それじゃあ、セイア」
「うん?」
「……改めて、ありがとう」
俺は、微笑んだ。
「ナギサのことも、アリウスのことも」
「……ああ」
セイアは、静かに頷いた。
「こちらこそ。君がいてくれて、本当によかったよ」
…………。
……おお。
何だか、少し照れくさいな。
「……ふふっ」
セイアが、小さく笑った。
「それでは、二人とも。またね」
「ああ。またな」
「……はい。セイアさん」
セイアは、穏やかに微笑むと、ゆっくりと家の外へ歩いていった。
俺は、その背中を見送った。
……ああ。
(……本当に、よかった)
セイアが生きていた。
ナギサも、こうして笑っている。
そして、二人とも俺に協力してくれる。
……ありがたいことだな。
「……ふふっ」
すると、隣から小さな笑い声が聞こえた。
「……ナギサ?」
「……いえ」
ナギサが、楽しそうに微笑んだ。
「セイアさんも、随分と嬉しそうでしたから」
「……そうだな」
……うん。
確かに、楽しそうだった。
◇
「……それにしても」
俺は、少しだけ周囲を見渡した。
「こうして夢の中で話しているのも、不思議な感じだな」
「……そうですね」
ナギサが、小さく頷いた。
「私も、最初はこんなふうにお話しできるとは思っていませんでした」
「……ああ」
……そうだよな。
少し前までは、こうして顔を合わせることすらできなかったんだから。
それが、今では。
「……ナギさん」
「ん?」
ナギサが、少しだけ遠慮がちに口を開いた。
「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。何だ?」
「……実は」
ナギサは、少しだけ視線を落とした。
「もう少しだけ、こうしてお話ししていたいんです」
「…………」
……ああ。
「もちろん、構わないよ」
俺は、微笑んだ。
「せっかく会えたんだ。俺だって、もっと話したいしな」
「……ふふっ」
ナギサが、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そして。
「……お兄さん」
「…………」
(……また来た)
……いや。
これは。
(……駄目だな)
どうやら俺、この呼び方には本当に弱いらしい。
「……ああ! 何時間でも付き合うぞ!」
「……えっ?」
ナギサが、少し驚いたように瞬きをした。
「……ふふっ。そんなに長くなくても大丈夫ですよ」
「……あ、そう?」
…………。
……うん。
やっぱり、甘くなるなぁ。
まあ、いいか。
少しくらい、妹を甘やかす兄貴がいたって。
「……それでは、ナギさん」
「ん?」
ナギサが、ティーポットを手に取った。
「お茶のおかわりは、いかがですか?」
「ああ。いただこうかな」
「ふふっ。かしこまりました」
ナギサは、俺のカップに紅茶を注いだ。
ふわりと、いい香りが広がる。
……そういえば。
本物のナギサに紅茶を淹れてもらうのは、これが初めてなんだよな。
俺は、カップを手に取った。
そして、一口。
「……おっ」
……美味い。
いつも飲んでいる紅茶と、ほとんど同じ味だ。
……いや。
それも当然なのか。
何しろ、淹れてくれたのは本物のナギサなんだから。
「……お口に合いましたか?」
「ああ。すごく美味しいよ」
「……ふふっ。それはよかったです」
ナギサが、嬉しそうに微笑んだ。
俺も、つられて笑みをこぼした。
……ああ。
いいなぁ。
こういう時間。
何か特別なことをするわけでもない。
ただ、紅茶を飲みながら話しているだけ。
……なのに。
随分と、満たされた気分になる。
「……あの、ナギさん」
「ん?」
「……明日のことなのですが」
「……ああ」
……そうだな。
明日の朝、ナギサが俺の意識へ直接話しかけられるか試す予定だった。
「……少し、緊張しています」
「……そっか」
……まあ、そうだよな。
長い間、夢の中から現実を見ていたんだ。
それが、明日からはもっと近くで見られるかもしれない。
楽しみだろうけど、不安だってあるだろう。
「……大丈夫だよ」
俺は、微笑んだ。
「いきなり全部できるようになる必要なんてないんだから」
「……はい」
「まずは、俺に話しかけてみてくれ。それができたら、少しずつ試していこう」
……うん。
焦る必要なんてない。
身体の主導権を交代するのだって、いつでもできるんだから。
「……それに」
「……はい?」
「俺は、結構楽しみにしてるんだぞ?」
「……え?」
ナギサが、少し驚いたように目を見開いた。
「……明日から、ナギサと一緒に過ごせるかもしれないんだからさ」
「…………」
ナギサは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……ふふっ」
嬉しそうに微笑んだ。
「……私も、楽しみです」
……ああ。
よかった。
「それじゃあ、明日の朝。よろしくな、ナギサ」
「……はい」
ナギサは、小さく頷いた。
そして、少しだけ恥ずかしそうに。
「よろしくお願いしますね、お兄さん」
「……ああ!」
俺は、笑って答えた。
「任せてくれ!」
……うん。
明日からも、きっと色々なことがあるだろう。
だけど。
今は、こうしてナギサと笑い合えている。
それだけで、十分嬉しい。
(……明日の朝が楽しみだな)
俺は、紅茶をもう一口飲んだ。
目の前では、ナギサが穏やかに微笑んでいる。
……ああ。
やっぱり。
こういう未来が、いいよな。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ナギとナギサの新しい関係、そしてセイアとの救済同盟のお話でした!
どうやらナギは、「お兄さん」という呼び方に少々弱いようですね。
そして次回からは、ドラマ『VIVANT』のFや忘却バッテリーの知将のような存在として、ナギサが登場します!
元々は脳内で会話するだけの予定だったのですが、姿も見えるようにした方が面白そうだなと思い、今回の形にしてみました。
次回からは現実に戻り、二人の新しい日常が始まります!
引き続きよろしくお願いします!