お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

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今回は前回からの続きとなります!

少し賑やかな日常を挟みつつ、物語は次の展開へと進んでいきます。

それでは、お楽しみください!


おかえり、ナギサ

 ――翌朝。

 

「……ん、んん……」

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日。

 

 俺は、ゆっくりと目を開いた。

 

(……朝か)

 

 ……よく寝た。

 

 昨日は、本当に色々あったな。

 

 補習授業部の合宿に、ミネとの思わぬ出会い。

 

 そして、夜には。

 

(……ナギサとセイア、か)

 

 自然と笑みがこぼれた。

 

 ずっと会いたかった二人と、ようやく話すことができた。

 

 セイアは、これからアリウスの調査にも協力してくれる。

 

 そして何より、ナギサがあんなに楽しそうに笑っていた。

 

 ……うん。

 

 いい一日だったな。

 

「……よし」

 

 俺は、身体を起こした。

 

「……っ!」

 

 その瞬間、腹部に鈍い痛みが走った。

 

「……いてて……」

 

 ……ああ。

 

 そうだった。

 

(……まだ痛むのか)

 

 昨日、ミネに殴られたところだ。

 

 アリウス生の制服を着て、変装の練習をしていたら、突然三階の窓から飛び込んできたんだよな。

 

 しかも、侵入者と勘違いされて。

 

『――救護です!!』

 

 ドゴッ!!

 

 …………。

 

(……いや、どう考えても救護じゃないだろ)

 

 思い出しただけで、お腹が疼く気がする。

 

 ……まあ。

 

 その後はちゃんと診察してもらったし、大きな異常も見つからなかった。

 

 ミネも随分と反省していたから、これ以上気にするつもりはない。

 

 ただ。

 

(……もう二度と、あの拳は食らいたくないな)

 

 ……うん。

 

 それだけは、間違いない。

 

 俺は、慎重にベッドから降りた。

 

 ……さて。

 

 今日は、もう一つ楽しみにしていたことがある。

 

(……ナギサ、聞こえるか?)

 

 意識を向けて、呼びかける。

 

 …………。

 

 返事はない。

 

(……ナギサ?)

 

 もう一度、呼んでみる。

 

 ……あれ?

 

 昨日は、ちゃんと話せていたんだけどな。

 

 やっぱり、現実では難しいのか?

 

 そう考えた時だった。

 

『……おはようございます、ナギさん』

 

「うおっ!?」

 

 思わず声が出た。

 

 だって。

 

 ベッドのすぐ横に、俺とまったく同じ顔をした少女が立っていたんだから。

 

「……ナギサ!?」

 

『……はい』

 

 ナギサは、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 

『おはようございます』

 

「……お、おう。おはよう」

 

 …………。

 

(……本当に、できたんだな)

 

 昨日考えていたとおりだ。

 

 声が聞こえるだけではない。

 

 目の前に、はっきりとナギサの姿が見えている。

 

「……すごいな」

 

『……ふふっ』

 

 ナギサが、嬉しそうに笑った。

 

『成功したようですね』

 

「ああ!」

 

 俺は、大きく頷いた。

 

「ちゃんと見えてるぞ!」

 

『……よかったです』

 

 ……さて。

 

 まずは、軽く確認しておくか。

 

(……ナギサ。これも聞こえるか?)

 

『……はい。聞こえていますよ』

 

 ……よし。

 

 会話も問題なし。

 

 俺は、そっとナギサの肩へ手を伸ばした。

 

 すっ。

 

 ……そのまま、通り抜けた。

 

「……なるほど」

 

『……やはり、触れることはできないのですね』

 

「ああ。そこは予想どおりだな」

 

 実際にもう一人のナギサが現れたわけではない。

 

 だが、こうして姿を見ながら話せる。

 

 それだけでも、十分な進歩だ。

 

『……それにしても』

 

「……ん?」

 

『ミネさんの救護が少々豪快なのは存じていましたが……』

 

 ナギサは、少し困ったように微笑んだ。

 

『まさか、ナギさんまで被害に遭われるとは思いませんでした』

 

 …………。

 

「……いや、俺も思ってなかったぞ」

 

 何しろ、三階の窓から突然飛び込んできたんだからな。

 

 しかも、「救護です!!」と叫びながら。

 

「……あの時は、本当に死ぬかと思ったよ」

 

『……ふふっ』

 

「……ナギサ?」

 

『……すみません。お怪我を笑っているわけではないんです』

 

 ナギサは、口元を押さえながら続けた。

 

『ただ、あの有名な噂を、ナギさんご自身から聞くことになるとは思いませんでしたので……』

 

 …………。

 

(……ああ)

 

 そういえば。

 

『ミネが壊して騎士団が治す』

 

 そんな噂があったな。

 

 ……いや。

 

「……まさか、自分がその実例になるとは思わなかったけどな」

 

『……ふふっ。そうですね』

 

 ナギサが、小さく笑った。

 

 ……まったく。

 

 まあ、ミネも随分と反省していたし、これ以上責めるつもりはない。

 

 それに、ミネと話せたおかげで、セイアの生存も確認できたんだ。

 

 結果的には、会えてよかったと思っている。

 

 ……殴られたことを除けば。

 

『……ですが、ナギさん』

 

「……ん?」

 

『痛みが続くようでしたら、改めて診察を受けてくださいね』

 

「……分かってるって」

 

 俺は、苦笑した。

 

「ミネにも、そう言われてるからな」

 

『……それなら、よかったです』

 

 ナギサが、安心したように微笑んだ。

 

 ……うん。

 

 それじゃあ。

 

「……ナギサ」

 

『……はい?』

 

「身体の主導権も、試してみようか」

 

 ナギサの表情が、少し引き締まった。

 

『……はい』

 

 俺は、近くの椅子に腰を下ろした。

 

 立ったまま試して転ぶのも嫌だしな。

 

 ……何しろ、今はお腹も痛い。

 

「……準備はいいか?」

 

『……ええ』

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 俺は、身体を動かそうとする意識を緩めた。

 

 そして、ナギサに主導権を渡すことを意識する。

 

 …………。

 

(……おっ)

 

 不思議な感覚だった。

 

 自分の手足を動かそうとする感覚が、少しずつ遠のいていく。

 

 だが、意識ははっきりしている。

 

 視界も、そのままだ。

 

 ……そして。

 

「……あっ」

 

 俺の口から、小さな声が出た。

 

 ……いや。

 

 俺が話したんじゃない。

 

「……私の、声……」

 

 ナギサだ。

 

『……ナギサ、聞こえるか?』

 

「……はい」

 

 ナギサが、自分の手を見つめた。

 

 ゆっくりと指を動かす。

 

 握って。

 

 開いて。

 

 そして、もう一度。

 

「……本当に……」

 

 その声が、小さく震えた。

 

「……動かせるんですね」

 

 …………。

 

 俺は、そんなナギサの姿を見つめた。

 

 この身体で目を覚ましてから、ずっと考えていた。

 

 いつか、本人に返さなければならないと。

 

 そのために、できることを積み重ねてきた。

 

 ……そして、今。

 

『……おかえり、ナギサ』

 

「…………」

 

 ナギサが、静かに目を見開いた。

 

 そして。

 

「……はい」

 

 小さく微笑んだ。

 

「……ただいま、ナギさん」

 

 ……ああ。

 

 よかった。

 

 本当に、よかったな。

 

『……俺の姿は見えるか?』

 

「……ええ」

 

 ナギサが、俺の方へ顔を向けた。

 

「すぐそばにいらっしゃいますよ」

 

 ……おお。

 

 今度は、俺がナギサの隣に立っているわけか。

 

 自分自身の姿をこうして見るというのも、何とも不思議な気分だな。

 

『……じゃあ、少し歩いてみようか』

 

「……はい」

 

 ナギサは、椅子の肘掛けに手を添えた。

 

 ゆっくりと立ち上がり、一歩踏み出す。

 

 そして、もう一歩。

 

「……ふふっ」

 

 ナギサが、嬉しそうに笑った。

 

「……歩けます」

 

『……ああ』

 

 俺は、頷いた。

 

『ちゃんと歩けてるぞ』

 

 ナギサは、そのまま窓へ向かった。

 

 そして、カーテンに手を伸ばす。

 

 ゆっくりと開くと、朝日が部屋いっぱいに差し込んだ。

 

「……綺麗ですね」

 

『……そうだな』

 

 窓の外には、いつもと変わらないトリニティの景色が広がっている。

 

 だが、ナギサはしばらく、その景色を見つめたまま動かなかった。

 

 自分の手でカーテンを開けて。

 

 自分の意思で、窓の外を眺める。

 

 ……きっと、それだけでも嬉しいんだろうな。

 

「……ナギさん」

 

『……ん?』

 

「……ありがとうございます」

 

 ナギサは、窓の外を見つめたまま微笑んだ。

 

「もう一度、こうして朝を迎えられるなんて……」

 

 …………。

 

『……これからは、いつでも見られるさ』

 

「……はい」

 

 ナギサが、嬉しそうに頷いた。

 

 ……と。

 

「……っ」

 

 その表情が、少しだけ曇った。

 

 そっと、お腹へ手を当てる。

 

『……痛むか?』

 

「……少しだけ」

 

 …………。

 

(……うっ)

 

 ……そうだった。

 

 身体を交代しても、怪我が治るわけじゃない。

 

『……ごめん。もう少し治ってから試した方がよかったかな』

 

「……いいえ」

 

 ナギサは、首を横に振った。

 

「このくらいでしたら、大丈夫です」

 

 そして、少し笑った。

 

「それに、昨日の件は、ナギさんだけが悪いわけではありませんから」

 

『……そう言ってもらえると助かるよ』

 

「……ただし」

 

『……ん?』

 

「次からは、変装の練習をされる際も、もう少し周囲にお気をつけくださいね」

 

 …………。

 

(……あっ)

 

『……はい』

 

 ……うん。

 

 反論できない。

 

 昨日は、窓を開けっぱなしにしていた俺にも問題があったからな。

 

『……まあ、普通は三階の窓から入ってくるとは思わないけどさ』

 

「……ふふっ」

 

 ナギサが、楽しそうに笑った。

 

「それは、私も同感です」

 

 ……よし。

 

 そこは意見が一致したな。

 

 それから、ナギサはもう少しだけ部屋の中を歩いた。

 

 机の上に置かれた書類を眺めたり。

 

 窓際に飾られた花へ顔を近づけたり。

 

 時折、嬉しそうに笑ったり。

 

 ……うん。

 

 これは、思っていた以上に順調だな。

 

「……ナギさん」

 

『……ん?』

 

「そろそろ、交代しましょうか」

 

『……もういいのか?』

 

「……はい」

 

 ナギサは、微笑んだ。

 

「また、いつでもできますものね」

 

 …………。

 

『……ああ。もちろんだ』

 

 俺は、笑って答えた。

 

 そして、再び意識を合わせる。

 

「……ふぅ」

 

 身体の主導権が、俺へ戻ってきた。

 

 ……うん。

 

 問題なし。

 

『……お疲れ様でした、ナギさん』

 

(……ナギサもな)

 

 俺は、軽く手を握った。

 

(……それにしても、成功してよかったな)

 

『……ええ』

 

 ナギサが、嬉しそうに微笑んだ。

 

『とても、嬉しかったです』

 

 ……うん。

 

 これで、昨日考えたことは実現できた。

 

 今すぐ全てが解決するわけではない。

 

 それでも、確実に前へ進んでいる。

 

「……さて」

 

 俺は、時計を確認した。

 

 今日は、先生から連絡が来るかもしれない。

 

 ……そろそろ、準備しておくか。

 

 

     ◇

 

 

 ――午前十時。

 

 朝食を済ませ、執務室へ移動した俺は、机に置かれた書類を確認していた。

 

 ……うん。

 

 今日も、なかなかの量だな。

 

 だが、急ぎのものはある程度整理してある。

 

 午後までには、一区切りつけられそうだ。

 

『……ナギさん』

 

(……ん?)

 

 隣にいたナギサが、書類を覗き込んでいた。

 

『こちらは、エデン条約に関するものですね』

 

(……ああ。警備関係の調整だな)

 

『……なるほど』

 

 ナギサが、少し感心したように頷いた。

 

『こちらの案件は、もう処理されていたんですね』

 

(……昨日のうちにな)

 

『……ふふっ。随分と仕事が早いですね』

 

(……まあ、慣れてきたからな)

 

 ……それにしても。

 

 本人に自分の仕事を見られるというのは、なかなか緊張するな。

 

 ……まるで、抜き打ちの監査でも受けている気分だ。

 

『……あの、ナギさん?』

 

(……ん?)

 

『何か、気になることでも?』

 

(……いや、何でもない)

 

 ……うん。

 

 余計なことを考えるのはやめよう。

 

 ……と。

 

 コンコン。

 

「失礼いたします」

 

 扉の向こうから、護衛の声が聞こえた。

 

「桐藤ナギサ様。シャーレの先生がお見えになっています」

 

「……先生が?」

 

 ……おっ。

 

(……もしかして、SRTの件か?)

 

 数日前、先生にお願いしていたことがある。

 

 アリウス自治区への潜入に協力してくれる、SRTの生徒たちとの調整だ。

 

「それと、四名の生徒が同行されています」

 

「……四名ですか?」

 

「はい」

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、進展があったらしい。

 

「分かりました。先生には先にこちらへお越しいただいてください」

 

 俺は、少し考えてから続けた。

 

「同行されている皆さんには、別室でお待ちいただけるようお願いします。紅茶と軽食も用意してください」

 

「かしこまりました」

 

 護衛の足音が、遠ざかっていく。

 

 ……さて。

 

『……ナギさん』

 

(……ん?)

 

『先生がいらっしゃるのですね』

 

(……ああ)

 

 俺は、ナギサへ視線を向けた。

 

(……そういえば、先生とはまだ直接会ってなかったな)

 

『……はい』

 

 ナギサは、少し緊張したように頷いた。

 

(……せっかくだし、会ってみるか?)

 

『……よろしいのですか?』

 

(……もちろん)

 

 俺は、微笑んだ。

 

(……先生なら、きっと喜んでくれるよ)

 

『……ふふっ』

 

 ナギサが、嬉しそうに笑った。

 

『ありがとうございます』

 

 ……うん。

 

 いい報告ができそうだな。

 

 

     ◇

 

 

 コンコン。

 

「ナギ、入ってもいいかな?」

 

 先生の声だった。

 

「ええ。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 扉が開く。

 

「おはよう、ナギ!」

 

 先生が、いつもの笑顔で入ってきた。

 

「おはようございます、先生」

 

「今日は、前に頼まれていた件で来たんだ」

 

「……SRTの件ですね」

 

「うん。四人とも、話を聞いてくれることになったよ」

 

「……それは、よかったです」

 

 俺は、微笑んだ。

 

「先生には、お手数をおかけしましたね」

 

「気にしないで。僕も必要なことだと思ったから」

 

 先生は、椅子に腰を下ろした。

 

「それで、ナギ。先に話したいことがあるって聞いたけど」

 

「……ええ」

 

 俺は、少し笑った。

 

「実は、先生に嬉しいご報告がありまして」

 

「……嬉しい報告?」

 

「はい」

 

 そして。

 

「……ナギサ本人が、目を覚ましたんです」

 

「…………」

 

 先生が、目を見開いた。

 

「……え?」

 

「昨日、ナギサ本人と直接話すことができました」

 

 俺は、続けた。

 

「さらに、今朝からは現実でも会話できるようになりまして。身体の主導権も切り替えられるようになったんです」

 

「…………」

 

 先生は、しばらく黙っていた。

 

「……本当に?」

 

「ええ」

 

 俺は、頷いた。

 

「今朝、実際に試してみました。自分の意思で歩くこともできています」

 

「…………」

 

 先生の表情が、ゆっくりと変わっていく。

 

 驚きから。

 

 安堵へ。

 

 そして。

 

「……そっか」

 

 嬉しそうに微笑んだ。

 

「……よかった」

 

「……ええ」

 

 俺も、自然と笑みを浮かべた。

 

「本当に」

 

「……ナギ」

 

「……はい?」

 

「……頑張ったね」

 

 …………。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は、少し照れくさくなりながら答えた。

 

「ですが、まだ終わったわけではありませんよ」

 

「うん。それでも、今は喜んでいいと思うよ」

 

「……ふふっ。そうですね」

 

 ……まあ。

 

 たまには、素直に喜んでもいいか。

 

「……それで、先生」

 

「……うん?」

 

「もしよろしければ、ナギサ本人と直接お話ししていただけませんか?」

 

「……もちろん!」

 

 先生は、迷わず頷いた。

 

「会いたいよ。ずっと心配していたからね」

 

『……ナギさん』

 

 隣にいたナギサが、小さく声をかけてきた。

 

(……ん?)

 

『……私も、先生とお話ししてみたいです』

 

 少し緊張したように微笑んでいる。

 

(……じゃあ、交代しようか)

 

『……はい』

 

 俺は、先生へ向き直った。

 

「それでは、少し失礼しますね」

 

「……うん」

 

 椅子へ深く腰を下ろし、ナギサと意識を合わせる。

 

 そして。

 

 身体の主導権が、静かに切り替わった。

 

「……先生」

 

 ナギサが、口を開いた。

 

「……初めまして」

 

 …………。

 

 先生が、静かに息を呑んだ。

 

 同じ顔。

 

 同じ声。

 

 だけど、その表情も、話し方も。

 

 さっきまでの俺とは、確かに違っていた。

 

「……ナギサ?」

 

「……はい」

 

 ナギサが、ゆっくりと頷いた。

 

「桐藤ナギサです」

 

 そして、少しだけ緊張した様子で微笑んだ。

 

「……お会いできて、嬉しいです。先生」

 

「…………」

 

 先生は、しばらくナギサを見つめていた。

 

 そして。

 

「……そっか」

 

 穏やかに微笑んだ。

 

「……会えてよかった」

 

「……先生」

 

 ナギサは、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 その声は、少しだけ震えていた。

 

「私も、先生にお会いできて嬉しいです」

 

「……うん」

 

 先生は、優しく頷いた。

 

「これから、よろしくね」

 

「……はい」

 

 ……ああ。

 

 よかったな。

 

 先生とも、こうして会えたんだ。

 

「……ナギから、色々と聞いていたんだ」

 

 先生が、静かに口を開いた。

 

「いつか必ず、ナギサを助けたいって」

 

「…………」

 

「だから、こうして会えて、本当に嬉しいよ」

 

 ナギサは、少しだけ目を伏せた。

 

 そして。

 

「……私も、ナギさんには本当に感謝しています」

 

 ゆっくりと微笑む。

 

「ですが、まだ何もお返しできていなくて……」

 

「……そんなことないよ」

 

 先生は、首を横に振った。

 

「ナギは、ナギサがこうして笑ってくれるだけでも嬉しいと思うよ」

 

「…………」

 

 ナギサが、こちらへ視線を向けた。

 

 …………。

 

『……まあ、そうだな』

 

 俺は、笑った。

 

『そこは先生の言うとおりだよ』

 

「……ふふっ」

 

 ナギサが、小さく笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

「……ん?」

 

 先生が、首を傾げた。

 

「……今、ナギと話してた?」

 

「……はい」

 

 ナギサが、頷いた。

 

「実は、今もすぐ隣にいらっしゃるんです」

 

「……隣に?」

 

「ええ。私にしか見えませんけれど」

 

 先生が、周囲を見渡した。

 

 ……当然、何も見えない。

 

「……へぇ」

 

 先生は、興味深そうに頷いた。

 

「じゃあ、ナギも一緒に話を聞いてるんだね」

 

「……はい」

 

 ナギサが、嬉しそうに微笑んだ。

 

「とても心強いです」

 

 ……うん。

 

 何かあったら、いつでも相談してくれて構わないからな。

 

「……それで、ナギサ」

 

「……はい?」

 

「これからは、どうするつもりなの?」

 

「……そうですね」

 

 ナギサは、少し考えてから答えた。

 

「当面は、ナギさんに表にいていただく予定です」

 

「……そっか」

 

「ですが、私も少しずつ、元の生活に慣れていきたいと思っています」

 

「うん。それがいいと思うよ」

 

 先生は、穏やかに微笑んだ。

 

「焦らず、ナギサのペースでね」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 ……うん。

 

 これで、先生にも今の状況は伝わったな。

 

「……ところで、先生」

 

 ナギサが、少し遠慮がちに口を開いた。

 

「私からも、一つお願いがあるのですが」

 

「もちろん。何かな?」

 

「……ナギさんのことを、どうかよろしくお願いいたします」

 

 …………。

 

『……ん?』

 

 ……いや。

 

 何で俺の話になるんだ?

 

「……ナギのこと?」

 

「……はい」

 

 ナギサは、小さく頷いた。

 

「ナギさんは、とても頼りになる方です。ですが、時々、ご自分のことを後回しにされることがありますから」

 

 …………。

 

(……うっ)

 

 ……そこを言うか。

 

「……あはは」

 

 先生が、少し笑った。

 

「それは、僕も思ってたよ」

 

「……そうなのですね」

 

「うん。だから、これからもちゃんと見ておくつもり」

 

「……ふふっ。ありがとうございます」

 

 …………。

 

『……ナギサ』

 

 俺は、少し苦笑した。

 

『……そんなに心配しなくても大丈夫だって』

 

「……そうおっしゃるところが、少し心配なのですけれど」

 

 …………。

 

(……あっ)

 

 ……なるほど。

 

 これは、反論が難しいな。

 

 先生も、楽しそうに笑っている。

 

 ……まあ。

 

 二人に心配されるくらいで済むなら、安いものか。

 

 それから、ナギサは先生にいくつか質問をした。

 

 シャーレの仕事について。

 

 キヴォトスの生徒たちとの関わりについて。

 

 そして、これからのトリニティについて。

 

 先生は、一つずつ丁寧に答えていた。

 

 最初は緊張していたナギサも、少しずつ自然に話せるようになっていく。

 

 ……うん。

 

 いい感じだな。

 

 ……と。

 

 ふと、一つ思いついた。

 

(……そうだ)

 

 俺は、先生の後ろへ回った。

 

 今の俺は、ナギサの意識に映っているだけ。

 

 先生には見えない。

 

 ……つまり。

 

(……ちょっとくらい、遊んでもいいよな?)

 




最後までお読みいただき、ありがとうございます!

ついに、ナギサが自分の意思で身体を動かせるようになりました!

そして、先生とも初めて直接お話しすることができました。

……と、ここまでは感動的な再会だったのですが、どうやらナギが何か思いついたようです(笑)。


引き続きよろしくお願いします!
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