今回は、いよいよFOX小隊との本格的な交渉が始まります!
ちなみに、今回のお話は第39話まで続きます。
本当は一度に読んでいただきたかったので、今回は特別に3話を1分間隔で投稿します!
それでは、お楽しみください!
FOX小隊の四人が席に着いたところで、俺は用意していた紅茶に口をつけた。
……さて。
(まずは、様子を見ておくか)
隊長のユキノは、背筋を伸ばしてこちらを見つめている。
副隊長のニコは柔らかな笑みを浮かべているが、その視線は鋭い。
クルミは、明らかに不満そうだ。
一方、オトギはどこかのんびりした様子で、室内を観察している。
四人とも、警戒心は強い。
だが、それ以上に気になるのは。
(……やっぱり、余裕がなさそうだな)
学園の閉鎖案が、現実味を帯びてきているんだ。
当然といえば当然か。
俺は、ティーカップを置いた。
「それでは、早速本題に入りましょうか」
「……はい」
ユキノが、静かに頷いた。
「今回、皆さんにお願いしたいのは、アリウス自治区への潜入に伴う護衛任務です」
俺は、用意していた資料を広げた。
「主な目的は、自治区内部の情報収集と、安全な移動経路の確認。そして、必要に応じた現地関係者との交渉です」
「……アリウス自治区、ですか」
ユキノが、資料へ視線を落とした。
「失礼ですが、ナギサ様ご自身も同行されるのでしょうか?」
「ええ。その予定です」
「……それは、あまりにも危険ではありませんか?」
「理由をお聞きしても?」
「ナギサ様はティーパーティーのホストです。万が一のことがあれば、トリニティ全体に影響が及びます」
……うん。
もっともな意見だ。
「おっしゃるとおりです。ですが、今回の潜入では、現地での情報解析が必要になる可能性があります」
俺は、カタコンベに関する資料を示した。
「アリウス自治区の内部経路は複雑で、古い記録や暗号の解読が必要になると考えています」
「……なるほど」
オトギが、興味深そうに資料を覗き込んだ。
「つまり、現地で資料を読める人が必要なんですね?」
「ええ。その役割は、私が担当するつもりです」
「……分かりました」
続いて、ニコが口を開いた。
「任務中の指揮権についても、確認させていただけますか?」
「もちろんです」
俺は、先生へ視線を向けた。
「現地での指揮は、先生にお願いする予定です」
「うん」
先生が頷いた。
「ただし、危険だと判断したら撤退する。ナギサとも、そう約束しているよ」
「……それでしたら」
ユキノが、少し考え込んだ。
「こちらの判断で、護衛対象の安全を優先した行動を取ることも可能なのでしょうか?」
「ええ。現場の専門家である皆さんの意見は尊重します」
「……分かりました」
それからも、四人はいくつかの質問を重ねた。
想定される敵の規模。
撤退方法。
通信手段。
そして、連邦生徒会側の許可。
(……さすが、SRTだな)
質問が的確だ。
特に、ユキノとニコは任務の危険性を正確に把握しようとしている。
オトギも、地形や潜入経路について鋭い指摘をしていた。
クルミは口数こそ少ないものの、戦闘時の対応については積極的に確認している。
……本当に、優秀な子たちだ。
(だからこそ、惜しいんだよな)
俺は、資料を閉じた。
「任務の概要については、以上となります」
「……承知しました」
ユキノが頷いた。
「それでは、部隊内で検討させていただきます」
「ええ。もちろんです」
俺は、微笑んだ。
……さて。
ここまでは、ごく普通の交渉だった。
だが。
(ここからは、少し嫌われるかもしれないな)
……まあ。
その辺りは、覚悟している。
「ただ、その前に一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……何でしょうか?」
「皆さんは、現在のSRT特殊学園の状況について、どのようにお考えですか?」
その瞬間。
四人の表情が、わずかに変わった。
「……学園の閉鎖について、でしょうか?」
「ええ」
「皆さんは現在、SRT特殊学園の閉鎖案に反対し、学園の存続を求めて活動されていると伺っています」
「……はい」
「具体的には、どのような方法で状況を変えようとされているのでしょうか?」
ユキノが、少し考え込んだ。
「……連邦生徒会に対し、閉鎖案の再考を求めています」
「なるほど」
「私たちの学園が、今後も必要であることを理解していただくつもりです」
「……それは、実績を示すことでしょうか?」
「……ええ。それも必要だと考えています」
……それも、か。
俺は、四人の表情を確認した。
ユキノは冷静に答えている。
だが、クルミは不満そうに眉をひそめた。
ニコも、一瞬だけユキノへ視線を向けている。
(……ふむ)
どうやら、実績を積み重ねていくだけでは間に合わないと考えているらしい。
……となると。
(……強硬手段も、選択肢に入っているかもしれないな)
もちろん、今のやり取りだけで断定はできない。
だが、原作での出来事を考えれば、見過ごせる反応ではなかった。
「……ですが」
俺は、静かに続けた。
「実績を積み重ねたとしても、閉鎖案を取り下げてもらうまでには相応の時間が必要になるでしょうね」
「…………」
「今の皆さんに、その時間が残されているのでしょうか?」
クルミの拳が、わずかに握られた。
「……それは」
「現状を変えるためには、もっと直接的な行動が必要だとお考えなのではありませんか?」
「……っ!」
ユキノの表情が険しくなった。
「……ナギサ様」
「はい?」
「私たちの活動について、何かご存じなのでしょうか?」
「いえ。詳しく存じているわけではありません」
俺は、首を横に振った。
「ですが、皆さんのお話を伺っていると、今の方法では十分な成果が得られていないように感じまして」
「…………」
「失礼ながら、これほど優秀な生徒を抱えていながら、なぜ学園の存続を認めさせることができていないのでしょうか?」
「……っ!」
クルミが、勢いよく顔を上げた。
「それは、私たちだって!」
「……クルミ」
ユキノが制止する。
だが、その声にも怒りが混ざっていた。
「……もちろん、皆さんが努力されていることは理解しています」
俺は、穏やかな笑みを崩さなかった。
「ただ、結果が伴っていないのであれば、別の方法を考える必要がありますよね?」
「…………」
「それに」
俺は、一度言葉を切った。
「仮にSRT特殊学園が閉鎖されたとしても、皆さんほどの実力があれば、他の学園でも十分に活躍できるのではありませんか?」
…………。
空気が変わった。
「……何を」
クルミが、小さく呟いた。
「例えば、トリニティにも優秀な生徒を必要としている組織はあります」
俺は、続けた。
「そう考えると、そこまでSRTという学園そのものにこだわる必要があるのでしょうか?」
ガタンッ!!
「……ふざけないでください!!」
クルミが、勢いよく立ち上がった。
「私たちにとって、SRTはただの学校じゃないんです!!」
「……クルミ!」
ユキノが制止した。
だが、彼女自身も明らかに怒っていた。
「……ナギサ様」
ユキノが、俺を鋭く見つめた。
「それ以上、私たちの学園を軽んじる発言は控えていただきたい」
「……失礼しました」
俺は、軽く頭を下げた。
……ああ。
(……分かっているよ)
SRTは、彼女たちにとって大切な居場所なんだ。
その思いを否定するつもりなんてない。
……だが。
今の反応で、確信できた。
彼女たちにとって、学園の存続は何よりも優先したい願いだ。
そのためなら、普段の冷静ささえ失いかねない。
(……ここが、危ないんだよな)
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「どうやら、今回の交渉は難しいようですね」
「…………」
ユキノが、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ありませんが、今回のお話は一度持ち帰らせていただきます」
「ええ。もちろんです」
俺は、微笑んだ。
「無理に引き止めるつもりはありません」
……さて。
十分に怒らせた。
交渉も、破談寸前だ。
(……それじゃあ、次だな)
俺は、机の引き出しへ手を伸ばした。
「ただ、一つだけ残念ですね」
「……何がでしょうか?」
「今回の任務は、皆さんにとっても有益な機会になると考えていたのですが」
俺は、一枚の書類を取り出した。
「……こちらをご覧ください」
「……これは?」
ユキノが、書類へ視線を落とした。
その表紙には。
『SRT特殊学園閉鎖案の審議延期および再考に関する要請書』
そう記されていた。
「…………」
ユキノの表情が変わった。
「……これは」
「トリニティの名で、連邦生徒会へ提出した要請書の控えです」
「…………え?」
クルミが、目を見開いた。
「……提出、したんですか?」
「ええ。数日前に」
俺は、頷いた。
「もちろん、これだけで閉鎖案が取り下げられるわけではありませんが」
四人の視線が、書類へ集中する。
……ああ。
怒りが消えたわけじゃない。
だが、今はそれ以上に、この書類が気になっている。
(……さあ、どうする?)
◇
「……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
ユキノが、要請書を見つめたまま口を開いた。
「どうぞ」
「なぜ、トリニティがSRTの存続を求めているのでしょうか?」
「理由の一つは、エデン条約です」
「……エデン条約?」
「ええ」
俺は、用意していた別の資料を広げた。
「条約が成立すれば、トリニティとゲヘナの関係は大きく変わります」
「……それは、そうでしょうが」
「条約そのものは軍事同盟ではありません。しかし、これまで対立していた二大学園が協調するようになれば、将来的には軍事面での連携も考えられるでしょう」
ユキノが、少し考え込んだ。
「……つまり、勢力均衡への影響ですか?」
「ええ」
「そうした状況では、連邦生徒会が適切な指揮と監督の下で運用できる精鋭部隊の存在は、これまで以上に重要になると考えています」
SRTを解体するということは、その貴重な戦力を自ら手放すことにもなる。
「ですので、私は閉鎖案について、結論を急がず再考するべきだと考えました」
……もっとも、実際にエデン条約が成立するかは分からない。
俺自身、この先のゲヘナ編で起きる問題を考えると、少し反対寄りだ。
だが、成立を望む人たちがいる以上、無理に止めるつもりもない。
一応、ゲヘナの問題にも対処法はある。
……あまり効果は期待できないけどな。
それに、条約が成立した場合に備えて、SRTのような精鋭部隊が必要だと考えていたのも本当だ。
「……なるほど」
ニコが、静かに頷いた。
「ですが、それだけで連邦生徒会を説得できるのでしょうか?」
「難しいでしょうね」
俺は、素直に答えた。
「ですが、働きかけをトリニティだけで終わらせるつもりもありません」
「……と、おっしゃいますと?」
「ゲヘナのヒナさんにも、協力をお願いできないかと考えています」
「…………!」
ユキノの目が、大きく見開かれた。
「……ゲヘナの、ヒナさんに?」
「ええ。まだ正式にお願いしたわけではありませんが」
俺は、続けた。
「仮にトリニティとゲヘナの双方から再考を求めることができれば、連邦生徒会としても検討する理由が増えるでしょう」
もちろん、ヒナが必ず協力してくれるとは限らない。
だが、交渉する価値は十分にある。
「……それと、もう一つ」
俺は、ユキノへ視線を向けた。
「今回の任務そのものにも、意味があります」
「……任務に?」
「ええ。SRTの閉鎖案が検討される理由の一つは、連邦生徒会長の失踪によって、指揮命令系統が不明確になったことです」
ユキノが、静かに頷いた。
「……はい」
「強力な武力を持つ組織でありながら、誰がその行動を監督し、責任を負うのか。その問題が解決されていないわけですね」
「…………」
「ですが、今回の任務は違います」
俺は、先生へ視線を向けた。
「先生が指揮を執り、連邦生徒会側の許可を得たうえで、皆さんが正式な任務に参加することになります」
「……なるほど」
「その実績があれば、適切な指揮命令系統の下でSRTの戦力を運用できるという、一つの判断材料になるでしょう」
……そう。
ただ優秀だと主張するだけではない。
問題とされている部分について、実際の行動で改善の可能性を示すんだ。
「もちろん、一度の任務で閉鎖案が取り下げられるとは限りません」
俺は、続けた。
「ですが、再考要請に加えて、皆さん自身の実績も示すことができれば」
そして、少しだけ微笑んだ。
「今よりは、随分と状況が変わると思いませんか?」
…………。
四人は、黙っていた。
やがて。
「……ナギサ様」
ユキノが、静かに口を開いた。
「一つ、確認させてください」
「もちろんです」
「今回の任務に参加しなかった場合、先ほどの再考要請はどうなるのでしょうか?」
「既に提出済みですので、取り下げるつもりはありません」
俺は、頷いた。
「ですが、今後の働きかけについては、状況を見ながら判断することになりますね」
「…………」
「皆さんが協力されないのであれば、今回の任務による実績を示す機会も失われますから」
……そう。
嘘は言っていない。
再考要請も、本当に提出している。
SRTが必要だと考えているのも本心だ。
……だが。
(……どう受け取るかは、別なんだよな)
俺は、あえて少し残念そうな表情を浮かべた。
「もっとも、協力していただけないのであれば仕方ありません。皆さんにも事情がおありでしょうから」
「……待ってください!」
クルミが、声を上げた。
「……はい?」
「今回の任務に参加すれば、本当にSRTの存続につながる可能性があるんですよね?」
「ええ。保証はできませんが、可能性はあると考えています」
「……だったら!」
クルミが、ユキノへ視線を向けた。
「隊長! もう一度、考えましょう!」
「……クルミ」
「だって、このまま何もしなかったら……!」
ユキノは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに息を吐く。
「……分かりました」
そして、俺へ向き直った。
「任務内容について、もう一度詳しく確認させていただけますか?」
「……もちろんです」
俺は、穏やかに微笑んだ。
(……ここまでは、想定どおりだな)
◇
――それから、しばらくして。
FOX小隊は、再び契約内容を確認していた。
危険な任務であることに変わりはない。
だからこそ、彼女たちも慎重だった。
「……撤退の判断については、先生と私たちで協議するということでよろしいでしょうか?」
「ええ。ただし、差し迫った危険がある場合は、現場の判断を優先してください」
「……承知しました」
ユキノが、資料へ書き込んでいく。
ニコも、隣から内容を確認していた。
……うん。
やっぱり、優秀だ。
必要な質問を怠っているわけじゃない。
むしろ、一般的な交渉相手なら、ここまで慎重に確認されると少々困るだろう。
……ただし。
(……信頼する相手を間違えたら、どうなる?)
それが、今回の問題なんだよな。
「……では、こちらが協力に関する契約書です」
俺は、最後の書類を差し出した。
ユキノは、それを受け取ると、四人で内容を確認し始めた。
任務の範囲。
指揮系統。
撤退条件。
そして、双方の責任。
……もちろん、露骨に不利な条件なんて書いていない。
そんなものがあれば、彼女たちなら簡単に気づくだろう。
だが。
一つだけ。
意図的に、曖昧な表現を残してある。
『契約期間中、FOX小隊はトリニティ総合学園の校則および学内規定を遵守し、同学園の文化・慣習を尊重するとともに、他の生徒に迷惑を及ぼす行為を行わないものとする』
……うん。
一見すれば、何の問題もない条項だ。
他校で活動するなら、その学園の校則を守る。
当たり前の話だろう。
……さて。
(……この一文を、どこまで考えてくれるかな)
俺は、四人の様子を観察した。
「……文化や慣習、ですか」
オトギが、首を傾げた。
「トリニティって、色々と決まりが多そうですよねー」
「……ふふっ。確かに、独自の文化は多いですね」
俺は、微笑んだ。
「ですが、他校からお越しになる皆さんに、すべてを理解していただこうとは考えていませんよ」
「……なるほど」
オトギが、頷いた。
ユキノも、条項を読み進める。
……うん。
ちゃんと読んでいる。
それでも、今の彼女たちは、俺が悪意を持ってこの条項を用意した可能性までは考えていないらしい。
再考要請書。
SRTの実績。
先生の指揮。
その一つ一つが、俺に対する信用につながっている。
(……本当に、嫌な方法だよな)
しかも、提示した利益は全部本物だ。
だからこそ、見抜きにくい。
やがて。
「……隊長」
ニコが、ユキノへ視線を向けた。
「……うん」
ユキノは、静かに頷いた。
「……契約内容については、概ね問題ないと考えています」
「……ありがとうございます」
俺は、微笑んだ。
「ただし、任務中の安全については、こちらの判断を尊重していただきます」
「もちろんです」
ユキノは、先生へも確認を取った。
先生が頷くと、ようやく契約書を机へ置く。
「……それでは」
ユキノが、ペンを手に取った。
署名欄へ、ペン先が近づく。
……さて。
(……予定どおりだな)
彼女たちは契約内容を確認した。
任務の危険性についても、的確な質問をしていた。
判断力はある。
能力も高い。
……だが。
SRTの存続という希望を提示されてから、明らかに警戒が緩んでいる。
(……やっぱり、ここが弱点か)
俺は、四人の表情を確認した。
……ふむ。
(……まだ、追い詰められるな)
今の状況なら、さらに不利な条件を飲ませることもできるだろう。
今回の機会を逃した場合の不利益を強調する。
今後の支援について、少し含みを持たせる。
あるいは、別の条件を追加するだけでも……。
…………。
(……いや、ここまでだな)
相手は、あくまでも子供だ。
どれほど優秀でも、経験には限りがある。
ましてや、自分たちの学園がなくなるかもしれない状況なんだ。
冷静でいられなくなるのも、無理はない。
(……ベアトリーチェが相手なら、むしろここからが本番なんだけどな)
あいつに遠慮するつもりはない。
だが、この子たちをこれ以上追い詰める必要はない。
そもそも、最初から署名させるつもりなんてなかったんだから。
…………。
俺は、四人の顔を見た。
ユキノは、真剣な表情で契約書を見つめている。
ニコも、どこか緊張していた。
クルミは、期待と不安が入り混じったような顔をしている。
オトギも、先ほどから口数が少ない。
……ああ。
(……本当に、大切なんだな)
SRTという学園が。
原作を見ていた時から、彼女たちが学園を大切にしていることは知っていた。
だが、実際に話してみると、その思いは想像以上だった。
自分たちの居場所を守るために、必死になっている。
少しでも可能性があるなら、それに縋りたい。
……そんな気持ちが、痛いほど伝わってくる。
(……なんだかなぁ)
少し、腹が立ってきた。
もちろん、彼女たちにじゃない。
(……こういう子たちを利用する奴らにだよ)
自分たちの学園を守りたい。
仲間と一緒にいたい。
ただ、それだけの願いなのに。
その願いを利用して、自分の都合のいいように動かそうとする奴らがいる。
(……原作でカヤがやったのも、これだった)
SRTを守りたいという願いを利用して、自分の計画に協力させていた。
……だが、この世界ではまだ、その未来が訪れたわけじゃない。
今のカヤがどこまで動いているのかも分からない。
(……間に合うなら、あいつも止めたいな)
カヤだって、まだ子供なんだ。過ちを犯す前に止められるなら、それが一番いい。
既に何かしているなら責任は取ってもらう。それでも、やり直す機会は残したい。
……ただ。
(……ベアトリーチェ、お前は違う)
あいつは、子供の弱さも、願いも、苦しみも理解している大人だ。
そのうえで利用する。
希望を与え、それを餌にして、自分の思いどおりに動かそうとする。
(……本当に、胸くそ悪いな)
…………。
いや。
今回、似たようなことをしている俺が言えた義理じゃないけどさ。
……でも。
(……俺は、ここで止める)
彼女たちに危険を知ってもらうために仕掛けた交渉だ。
利用することが目的になってしまったら、本末転倒だろう。
……まったく。
こんなにも優秀で、こんなにも必死なのに。
自分たちの大切なものを守ろうとする気持ちが、そのまま弱点になってしまうなんて。
(……ああ、もう。見ていられないな)
十分だ。
これ以上、追い詰める必要はない。
俺は、静かに手を伸ばした。
そして。
すっ。
ユキノの目の前から、契約書を取り上げる。
「……ナギサ様?」
俺は、答えなかった。
契約書を両手で持ち。
ビリッ!!
「…………え?」
さらに。
ビリビリッ!!
破れた紙片が、机の上へ落ちた。
「なっ……!?」
四人が、呆然とこちらを見つめている。
俺は、一度大きく息を吐いた。
「……皆さん」
そして、静かに告げた。
「追い詰められた状態で、重要な書類に署名してはいけません」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ナギとFOX小隊の交渉を描きました。
互いの立場や思惑が交錯する中、ようやく合意に至るかと思われましたが……。
最後の最後で、ナギは契約書を破棄するという予想外の行動に出ました。
あれだけ慎重に話を進めていたナギが、なぜこのような選択をしたのか。
その行動には、彼なりの考えがあるようです。
次回、その真意が明らかになります。
今回は1分後に続きを投稿しますので、ぜひそのままお読みいただければ幸いです。
引き続きよろしくお願いします!