前回、まさかの契約書破棄で終わりましたが、今回はその理由が明らかになります。
ちなみに、今回の第37~39話は、できれば一続きで読んでいただきたかったので、1分間隔で投稿しています!
それでは、お楽しみください!
「…………」
しん、と室内が静まり返った。
ユキノは、破れた契約書を見つめたまま動かない。
ニコも、クルミも、オトギも。
誰一人、すぐには口を開かなかった。
……まあ。
当然だろうな。
つい先ほどまで、正式な任務の契約を結ぼうとしていたんだ。
それなのに、交渉相手が突然契約書を破り捨てた。
(……何を考えているのか、さっぱり分からないよな)
しかも、それを破ったのは俺自身だ。
……うん。
逆の立場だったら、俺だって困惑すると思う。
「……ナギサ様」
やがて、ユキノが静かに口を開いた。
「説明していただけますか?」
その声には、困惑と警戒が入り混じっていた。
「……ええ」
俺は、頷いた。
「まず、今回の交渉についてお話ししましょう」
「……交渉、ですか?」
「はい。私は最初に、皆さんへ任務の概要をご説明しました」
四人へ視線を向ける。
「その後、あえて皆さんを怒らせるような発言をしました。そして、交渉が破談になりかけたところで、再考要請書を提示したんです」
ニコの表情が変わった。
「……まさか」
「ええ。意図的に行いました」
「…………っ!」
ガタンッ!!
「ふざけないでください!!」
クルミが、勢いよく立ち上がった。
「私たちの学園を、何だと思ってるんですか!?」
「……クルミ!」
ユキノが制止した。
だが、その声にも強い怒りが込められていた。
「……ナギサ様」
ユキノが、俺を鋭く見つめる。
「つまり、私たちの弱みに付け込み、判断を誘導していたということですか?」
「……はい。そのとおりです」
俺は、迷わず認めた。
「皆さんがSRTをどれほど大切に思っているか。その気持ちを利用しました」
「…………」
「ですが、再考要請書は本物です。SRTの存続を支持していることも、今回の任務に価値があると考えていることも、本心です」
……そう。
嘘をつかなくても、人を誘導することはできる。
むしろ、本当のことだからこそ、信用される場合もあるんだ。
「皆さんは一度、今回のお話を持ち帰ろうとされましたよね?」
「……ええ」
「それは、慎重な判断だったと思います。ですが、再考要請書を提示した後は、再び交渉の席に着いてくださいました」
「……それが、何か問題なのでしょうか?」
「交渉を再開したこと自体は、問題ありません」
俺は、首を横に振った。
「問題は、その後です」
机に残された契約書の切れ端を、一枚拾い上げる。
「この条項を覚えていらっしゃいますか?」
そこには、トリニティの校則や学内規定の遵守について記されていた。
「……はい」
ユキノが答えた。
「トリニティの校則や学内規定を遵守し、文化や慣習を尊重すること。他の生徒に迷惑をかけないことも記されていました」
「ええ。では、契約期間中に、その校則が変更された場合はどうでしょう?」
「……変更、ですか?」
「例えば、FOX小隊の活動を大幅に制限する規則が、新たに制定されたとします」
ユキノの表情が変わった。
「……ですが、校則の変更には手続きが必要なはずです」
「ええ。そのとおりです」
「それに、私たちは任務のために一時的に滞在するだけです。そのような規則を一方的に適用されるのであれば、異議を申し立てます」
「……なるほど」
俺は、頷いた。
「では、先ほど皆さんが署名しようとしていた契約書に、その異議申し立てについての条項はありましたか?」
「…………」
ユキノが、わずかに目を見開いた。
「……それは」
「ありませんよね?」
俺は、静かに続けた。
「異議を申し立てること自体はできるでしょう。ですが、その間、変更された校則への遵守義務はどうなるのでしょうか?」
「…………」
「契約書には、トリニティの校則や学内規定を遵守することが明記されています。ですが、皆さんの同意なく規則が変更された場合については、何も記されていません」
「……ですが、そのような一方的な変更が、認められるとは……」
「……認められますよ」
「……え?」
俺は、ユキノの目を真っ直ぐに見つめた。
「私は、トリニティ総合学園の最高意思決定を担う、ティーパーティーのホストの一人です」
「…………」
「学内の規則を変更するために、どのような手続きが必要なのか。それを、私が知らないとでも?」
ユキノの表情に、警戒の色が浮かんだ。
「もちろん、私の一存ですべてを決められるわけではありません」
……だが。
「必要な手続きを踏み、正式な規則として制定することは可能です。私が本気でその気になれば、皆さんに不利な規則を成立させることもできるでしょう」
「……っ!」
俺は、静かに続けた。
「その時になって、『そんなつもりで署名したわけではない』とおっしゃっても、私はこう答えることができます」
一度、言葉を切る。
「……新しく制定された校則も、トリニティの校則ですよね?」
「…………っ!」
ユキノの表情が強張った。
「契約書には、変更前の校則だけを守ればいいとは書かれていません」
俺は、静かに微笑んだ。
「……皆さんは、その契約書に署名しようとしていたんですよ?」
ユキノは、黙っていた。
「もし私が、新しい校則に従うよう要求し続けたら……皆さんは、どうやって任務を続けるのでしょうか?」
……もちろん。
契約の解釈を争う方法はある。
だが、それで即座に解決するとは限らない。
俺が権限を利用して妨害を続ければ、彼女たちはその対応に追われることになる。
危険な任務では、その時間が命取りになることだってあるんだ。
「……皆さん」
俺は、破れた契約書を机に置いた。
「もし私が、本当に皆さんを利用するつもりだったなら」
四人を見つめる。
「……今頃、皆さんは何に署名しようとしていたのでしょうね?」
「…………」
クルミが、悔しそうに拳を握った。
ユキノも、険しい表情のままだ。
……ああ。
怒って当然だ。
だが、ここで終わるわけにはいかない。
「……なぜ、その点を確認されなかったのでしょうか?」
しばらくの沈黙の後、ニコが口を開いた。
「……あなたが、私たちを助けようとしてくれていると思ったから……でしょうね」
「……ええ」
「でも、あの再考要請書は本物なのでしょう?」
ニコが、こちらを見つめる。
「それなら、私たちを助けようとしてくれているという判断も、間違いではなかったのではありませんか?」
「ええ。間違いではありません」
俺は、頷いた。
「ですが、私が皆さんを助けたいと思っていることと、契約条件が安全であることは、別の問題です」
「…………」
「皆さんは、契約書を確認していなかったわけではありません。任務の危険性や指揮命令系統についても、非常によく確認されていました」
……そう。
彼女たちは優秀だ。
最初の警戒も、決して甘くはなかった。
「ですが、再考要請書を提示された後はどうでしょうか?」
「…………」
「それまで警戒していた私を、SRTの存続に協力してくれる人物として見るようになったのではありませんか?」
ユキノの眉が、わずかに動いた。
「……それは、否定できません」
「ええ。そして、その信用が契約条件の判断にまで影響してしまった」
……これが、今回の問題なんだ。
「ただ、一つ誤解しないでください」
俺は、続けた。
「今回の仕掛けを見抜けなかったこと自体を、一方的に責めるつもりはありません」
……そう。
ここまで手の込んだ方法を使う相手は、そう多くないだろう。
だが。
「今回、私は皆さんを署名寸前まで誘導できました。同じような手段を使う相手が、今後現れないとは限りません」
……そして。
次の相手が、契約書を破り捨ててくれる保証なんてない。
「……一つ、確認させてください」
ユキノが、静かに口を開いた。
「私たちは、任務の危険性も、契約内容も、可能な限り検討したつもりです」
「……ええ」
「それでも、今回のような仕掛けを見落とした」
ユキノは、俺を真っ直ぐに見つめた。
「……では、ナギサ様。私たちは、どうすればよかったのでしょうか?」
…………。
……ああ。
いい質問だ。
自分たちの失敗を認めたうえで、次にどうすべきかを考えている。
……やっぱり、優秀だな。
「すべての危険を見抜く必要はありません。そもそも、それは難しいでしょう」
「……では?」
「先ほど、皆さんは一度交渉を持ち帰ろうとされましたよね?」
「……はい」
「その判断を、再考要請書を見た後も維持することはできたはずです」
「…………」
「契約書を専門家に確認してもらうこともできました。少なくとも、その場で署名を急ぐ必要はなかったでしょう」
ユキノは、静かに目を伏せた。
「……確かに、そうですね」
「そして、もう一つ。皆さんが何よりも望んでいるものを提示された時こそ、警戒を強めていただきたいんです」
「……再考要請書、ですか?」
「ええ」
俺は、頷いた。
「私が提示したのは、SRTの存続を保証する書類ではありません。ですが、皆さんにとっては、大きな希望になったはずです」
……そう。
再考要請が受け入れられるかどうかは、まだ分からない。
だが、トリニティのティーパーティーが正式に再考を求めるというのは、それほど軽い話じゃない。
SRTの存続に向けて、大きく状況を動かせるだけの意味がある。
「だからこそ、なぜ今それを提示したのか、何を求められるのか、立ち止まって考えてほしかったんです」
「……都合のいい話だからこそ、ですか?」
ニコが尋ねた。
「ええ。欲しいものを与えてくれる相手ほど、信じたくなるものですから」
「……でも!」
クルミが、声を上げた。
「そこまで疑ってたら、誰のことも信用できないじゃないですか!」
……ああ。
もっともな意見だ。
「普段から、そこまで警戒する必要はありませんよ」
「……え?」
「友人や家族、大切な人を信用するのは、ごく自然なことです。日常の些細なことまで疑っていては、きりがありません」
俺は、少しだけ表情を和らげた。
「ですが、命や、大切な人たちの未来が懸かる決断は別です」
「…………」
「どれほど信用している相手でも、何を失う可能性があるのか、一度立ち止まって考えてください」
信じることと、判断を任せきりにすることは違う。
それは、どれほど親しい相手でも同じだ。
「……それと、もう一つ」
俺は、四人を見渡した。
「仲間の警戒が緩んでいる時、皆さんはどうされますか?」
「……任務中の話でしょうか?」
ユキノが尋ねた。
「ええ」
「……別の隊員が、その警戒を補います」
「そのとおりです。交渉でも同じことが言えるのではありませんか?」
俺は、続けた。
「誰かが目の前の利益に心を奪われたなら、別の誰かが不利益を考える。危険に気づいたなら、仲間に伝える」
「…………」
「今回は皆さん全員がSRTの存続を強く望んでいました。だからこそ、同じ部分への警戒が緩んでしまったのでしょう」
ユキノが、他の三人へ視線を向けた。
ニコも、考え込むように頷いた。
「……つまり、個人の判断力だけに頼らず、互いの見落としを補うべきだった、と」
「ええ」
俺は、微笑んだ。
「皆さんには、頼れる仲間がいるのですから」
……一人で何もかも見抜ける必要はない。
だからこそ、四人で協力してほしいんだ。
「……ですが、ナギサ様」
ユキノが、再び口を開いた。
「そのような判断を求められるのであれば、一つ伺いたいことがあります」
「……何でしょうか?」
「今回の任務について、まだ説明されていない部分がありますよね?」
「……ええ」
「アリウス自治区への潜入や、カタコンベの調査については伺いました。ですが、具体的な潜入方法や現地での交渉内容は、まだ明らかにされていません」
……ああ。
当然の疑問だ。
「おっしゃるとおりです。作戦の核心となる部分は、まだご説明していません」
「……なぜ、今ではないのでしょうか?」
「今回の交渉が不成立になる可能性もあったからです」
俺は、静かに答えた。
「任務の概要は、協力するかどうか検討していただくために必要です。ですが、具体的な潜入手段や交渉相手に関する情報まで、最初から明かすわけにはいきません」
「……秘密保持契約では、不十分だと?」
ニコが尋ねた。
「ええ。契約を結んでも、敵に捕らえられ、拷問を受ければ情報を守りきれるとは限りません」
「…………」
「あるいは、SRTの存続を条件に情報を要求される可能性もあるでしょう」
四人の表情が変わった。
「皆さんの意思だけでは防げない危険もあるんです。それに、今回の交渉が不成立になれば、互いに信用できないまま別れることにもなります」
……だからこそ、最初からすべてを明かすわけにはいかなかった。
「ですが、作戦の核心を知らないまま最終的な参加を決めていただくつもりもありません」
俺は、続けた。
「まず基本条件を取り決め、参加候補者として情報の取り扱いを確認したうえで、必要な詳細を説明します。その後、参加を辞退したり、条件の変更を求めたりしていただいても構いません」
「……それでも、辞退した場合の情報漏洩の危険は残りますね」
オトギが指摘した。
「ええ。ですから、説明前に秘密保持の範囲と管理方法を取り決めます。それでも危険を完全にはなくせませんが、必要以上の情報は共有しない方針です」
オトギが、小さく頷いた。
「……承知しました」
……うん。
情報を与えること自体にも危険がある。
それを理解してもらえれば十分だ。
……さて。
改めて、話しておかなければならないことがある。
「……皆さん」
俺は、姿勢を正した。
「私は、ティーパーティーのホストです」
四人の視線が、こちらへ向けられた。
「トリニティの最高意思決定を担う立場の一人です。その私が、今回の任務では皆さんに命を預けることになります」
「…………」
「もし私が命を落とせば、トリニティの運営にも、エデン条約にも、大きな影響が及ぶでしょう」
ユキノの表情が、引き締まった。
「その危険については、先ほどもご指摘いただきましたね」
「……はい」
「それでも私が同行するのは、現地での情報解析だけでなく、私自身が果たさなければならない役割があるからです」
……そう。
本来、学園のトップが自ら敵地に潜入するなんて、褒められた判断じゃない。
だが、今回は現地に行かなければできないことがある。
暗号や古文書の読解。
原作知識を生かした判断。
そして、ベアトリーチェとの直接交渉。
戦闘は専門家に任せるつもりだ。
だが、情報収集と交渉には、俺自身が現地にいる意味がある。
……それに。
(……原作では、エデン条約の調印式にミサイルが撃ち込まれても、死者は出なかった)
だが、今回は違う。
(……原作では死ななかったナギサが、この世界では自ら命を絶とうとしたんだ)
幸い、今はこうして戻ってきてくれた。
……でも。
それは、これから先も原作と同じように助かるという保証にはならない。
しかも、問題はミサイルだけじゃない。
エデン条約編の第三章以降には、命を落としてもおかしくない事件が、いくつも待ち受けている。
原作では生き延びた生徒たちも、今回はどうなるか分からない。
(……そんな危険を、一つずつ起きてから対処するつもりはない)
だからこそ、俺はアリウス自治区へ向かう。
ベアトリーチェと交渉し、その場で決着をつける。
成功すれば、これから起こるはずだった悲劇の多くを、未然に防げるかもしれない。
……もちろん。
すべてが思いどおりに進む保証なんてない。
だが、何もしなければ、あの未来が訪れる可能性は残ったままだ。
(……だから、俺はこの作戦に懸けている)
死ぬつもりなんて、毛頭ない。
この身体は、ナギサのものなんだ。
だからこそ、先生とFOX小隊の力を借り、可能な限り危険を減らす。
……そして。
その彼女たちが、相手の甘い言葉に判断を鈍らせてしまったら?
俺だけじゃない。
先生も、彼女たち自身も危険にさらされる。
……だからこそ。
「……私は、皆さんの能力を高く評価しています」
俺は、静かに口を開いた。
「ですが、どれほど優秀でも、一度の判断ミスで取り返しのつかないことになる場合があります」
ユキノが、眉を寄せた。
「……私たちの判断力を、信用できないと?」
「いいえ。信用したいと思っています」
俺は、首を横に振った。
「ですが、今回の交渉を通して、見過ごせない危険があると感じました」
「…………」
「もちろん、私自身が危険な任務に参加すると決めた以上、その責任は私にあります」
俺は、続けた。
「ですが、現場では互いに命を預け合うことになります。私一人の判断ミスで皆さんを危険にさらすことも、その逆もあるでしょう」
「……ですから、判断力も必要だと?」
オトギが尋ねた。
「ええ。互いの誤りを指摘できる関係でなければならないんです」
……そう。
それだけは、譲れない。
「……ですが、皆さん」
俺は、少しだけ声を低くした。
「今回の問題は、私の命だけではありません」
四人の表情が変わった。
「先ほど、私はSRTの存続に大きな影響を与えられる立場から、再考要請書を提示しました」
「……はい」
「そして、皆さんを誘導するという別の意図を伏せたまま、署名寸前まで導いたんです」
「…………」
「では、もし私以外にも、SRTの存続を左右できる立場の人物がいて、その人物が別の目的を隠したまま、皆さんに協力を求めてきたら?」
ユキノが、わずかに眉を寄せた。
「……別の人物、ですか?」
「ええ。しかも、その人物には、今回の私と同じように、実際にSRTの存続へ近づけるだけの力があるとします」
俺は、一度言葉を切った。
「……皆さんは、その人物の本当の目的が分からなくても、提示された条件の危険性を冷静に判断できるでしょうか?」
ユキノは、すぐには答えなかった。
……そう。
相手の本心まで見抜く必要はない。
だが、何を差し出すことになるのかは、見誤ってほしくないんだ。
「例えば、その協力の条件が、正規の手続きを無視した武力行使だったとしたら」
「……っ」
ユキノの表情が変わった。
「そのような要求に従うべきではないことは、皆さんも理解されているでしょう」
「……当然です」
ユキノが答えた。
「ええ。ですが、それでも迷わず拒否できるでしょうか?」
俺は、静かに続けた。
「拒否すれば、学園を失ってしまうかもしれない。仲間たちが帰る場所をなくしてしまうかもしれない」
「…………」
「そんな状況に追い込まれた時にも、正しい判断ができると断言できますか?」
ユキノは、答えなかった。
ニコも、クルミも、オトギも。
誰一人、すぐには口を開けない。
……そう。
正しいことを知っているのと、実際に正しい判断ができるのは、別の話なんだ。
もちろん、今回の契約書に署名しかけたからといって、不当な命令にまで従うと決まったわけじゃない。
だが、同じ弱みを利用される危険はある。
「……では、仮にその要求を受け入れてしまったとしましょう」
俺は、続けた。
「皆さんが、学園を守るために正規の手続きを無視し、武力を行使してしまったら」
「…………」
「それを知った連邦生徒会は、どう判断するでしょうか?」
ユキノの表情が、わずかに変わった。
「……それは」
「SRTは、適切な監督なしに武力を行使する危険な組織だった」
俺は、静かに続けた。
「指揮命令系統が不明確なまま存続させれば、何をするか分からない。だからこそ、閉鎖するべきだったのだ、と」
「…………っ!」
クルミが、息を呑んだ。
「皆さんがSRTを守ろうとして取った行動が、逆にSRTの閉鎖を決定づける証拠になってしまう可能性があるんです」
……ああ。
これが、一番恐ろしい。
守りたいという気持ちが、守ろうとしたものを壊してしまう。
そんな未来だけは、絶対に避けたい。
「……皆さん」
俺は、一度息を吸った。
「現在、連邦生徒会長は不在です。そして、皆さんはSRTの最上級生ですよね?」
「……はい」
「でしたら、今のSRTで後輩たちを守るのは、誰の役目なのでしょうか?」
「……それは」
「皆さんではありませんか?」
俺は、少しだけ声を強めた。
「学園を守りたい。仲間たちと一緒にいたい。その気持ちは、十分に理解できます」
「…………」
「ですが、その皆さんが、誰かの都合のいい話に引っかかってどうするんですか!」
「……っ!」
四人が、息を呑んだ。
「皆さんの判断一つで、後輩たちの未来まで左右されるかもしれないんですよ!?」
「…………」
「もし、皆さんが誰かに利用されて、取り返しのつかないことをしてしまったら」
俺は、一度言葉を切った。
「残された後輩たちは、どうなるのでしょうか?」
ユキノの表情が険しくなった。
「……私たちは、後輩たちを見捨てるつもりなどありません」
……分かっている。
そんなこと、疑っていない。
だからこそ、こんな言い方をするのは俺だって辛い。
……でも。
ここで遠慮して、後で取り返しのつかないことになったら。
(……その方が、ずっと嫌だ)
「ええ。そうでしょうね」
俺は、頷いた。
「皆さんが後輩たちを大切に思っていることは、疑っていません」
「……でしたら!」
「だからこそ、申し上げているんです」
俺は、ユキノの目を真っ直ぐに見つめた。
「守りたいという気持ちだけで、守れるものばかりではありません」
「…………」
「皆さんほどの実力があれば、武力で解決できる問題も多いでしょう」
……だが。
「だからといって、すべての問題を武力で解決していいわけではありません」
SRTの生徒たちは優秀だ。
その実力は、原作でも証明されている。
……でも。
その強さを、間違った方向に使ってしまったら。
大切なものさえ、傷つけてしまうかもしれない。
「皆さんは、連邦生徒会に何を示すべきだと思いますか?」
「……私たちが、必要な戦力であることです」
ユキノが答えた。
「ええ。それも重要です。ですが、それだけでは足りません」
「……足りない?」
「適切な指揮命令系統の下で、責任を持って行動できること。そして、どれほど苦しい状況でも、自分たちで考え、適切な判断を下せることです」
ユキノが、静かに口を開いた。
「……ですが、私たちは命令に従う立場です」
「ええ。命令に従うことは重要です」
俺は、頷いた。
「ですが、それは考えることをやめてよいという意味ではありません」
「…………」
「命令の目的や危険性に疑問があれば、確認してください。必要なら異議を申し立て、撤退を提案していただいても構いません」
俺は、四人を見渡した。
「少なくとも、今回の任務では、そうしていただきたいんです」
……そう。
いくら優秀でも、指示を出す人間が間違えることはある。
「先生や私が、いつでも皆さんのそばにいるとは限りません」
「…………」
「だからこそ、必要な時には自分たちで考え、助けを求め、仲間と協力してほしいんです」
……もちろん。
こんな責任を、彼女たちだけに押しつけるつもりはない。
まだ学生なんだ。
背負いきれないものまで、無理に背負わせるべきじゃない。
だから、必要な時には周囲を頼ればいい。
ただ、その相手に自分たちの未来を丸投げしてはいけない。
「……それに」
俺は、一度言葉を切った。
「今回の私のやり方が、正しかったとも思っていません」
「…………」
「任務への協力をお願いした側が、皆さんの大切なものを利用して、勝手に試したんです」
……ああ。
我ながら、随分と身勝手なことをしていると思う。
「ですが、私が皆さんを誘導したことと、その誘導に気づけず、危険な条件を受け入れそうになったこと」
俺は、静かに続けた。
「その二つは、分けて考えていただきたいんです」
「…………」
「そして、皆さんには、私の判断であっても遠慮なく疑問を持っていただきたいんです」
ユキノが、顔を上げた。
「……ナギサ様の判断にも、ですか?」
「ええ。もちろんです」
俺は、頷いた。
「私だって、判断を誤ることはありますから」
……それに。
「どうやら私は、よく無茶をするらしいので」
「…………」
四人が、何とも言えない表情になった。
……あれ?
何だ、その反応。
いや、確かに今回の潜入作戦も、相当無茶なことをしようとしている自覚はあるけどさ。
「ですから、私が無茶なことをしようとしていたら、遠慮なく止めていただけると助かります」
「……私たちが、ですか?」
「ええ。理由を説明して、反対していただいて構いません。私が見落としている危険があれば、ぜひ教えてください」
俺は、少しだけ微笑んだ。
「皆さんの方が、現場での判断についてはずっと経験豊富でしょうから」
……そう。
俺は、戦闘の専門家じゃない。
いくら頭を使ったところで、実戦経験の差は簡単には埋められない。
「……それでしたら、ナギサ様」
ユキノが、静かに口を開いた。
「今回の潜入作戦そのものについても、私たちが危険と判断した場合には、中止を進言させていただきます」
「ええ。もちろんです」
「たとえ、ナギサ様ご自身が続行を望まれたとしても、です」
「……はい。それで構いません」
俺は、頷いた。
「先ほど先生からもお話がありましたが、現地での指揮は先生にお願いします。差し迫った危険があれば、皆さんの現場判断で護衛対象の安全を優先してください」
「……承知しました」
「それ以外の場合も、撤退や中止について遠慮なく意見を伝えてください。最終的には、先生に判断していただきます」
……うん。
それでいい。
むしろ、少し厳しいくらいの方が安心できる。
「私は、SRTが不要な組織だとは思っていません」
俺は、続けた。
「むしろ、これほど優秀な生徒たちがいる学園を、簡単に失わせるべきではないと考えています」
……これは、本心だ。
彼女たちは強い。
それだけじゃない。
仲間を思いやり、自分たちの居場所を守ろうとしている。
……だからこそ。
「皆さんには、もっとできることがあるはずです」
「……っ」
「学園を守るために、できることをすべて考えてください。困った時には、先生や私を頼っていただいても構いません」
俺は、一度言葉を切った。
「ですが、誰かの言葉を鵜呑みにするのだけは、やめてください」
「…………」
「たとえ、それが先生や私の言葉であっても、です」
……ああ。
SRTを守りたいという彼女たちの気持ちは、本物だ。
その気持ちを、誰かに都合よく利用されてほしくない。
「……私は、皆さんならそれができると信じています」
…………。
ユキノは、しばらく黙っていた。
やがて、静かに口を開く。
「……随分と、勝手なことをおっしゃるのですね」
…………。
……ああ。
「……ええ」
俺は、頷いた。
「そのとおりです」
「私たちの学園を侮辱して、利用しようとして……今度は、私たちを信じていると?」
ユキノの声には、まだ怒りが残っていた。
……うん。
そりゃ、そうだよな。
「……申し訳ありません」
俺は、深く頭を下げた。
「皆さんが怒るのも、当然だと思います」
「…………」
「ですが、信じているという言葉に、嘘はありません」
俺は、顔を上げた。
「皆さんの能力も、仲間を大切にする気持ちも、本物だと思っています」
……だから。
「どうか、その大切なものを、他人に利用させないでください」
ユキノは、何も答えなかった。
クルミも、唇を噛んでいる。
……まあ。
今すぐ納得してもらおうとは思っていない。
むしろ、簡単に納得されても困る。
「……ナギサ様」
ユキノが、静かに口を開いた。
「あなたのおっしゃりたいことは、理解しました」
……ああ。
よかった。
……だが。
「ですが、理解したことと、納得したことは別です」
その声は、はっきりとしていた。
「私たちの学園を利用されたことについては、簡単に納得できません」
「……ええ」
俺は、頷いた。
「承知しています」
……そうだよな。
謝ったからといって、すべて許されるわけじゃない。
そのくらいは、俺も分かっている。
……ただ。
「……では、最後に一つだけ」
俺は、少しだけ表情を和らげた。
「今回の交渉について、もう一度考えていただけますか?」
「……何を、でしょうか?」
「先ほど、私が再考要請書を提示した後、皆さんは任務への参加がSRTの存続につながる可能性について、お考えになりましたよね」
「……はい」
「それ自体は間違いではありません。ですが、任務に協力するか、断るか。それだけで考える必要があったのでしょうか?」
ユキノが、少し考え込んだ。
そして。
「……いいえ」
静かに首を横に振った。
「再考要請と今回の任務を、別の問題として扱うよう求めることもできたはずです」
「ええ。そのとおりです」
「再考要請は既に提出済みです。任務に参加しなくても、それが取り下げられるわけではありません」
「……はい」
「一方で、任務に成功すれば、SRTの存続を求めるための新たな実績になる。それも事実なのでしょう?」
「ええ。もちろんです」
俺は、頷いた。
「だからこそ、二つを混同せず、別々に判断していただきたいんです」
「……契約条件の変更を求めたり、別の人物に意見を求めたりすることもできたはずですね」
「ええ」
俺は、微笑んだ。
「相手が提示した選択肢だけから、無理に答えを選ぶ必要はありません」
……そう。
協力するか、断るか。
二つしか選択肢がないように見えても。
本当に、それしかないのか。
そこを考えるのを、やめちゃいけない。
「時には、第三の選択肢を探すことも必要なんです」
ユキノは、静かに頷いた。
……うん。
これで、ひとまず伝えられたかな。
もちろん、納得してもらえたわけじゃない。
それでもいい。
今すぐ、俺を信用してくれる必要なんてないんだ。
むしろ、これからは遠慮なく疑ってくれた方がいい。
……さて。
「……先生」
俺は、隣に座る先生へ視線を向けた。
「少し、皆さんとお話ししていただけませんか?」
先生は、頷いた。
「……うん。分かった」
そして、FOX小隊の四人へ向き直る。
「みんな、少し場所を変えて話そうか」
「…………」
ユキノが、先生を見つめた。
「……よろしいのですか?」
「もちろん」
先生は、穏やかに微笑んだ。
「ナギサの考えは聞けたから、今度はみんなの考えを聞かせてほしいんだ」
「……先生」
「ナギサのやり方に納得できないなら、そう言っていい。今回の任務を断ることだってできるよ」
先生は、一度言葉を切った。
「ナギサのやり方を、すべて肯定するつもりはない。でも、伝えようとしたこと自体は、僕にも大切なことだと思えるんだ」
「…………」
「みんながSRTを守りたいと思っているのは、僕も分かってる」
そして、真剣な表情で続けた。
「だからこそ、その気持ちを誰かに利用されるようなことがあってほしくない」
ユキノは、しばらく黙っていた。
やがて。
「……分かりました」
静かに頷いた。
「一度、先生と相談させていただきます」
「ええ。どうか十分に話し合ってください」
俺は、微笑んだ。
そして。
先生とFOX小隊の四人は、部屋を出ていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ナギがFOX小隊にかなり厳しいことを言いました。
ただ、決してFOX小隊が嫌いだからではありません!
むしろ、FOX小隊のみんなは大好きです!
だからこそ、今後もしカヤのような人物と交渉することになった時、ナギや先生がそばにいなくても、自分たちで考えて断れるようになってほしかったんです。
今回の出来事が、彼女たちにとって忘れられない苦い経験になればいいなと思い、あえて厳しく描きました。
次回は、FOX小隊が自分たちなりの答えを出します!
引き続きよろしくお願いします!