お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

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第42話です!

前回、ナギサの応援で張り切りすぎたナギ。

今回は、訓練を終えた後のお話です!

アリウスへの潜入準備も進む中、ナギは次の一手を考え始めます。

それでは、お楽しみください!


策士のわがまま

 ――午後五時三十分。

 

「……もう無理ぃ……」

 

 …………。

 

 俺は、執務室の椅子にぐったりと身体を預けていた。

 

 ……ああ。

 

 疲れた。

 

 本当に疲れた。

 

(……何で、あんなに張り切っちゃったんだろうなぁ……)

 

 ……いや。

 

 理由は分かってる。

 

 分かってるんだけどさ。

 

 …………。

 

 ナギサに応援されたのが、嬉しかったんだよ。

 

 しかも、あんなに顔を真っ赤にして。

 

(……お兄さん、頑張ってください!)

 

 …………。

 

(……うん)

 

 ……やっぱり、可愛かったなぁ。

 

『……ナギさん』

 

(……ん?)

 

 ナギサが、少し呆れたようにこちらを見つめていた。

 

『……また、何か変なことを考えていませんか?』

 

(……いや?)

 

『……本当ですか?』

 

(……もちろん)

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 嘘は言っていない。

 

 可愛いと思っていただけだからな。

 

『……どうして、目を逸らすんですか?』

 

(……気のせいだよ)

 

『……もう』

 

 ナギサが、小さくため息をついた。

 

 …………。

 

 ……さて。

 

 いつまでも、こうしているわけにはいかないな。

 

(……そろそろ、頭を使う仕事に戻るか)

 

 身体を動かす訓練は、ひとまず終わった。

 

 次は、俺の得意分野だ。

 

 ……そう。

 

(……裏工作の時間だ)

 

『……ナギさん?』

 

(……ん?)

 

『……何だか、急に悪いお顔になりましたよ?』

 

(……失礼な)

 

 ……まったく。

 

 これでも、みんなのために頑張ってるんだぞ?

 

 …………。

 

 ……まあ。

 

 ちょっとばかり、相手を騙す準備も含まれてるけどさ。

 

 

     ◇

 

 

「……さて」

 

 俺は、机の上に手帳を広げた。

 

 アリウス自治区への潜入作戦。

 

 ここ最近、少しずつ進めていた準備を整理しておこう。

 

 …………。

 

 まず。

 

(……サクラコとウイの方は、かなり順調なんだよな)

 

 以前からサクラコにお願いしていた歴史資料と、ウイに探してもらっていた古い地図。

 

 二人に協力して調べてもらっていたのだが、先日届いた報告によれば、必要なものはほぼ揃ったらしい。

 

(……いやぁ、あの二人に頼んで正解だったな)

 

 アリウスの歴史が分かれば、そこから生まれた思想や風潮、独自の常識もある程度は把握できる。

 

 潜入する以上、その辺りは押さえておきたい。

 

 それに、暗号文の解読にも歴史的な知識が必要になるかもしれないしな。

 

(……うん。これで準備もかなり進みそうだ)

 

『……随分と順調なのですね』

 

(……ああ)

 

 ナギサが、嬉しそうに微笑んだ。

 

『……これで、潜入の準備も進みそうですね』

 

(……そうだな)

 

 …………。

 

 さて。

 

 次は、ミカだ。

 

(……こっちも、なかなか順調なんだよな)

 

 実は、ミカにも色々と協力してもらっている。

 

 もちろん、今日みたいな特別な日は別だ。

 

 それ以外の時間には、アリウス側とのメールを見せてもらいながら、少しずつ情報工作を進めていた。

 

 …………。

 

 例えば。

 

 ナギサは、まだ疑心暗鬼になっている。

 

 周囲を信用できず、警備を強化している。

 

 そんな情報を、メールの中に自然に混ぜ込んでもらう。

 

 …………。

 

 警備を強化しているのは事実だ。

 

 ただし、その理由については勘違いしてもらいたい。

 

(……俺がアリウスを警戒しているなんて、思ってほしくないからな)

 

 …………。

 

 それに、偽情報は今後の交渉にも使える。

 

 俺が何を欲しがっているのか。

 

 どんな条件を重視しているのか。

 

 そういった情報にも、少しずつ嘘を混ぜておく。

 

 …………。

 

 相手が間違った前提で交渉の準備を進めてくれれば、こちらにとっては好都合だ。

 

(……向こうが切り札だと思っているものが、実は俺の欲しいものじゃなかったりしたら面白いよな)

 

 …………。

 

 もちろん、すべて思いどおりにいくとは限らない。

 

 だが、相手の判断材料にこちらの用意した情報を紛れ込ませられるだけでも、十分に意味はある。

 

『……なるほど』

 

 ナギサが、感心したように頷いた。

 

『……そこまで考えていらっしゃったのですね』

 

(……まあな)

 

『……ふふっ。ナギさんを敵に回したくはありませんね』

 

(……おっ。それは褒め言葉か?)

 

『……もちろんです』

 

 ナギサが、柔らかく微笑んだ。

 

『……とても頼もしいと思いますよ』

 

(……そっか。ありがとな)

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 ナギサにそう言ってもらえると、やっぱり嬉しいな。

 

 さて。

 

 ミカには、工作以外にも協力してもらっていた。

 

 アリウス側の人間が、普段どんな様子なのか。

 

 どんな話をしていたのか。

 

 これまでのメールや会話から分かることを、色々と聞いていたんだ。

 

 …………。

 

(……ただ、やっぱり限界があるんだよな)

 

 ミカも、アリウスのことを何でも知っているわけじゃない。

 

 特に、自治区内部の細かな事情までは知らされていない。

 

 …………。

 

 歴史資料から、おおよその思想や常識は推測できる。

 

 ミカからも、アリウス側の人間について多少は聞けている。

 

 ……でも。

 

(……今、実際に何が流行ってるのかとか、そういうのは分からないんだよなぁ)

 

 生徒同士では、どんな会話をしているのか。

 

 どんな冗談が通じて、何をすると不自然に思われるのか。

 

 そういう細かなことは、実際にそこで暮らしていなければ分からない。

 

 …………。

 

 まあ、歴史や風潮の知識があれば、俺ならそれなりに対応できるとは思う。

 

 だが、今回は俺一人で潜入するわけじゃない。

 

(……できれば、今のアリウスを知っている人間から、生の情報を聞いておきたい)

 

 …………。

 

 そして。

 

 その条件に当てはまる生徒が、ちょうど身近にいる。

 

 …………。

 

 俺は、手帳の次のページを開いた。

 

 そこに書かれている名前は、一つ。

 

 白洲アズサ。

 

 …………。

 

(……よし。アズサを堕とすか)

 

 …………。

 

『……ナギさん?』

 

(……ん?)

 

『……今、何とおっしゃいました?』

 

(……アズサを堕とすって)

 

『……どうして、そんな言い方になるんですか!?』

 

(……え?)

 

 ……いや。

 

 だって、そうだろ?

 

 仲良くなって。

 

 こちらを信用してもらって。

 

 必要な時に協力してもらえる関係になる。

 

(……つまり、攻略だな)

 

『……違います!』

 

(……ええっ!?)

 

『……普通に、お友達になればよいではありませんか!』

 

(……いや、まあ、そうなんだけどさ)

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 それが、一番いい。

 

 …………。

 

 ただ。

 

(……本当に、それでいいのか?)

 

 俺は、手帳の名前を見つめた。

 

 白洲アズサ。

 

 補習授業部の一員。

 

 そして、アリウスから送り込まれた潜入要員。

 

 …………。

 

 原作知識だけではない。

 

 ミカからも、そのことは聞いている。

 

 つまり、こちらの立場から見れば、アズサを敵側の人間として扱う理由は十分にあるんだ。

 

(……そう考えると、手段はいくらでもあるんだよな)

 

 ミカと協力して正体を暴き、拘束する。

 

 監禁して、情報を要求する。

 

 必要なら、脅迫や拷問だって選択肢に入る。

 

 …………。

 

 何なら、今からでも原作に近い状況を作ることはできるだろう。

 

 アズサへの疑念を利用して、補習授業部そのものを彼女を追い詰めるための仕組みにしてしまう。

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 思いつく。

 

 嫌になるくらい、簡単に。

 

 …………。

 

 そして、それらを検討する理由だってある。

 

 今回の潜入作戦では、FOX小隊にも協力してもらう。

 

 先生にも、危険な役割を引き受けてもらうことになる。

 

 俺が情報を十分に集められなければ、彼女たちを危険に晒すかもしれない。

 

(……だったら、敵から情報を奪う方が合理的な場合もあるんだよな)

 

 もちろん、拷問して得られた情報が正しい保証なんてない。

 

 それでも、作戦の責任者として考えるなら、アズサ一人より仲間たちの安全を優先するという判断もあり得る。

 

 …………。

 

 ……分かってる。

 

 頭では、理解できる。

 

 …………。

 

(……でもさぁ)

 

(……嫌だ嫌だ嫌だ!!)

 

 …………。

 

 だって。

 

 そんなの。

 

(……ベアトリーチェと、何が違うんだよ)

 

 子供を利用して。

 

 目的のために意思を踏みにじって。

 

 必要だからと、自分に言い聞かせる。

 

 …………。

 

 いや。

 

 もちろん、目的も状況も違う。

 

 誰かを守るために行うことと、ベアトリーチェのやっていることを、全部同じだと言うつもりはない。

 

 ……でも。

 

 だからって、アズサを傷つけていい理由にはしたくない。

 

 …………。

 

 だいたい。

 

 アズサだって、俺が助けたい生徒の一人なんだぞ?

 

 原作で、あれだけ頑張って。

 

 ようやく友達ができて。

 

 自分の居場所を見つけた子なんだ。

 

 …………。

 

 そんな子を捕まえて、情報を吐かせて、それで終わり?

 

(……絶対に嫌だ!!)

 

 …………。

 

『……ナギさん』

 

(……ん?)

 

 ナギサが、こちらを見つめていた。

 

『……何を考えていらっしゃるのか、教えていただけますか?』

 

(……ああ)

 

 俺は、今考えていたことを伝えた。

 

 アズサから強引に情報を引き出すという選択肢。

 

 それが作戦の危険を減らす手段になり得ること。

 

 そして、どうしてもそれを選びたくないこと。

 

 …………。

 

 ナギサは、静かに話を聞いていた。

 

 やがて。

 

『……ナギさんは、そういう方法を選びたくないのですね』

 

(……ああ)

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 我ながら、子供みたいだな。

 

 リーダーなんだから、必要なら嫌な判断もしなければならない。

 

 そんなことは分かってる。

 

 …………。

 

 でも。

 

(……俺、ハッピーエンドが好きなんだよ)

 

 誰かが犠牲になって。

 

 残った誰かだけが幸せになる。

 

 そんな結末より、みんなが笑って終われる話がいい。

 

 …………。

 

 アズサも。

 

 補習授業部のみんなも。

 

 ミカも、ナギサも、セイアも。

 

 FOX小隊だって。

 

 ……そして、まだ出会っていないアリウスの生徒たちだって。

 

(……みんな、幸せになってほしいんだよなぁ)

 

 …………。

 

 そんなに都合よくいかないことくらい、分かってる。

 

 誰かを救えない可能性だって、当然ある。

 

 それでも。

 

(……最初から諦めるのは、嫌なんだ)

 

 誰かを切り捨てるのが、一番簡単かもしれない。

 

 でも、俺が探したいのは、そういう答えじゃない。

 

(……第三の選択肢、だな)

 

 …………。

 

 相手の弱みを突く方法も、逃げ道を塞ぐ方法も、こちらに有利な条件へ誘導する方法も。

 

 そういう手段を考えられるからこそ、FOX小隊との交渉でも駆け引きができた。

 

 だったら、ベアトリーチェとの交渉でも、その知恵を使ってやればいい。

 

 相手が交渉を選ばざるを得ない状況を作る。

 

 そして、できる限りみんなを救うために使うんだ。

 

 …………。

 

(……甘いって言われても、知らん!)

 

 だって、俺の信念が嫌だって言ってるんだぞ?

 

 そんなもの、どうしようもないじゃないか。

 

(……俺は、ハッピーエンドが見たいんだ!)

 

 だから。

 

 俺は、そのための方法を探してやる。

 

 最後まで。

 

 …………。

 

『……ふふっ』

 

 ナギサが、小さく笑った。

 

(……ん?)

 

『……ナギさんらしいですね』

 

(……そうか?)

 

『……はい』

 

 ナギサは、柔らかく微笑んだ。

 

『……私は、そんなナギさんの考え方が好きですよ』

 

 …………。

 

(……そっか)

 

 ……うん。

 

 何だか、嬉しいな。

 

(……ありがとな、ナギサ)

 

『……ふふっ』

 

 …………。

 

 ……よし。

 

 方針は決まった。

 

 アズサを無理やり従わせるのではなく、できるだけ自分の意思で協力してもらう。

 

 そのためにも、まずは信頼関係を築かなければならない。

 

(……さて、どうやって仲良くなるかな)

 

 

     ◇

 

 

 ……とはいえ。

 

 そこまで難しく考える必要もない。

 

(……そういえば、明日は第一次試験なんだよな)

 

『……補習授業部の、ですね』

 

(……ああ)

 

 ヒフミ。

 

 コハル。

 

 ハナコ。

 

 そして、アズサ。

 

 あの四人が、試験を受けることになる。

 

 …………。

 

 原作では、四人全員が合格しなければならないという厳しい条件があった。

 

 だが、今回は違う。

 

 四人全員の合格が、絶対条件というわけではない。

 

 まあ、試験自体が簡単になったわけじゃないけどさ。

 

 …………。

 

 さて。

 

 もし、四人全員が合格した場合。

 

(……お茶会に誘うか)

 

 …………。

 

 うん。

 

 せっかくだし、みんなでゆっくり話してみたい。

 

 ヒフミやコハルとも、もっと仲良くなりたいし。

 

 ハナコとも、もっと話してみたいんだよな。

 

 …………。

 

(……あの子との会話、結構楽しいんだよなぁ)

 

 際どい冗談をどうやってかわすか。

 

 あるいは、逆にどうやってからかい返すか。

 

 あの頭の回転の速さを相手にするのは、なかなか面白い。

 

(……次は、どんなことを言ってくるんだろうな)

 

 …………。

 

 ……うん。

 

 ちょっと楽しみだ。

 

 …………。

 

 そして。

 

 一人でも不合格だった場合はそいつのみ。

 

(……強化合宿、か)

 

 その時は、俺も勉強を教えに行こう。

 

 サクラコとウイの調査も、ほぼ終わりが見えている。

 

 ミカを通じた情報工作も、必要な仕込みは進んでいるしな。

 

 順調にいけば、合宿の頃には今より時間に余裕があるはずだ。

 

 …………。

 

 ただ。

 

(……不合格になった子だけだと、少し寂しいよな)

 

 せっかく、四人で仲良くなってきたんだ。

 

 合格した子たちにも、手伝いに来ないか誘ってみようかな。

 

 もちろん、無理強いはしないけどさ。

 

(……うん。そうすれば、みんなで過ごせるかもしれないな)

 

 勉強を教えたり、休憩中に話したり。

 

 そういう機会を通して、少しずつ距離を縮めればいい。

 

 …………。

 

 ……まあ。

 

 FOX小隊の訓練だけは、ちょっと順調すぎる気がするけどさ。

 

(……よし。どちらにしても、仲良くなる機会は作れそうだな)

 

 …………。

 

 もちろん、全員合格してくれるのが一番いい。

 

 …………。

 

 ただ。

 

(……というか、今のアズサなら、普通に頼めば教えてくれそうなんだよなぁ)

 

 これまでのやり取りを見る限り、ある程度は信頼してもらえていると思う。

 

 真剣にお願いすれば、アリウスについて話してくれる可能性は十分にある。

 

 ……でも。

 

(……失敗した時の損失が大きすぎるんだよな)

 

 …………。

 

 こちらからアリウスの事情を尋ねれば、アズサに彼女の正体を知っていることがバレてしまうかもしれない。

 

 それが向こうに伝われば、今までの準備が台無しになる。

 

(……やっぱり、向こうから話してもらうのが理想か)

 

 …………。

 

 ……ん?

 

 待てよ。

 

(……何だか、恋愛みたいだな)

 

 …………。

 

 自分から告白したら、相手に気持ちがバレてしまう。

 

 だから、できれば相手から告白してほしい。

 

 そのために、少しずつ距離を縮めて、好意を持ってもらう。

 

(……うん。これって結構似てないか?)

 

 …………。

 

 ……まあ。

 

(……俺、恋愛なんてしたことないけどな!)

 

 …………。

 

 ……いや。

 

 今は、そこはどうでもいい。

 

 大事なのは、仲良くなって、アズサ自身から話してもらえる関係になることだ。

 

 俺は、満足げに頷いた。

 

(……ということで、ナギサ!)

 

『……はい?』

 

(……そう考えると、やっぱり「堕とす」って表現で合ってるじゃないか!)

 

『……まだ言っていたんですか!?』

 

 …………。

 

 ……いや。

 

 だってさ。

 

(……今度こそ、間違ってないと思うんだけどなぁ)

 

『……普通にお友達になってください!!』

 

 …………。

 

 ……まったく。

 

 ナギサは、今日も元気だなぁ。




最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、アリウスへの潜入準備と、ナギの考え方を中心に描きました!

ナギは、非情な方法が思いつかないわけではありません。

むしろ、そうした方法も理解した上で、それでもハッピーエンドを諦めたくないようです。

……まあ、その結果が「アズサを堕とす」なのは、何ともナギらしいですが(笑)。

果たして、アズサと仲良くなる作戦は上手くいくのでしょうか?

次回は、いよいよ補習授業部の第一次試験です!

引き続きよろしくお願いします!
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