今回はミカとの久しぶりのお茶会です。
楽しんでもらえたら嬉しいです!
(……まさか、もう何か変わったのか?)
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、すぐに首を振った。
(……落ち着け。ミカとナギサは幼なじみだ。突然会いに来たって、おかしくない)
そうだ。
彼女たちは長い付き合いなのだから。
いちいち疑っていては、何も始まらない。
「……お通ししてください」
「承知いたしました」
足音が遠ざかる。
俺は慌てて姿勢を正した。
(……ミカか)
聖園ミカ。
ティーパーティーのホストの一人。
桐藤ナギサの幼なじみ。
そして、原作ではエデン条約編の悲劇に深く関わることになる少女。
(……本当に、原作通りなのかな)
今日の四人との面談では、大きな違いは見つからなかった。
しかし、ミカについてはまだ何も確認していない。
原作では、既にアリウスとの繋がりを持っていたはずだ。
だが、この世界でも同じなのか。
それは、実際に話してみなければ分からない。
(……まずは、普通に接しよう)
原作を知っているからといって、最初から裏切り者として扱うつもりはない。
それに、本来のナギサはミカを信頼していた。
セイアが襲撃され、学園内に裏切り者がいるかもしれないという状況でも、ミカだけは守りたいと考えていたのだ。
(……その相手が裏切り者だったなんて、知ったらどう思うんだろうな)
胸が痛む。
俺自身は、ゲームの物語としてミカの行動を知っている。
けれど、ナギサにとってはそんな簡単な話ではない。
長い時間を共に過ごしてきた、かけがえのない友人なのだから。
(……できれば、ナギサにあんな思いはさせたくない)
そう考えていた、その時だった。
「ナギちゃーん!」
扉の向こうから、明るい声が響いた。
次の瞬間、扉が勢いよく開かれる。
「やっほー! 遊びに来ちゃった☆」
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
美しい桃色の長い髪。
頭上に浮かぶ、特徴的なヘイロー。
そして、太陽のように明るい笑顔。
(……聖園ミカ)
画面越しに何度も見た少女が、今、目の前にいる。
その姿を見た瞬間、胸の奥から強烈な感情が込み上げてきた。
懐かしい。
嬉しい。
会いたかった。
そして、少しだけ怖い。
(……ナギサの感情、か)
俺自身の感情とは、少し違う。
きっと、本来のナギサにとって、ミカはそれほど大切な存在なのだろう。
「……ナギちゃん?」
ミカが首を傾げる。
「どうしたの? なんか、ぼーっとしてるけど」
「……いえ、何でもありません」
俺は、できる限り自然に微笑んだ。
「いらっしゃい、ミカさん」
「えへへ。やっぱりナギちゃんのところが一番落ち着くなぁ☆」
「……そうですか」
「うん!」
ミカは嬉しそうに笑った。
その表情だけを見れば、ただ幼なじみに会いに来た普通の少女だ。
とても、アリウスとの陰謀に関わっているようには見えない。
(……だからこそ、厄介なんだよな)
知識だけで相手のすべてを判断するわけにはいかない。
けれど、何も知らないふりをして危険を見過ごすこともできない。
難しいところだった。
「……ねえ、ナギちゃん」
「はい?」
ミカが、こちらの顔を覗き込んでくる。
「……なんか、顔色悪くない?」
「……っ」
思わず身体が強張った。
「少し疲れているだけですので」
「……ほんと?」
「ええ」
ミカはしばらく俺の顔を見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「……もー。ちゃんと休まないと駄目だよ?」
「ふふっ。お気遣いありがとうございます」
「もう! そういうことじゃなくて!」
少し不満そうに頬を膨らませる。
「最近のナギちゃん、ずっとお仕事ばっかりじゃん!」
「……そうですね」
「だからさ!」
ミカはぱっと笑顔になった。
「今日は一緒にお茶しよ!」
「……お茶、ですか?」
「うん! 久しぶりに、ゆっくりお話ししたいなって!」
「…………」
俺は、少し考えた。
机には、まだ大量の書類が残っている。
午後の仕事も終わっていない。
しかし、この機会を逃すのは惜しかった。
それに。
(……ナギサも、本当はミカとお茶したかったんだろうな)
日記には、仕事に追われる日々の苦しさが綴られていた。
セイアを失ったと思い込み、次は自分かミカが狙われるかもしれないという恐怖。
それなのに、ミカとゆっくり過ごす時間さえ取れなくなっていた。
(……少しくらい、いいよな)
俺は静かに微笑んだ。
「……ええ、もちろんです」
「……えっ?」
ミカが目を丸くした。
「……いいの!?」
「はい。せっかくですから、ゆっくりお話ししましょう」
「……ほんとに!?」
「ええ」
その瞬間。
「やったー! ナギちゃん大好き!」
ミカが満面の笑みを浮かべた。
「最近、お茶に誘っても全然付き合ってくれなかったからさ!」
「……申し訳ありません」
「もう、いいって! 今日は一緒にお茶できるんだから!」
ミカは嬉しそうに笑った。
その姿を見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなる。
(……よかったな、ナギサ)
心の中で、そう呟いた。
◇
――午後四時十五分。
「それでね、ナギちゃん! この前すっごく面白いことがあったんだよ!」
「ふふっ。何があったのですか?」
「購買部で限定のケーキが売られてたんだけど、最後の一個を巡ってちょっとした騒ぎになっちゃって!」
「……また食べ物のお話ですか?」
「えー! だって大事なことじゃん!」
ミカは頬を膨らませ、不満そうにこちらを見つめてきた。
その様子があまりにも子供っぽくて、思わず笑ってしまう。
「ふふっ。そうですね。ミカさんにとっては大切なことでしたね」
「もう! ナギちゃん、絶対に馬鹿にしてるでしょ!」
「そんなことありませんよ?」
「うそだー!」
そう言いながらも、ミカは楽しそうに笑っていた。
(……ああ、いいなぁ)
目の前にいるのは、聖園ミカ。
ティーパーティーのホストの一人であり、原作ではエデン条約編の悲劇に深く関わる少女。
けれど、今の彼女はただの明るい女の子だった。
ケーキが好きで、友達とおしゃべりするのが好きで、時々わがままを言う。
そんな、ごく普通の少女。
「……ナギちゃん?」
「……あっ、はい?」
「またぼーっとしてる!」
「申し訳ありません。少し考え事をしていました」
「もー! せっかく久しぶりにお茶できたんだから、私の話もちゃんと聞いてよね!」
「ふふっ。分かりました」
俺は紅茶を一口飲んだ。
ほのかな甘みと、華やかな香りが口の中に広がる。
(……おいしい)
原作でも、ナギサは紅茶を好んでいた。
その記憶が残っているせいなのか、俺自身も不思議と紅茶の味が分かるようになっている。
「……ところで、ミカさん」
「んー?」
「先ほどのケーキのお話ですが、結局最後の一個は誰が買われたのですか?」
「……あっ!」
ミカは思い出したように手を叩いた。
「そうそう! 結局ね、私が買えたんだよ!」
「まあ。それは良かったですね」
「でしょ! でもね、その後が大変だったんだよ!」
「……と言いますと?」
「買った後にね、ずっと後ろで並んでた子がすっごく悲しそうな顔してて……」
「……あら」
「なんか申し訳なくなっちゃって、結局半分あげちゃった!」
「ふふっ。ミカさんらしいですね」
「えへへ。そうかな?」
ミカは照れくさそうに笑った。
その笑顔を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。
(……やっぱり、優しいところもあるんだよな)
原作での行動を知っているからこそ、余計にそう思う。
あの事件を起こした少女と、目の前の少女。
どちらも、間違いなく聖園ミカなのだ。
「……ねえ、ナギちゃん」
「はい?」
「今日、なんか機嫌いい?」
「……そうでしょうか?」
「うん! なんか、久しぶりにいっぱい笑ってくれてる気がする!」
「…………」
その言葉に、少し胸が痛んだ。
きっと、今のミカにとっては、こうして一緒に笑うことすら久しぶりなのだろう。
「……最近は、少し余裕がありませんでしたからね」
「でしょー? 私、ずっと心配してたんだよ?」
「……申し訳ありません」
「もう、謝らなくていいって!」
ミカは軽く手を振った。
「こうしてお茶できたんだから、それでいいの!」
「……そうですね」
それからも、他愛のない話が続いた。
最近流行しているお菓子のこと。
購買部で起きた小さな騒動。
ミカが授業中に居眠りしてしまい、先生に注意されたこと。
そして、昔三人でお茶を飲んでいた頃の思い出。
「そういえばさ、ナギちゃん覚えてる? 昔、セイアちゃんがお茶会で寝ちゃったこと!」
「……ええ」
その瞬間、胸の奥が少しだけ締め付けられた。
ナギサの記憶が浮かぶ。
暖かな日差し。
庭園に設けられたテーブル。
静かに目を閉じるセイア。
そして、その顔を覗き込んで悪戯をしようとするミカ。
「ミカさんがセイアさんの髪に花を飾ろうとして、私に止められた時のことですね」
「そうそう! でも、あれ絶対かわいかったと思うんだよね!」
「寝ている方に悪戯をするのは感心しません」
「えー! ナギちゃんだって、ちょっと笑ってたじゃん!」
「……気のせいでは?」
「絶対笑ってたよ!」
ミカは楽しそうに笑った。
俺も、つられて笑う。
けれど、その笑い声が途切れた後、ほんの少しだけ沈黙が訪れた。
「……また、三人でお茶したいね」
ミカがぽつりと呟いた。
「…………」
俺は、すぐに返事ができなかった。
セイアは生きている。
原作の知識が正しければ、今もどこかで保護されているはずだ。
しかし、ミカはそのことを知らない。
そして、ナギサも知らなかった。
(……絶対に、また三人でお茶させてやる)
俺は静かに頷いた。
「……ええ。そうですね」
ミカは少し寂しそうに笑った。
けれど、すぐにいつもの明るい表情に戻る。
「まっ、暗い話はここまで!」
「ふふっ。そうですね」
「せっかくのお茶会なんだし、楽しまなきゃ損だよね!」
そう言って、ミカは残りのケーキを口に運んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回は久しぶりにミカとゆっくりお茶をするお話でした。
次回はエデン条約について、少し真面目なお話になります。
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