今回は、アズサとのお話です!
以前からアズサとゆっくり話す機会を探していたナギですが、思わぬところから話が始まることに。
そして、最後には予想外の連絡も……。
今回もよろしくお願いします!
――それから、しばらくして。
「アズサちゃん、こっちだよー!」
「……分かった」
ぽんっ。
「ちょ、ちょっと! 何であんな方向に投げるのよ!」
「……すまない。コハルが右へ動くと予測した」
「動くわけないでしょ! 普通に投げてよ!」
プールには、楽しそうな声が響いていた。
ヒフミが投げたボールを、アズサが受け取り。
それをコハルへ投げ返す。
……のだが。
どうにも、狙った場所とは少し違うところへ飛んでしまうらしい。
もっとも、アズサの運動神経が悪いわけではない。
むしろ、身体の動かし方はかなり上手い。
ただ、こういう遊びには慣れていないのだろう。
(……まあ、仕方ないよな)
アズサが、これまでどんな環境で育ってきたのか。
俺は、原作の知識からある程度知っている。
だからこそ。
今、こうしてみんなと遊んでいる姿を見ると、少し安心するんだ。
「……ナギサさん♡」
「……はい?」
隣から、ハナコが声をかけてきた。
「アズサちゃん、楽しそうですね♡」
「ええ。そうですね」
俺は、プールの方へ目を向けた。
アズサは、コハルに何か言われたらしく、少し困ったような表情を浮かべている。
……けれど。
その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
「……ふふっ」
思わず、笑みがこぼれる。
「こうして皆さんが楽しんでくださっていると、準備した甲斐がありますね」
「……そうですね♡」
ハナコが、柔らかく微笑んだ。
「私も、とても楽しいです」
「……それは何よりです」
「……ふふっ♡」
……うん。
何だか、今日はよく笑うなぁ。
……まあ。
俺もだけど。
それから、もうしばらく遊んだ後。
「……あっ。そういえば、飲み物がなくなっちゃいましたね」
ヒフミが、空になった容器を見て呟いた。
「……本当だ」
「ちょっと! 水分補給はちゃんとしなさいよね!」
「……コハルちゃんも、もう飲み終わってるよね?」
「わ、私はこれから取りに行くつもりだったの!」
……ふふっ。
相変わらずだなぁ。
「では、私もご一緒しますね♡」
ハナコが立ち上がった。
「ナギサさんとアズサちゃんの分も、持ってきましょうか?」
「……ありがとうございます。お願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです♡」
「……私も、頼んでいいのか?」
アズサが、少し遠慮がちに尋ねた。
「もちろんだよ、アズサちゃん!」
ヒフミが、嬉しそうに頷いた。
「それじゃあ、行ってくるね!」
「ええ。お気をつけて」
そうして、三人は飲み物を取りに向かった。
…………。
さて。
残されたのは、俺とアズサ。
(……おっ)
……これは。
(……二人きりじゃないか)
…………。
ふむ。
なるほど。
(……チャンス、か?)
以前から、アズサとゆっくり話せる機会を探していた。
今日は、ちょうどいいかもしれない。
……さて。
何から話したものかな。
「……アズサさん」
「……ん?」
アズサが、こちらへ顔を向けた。
「少し、お話ししませんか?」
「……構わない」
……よし。
まずは、自然な話題から。
「今日は、楽しめていますか?」
「……ああ」
アズサが、小さく頷いた。
「……こういうことは、あまり経験がない」
「……そうでしたか」
「……だが」
アズサは、プールへ目を向けた。
「……悪くないと思う」
…………。
(……おお)
……いいじゃないか。
少なくとも、楽しんでくれているみたいだ。
「それは、よかったです」
俺は、微笑んだ。
「せっかくの合宿ですから、勉強だけでなく、楽しい思い出も作っていただきたいですし」
「……思い出」
「ええ」
…………。
……さて。
ここから、どう話を広げようか。
アズサは、あまり自分から話すタイプではない。
無理に質問を重ねても、警戒されるだけだろう。
(……まずは、学校生活の話でも……)
そう考えた、その時だった。
「……ナギサ様」
「……はい?」
アズサが、こちらをじっと見つめていた。
「……一つ、聞いてもいいだろうか」
……おや。
向こうから質問とは珍しいな。
「ええ。もちろんですよ」
「……そうか」
アズサは、少しだけ視線を落とした。
そして。
「……最近、何か訓練を受けているのか?」
…………。
(…………え?)
訓練?
(……何で分かった!?)
……いや。
待て。
まさか。
「……どうして、そう思われたのでしょうか?」
俺は、できるだけ自然に尋ねた。
アズサは、少し考えてから答えた。
「……動きが変わっている」
「……動き、ですか?」
「……ああ」
アズサは、俺の足元へ視線を向けた。
「……足の運び方。それから、身体の重心の移し方」
……おいおい。
そこまで見てるのか!?
「……以前から、少し気になっていた」
アズサが、言葉を続ける。
「……この前も、足の動きが気になった。だが、あの時は確信がなかった」
…………。
(……あっ)
そういえば。
試験結果が発表された時だったか。
アズサが、一瞬だけ俺の足元を見たことがあった。
……あれ。
(……そういうことだったのか!?)
何か落ちているのかと思っていたぞ。
「……だが、今日で分かった」
アズサが、まっすぐこちらを見た。
「……まだ身体に馴染んでいない動きもある。だが、誰かに鍛えられているのは間違いない」
…………。
(……うわぁ……)
……すごいな。
いや、本当に。
さすがはアズサだ。
原作での戦闘能力は知っていたけど。
こういう観察力も、やっぱり相当なものなんだな。
……というか。
(……FOX小隊の特訓、そんなに変化が出てるのか?)
…………。
まあ。
最近は、かなり鍛えられているからなぁ。
スミレにも教わったし。
FOX小隊の訓練も、正直なところ相当きつい。
……うん。
身体に変化が出ても、おかしくはないか。
「……よく、お気づきになりましたね」
「……では」
「ええ。最近、少し身体を鍛えているんです」
アズサが、小さく頷いた。
「……やはり、そうか」
…………。
……さて。
これで終わりかと思ったのだが。
「……なぜ?」
「……はい?」
「……ナギサ様は、なぜそこまでして鍛えるんだ?」
…………。
(……ああ、そこか)
……さて。
どう答えたものかな。
…………。
……まあ。
嘘をつく必要はないか。
「……最近、少し身の危険を感じることがありまして」
「…………!」
アズサの表情が、わずかに変わった。
「……身の危険?」
「ええ」
俺は、苦笑した。
「立場が立場ですから。いつ何が起きるか分かりませんので」
……まあ。
軽く言っているけど。
実際、笑い事じゃないんだよなぁ。
「……危険なのか?」
「……危険がないとは言えませんね」
アズサが、黙り込む。
「……ですが」
俺は、言葉を続けた。
「だからといって、何もしないわけにはいきませんから」
「……何もしない?」
「ええ」
俺は、自分の手を見下ろした。
「最後に自分の身を守れるのは、自分自身ですからね」
…………。
アズサが、少しだけ目を見開いた。
「……自分自身……」
「……もちろん、周りの方々を信用していないという意味ではありませんよ?」
俺は、慌てて付け加えた。
「頼りになる方々は、たくさんいらっしゃいます」
……先生もいる。
FOX小隊もいる。
そして、ナギサも。
俺一人では、できないことなんて山ほどある。
……だけど。
「どれだけ頼りになる方がいても、必ず助けに来ていただけるとは限りません」
「…………」
「誰かの助けを待つしかない状況でも、自分にできることがあれば、それだけ選択肢は増えますから」
俺は、アズサへ視線を戻した。
「だから、せめて自分の身くらいは守れるようになりたいんです」
…………。
「……それに」
「……ん?」
俺は、プールを見渡した。
先ほどまで、みんなが遊んでいた場所。
水面には、まだ小さな波が残っている。
「……もし私に何かあれば、今日のような時間だって奪われてしまうかもしれませんから」
…………。
アズサの指先が、ぴくりと動いた。
「……奪われる?」
「ええ」
俺は、小さく頷いた。
「こうして皆さんと遊ぶ時間も、学校で過ごす楽しい日々も」
…………。
……ああ。
考えてみれば。
今日は、本当に楽しかったな。
ヒフミも。
コハルも。
ハナコも。
そして、アズサも。
みんな、楽しそうにしていた。
「……そういう時間って、案外簡単になくなってしまうものだと思うんです」
…………。
俺は、それを知っている。
少なくとも、この世界で起こるはずだった出来事を。
原作の知識として。
……だからこそ。
「……私は、嫌なんですよ」
「……何が?」
「誰かの都合で、そんな時間を奪われることが、です」
…………。
アズサが、膝の上で手を握った。
その指先に、わずかに力がこもる。
…………。
「……だから、鍛えているんです」
俺は、少しだけ笑った。
「まあ、まだまだ全然足りないんですけどね」
…………。
実際。
FOX小隊には、まったく敵わないし。
体力だって、全然足りない。
……ああ。
思い出しただけで、筋肉痛になりそうだ。
…………。
……だが。
アズサから、返事はなかった。
「……アズサさん?」
「…………」
彼女は、じっと水面を見つめていた。
先ほどまでとは、明らかに表情が違う。
「……アズサさん?」
「……あっ」
アズサが、こちらへ顔を向けた。
「……すまない。少し考えていた」
「いえ。構いませんよ」
…………。
……ふむ。
「……ナギサ様」
「……はい?」
「……今日のような時間は」
アズサが、少しだけ言葉を探した。
「……そんなに、大切なものなのか?」
…………。
……ああ。
そこか。
「ええ。とても大切ですよ」
「……そうか」
「だって、楽しいじゃありませんか」
俺は、笑った。
「誰かと一緒に遊んで、笑って、また明日も会おうって約束できる」
…………。
……うん。
そんな当たり前のことが。
どれだけ幸せなのか。
今なら、よく分かる。
「……そういう時間が、私は好きなんです」
…………。
アズサは、黙って聞いていた。
けれど。
その表情は、先ほどよりも硬くなっていた。
「……アズサさん?」
「……ああ」
返事はあった。
でも、何だか元気がない。
…………。
「……大丈夫ですか?」
「……問題ない」
…………。
……そうか。
それ以上、俺は尋ねなかった。
しばらく、沈黙が続く。
……すると。
「……ナギサ様」
「……はい?」
「……もし」
アズサが、口を開いた。
……けれど。
「…………」
そのまま、言葉が途切れてしまった。
「……アズサさん?」
「……いや」
アズサが、小さく首を振った。
「……何でもない」
…………。
……ふむ。
「……そうですか」
俺は、微笑んだ。
「ですが、何かお話ししたいことがあれば、いつでも聞きますからね」
…………。
「…………!」
アズサが、こちらを見た。
「……いつでも、か?」
「ええ」
俺は、頷いた。
「私でよければ、いつでも」
…………。
アズサは、しばらく黙り込んだ。
そして。
「……分かった」
小さく、そう答えた。
◇
――それから、しばらくして。
「アズサちゃーん!」
遠くから、ヒフミの声が聞こえた。
「あっ、お待たせしました!」
……おお。
戻ってきたみたいだな。
「……アズサさん」
「……ああ」
俺は、立ち上がった。
アズサも、それに続く。
……ただ。
その表情は、さっきよりも明らかに暗かった。
…………。
(……はぁ)
……少し、失敗したかなぁ。
とはいえ。
アズサに訓練の理由を聞かれた時点で、こうなる可能性は考えていた。
そもそも、俺が身体を鍛えているのは事実だ。
最初にスミレから教わり始めた頃は、ナギサの気分転換にもなればと思っていた。
でも、続けていくうちに、アリウス自治区への潜入に必要な体力をつけるという目的も加わった。
さらに、FOX小隊の訓練。
あれは、もう完全に実戦を想定したものだ。
……だから。
(……自衛のためってのは、本当なんだよな)
アリウス自治区へ潜入すれば、何が起きるか分からない。
FOX小隊が護衛してくれるとはいえ、すべてを任せきりにはできない。
最低限、自分の身くらいは守れるようになっておきたい。
……うん。
嘘は言っていない。
…………。
ただ。
それを、アズサ本人に聞かれたのが問題だった。
彼女がアリウスとどういう関係にあるのか。
そして、どんな事情を抱えているのか。
俺は、原作の知識から知っている。
だから、潜入の話なんてできるわけがない。
……かといって。
適当な嘘をつくのも違うだろう。
(……あの場では、ああ答えるしかなかったんだよなぁ)
…………。
それに。
アズサには、ナギサが疑心暗鬼になっているという誤情報が伝わっているはずだ。
最近になって身体を鍛え始めたことも、その情報と矛盾しない。
むしろ、疑心暗鬼になって警戒を強めていると思ってもらえれば、こちらとしては都合がいい。
潜入作戦についても、何も明かしていない。
……つまり。
(……戦略的には、何も問題ないんだよな)
…………。
そう。
何も問題ない。
……はずなんだけど。
(……アズサには、あの言葉が刺さるよなぁ……)
…………。
今日のような時間を守りたい。
誰かの都合で、楽しい日常を奪われたくない。
……それは、俺の本心だ。
だが、アズサは知っている。
その日常を奪おうとしている者たちのことを。
そして、自分が今、どんな立場に置かれているのかも。
……だからこそ。
あの言葉が、彼女にとって重いものになることは予想できた。
…………。
(……でも、ここまで考え込ませるとはなぁ)
正直、もう少し軽く受け止めてくれる可能性も考えていた。
……いや。
これは、俺の見積もりが甘かったな。
今日という日が、アズサにとってどれだけ特別なものだったのか。
そこを、十分に考えられていなかった。
…………。
(……もう少し、別の言い方があったかな)
……はぁ。
難しいなぁ。
政治や交渉なら、相手の反応を予測して言葉を選ぶことはできる。
時には、相手が傷つくと分かっていても、必要なことを伝えなければならない。
……だけど。
今は、交渉じゃない。
アズサと、仲良くなりたかっただけなんだよな。
…………。
(……堕とすどころか、落ち込ませてどうするんだよ、俺……)
…………。
……我ながら、何をやっているんだか。
アズサを説得して、何かをさせたいわけじゃない。
事情を知っているからといって、俺の望む答えを押しつけるつもりもない。
ただ。
彼女自身が、どうしたいのか。
それを安心して話せる相手になりたいんだ。
…………。
俺は、もう一度アズサを見た。
ヒフミが、笑顔で飲み物を手渡している。
「……ありがとう」
アズサは、それを受け取った。
……けれど。
やっぱり、どこか元気がない。
(……ごめんな、アズサ)
…………。
……まあ。
今さら言ってしまったことは取り消せない。
だからといって、無理に元気づけようとするのも違うだろう。
……それに。
彼女が何かを決断するには、まだ時間が必要だ。
俺が何も知らないと思っているからこそ、話せることもあるかもしれない。
(……焦るな、俺)
信頼関係なんて、一日で完成するものじゃない。
今は、彼女が安心して相談できる相手になることが先だ。
…………。
(……いつか、自分から話してくれるといいんだけどな)
それまでは。
俺にできることを、少しずつやっていこう。
◇
――その一方で。
アズサは、手渡された飲み物を見つめていた。
……先ほどの言葉が、頭から離れない。
『誰かの都合で、そんな時間を奪われることが、です』
…………。
(……奪う、か)
アズサは、ゆっくりと視線を上げた。
目の前では、ヒフミとコハルが楽しそうに話している。
ハナコも、いつものように微笑んでいた。
そして、ナギサ様も。
……みんな、楽しそうだった。
…………。
(……私は)
……自分は、奪いたいわけではない。
こんな時間を。
ヒフミたちが楽しそうに笑っている日常を。
ナギサ様が、大切にしているものを。
……むしろ。
守りたいと思っている。
…………。
だが。
(……私は、知っている)
この日常を奪おうとしている者たちのことを。
そして、自分が今、どんな立場にいるのかも。
…………。
(……それなのに)
何も知らない彼女たちと一緒に遊び。
同じように笑っていた。
……今日が楽しかったのは、本当だ。
だからこそ。
胸の奥が、ひどく重かった。
(……話すべき、なのか)
…………。
ナギサ様なら。
もしかしたら、力になってくれるかもしれない。
少なくとも、話は聞いてくれるだろう。
……だが。
打ち明けたことで、何が変わる。
何を防げる。
……それとも。
もっと悪い結果を招いてしまうのか。
…………。
分からない。
何が正しいのか。
……けれど。
黙っていることが正しいとも、もう思えなかった。
…………。
(……ナギサ様)
アズサは、少し離れた場所でヒフミと話している少女を見た。
彼女は、いつものように微笑んでいる。
……その笑顔が。
今は、少しだけ苦しかった。
◇
「……アズサちゃん?」
ヒフミが、心配そうに首を傾げた。
「どうしたの? 何だか元気がないみたいだけど……」
「……問題ない」
「……本当?」
「……ああ」
…………。
……うーん。
やっぱり、気になるよなぁ。
俺も、アズサへ視線を向けた。
「……アズサさん。無理はしないでくださいね」
「……ああ」
アズサが、小さく頷いた。
……うん。
今は、それ以上聞かないでおこう。
すると。
「……ナギサさん♡」
「……はい?」
ハナコが、こちらへ近づいてきた。
「アズサちゃんと、何かお話しされていたんですか?♡」
「……ええ。少しだけ」
「……そうなんですね♡」
ハナコが、アズサへ視線を向けた。
そして、もう一度こちらを見る。
「……どんなお話だったんですか?♡」
…………。
……ああ。
そこは、ちょっと答えにくいな。
「……少し、難しいお話をしてしまいまして」
「……難しいお話、ですか?♡」
「ええ」
俺は、苦笑した。
「どうやら、アズサさんを考え込ませてしまったようです」
…………。
「……あら?」
ハナコが、少しだけ目を瞬かせた。
「……ナギサさんが、ですか?」
「……はい」
「…………」
……ん?
何だか、妙な間が空いたな。
「……ハナコさん?」
「……いえ♡」
ハナコが、いつもの笑顔に戻った。
「何でもありませんよ♡」
…………。
……ふむ。
何だろう。
……まあ、いいか。
「……それより、ハナコさん」
「……はい?」
「アズサさんの様子が少し気になるので、今日は無理をさせないようにしましょう」
「……分かりました♡」
ハナコが、柔らかく微笑んだ。
「私も、少し気にかけておきますね」
「……ありがとうございます」
……うん。
やっぱり、ハナコは頼りになるなぁ。
…………。
……ただ。
そんな俺の横で。
ハナコが、もう一度アズサへ視線を向けていたことには、気づかなかった。
◇
それからも、プール遊びは続いた。
「……アズサちゃん、こっちだよ!」
「……ああ」
ヒフミが、アズサへボールを投げる。
アズサは、それを受け取った。
……けれど。
すぐには投げ返さなかった。
「……アズサちゃん?」
「……あっ」
アズサが、我に返ったように顔を上げる。
「……すまない」
そう言って、ボールを投げ返した。
…………。
(……やっぱり、考え込んでるなぁ)
さっきまでは、もう少し楽しそうだったんだけど。
……いや。
分かってるんだけどさ。
そう簡単に、気持ちを切り替えられる話じゃないよな。
…………。
「……アズサさん」
「……ん?」
「無理に遊ばなくても大丈夫ですよ」
…………。
「……いや」
アズサが、首を振った。
「……遊びたい」
…………。
(……おっ)
……そうか。
それなら、よかった。
「……分かりました」
俺は、微笑んだ。
「では、もう少し楽しみましょうか」
「……ああ」
…………。
アズサは、もう一度ボールを受け取った。
今度は、しっかりとヒフミへ投げ返す。
「……わっ! アズサちゃん、上手!」
「……そうか?」
「うん!」
ヒフミが、嬉しそうに笑った。
……その笑顔を見て。
アズサも、ほんの少しだけ表情を緩めた。
…………。
……うん。
やっぱり、こういう時間は大切だよな。
…………。
そして。
楽しい時間というのは、あっという間に過ぎるものだ。
気がつけば、そろそろプール遊びを終える時間になっていた。
「……はぁ。楽しかったぁ!」
ヒフミが、満足そうに息を吐いた。
「……まあ、悪くなかったわね!」
コハルが、腕を組んで頷く。
……うん。
相変わらず素直じゃないなぁ。
「……私も、とても楽しかったです♡」
ハナコが、柔らかく微笑んだ。
「……アズサちゃんは?」
ヒフミが、隣のアズサへ尋ねた。
「……ああ」
アズサが、小さく頷いた。
「……楽しかった」
……その返事は、少しだけ静かだった。
「……そっか!」
ヒフミが、嬉しそうに微笑んだ。
「また一緒に遊ぼうね!」
…………。
「…………」
アズサは、少しだけ目を伏せた。
そして。
「……ああ」
小さく頷いた。
「……また、遊びたい」
…………。
……うん。
よかった。
少し元気はないけど。
少なくとも、今日が楽しかったのは本当みたいだな。
…………。
「……それでは、皆さん」
俺は、四人へ向き直った。
「今日はここまでにしましょうか」
「はい!」
「分かったわ!」
「……了解した」
「……ふふっ。残念ですね♡」
…………。
……うん。
また、機会があれば。
みんなで、こうして遊べるといいな。
それから、各自が着替えに戻るため、解散することになった。
……と。
その時だった。
――ブルルッ。
…………。
(……ん?)
手元の端末が震えた。
……誰だ?
画面を確認すると。
(……FOX小隊?)
……おや。
どうしたんだろう。
俺は、少し離れた場所で通話を受けた。
「……もしもし?」
『……ナギサか』
聞こえてきたのは、ユキノの声だった。
「ええ。どうされましたか?」
『……今、少し時間をもらえるか』
「……はい。大丈夫ですよ」
……ふむ。
何だろう。
FOX小隊は、カヤからの呼び出しで一時的に戻っているはずだ。
何か、あったのかな。
『……実は、カヤから伝言を預かっている』
…………。
(……カヤから?)
……おや。
何だろう。
「……どのようなご用件でしょうか?」
『……あなたと、直接会って話がしたいそうだ』
…………。
(…………え?)
……カヤが?
俺と?
…………。
(……何の話だ?)
…………。
……いや。
まあ、不思議なことではない。
FOX小隊の件もあるし。
俺が関わっている事情を考えれば、直接話をしたいと言われる可能性は十分にある。
……あるんだけど。
(……何を目的にしてるんだろうな)
…………。
カヤについては、原作の知識もある。
ただし。
だからといって、まだ起きていないことまで責めるつもりはない。
今のカヤが何を考えているのか。
実際に何を望んでいるのか。
それは、直接話してみなければ分からないことだ。
…………。
……とはいえ。
(……警戒はしておいた方がいいか)
相手は、連邦生徒会の防衛室長。
しかも、FOX小隊とも深い関わりがある。
向こうから会談を求めてくる以上、何らかの目的があるはずだ。
……さて。
何を話すつもりなんだろうな。
『……ナギサ?』
「……あっ、はい」
……いかん。
少し考え込んでしまった。
「……分かりました」
俺は、頷いた。
「私も、一度お話ししたいと思っていましたので」
『……そうか』
「ええ。お会いしましょう」
……うん。
とりあえず、承諾だ。
あとは、日程を……。
『……では、明日の朝で構わないか?』
…………。
(…………は?)
……明日?
(……明日の朝!?)
…………。
いやいやいや!
ちょっと待ってくれ!
(……俺、何も準備してないぞ!?)
……いや。
話したいことが、まったくないわけではない。
FOX小隊のこともある。
SRTのことだって、確認したいことはある。
……でも。
相手が何を目的に会いに来るのか分からない状態で、明日の朝って。
(……急だなぁ……)
…………。
『……都合が悪いか?』
「……いえ」
俺は、少し考えた。
……まあ。
向こうから会いに来ると言っているんだ。
ここで断る理由もない。
「……大丈夫ですよ」
『……そうか。では、カヤには明日の朝、そちらへ向かうよう伝えておく』
「ええ。お待ちしております」
『……分かった』
「……よろしくお願いします」
『……ああ。それでは』
――プツッ。
…………。
通話が切れた。
…………。
(……はぁ……)
……明日の朝、か。
…………。
……うん。
これは。
(……また交渉で頭を使うパターンじゃん……)
…………。
いや。
まだ交渉になると決まったわけじゃないけどさ。
でも、こういう立場の相手との面会だぞ?
まず間違いなく、ただの世間話では終わらないだろう。
……ああ。
FOX小隊との交渉が終わったと思ったら、今度はカヤか。
(……何でこう、次から次へと……)
…………。
『……ナギさん?』
(……ん?)
ナギサが、不思議そうにこちらを見ていた。
『……何かあったのですか?』
(……ああ)
俺は、小さく息を吐いた。
(……明日の朝、カヤが来るってさ)
『……え?』
…………。
『……カヤさんが、ですか?』
(……そう)
『……随分と急ですね……』
(……だよなぁ)
……うん。
俺もそう思う。
『……何か、心当たりはありますか?』
(……FOX小隊の件かもしれないし、別の話かもしれない)
正直、何とも言えない。
(……まあ、会ってみれば分かるだろ)
『……そうですね』
…………。
……とはいえ。
準備できることは、やっておきたい。
相手が何を望んでいるのか。
どこまで話せるのか。
何を確認する必要があるのか。
最低限、その辺りは整理しておこう。
……それにしても。
(……今日はプールで遊んで、明日はカヤと会談か……)
…………。
何だ、この落差。
……ああ。
お願いだから。
(……明日は、普通に話ができるといいなぁ……)
…………。
……いや。
普通に話すためにも、準備が必要なんだよな。
(……今日遊ぶために後回しにした仕事もあるのにぃ……!!)
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、アズサとのお話でした!
第43話でアズサがナギの足元を見ていたのは、こういう理由でした。
それにしても、恋愛感情にはとことん鈍いくせに、人の心や事情を読み取ることには妙に長けているナギ。
しかも、相手が傷つくと分かっていても、必要だと判断すれば言えてしまうという……。
その結果、仲良くなろうと狙っているアズサには、まさかのバッドコミュニケーション。
一方、特に狙っていないハナコには、無自覚にパーフェクトコミュニケーションを連発。
……なんだこいつ。
いや、アズサへの言葉も嘘をつかずに答えた結果ですし、悪気はないんですけどね!
果たして、ナギのアズサ攻略はうまくいくのでしょうか?
そして、最後にはカヤから突然の面会要請が。
次回もよろしくお願いします!