前回、突然ストライキを提案したナギ。
果たして、何を考えているのでしょうか……。
そして、カヤとの会談もいよいよ大詰めです。
それでは、お楽しみください!
「先ほどの賛成者の皆さんと協力して、ストライキをしましょう」
…………。
「……え?」
カヤが、ぽかんとした表情でこちらを見つめた。
「ストライキです」
俺は、もう一度答えた。
カヤは、しばらく黙っていた。
「ナギサさん」
「はい」
「それは、かえって状況を悪化させるのではありませんか?」
「ふふっ。そう思われますよね」
「……はい?」
「では、カヤさん。今、ストライキと聞いて、何を考えられましたか?」
「何を、ですか?」
「ええ。業務への影響や、参加者への対応など、色々と面倒なことを考えられたのではありませんか?」
「それは、もちろんです」
「ですよね」
俺は、微笑んだ。
「では、連邦生徒会の方々も、同じように考えると思いませんか?」
カヤが、わずかに目を細めた。
「……つまり、ストライキへの対応を避けたいという心理を利用するのですか?」
「ええ。そのとおりです」
そもそも、第四の立場の人たちは、ほかの仕事で忙しいからSRTの問題を後回しにしているんだ。
そんなところへ、ストライキへの対応という新しい仕事まで増えたらどう思うか。
……まあ、嫌だろうな。
「でしたら、ストライキへの対応に追われるより、こちらの要求を聞いた方が楽だと思っていただければいいんです」
「要求、ですか?」
「ええ。今回の暫定運用案を正式な議題として取り上げ、協議の場を設けていただきたい。それだけですよ」
「……それだけ、ですか?」
「はい。案に賛成していただくことまでは要求しません」
俺は、頷いた。
「まずは正式に協議をお願いする。それでも取り合っていただけなければ、ストライキの可能性をお伝えするんです」
「つまり、実際にストライキを行うつもりはないと?」
「できれば、行わずに済ませたいですね」
……というか。
俺だって、わざわざ面倒なことをしたくない。
話し合いで解決できるなら、それが一番だ。
「ですが、警告だけでは応じていただけない可能性もあるでしょう?」
「もちろんです」
俺は、頷いた。
「ですから、実際に行うことになった場合の準備も必要ですね」
「どのような準備でしょうか?」
「まず、業務を前倒しで処理して、ある程度の余裕を作っておきます」
「余裕、ですか?」
「ええ。急ぎの仕事を片づけて、業務に支障が出にくい予備日を確保するんです」
当然、市民の生活や安全に関わる業務を止めるつもりはない。
何も関係のない人たちに迷惑をかけても仕方ないからな。
「そして、その予備日に、不要不急の内部業務に限ってストライキを行います」
「それでは、業務への影響はかなり小さくなるのではありませんか?」
「ええ。それで構いませんよ。ただし、事前に業務を調整していたことは、伏せておきましょう」
「伏せる、ですか?」
「はい。こちらがどれほど準備しているかまで、わざわざ教える必要はありませんから」
俺は、微笑んだ。
「そもそも、連邦生徒会の仕事を止めることが目的ではありませんから」
「では、何が目的なのですか?」
「正式に話し合っていただくことです」
俺は、机の資料に目を向けた。
「それに、仮に事前の準備が知られて、実際の業務への影響が小さいと分かったとしても、連邦生徒会の内部から複数の方がストライキを予告するとなれば、無視し続けるのも難しくなるでしょう?」
「なるほど」
「それに、こちらが求めているのは、SRT存続案について協議する機会だけです」
大きな譲歩を求めているわけじゃない。
まして、無条件で賛成しろと言っているわけでもない。
「その程度の要求であれば、ストライキへの対応を考えるより、さっさと話を聞いた方が楽だと思いませんか?」
カヤは、しばらく俺を見つめていた。
「……それは、脅しではありませんか?」
「ふふっ。交渉ですよ」
「随分と強引な交渉ですね」
「そうでしょうか?」
俺は、少しだけ首を傾げた。
「ですが、最初から話し合いに応じていただけるのであれば、こんな方法を使う必要もありませんから」
もちろん。
実際に行う場合は、参加してくださる方々の立場も考えなければならない。
無理に参加させるつもりはないし、どのような不利益が生じる可能性があるのかも、事前に確認しておく必要がある。
そもそも、業務停止が認められる範囲についても調べなければならないだろう。
……まあ。
(……そこまで準備する前に、話し合いに応じてもらえるのが一番なんだけどな)
「それに、実際に話し合いが始まれば、第四の立場の方々にも利点があると思うんです」
「利点、ですか?」
「ええ。今回の運用案、うまく機能すれば、連邦生徒会の仕事を減らせる可能性があるでしょう?」
SRTの指揮権が不明確なままでは、関連する判断を一つ進めるだけでも調整が必要になる。
だが、暫定的な運用体制が整えば、少なくとも承認された任務について、毎回一から議論する必要はなくなる。
報告や監督の仕事は残るが、処理の仕組みを定型化することはできるはずだ。
「今まで忙しくて内容を確認できなかった方々も、実際に資料を読めば気づくかもしれません」
「自分たちの負担を減らす案でもある、と?」
「ええ。そうなれば、賛成してくださる方も増えるでしょう」
カヤは、しばらく考えてから頷いた。
「確かに、可能性はありますね」
「ただ、今回の件は、正式な権限をどこまで整えられるかも重要です」
「会長の指揮権の問題ですね」
「はい。そこを曖昧にしたまま進めるわけにはいきません」
そもそも、会長が不在だからといって、ほかの人間が自由にその権限を行使できるわけじゃない。
だからこそ、正式な協議が必要なんだ。
「まずは廃校を急がず、暫定的な体制を整えるための審議を進める。それが第一歩ですね」
「なるほど」
カヤは、少しだけ目を細めた。
「ですが、ナギサさん。一つ気になることがあります」
「何でしょう?」
「仮に、ストライキが実行されたとしましょう」
「はい」
「連邦生徒会の業務に支障が出れば、当然、責任を追及する動きも出てくるはずです」
「そうでしょうね」
「それでも業務を再開しないのであれば、参加者を強制的に排除しようとする方が現れるかもしれません」
カヤは、静かに続けた。
「場合によっては、武装した警備部隊を動員するという判断も考えられます」
……ああ。
そういうことか。
「確かに、その可能性はありますね」
「では、その場合はどう対処されるおつもりですか?」
「まず、そのような事態にならないようにすることが重要だと思います」
「それは、当然でしょう」
「ええ。ですから、最初から要求を明確にしておくんです」
俺は、資料を指し示した。
「こちらが求めているのは、SRT存続案について協議の場を設けることです。それ以上の譲歩を無条件に要求するつもりはありません」
「なるほど」
「もちろん、参加者が実際に危険な行為をしたり、正式な規則に違反したりすれば、相応の対応は必要でしょう」
そこは別問題だ。
ストライキといえば、何をしても許されるわけじゃない。
「ですが、単に協議を求めている方々に武力を向けるとなれば、話は変わります」
「と、おっしゃいますと?」
「対応そのものが、新しい政治問題になってしまうんです」
元々は、SRTの存続について話し合ってほしいという要求だった。
それに対し、武装した部隊を使って排除したとなれば。
今度は、その判断が適切だったのかという問題が生まれる。
「SRTの問題を後回しにしたかったはずなのに、今度は武力行使の是非について説明しなければならなくなるわけです」
カヤは、少し考えた。
「確かに、余計な問題を増やすことになりますね」
「ええ。しかも、下手をすると反対する方々を増やしてしまいます」
「反対者を、ですか?」
「はい。最初はSRTの存続に関心がなかった方でも、武力で排除されたことには反発するかもしれませんから」
ここが、厄介なところだ。
元々の主張に賛成しているかどうかと、弾圧に反対するかどうかは別問題なんだ。
「ですが、ナギサさん」
「はい?」
「それでもなお、武力による排除が必要だと判断される場合もあるでしょう」
「ええ。実際に危険が迫っているのであれば、そういう場合もあると思います」
「では、武力によって対立を終わらせるという選択肢も、完全には否定されないのですね?」
「もちろんです。ただ、反対する方々を力で従わせることを、統治の基本にするのは得策ではないと思います」
「なぜでしょう?」
「特に、ここキヴォトスでは、危険すぎるからです」
……そう。
元の世界と、この世界には大きな違いがある。
それは、個人が持つ武力の大きさだ。
そもそも、生徒たちが当たり前のように銃を持ち歩いている。
しかも、その強さには、とんでもない個人差がある。
銃を持った大勢の生徒を、たった一人で相手にできるような奴までいるんだからな。
(……一騎当千って言葉が、冗談じゃない世界だからな)
ヒナやツルギなんて、まさにそうだろう。
「カヤさん。このキヴォトスには、たった一人で大勢の武装した生徒を相手にできる方がいらっしゃいますよね?」
「ええ。それは否定しません」
「では、仮にそのような方が反対派に加わったら、どうなるでしょう?」
「相応の戦力を投入する必要があるでしょうね」
「ええ。ですが、それで解決できるとも限りません」
「と、おっしゃいますと?」
「武力で押さえ込もうとしたこと自体が、相手の主張を正当化してしまう可能性があるんです」
俺は、続けた。
「例えば、政府に反対したという理由で、強力な生徒が武力による制圧を受けたとしましょう」
「はい」
「その方が抵抗し、さらに多くの生徒がその姿を見たら?」
カヤは、少し考えた。
「反対派の象徴になる可能性がある、ということですか?」
「ええ。しかも、その中心にいるのが、とんでもなく強い生徒だったら……」
俺は、少しだけ苦笑した。
「……手に負えなくなるかもしれませんね」
カヤが、静かに頷いた。
「確かに、厄介ですね」
元の世界でも、弾圧によって反対運動が拡大することはある。
だが、この世界では事情が違う。
反対派の象徴になった人物が、本当に一人で大部隊と戦えてしまうかもしれないんだからな。
「つまり、ナギサさんは、武力を用いた統治はかえって不安定になるとお考えなのですね?」
「少なくとも、反対意見を封じるために使うのであれば、そう思います」
カヤは、しばらく考えていた。
そして、静かに口を開く。
「ですが、ナギサさん」
「はい?」
「どれほど強力な生徒であっても、弱点がないわけではありませんよね?」
「弱点、ですか?」
「ええ。例えば、その生徒にとって大切な人物を人質に取れば、行動を制限することもできるのではありませんか?」
…………。
(……ああ、そういう考え方もあるよな)
確かに、どれほど強い生徒でも、大切な人を守りたいという気持ちはあるだろう。
そこを利用すれば、本人の戦闘能力に関係なく行動を制限できるかもしれない。
「有効な場合もあるでしょうね」
俺は、少し考えてから答えた。
「ですが、私なら絶対にやりません」
カヤが、わずかに眉を上げた。
「それは、なぜでしょう?」
「人質を取った側にも、大きな弱点ができるからです」
そもそも。
誰かを人質に取るなんて、倫理的にも論外なんだけどな。
ただ、それだけではカヤを納得させられないかもしれない。
ここは、合理性の問題として説明した方がいいだろう。
「弱点、ですか?」
「ええ。まず、人質となった方が、必ず無事でいてくださるという保証はありますか?」
「どういうことでしょう?」
「極限まで追い詰められた結果、ご自身で命を絶つことを選んでしまう可能性だってあるでしょう?」
カヤが、少しだけ目を細めた。
「ですが、厳重に監視すれば、防ぐこともできるのではありませんか?」
「完全に、ですか?」
「……それは」
「どれだけ監視しても、人の心まで支配できるわけではありませんよね?」
それに、仮に防げたとしても、人質がどれほど追い詰められることになるのか。
……考えるだけでも嫌になる。
「もし、そのようなことになれば、人質という切り札を失うだけでは済みません」
「と、おっしゃいますと?」
「大切な人を失った相手が、黙って従ってくださると思いますか?」
…………。
「……難しいでしょうね」
「ええ。むしろ、取り返しのつかない恨みを買うことになるでしょう」
俺は、続けた。
「しかも、それだけではありません」
「まだ、あるのですか?」
「ええ。例えば、私たちとは別の第三勢力がいたとしましょう」
俺は、指を一本立てた。
「その勢力が人質を救出してしまえば、せっかくの切り札はなくなりますよね?」
「確かに」
「ですが、もっと厄介な場合もあります」
「何でしょう?」
俺は、少しだけ声を落とした。
「第三勢力が、人質を取った側を失脚させたいと考えていた場合です」
カヤの視線が、こちらへ向けられる。
「もし、その第三勢力が人質に危害を加えたら、どうなるでしょう?」
カヤの表情が、わずかに険しくなった。
「……なるほど」
「最悪の場合、人質が命を落とすことだって考えられます」
もちろん、そんなことをする連中がいないことを願いたい。
だが、権力争いに第三勢力が介入する可能性まで考えるなら、無視できない。
「その場合、怒りの矛先はどこへ向かうでしょうね?」
「人質を取った側、ですか」
「ええ。実際に危害を加えたのが第三勢力だったとしても、そもそも拘束しなければ起きなかった事件だと非難されるでしょう」
もちろん、第三勢力の関与が明らかになれば、そちらも責任を追及されるだろう。
だが、人質を取った側が、その責任から逃れられるとは思えない。
「しかも、相手は一騎当千の生徒ですよ?」
俺は、少しだけ苦笑した。
「大切な人を失って、怒りに任せて動き始めたら……」
…………。
「……誰が止められるんでしょうね?」
カヤは、しばらく考え込んだ。
「つまり、人質を取ることで、かえって第三勢力に付け入る隙を与えてしまうと?」
「ええ。それどころか、今まで敵対していなかった勢力まで敵に回す可能性があります」
本当に、割に合わないんだよな。
「そもそも、大切な人を人質に取られて、喜んで従う方なんていないでしょう?」
「そうですね」
「表向きは従っていても、内心ではいつか取り返そうと考えるはずです」
俺は、続けた。
「そんな状態で統治するより、自分から協力したいと思っていただく方が、ずっと安定すると思いませんか?」
カヤは、少し考えてから頷いた。
「確かに、人質を取ること自体が、新しい火種になる可能性はありますね」
「ええ。ですから、私はできる限り政治で解決したいんです」
「武力に頼るより、その方が合理的だと?」
「少なくとも、ここキヴォトスでは、そう考えています」
もちろん、武力が必要になる場面まで否定するつもりはない。
誰かを守るために戦わなければならないこともあるだろう。
だが、単に意見が違うという理由で武力を向ける必要はない。
「反対する方を力で従わせるより、協力していただける理由を作る。その方が、後々の問題も少ないと思います」
カヤは、何とも言えない表情を浮かべた。
「ナギサさん」
「はい?」
「あなたは、随分と恐ろしい想定までなさるのですね」
「そうでしょうか?」
(……普通の危機管理のつもりなんだけどな)
「ですが、お考えは理解しました」
カヤは、小さく頷いた。
「反対派を武力で押さえ込むより、政治的な手段で協力を取り付ける。その方が、長期的には安定すると」
「ええ」
「もっとも、先ほどのストライキのお話を聞いた後では、少々複雑な気分ですが」
…………。
(……まだそこを気にしてたのか)
「ストライキと武力弾圧は別ですよ?」
「もちろん、存じています」
カヤは、穏やかに微笑んだ。
「ですが、ナギサさんが決して穏やかな手段ばかりを選ばれるわけではないことは、よく分かりました」
……うん。
否定はできないな。
「では、ナギサさん」
「はい?」
「仮に、あなたの望まない選択をする方がいたとしましょう」
「はい」
「その方が、どれほど話し合っても考えを変えなかった場合は、どうされるのですか?」
……ああ。
そこか。
「そうですね」
俺は、少し考えてから答えた。
「考えを変えていただくか、妥協案を出すか。それでも駄目なら、ひねり潰すだけです」
…………。
カヤが、わずかに目を見開いた。
「……ひねり潰す、ですか?」
「ええ。もちろん、政治的にですよ」
俺は、穏やかに続けた。
「先ほどお話ししたように、必要な賛成を集め、正式な手続きで決定する。それでも反対されるのであれば、その反対によって政策が止まらない状況を作ればいいんです」
「なるほど」
「別に、相手を排除する必要はありません。反対する権利も、そのまま残します」
カヤは、少し考え込んだ。
「ですが、ナギサさん」
「はい?」
「あなたは、相手が考えを変えるまで、何度でも説得を続けられるおつもりなのですか?」
「時間が許す限りは、そうしますよ」
俺は、カヤを見つめた。
「現に、今もそうしているでしょう?」
…………。
カヤの表情が、わずかに変わった。
「……今も、ですか?」
「ええ。今回のカヤさんとの交渉だって、そうですよ」
俺は、穏やかに続けた。
「お互いに考えを説明して、意見が違えば議論する。納得できるところがあれば、そこから協力できる方法を探す」
最初から考え方が完全に一致している必要なんてない。
「私は、カヤさんに考えを変えていただけるのであれば、それが一番いいと思っています」
「では、私が考えを変えなかった場合は?」
「その時は、別の方法を考えます」
俺は、少しだけ笑った。
「ただ、できればカヤさんとは協力したいですね」
…………。
カヤは、しばらく俺を見つめていた。
「……随分と穏やかに、厳しいことをおっしゃるのですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。先ほどの『ひねり潰す』という言葉も、印象的でしたので」
(……政治的な話なんだけどな)
まあ、言葉の選び方は少し悪かったかもしれない。
「ところで、カヤさん」
「はい?」
「今回のお話には、まだ続きがあるんです」
「続き、ですか?」
「ええ。今回の運用案が、実際に採用された場合のお話です」
俺は、少しだけ姿勢を正した。
「先ほど説得を後回しにした、一つ目の方々についてです」
カヤが、わずかに眉を上げた。
「会長以外がSRTを指揮することに反対している方々ですか?」
「ええ。その方々も、将来的には考えを変えてくださるかもしれません」
「なぜでしょう?」
「異なる立場の方々をまとめ上げ、必要な合意を作り、武力に頼ることなくSRTの存続を実現した人物が現れたとします」
「はい」
「その方の政治的な手腕を、どう評価されるでしょうか?」
カヤは、少し考えた。
「少なくとも、相応の能力があるとは認めざるを得ないでしょうね」
「そうですね」
俺は、頷いた。
「私、一つ目の方々が反対される理由も、必ずしも会長個人への忠誠心だけではないと思っているんです」
「と、おっしゃいますと?」
「連邦生徒会長でなければ、SRTを任せられない。それは裏を返せば、会長ほどの能力を持たない人物には任せられない、という意味かもしれませんよね?」
SRTは、強大な武力組織だ。
その指揮権を、十分な能力のない人物に渡したくない。
その考えは、むしろ自然だろう。
「つまり、その方々が求めているのは、会長という肩書そのものではなく、会長に匹敵する政治的な能力や信頼なのかもしれません」
「なるほど」
「でしたら、実際に結果を出して証明すればいいんです」
俺は、微笑んだ。
「これだけ複雑な問題を、政治的な手段だけで解決してみせた。その実績があれば、少なくとも耳を傾けてくださる方は増えると思いませんか?」
カヤは、静かにこちらを見つめた。
「つまり、最初から全員を説得する必要はないと?」
「ええ。まずは賛成してくださる方々と協力して、実績を作るんです」
俺は、続けた。
「そして、その実績を見て、今まで反対されていた方々が考えを変えてくだされば、なお良しです」
「ですが、それでも会長以外には任せられないと考える方は残るでしょう」
「もちろんです。そこは仕方ありません」
全員が賛成しなければ失敗、というわけじゃない。
必要な手続きを踏み、正式な権限を整えたうえで決定すればいい。
「ですが、会長に匹敵する能力を求めていた方々なら、実際にその能力を目の当たりにすれば、考えを変えてくださるかもしれませんよ?」
俺は、少しだけ笑った。
「もしかしたら、その政治手腕に惚れ込んで、積極的に支持してくださるかもしれませんね」
カヤが、小さく笑った。
「随分と都合のよいお話ですね」
「ええ。ですが、あり得ないお話でもないでしょう?」
「確かに」
政治というのは、人を動かす仕事なんだ。
命令だけで動かすんじゃない。
相手が自分の意思で協力したくなるようにする。
その方が、ずっと長続きする。
「ですが、それだけの調整を行うとなれば、相当な労力が必要になるでしょうね」
「ええ。それはもう、大変だと思います」
俺は、頷いた。
「ですが、その苦労に見合うだけのものは、得られると思いますよ?」
「と、おっしゃいますと?」
「考えてみてください」
俺は、指を一本立てた。
「連邦生徒会長が不在になってから、誰も解決できなかった問題を、一人の人物が中心となって解決するんです」
「ええ」
「しかも、武力に頼ることなく、対立する意見を調整し、SRTの存続という結果まで出してみせる」
俺は、微笑んだ。
「これ、相当な実績になると思いませんか?」
カヤが、少しだけ目を細めた。
「確かに、そうですね」
「それに、今回の件を解決できれば、その方に対する連邦生徒会内の評価も大きく変わるでしょう」
「評価、ですか」
「ええ。会長がいなくても組織をまとめられる。その能力を、実際の結果で証明するわけですから」
「もちろん、今回の件だけで連邦生徒会全体をまとめたことにはならないでしょう」
俺は、続けた。
「ですが、少なくとも一つの大きな問題について、異なる立場の人々をまとめられると証明できます」
「なるほど」
「その実績を重ねていけば、連邦生徒会長に匹敵するほどの信任を集めることだって、夢ではないかもしれませんよ?」
…………。
カヤが、こちらを見た。
「……会長に、匹敵するほどの?」
「ええ。もちろん、正式な権限や地位とは別のお話ですが」
俺は、続けた。
「会長不在の中で、実際に組織を動かせる人物として認められる。それだけでも大きな意味があるでしょう?」
「確かに、そうですね」
「そして、その後も実績を積み重ねていけば……」
俺は、少しだけ笑った。
「将来、正式な連邦生徒会長の候補として名前が挙がることだって、考えられると思います」
…………。
カヤは、すぐには答えなかった。
さて。
(……どうだ、カヤ?)
連邦生徒会のトップに立ちたい。
もし、原作と同じ野心を持っているなら。
この話は、決して魅力のないものではないはずだ。
何しろ、権力を奪う必要がない。
実績を作り、信頼を積み重ね、正式な手続きでその地位を目指せばいい。
しかも、今回はその第一歩になり得る。
『……ナギさん』
(……ん?)
『ナギさんは、カヤさんに連邦生徒会長になっていただきたいのですか?』
(そうだな。少なくとも、そういう選択肢はあっていいと思ってる)
もちろん、誰でもいいわけじゃない。
能力があるだけでも駄目だろう。
責任を引き受け、周囲の信頼を得て、適切な手続きでその立場に就く。
それができるなら、俺が反対する理由はない。
(ただ、そこまで行けるかどうかは、カヤ次第だな)
『そうですね』
カヤは、しばらく考え込んでいた。
「ナギサさん」
「はい?」
「それは、随分と大きなお話ではありませんか?」
「そうですね」
俺は、頷いた。
「ですが、それだけのことを成し遂げるのであれば、相応の評価を受けても不思議ではないでしょう?」
「確かに」
「もちろん、必ず会長になれるというお話ではありませんよ」
「ええ。それは理解しています」
「ですが、何もしなければ、評価していただく機会すらありませんから」
俺は、続けた。
「私は、結果を出せる方が正当に評価される組織の方が、健全だと思っています」
カヤは、俺をじっと見つめていた。
「……つまり、ナギサさんは」
「はい?」
「SRTの存続を、将来の連邦生徒会長を目指すための実績にもできるとお考えなのですね?」
「ええ。結果として、そうなる可能性はあると思います」
俺は、少しだけ表情を引き締めた。
「ただし、会長になるためにSRTを利用していただいては困ります」
「そこは、なかなか厳しいのですね」
「当然です。SRTを守ることと、政治的な実績を得ることでは、順番が逆になってはいけませんから」
SRTの生徒たちは、誰かが権力を手に入れるための道具じゃない。
それは、はっきりさせておきたい。
「ですが、SRTのために尽力された結果、政治的な信任を得られるのであれば、それは正当な評価でしょう」
カヤは、少し考えてから頷いた。
「なるほど」
「せっかくですから、カヤさんも目指してみませんか?」
「何を、でしょうか?」
俺は、少しだけ笑った。
「先ほどお話しした、超人というものを」
…………。
カヤが、目を瞬かせた。
「……それを、私に目指せと?」
「ええ。簡単ではないでしょうけど、挑戦する価値はあると思います」
「随分と大きな期待を寄せてくださるのですね」
「もちろん、私もできる範囲で協力しますよ」
カヤは、しばらく俺を見つめていた。
そして、小さく呟く。
「……初めてお会いした時から、相当な能力をお持ちだとは感じていましたが……」
「……はい?」
「……ある意味、会長とはまったく違う方向の超人ですね……」
(……ん? 何て言ったんだ?)
「カヤさん?」
「ああ、いえ。何でもありません」
カヤは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ただ、少し考えを改める必要がありそうだと思いまして」
「考えを、ですか?」
「ええ。ナギサさんについて、です」
…………。
(……俺、何か変なこと言ったか?)
まあ、無理に聞くことでもないか。
「そういえば、ナギサさん」
「はい?」
「FOX小隊についても、少しお聞きしたいことがあります」
……FOX小隊?
「何でしょうか?」
「ユキノたちから、あなたとの交渉について報告を受けました」
「ええ」
「決して、穏やかな話し合いではなかったようですね」
…………。
(……ああ。やっぱり交渉のことも報告されてたか)
まあ、任務の詳細以外は口止めしてないんだから、当然だよな。
「ええ。私の方から、随分と厳しいことを申し上げました」
「そのうえで、彼女たちは今回の任務に協力すると決めた」
「はい。ただし、彼女たちからいくつか条件を提示されました」
「条件、ですか?」
「任務の範囲を明確にすること。変更する場合は改めて同意を得ること。そして、先生の指揮と撤退条件を明確にすることです」
俺は、続けた。
「それから、SRT存続への働きかけと、今回の任務への協力を別の問題として扱うことも求められました」
カヤが、少しだけ目を細めた。
「……別の問題、ですか」
「ええ。仮に今回の任務を断られたとしても、私が提出した再考要請書を取り下げるつもりはありません」
そこは、最初から決めていた。
「彼女たちには、自分たちで判断していただきたいんです」
「なるほど」
カヤは、少し考えてから口を開いた。
「随分と厳しい交渉をしたにもかかわらず、最後には彼女たちの判断を尊重されたのですね」
「ええ」
「それは、なぜでしょう?」
「彼女たちが、優秀だからです」
俺は、少し考えてから続けた。
「だからこそ、誰かの言葉をそのまま信じるのではなく、疑問があれば確認し、必要なら断れるようであってほしいんです」
……何しろ。
あの子たちは、SRTを守るためなら本当に無茶をしかねない。
その気持ちが、悪い方向に利用されるようなことは避けたい。
「そうでしたか」
カヤは、静かに頷いた。
「ただ、私としても、少々意外でした」
「何がでしょう?」
「ユキノたちが、あなたを高く評価していたことです」
…………。
(……ああ。そういえば、昨日ニコからもそんな話を聞いたな)
「交渉の際には、かなり怒らせてしまいましたからね」
「ええ。ですが、彼女たちはあなたのことを、状況を変えられるかもしれない人物だと考えているようです」
「そう言っていただけるのは、ありがたいですね」
俺は、素直に答えた。
「もちろん、期待に応えられるかどうかは、これからですが」
「そうですね」
カヤが、少しだけ笑った。
「ナギサさん」
「はい?」
「あなたは、随分と多くの方々に選択肢を与えようとなさるのですね」
「選択肢、ですか?」
「ええ。SRTの生徒たちにも、連邦生徒会の役員たちにも。そして、私にも」
カヤは、こちらを見つめた。
「しかも、その選択肢を選ぶかどうかは、本人に任せると」
「そうですね」
俺は、頷いた。
「最終的には、ご本人が決めることだと思っていますから」
「仮に、その方があなたの望まない選択をしたとしても?」
「その時は、改めて考えます」
「随分と簡単におっしゃいますね」
「簡単ではありませんよ」
俺は、少しだけ苦笑した。
「ですが、最初から諦める理由にもならないでしょう?」
カヤは、しばらく俺を見つめていた。
「……あなたを敵に回すのは、あまり得策ではなさそうですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。少なくとも、私はそう思います」
……随分と評価されたな。
まあ、悪いことではない。
「私としても、カヤさんとは協力していきたいと思っていますよ」
「そうですか」
カヤは、静かに頷いた。
「では、私も一度、今後の方針を考え直してみましょう」
…………。
(……方針を、か)
少なくとも、こちらの提案を真剣に検討してくれるつもりらしい。
「それなら、よかったです」
「ただし、ナギサさん」
「はい?」
「まだ、あなたのお考えがすべて正しいと認めたわけではありませんよ?」
「もちろんです」
俺は、頷いた。
「むしろ、問題があれば遠慮なく指摘してください。その方が助かりますから」
カヤは、少しだけ目を細めた。
「反対意見を歓迎する、というお話でしたね」
「ええ」
「では、遠慮なく申し上げることにしましょう」
「ぜひ、お願いします」
しばらくして、カヤの視線が部屋の一角へ向けられた。
そこには、あらかじめ用意していたチェス盤が置かれている。
「ところで、ナギサさん」
「はい?」
「先ほど、チェスのお話もしていましたよね?」
……ああ。
そうだった。
「ええ。せっかくですから、一局いかがですか?」
「はい、構いませんよ」
「では、親睦も兼ねて、気楽に楽しみましょう」
カヤが、少しだけ笑った。
「そうですね。では、お手柔らかにお願いします」
「こちらこそ」
……うん。
さっきまで、随分と小難しい話ばかりしていたしな。
せっかくなんだ。
少しくらい、普通に遊んでもいいだろう。
『……ふふっ。楽しそうですね』
(……ああ。ナギサも一緒に楽しもうな)
『……はい!』
「では、始めましょうか」
俺は、椅子から立ち上がった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ナギのストライキ発言の真意と、カヤとの会談の続きを描きました!
まさか、ストライキの話から連邦生徒会長を目指す話にまで発展するとは……。
ナギとしては、カヤの能力や野心そのものを否定するつもりはありません。
むしろ、その能力を正しい方向に生かせるのであれば、積極的に協力したいと考えています。
さて、ここまでナギの視点で会談を描いてきましたが、カヤは一体何を考えていたのでしょうか?
次回は、カヤ視点でのお話になります!
彼女が今回の提案をどう受け止めたのか、ぜひお楽しみに!
引き続きよろしくお願いします!