お労しいナギサ様へ   作:ムテケル

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第54話です!

今回はカヤ視点でのお話となります!

FOX小隊から報告を受けたカヤは、ナギの行動をどう受け止めたのでしょうか。

そして、実際の会談で何を考えていたのか。

今回は少し長めになってしまいました。

それでは、お楽しみください!


計算違い

 ――前日、連邦生徒会防衛室。

 

「まったく、もったいない話ですね」

 

 私は、机の上に置かれた書類を眺めながら呟いた。

 

 SRT特殊学園。連邦生徒会長直属の特殊部隊を育成するための学園であり、現在は廃校の方針が示されている。

 

 会長が行方不明となった以上、指揮系統に問題が生じるのは理解している。ですが、それなら新たな管理体制を整えればいい。あれほど優秀な戦力を、みすみす失う必要があるのでしょうか。

 

(……リンも、もう少し柔軟に対応してくれればいいのですが)

 

 彼女が有能なのは認めている。実際、会長不在の連邦生徒会を維持しているのですから、その能力を疑うつもりはありません。

 

 ですが、現状を維持することと、問題を解決することは別です。いつまでも会長の帰還を待っているわけにはいかないでしょう。

 

 私は、別の書類を手に取った。

 

 トリニティ総合学園から提出された、SRTの廃校方針に関する再考要請書。提出者は、ティーパーティーのホストを務める桐藤ナギサ。

 

(……トリニティの代表が、ここまで関わるとは)

 

 内容は悪くない。エデン条約やキヴォトス全体の情勢を踏まえ、連邦生徒会が独自の精鋭部隊を維持する必要性を訴えている。

 

 しかし、存続を求めるだけでは足りない。誰が指揮権を持ち、誰が責任を負い、反対する者たちをどう説得するのか。

 

 そこまで考えていらっしゃるのでしょうか。

 

「カヤ室長」

 

 声に顔を上げると、FOX小隊の隊長、七度ユキノが立っていた。トリニティから一時的に戻ってきた彼女には、今回の交渉について報告をお願いしていた。

 

「お疲れ様です、ユキノ。早速ですが、ナギサさんとの交渉について聞かせていただけますか?」

 

「はい」

 

 ユキノは姿勢を正した。

 

「最初は任務への協力についての交渉でした。ですが、途中からSRTの存続について話が及びまして……」

 

「何かあったのですか?」

 

「ナギサ様は、私たちを意図的に怒らせるような発言をされました」

 

「意図的に、ですか?」

 

「はい。今回の任務では、危険な相手との交渉も想定されるため、挑発された際にも冷静な判断ができるかを確認する意図があったそうです」

 

「なるほど」

 

 私は、小さく頷いた。

 

 相手に挑発された程度で冷静さを失い、後先考えずに行動するようでは、危険な任務を任せるわけにはいかない。

 

 FOX小隊の戦闘能力は疑いようがありませんが、判断力はまた別の問題です。

 

「それで、皆さんはどうされたのですか?」

 

「最初は、交渉を持ち帰ろうとしました。ですが、その後、ナギサ様からSRTの廃校方針に関する再考要請書を提示されまして……」

 

 私は、手元の書類に視線を落とした。

 

 なるほど。相手の大切なものを刺激し、交渉が難しくなったところで希望を提示する。随分と強引ですが、交渉の方法として理解できないわけではありません。

 

「それで、交渉を再開されたのですね?」

 

「はい。一度は契約に合意しかけました」

 

「一度は?」

 

「私が署名しようとしたところで、ナギサ様が契約書を取り上げ、破り捨てられました」

 

「……破り捨てたのですか?」

 

「はい」

 

 思わず、ユキノの顔を見つめてしまった。

 

(……何ですか、それは)

 

 判断力を確認するために挑発したところまでは理解できます。ですが、自分に有利な条件で合意を得られそうだったのに、なぜ自ら契約書を破棄するのでしょうか。

 

「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

 

「私たちが、冷静な判断をできていなかったことを指摘するためでした」

 

「冷静な判断、ですか?」

 

「はい。ナギサ様は、私たちがSRTの存続を強く望んでいることを利用し、判断を誘導したと認められました」

 

 ユキノは、契約書に含まれていた不利益となり得る条項について説明した。

 

 トリニティの校則や学内規定への同意。それらが契約期間中に変更された場合の問題。そして、内容を十分に確認せず署名しかけたこと。

 

「ナギサ様は、今回と同じような方法で私たちを利用しようとする人物が、今後現れるかもしれないと警告されました」

 

「なるほど」

 

 私は、思わず考え込んだ。

 

 つまり、単に怒りに任せて行動しないかを確認しただけではない。SRTの存続という希望を提示された時、それまでの警戒心を維持できるかどうかまで試したわけですか。

 

(……随分と、手の込んだことをしますね)

 

 しかも、署名させてしまえば自分に有利な契約が成立したというのに、それを自ら破棄した。

 

 どうやら、最初から契約を有利にまとめることだけが目的ではなかったようですね。

 

「それから、どうされたのですか?」

 

「先生にも相談し、四人で話し合いました。その後、こちらから契約条件の変更を求めました」

 

「ほう。どのような条件ですか?」

 

「任務の範囲や変更時の再同意、先生の指揮、撤退条件、情報の取り扱いなどです」

 

 さらに、校則が変更された場合の対応や、作戦の詳細を確認した後でも参加を辞退できること。SRT存続への働きかけと今回の任務への協力を、別の問題として扱うことも求めたらしい。

 

「ナギサさんは、それらを受け入れられたのですか?」

 

「はい。契約書を修正し、改めて署名しました。ただし、最終的な任務への参加は、作戦の詳細を確認してから判断することになっています」

 

「そうですか」

 

 私は、椅子の背もたれへ身体を預けた。

 

 最初は、提示された条件で署名しようとしていた。それが今では、自分たちから条件を提示し、必要なら任務を断ることまで明確にしている。

 

(……随分と、余計なことをしてくださったものですね)

 

 FOX小隊の四人は、SRTの存続を何よりも望んでいる。その思いは、私にとっても重要だった。

 

 SRTを守るためだと説明すれば、彼女たちの協力を得られる可能性は高い。少なくとも、以前はそう考えていた。

 

 しかし、今の彼女たちは違う。

 

 仮に連邦生徒会の体制を強硬な手段で変えることになったとしても、目的や正当性を確認するでしょう。ましてやクーデターとなれば、簡単に協力してくれるとは思えない。

 

(……本当に、計算が狂ってしまいましたね)

 

 ただ、一つ気になることがあります。

 

「ユキノ。あなたは、ナギサさんを信用しているのですか?」

 

 ユキノは少し考えてから答えた。

 

「ある程度は、信頼しています」

 

「そうなのですか?」

 

「交渉の後も、訓練や掃除などをご一緒する機会がありましたので」

 

「なるほど」

 

「ですが、信頼しているからといって、すべてを任せるつもりはありません」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「特に仲間の命がかかる場面では、自分たちで確認し、判断する必要があると考えています」

 

 ユキノは、真っ直ぐにこちらを見た。

 

「ナギサ様からも、信用することと、疑問を持たずに従うことは別だと教わりました」

 

 私は、思わず苦笑しそうになった。

 

(……本当に、厄介なことをしてくださったものですね)

 

 しかも、彼女たちはナギサさんを嫌っているわけではない。むしろ、以前より信頼しているというのだから困ったものです。

 

 私にとっては扱いにくくなった。しかし、本人たちにとっては悪い変化ではないのでしょう。

 

「分かりました。報告、ありがとうございます」

 

「いえ」

 

「それから、ユキノ。一つお願いがあるのですが」

 

「何でしょうか?」

 

「ナギサさんに電話で連絡して、直接お会いできる時間を確認していただけませんか?」

 

「承知しました」

 

「できれば、早めにお願いしたいですね」

 

「早め、ですね」

 

「ええ。SRTの問題もありますし、あまり先延ばしにはしたくありませんので」

 

「分かりました。確認します」

 

 ユキノは丁寧に頭を下げ、部屋を出ていった。

 

 さて、こちらも準備を進めておきましょう。

 

 相手はトリニティの代表。いくらSRTの問題とはいえ、突然の面会要請にすぐ応じられるとは限りません。

 

 数日以内に会えれば十分でしょう。

 

     ◇

 

 ――しばらく後。

 

「失礼します」

 

「どうぞ」

 

 扉が開き、ユキノが戻ってきた。

 

「カヤ室長。ナギサ様と連絡が取れました」

 

「おや、随分と早かったですね」

 

「はい。面会についても、了承していただけました」

 

「それは何よりです。それで、日程は?」

 

「明日の朝です」

 

「ぶふっ!?」

 

 ちょうど口に含んでいたコーヒーを、危うく噴き出しかけた。

 

「カヤ室長?」

 

「ごほっ……し、失礼しました」

 

(……明日の朝!?)

 

 確かに早めにお願いしたいとは言いました。ですが、いくら何でも翌朝とは思わないでしょう!

 

「ユキノ。明日の朝というのは、ナギサさんからのご希望ですか?」

 

「いえ。私の方から提案しました」

 

「……あなたから?」

 

「はい。できるだけ早めにとのことでしたので、明日の朝はいかがでしょうかとお尋ねしました」

 

「それで、了承されたのですか?」

 

「はい」

 

 私は、思わず額に手を当てそうになった。

 

 相手はトリニティの最高意思決定機関、ティーパーティーのホスト。そんな方に、突然翌朝の面会を提案するなんて。

 

(……というか、ナギサさんもそれで大丈夫なのでしょうか?)

 

 もっとも、エデン条約の調印式も延期されていますし、後回しにするより早めに話を進めたかったのでしょうか。

 

 それなら、納得できなくもありません。

 

「何か問題がありましたか?」

 

 ユキノが、不思議そうに首を傾げた。

 

「いえ。問題ありません」

 

 早めにとお願いしたのは私で、ユキノはその言葉どおりに日程を調整した。先方も了承しているのですから、文句を言う理由はありませんね。

 

「分かりました。明日の朝ですね。手配、ありがとうございます」

 

「いえ。ご希望に沿えたのであれば何よりです」

 

 ユキノが、いつもと変わらない真面目な表情で答えた。

 

(……ご希望、ですか)

 

 確かに、希望どおりではあるのですが。

 

 私は小さく息を吐き、机の上の予定表を確認した。

 

 明日の朝までに、用意すべき資料を整理しなければなりません。

 

 さて、今日は少し忙しくなりそうですね。

 

     ◇

 

 ――翌日、トリニティ総合学園。

 

 部屋へ案内されて、最初に驚かされたのはコーヒーだった。

 

 トリニティといえば紅茶の印象が強い。しかも、昨日の今日だというのに、私の好みまで把握している。

 

 ナギサさん自身もコーヒーを飲み、穏やかに雑談を楽しんでいた。仕事の話ばかりになると思っていた私にとっては、少々意外な時間だった。

 

 チェスの話にもなったが、彼女は将棋の方に慣れているらしい。

 

(……思っていたより、気さくな方ですね)

 

 もっと警戒心の強い人物を想像していたのですが。

 

 しかし、雑談を楽しめる相手だからといって、政治的にも信用できるとは限りません。

 

 何気ない会話の中から、こちらの考えや好みを探っている可能性だってある。

 

 少なくとも、FOX小隊との交渉で見せた手腕を考えれば、警戒するに越したことはないでしょう。

 

 やがて、私はコーヒーカップを置いた。

 

 そろそろ、本題に入る時間です。

 

     ◇

 

 ――SRTの存続について。

 

 私は、ナギサさんがどこまで本気で関わるつもりなのか尋ねた。

 

 すると、彼女は閉鎖案の再考を求めるだけでなく、SRTが存続できる仕組みそのものを考えていると答えた。

 

(……仕組み、ですか)

 

 随分と大きく出ましたね。

 

 SRTを残したいと訴えるだけなら、難しくありません。しかし、実際に運用する制度を整えるとなれば、話は別です。

 

 指揮権、責任、予算、承認手続き。少なくとも、それらの問題を避けて通ることはできないでしょう。

 

 ところが、ナギサさんが取り出した資料には、予想以上に具体的な内容が記されていた。

 

 連邦生徒会の承認を前提に、SRTの一部部隊をシャーレへ派遣する。

 

 任務中の指揮は先生が執るが、派遣する部隊や人数、活動範囲、期間については連邦生徒会が事前に決定する。

 

 延長には再承認が必要で、任務が終われば原則として元の所属へ戻る。

 

(……なるほど。考えていらっしゃるようですね)

 

 私は資料を読み進めながら、いくつか質問を重ねた。

 

 まず気になったのは、派遣の繰り返しによって、実質的にシャーレの専属部隊となってしまう可能性だ。

 

 形式上は毎回承認していても、同じ部隊を延々と派遣し続ければ、結果として指揮権を移したのと変わらなくなる。

 

 その問題を指摘すると、ナギサさんは派遣人数の上限や、一定期間ごとの運用状況の確認を提案した。

 

 必要に応じて派遣を停止する権限も、連邦生徒会に残すという。

 

(……そこまで認めるのですか)

 

 少し意外だった。

 

 シャーレへの協力を求めるのであれば、できる限り自由に活動できる仕組みを望むと思っていたのですが。

 

 むしろ、こちらの管理権限を残すことに抵抗がないらしい。

 

 私は、資料の該当箇所をもう一度確認した。

 

 なるほど。これなら、少なくとも先生が好きな部隊を自由に呼び出せるようにはならない。

 

 ただし、問題が解決したわけではありません。

 

 続いて、シャーレへの交代制の常駐についても話が及んだ。

 

 日常的な警備や補助を行い、別の作戦へ参加する場合には必要に応じて改めて承認を受ける。

 

 勤務期間も定め、特定の生徒だけに負担が集中しないようにするという。

 

(……なかなか、よく考えられていますね)

 

 私は、思わず資料へ目を落とした。

 

 先生に必要な人員を確保する一方で、SRTには実務経験を積む機会を与える。

 

 もちろん、実現には様々な調整が必要でしょう。

 

 ですが、双方に利点があるのは確かです。

 

 それに、現在のSRTが抱えている問題を考えれば、単に訓練を続けるだけよりも、よほど建設的かもしれません。

 

 ……しかし。

 

(……責任の所在は、どうなるのでしょうか)

 

 任務中に問題が発生した場合、指揮を執っていた先生が責任を負う。

 

 ナギサさんは、そのように考えているらしい。

 

 先生を随分と信頼しているようですが、連邦生徒会が派遣を承認する以上、こちらにも管理責任が残るでしょう。

 

 私は、その点についても確認した。

 

 説明を聞いて分かったのは、ナギサさんが先生への信頼だけで制度を成立させようとしているわけではないということだ。

 

 先生の判断と、連邦生徒会による管理。

 

 その両方を成立させようとしている。

 

(……ですが、まだ一つありますね)

 

 私は、資料から顔を上げた。

 

 そもそも、現在の連邦生徒会に、この暫定運用案を承認する権限があるのか。

 

 会長が不在となった今、その権限まで代行できるとは限りません。

 

 ここが曖昧なままでは、どれほど優れた運用案であっても実行できないでしょう。

 

 その点を尋ねると、ナギサさんは正式な確認が必要だと認めた。

 

(……そこは、即答されないのですね)

 

 少しだけ、興味が湧いた。

 

 自分の用意した案を通したいのであれば、何とか実現できるはずだと主張しても不思議ではない。

 

 ですが、この方は分からないことを分からないと認める。

 

 もちろん、それだけで信用できる人物だと判断するつもりはありません。

 

 しかし、少なくとも現実の問題を無視するつもりはないようですね。

 

 私は、手元の資料を閉じた。

 

 制度については、おおよそ理解できました。

 

 問題は、その制度を実際に動かす人物です。

 

     ◇

 

 ――連邦生徒会の改革について。

 

 ナギサさんが挙げた候補は、二つだった。

 

 一つは、現在の連邦生徒会を運営しているリン。

 

 もう一つは、今の連邦生徒会を変えたいと考えている人物。

 

(……改革を望む人物、ですか)

 

 なかなか興味深い言い方ですね。

 

 現在の連邦生徒会には、多くの問題がある。

 

 会長の失踪によって業務の負担は増え、対応が遅れている問題も少なくない。

 

 それを改善したいと考えているのは、決して私だけではないでしょう。

 

 しかし、ナギサさんは単に改革を望む人物なら誰でもよいとは考えていないらしい。

 

 異なる立場の者たちをまとめ、実際に組織を動かせること。

 

 それだけの能力を持つ人物でなければ、意味がないという。

 

(……なるほど。能力を示せ、ということですか)

 

 その点については、私も異論はありません。

 

 理想を語るだけなら、誰にでもできる。

 

 重要なのは、それを実現できるかどうか。

 

 ……もっとも。

 

 リンでは難しいでしょうね。

 

 彼女は有能ですが、会長への忠誠心が強い。SRTの指揮権をほかの人物に移すことには、相当な抵抗があるはずです。

 

 さらに、現在の連邦生徒会の業務を考えれば、新しい管理体制の構築に時間を割く余裕もないでしょう。

 

 私は、そのように説明した。

 

 すると、ナギサさんは少し困ったような様子を見せた。

 

(……あら?)

 

 どうやら、リンに今回の問題を任せるつもりだったらしい。

 

 ……ですが。

 

 そう簡単にはいきませんよ。

 

 リンにとって、会長直属だったSRTの指揮権を移すことは、簡単な判断ではないはずです。

 

 それに、今の連邦生徒会が抱えている問題は、SRTだけではありません。

 

 その点については、私の方が内部事情に詳しい。

 

 そう考えていたところ、ナギサさんは別の人物が引き受ける可能性について話し始めた。

 

(……なるほど。そこで、別の候補ですか)

 

 私は、相手の表情を確認した。

 

 こちらがリンでは難しいと説明したことで、別の人物を探す必要性が生まれた。

 

 そして、その人物が今回のSRTの問題を解決できれば、政治的な実績にもなる。

 

 ……悪くありませんね。

 

 私は、SRTの存続を望んでいる。

 

 そのために動く意思もある。

 

 実際、管理体制についても以前から考えていた。

 

 そのことを隠す必要はないでしょう。

 

 私が責任を引き受ける意思を示すと、ナギサさんは前向きに評価してくれた。

 

 そして、協力を申し出てきた。

 

「私たち、協力できそうですね」

 

 その言葉に、私は少し驚いた。

 

(……随分と、あっさりしていますね)

 

 もっと条件を提示されると思っていたのですが。

 

 もちろん、トリニティ全体の協力を勝手に決められるわけではないという。

 

 それでも、必要な資料の提供や関係者との調整など、個人として協力できることはあるらしい。

 

 私は、改めて目の前の人物を見つめた。

 

 SRTの暫定運用案。

 

 トリニティの有力者からの協力。

 

 そして、連邦生徒会の内部で改革を進めるための実績。

 

(……なるほど。こちらにも、十分な利益がありますね)

 

 FOX小隊を以前のように利用することは難しくなった。

 

 しかし、代わりに別の方法で目的を達成できるのであれば、何も問題はありません。

 

 ……ただ。

 

 少し気になることがあります。

 

 この方は、私が何を目指しているのか、どこまで理解しているのでしょうか。

 

 単にSRTを守りたいと思っているだけなのか。

 

 それとも、私自身の野心まで見抜いているのか。

 

(……そこは、慎重に見極める必要がありそうですね)

 

 私は、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 その直後だった。

 

 ナギサさんは、改革に反対する者たちをどう扱うつもりなのかと尋ねてきた。

 

 私は、わずかに目を細めた。

 

(……なるほど。今度は、そちらですか)

 

     ◇

 

 ――反対者について。

 

 改革を進めようとすれば、反対する者は必ず現れる。

 

 私としても、全員の賛成を得られるとは考えていない。

 

 だからこそ、最終的に決断する人物が必要なのです。

 

 その判断を妨げる者がいるのであれば、必要に応じて重要な立場から退いてもらうことも考えるべきでしょう。

 

 私は、そのような考えを伝えた。

 

 すると、ナギサさんは反対意見を述べることと、実際に業務を妨害することは別だと説明した。

 

(……それは、もちろん分かっています)

 

 ですが、反対者が組織の中に残り続ければ、何度も同じ問題を持ち出される可能性がある。

 

 そのたびに対応していては、時間がいくらあっても足りません。

 

 しかし、ナギサさんは反対者の存在そのものを問題だとは考えていないようだった。

 

 必要な賛成を集め、正式な手続きで決定すればよい。

 

 反対者が残っていても、政策は進められるという。

 

(……それは、反対者の意見を押し切るということですよね)

 

 私は、その点についても確認した。

 

 すると、ナギサさんは特に否定することなく、必要な手続きで決めることの重要性を説明した。

 

 ……なるほど。

 

 反対者を排除しないからといって、全員が納得するまで待ち続けるわけではないのですね。

 

 それなら、理解できなくもありません。

 

 ですが、それだけなら、反対者を残しておく理由はないように思えます。

 

 むしろ、強い反対意見を持つ人物が組織内に残っている方が、面倒ではありませんか?

 

 そう考えていたところ、ナギサさんは意外なことを言い始めた。

 

 反対派の代表者がいる方が、意見をまとめてもらえるという。

 

(……反対者を、代表者として残す?)

 

 私は、少し考えた。

 

 確かに、反対する者が十人いた場合。

 

 その十人が、それぞれ別々に意見を述べてきたら、対応するだけでも大変でしょう。

 

 しかし、代表者が一人いれば、その人物と話し合うことで、共通する懸念を整理できる。

 

 ……なるほど。

 

 同じ説明を何度も繰り返す必要がなくなるわけですか。

 

 ただし、それには問題もあります。

 

 代表者を中心に反対派がまとまれば、かえって強い抵抗を受ける可能性がある。

 

 私は、その危険性を指摘した。

 

 ですが、ナギサさんは反対派が一つにまとまること自体を、そこまで問題視していないらしい。

 

 反対する理由は、人によって違う。

 

 ならば、それぞれの懸念を解消し、合意できる者から賛成へ回ってもらえばいい。

 

(……なるほど。反対派を切り崩すと)

 

 私は、思わず笑みを浮かべた。

 

 随分と、強かな方ですね。

 

 反対者を排除することには慎重なのに、反対派の内部から賛成者を増やすことには、何の抵抗もないらしい。

 

 もちろん、無理に仲違いさせようとしているわけではない。

 

 ですが、結果として反対派の力を弱められることに変わりはありません。

 

(……なかなか、面白い考え方です)

 

 それにしても。

 

 この方は、反対者をどこまで利用するおつもりなのでしょうか。

 

 反対する権利を残しながら、反対派の意見まで政策の改善に利用する。

 

 しかも、必要なら正式な手続きで押し切る。

 

 ……ふふっ。

 

 私よりも、よほど厄介な相手かもしれませんね。

 

 もっとも。

 

 その方法にも、限界はあるはずです。

 

 私は、今のSRTの状況について話を戻した。

 

 廃校に向けた動きは、すでに進んでいる。

 

 連邦生徒会内部には複数の反対勢力があり、リンも存続には消極的。

 

 そのような状況で、いったいどうやって暫定運用案を通すつもりなのでしょうか。

 

 ナギサさんは、まず正式な協議の場を設け、必要な権限を整理することから始めると説明した。

 

 恒久的な管理体制まで一度に決めようとしなければ、議論する範囲を絞ることができる。

 

(……つまり、最初からすべてを解決する必要はないと)

 

 確かに、暫定運用案を通すことと、今後のSRTを正式に管理する責任者を決めることは、別の問題です。

 

 両方を同時に解決しようとすれば、反対者も増えるでしょう。

 

 ですが、まず暫定的な運用だけを認めてもらうのであれば、協議する範囲を限定できる。

 

 ……なるほど。

 

 そこは、合理的ですね。

 

 ただ、肝心の協議に応じてもらえなければ意味がありません。

 

 特に、ほかの業務で忙しい者たちは、今回の案を後回しにする可能性もある。

 

(……その点については、どうされるのでしょうか)

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

     ◇

 

「先ほどの賛成者の皆さんと協力して、ストライキをしましょう」

 

「……え?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 

(……ストライキ?)

 

 今、ストライキとおっしゃいましたか?

 

 トリニティの代表が、連邦生徒会内部でストライキを起こすことを提案してくるとは。

 

 私は、相手の表情を確認した。

 

 ナギサさんは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。

 

(……本気なのですか?)

 

 ストライキなど起こされれば、業務への影響は避けられない。

 

 ただでさえ忙しいリンに、さらに負担をかけることになるでしょう。

 

 参加者の扱いも問題になるし、場合によっては連邦生徒会への信頼まで損なわれかねない。

 

 私は、その懸念を伝えた。

 

 すると、ナギサさんは私がストライキという言葉を聞いて何を考えたのか、尋ねてきた。

 

 業務への影響。

 

 参加者への対応。

 

 そして、ストライキが発生した場合に必要となる様々な調整。

 

 当然、それらの問題が頭に浮かびます。

 

 ……ですが。

 

(……待ってください)

 

 私は、目の前の人物を見つめた。

 

 まさか。

 

 そのような対応を考えさせること自体が、目的なのでしょうか。

 

 ナギサさんは、連邦生徒会の職員も同じように考えるはずだと説明した。

 

(……なるほど。そういうことですか)

 

 私は、少し考えた。

 

 複数の職員がストライキを予告すれば、連邦生徒会は対応を検討しなければならない。

 

 その仕事を任されるのは、恐らくリンでしょう。

 

 しかも、要求されているのは暫定運用案への賛成ではない。

 

 正式な協議の場を設けることだけ。

 

 それなら、わざわざストライキへの対応を続けるより、協議に応じた方が早いと判断する可能性もある。

 

(……随分と、嫌らしい方法を考えますね)

 

 ですが、まだ問題があります。

 

 実際にストライキを行えば、参加者にも相応の負担がかかる。

 

 業務への影響が大きくなれば、連邦生徒会の内部だけでなく、ほかの学園や市民から反発を受ける可能性だってあるでしょう。

 

 私は、その点についても確認した。

 

 すると、ナギサさんは、できればストライキそのものを行わずに済ませたいと説明した。

 

 まずは正式な協議を求め、それでも取り合ってもらえなければ、ストライキの可能性を伝える。

 

 ……なるほど。

 

 最初から実施するつもりではないのですね。

 

 ですが、それでも実際に行う場合の準備は必要でしょう。

 

 ナギサさんは、その点についても考えていた。

 

 事前に急ぎの業務を片づけ、余裕のある予備日を確保する。

 

 そして、その日に不要不急の内部業務だけを対象としてストライキを行う。

 

 市民の生活や安全に関わる業務には、影響を及ぼさないようにするらしい。

 

(……それでは、実効性が低くなるのでは?)

 

 私は、少し眉をひそめた。

 

 ストライキによる圧力を利用したいのであれば、業務への影響が大きい方が効果的ではないのでしょうか。

 

 ですが、ナギサさんはそれで構わないという。

 

 さらに、業務への影響を抑えるための準備を進めていたことは、相手に伏せておくつもりらしい。

 

(……なるほど)

 

 私は、ようやく理解した。

 

 この方は、実際に業務を止めることを目的としていない。

 

 連邦生徒会の内部から複数の者が、正式な協議を求めているという事実を作る。

 

 その予告によって、連邦生徒会に対応を考えさせる。

 

 そして、相手が協議に応じるのであれば、実際にストライキを行う必要はない。

 

 ……しかも。

 

 仮に実施することになっても、影響は可能な限り小さく抑える。

 

(……必要な効果だけを得ようとしているわけですか)

 

 私は、改めてナギサさんを見つめた。

 

 この方は、ストライキという手段そのものには、特にこだわっていない。

 

 目的を達成できるなら、別の方法でも構わないのでしょう。

 

 ……面白い。

 

 ですが、それなら一つ気になることがあります。

 

(……準備が事前に知られてしまった場合は、どうなるのでしょうか)

 

 もっとも、実際にストライキを行うことが目的ではないのなら、そこで協議が始まっても問題はない。

 

 むしろ、実施する前に要求が通るのであれば、その方が都合がよいでしょうね。

 

 もちろん、準備が知られたことで参加者に圧力がかかる可能性もある。

 

 成功する保証などありません。

 

 それでも、ほかの選択肢と比較すれば、検討する価値はありそうです。

 

(……なるほど。嫌いではありませんよ)

 

 そういうやり方は。

 

 ただ強引に押し通すのではなく、相手がどのような対応を選ぶのかまで考える。

 

 しかも、余計な被害を出さずに目的だけを達成しようとしている。

 

 なかなか、合理的ではありませんか。

 

 ……もっとも。

 

 それを提案しているのが、トリニティのティーパーティーのホストというのは、少々驚きですが。

 

     ◇

 

 その後の話も、興味深いものだった。

 

 今度は、組織の改革に反対する者たちを、武力で抑え込むことについてだ。

 

 私は、必要なら武力も使うべきだと考えている。

 

 強い権限を持つ者が、いつまでも反対派の意見に付き合っていては、決断が遅れてしまう場合もあるでしょう。

 

 ましてや、相手が強力な武力を持っているのであれば、こちらも相応の対策が必要になる。

 

 しかし、ナギサさんは、その危険性をいくつも指摘してきた。

 

 政府に反対したという理由で武力による制圧を受けた人物が、反対派の象徴になる可能性。

 

 それによって、反対運動がさらに拡大する危険性。

 

 しかも、その中心にいる人物が圧倒的な戦闘能力を持っていたら。

 

(……確かに、厄介ですね)

 

 制圧に失敗すれば、こちらの権威が損なわれる。

 

 仮に成功しても、相手を支持する者たちの反発が残るかもしれない。

 

 ……しかし。

 

 それなら、相手の行動を制限する方法もあるでしょう。

 

 私は、人質という選択肢についても話してみた。

 

 すると、ナギサさんは、その危険性まで考えていた。

 

 人質自身が命を絶つ可能性。

 

 第三者が介入し、人質を利用して争いを激化させる可能性。

 

 そして、人質を失ったことで、相手から取り返しのつかない恨みを買う危険性。

 

(……そこまで考えますか)

 

 すべてが起こるとは限りません。

 

 ですが、一つでも現実になれば、計画全体が崩れかねない。

 

 私は、少し考え込んだ。

 

 人質を取ることで相手の行動を制限できたとしても、その状態を維持し続けなければならない。

 

 監視のための人員も必要になる。

 

 救出を警戒するための戦力も必要でしょう。

 

 しかも、相手はいつか人質を取り戻そうと考えているはずです。

 

(……本当に、効率のよい方法なのでしょうか)

 

 人質を確保した時点では、有利な立場に立てるかもしれない。

 

 しかし、その後はどうでしょう。

 

 常に相手の反撃を警戒し、状況が悪化しないよう注意し続けなければならない。

 

 しかも、第三勢力に介入されれば、さらに厄介なことになる。

 

 ……なるほど。

 

 こちらが相手の弱みを握ったつもりでも、同時に自分たちの弱みを作ってしまう可能性があるわけですか。

 

 私は、改めてナギサさんを見つめた。

 

 この方は、武力を使うことそのものを否定しているわけではない。

 

 ただ、武力によって解決しようとした結果、さらに大きな問題が生まれることを警戒している。

 

 ……それなら。

 

(……政治的な手段を優先する方が、合理的な場合もありますね)

 

 少なくとも、今回のSRTの問題については、その可能性が高そうです。

 

 ……もっとも。

 

 先ほどストライキを提案された方が、ここまで武力の危険性を語るというのも、少々複雑な気分ですが。

 

 私は、その点についても指摘した。

 

 ナギサさんは、ストライキと武力弾圧は別だと説明した。

 

 ……それは、もちろん分かっています。

 

 ですが、この方が決して穏やかな手段ばかりを選ぶわけではないということは、よく理解できました。

 

 それなら、もう一つ確認しておきたいことがあります。

 

 どれほど話し合っても考えを変えない相手がいた場合。

 

 ナギサさんは、どうするつもりなのでしょうか。

 

 私は、その疑問を口にした。

 

 すると、彼女は少し考えてから答えた。

 

「考えを変えていただくか、妥協案を出すか。それでも駄目なら、ひねり潰すだけです」

 

 私は、思わず顔を上げた。

 

(……ひねり潰す?)

 

 あれほど武力の危険性を指摘していたというのに。

 

 しかし、続いた説明を聞いて納得した。

 

 もちろん、政治的にという意味らしい。

 

 必要な賛成を集め、正式な手続きで決定する。

 

 反対する権利は残すが、その反対によって政策が止まらない状況を作る。

 

(……なるほど)

 

 この方は、反対者を全員説得できるとは考えていない。

 

 説得できる相手とは話し合い、妥協できるところを探す。

 

 それでも駄目なら、正式な手続きで決定する。

 

 つまり、相手を排除するのではなく、反対しても政策が止まらない状況を作るわけですか。

 

 私は、少しだけ笑った。

 

(……随分と、穏やかに厳しいことをおっしゃる方ですね)

 

 ですが、それならば。

 

 この方は、どこまで説得を続けるつもりなのでしょうか。

 

 相手が考えを変えなかった場合、何度でも話し合いを求めるのでしょうか。

 

 私は、その点についても尋ねてみた。

 

 すると、ナギサさんは時間が許す限り説得すると答えた。

 

 そして、私を見つめた。

 

「現に、今もそうしているでしょう?」

 

 私は、思わず彼女を見つめ返した。

 

(……今も、ですか)

 

 確かに、この方は私の考えを一方的に否定しているわけではない。

 

 こちらの意見を聞き、反論し、別の方法を示す。

 

 そのうえで、協力を求めている。

 

 FOX小隊の判断を変えたように、今度は私の判断を変えようとしている。

 

 私は、コーヒーカップを静かに置いた。

 

 なるほど。

 

 最初から、この方の考えをすべて受け入れる必要はない。

 

 向こうも、私の考えをすべて認める必要はない。

 

 それでも、互いに利益があるなら協力できる。

 

 ……ですが。

 

(……私は、どこまで譲るべきなのでしょうか)

 

 SRTを存続させたいという目的は一致している。

 

 そのために協力することも、悪くない。

 

 しかし、私が望んでいるのは、それだけではありません。

 

 連邦生徒会の改革。

 

 そして、いずれは自分の能力を十分に発揮できる立場に就くこと。

 

 そのために必要な権限を、どう確保するか。

 

 私は、これまで様々な方法を考えてきた。

 

 ……その中には。

 

 ナギサさんが、決して認めないであろう方法も含まれているでしょう。

 

(……それでも、この方は協力を望まれるのですね)

 

 私は、目の前の人物を見つめた。

 

 相手を思いどおりに従わせることだけを考えているわけではない。

 

 相手が自分の意思で協力する理由を作ろうとしている。

 

 そして、こちらが納得しないのであれば、別の方法を考えるつもりでいる。

 

 ……なるほど。

 

(……随分と、厄介な方ですね)

 

 ですが、悪い話ではありません。

 

 私にとって利益のある提案なら、利用すればいい。

 

 もちろん、相手の考えをすべて受け入れるつもりはありませんが。

 

 ただ、一つだけ確かなことがあります。

 

 私の当初の計算は、すでに狂わされている。

 

 FOX小隊を、以前のように利用することは難しくなった。

 

 そのうえ、目の前の人物はこちらの考えを次々と問い直してくる。

 

 それなのに。

 

 ナギサさんは、私にとって利益のある選択肢まで提示している。

 

 ……まったく。

 

(……桐藤ナギサさん)

 

 あなたは一体、私に何を選ばせるおつもりなのでしょうね。




最後までお読みいただき、ありがとうございます!

今回はカヤ視点でのお話でした!

ナギによって計画を狂わされたカヤですが、どうやら彼女なりに考えがあるようです。

そして、嬉しいご報告です!

なんと、月間ランキング97位! ついに2桁に入りました!

予想以上に評価していただき、本当にありがとうございます!

次回も引き続きカヤ視点となります!

引き続きよろしくお願いします!
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