原作ではなかなか見られなかった二人のやり取りを楽しんでもらえたら嬉しいです!
――午後零時四十分。
「……さて、そろそろですね」
俺は、執務室の時計を確認した。
シャーレの先生との面会は午後二時。
移動時間を考えれば、そろそろ出発する必要がある。
鞄の中には、エデン条約の日程変更に関する資料と、補習授業部の書類を揃えておいた。
(……忘れ物はないよな)
もう一度確認してから、鞄を閉じる。
その時だった。
「失礼いたします、ナギサ様」
「はい?」
職員が扉を開け、入ってきた。
「本日の護衛担当者が到着いたしました」
「……ありがとうございます」
俺は静かに頷いた。
今回の訪問先はD.U.だ。
セイアの襲撃事件が解決していない以上、自治区外への移動には相応の護衛が必要になる。
それに、今回はゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナとも会談する予定なのだ。
(……となると、護衛も相応の実力者だろうな)
そう考えながら、扉へ目を向ける。
「……失礼、する」
低い声とともに、一人の少女が姿を現した。
長い黒髪。
鋭い目つき。
そして、赤い模様の入った黒い制服。
(……おっ、ツルギか)
剣先ツルギ。
トリニティ総合学園、正義実現委員会の委員長。
原作でも、トリニティ最強クラスの戦闘力を持つ生徒として知られていた人物だ。
(……まあ、当然の人選だよな)
今回の会談相手は、ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナ。
彼女もまた、キヴォトスでも屈指の実力者だ。
その相手と会談する以上、こちらの護衛にも相応の実力者が求められる。
それに、正義実現委員会の副委員長であるハスミは、ゲヘナへの反感が非常に強い。
(……余計な衝突を避ける意味でも、ツルギの方がいいだろうな)
「……本日は、ツルギさんが護衛してくださるのですね」
「……ああ」
「ありがとうございます。とても心強いです」
「…………」
ツルギは、少しだけ目を見開いた。
そして。
「……ククッ」
小さく笑った。
「……心配、いらない。何かあっても……守る」
「ふふっ。頼りにしていますね」
「……ああ」
(……本当に頼もしいな)
ゲームの画面越しでも十分に怖かったが、実際に目の前にするとさらに迫力がある。
しかし、こうして話してみると、思っていたより落ち着いていた。
「……それでは、参りましょうか」
「……ああ」
ツルギは、静かに頷いた。
◇
――午後一時。
車に乗り込むと、ツルギが俺の向かい側へ腰を下ろした。
外では、正義実現委員会の生徒たちが周囲を警戒している。
今回は、複数の護衛車両も同行するらしい。
「……ナギサ様」
「はい?」
ツルギが声をかけてきた。
「……体調は、大丈夫か?」
「……え?」
「……最近、あまり良くないと聞いた」
「ああ……」
俺は、小さく苦笑した。
「ご心配をおかけしました。ですが、今日は随分と良くなりましたよ」
「……そうか」
「ええ。昨日は久しぶりに、しっかり眠れましたので」
「…………」
ツルギは、少し考え込んだ。
「……休息は、大事だ」
「ふふっ。そうですね」
「……無理は、するな」
「ありがとうございます」
(……見た目は怖いけど、やっぱり優しい子なんだよな)
その言葉に、思わず頬が緩んだ。
「それにしても、ツルギさん」
「……?」
「委員長であるツルギさんが、直接護衛を引き受けてくださり、ありがとうございます」
「…………」
ツルギは、少しだけ視線を逸らした。
「……今は、警戒が必要だ」
「……セイアさんの件ですね」
「……ああ」
車内の空気が、少しだけ重くなった。
「……まだ、犯人も分かっていない」
「……そうですね」
「……何かあってからでは、遅い」
ツルギは、低い声で続けた。
「……だから、私が来た」
「…………」
俺は、静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
学園を守るという強い責任感が、その言葉から伝わってきた。
◇
車は、トリニティの自治区を離れ、D.U.へ向かっていた。
窓の外には、次々と建物が流れていく。
様々な学園の制服を着た生徒たち。
独特な広告。
そして、銃を持って歩いている生徒たち。
(……日本だったら大騒ぎだよな)
思わず、苦笑する。
「……ナギサ様」
「はい?」
「……今日は、シャーレへ?」
「ええ。先生にお会いする予定です」
「……先生、か」
ツルギが、小さく呟いた。
「……ご存じなのですか?」
「……ああ。話は、聞いている」
「……そうなのですね」
「……ハスミから、な」
(……ああ、なるほど)
そういえば、ハスミは先生と面識があった。
連邦生徒会長の失踪によってキヴォトスが混乱していた頃、先生と協力して事件を解決している。
「……ハスミさんからは、どのようなお話を?」
「…………」
ツルギは、少し考え込んだ。
「……妙な、大人だと」
「……妙な大人、ですか?」
「……ああ」
ツルギは頷いた。
「……危険な状況でも、生徒のために動いた……と」
「……なるほど」
「……それに、指揮も……悪くなかったらしい」
(……悪くなかった、か)
思わず笑みがこぼれる。
ハスミらしい評価なのかもしれない。
「……ハスミさんは、先生を信頼されているのですね」
「……ああ」
ツルギは、短く頷いた。
「……少なくとも、悪い奴ではないと……言っていた」
「ふふっ。そうなのですね」
「……私は、まだ会ったことがない」
「……そうでしたか」
「……ああ」
「では、今日はお二人の初対面にもなりそうですね」
「…………」
ツルギは、少しだけ目を細めた。
「……どんな奴なのか、確かめる」
「ふふっ。そうですね」
俺も、先生には一度会ってみたかった。
原作では、多くの生徒を救ってきた大人。
実際には、どんな人物なのだろうか。
「……先生には、補習授業部の指導についてもお願いするつもりです」
「……補習授業部?」
「はい。昨日、候補者の皆さんと面談をしましたので」
「…………」
その瞬間、ツルギの表情が変わった。
「……コハルも、いるな」
「ええ」
「…………」
「……あいつは、どうだった?」
「コハルさんですか?」
「……ああ」
俺は、昨日の面談を思い出した。
下江コハル。
正義実現委員会に所属する一年生。
少々思い込みが激しく、何かと騒がしい少女だ。
けれど、根は真面目で、正義感も強い。
「とても真面目な方でしたよ」
「……そうか」
「少し緊張されていましたが、きちんとお話しできました」
ツルギは、安心したように小さく息を吐いた。
「……あいつは、騒がしい」
「ふふっ。そうですね」
「……だが、悪い奴じゃない」
「ええ。私もそう思います」
俺は微笑んだ。
「正義実現委員会の一員として、頑張っていらっしゃることも分かりました」
ツルギは、少しだけ嬉しそうに笑った。
(……やっぱり、部下思いなんだな)
そんなことを考えていると。
「……ナギサ様」
「はい?」
ツルギが、真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「……一つ、聞きたいことがある」
「何でしょうか?」
少しの沈黙。
そして。
「……コハルは、人質なのか?」
「…………」
(……ああ、やっぱりそこか)
俺は、内心で納得してしまった。
原作のナギサは、正義実現委員会を警戒していた。
特に、ゲヘナへの反感が強いハスミを危険視していたのだ。
エデン条約に反対する可能性があり、しかも大きな武力を持つ組織の副委員長。
そんな相手を牽制するために、コハルを補習授業部へ入れた。
つまり、原作では本当に人質としての意味があったのだ。
(……まあ、今の俺はそんなことするつもりないけどな)
俺は、静かに首を振った。
「……いいえ。そのようなことをするつもりはありませんよ」
「…………」
「……では、なぜコハルが?」
「コハルさんには、学力面で補習が必要だからです」
「…………」
「…………」
しばらく、沈黙が続いた。
「……それだけ、か?」
「ええ。少なくとも、私はその理由で補習を受けていただきたいと思っています」
「……本当に?」
「はい。成績が芳しくないようでしたので」
(……実際、勉強が苦手だからな)
本人はエリートを自称しているが、原作でも試験の点数は散々だった。
補習が必要なのは間違いない。
「もちろん、私はコハルさんを退学させるために補習授業部を作ったわけではありません」
「…………」
「むしろ、合格していただきたいと思っています」
ツルギは、黙ってこちらを見つめていた。
そこで、俺は少しだけ言葉を続けた。
「それに、仮に私がコハルさんを人質として利用したとしても、あまり良い結果にはならないと思いますよ」
「……?」
「正義実現委員会の皆さんに、嫌われてしまいますから」
「……嫌われる?」
「ええ」
俺は頷いた。
「コハルさんを退学させると脅して、皆さんを従わせたとしましょう」
「…………」
「確かに、一時的には言うことを聞いてくださるかもしれません。ですが、心から信頼していただけるとは思えません」
「……恨まれる、か」
「ええ。それに、単に人間関係が悪くなるだけではありません」
「……どういうことだ?」
「例えば、私の護衛を担当する方々が、私に強い不満を抱いていたとします」
「…………」
「皆さんは真面目な方々ですから、仕事を放棄するようなことはないでしょう。ですが、不満があれば愚痴の一つくらいは言いたくなるものです」
俺は続けた。
「その愚痴が、身内だけで終わるとは限りません。友人に話したことが広まり、敵対する相手の耳に入ることもあります」
ツルギの表情が、少し険しくなった。
「……情報が、漏れる」
「ええ」
俺は頷いた。
「歴史を見ても、上司への不満や恨みが情報漏洩につながった事例は珍しくありません」
「…………」
「何より、私を守ってくださる皆さんに嫌われてしまうのは、私自身が嫌ですから」
「……嫌、なのか?」
「もちろんです」
俺は微笑んだ。
「自分を守ってくださる方々とは、できるだけ良い関係でいたいと思っています」
「…………」
「その方が、お互いに気持ちよくお仕事ができるでしょう?」
ツルギは、しばらく黙っていた。
そして。
「……ククッ」
小さく笑った。
「……変わったな、ナギサ様」
「……そうでしょうか?」
「……ああ。前は、もう少し……」
そこで言葉が止まる。
(……疑い深かった、とかかな)
俺は、内心で苦笑した。
(……まあ、実際に中身が変わってるんだから当然だよな)
「……そうですね。色々と、ありましたから」
俺は、曖昧に微笑んだ。
「……今は、皆さんを信頼していきたいと思っています」
「…………」
ツルギは、ゆっくりと頷いた。
「……そうか」
その表情は、先ほどまでよりも少し柔らかくなっていた。
◇
「……コハルのこと、頼む」
しばらくして、ツルギが再び口を開いた。
「……あいつは、まだ一年生だ」
「……ええ」
「……未熟だが、頑張っている」
ツルギは、静かに続けた。
「……勉強は……その……」
「……少し苦手なようですね」
「…………」
ツルギが、ゆっくりと頷いた。
「……ああ」
(……そこは否定しないんだ)
思わず笑いそうになったが、何とか堪える。
「ふふっ。大丈夫ですよ。コハルさんには、しっかり勉強していただきますから」
「…………」
「それに、今回はシャーレの先生にもご協力をお願いするつもりです」
「……先生、か」
「ええ。きっと皆さんの力になってくださると思います」
「……そうか」
ツルギは、少しだけ頷いた。
「……ハスミも、似たようなことを言っていた」
(……やっぱり、先生の評判は悪くないみたいだな)
そんなことを考えながら、窓の外へ視線を向けた。
◇
――午後一時三十分。
D.U.に入ってしばらくした頃。
「……ナギサ様」
護衛車両との連絡を確認していた職員が、こちらへ声をかけてきた。
「はい?」
「ゲヘナの空崎ヒナ委員長より、ご返答がございました」
(……おっ!)
「……いかがでしたか?」
「本日午後四時頃でしたら、シャーレへお越しいただけるとのことです」
「……本当ですか?」
「はい。正式に面会をお受けいただきました」
(……よし!)
心の中で、小さく拳を握った。
午後二時に先生と会う。
その後、午後四時にヒナと会談する。
これで、今日の予定がすべて繋がった。
「ありがとうございます。それでは、ヒナさんにもよろしくお伝えください」
「承知いたしました」
すると。
「……ヒナ?」
ツルギが、低い声で呟いた。
「はい。ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナさんです」
「……ああ。ゲヘナの、風紀委員長……」
ツルギは、少しだけ目を細めた。
その声には、わずかな警戒が混じっている。
(……まあ、互いに学園の武力組織のトップだもんな)
「……心配、か?」
「……はい?」
「……ゲヘナの者と、会うこと」
「ああ……」
俺は、少し考えた。
「そうですね。まったく心配していないと言えば、嘘になります」
「…………」
「ですが、今回のエデン条約については、ヒナさんも積極的に進めてくださっていると聞いています」
「……ああ」
「ですので、まずは直接お話ししてみたいと思っています」
俺は、小さく微笑んだ。
「お互い、学園を守りたいという気持ちは同じでしょうから」
ツルギは、しばらくこちらを見つめていた。
そして。
「……分かった」
小さく頷いた。
「……護衛は、任せろ」
「ありがとうございます」
「……何かあれば、私が守る」
「ふふっ。頼もしいですね」
(……ツルギがいるなら、かなり心強いな)
もちろん、油断するつもりはない。
けれど、彼女が味方にいてくれることは、本当にありがたかった。
◇
――午後一時五十分。
車が、ゆっくりと速度を落とし始めた。
「……ナギサ様、間もなく到着いたします」
「ありがとうございます」
窓の外へ目を向ける。
そこには、大きな建物が見えていた。
シャーレ。
連邦捜査部の拠点。
そして、原作で何度も見た場所。
(……本当にあるんだな、シャーレ)
ゲームの画面で見ていた場所が、実際に目の前にある。
不思議な感覚だった。
車が停車し、護衛の生徒たちが周囲の安全を確認する。
「……ナギサ様」
「はい?」
「……少し待て」
「……分かりました」
しばらくして、ツルギが頷いた。
「……問題ない」
「ありがとうございます」
俺は車を降り、シャーレの建物を見上げた。
(……いよいよか)
正直、少し緊張している。
何しろ、原作で大きな役割を果たす人物に、これから直接会うのだ。
「……参りましょう、ツルギさん」
「……ああ」
◇
シャーレの内部は、思っていた以上に静かだった。
広々とした廊下。
整えられた設備。
そして、どこか落ち着いた雰囲気。
「……ナギサ様、こちらです」
「ありがとうございます」
案内に従って廊下を進む。
その途中。
「……ナギサ様」
「はい?」
隣を歩いていたツルギが、声をかけてきた。
「……さっきの話」
「……コハルさんのことですか?」
「……ああ」
ツルギは、少しだけ視線を落とした。
「……疑って、悪かった」
「……いいえ」
俺は、静かに首を振った。
「気にしないでください。大切な部下のことですから、心配されるのは当然だと思います」
「…………」
「むしろ、直接聞いてくださって嬉しかったですよ」
「……嬉しい?」
「ええ。疑問があるのなら、直接聞いていただいた方が、お互いに誤解せずに済みますから」
俺は微笑んだ。
「それに、コハルさんが大切にされていることも分かりましたし」
ツルギは、少しだけ目を見開いた。
そして。
「……ククッ」
小さく笑った。
「……ああ」
(……よかった)
どうやら、少しは信頼してもらえたらしい。
そう考えながら廊下を進むと、一つの扉の前で足が止まった。
「……こちらになります」
案内役の職員が、静かに頭を下げる。
「先生がお待ちです」
「……ありがとうございます」
(……さて)
いよいよだ。
シャーレの先生。
この世界の大人。
そして、これから先の未来を変えるために、どうしても協力してほしい人物。
俺は、ゆっくりと息を整えた。
「……ツルギさん」
「……何だ?」
「先生とお会いするのは、初めてなのでしたね」
「……ああ」
「ふふっ。私もです」
ツルギは、小さく頷いた。
「……ハスミが言っていた通りか、確かめる」
「そうですね」
俺は、小さく微笑んだ。
案内役の職員が、扉をノックする。
「先生。トリニティ総合学園の桐藤ナギサ様がお見えになりました」
少しの間。
そして、扉の向こうから返事が聞こえた。
「どうぞ、入ってください」
(……あっ)
その声を聞いた瞬間、少しだけ胸が高鳴った。
扉が開かれる。
そして。
その向こうに、一人の人物が立っていた。
こちらを見ると、穏やかに微笑む。
「はじめまして、ナギサさん。シャーレの先生です。今日は来てくれてありがとう」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はツルギとのお話でした。
怖そうに見えて、実は仲間思いで優しいツルギ。そんな彼女の魅力が少しでも伝わっていれば嬉しいです!
そして次回は、いよいよ先生との対面です!
よかったら評価や感想をいただけると嬉しいです!