おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
対戦が終わっても、レッカはまだホルダーを手放さなかった。
呼び出したログをリツと並んで覗き込み、俺たちがついさっき片づけた盤面を、もう一度広げている。
「なあ、ここだ。俺なら、この辺でもう殴っちまってるぜ」
「それで潮流を使わせたあと、どう展開しなおす?」
「そりゃ王子で……あー、まだいねえのか」
指先で手札の欄を開いたレッカが、顔をしかめた。
リツは答えを急かさず、その隣で自分のホルダーを操作している。
あの調子なら、しばらくは離れそうにない。
「わたくしたちは、先に失礼いたしますわ。続きはまた今度」
「おう! また俺ともやろうぜ、メイ!」
「ええ。次は、わたくしが勝たせていただきますわ!」
「言ってろ! 次も勝ってやるぜ!」
勢いのいい声に見送られ、俺とシオンは店を出た。
迎えに来たリムジンへ乗り込むと、背中が柔らかい座席に沈む。さっきまで海の上に立ちっぱなしだった足を、ようやく休められた。
そのまま伸びをしたいところだが、運転席には人がいる。
俺は膝を揃え、シオンへ向き直った。
「では、本社までお付き合いくださいませ。お部屋も、どこか空いているでしょう」
「うん。リーグの話と、『教会』から頼まれた件もあるしね」
感想戦は、ひとまず後回し。
道中はプロリーグの日程や、今後の仕事の話をした。
シオンが出演できる日を確かめ、ホルダーの予定表に印をつける。試合前に余計な仕事を詰め込まれても困るだろうし、そのあたりは選手の都合と合わせなければならない。
こう見えて、ただの財閥令嬢ではないのだ。
ちゃんと家の仕事で結果を出しているし、プロリーグのチームオーナーだってやっている。
会議の席で、飾りになっているだけの子どもではない。椅子が大きすぎて足が床へ届かないことはあるが、それは仕事の能力とは別の話である。
向かったのは、御伽財閥の中核企業、OTOGIの本社だった。
OTOGIは、クロスホルダーのトップメーカーだ。
この世界では、対戦も大会への参加も、あの小さな機械を通して行う。カードゲームがここまで生活に食い込んでいるのだから、それを支える道具も、ほとんど必須インフラになっている。
国内シェアは驚異の七割。特に入門向けの廉価機では、九割以上をうちが押さえている。
そんな大企業が、なんでこの街にあるのかって?
そもそも、この街の名前は「御伽市」だぞ。
豊◯さんもびっくりの企業城下町ってやつだ。
ちなみに、廉価機をここまで伸ばしたのには、俺がガキの頃から口を出していた成果もある。
最初の一台が高ければ、その時点で遊ぶのを諦める子が出る。
カードを買う前に金が尽きるのも困る。
だったら、まず手を出せる値段で、ちゃんと対戦できる機種を用意する。そこから本格的に遊びたくなったとき、使い慣れたメーカーの上位機へ移れるようにしておけばいい。
遊ぶ子どもを増やしたくて言い出したことだが、商売としてもちゃんと実を結んだ。
まあ、高級機では最近、Looplineが調子に乗っているが。
メグルのところの新機種は、確かに欲しくなる。俺もちょっと触りたい。
それはそれとして、最初の一台を握ってもらっている強みは大きい。買い替えるたび、また一から操作を覚えたい人ばかりではないのだ。
そう簡単に、OTOGIの天下は譲らん。
そんなことを考えているうちに、車が本社の前へ着いた。
出入りする社員に挨拶を返し、シオンと並んでエレベーターへ乗る。空室を調べると、プロリーグ関連の打ち合わせに使っている会議室が空いていた。
部屋を押さえ、扉の表示を使用中へ切り替える。
長いテーブルに、大きな椅子。壁にはプロチームのロゴと、選手の写真が並んでいる。机の上に資料が積まれていなければ、少し変わった観戦用の部屋にも見えた。
扉が閉まったのを確かめてから、俺は椅子へよじ登った。
深く腰を下ろし、背もたれへ体重を預ける。
息を、全部吐いた。
「クッッッソ疲れたわ。お互い山札一枚以下とか、ロングゲームすぎんだろ」
「ちゃんと
向かいへ座ったシオンは、俺の口調が変わっても眉ひとつ動かさない。
俺の前世を知る転生者と、二人きり。こういうときだけは、昔のまま喋ることができる。
他に誰か一人でもいれば、また「ですわ」に戻る。だから車の中では、ずっと我慢していた。
「序盤から、ずっと持ってた?」
「欲しいときに戻せる場所にはね」
「《海底探査》か。やっぱあれだよなあ」
手札から沈めた札を、何ターンもあとに迷わず拾う。
伏せた位置ごと覚えている相手にやられると、裏向きのファクター全部が手札に見えてくる。何がどこにあるか分からないのは、こっちだけだ。
あの17は、本当に遠かった。
俺はホルダーをテーブルへ置き、対戦ログを開いた。
小さな盤面が、二人の間に浮かぶ。海もドレスも今は簡略化された表示で、どの札がどこにあったかだけが分かる。
最後のターンまで送り、最初の王子を出したところで止めた。
「ラストターンなんだけど、二枚目の王子、消すか?」
「消すよ。通ったら靴を持ってきて、ブロブロブロのスリードローでしょ。靴も合わせて、最大四枚増えるし山も混ざる」
一応、ブロとは《新緑のブローチ》のことである。
王子が戻したエラに、墓地のブローチを三枚つける。それぞれの登場時能力で1枚ずつ引けるから、魔法使いがいなくても三枚は掘れる。
王子を止めなければ、そんな戻し方もあった。
「まあ、通ってたらそうしたわな。てか山下にめっちゃ妨害行ってたのバレてた?」
「薄々は。で、見えてない妨害が最低三枚。通したら仕立て空打ち含めて残り二枚までは掘られるから妨害札が入るのは確定。見えてる情報としては、リボンの三枚目と糸が一枚もない」
「ふむ」
「で、あと手札にヴェールがあって他に見えてないのがコサージュの三枚目でしょ? 糸一枚でティアラティアラ回収で計算するとエラの打点が三十二かな? ギリ死んでる」
「ちゃんと検算した?」
「うっせえ」
シオンが指で盤面を弾いた。
王子の札が少し横へずれ、その下から《浮上の阻止》が見える。
俺は笑いながら、二枚を元へ戻した。
「でも実際、あそこは消すのが板だと思うよ。打ち消しを魔法使いに残して、先に王子から補充を許すのは嫌」
「丸いねぇ、
「こっちに見えてた王子は、祈りで拾った一枚だけでしょ。何枚持ってるかは、分からないじゃん」
ログには、俺の手札にいた王子が三枚とも表示されている。
だが、対戦中のシオンに見えていたのは、墓地から回収した一枚だけだ。最初に出した王子がそれだったなら、もう一枚まで手札にあるとは限らない。
シオンは墓地の一覧を開き、丸い帽子の札を指した。
それから、ファクターへ送っていた同名の札にも印をつける。
「魔法使いも、一枚はチャンプで落ちて、一枚はファク。残り一枚持ってる線は薄め。そもそも、こっちにはネヴがいたじゃん」
「通しても、そいつでどかせると」
「うん。ヴェールを着ける前に、魔法使いを山札の底へ送ればいい。そこを守るなら、裏に仕立てまで必要になる」
今度は、墓地の《仕立ての魔法》が二枚、並んで浮いた。
エラを潮流から守ろうとして使った二枚だ。
「仕立ては、あの応酬で二枚切れ。残りを持ってるなら、帳と通常ドローの三枚のどこかで引いてないといけない。魔法使いと、それを守る札まで揃ってるところを、どこまで見るかって話」
「揃ってました」
「結果がこれだけどね」
「四角い!」
「お嬢様口調から解放された途端、これなんだから……」
シオンが肘をついた。
こちらを見る目は呆れていたが、口元は少し笑っている。
俺の手札を全部開いてから、別の場所で打ち消せばよかったと言うのは簡単だ。
だが、実戦でシオンに見えていたのは、使われた札と、まだ見ていない札の枚数だけ。残り一枚の魔法使いと、残り一枚の仕立てが、ちょうど最後に揃っていると決めつけられるわけではない。
しかも、王子を通して待っていれば、その能力で札を増やされる。
嫌な二択だ。作ったこっちが言うのも何だが。
「まあ、私も王国の最後の一枚で打ち消しを引いてるし。あそこはお互い様かな」
「あれな。帳は通ったのに、まだ持ってんのかと思ったわ」
「こっちも、そろそろ静かになってほしかったよ」
「馬車に二回もお断り入れた女が言うことか?」
「三回目も断りたかったけどね」
今度は、シオンの最後のターンまでログを巻き戻す。
祈りで拾った三枚が、俺の手札へ戻った。
「そっちも、ハッピーエンドの回収は王子より執行者じゃなかったの?」
「執行者はコンコルディアだから拾えん。テキスト嫁」
「たし蟹」
「仮に拾えたとしても、静寂を消されたら、投げて《浮上の阻止》を使わせるのが拾った札の仕事じゃん」
「アビリティ打ち消しはケアしないの?」
「あの段階で一枚も見えてねえぞ? 入っててもピン積みだろ。あんまケアする必要なさそうだと判断」
俺は、回収した王子を指した。
「それより、王子が通ったときのほう。一枚目でエラを戻して、二枚目以降でリンクを拾えるほうがよくね? そこは静寂が通ったかどうか、関係ねえし」
「蟹」
エラが場にいるときの王子にも、山札の上3枚からフェイブルーンのリンクを手札へ加える能力がある。
打ち消しを使わせる役は、執行者でも務まる。王子なら、通ったあとの補充にも使えるわけだ。
シオンが最後の盤面までログを送る。
76/77のエラが、海獣と門番の前に立った。
それを見て、二人揃って息を吐いた。
「……まあ、ここはあとでもう一回やるか。実際に並べて」
「そうだね。どっちを通したら嫌だったか、そっちも教えてよ」
俺は頷き、最後の盤面を脇へ寄せた。
《姫を探す王子》白・3F/1C
フェイブルーン/ユニット/人間
このユニットがフィールドに出たとき、あなたのデッキから《硝子の靴》を1枚まで探し、公開して手札に加えてもよい。
その後、あなたの除外領域に、このゲーム中にフィールドに出たことがある「エラ」を持つ主人公がいるならば、それをあなたのフィールドに出す。
この効果でその主人公をフィールドに出したならば、あなたの手札と墓地から「フェイブルーン」リンクを合計3枚まで選び、好きな順番で1枚ずつ、その主人公にリンクする。
この効果でその主人公をフィールドに出さなかったならば、あなたのデッキの上から3枚を公開する。その中から「フェイブルーン」リンクを好きな枚数手札に加えてもよい。残りを好きな順番でデッキの一番下に置く。
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残された靴を手に、彼は城を出た。今度は、自分が会いに行く番だった。