おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
土曜日となり、リムジンには俺を含めて四人が乗っていた。
向かいにはシオンとリツ。隣には、落ち着かない様子で窓の外を見るレッカ。
赤と黒のパーカーを着た大きな身体が、座席の端へ寄ったり、背もたれへ戻ったりしている。
「なあ、これ、ほんとに乗ってよかったのか?」
「お誘いしたのは、わたくしですもの」
「いや、そうなんだけどよ。こんな車、初めて乗ったぜ」
レッカは座席脇の小さな画面を見て、天井を見て、また窓を見た。
対戦前にあれだけ騒げる少年でも、乗り慣れない車の中では手の置き場所に困るらしい。
俺は、膝の上で本をモチーフにしたホルダーを確かめた。
「飲み物もございますわよ。そちらの扉をお開けになって」
「……これ、冷蔵庫か?」
「ええ」
「車ん中に?」
「温かいものをお飲みになりたいのでしたら、別に用意させますけれど」
「そういう話じゃねえんだよな……」
レッカは一本だけ取り出し、両手で持った。
そんなに構えなくても、こぼした程度で車を買い取らせたりはしない。
向かいのリツは、すでに自分の飲み物を開けている。こちらは、座席へ収まる姿まで妙に絵になった。
今日の服は、白と深緑のワンピース。
丸い襟に、小さなリボン。裾を踏まない長さで、袖も邪魔にならない。
悪の組織へ乗り込むための服、という注文はさすがに出せなかったので、外でよく動く予定だとだけ伝えてある。
まぁ、察してるとは思うけれど。
そんなおかげで、ちゃんと動きやすい。
何事も、準備が大切だ。
「それで、シグレくんは来ないんだね」
薄灰色のニットを着たリツが、空いた座席へ目を向けた。
俺は頷いた。
「連絡先を伺おうとしたのですけれど、お会いできませんでしたわ」
「そういや俺らも、連絡先聞いてねえな」
「学校が違うと、こういうとき不便だよね」
黒羽シグレ。
強い相手を求めて、大会やショップを渡り歩く戦闘狂のような少年だ。
黒い服に、銀の鎖。派手に立った髪。
パンクというか、ワイルドというか。
まぁ、いわゆる黒のライバル枠というやつだ。
彼が通うという、鴉羽高校の下校時間に探してくれと家の者に頼んだ。
もちろん、声をかけるためだ。拉致して車へ詰めるためではない。
服も髪も、ショップで見かけたときの特徴を伝えてある。
しかし、帰ってきたのは、それらしき少年は見つからなかったという報告だった。
あんな黒大好きな戦闘狂です、よろしくお願いしますという格好なら、校門から出てきたところで分かると思ったのだが。
(あの格好で見逃すか?)
もしかして、学校では髪までちゃんとしているのか。
眼鏡なんか掛けて、制服もきっちり着ていたりして。
それはそれで見たいが、今日は仕方ない。
次に『シャッフル』で会ったら、ちゃんと連絡先を聞いておこう。
「で、俺らは何すりゃいい? 入口から順番に倒してく感じか?」
飲み物を脇へ置いたレッカが、こちらを向いた。
車の中を一通り見終えたら、今度は対戦の話らしい。
「中の方々は、お二人にお任せいたしますわ。シオンさんは後詰め。博士は、わたくしが」
「一番強そうなやつ、最初から持ってくのかよ」
「ええ。早い者勝ちですもの!」
「それ、もう勝ってんじゃねえか!」
「君はまず、自分の相手に勝ってからだね」
リツが涼しい顔で言った。
レッカも、そこで引っ込むような少年ではない。
「言ってろ。お前より先に終わらせてやるぜ」
「それなら、僕も待たせないようにしよう」
よしよし。
今後、事件に巻き込まれそうな少年には、俺たちの目が届くところで経験を積んでもらいたい。
負けて悔しがるのも、勝って調子に乗るのも、あとで付き合ってやれる。
知らないところで一人で突っ込まれるより、よほどいい。
「そろそろ着くよ」
シオンがホルダーの地図を閉じた。
紫の髪に、小さな銀のピンが光る。白いブラウスに薄いカーディガンという姿は、休日の買い物へ行くところにしか見えない。
まぁ俺たちの予定も、終わったら昼飯、帰りにショップだ。
途中に悪の組織が挟まっているだけである。
車が、郊外の研究所の正面で止まった。
三階建ての研究棟に、窓の少ない実験棟が繋がっている。古い灰色の外壁と、大きな換気設備。窓の内側にはブラインドが下りていた。
入口脇の看板には、アチューン研究所と書かれていた。
ここが、パラドクス機関の本部である。
玄関前には、黒いスーツを着た男が二人立っていた。
揃いのサングラスまで掛けていた。
「ここが、悪の組織のハウスですのね」
「ラボだよ」
シオンの訂正は早かった。
分かっている。言ってみたかっただけだ。
降りる前に、俺はシスター・リディアへ短い連絡を入れた。
今日使う構築と、教会へ提出する分のログはこちらで処理する旨を伝える。
返事はすぐに来た。
帰ってきたら報告だけは忘れるな、とある。
了解。戦果はたっぷりお持ちします。
「で、今日は何を使うの?」
「この間は【シンデレラ】を使いましたから、せっかくですし【盟約】で踊らせていただきますわ」
「……そっか」
ホルダーのデッキを確認する。
前回と同じく、麗しいドレスを着たシンデレラのサムネイルが表示されている。
ただし、その前に大きく『CAUTION!』の文字が踊り、画面全体が真っ赤に染まっていた。
この世界と前世で、決定的に違うことが一つある。
それは、禁止されているカードの顔ぶれが違うことだ。
クロスファクターは、基本的には別のワールドのカードを混ぜて構築できる。プレイに必要な色の条件を満たせば、それらもいつもの手順で使える。
例えば、先日のシオンとのゲームで使った《誓約の執行者》もフェイブルーンのカードではない。法と契約の世界、コンコルディアのカードだ。
そうやってカードを混ぜていると、たまにゲームが壊れる。
自分のワールドでは安全安心な一枚でも、他のワールドのカードと組み合わせた途端、とんでもないコンボの部品になったりするのだ。
デザイナーもぶっ壊れる可能性を承知の上で、このルールにしたと前世で見たインタビューに書いてあった。
そもそも、レッカやシオンとのゲームを思い出してほしい。
各ワールドのカードだけでも、あんな数字が出る。元から、たいへん景気のいいゲームなのである。
ところが、こちらはホビーアニメの世界だ。
ワールドとの共鳴なんてオカルト的な要素も重視されるし、ほとんどのプレイヤーは純正構築を使う。
自分のワールドのカードを調べて、組み合わせを考えて、強くなる。
他のワールドまで見に行く人間が少ないから、混ぜると壊れる組み合わせが、まだ見つかっていないのだ。
今、目の前で真っ赤に染まっている【盟約シンデレラ】も、その一つだ。
前世では禁止された構築だが、この世界ではまだ異端認定されていない。
ただし、リディアには中身を伝えてある。
これでこうすると、こう壊れます。そんな説明まで、ちゃんとした。
万が一、悪い奴が同じ構築へ辿り着いたら、あの人にも対策してもらわなければならないからだ。
それでも、今は異端認定を見送ってもらっている。
俺が普段の対戦で無闇にぶん回さず、こういう悪人をしばくために使う。その方針まで含めて、リディアは承知しているのだ。
とはいえ、教会の誰にでも見せていいわけではない。
クロスホルダーの対戦ログは、教会へ自動的に提出される。異常な動きが見つかれば、異端審問という名のデザイン会議に上げられる。
悪の組織をしばいて帰ったら、使った札まで審議入り。そんなお土産は遠慮したい。
だから、提出分の記録はこっちで処理する。
リディアは、それも知ったうえで黙認してくれている。
何よりも、万が一異端認定食らったら他のワールド使いの皆さんに申し訳が立たない。
このデッキのキーカードである《豊穣の盟約》は当時のコンコルディアでは必須カードだったからな。
今世ではコンコルディアのインフラとして当然のように運用されている。
そんなカードを俺が異端認定させたと知られたら、OTOGIの株価が危ない。
そんな事を考えながら、投影されたスクリーンをタッチしてリストを確認する。
あのときと変わっていない。思い出深いリストだ。
どの札を、どの順で使うか。
リストを眺めているだけで、あの頃の手順が指先まで戻ってくる。
さて。博士には、たっぷり遊んでもらおうじゃないか。
《盟約の使節》白・1F/1C
コンコルディア/ユニット
このユニットがフィールドに出たとき、あなたのデッキから「コンコルディア」アクション1枚までを探し、公開して手札に加える。
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差し出された手を取った。その約束が、いつから結ばれていたのかも知らずに。