おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
お嬢様になっても紙はしばく
カードゲームが好きだ。
朝、鞄の隙間にデッキケースを滑り込ませる感触が好きだ。退屈な仕事や学校が終わったら、贔屓のショップへ足を運ぶ。その予定があるだけで、冴えない一日が少しだけ輝いて見える。
ショーケースの前に張り付いて、シングルカードを眺める時間が好きだ。買ったカードの高騰にニンマリしたり、買わずにスルーしたカードが化けて頭を抱えたり。あの特有の一喜一憂は、時代が移り変わっても変わらない。
平日の公認大会を終えたあと、仲間たちと雪崩れ込む適当なファストフードのチェーン店。冷めたポテトをつまみながら、さっきのプレイングの反省会をして、ネットで話題の新デッキの構築論で盛り上がり、気づけばカードとは関係ない下らない雑談へと流れていく。とっくにトレイは空なのに、誰も席を立とうとしない――あの緩くて熱い時間が好きだった。
帰宅して、机いっぱいにカードを広げる時間が好きだ。あそこであの除去を我慢していれば。この枠をあと一枚増やしていれば。ぶつぶつと呟きながら、一枚抜いて、一枚入れる。週末に試すのが、もう待ちきれない。
寝る前には、お気に入りのデッキを愛でるのが好きだ。少しずつ買い集めたフルアート。ようやく三枚揃えた最高レアリティのFoil。卓上ライトの光に傾けて、妖しい輝きを確かめてから、大切にデッキケースへ戻す。
勝った日は、次も勝ちたいと思った。
負けた日は、次こそ絶対に勝つと誓った。
どちらの日も――明日もまたあいつらと対戦したいと願いながら眠りについた。
俺は、心の底からカードゲームを愛していた。
――だから、こうして今もカードを触っていられること自体には、何一つ不満はないのだ。
そう、何一つ。
目の前に座る対戦相手の少年を見上げるたび、自分の視界の低さに舌打ちしたくなること以外は。
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おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜
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放課後のカードショップ『シャッフル』は、夏休みが明けた新学期特有の熱気で満ちていた。奥のフリースペースではデッキ談義に花を咲かせる常連たち、ガラスケースの前では学生が小遣いと相談しながらシングルカードを指差している。
大型モニターから流れるプロリーグの実況アナウンスに、プレイヤーたちの通る声が重なる。
店長から「騒ぐなよ」と釘を刺されないギリギリのライン。いつもの、大好きな日常の風景だ。
「——手札からファクターゾーンに置いたカードが、ファクター。その枚数が、使いたいカードの『必要ファクター』に届いているか確認しよう」
すぐ近くでは、初心者の子どもに店長がティーチングをしていた。
「次はコスト。そこに書かれてる数字ぶん、ファクターを横向きにして払う。これがスリープだ。横向きのファクターも、墓地に捨てればコストに使えるよ。こうしてユニットを出して攻撃し、相手のライフをゼロにすれば勝ち。次に、使い捨てのアクションカードは——」
子どもは真剣に頷いている。いいぞ。
「おい、メイ。お前のターンだぞ」
対面の少年に急かされる。
いかん、つい店長の説明に聴き入ってしまった。
俺は額に落ちてきた金髪を指先で払い、髪に飾った深緑のリボンを直す。小さな金の留め具に触れ、緩んでいないのを確かめた。
こういう仕草も、今やすっかり板についてしまった。
「失礼いたしました。では、わたくしのターンですわ!」
頭の中で「すまん、ターン貰うぞ」と考えたはずの言葉が、喉を通った瞬間、鈴を転がすようなお嬢様ボイスへと勝手に変換されて唇からこぼれ落ちる。
「スタートフェイズ。二枚ドローいたしますわ」
高く澄んだ声にも、勝手についてくる「ですわ」口調にも、ずいぶん慣れた。慣れたくて慣れたかどうかは、また別の話だが。
(――《毒リンゴの贈り物》に《妖精の護り》か。悪かない)
前の俺が死んだのか、それとも意識だけが飛ばされたのかは分からない。
気がつけば、前世で狂うほど愛したTCG『クロスファクター』がすべてを決めるホビーアニメのような世界にいた。
ただし、今の俺の姿は、前世とは全く違う。
こういうホビアニによくいるタイプの財閥令嬢――御伽メイとして、俺はこの世界に立っている。
腰まで届く蜂蜜色の金髪に、顔の両脇で揺れる大きな縦ロール。瞳はエメラルドグリーンで、身長は百三十八センチ。高校一年生だというのに小学生に間違われそうな小柄な体躯。そして、口を開けばこの強制お嬢様構文。
制服まで体格に合わせた特注品で、毎日違うデザインを着られる。これぞ令嬢特権だ。
ちなみに、今日は胸元に大きなリボン、袖口には花の刺繍。
こういう服を選ぶのは、案外楽しいぞ。
せっかく財閥令嬢になったんだから、楽しまねーと損だろ。
まぁ、視界の低さや口調のバグも、カードを楽しめることに比べれば些細な誤差にすぎない。
放課後にこうしてショップへ寄り、紙をシバける日常があるのなら、それだけで俺の人生は満点なのだから。
「第一ビルド! 《魔法を解く指先》をファクターにセット。これをスリープして1コスト――《毒リンゴの贈り物》ですわ! 毒リンゴトークンを生成して、一枚引きますの!」
指先を滑らせると、盤面にぽん、と甘美な黒い林檎のホログラムが浮かび上がった。カードを置けば立体映像が実体のように踊り、学校帰りの学生たちが本気で盤面に一喜一憂する。まるで前世の土曜の朝に見ていたテレビ画面のド真ん中に放り込まれたような感覚だ。
これが、『クロスホルダー』というデッキケースとスマホが一体化したようなデバイス一つで出来るっていうんだからホビアニ世界の技術力は凄い。
引いた一枚は、ユニットを守る《森に眠る硝子の棺》。これで手札は三枚だ。
「毒リンゴを破棄して、効果発動! 《炎翼の幼竜》には、次のターンもぐっすり眠っていただきますわ!」
放物線を描いて飛んでいった林檎が、対戦卓の向こうに鎮座する小さな赤い竜の口元へ吸い込まれる。ドラゴンは可愛らしいあくびをひとつ漏らすと、その場に丸くなって眠りについた。連動してカードが横向きへと傾く。
眠ったユニットは、こちらの攻撃をブロックできない。
守りを崩された対面の少年、赤切レッカが、露骨に顔をしかめた。朱赤の短い髪は炎みたいに上へ跳ね、毛先には橙色が差している。こっちも、いかにもホビーアニメの主人公といった見た目だ。
「げっ、またその林檎かよ! 俺の竜を寝かすんじゃねえ!」
こちらも毎回、そいつの翼には困らされている。お互いさまだ。
「道は開けましたわね。バトルフェイズ! 小人さんたち、六人揃ってアタックですわ!」
盤面にずらりと並んだ小人トークン六枚を前方へ押し出す。
普通のユニットは攻撃するとスリープするが、こいつらは働き者だ。能力のおかげで、殴ったあとも起きたまま。もう一仕事頼める。
「ちっ、通すしかねえか! そのまま受けてやる!」
俺は手札の《足並みを揃えて》へ、親指を掛けた。
ここで使えば、六人合わせて二十四点。レッカのライフは28だ。
(まだ足りねぇな)
急いで吐く理由はない。俺はカードを手札の奥へ戻した。
「こちらからの追加はありませんわ。小人さんたちで、合計六点!」
小人たちが陽気な掛け声とともに、レッカの懐へと雪崩れ込む。
ライフの表示が、28から22へと下がった。
《足並みを揃えて》は、相手のターンにも使える<クイック>のアクションだ。全員をまとめて焼かれそうになっても、こいつで小人たちを強化すれば耐えられる。今は抱えとくのが正着だ。
「第二ビルド。《森に迎えられた姫、スノウ》の能力を起動しますわ。小人さんたち、もう一働き! ライフを四点回復ですわ!」
トークン二枚をスリープさせる。
盤面の小人たちが掛け声を掛け合いながら、どっしりとした木製の籠を持ち上げた。運ばれた林檎を黒髪の姫が受け取ると、俺のライフカウンターが28から32へと跳ね上がる。
「もう一度起動。さらに四点回復ですわ」
「げぇえっ!? またかよ!」
対面から、心底嫌そうな絶叫が響いた。
俺はお淑やかに微笑みをたたえたまま、次の二枚へ指を滑らせて、少し手を止める。
(立たせておくか? いや、イグナリアの速攻は四点が基本。スノウが立っている以上裏目はないはず。他の択は?)
スノウには、回復の代わりにカードを引く能力もある。だが、レッカのワールドは、速攻と一撃必殺を得意とする《イグナリア》。ここでライフを疎かにしたくはない。
「……最後の二人にも回復をお願いいたしましょう。さらに四点」
三回の起動で、28から40へ。
清らかな回復チャイムが響き、姫が小人たちに深々とカーテシーを捧げた。六人は満足そうに息を吐き、籠を放り出して腰を下ろす。
(よし。これで初期ライフまで戻った)
殴って、林檎を運んで、ようやく休憩。うちの小人は、本当に優秀な労働力だ。
「おいメイ! あんなに苦労して削ったのに、全部チャラかよ!」
「ふふ、小人さんたちが勤勉な働き者で助かりましたわ」
「こっちがどんだけ苦労して削ったと思ってんだよ!」
「うちの小人さんも、命懸けで残業しておりますのよ」
レッカが椅子の背もたれからガバッと身を乗り出した。
足元には丈夫そうなリュック。制服の上着は椅子の背に引っ掛けてあり、捲り上げたシャツの袖からは、まだ薄く日焼けした腕が伸びている。体格も、俺より四十は高い身長に加えて、肩幅も大きい。
同じ高校一年生のはずだが、向かい合って座ると見上げる格好になる。深く腰掛けていると、手札の扇で向こうの表情が隠れてしまうほどだ。
手札を胸元まで少し下げ、レッカの盤面を見渡す。
ライフでは大きく引き離した。パッと見は、俺の優勢だ。
向こうにはファクターと手札、ともに四枚。墓地には使い終えたカードが二十枚近く溜まっている。
イグナリアの爆発力を考えると、次のドロー次第では一気にライフが溶けてもおかしくない。
(ロングゲームになりすぎたか。やっぱ構築済みのまんまだと決定力が足らんな)
俺は手札の三枚を睨んだ。
《足並みを揃えて》、《妖精の護り》、《森に眠る硝子の棺》。小人たちを守る札は揃っているが、勝負を決めるにはもう一度こちらのターンを迎える必要がある。
それでも、仕事終わりの小人たちが六人残っている。
次のターン、《足並みを揃えて》で強化すれば二十四点。残り22を削り切れる。多少減らされても、小人を増やす札はまだデッキに残っている。
まぁ、まだ
余程の事が起こらない限りは勝ちは揺るがないだろう。
勝ったな。ガハハ。
「これでターンエンドですわ!」
レッカは手札をトントンと卓に打ち付けて整え、獰猛な光を宿した琥珀色の瞳で自分の墓地を一瞥した。
「なら、俺のターン! アクティブ、スタート――二枚ドロー!」
カードを引き抜くスナップの音が、やたらと鋭い。
――そのレッカの指先が、引き当てた二枚を眺めてピタリと硬直した。
ニヤリと、少年の口角が三日月のように吊り上がる。
(……おいおい。まさか、神トップか?)
欲しい札を引き当てたときの、勝負師の悪辣な笑み。
「メイ」
「何かしら?」
「そのライフ、全部まとめて消し飛ばしてやるぜ!」
力強い宣言に俺は手札を裏向きにして卓へ伏せ、指を綺麗に組んだ。
《森に迎えられた姫、スノウ》緑・2F/2C
フェイブルーン/レジェンド・ユニット[スノウ]/人間
このカードがプレイされてフィールドに出たとき、"警護"を持つ緑の1/1の小人•トークン・ユニットを2体生成する。あなたの《森に迎えられた姫、スノウ》のこの能力は、各ターンに1回しか誘発しない。
<随意><自ターン>あなたのアクティブ状態の「小人」を持つユニット2体をスリープにする:以下から1つを選ぶ。(随意を持つ能力は1ターン中に何度でも起動できる)
・カードを1枚引く。
・あなたのスリープ状態のファクターを2枚まで選び、アクティブにする。
・あなたはライフを4回復する。
0/4
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森の知恵も、炉の火も、温かな食事も。小さな手が、彼女の明日を支えていた。
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《毒リンゴの贈り物》白・2F/1C
フェイブルーン/アクション
毒林檎トークンを1つ生成する。カードを1枚引く。
(毒林檎トークンは、以下の能力を持つ無属性のトークン・レリックである。
「このトークンを破棄する:ユニット1体を対象とし、スリープにする。そのユニットは次のそのコントローラーのスタートにアクティブにならない。そのユニットは次にアクティブになるまで、起動能力を起動できない。」)
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「お代はいらないよ。お礼の言葉も、ひと口食べてからでいい。」
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《足並みを揃えて》緑白・6F/4C
フェイブルーン/アクション/小人
<クイック>
<一幕>(このカードと同名のカードは一ターンに一度しかプレイできない)
ターン終了時まで、あなたの「小人」を持つユニットは+3/+3の修整を受け、"貫通"を得る。
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岩を砕く日も、姫を守る日も。掛け声は、いつもと同じ。
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