おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
レッカは、閉じた扉を見ていた。
取り巻きとの対戦を終え、ようやく追いついたと思ったら、メイはもう博士の研究室の中だった。
扉の隙間には、黒い霧がまとわりついている。
中の声も、カードを置く音も聞こえない。
ドアノブへ伸ばした腕を、シオンが軽く押さえた。
「メイに任せよう」
「……わかってるよ」
レッカは、手を引いた。
けれど、待っているだけというのは、どうにも落ち着かない。
入口で見たカードが、頭から離れなかった。
小さな絵の中で、黒服の男が口を動かしていた。何を言っているのかは、聞こえなかった。
負けたら、メイもああなる。
自分たちが勝ったからといって、この扉の向こうでも勝っているとは限らない。
少し離れたところで、リツが拾ったカードを確かめていた。
指で縁を挟み、絵の中の男を見ている。
さっきまで敵だった相手だ。それでも、人間が閉じ込められた札を、床へ放っておくことはできなかった。
「……シオン」
「ん?」
隣のシオンは、扉を見たまま返事をした。
自分と同じものを見たはずなのに、落ち着いている。
腕を押さえていた手も、もう離れていた。
「メイのこと、信じてんだな」
「うん。勝つためにどれだけ考えるか、知ってるから」
シオンの返事には、迷いがなかった。
レッカは、閉じた扉へ目を戻す。
「……強えのは知ってる。でも、俺だってあいつに勝ってるんだぜ。絶対勝てるってわけじゃねえだろ」
「知ってる。そのあと、どうだった?」
「そのあと?」
「負けたメイは、何してた?」
レッカは、口をつぐんだ。
あのときの対戦卓を思い出す。
勝負を終えたメイは、手札を広げていた。リツの指摘に頷きながら、レッカがもっと確実に勝てた手順を、一緒になって確かめていた。
「……俺の勝ち方に、ダメ出ししてた」
「次は、その手順まで考えてくるよ。あの子、自分が負けた試合も、放っておかないから」
リツが、拾った札を丁寧にしまった。
「君との対戦でも、最後まで勝ち筋を残していたね。あの攻撃を耐えて、返しで勝ちきった」
「私も、あそこで終わらせるつもりだったんだけどね」
シオンが、少し笑った。
あの勝負は、レッカも見ている。
凍った海。大きな竜。増えたライフが、見る間に削られていく。
それでも、メイは手札を確かめていた。
そして、次の攻撃で勝った。
「好きなカードで勝つためなら、あの子はとことん考えるよ。一枚じゃできないことを、ほかの札と組み合わせてやらせる。誰も使わなかった組み合わせを見つけたら、回るまで試す。出来上がったのがクソデッキでも、本人は大笑いしてる」
「……クソデッキ発明家?」
「それ、本人に言ったら喜ぶと思う」
「だろうな」
そこは、簡単に想像できた。
見たこともない組み合わせを見つけて、笑う。相手の驚いた顔を見て、もっと笑う。
そんなメイなら、もう知っている。
カードで悪いことをするやつはぶっ飛ばすと、昼飯の予定まで決めてここへ来た。
今も、早く勝って飯を食うつもりでいるのだろう。
「でも、あれだけフェイブルーンが好きなあの子には、もっと似合う呼び名があるよ」
シオンは、扉を見ていた。
リツも、そちらへ目を向ける。
「御伽噺の語り部」
シオンは、その言葉をゆっくり口にした。
扉を見つめる目が、わずかに細くなる。何か懐かしいものを見ているようだった。
「……ずいぶん格好よくなったじゃねえか」
「お姫様も、魔法使いも、ただ並べて終わりじゃない。メイがデッキにすると、思いもよらないところで出番が来るんだよ」
「確かに、彼女のデッキは最後まで見てみたくなるね」
リツが言った。
レッカは、閉じた扉を見た。
あの小さな金髪のお嬢様が、中で何を使っているのか。どんな顔で、博士と向かい合っているのか。
まだ、分からない。
早く出てきて、聞かせてほしかった。
今度はどんなデッキを作ったのか。どんな勝ち方をしたのか。
「戻ってきたら、全部聞かせてもらうぜ。どんなデッキでぶっ飛ばしたのかさ」
「うん。そのためにも、待ってよう」
レッカは、頷いた。
ノブには、もう手を伸ばさなかった。
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城の前で、エラが実験体を見上げている。
足元には硝子の靴。肩から広がる舞踏服には、星の光が走っていた。
もう、支度は済んでいる。
俺の手には、最後の一枚がある。
さっきまでつけていた、首飾りや外套の札を思い出す。
それぞれの世界では、脇役だった。
ちょっと力を足す。ちょっと守りを足す。使って、次の札を引く。
そんな小さな札を集めて、こいつをここまで連れてきた。
向かいには、81/81のニューロシーズ。
エラの進む先を、濡れた巨体が塞いでいる。
あとは、いつもの終わり方を変えるだけだ。
その前に、俺は口を開いた。
「あんたさ。公認大会の帰りに、仲間と飯食ったことあるか?」
博士が、眉をひそめた。
「何の話だね……? 君は、今の状況を理解しているのか?」
さっきの「来るわけねぇだろ」も、今の言葉も、そのまま出た。
お嬢様の言い回しへ直されていない。
こういうときは、転生者たちの前でなくても、俺は「俺」のまま喋れる。
理由は、知らん。
「俺はさ、あの緩い時間が一番好きなんだ。三戦全敗した日でも、あのデッキに負けたとか、地雷踏んだとか、今日は引きがどうしようもなかったとか。飯食いながら、笑い合えるんだよ」
悔しかった試合を、もう一度話す。
横から別のやつが口を挟む。そんなカード入ってたのかよ、と誰かが笑う。
次は何を使うか。どこを変えれば、もう少し勝てるか。
食い終わっても、まだ話していた。
「だからさ、困るんだよ。負けたらカードに封印されるとか、魂を奪われるとか。そういうもん持ち込まれるの」
扉の向こうには、シオンたちがいる。
昼飯の予定だって、もう決めてある。
こいつらのやっていることは、その約束まで踏みにじる。
「カードゲームってのは、楽しむためのものだ。生き死にをかけてやるもんじゃねぇ」
俺は、エクシードを掲げた。
「エクシード、ディサイド!」
城の窓の明かりが、白さを増した。
杖を持った魔法使いたちが、エラへ顔を向けた。
「いつか終わる。いつか醒める」
俺の声が、城の高い窓まで届いた。
「どんな夢にも、終わりは来る」
楽しかった時間も、大会も、一日も。
終わってから、もう一度ができないものもある。
「そんなことは、嫌というほど知っている!」
だが今、俺の手にはカードがある。
また向かいに座ってくれるやつがいる。
これから見つけたいデッキも、まだ山ほどある。
「それは立ち止まる理由には、ならない!」
俺は、エラへカードを向けた。
小さな少女が、顔を上げる。
「この物語は、終わらせない!」
窓からあふれた光が、黒い空へ広がっていく。
エラのティアラが、その光を受けた。
「舞踏会は、止まらない!」
城の時計の針が進む。
長い針が十二時を刻んでも、動き続ける。
「そして十二時の鐘は、もう鳴らない!」
実験体の影が、少女の足元まで伸びている。
その影の上に、硝子の靴がある。
俺は、カードを押し込んだ。
「少女の夢は、消えない魔法のその先に! リベレーション——《リミットレス・シンデレラ》!」
城の外壁に沿って、白い階段が伸びた。
窓の横を通り、塔を巡り、時計の上へ続いていく。
エラは、その最初の段へ足を掛けた。
裾を揺らし、次の段へ。その次へ。
硝子の靴が触れるたび、階段の端から星がこぼれる。
博士が、ニューロシーズを見上げた。
実験体は、城の前にいる。
エラの進む道を塞いだまま、長い両腕を広げていた。
頭部から伸びた管に、青い光が走る。
その肩よりも高いところを、少女は駆けていた。
フェイブルーンのリンクが、十八枚になった。
三枚のティアラは、増えた一枚をそれぞれ数える。合わせて、さらに+3/+3。
リミットレスも、自分自身を含めた十八枚を数え、+36/+0を与える。
103/108だったエラの表示が、142/111へ変わった。
「……待て」
博士の声がした。
手札を握った手が上がり、そのまま止まる。
《舞踏会の静寂》は、まだ続いている。
ファクターがのこっていても、《不適合個体の処分》はプレイできない。
一度使ったリベレーションの権利も、戻らない。
エラが、階段の一番上へ着いた。
そこには、もう次の段がない。
少女は、空へ踏み出した。
白い光が、打ち上がる。
ドレスの裾が大きく広がり、月を覆った。
黒い空に、少女の輪郭が浮かぶ。
ほんの一瞬、エラがこちらを見た。
俺は、手を振り下ろした。
「行け、エラ!」
光が、落ちた。
細い流星が、実験体の胸へ突き刺さる。
遅れて、広がっていたドレスの光が押し寄せた。
ニューロシーズの巨体が、白く染まる。
「やめろおおおおおおお!!!!」
博士が、喉を裂くような悲鳴を上げた。
胸から肩へ、腕へ。実験体を走っていた青い光が、白く塗り潰されていく。
太い管が、ひび割れた身体から外れた。
巨体の輪郭が、光の中へ崩れていく。
それでも、エラの光は止まらない。
81/81のブロッカーへ、八十一点。
残った六十一点が、博士を貫いた。
ライフの表示は、40から-21へ。
最初に数えたとおりだった。
足し算にも、引き算にも、間違いはない。
床を走っていた青黒い光が、途切れた。
塔が薄れ、空がほどける。
城の壁が消え、その向こうから博士の机が戻ってきた。
俺は、まだ少し明るい天井を見上げる。
エラの通った光が、その向こうへ消えていった。
「……そしてお前ら悪人には、明日はない」
言えた。
そこまで、ちゃんと俺の口調で言えた。
俺は、肩の力を抜いた。
(俺かっけええええ!)
惜しいな。
シオンたちにも、今のは見せたかった。
《リミットレス・シンデレラ》
フェイブルーン/エクシード
使用条件-あなたの[エラ]を持つユニットに《星織りの舞踏服》がリンクしている。
このカードを、以下の能力を持つ「フェイブルーン」のリンクとして、あなたの[エラ]を持つユニット1体にリンクする。
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"不滅"
リンク先のユニットは"貫通"を持ち、それにリンクしている「フェイブルーン」リンク1枚につき、+2/+0の修整を受ける。
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―
継母の言いつけも、義姉の罵声も、十二時の鐘さえも。もう、彼女を縛れない。