おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
天井に残っていた白い光が、薄れていく。
城も、階段も、もうない。
ホルダーには、俺の勝利が表示されていた。
博士は椅子へ腰を落とし、机の端を握っている。
指先だけが、まだ細かく震えていた。
俺がもう一度声をかけるより先に、背後の扉が開いた。
「……もう終わりか?」
振り返ると、レッカが入口に立っていた。
朱赤の髪が、いつもより乱れている。その隣にリツ、少し後ろにシオン。
レッカが俺の場を覗こうとしたときには、エラの姿も消えていた。
うむ。見事に、全部見逃している。
「ええ。めでたし、めでたし。対戦ありがとうございました、ですわ!」
口から出たのは、いつものお嬢様口調だった。
戻っとる。
さっきは、確かに俺の口調で喋れていたんだが。
やっぱり理由は分からん。締め台詞をもう一回試すのも、ちょっと格好悪い。
「霧は消えたよ」
シオンが、部屋と廊下を見比べて言った。
リツが、しまっていたカードを取り出した。絵の中の男は、閉じ込められたままだ。
俺は鞄からケースを出し、拾っておいた四枚を机へ並べた。
リツも、その隣へ一枚を置く。
五枚とも、誰一人戻っていない。
「では、先ほどのお話の続きをお願いいたしますわ」
俺が振り向くと、博士は机に並んだ札へ目を落としていた。
「この方々を、元に戻す方法です」
「……封印は、共鳴を検証するために必要な処置で――」
「研究発表は結構ですわ。解除の手順を、簡潔に」
博士の言葉が止まった。
俺は、机の上の一枚を指す。
小さな絵の中で、黒服の男がこちらを見ていた。
勝ったからといって、札の中の人まで戻るわけではない。
入口の二人も、廊下で負けた連中も、対戦が終わったあとまで閉じ込められていた。
そのまま置いて帰る気はない。
博士から手順を聞き出し、シオンを通じてリディアに確認した。
言葉を濁したところは、もう一度説明させた。
勝負がついたあとまで、研究成果の自慢を聞かされるとは思わなかった。だが、ここは最後まで付き合う。
人を戻すところまでが、今日の用事だ。
確認が取れると、博士に解除を進めさせた。
机に並べた札が、淡く光る。
俺は慌てて、二歩下がった。
五枚が浮き上がり、絵の中の男たちが、目の前で人の姿へ戻っていく。
最初の一人が、床へ座り込んだ。
隣の男は、自分の両手を何度も見直していた。サングラスがずれたことにも、まだ気づいていない。
廊下のほうから、慌てた声が聞こえてきた。
「戻ってる。下も確認してくるね」
シオンがホルダーを持ち、廊下へ出た。
俺は、床に座った男たちへ声をかける。
「立てない方は、そのままで結構ですわ。もうしばらく、お待ちくださいませ」
人の姿に戻れたからといって、好きなところへ帰ってもらうわけにはいかない。
この人たちも、人をカードに閉じ込めていた側なのだ。
入口に待機しているうちの者へ連絡した。教会へ引き渡すまで、ここにいてもらう。
リディアからは、人と闇のカードの処理を引き受けるという返事も届いていた。
博士たちは、一般人に対して闇のカードを使ったりしていないので、入手経路やら資金提供者やらの背後関係を洗いざらい吐いてもらった上で、長めのお説教で済むらしい。今日中には帰れるとのことだ。
それでいいのかと思うかもしれないが、それでいいのだ。
洒落にならん事になる前に計画を潰して、「お説教」で済むように、リディアは俺を鉄砲玉にしたんだと思う。
多分。
対戦ログについても、事前に話を通したとおりだ。
教会へ提出する記録には、もう手を入れてある。リディアは、俺が何を使ったかも、記録の細工も知っている。
そのうえで、黙っていてくれる。
ありがたや。
シオンが戻るのを待ち、解放された人数を確かめた。
教会の担当者へ引き継ぐところまで済ませて、ようやく今月の天誅が終わった。
博士の話も、これからはそちらで聞いてもらう。
あの長い研究理念に付き合う担当者には、頑張っていただきたい。
「では、参りましょうか」
「どこに?」
レッカが聞いた。
俺は、本を模したホルダーに時計を出して見せる。
「昼食ですわ。予定どおりです」
「ここまでやって、まだ飯の予定が生きてんのかよ!」
「予約もしてありますもの」
「ピクニックの続きだね」
シオンが、小さく笑った。
悪の組織討伐ツアーは、まだ帰り道が残っている。
車が出ると、レッカがこちらへ身を乗り出した。
「御伽噺の語り部、か」
「……あら、懐かしい。そう呼ばれるのは、いつ以来かしら」
思わず、シオンを見た。
窓際に座った彼女は、何食わぬ顔で笑っている。
「シオンが言ってたんだよ。お前に一番似合うってさ」
「ええ。たいへん結構な呼び名ですわ!」
「気に入ってんじゃねえか!」
そりゃ、気に入ってるけども。
前の世界でつけられたあだ名の一つだ。メイになってから、こいつらに呼ばれるとは思わなかった。
お前、それをこっちでも使うのかよ。
もう一度シオンを見ると、今度は口元を押さえていた。肩が、小さく揺れている。
「で、中ではどんなデッキ使ってたんだ? 結局、見られなかったしよ」
「お姫様が、悪い博士の怪物をやっつけるデッキですわ!」
「それだけじゃ分かんねえよ! あとで俺ともやろうぜ」
少年が、歯を見せた。
使い込んだ赤と黒のホルダーを、膝の上で持ち直す。
「そのデッキにも、勝ってやる!」
「先ほどのデッキでフリープレイをするのは、少々おすすめしませんわね」
「少々で済むんだね」
リツが、静かに言った。
うむ。済まない。
なので、あとでちゃんと対戦になるデッキを出します。
「ですが、お相手はいたしますわ。次こそ、勝たせていただきます!」
「おう! 返り討ちにしてやるぜ!」
いつもどおりだ。
どんな呼び名がついたところで、こいつは次の対戦を申し込んでくる。
こちらも、次は勝ちにいく。
お姫様と小人たちの、リベンジである。
昼飯は、ちゃんとうまかった。
レッカは途中の勝負を喋りながら、皿を空にしていく。
リツに手順を指摘されると、フォークを止めて言い返した。
「でも、そっちから先に殴ったら、こっちのユニットが残んねえだろ」
「残す必要があったのかい? 次のターンまで渡さずに済んだはずだよ」
「だったら、もう一回並べて――」
二人がホルダーへ手を伸ばしたので、俺は止めた。
「食べ終わってからになさいませ。カードにソースを飛ばしたら、承知いたしませんわよ」
「そうだね。先に食べよう」
シオンも俺の側だった。
カードをしばく時間は、これからいくらでもある。
皿の上の飯は、待ってくれない。
そして、食後は予定どおり『シャッフル』である。
入口のベルを鳴らすと、カウンターの奥からソウジさんが顔を上げた。
「おう、おかえり。対戦席なら、奥が空いてるぞ」
「まあ。まだ何も申し上げておりませんのに」
「その顔で、買い物だけして帰る気じゃないだろ?」
「ええ。よくお分かりですこと!」
さすが店長。カードをしばきに来た客の顔を、よく知っている。
その隣では、ナギさんが値札を並べていた。
淡い水色の髪。左側の細い三つ編みと、反対側についたクラゲのピン。白いシャツに紺のエプロンで、今日も片方の袖だけまくっている。
「いえーい。いつもの皆さん、いらっしゃいですー」
「ナギ、奥の席に案内してやってくれ」
「承りましたです。紙をしばきに来た皆さん、こちらへどうぞー」
「初めてのお客さんには、その言い方するなよ」
「とーぜん。こちら、常連さん専用のご案内となっておりますので」
今日もナギさんは変だ。
奥の机は、きちんと拭かれていた。椅子も揃っていて、鞄を置く場所まで空けてある。
こういうところは、いつ来てもちゃんとしている。
レッカとリツは向かい合って座り、昼飯のときに止めた盤面を並べ始めた。
シオンも椅子を引く。
銀髪の少年が順に札を置く横で、レッカはもう机の上へ身を乗り出していた。
「メイ、よかったら一戦どうだ?」
自分の席へ鞄を置いたところで、ソウジさんが向かいの椅子を引いた。
「お店のほうは、よろしいんですの?」
「ナギ、少し任せていいか」
「ほいほーい。お店番、引き継ぎました。店長は、対戦勤務へどうぞです」
「そういう仕事なら、いくらでもしたいな」
「でしたら、お付き合いいたしますわ!」
俺がホルダーから呼び出したのは、いつもの【
今日もピッカピカのフルレートだ。卓へ置くと、窓からの光がスリーブの縁で跳ねた。
「お、今日も眩しいな」
「ええ。わたくしのお姫様ですもの!」
ソウジさんは笑い、ホルダーに登録されたデッキを選び始めた。
いくつか画面を送ってから、一つに指を止める。
「よし。今日はこれでいくか」
出てきたカードを、慣れた手つきで揃えた。
店長は、会うたびに違うデッキを使っている。そして、どれを持ってきても強い。
今日は何をしてくるのやら。
さっきの【盟約シンデレラ】は、ホルダーの中で眠ってもらってる。
今は、この六十枚で勝つ。
スノウを通して、仲間を並べる。こちらのやりたいことは、いつもどおりだ。
互いの山札を整え、手札を取った。
隣では、レッカがもう声を上げている。
「あー、待て! そっちから殴るのかよ!」
「君が残した守りは、そこだからね」
「じゃあ、こっちの順番変えりゃよかったのか」
「戻して試してみれば?」
シオンの声が続いた。
レッカが札を持ち上げ、リツが置き場所を示す。
少し前の盤面へ戻して、今度は別の札から動かし始めた。
俺たちの席でも、対戦が進む。
スノウが場に出ると、ソウジさんが一枚を抜いた。
「トークンの生成にスタック。そいつには、少し帰ってもらおうか」
「せっかくお招きしたばかりですのに?」
「こっちとしては、そのまま居座られると困るんでね」
差し出された一枚に、俺は顔をしかめた。
うわ。それあるのかよ。
スノウが、除外領域へと戻ってくる。
「おやおや。お姫様、里帰りですねぇ」
近くの棚を整理していたナギさんが、ゆるく拍手した。
「お帰りまで早かったですねえ」
「少々、早すぎましてよ!」
隣でレッカが笑った。こちらを見たシオンまで、口元を押さえている。
覚えてろ。まだ負けてないからな。
戻された札を手札へ揃え、次に出す順番を考え直す。
ソウジさんは手札を持ち直し、こちらを待っていた。
窓から入る昼の光が、机の上に広がっている。
隣では、さっきと違う攻撃が通り、レッカがまた声を上げた。
あちらも、まだしばらく終わりそうにない。
負けたら、もう一度。
飯を食ったら、もうひと遊び。
今日も、そうやってカードをしばける。
俺は手札から、次の一枚を抜いた。
《十二時を超えた少女、エラ》緑白・5F/3C
フェイブルーン/レジェンド・ユニット[エラ]/人間・プリンセス
<新章-エラ>(このユニットがフィールドに出るに際し、フィールドか除外領域にある、このユニットと異なる名前を持つ、<主人公>である[エラ]1枚を選ぶ。フィールドのカードなら裏向きで除外し、除外領域のカードなら裏向きにする。そうしたなら、このユニットを新たな<主人公>とする)
"速攻"
このユニットは、相手のカードの対象にならない。
このユニットがフィールドに出たとき、あなたの墓地からリンクカードを好きな枚数選び、好きな順番で1枚ずつ、このユニットにリンクする。このユニットの<新章>でフィールドから除外したカードに《リミットレス・シンデレラ》がリンクしていたならば、このユニットに+1/+1カウンターを12個置き、あなたはこのゲーム中もう一度リベレーションしてもよい。
4/4
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灰を払っていたその手は今、自分の明日を選んでいる。十二時を過ぎても、彼女の物語は続いていく。