おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜   作:模範的セルフィア市民

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「お嬢様になっても、紙はしばく」~「身内との感想戦は、だいたい終わってる会話になる」まで、改稿を行いました。勝敗などの変更はありませんが、《深海の夜明け》⑦及び、その後の感想戦が完全改稿となっております。
詳しくはカクヨム側の近況ノートをご確認ください。
https://kakuyomu.jp/users/coral_somo/news/11054822665819899489


廻れども縁は巡る②

 

 関西の老舗メーカー、善養寺電工。

 そこがクロスホルダー事業へ参入するという話だった。

 

「善養寺……」

 

 俺は、届いた資料の名前を読み上げた。

 名前だけは、知っている会社だ。

 御伽の大人たちが、ときどき話題にしていた。電気の通るものについて、昔からあれこれ作っている会社だ。

 

 ただ、企業向けのお硬い製品が主力の会社だ。クロスホルダーの業界へ入ってくるとは思わなかった。

 家族も招待されているから一緒に行こうと父に誘われ、俺はすぐに頷いた。

 

「ぜひ、伺いたいですわ」

「新しいホルダーが気になるかい」

「ええ。とても」

 

 そこは、本音だった。

 他社の製品だろうと、面白いものは触りたい。

 画面は見やすいのか。持ったときに重くないのか。

 会社の人たちが気にすることと、カード好きとして気になることは、半分くらい同じだった。

 

 発表会の日、白いブラウスと落ち着いた色のワンピースを着せてもらった。鏡の前で一周し、裾を確かめる。

 

 鞄へ入れるホルダーは、自分で選んだ。

 今、普段遣いでテストしている入門機。

 発売する予定の製品そのままで、特別な調整はしていない。

 俺の手にも収まりがよく、画面の項目が少なくて扱いやすい。

 見た目は、ずいぶんおとなしかった。

 

 デッキはスノウだけを入れて行く。

 端末を確認し、カードが入っていることを確かめ、鞄を閉じた。

 新しい機械を見るのに、対戦する準備はしておいても損はない。

 

 会場は、大きなホテルの一室だった。

 入口の受付に並んでいるだけで、御伽のお嬢様ですね、と声をかけられる。

 俺は頭を下げ、父の半歩後ろについて歩いた。

 

 名刺を交換する大人。取材用のカメラを確かめる人。

 どこを見ても、何かが始まる前の顔をしている。大会初日の朝に、少し似ていた。

 

 席へ案内される途中、会場の脇にエアフィールドが用意されているのが見えた。

 機材の周りには柵があり、スタッフが端末を覗いている。

 俺はつい、そちらへ顔を向けた。

 

「あとで実機を見せてくれるそうだよ」

 

 父に言われて、前へ向き直る。

 分かりやすく気になっていたらしい。前世の姿でも、たぶん同じ顔をした。

 

 発表会が始まると、まず善養寺電工の歴史が紹介された。

 古い工場の写真。

 今よりずっと大きくて、ずっと武骨な機械。

 それが少しずつ小さくなり、使われる場所が増えていく。

 壇上の社長は、写真の中にいる先代のことを、少し笑いながら話した。

 

 続いて、クロスホルダーの説明になった。

 基本的な対戦機能。エアフィールドとの接続。カードの登録と管理。

 俺は配られた資料の、該当するページを開く。

 

 売りは、カスタマイズ性らしい。

 

 外装を替える。

 持ち方に合わせて部品を選ぶ。

 表示する情報の大きさや位置を変える。

 同じ機体でも、持ち主によって、ずいぶん違った姿になる。

 

 画面に、いくつもの例が並んだ。

 小さな手でも握りやすい形や、必要な情報だけを大きく出した画面もある。

 

 おお。

 それは、いいな。

 

 俺は資料の端を指で押さえた。

 自分の手に合うものを選ぶためなら、手間をかけたい人はいるだろう。スリーブに散々こだわった俺が、それを否定できるわけもない。

 

「使い慣れた一台を、より自分らしい一台へ」

 

 壇上の言葉に合わせて、画面の外装が切り替わった。

 赤。黒。白。

 模様の入ったものもある。

 会場の何人かが、ペンを動かした。

 

 俺は、価格の載っている場所を探した。

 まだない。

 まあ、そうだろうな。

 ここで値段まで入門機と同じと言われたら、帰りの車で父と反省会をするところだった。

 

 説明が一段落する。

 照明が少し落ちた。

 

「さて、善養寺電工という名前のままでは、遊びの道具には少しお堅い印象かもしれません。そこで、この事業のために新しいブランドを設けました。名前は、こちらです」

 

 正面の画面が、白くなった。

 線が走る。

 二つの輪が重なる。

 その下に、文字が現れた。

 

 Loopline。

 

 俺は、目を見開いた。

 

 文字は、すぐには消えなかった。

 見間違いではない。

 俺は資料へ目を落とし、また正面を見た。

 

 Loopline。

 ループライン。

 

 喉の奥が、妙に狭くなった。

 その名前を、知っている。

 

 知っているのは、『わたくし』ではない。

 その名前、そのロゴを知っているのは、『俺』だ。

 

 いや。

 待て。

 

 あり得ない名前ではない。

 英語を組み合わせたブランド名くらい、かぶることもある。

 輪っかがつながる図案だって、珍しいものではない。

 俺が知っているものと、同じ言葉を使う会社があっても、おかしくはない。

 

 そう考えている間にも、発表は続いていた。

 

「今回の事業への参入にあたり、企画の出発点となる提案と、基礎デザインを担当した者を紹介します」

 

 壇上の社長が、袖へ目を向けた。

 拍手が起こる。

 出てきたのは、女の子だった。

 

 俺と同じくらいの年頃。

 明るい赤銅色の髪を、右側で低く結んでいる。

 白いブラウスと、きちんとしたスカート。髪には、重なった輪の飾りがあった。

 用意された台へ上がり、マイクの高さを確かめる。

 会場を見渡してから、一礼した。

 

「善養寺メグルと申します。本日はお越しいただきまして、ありがとうございます」

 

 声は、よく通った。関西なまりのイントネーションが耳に残る。

 緊張していない、というわけではないのだろう。

 ただ、緊張したときの息の入れ方を知っているような喋り方だった。

 

「わたくし、道具は自分に合うものを使いたいと思っておりまして。手が小さいから我慢せなあかんとか、好きな色がないから諦めるとか、それはちょっと寂しいやないですか」

 

 会場に、小さな笑いが広がる。

 女の子も笑った。

 

 俺は、笑えなかった。

 

 メグル。

 めぐる。

 輪になる。

 輪っか。

 

 胸の奥で、何かが跳ねた。

 

 Looplineという名前。

 社長の一人娘なのに、前へ出て自分の作りたいものを説明するところ。

 聞いている人が少し笑うと、その笑いに合わせて、もう一歩踏み込むところ。

 

 顔は知らない。

 声も違う。

 なのに、あの場を自分の話へ引き込んでいく間を、俺は知っている。

 

「お父様も、初めは外装の色を変えるくらいに思うてはったんですけれど」

 

 隣の社長が、苦笑いをした。

 

「気がつけば、ずいぶん大きな話になりまして」

「ええ。せっかく作るんやったら、ちゃんと作りたいですもの」

 

 拍手が起きた。

 俺も、遅れて手を動かした。

 目は、壇上の女の子から離れなかった。

 

 そのあとの説明は、半分くらい頭へ入ってこなかった。

 手元の試作機を見せながら、女の子が話す。

 外装の取り替え方。

 握る場所の調節。

 表示の呼び出し。

 質問に答えるとき、相手の言葉を最後まで聞いてから、少しだけ片眉を上げる。

 

 ああ。

 その顔だ。

 

 昔、俺が新しいデッキを持ち込んだとき。

 最初の説明だけでは、まだ信じない顔。

 それで、本当に回るのかよ、と言う直前の顔だ。

 

「メイ?」

 

 隣から、父が小さく呼んだ。

 俺は、ようやくそちらを向いた。

 

「どうしたんだい」

「……少し、お話をしてみたくなりましたの」

「あのお嬢さんと?」

「ええ」

 

 父は正面を見て、それから俺を見た。

 同じくらいの年の子が、ホルダー作りに関わっている。

 興味を持つ理由としては、それで十分だったらしい。

 

「終わったら、ご挨拶しよう」

「ありがとうございます、お父様」

 

 声は、いつもどおりに出た。

 膝の上では、両手を握っていた。

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