おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
発表が終わると、会場の空気が少し緩んだ。
席を立つ人。実機の展示へ向かう人。壇上の説明者を捕まえて、細かいことを聞き始める人。
俺は父の隣について、善養寺の社長へ挨拶に行った。
大人同士の挨拶が、頭の上で行き来する。
その間、俺は、少し離れたところにいる女の子を見ていた。
メグルは係の人と話しながら、ホルダーの部品を机へ並べている。
手を動かして説明をするほうが、じっと立っているより性に合うらしい。
「メグル。御伽さんのお嬢さんが、君と話したいそうだよ」
呼ばれて、こちらを向いた。
金茶色の目が、俺を捉える。
笑顔を作るのが早かった。
「まあ。初めまして」
「御伽メイと申します。先ほどのお話、とても興味深く伺いましたわ」
裾を少し持ち、一礼する。
相手も、きれいに返した。
知っているやつかもしれない女の子と、初対面の令嬢として挨拶をする。
何だ、この状況は。
「ありがとうございます。わたくしも、お名前は伺っております」
「わたくしの?」
「入門用の機種で、色々ご意見を出されていると。うちの開発の者も、よう勉強させてもろうてます」
向こうにも、話は届いているらしい。
俺は笑っておいた。
ただ、本当に聞きたいことは、この場では口にできなかった。
周りには大人がいる。
記者もいる。
初対面の女の子を捕まえて、突然、前世の知り合いかと聞く九歳児になってしまう。
俺は、机の上のホルダーへ目を向けた。
「こちらが、先ほどご紹介なさっていた試作機ですの?」
「ええ。まだ調整中のところもありますけれど、対戦には使えますわ」
「でしたら、よろしければ一度、わたくしと遊んでいただけませんこと?」
メグルの目が、少し細くなった。
「今、ですの?」
「ええ。あちらに、エアフィールドもございますでしょう。実際に使っているところを拝見できたら、嬉しいですわ」
父のほうへも目を向ける。
ぜひやりたい、と顔に書いておく。
善養寺の社長は、一瞬、担当者と目を合わせた。
相手が御伽の娘であることも、考えたはずだ。
ただ、こちらは自分から申し出ている。
新製品を実戦で見せる機会としても、悪い話ではない。
「接続の確認は済んでいるね」
「はい。すぐにお使いいただけます」
返事を聞いてから、社長が頷いた。
「では、一試合だけ。メグル、お願いできるかい」
「もちろんですわ」
早い返事だった。
こいつも、やりたかったらしい。
「デッキは、お持ちですの?」
「ええ」
俺が鞄からホルダーを出すと、メグルは口元を緩めた。
「準備がよろしいこと」
「カードの道具を拝見しに来ましたもの」
言ってから、昔も似たようなやり取りをした気がした。
新しいスリーブを見るだけと言って店へ来て、当然のようにデッキを出す。
遊ぶ時間がないと言ったやつから、最初の対戦を始める。
そんな、どうでもいい記憶だった。
メグルが、朱色と黒のホルダーを持ち上げた。
先ほど画面で紹介していたものより、本人の手に合わせてあるのが分かる。
「ほな。お相手、お願いいたします」
「こちらこそ」
俺たちは、並んでエアフィールドへ向かった。
数歩進むと、メグルがこちらを見下ろした。
同い年くらいなのに、向こうのほうが背が高い。
「踏み台、いります?」
「……ご配慮、感謝いたしますわ」
悪気はなかった。
たぶん。
俺は、もう少し疑ってもよい気がした。
デモ対戦が始まると聞いて、周りに人が集まってきた。
係の人が立ち位置を案内し、接続を確かめる。
俺のホルダーにも、相手と会場の情報が表示された。
善養寺メグル。
名前を見て、また胸が落ち着かなくなった。
あとで聞く。
今は、目の前のゲームをしよう。
メグルは、自分の画面を観客へ少し向けた。
「わたくしは、手元を見る時間を短くしたいので、数字は大きめです。詳しい情報は、こちらから呼び出せますの」
画面が切り替わる。
対戦の前から、きちんと仕事をしている。
俺もホルダーを持ち直した。
「わたくしのほうは、普段使っている設定のままでお願いいたしますわ」
「変えませんの?」
「ええ。このままが、一番慣れておりますので」
観客の一人が、俺の手元を覗いた。
画面には、必要なものだけが並んでいる。
別に、対抗して説明を始めたわけではない。
まだ。
エクシードを分け、カードを混ぜる。
先攻はメグルになった。
「コンタクト、《カグラザト》。レディ」
「コンタクト、《フェイブルーン》。レディ」
目が合った。
「「クロッシング!」」
やはり、カグラザトか。
俺が、フェイブルーンであるように。
会場の中央に、景色が広がった。
片側には、緑の森。
もう片側には、山と川に囲まれた里。
その境目で、木々の枝と、田の脇を通る道がつながる。
何度見ても、いいものだ。
前世では机の上へ並べていたカードが、こんな景色を作る。顔に出さないようにするだけで、かなり忙しい。
俺の主人公は、いつものスノウ。
メグルが最初に出したのは、《川辺のおばあさん》だった。
腰を曲げた小さな姿が現れ、川へ向かっていく。
続いて、水面に大きな桃が浮かんだ。
桃太郎。
想像した通りのデッキだった。
「おばあさんの能力で、《大きな桃》をフィールドへ。続けて、おばあさんの登場で誘発したワールドアビリティ、〈めぐる縁〉を解決いたします」
手順を進めながら、メグルはホルダーへ触れた。
桃の輪郭に、淡い光が走る。
水が跳ね、葉に雫がついた。
光る仕様のカードに対応した演出だ。
観客から、小さな声が上がった。
「演出の見せ方も、あらかじめ選んでおけますの。せっかくのカードですから、よく見えるようにしたいですわね」
こちらへ目を向けて、にこりとする。
いい宣伝だ。
俺は笑い返して、ターンを受け取った。
最初はファクターをセットして終える。
次のメグルのターンには、《芝刈りのおじいさん》が出てきた。
山へ入っていったおじいさんが、木を抱えて戻ってくる。
ファクターが増え、そのあと、桃が割れた。
「おいでませ。《桃の勇者、モモタロウ》」
桃色の光の中から、少年が立ち上がった。
旗が開く。
腰の刀へ手を添える。
その動きに合わせて、観客の視線が一斉に動いた。
ちゃんと、主役が出るところを見せている。
カードの選び方も、出す順番も、この場に向いていた。
こちらの二度目のターンには、スノウを出した。
森の奥から、お姫様が歩いてくる。
その後ろを、小人が二人ついてきた。
派手な光は出ない。
それでも、スノウが裾を持ち上げて木の根を越える動きも、小人がこちらを見上げる顔も、きちんと見えた。
「こちらの小人は、攻撃もできますし、スノウのお手伝いもできますの」
俺は、少しだけ観客のほうを向いた。
「仲間が増えてくると、頼もしいですわよ」
機械の説明は、それ以上しない。
使っているところを見てもらえばいい。
少なくとも、目の前のスノウは、ちゃんとかわいかった。
早速、小人二人にスノウの手伝いを頼む。
今スリープにしたファクター二枚をアクティブに戻して、ターンを終えた。