おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜   作:模範的セルフィア市民

3 / 6
プレミ笑わば穴二つ

 

「勝ったのはいいけれど、全部使う必要はあったのかい?」

 

 横から、よく通る鋭い声が飛んできた。

 天井へ突き上げられていたレッカの拳が、空中でぴたりと止まる。

 声の主は、いつの間にか卓の横に立っていた。

 淡い銀色の短髪は耳周りまですっきり整い、斜めに分けた前髪の下から、青灰色の目がレッカを見ている。細身の身体に制服をきちんと着込み、ネクタイもまっすぐ。片手には白銀と紺のクロスホルダー。いかにもホビアニの白系ライバルキャラといった立ち姿だ。

 いつから観戦していたのか、その画面には早くも今の対戦ログが展開されていた。

 

 天城リツ。うちの高校のクロスファクター特待生にして、校内ランキングでは一年生にして二位の実力者だ。

 まあ一位が別格すぎて、こいつが実質一位みたいなもんだが。

 ちなみに俺は十位前後。デッキ縛りでならこんなもんだ。

 目立ちすぎず、舐められもしない順位。この世界では強すぎるのもある意味で罪だ。

 

「……え?」

「最後の大噴火だよ。二十三枚を全部使ったね。その前に、もっと確実な手順があったはずだ」

「勝ったんだからいいじゃねえか!」

「勝てた手と、最善の手は同じとは限らないよ」

 

 早い。

 勝利の余韻を味わう時間すら与えない容赦のなさ。

 俺はカードをデッキへ戻しかけた手を止めた。

 

「メイさんが<再誕>で三枚引いたあと、お前はファクターを全部使い切った。もしあの噴火を止められていたら、どうするつもりだったんだ?」

「……次で、なんとかしてやるよ」

「その次を、相手がくれるかな」

 

 レッカが恐る恐る自分の盤面へ目をやった。

 攻撃を終えてスリープしている《イグナリアの竜王、ヴァルグレイン》と、二体の《イグナリアの一番槍》。その脇では、幼竜もすやすやと眠っている。その後ろのファクターエリアには、何もない。

 俺は手札から《足並みを揃えて》を抜き、小人たちの横へそっと置いた。

 

「こちらを2コストでプレイすれば、小人さん六人で二十四点。レッカさんのライフは、二十二でしたわね?」

「……げっ、足りてんじゃねえか」

「ええ。次のターンで、おしまいにしてさしあげるつもりでしたわ!」

 

 使う前に、俺のほうが消し炭にされたわけだが。

 レッカはすがるように俺の手元を覗き込んできた。

 

「で、でもよ! あのとき、止める札はあったのか!?」

「ございませんでしたわ」

 

 隠す理由もないので、残る五枚も表にして卓へ並べた。

 もともと持っていた《妖精の護り》と《森に眠る硝子の棺》。そして<再誕>で引き込んだ《七人のまとめ役》、《魔法を解く指先》、《森の小さな働き手》。

 レッカはそれを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「ほら見ろ! 耐える札なんて何もねえじゃねえか!」

「それは、今だから言えることだね」

 

 リツが冷ややかにログを巻き戻す。

 ホログラムが逆再生され、俺のライフが40に戻る。そこからレッカの手順を辿り、竜王と二体の槍兵が揃ったところで映像が止まった。

 

「そもそも、《イグナリアの一番槍》は二体とも攻撃に行かせる必要がなかった」

「はあ!? 殴らなきゃ、倒し切れねえだろ!」

「戦闘で削り切る必要はない。大噴火を持っていたんだからね」

「その通りですわ」

 

 まあ、リツほどのプレイヤーなら気づいているか。

 俺は竜王のカードを指先で軽く押さえる。

 

「《イグナリアの竜王、ヴァルグレイン》単体で攻撃。《イグナリア・イグニッション》をリベレーションして、竜王のパワーは28。登場時と攻撃時トリガーの四点ずつを合わせれば、それだけで合計三十六点ですわね」

「四残るじゃねぇか」

「そう。メイさんのラ(・)イ(・)フ(・)は(・)四(・)残(・)る(・)」

 

 リツが、二枚の《イグナリアの一番槍》を縦向き――アクティブへと戻した。

 俺のライフをぴったり0へ落とし込んだ、あの槍兵の四点。その四点が削られないとなると、今度は俺が致命的に困るのだ。

 

「そのまま第二ビルドフェイズで、アクティブのファクター二十三枚を破棄して23コストを払い、《グラナヴァ火山の大噴火》をプレイするだけでいい」

 

 俺は頷く。

 

「それなら、わたくしが<再誕>で三枚引くのは、噴火を受けたあと。防御札を引いても、間に合いませんわね」

「……あっ」

 

 レッカの目が、卓に広げられた俺の手札へ落ちた。

 

「四から二十三点直撃……マイナス十九か!」

「そうですわ。《物語は終わらない》をリベレーションして十五点回復しても、マイナス四で足りませんわね」

 

 俺はデッキ脇に置かれたエクシードへ目をやった。

 さっきは繋がったはずの、首の皮一枚。それすら、綺麗に消し飛ぶ。

 そこで三枚引いて奇跡的に対策カードを見つけたところで、すでに噴火のダメージ解決は終わっている。受けたダメージを、あとから帳消しにはできない。

 

「……じゃあ、槍兵で殴って<再誕>させちまったのが、余計だったのか」

「そう。お前のほうから、防御札を探す機会をあげてしまったんだ」

 

 レッカが、竜王と槍兵を交互に見つめる。

 大きな竜で殴り、火山を噴火させる。

 やっていること自体は同じなのに、攻撃に出すユニットを二体控えるだけで、<再誕>で防御札を引くという逃げ道を塞げるのだ。

 

「それに、お前の残った手札は?」

「これだけど……」

 

 レッカが、伏せていた手札を表にした。

 相手のユニットすべてに3点ダメージを与えるアクション――《焦土の奔流》。

 

(そっちも握ってたのかよ)

 

「なら、大噴火の前に《焦土の奔流》だね。ファクターを一枚スリープして、1コストでプレイする」

「小人を全部焼いてから、大噴火……?」

「そうだ」

 

 俺は《足並みを揃えて》を指先で少し前へ押し出した。

 

「<クイック>がありますので、小人さんたちはこちらで守れますわ。4/4に強化されれば、三点火力では倒れませんもの」

「そう。その一枚を、先に使わせる」

 

 リツが短く頷いた。

 

「《足並みを揃えて》の強化はターン終了時まで。次のわたくしの攻撃ステップまでは残りませんわ。さらに、レッカさんの場には立っている《イグナリアの一番槍》が二体残ります」

「それから、残ったアクティブの二十二枚を破棄して22コストで《グラナヴァ火山の大噴火》をプレイする。メイさんはライフ四からマイナス十八。やっぱり十五点回復しても届かない」

 

 俺はその二枚の槍兵へ視線を移した。

 

「仮に噴火を防げる札を持っていて、返しのターンに二枚目の《足並みを揃えて》を引いたとしても、槍兵二体がブロッカーとして立ちはだかりますわ。貫通で抜けてくるのは、二十四点から四点を引いた二十点」

「俺のライフは二十二だから……二点残るじゃねえか!」

 

 レッカが、縦向きのまま残された槍兵を凝視した。

 ただ攻撃に参加させなかっただけの二枚が、急に盤面の生命線に見えてきたらしい。

 俺の脳裏には、攻めの切り札を守りに吐かされて立ち往生する小人たちの光景が鮮明に浮かび上がっていた。

 

「同じ札でも、使う順番と攻撃に出す数で、ここまで変わる。詰めるなら、そこまで考えたいね」

 

 リツのあまりに真っ当な説教に、俺は思わず口元を手で覆った。

 レッカが恨めしそうにこちらを見てきたので、大急ぎでお嬢様らしい澄まし顔に戻そうとしたが、わずかに間に合わなかった。

 

「メイまで笑うなよ!」

「ごめんあそばせ。勝った方が、こんなに叱られているものですから」

「そうだろ!? 勝ったのは俺だぞ! なんで俺が説教されてんだよ!」

「ええ。勝ち声は、お店中によく響いておりましたわ」

 

 隣の席から、堪えきれなくなったような笑い声が漏れた。

 萌木コハルだ。レッカとは気心の知れた幼馴染で、今日も一緒に店へ来ていた彼女が、椅子の背もたれに腕を乗せて楽しそうにこちらを見ている。

 

「でも、すっごくレッカらしかったよ。全部つぎ込んじゃうところ」

「だろ!? 男のロマンだろ!」

「そのあとリソース切れて困るところまで、いつものセットだけどね」

「今日は困ってねえ!」

 

 その通りだ。

 今日、頭を抱えて困ったのは敗者である俺のほうだ。

 人の支払い方を笑っている場合ではない。

 

「……わたくしも、第二ビルドフェイズでの判断を見直さなければいけませんわね」

 

 六人の小人トークンを、二体ずつに分ける。

 回復、回復、回復。

 あの瞬間は、それが最善手だと思っていた。手札には《足並みを揃えて》という確実なフィニッシャーがある。ならば、次のターンを迎えるために、できるだけライフを戻しておこうと。

 だが、手札の三枚を何度見直しても、プレイヤー本体へ飛んでくる直撃火力は一枚も防げなかった。

 

「一回、ドローに回してたら?」

 コハルが、小人の最後の一組を指差す。

「ライフは三十六ですわ」

 

 俺は、まだ崩していなかったデッキの山へと指を伸ばした。

 <再誕>で引き込んだ三枚の、すぐ次。

 一番上のカードを、静かにめくる。

 

 ――《妖精の帳》。

 

「……そこにいらっしゃいましたのね」

 

 思わず、カードを挟む指先に微かな力が入った。

 薄いヴェールの向こうで、可憐な妖精がこちらへ微笑みかけている。

 指定したカードが与えるダメージをすべて軽減し、さらに1枚ドロー。小人を守る札は持っていた。喉から手が出るほど欲しかったのは、プレイヤー本体を焼き払う大噴火を受け止められる、この一枚だったのだ。

 

(あと一枚、下だったかよ……!)

 

 負けた直後にめくるトップというのは、どうしてこうも劇的な顔をして現れるのだろう。

 レッカが、俺の指先を食い入るように覗き込む。

 

「それなら、噴火を止められたのか?」

「ええ。0コストで止めることができますわ」

 

 俺は手元の《七人のまとめ役》を引き寄せた。

 残る二枚の横に、今めくった《妖精の帳》を並べる。

 

「小人さんの仕事で一枚引いていれば、そのとき手札に入ったのが《七人のまとめ役》。そして<再誕>で引く三枚は、そのまま下へ一枚ずれますの」

 

 《魔法を解く指先》。

 《森の小さな働き手》。

 ――そして、《妖精の帳》。

 

 三枚目まで、ぴったり届いていた。

 レッカの猛烈な火砕流へこの薄い布を滑り込ませ、完全に無効化する盤面が、今さら頭の中に広がっていく。

 

「さっきの手順なら、三十六から四十点を受けてマイナス四。《物語は終わらない》で十一へ戻ってから、《妖精の帳》で二十三点の大噴火を封じることができますわ」

「そんで返しに二十四点……って、今度は俺が負けんのかよ!」

「そのままの進行でしたら、今度はわたくしの勝ちでしたわね」

「うわあぁ……!」

 

 レッカが、俺以上に嫌そうな顔をして頭を抱えた。

 回復を一回減らしていれば、竜王だけの攻撃でも祈りに手が届く。

 そのあとの《焦土の奔流》には《足並みを揃えて》、大噴火には《妖精の帳》。

 即座に勝ちを返せるわけではない。それでも、次のターンへ繋ぐ二枚が、卓の上に並んでいた。

 

「ただし、先に《焦土の奔流》を使われていたら、わたくしも簡単には勝てませんわ。小人さんを守るために《足並みを揃えて》を使いますし、そちらには槍兵が二体残りますもの」

「なら、まだ終わりじゃねえな。そっからもう一勝負だ!」

「ええ。わたくしが一枚引くかどうかでも、正しい攻め方は変わりますわね」

 

 俺は《妖精の帳》を、他のカードと丁寧に揃えた。

 山札の上を見てからなら、ドローしておけばよかったと後知恵で語ることはいくらでもできる。

 だが、実戦の渦中にあった俺には、この一枚があと一枚のところにあるなど、知りようもなかった。

 考えるべきなのは――知らなくても、引きにいくべき根拠が盤面にあったかどうかだ。

 火力を防げない手札。次に確実に仕留めるための小人六体。そして、物語を終わらせない意志。

 ライフを四点増やす以外にも、次のターンへ繋ぐための道は確かに存在していたのだ。

 

「あとで、もう一度勝負ですわ。お付き合いなさる?」

「おう、付き合うぜ!」

 

 レッカが即座に身を乗り出した。

 

「次は槍兵を残す! そのうえでもう一度、俺が勝ってやるぜ!」

「望むところですわ。その上から完璧に叩き潰してさしあげます」

「言ったな? 上等だ、やってみろよ!」

 

 言った。

 この約束を取り付けるためなら、負けた直後に令嬢らしく少し強がってみせるくらい、安いものだ。

 





《イグナリアの一番槍》赤・1F/1C
 イグナリア/ユニット/人間
 速攻
 あなたのアクティブ状態の赤のファクターが2枚以上あるならば、このユニットは+1/+1の修整を受ける。
 3/2
—
「俺が道を開く。灰になる前に続け!」

---
《グラナヴァ火山の大噴火》赤・1F/XC
 イグナリア/アクション
 このカードのコストを支払う間、あなたのファクターは<バースト>を持つ。(<バースト>を持つファクターは、アクティブ状態のときにこれを破棄してコストを支払ってもよい)
 相手プレイヤー1人を対象とする。このカードのコストを支払うために<バースト>したファクター1枚につき、そのプレイヤーに1点のダメージを与える。
—
 山頂が消えた。次に、空が消えた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。