おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「ほーい。感想戦は、なかなかエンドフェイズが来ませんねえ」
通路のほうから、落ち着いた声がかけられた。
ゆったりした白いシャツに、紺のエプロン。片方だけ袖を捲った汐見ナギが、レッカの足元のリュックを指差している。
肩までの淡い水色の髪は、白に近い。あちこちへ跳ねた毛先に、左側だけ細い三つ編み。右側の髪留めは、気の抜けた顔をしたクラゲだ。本人も、青緑の垂れ目をのんびり細めている。
「続きの前に、鞄は椅子の下へお願いしまーす。通路での場所取りは、鞄さんも禁止ですよー」
「あ、すみません!」
レッカが慌てて鞄を抱え直した。片方の肩紐が椅子の脚に引っかかり、もう一度持ち上げてから押し込む。
空いた通路を、カードの束を抱えた客が抜けていった。ナギさんは軽く会釈し、ずれていた隣の椅子も片手で卓へ寄せる。
動きまでのんびりして見えるのに、誰も待たせない。
ナギさんは店長を除けば『シャッフル』唯一の店員だ。二十代前半くらいに見えるが、正確な年齢は知らない。言動は独特だが、良い人だ。
そして、仕事が滅茶苦茶できる。
店に来た時も、カウンターで買取査定をしていた。スリーブから抜いたカードを照明へ傾け、表と裏を確かめて、手元へ置く。次のカード。次のカード。その間にも、入り口からの挨拶にはきっちり返す。
あまりに早いので、ちゃんと見てるのかと思うくらいだ。
ところが、減額の理由を尋ねられると、カードを持ち直して傷を示す。
「ここですね。右上の角、少し白くなってます。表はきれいなんですけど、裏から見ると分かりやすいですよ」
言われた客が顔を近づけ、ああ、と頷いていた。
傷を確かめられる向きでカードを渡し、納得してもらってから次へ進む。そこは急がない。それでも、俺たちが席に着く頃には査定が終わっていた。
ショーケースの陳列も上手だ。関連するカードが近くにまとまっていて、欲しい一枚を探すついでに、もう一枚欲しくなる。
あれは危険。財布に対して。財閥令嬢でも自分の財布は別なのだ。
大会運営もお手の物で、どこの店でも喉から手が出るほど欲しくなる万能店員だ。『シャッフル』が回っているのは、この人のおかげと言ってもいい。
その上、クロスファクターもめっちゃ強い。
メインデッキは【カルムテンポ】。しかも、ピッカピカのフルフォイルかつフルアートで揃えられている。
前に対戦を眺めた時は、カードを置くたび、卓の上に違う色の光が走っていた。
相手が考え込んでいる間、本人はずっとあの調子。ゆったりした声で次の行動を確認して、気づけば勝っている。
あの見た目に油断して挑むと、たぶん痛い目を見る。
てか、あの人の持ってる《薄暮の静寂、イブニング・カルム》の一枚、多分
まあ、そんなこんなで凄い人ではある。言動は変だけど。
そんなナギさんは、シングルカードの値札を束にして持っていた。先ほどまでショーケースの前にいたので、補充と並べ替えの途中なのだろう。
リツも姿勢を正し、通路を一歩譲った。
「すみません、僕も邪魔でしたね」
「いえいえー。空いてる椅子をどうぞ。そちら人間用なので、リツ君も座れます。もうすぐイベントですから、それまでごゆっくりー」
「人間用なら安心ですね」
リツはさらりと返して腰を下ろした。こういうところで真面目に付き合えるのは、ちょっと凄いと思う。
「人間用じゃなかったら何用なんですか」
「精霊用ですかねぇ。ちなみに兼用できますよー」
流せなかったレッカとのやり取りを尻目に、卓を片付ける。
俺は卓の端に広がっていたトークンを手早く回収した。レッカも自分のカードを集め、コハルが卓の向こうに残っていた一枚を差し出す。
「これも、レッカのですよね?」
「おう、サンキュ。危ねえ、置いて帰るとこだった」
「さっきまで、あんなに大事そうに出してたのに」
「いや、忘れてねえって! 最後に取ろうとしてただけだ!」
コハルが笑い、レッカは受け取ったカードをデッキへ戻す。つい先ほどまで大火山が噴煙を上げていた戦場の中央に、ローダーに入った卓番号札がナギさんの手から置かれた。
ナギさんはそれを卓の縁に沿ってまっすぐ揃えると、空いた椅子の数を確かめ、次の卓へ向かった。
窓から差し込む夕茜の光が、スリーブの縁を鈍く照らしていた。
こうして片付けてしまえば、盤面を焼き尽くしたあの大噴火も、厚さ一ミリにも満たないただの紙切れ一枚だ。それをレッカは、傷をつけないよう大事そうに指先で摘まんでいる。
デッキへ戻す直前に、もう一度、絵柄を眺める。勝った時の顔とは少し違う、口元だけの笑みが浮かんだ。
分かる。好きなカードが決めてくれた試合は、片付ける時まで嬉しい。
今は負けた側なので、ちょっと羨ましいけどな。
「レッカ、最後の火山、いい音鳴らしてたな」
レジカウンターの奥から、店長の蔵前ソウジが低く笑いながら声をかけてきた。
「店長、見てたんですか!」
「店中によく響いてたからな。音だけは一丁前だったぞ」
「……うっ。すみません、ちょっと熱くなっちまって……」
「次はもう一声抑えめにな。竜王の咆哮はお前の喉から出さなくても、卓のスピーカーがしっかり鳴らしてくれるからよ」
コハルがまたぷっと吹き出し、レッカが照れくさそうに頭を掻く。
「次は、もうちょい静かに勝ちます!」
「あら。次も勝てるおつもりですの?」
「おう! 次だって負けねえぜ!」
声が戻っている。さっき注意されたばかりだぞ。
店長も同じことを思ったのか、人差し指を口元へ立てた。レッカは口を押さえ、今度こそ小さく頷く。
店長は苦笑しながらカウンター前の小学生に向き直り、ストレージのカードを探す手伝いを再開した。
箱の中で仕切り板が動き、束になったカードがぱらぱらと鳴る。ショーケースのほうからは、目当てのカードを見つけた客の声。ナギさんが値札を置き、鍵を取り出して応じていた。
隣の卓からは、次の対戦に向けてカードをシャッフルする乾いた音が響いている。
制服姿の客も増えてきた。鞄を椅子の下へ押し込み、ケースからデッキを取り出す。友達を待っているらしい一人は、卓に広げたカードの前で、腕を組んで唸っていた。
あの一枚を抜くか、こっちを抜くか。離れた席からでも、何を悩んでいるかはだいたい分かる。
こういう光景を見ると、俺までデッキをいじりたくなる。
世界が変わっても、変わらない風景がそこにはあった。
こんな変哲もない日常を守り、カードの楽しさを広めて行く。
それが、財閥令嬢として生まれ変わった俺の使命だと思っている。
まぁ、ノブレス・オブリージュってやつだわな。
俺は最後に残った《森に迎えられた姫、スノウ》を拾い上げ、凛としたイラストをじっと見つめてからデッキへと戻した。
(今日も、よく働いてくれたな)
スリーブの角を揃え、束になったカードを軽く卓へ当てる。
勝たせてやれなかった悔しさは確かにある。だがそれは、次のゲームで俺自身が取り返せばいい。さっきの感想戦で話したことも、まだ頭に残っている。忘れる前に、ログと一緒に見直しておきたい。
白い革装に金の縁取りを施した、本の形のクロスホルダーを手元へ引き寄せる。重厚な表紙を指先でなぞると、液晶画面が淡く発光し、直前のログがポップアップした。
『MATCH RESULT:LOSE』
分かっている。もう一度見せなくて結構だ。
記録をアーカイブへ保存し、画面をスワイプして閉じようとした――その時。
チリン、と入口のドアベルが涼やかな音を立てた。
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《薄暮の静寂、イブニング・カルム》青・5F/3C
ミストヴェイル/レジェンド・ユニット[カルム]/ドラゴン
<構築制限>-ミストヴェイル
<クイック>"飛翔" "守護(3)"(相手が、自分のカードや能力の対象としてフィールドのこのカードを選ぶには、追加で3コストを支払わなければならない。)
このユニットがフィールドに出たとき、相手のソース1つまでと相手のエンティティ1つまでを対象とする。そのソースとエンティティを持ち主の手札に戻す。
2C、これ以外のあなたのエンティティ1つを持ち主の手札に戻す:相手のソース1つを対象とし、それを手札に戻す。この能力は各ターンに1回しか起動できない。
あなたのエンドフェイズの開始時に、あなたのスリープ状態のファクターを2枚まで選び、アクティブにする。
5/7
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汐騒の彼方に答えを見たとしても、凪に閉ざされた真実には辿り着けない。
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