おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「ほーい。感想戦は、なかなかエンドフェイズが来ませんねえ」
通路のほうから、のんびりした声がかかった。
ゆったりした白いシャツに、紺のエプロン。片方だけ袖を捲った汐見ナギが、レッカの足元のリュックを指差している。
肩までの淡い水色の髪は、白に近い。あちこちへ跳ねた毛先に、左側だけ細い三つ編み。右側の髪留めは、気の抜けた顔をしたクラゲだ。本人も、青緑の垂れ目をのんびり細めていた。
「続きの前に、鞄は椅子の下へお願いしまーす。通路での場所取りは、鞄さんも禁止ですよー」
「あ、すみません!」
レッカが慌てて鞄を抱え直す。肩紐が椅子の脚に引っかかり、もう一度持ち上げてから押し込んだ。
空いた通路を、カードの束を抱えた客が抜けていく。
リツも卓から少し身を引いた。
「すみません、僕も邪魔でしたね」
「いえいえー。空いてる椅子をどうぞ。そちら人間用なので、リツ君も座れます。もうすぐイベントですから、それまでごゆっくりー」
「人間用なら安心ですね」
リツはさらりと返して腰を下ろした。こういうところで真面目に付き合えるのは、ちょっと凄いと思う。
「人間用じゃなかったら何用なんですか」
「精霊用ですかねぇ。ちなみに兼用できますよー」
流せなかったレッカを置いて、ナギさんはずれた椅子を卓へ寄せた。
エプロンのポケットから卓番号札を出し、空いた端へ置く。角を揃え、通路をもう一度確かめてから、ショーケースのほうへ戻っていった。片手には、シングルカードの値札の束がある。
ナギさんは、店長を除けば『シャッフル』唯一の店員だ。二十代前半くらいに見えるが、正確な年齢は知らない。
言動は変わっている。でも、仕事は滅茶苦茶できる。
すぐ近くの卓では、店長がまだティーチングを続けていた。教わっている少年は、カードの説明を真剣に聞いている。
店長があちらに付きっきりでも、ナギさんは買取や販売の合間に、こうして対戦席まで見てくれている。
俺たちが店に来たときも、カウンターで買取査定をしていた。
スリーブから抜いたカードを照明へ傾け、表と裏を確かめて置く。次のカード。次のカード。その間にも、入口からの挨拶にはきっちり返す。
あまりに早いので、ちゃんと見てるのかと思うくらいだ。
ところが、減額の理由を尋ねられると、カードを持ち直して傷を示す。
「ここですね。右上の角、少し白くなってます。表はきれいなんですけど、裏から見ると分かりやすいですよ」
客が顔を近づけ、ああ、と頷いていた。
傷を確かめられる向きで渡し、納得してもらってから次へ進む。そこは急がない。それでも、俺たちが席に着くころには査定が終わっていた。
ショーケースの陳列も上手い。関連するカードが近くにまとまっていて、目当ての一枚を探すと、隣の一枚まで欲しくなる。
あれは危険。財布に対して。財閥令嬢でも自分の財布は別なのだ。
大会運営もお手の物だし、どこの店でも欲しがる人材だろう。
その上、クロスファクターもめっちゃ強い。
メインデッキは【カルムテンポ】。しかも、ピッカピカのフルフォイルかつフルアート。
前に対戦を眺めていたときも、相手が考え込む横で、本人はずっとあの調子だった。ゆったりした声で次の行動を確認して、気づけば勝っている。
てか、あの人の持ってる《薄暮の静寂、イブニング・カルム》の一枚、多分
そんなことを考えている間にも、ナギさんは客に呼ばれてショーケースの鍵を開けていた。
俺たちも、ようやく卓を片付け始める。
感想戦に使った小人トークンを集め、散らばった手札を揃えていくと、コハルが卓の向こうに残っていた一枚を拾った。
「これも、レッカのだよね?」
「おう、サンキュ。危ねえ、置いて帰るとこだった」
「さっきまで、あんなに大事そうに出してたのに」
「いや、忘れてねえって! 最後に取ろうとしてただけだ!」
受け取ったのは、《グラナヴァ火山の大噴火》だった。
レッカは束へ戻そうとして、ふと手を止める。窓から差す夕茜に、スリーブの縁が光った。
さっきまで盤面を焼き尽くしていた大火山も、こうして持てば、ただの紙切れ一枚だ。それを傷つけないように摘まみ、もう一度絵柄を眺めている。
勝ち声を上げたときとは少し違う、口元だけの笑みが浮かんでいた。
分かる。好きなカードが決めてくれた試合は、片付けるときまで嬉しい。
今は負けた側なので、ちょっと羨ましいけどな。
「レッカ、最後の火山、いい音鳴らしてたな」
ティーチングをしていた店長が、こちらへ顔を上げた。
蔵前ソウジ。少年の前に広げたカードを揃えながら、低く笑っている。
「店長、見てたんですか!」
「すぐそこで聞いてたからな。音だけは一丁前だったぞ」
「……うっ。すみません、ちょっと熱くなっちまって……」
「次はもう一声抑えめにな。竜王の咆哮はお前の喉から出さなくても、卓のスピーカーが鳴らしてくれるからよ」
コハルがまたぷっと吹き出し、レッカが照れくさそうに頭を掻いた。
「次は、もうちょい静かに勝ちます!」
「あら。次も勝てるおつもりですの?」
「おう! 次だって負けねえぜ!」
声が戻っている。さっき注意されたばかりだぞ。
店長も同じことを思ったのか、人差し指を口元へ立てた。レッカは口を押さえ、今度こそ小さく頷く。
教わっていた少年も、ちょっと笑っていた。
「じゃあ、続きだ。今度は自分で動かしてみよう」
店長が少年の手元へ視線を戻す。
少年は手札と盤面を見比べ、それから一枚をファクターに置いた。店長は頷き、次の一手を待っている。
ショーケースのほうでは、ナギさんが取り出したカードを客に見せていた。隣の卓からは、シャッフルする乾いた音が響いてくる。
制服姿の客も増えてきた。鞄を椅子の下へ押し込み、ケースからデッキを取り出す。友達を待っているらしい一人は、卓に広げたカードの前で腕を組んでいた。
あの一枚を抜くか、こっちを抜くか。離れた席からでも、何を悩んでいるかはだいたい分かる。
こういう光景を見ると、俺までデッキをいじりたくなる。
世界が変わっても、変わらない風景がそこにはあった。
こんな変哲もない日常を守り、カードの楽しさを広めていく。
それが、財閥令嬢として生まれ変わった俺の使命だと思っている。
まぁ、ノブレス・オブリージュってやつだわな。
やがて説明がひと区切りついたらしく、店長が席を立った。
「分からなくなったら、また呼んでくれな」
「はい。ありがとうございます」
少年は卓に残り、教わったカードを一枚ずつ読み返し始めた。店長はその肩を軽く叩き、カウンターへ戻っていく。
俺も、手元に残っていた《森に迎えられた姫、スノウ》を拾い上げた。
凛としたイラストを見つめてから、デッキへ戻す。
(今日も、よく働いてくれたな)
勝たせてやれなかった悔しさは、次のゲームで取り返せばいい。
その前に、回復を一回ドローに替える話だ。頭に残っているうちに、ログと一緒に見直しておこう。
白い革装に金の縁取りを施した、本の形のクロスホルダーを引き寄せる。
表紙に触れると液晶画面が淡く光り、直前の記録が開いた。
『MATCH RESULT:LOSE』
分かっている。もう一度見せなくて結構だ。
記録をアーカイブへ保存し、画面をスワイプして閉じようとした――そのとき。
チリン、と入口のドアベルが涼やかな音を立てた。
《薄暮の静寂、イブニング・カルム》青・5F/3C
ミストヴェイル/レジェンド・ユニット[カルム]/ドラゴン
<構築制限>-ミストヴェイル
<クイック>
"飛翔"
このユニットがフィールドに出たとき、相手のソース1つまでと相手のエンティティ1つまでを対象とする。そのソースを打ち消す。これによりそのカードが墓地に置かれるなら、代わりに持ち主の手札に戻す。その後、そのエンティティを持ち主の手札に戻す。
2C、これ以外のあなたのエンティティ1つを持ち主の手札に戻す:相手のソース1つを対象とする。それを打ち消す。これによりそのカードが墓地に置かれるなら、代わりに持ち主の手札に戻す。
5/7
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汐騒の彼方に答えを見たとしても、凪に閉ざされた真実には辿り着けない。