おとぎの国のクソデッキ〜ホビアニ世界の転生お嬢様、前世の禁止デッキをぶん回す〜 作:模範的セルフィア市民
「こんにちは」
聞き慣れた、澄んだ声に指が止まった。
自動ドアをくぐってきた少女が、カウンターへ戻った店長に小さく会釈している。肩甲骨の下まで伸びた、青みがかった紫の髪がさらりと揺れた。横へ流した前髪には、小さな銀のヘアピン。制服の襟もリボンも、きちんと整っている。
スクールバッグを肩にかけ直し、店内を見渡した彼女と目が合った。
俺が手を上げるより早く、こちらへ歩いてくる。
ショーケースの前にいた客が、彼女を見て隣の友人の袖を引いた。気づいたシオンが笑顔で頭を下げると、向こうも慌てて会釈を返す。
本人はもう慣れたもので、足を止めずに卓の間を抜けてきた。
「シオン!」
レッカの声が、再び店内に響きかけた。
カウンターへ向かっていたナギさんが、無言でジト目を向ける。レッカは慌てて口を押さえ、声を落とした。
「今日、来るって聞いてなかったぞ」
「さっき、取材の仕事が終わったの。メイに用があって、ここにいるって聞いたから」
シオンの青紫の瞳が、俺たちの卓へ向く。
まとめかけのカード。レッカの手元に残っている《グラナヴァ火山の大噴火》。そして、俺の顔。
「――負けたの?」
挨拶よりも早く、そこを突いてくるか。
「ごきげんよう、シオンさん。お仕事、お疲れさまでしたわ」
シオンが「うわ、キツ」とでも言いたげな目を向けてくる。
しかたねーだろ。俺だって喋りたくてこんなふうに喋ってるわけじゃない。
さっきまで客へ向けていた愛想のいい顔は、もうどこにもなかった。せめて挨拶が終わるまでは保たせてくれないか。
「で、負けたのね」
「二度もお聞きになることかしら?」
彼女の口元が、ほんのわずかに緩んだ。
水瀬シオン。
俺と同じ高校に通う同級生にして、校内ランキング戦第一位。高校生ながら第一線で活躍するプロプレイヤーで、御伽が運営するプロチームの看板選手でもある。
そして、他の奴らには秘密にしていることが一つ。
こいつも俺と同じ転生者で、前世からの友人なのだ。
最も気兼ねなくカードを叩き合える、俺の最高の友人である。
ちなみに、前世の性別は俺と違って女だ。名前も姿もほとんど同じ。黒かった髪が、アニメっぽい紫色になったくらいだ。
プロプレイヤーのドラフト候補にこいつの名前が出てきたときは、ひっくり返った。
強権発動して縁故採用で一位指名させてもらったわ。
で、その看板選手様が、今は俺の手元を覗き込もうと、少し身を屈めている。
視線がホルダーと俺の顔を行ったり来たりしていた。早く見せろ、と言わんばかりだ。
俺は観念して、ホルダーの記録を彼女へ向けた。
『−8』という数字が、二人の間に浮かび上がる。
「最後は二十三点、まとめてぶっ放してやったぜ!」
レッカが誇らしげにカードを差し出した。
シオンは「見てもいい?」と断ってから受け取り、テキストへ目を走らせる。
「破棄したファクターは?」
「全部!」
「その使い方を、今ちょうど反省していたところだよ」
リツがすかさず付け加えた。
勝ったはずのレッカが、ちょっと嫌そうな顔をする。
それでも、シオンが返した火山を受け取る手つきは丁寧だった。ほかのカードとは少し離れたところへ、そっと置く。
プレイングの反省と、こいつで勝った嬉しさは別らしい。それでいいと思う。俺だって、自分の好きなカードで勝った試合は何度でも話したい。
シオンは空いた椅子を引いて俺の隣へ座った。鞄は椅子の下へ。コハルも少し席を詰め、ホルダーの画面を覗き込む。
もう片付けるはずだった卓で、またログの再生が始まった。
俺は音量を落とし、見やすいようにホルダーを卓の中央へ寄せた。
画面の中で竜王が翼を広げ、二体の槍兵がその後を追う。さっき俺を殴り倒した連中が、小さくなると少し可愛く見えた。やられたことは、ちっとも可愛くないが。
レッカが何か言いかけて、口を閉じる。シオンが画面を見終えるまで、膝の上で指を動かして待っていた。
「レッカは、竜王を出す前から大噴火まで考えてた?」
「おう。殴るだけじゃ《物語は終わらない》で起き上がってくるだろ? 先に使わせて、起きたところを焼いてやろうってな」
「最後まで削り切る手段を残していたのは、いい着眼点ね」
レッカの背筋が、ぴんと伸びた。
「だよな!」
「その前に三枚引かせて、大噴火を防ぐ札を探させちゃったわけだけど」
「……ぐっ。そこはさっき、嫌ってほど聞いたって」
せっかく伸びた背筋が縮む。
リツが、横で深く頷いていた。
「槍兵は残す。《焦土の奔流》で守りを吐かせて、噴火は二十一点。止められても、ブロッカーが二体いる。もう覚えたぜ」
「うん。次の攻撃にも備えられるね」
レッカは今度こそ素直に頷いた。
シオンの指が画面に触れ、ログが巻き戻った。俺が小人たちを仕事に回している場面で、再生が止まる。
「スノウは、三回とも回復?」
「ええ。《妖精の帳》まで、あと一枚でしたの」
俺は、さっき揃えたばかりのカードの束から、その一枚を抜いて見せた。
薄いヴェールの向こうで微笑む妖精。負けたあとに山札の一番上から出てきた、いちばん欲しかった札だ。
卓へ置くと、スリーブに天井の照明が白く映り込んだ。少し角度を変え、シオンの側からも絵柄が見えるようにする。
あと少し早く、この手で出したかった。テキストを読み上げて、あの大火山を止めてやりたかった。
「一回ドローに回していれば、<再誕>で届いていましたわ」
「惜しかったね」
さらりと言われて、また悔しくなった。
何度見ても、こいつが手札へ来るのは一枚遅い。
「ただ、次の札まで見えていたわけではありませんわ」
「うん。だから、次に同じ手札でも回復する?」
シオンの指が、ログに映る俺の手札を示した。
小人とスノウを守る札はある。俺自身を守る札はない。
それは、山札をめくる前から分かっていたことだ。
「……そのときは、わたくしを守る一枚を探しにいきますわ」
シオンは短く頷いた。それ以上、何も言わない。
さっき、自分でも同じことを考えたばかりだ。分かっているのに、目の前で聞かれるとちょっと言い訳したくなる。
そういうところまで、こいつには見透かされている気がする。
「それにしても、人の負けた試合となると熱心ですこと」
「メイが何を考えてたのか、気になるから」
「悪趣味ですわ」
「そっちは、私が負けたらログを見せてって言わない?」
そりゃ言うよ。全力で言うよ。
こいつを倒した相手が、どんなデッキで何をしてきたのか。手札はどうだったか。他に返し方はなかったか。
聞きたいことが頭に浮かんできて、言い返せなくなった。シオンは俺の顔を見て、また口元だけで笑う。
その横から、レッカが身を乗り出した。
「次は逃げ道まで潰して勝ってやる。見てろよ!」
「そのときは、わたくしも一枚探しにいきますわ。今度は通しませんことよ!」
「分かってるって!」
レッカとのやり取りに、コハルが楽しそうに笑った。
勝った側も負けた側も、まだカードをケースにしまえない。
シオンは《妖精の帳》を、俺のほうへそっと押し戻した。
「今日も【スノウ】? 本当好きだね」
「ええ。ご覧の通り、たくさんお仕事をしていただきましたわ」
「相変わらず人使いが荒いわね」
「そのおかげで、ライフ四十点まで戻りましたのよ」
「それが、マイナス八点」
「……勝った方より、あなたのほうが容赦ありませんわね?」
コハルが口元を押さえ、肩を揺らした。
シオンは涼しい顔のままだ。
俺がどれだけ悔しがっているか、分かった上で言っている。昔から、そういうところは変わらない。
いささか癪に障るが、こちらも遠慮なく言い返せる相手だ。
ひとたび盤面を挟めば、今度は予想もしなかった一手を返してくる。
だからこそ、こいつとのカードゲームはたまらなく面白い。
まだまだ紙はしばき足りないな。
《妖精の帳》白・2F/0C
フェイブルーン/アクション
<クイック>
ソース1つかエンティティ1つを対象とする。このターン、それが与えるダメージをすべて軽減する。
—
「しーっ。怖いものが通るから、続きは小さな声でね。」