ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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1話 異世界!

 

 

 快晴であった。

 

 事務所の玄関を出て空を見上げた横島忠夫は、昨日の激しい雨が嘘のような青空に向かって、景気よく拳を突き上げた。

 

「よっしゃ、いっちょうお仕事しますかね!」

 

 声だけは威勢がよかった。

 

 このところ続いたデスクワークから、ようやく解放されたのである。資料整理、報告書、請求書、見積書。横島にとって、悪霊よりも退屈で、美神令子の説教よりも長く感じられる敵たちだった。

 

 もちろん、仕事である以上、手を抜くわけにはいかない。

 今の横島は、昔のように「美神さんの助手でーす」と軽く名乗っていれば済む立場ではなくなっている。現場に出れば、それなりに依頼人からも見られる。舐められれば交渉にも響く。そういうことを、美神から何度も何度も何度も叩き込まれてきた。

 

 だから今日も、スーツだった。

 

 仕立ての良いそれは、横島の体にきちんと合っている。昔から比べれば、背筋も伸び、肩幅もつき、表情も少しは大人びた。黙っていれば、それなりに見栄えのする男である。

 

 黙っていれば、だが。

 

「うーん、やっぱ肩こるな、これ」

 

 横島は凝り固まった肩を大きく回した。

 そのまま腕を頭上へ伸ばし、背筋を反らす。

 

 スーツの生地がわずかに突っ張る。

 

「昔みたいにジージャンで現場に行ければ楽なんだけどなあ。今の立場じゃそうもいかんし。美神さんも『しゃんとしなさい』ってうるせえし」

 

 美神令子の声が、脳内で鮮明に再生される。

 

 横島君。

 仕事は第一印象が大事なのよ。

 だらしない格好で来た霊能者に、誰が高い料金を払うと思ってるの?

 

 その後に、料金表を片手にした美神の笑顔まで浮かんだ。

 

 横島は一瞬で背筋を伸ばした。

 

「……ま、しわになったらクリーニングに出せばいい。それくらいは稼いでるんだしな」

 

 この場にいない美神へ、精一杯の見栄を張る。

 

 もっとも、本人が目の前にいれば「稼いでから言いなさい」と即座に切って捨てられるだろう。

 そして、その言葉に反論できるほど、横島はまだ強くない。

 

 霊能者としては強くなった。

 人間としても、昔よりは成長した。

 だが、美神令子相手の口喧嘩で勝てるかと言えば、それはまた別の話だった。

 

「ちぇ。いない相手に負けた気分になるの、なんか納得いかねえな」

 

 ぶつぶつ言いながら、横島は手元へ意識を向けた。

 

「さて、文珠の数は……ひい、ふう、みい……」

 

 横島の周囲に、小さな光がいくつも浮かんだ。

 

 文珠。

 

 世界でも横島忠夫ただ一人しか作り出せない、霊力の凝縮体である。

 

 込めた文字に応じて効果を発揮する、反則じみた切り札。

 攻撃、結界、回復、封印、転移。

 使い方次第では、どんな状況でも突破口を作り出せる。

 

 もちろん、便利なだけの道具ではない。

 

 込める文字。

 込める意志。

 消費する霊力。

 そして、それを扱う横島自身の集中力。

 

 ひとつでも噛み合わなければ、期待した効果は出ない。

 雑に使えば暴発もする。

 何より、横島の文珠は万能に見えて、横島の発想力に大きく左右される。

 

 それでも、彼にとっては長年使い込んだ相棒のようなものだった。

 

「よし、十分あるな」

 

 数を確認し、横島はひとつ頷く。

 

 今日の仕事は、そこまで厄介な案件ではない。

 少なくとも、依頼内容の上では。

 

 行って、見て、処理して、戻る。

 その程度で済むはずだった。

 

「美神さんは珍しく風邪でダウン中。文珠で移動したって、うるさいお説教は飛んでこねえ。ちゃっちゃと片付けて、帰って……」

 

 そこまで言って、横島の顔がだらしなく崩れた。

 

「んでもって、その後は弱った美神さんの寝込みを……ぐへへ」

 

 道行く通行人が、横島を見た。

 

 次の瞬間、悲鳴を上げて反対側の歩道へ逃げていく。

 

 横島は気づかない。

 

 いつものことである。

 

「いやいや、違うぞ。俺は別にやましいことを考えているわけではない。弱った美神さんを看病する。そう、看病だ。おかゆを作り、額の汗を拭き、優しく『横島君……今日は頼りになるわね』なんて言われたりして……」

 

 妄想の中で、美神が薄く微笑む。

 

 横島は鼻の下を伸ばした。

 

「ぐへへへへ」

 

 さらに別の通行人が足早に離れていく。

 

 もしこの場に美神がいれば、間違いなくかかと落としが飛んでいただろう。

 だが幸い、今日の美神はいない。

 

 横島は気を取り直すように咳払いをした。

 

「まあ、妄想は帰ってからだ。仕事仕事」

 

 『転』。

 

 『移』。

 

 二つの文字を、それぞれ文珠へ込める。

 

 微弱な霊力を流し込むと、文珠は柔らかな光を放った。

 淡かった光が、徐々に強くなる。

 周囲の空気が、わずかに揺らいだ。

 

 横島は視線を上げた。

 

 ビル群に囲まれた古びた事務所が、いつもと同じようにそこにある。

 外見だけなら、少し年季の入った雑居ビルにしか見えない。

 

 だが、その建物には人工幽霊が憑依していた。

 

「んじゃ行ってくっから。留守番頼んだぜ!」

 

「はい、お気をつけください。横島さん」

 

 返事をしたのは、建物そのものだった。

 

 事情を知らぬ者が聞けば腰を抜かす光景だが、横島にとってはすっかり日常である。

 

 横島は慣れた様子で手を振った。

 

「帰ったら美神さんの様子も見てやってくれよ。俺だと、色々と誤解されかねんからな」

 

「横島さんが誤解されることをなさらなければよいのでは?」

 

「そんなこと言う?!」

 

 返ってきた声は、柔らかい。

 だが、内容は容赦がなかった。

 

 横島はがっくりとうなだれたが、すぐに気を取り直す。

 

「ま、いいや。行ってくる!」

 

 文珠の輝きが頂点に達した。

 

 光が横島の全身を包み込む。

 

 そして。

 

 横島忠夫は、その場から消えた。

 

 ほんのしばらく。

 

 この世界から。

 

     ◇

 

 南国を思わせる蒼い海の上を、人型の兵器が飛翔していた。

 

 IS――インフィニット・ストラトス。

 

 本来は宇宙用パワードスーツとして開発されたそれは、今や世界の軍事と技術のバランスを根底から塗り替えた、最強の兵器として君臨している。

 

 その白い機体が、夏の海上を鋭く切り裂いていた。

 

 太陽光を受けた装甲は、名の通り白く輝いている。

 飛行機ではない。

 戦闘機でもない。

 人の形をした何かが、空を飛んでいる。

 

 それだけで、本来ならば異様な光景だった。

 

 だが、この世界ではすでにそれが現実である。

 

「あ、ちーちゃん! こっちこっち! 観測したエネルギーポイント、もうすぐだよ!」

 

 白い機体の背にしがみつきながら、篠ノ之束がはしゃいだ声を上げる。

 

 頭上のウサギ耳めいたマニピュレーターが、彼女の感情に合わせてぴょこぴょこと動いていた。

 

 束は楽しそうだった。

 あまりに楽しそうだった。

 

 その様子は、危険地帯へ向かう研究者というより、珍しい玩具を見つけた子供のそれに近い。

 

 それを背負う織斑千冬は、白騎士を操りながら眉を寄せた。

 

「分かっている。少しは黙れ、束。人を乗せて飛ぶことには慣れていない。集中しなければ、お前を海に落とすぞ」

 

「実戦でもモンドグロッソでも圧倒的世界一位の織斑千冬嬢が、なにを言いますか。それに私も初期型とはいえISを着てるから、落ちても大丈夫だよん」

 

「そうか」

 

 千冬の声が、少しだけ低くなった。

 

「なら、遠慮はいらんな。しっかり掴まっていろ」

 

「え、ちょ、ちーちゃ――」

 

 白騎士が急加速した。

 

 夏の空に、鋭い飛行機雲が刻まれる。

 

 背中の束は悲鳴を上げかけたが、凄まじいGに押し潰され、ようやく口を閉ざした。

 

 千冬はわずかに目を細める。

 

 意図して黙らせたわけではない。

 ない、ということにしておいた。

 

 白騎士は、海上を滑るように飛ぶ。

 

 下には、どこまでも青い海。

 白く砕ける波。

 遠くに点のような島影。

 

 束が観測したエネルギーポイントは、その島の一つにあった。

 

「……束」

 

「な、なに、ちーちゃん。ちょっと今、内臓が置いていかれそうだったんだけど」

 

「観測値は確かか」

 

「確かだよん。少なくとも、通常のISコア反応じゃない。あれだけ派手なエネルギー放出、見逃す方が難しいね」

 

「奴らか」

 

「可能性はあるねえ。でも、ちょっと質が違う気もする」

 

「違う?」

 

「うん。あいつらの反応って、もっと濁ってるっていうか、ざらざらしてるっていうか。今回のは、もっと凝縮されてる。人為的というか、意思があるというか」

 

「厄介な言い方をするな」

 

「天才っぽいでしょ?」

 

「面倒なだけだ」

 

 千冬は速度をわずかに落とした。

 

 警戒のためだ。

 

 彼女は戦い慣れている。

 どれほど束がふざけていようと、どれほど目標が奇妙なものであろうと、未知の反応に接近する以上、油断する理由はない。

 

「近づくぞ」

 

「はーい」

 

 束のマニピュレーターが、進行方向を示す。

 

 白騎士が高度を下げた。

 

     ◇

 

「ここだ! あの莫大なエネルギーを放出したポイントは! ……って、人?」

 

「……どう見ても男だな。それもスーツ姿の」

 

 降り注ぐ陽光。

 白い入道雲。

 椰子の木と貝殻だけが似合う無人島の砂浜。

 

 そこに、場違いなビジネスマンが打ち上げられていた。

 

 ネクタイまできっちり締めた男が、砂浜に大の字で倒れている。

 南国リゾートで力尽きた営業マンと言えば、まだ聞こえはいい。実際には、どう見ても場違いで、どう考えても不自然だった。

 

 千冬はまず周囲を確認した。

 

 人影はない。

 破壊痕もない。

 戦闘の痕跡も、少なくとも目視では確認できない。

 

 ただ、その男だけが砂浜に倒れている。

 

「おい、大丈夫か。意識があるなら返事をしろ」

 

 千冬が肩を揺さぶるが、反応はない。

 

 束がしゃがみ込み、男の頬をつんつんと突いた。

 

「返事がない。ただの屍のようだ」

 

「つまらんことを言うな。奴らに襲われて捨てられた民間人の可能性もある」

 

「えー、こんなスーツ姿で無人島に?」

 

「だから確認する」

 

「ちーちゃん、真面目だなあ」

 

「お前が不真面目すぎるだけだ」

 

 千冬は男を軽々と担ぎ上げ、木陰へ運んだ。

 

 木の幹にもたれさせ、改めて状態を確認する。

 

 ISスーツの簡易分析では、外傷は見当たらない。長身でやせ型だが、スーツ越しにも鍛えられた肉付きが分かる。呼吸も脈もある。気絶しているだけだ。

 

 ネクタイは多少ずれているが、もともとはきちんと締められていたらしい。

 髪も整えられている。

 革靴も砂に汚れてはいるが、手入れされたものだった。

 

 伊達や酔狂でこんな格好をしていたわけではなさそうだった。

 

 問題は、なぜそんな男がこんな無人島に倒れているのか、である。

 

「死んではいないな。すぐに起こす」

 

 千冬が水を取り出した、その時だった。

 

「う〜ん? あれ、ちーちゃん。この人からもエネルギーが計測できるよ……んんんっ?!」

 

「どうした」

 

「これ見てよ! 束ちゃんのデータ!」

 

 束が空中にホログラムを投影する。

 

 そこに示された数値を見て、千冬の表情がわずかに変わった。

 

「な……こんなことがあり得るのか?」

 

「さっきの観測データよりは小さいけど、十分すごいよ。ISコアとは違う。でも、似てる。いや、似てるっていうか……うわ、なにこれ。面白い」

 

 束の目が輝いた。

 

 千冬は嫌な予感を覚えた。

 

「束」

 

「ねえねえ、この人、ちょっと解剖してもいい? 標本にして、細胞ごとに反応見て、ついでに脳波と神経伝達も――」

 

「冗談はほどほどにしろ」

 

 千冬のアイアンクローが、束の頭を掴んだ。

 

「あだだだだだっ! ちーちゃん、痛い! 天才の頭が割れる!」

 

「お前が言うと冗談に聞こえん」

 

「ひどいなあ。束さんはそんなグロいことしませんしー」

 

「さっき解剖と言った口で何を言う」

 

「科学的好奇心は人類進歩の源だよ!」

 

「倫理を忘れた好奇心は災害だ」

 

「むー。ちーちゃんのいけず」

 

 千冬はため息をついた。

 

 この女は天才である。

 間違いなく、世界最高の頭脳の一つだ。

 

 だが、その頭脳が常に人類の常識と同じ方向を向いているとは限らない。

 むしろ、同じ方向を向いている時間の方が少ない。

 

 千冬は束を黙らせると、男の頭から水を浴びせた。

 

「……気づいたか。おい」

 

 男の瞼が震えた。

 

 ぼんやりとした目が開き、千冬と束を順番に映す。

 

 まだ意識は完全には戻っていない。

 焦点の合わない目で二人を見上げ、何度か瞬きをする。

 

 そして。

 

 目前にいる絶世の美女――織斑千冬を認識した瞬間、男の本能が覚醒した。

 

 男――横島忠夫は、千冬の手をがっしりと握りしめた。

 

「ずっと前から愛してましたぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

「のわああああああっ?!」

 

「あたしのちーちゃんに何するのーっ!」

 

 束の拳が、横島の顔面に炸裂した。

 

 初期型とはいえISを纏った一撃である。普通の人間なら、顎どころか人生が終わっていてもおかしくない。

 

 横島は錐揉み回転しながら砂浜に突き刺さった。

 

 頭から。

 

「こら束、やりすぎだ! 死んでしまうぞ!」

 

「ふん、身の程を知りなさいよ、この煩悩の塊め……」

 

 しかし。

 

「あー、死ぬかと思ったぜ」

 

 横島は、何事もなかったかのように砂の中から這い出してきた。

 

 頭を払い、服の砂を落とし、少し首を鳴らす。

 

「いやー、マリアじゃあるまいし、物騒なもんで殴りやがって。危うく死ぬところだったじゃねーか!」

 

「「どえええええええっ?!」」

 

 千冬と束の声が重なった。

 

 千冬は即座に白騎士を再展開し、白銀のブレードを構える。

 

 さきほどまでの気だるげな雰囲気は消えていた。

 完全な戦闘態勢である。

 

「傷一つないだと……? お前、何者だ。奴らの仲間か?」

 

 横島は、その刃を見ても怯まなかった。

 

 それどころか、束を指差して怒鳴る。

 

「こらてめぇ! せっかく美人のほっぺにぶちゅうーといこうとしたところを、よくも邪魔しやがって! って、あれ?」

 

 横島の視線が千冬へ戻る。

 

「……あ、いた」

 

「やっぱり死んでしまええええええええ!」

 

 今度は二人同時だった。

 

 南国の空に、人型をした弾道弾が飛んでいった。

 

 青空に、一本の雲が引かれる。

 

 しばらくして。

 

「ただいま戻りました……」

 

 横島は、なぜか普通に戻ってきた。

 

 砂浜へよろよろと着地し、手にした文珠をしまう。

 

「お前、何なんだ……」

 

 千冬が本気で呟いた。

 

「いや、こっちの台詞なんだけど。美人に起こされたと思ったら殴られて、飛ばされて、剣向けられて、どこか知らんが随分と歓迎が荒っぽいな」

 

 

     ◇

 

 

「なるほど。横島忠夫。君が『別の世界』から来たというのは……」

 

「天才束ちゃん的には、十分あり得ることなんだよね〜。よこっち!」

 

 木陰に敷いたブルーシートの上で、三人は奇妙な平穏の中にいた。

 

 横島は「よこっち」という不本意な呼び名を受け入れつつ、差し出された水を飲んでいる。

 

 一度は空の彼方へ飛ばされたが、文珠で戻ってきた。

 本人いわく、「慣れてる」とのことである。

 

 千冬は、まだ完全には警戒を解いていない。

 白騎士は解除しているが、いつでも再展開できる距離を保っている。

 

 束は警戒していない。

 その代わり、横島を研究対象として見ていた。

 

 それはそれで、横島にとっては警戒すべき視線だった。

 

「まあ、転移が失敗したなーってのは俺にも分かるけどさ。まさか、こんなカオスのおっさんでも作れるか怪しいパワードスーツが飛んでる世界に来るとは思わなかったぜ」

 

「カオスのおっさん?」

 

「俺の知り合い。千歳くらいのジジイで、半分人間やめてる発明家」

 

「会いたい!」

 

「会わせたら絶対ロクなことにならねえ気がする……」

 

 横島は本気でそう思った。

 

 カオスと束。

 この二人を同じ研究室に入れたら、三日後には世界の法則がいくつか変わっていそうである。

 

「そのカオスという人物も、君と同じようなエネルギーを扱うのか?」

 

 千冬が問う。

 

「いや、あの人は科学者寄りだな。科学者って言っていいのか微妙だけど。霊能関係にも詳しいけど、本人が文珠を作れるわけじゃない」

 

「文珠」

 

 束が身を乗り出す。

 

「それ! それだよ、よこっちが持ってる高密度エネルギー体! 見せて見せて! 分解しないから!」

 

「その“分解しないから”が信用できねえんだよ」

 

「ちぇー」

 

 横島は警戒しつつ、文珠をひとつだけ取り出した。

 

 小さな光の球。

 

 束の表情が変わる。

 

 ふざけた色は残っている。

 だが、その奥に、純粋な観察者の目があった。

 

「……うわ」

 

「うわって何だよ」

 

「すごい。小さいのに、密度が高い。安定してる。これ、人間が作ってるの?」

 

「人間が作ってるっつーか、俺が作ってる」

 

「よこっち、人間?」

 

「人間だよ!」

 

 横島は思わず叫んだ。

 

「失礼なこと聞くなよ!」

 

「だって、さっき殴っても無傷だったし」

 

「無傷じゃねえ! 痛かったわ!」

 

「でも死んでないよ?」

 

「何で死ぬ前提なんだよ!」

 

 千冬はこめかみを押さえた。

 

「話が進まん」

 

「GS――ゴーストスイーパー、だったな」

 

「ああ」

 

 横島は咳払いをする。

 

「悪霊を祓って金を貰う、霊能力者のことだよ。俺たちの世界じゃ、そういう仕事が普通にある。美神さんみたいな超美人の下で、命がけで除霊して回ってたんだわ」

 

「ふーん。でもこの世界には、幽霊なんていないよん」

 

 束が端末を叩きながら言った。

 

 画面には、横島から検出される高密度のエネルギー反応が映っている。

 それは束にとって、未知でありながら、どこか見覚えのある反応だった。

 

「霊力を知らない人間が、霊力を利用するISなんてもんを作ったことの方が、俺には驚きだけどな……」

 

「大天才ですからっ!」

 

「そこ胸張るところか?」

 

「もちろん!」

 

 束は自信満々に胸を張る。

 

 横島は半眼でそれを見た。

 

「いや、すげえのは分かるけどよ。霊力の概念がない世界で、霊力に近いもんを動力にした機械を作るって、普通に考えたら順番が逆じゃね?」

 

「順番なんて、結果が出てから人が勝手につけるものだよん」

 

「この子、やっぱりカオスのおっさんと同じ匂いがする……」

 

「褒めてる?」

 

「全然」

 

 束は楽しそうに笑った。

 

 千冬は、その横で静かに横島を見ている。

 

 彼女は束ほど無邪気ではない。

 横島が別世界から来たという話を、完全に信じたわけではない。

 だが、目の前の文珠と横島の耐久力、そして観測データは、少なくとも「ただの人間」として片付けることを許さなかった。

 

「横島」

 

「ん?」

 

「お前の世界では、霊力というものは一般的なのか」

 

「一般的……ってほどじゃないな。見えない人には見えないし、使えない人には使えない。でも、悪霊や妖怪がいるって認識はある。事件も起こるし、俺らみたいな商売も成り立つ」

 

「こちらには、そうした概念はない」

 

 千冬の声が少し低くなる。

 

「少なくとも、最近まではな」

 

 横島は千冬を見る。

 

 彼女が纏っていた白騎士の威圧感。

 それは、横島がかつて相手にしてきた魔族や神族の気配に、どこか通じていた。

 

「んで、そのISってのが、この世界じゃ騎士の鎧代わりってわけだ」

 

「ああ。もともとは宇宙用の作業スーツに過ぎなかった。少なくとも、開発初期はな」

 

 千冬の表情が険しくなる。

 

「だが、事情が変わった」

 

「事情?」

 

「お前のいた世界に幽霊や悪霊がいたように、私たちの世界にも『奴ら』が現れ始めた」

 

 横島は少しだけ目を細めた。

 

 千冬の口調が変わったからだ。

 ただの説明ではない。実際に戦ってきた者の声だった。

 

「奴らってのは、妖怪とか悪魔とか、そういう類か?」

 

「私たちは、まだ正確な分類を持っていない」

 

 千冬は言った。

 

「ただ、通常兵器がほとんど効かない。ミサイルも、機銃も、戦車砲も、足止め以上にはならなかった」

 

「そりゃまた、えらく厄介だな」

 

「うんうん。だから束ちゃんは考えました。通常兵器が駄目なら、通常じゃないものをぶつければいいんじゃないかってね!」

 

「それでISか」

 

「大正解!」

 

 束が嬉しそうに指を鳴らす。

 

「もともとISは宇宙用パワードスーツだったけど、コアの反応があいつら相手に妙に良かったんだよ。出力のぶつかり方というか、干渉の仕方というか。こっちは霊力なんて知らなかったけど、結果的に“効いた”」

 

「効いたから、兵器になった」

 

 横島が言う。

 

 千冬は否定しなかった。

 

「そうだ」

 

 短い答えだった。

 

 それだけで、十分だった。

 

 この世界でISがどういう意味を持つのか。

 横島にも、少し分かった。

 

 ただのパワードスーツではない。

 この世界の人間にとって、目の前の理不尽に対抗できる唯一の鎧。

 騎士の鎧、という表現は、冗談ではなかったのだ。

 

「いよっ、白騎士さん!」

 

 束が茶化すように言った。

 

 直後、千冬のアイアンクローが束の頭を掴んだ。

 

「あだだだだだ! ちーちゃん、痛い! 今のは褒めたのに!」

 

「お前が言うと腹が立つ」

 

「理不尽!」

 

「お前ほどではない」

 

 そのやり取りを見て、横島は少しだけ笑った。

 

 異世界だろうが、何だろうが。

 人間のやり取りは、案外変わらないらしい。

 

 もっとも、束のような人間が一般的であってたまるか、とは思ったが。

 

「そういや、その“奴ら”ってのは、いつから出てきたんだ?」

 

「ある日突然、としか言いようがない」

 

 千冬は答えた。

 

「最初は局地的な異常現象として扱われた。だが、被害が出た。通常戦力では止められず、ISが投入された」

 

「そこで白騎士様の出番ってわけか」

 

「茶化すな」

 

「いや、茶化してるわけじゃねえよ。多分、俺の世界でも似たようなもんだったからな。霊能力者がいなきゃ、普通の人間は悪霊相手にどうにもならん」

 

 横島は自分の掌を見た。

 

 文珠が淡く光る。

 

「でも、俺の世界じゃ、そういうのは“いるもの”として扱われてた。こっちは違うんだろ?」

 

「ああ」

 

「なら、しんどいな」

 

 千冬はわずかに横島を見た。

 

 その一言は、軽くなかった。

 

 横島は普段ふざけている。

 だが、悪霊や魔族と対峙することの重さは知っている。普通の人間が、見えないもの、理解できないものに襲われる恐怖も知っている。

 

 だから、しんどい。

 

 それ以上の言葉はいらなかった。

 

「あだだだだだ! ちーちゃん、そろそろ離して!」

 

 束の声で、空気が戻る。

 

 千冬は溜息をつき、束を解放した。

 

 解放された束のマニピュレーターが、ぴょこぴょこと揺れる。

 

「ま、そういうわけで、ISは今や人類の騎士なのです。通常兵器が通じないあいつらに対抗する、唯一の実用戦力。いやー、束ちゃんってば偉い!」

 

「自分で言うな」

 

「事実だもーん」

 

「お前は、ミサイル二千発を目くらましに使おうとした件を忘れたのか」

 

「だって、あいつら相手に通常戦力じゃ役に立たないことは分かってたから、せめてもの目くらましに……あだだだだ! またアイアンクロー?!」

 

 千冬が再び束を持ち上げる。

 

 横島は、くわばらくわばらと距離を取った。

 

 そして、ふと気づく。

 

 束は千冬に吊り下げられている。

 つまり、スカートの位置が――。

 

 横島の目が、ほんの少しだけ下に動いた。

 

 次の瞬間、束が落ちてきた。

 

「どげっ?!」

 

 頭に直撃。

 

 横島は砂浜に沈んだ。

 

「何を見ようとしていた」

 

 千冬の声は低かった。

 

「いや、これは男としての本能でありまして……」

 

「黙れ」

 

「はい」

 

 束は頭をさすりながら起き上がる。

 

「ててて……よこっち、意外と丈夫だねえ。やっぱり解剖――」

 

「まだ言うか」

 

「冗談だよん」

 

「お前が言うと冗談に聞こえんと言った」

 

 三人の間に、奇妙な沈黙が落ちた。

 

 海風が吹く。

 白い砂がさらさらと流れる。

 遠くで波が砕ける音がした。

 

 その時、千冬の表情が変わった。

 

「おい、束」

 

「……うん」

 

 束も端末を見る。

 

 ふざけた顔が、すっと消えた。

 

「この反応は……」

 

「そーだね。あいつらだよ、ちーちゃん」

 

 束のマニピュレーターが、空の彼方を指す。

 

「よこっちの派手なエネルギーに引き寄せられたかな。さっきの転移反応、かなり目立ってたし」

 

「面倒なことだ」

 

 千冬は白騎士を再展開した。

 

「二人とも、下がっていろ」

 

 砂浜を蹴り、千冬が空へ舞い上がる。

 

 白騎士の翼が陽光を反射し、眩く輝いた。

 

 その視線の先。

 

 雲を割り、この世のものならぬ咆哮を上げて迫り来る影がある。

 

 石像の翼。

 歪んだ角。

 獣の口。

 人間の悪意だけを削り出したような、異形。

 

「ガーゴイル……!」

 

 横島は、その見慣れた悪魔の姿を見て、思わず口の端を上げた。

 

 異世界だというから、少しばかり緊張していた。

 

 だが、どうやら。

 

「なんだ。やることは、いつもと変わらねえじゃねーか」

 

 妖怪、悪霊、それとも悪魔とでも呼ぶべき存在。

 

 この世界には存在していなかったはずの者たちが、横島の目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

続け。

 

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