ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第11話

 

 

 

 一夏は、訓練を終えるなり、汗も拭かないままベッドへ倒れ込んだ。

 

 ぼすん、と布団が沈む。

 

 訓練着は汗を吸って重い。

 背中にまとわりつく布の感触も、髪の生え際を伝う汗も、不快ではあった。

 

 だが、それを気にする気力がなかった。

 

 もし、箒との同居がまだ続いていたなら、今ごろ凄まじい剣幕で怒鳴られていただろう。

 

「汗をかいたまま寝台に上がるな、一夏!」

 

 そう言って、竹刀こそ持たないまでも、風紀委員のような勢いでシャワー室へ追い立てられたに違いない。

 

 けれど、今は男一人の部屋だ。

 

 誰に気を使う必要もない。

 いや、必要があったとしても、今の一夏には無理だった。

 

「あーもー。駄目だ、すっきりしない」

 

 天井へ向かって、ぼやく。

 

 身体は疲れている。

 

 朝から自主訓練。

 授業。

 ISの実技。

 また訓練。

 

 それなりに追い込んだつもりだった。

 

 箒にも散々に打ち込まれた。

 竹刀を握っている間だけでも、余計なことを考えずに済むと思った。

 

 だが、駄目だった。

 

 身体を動かせば動かすほど、頭の中にこびりついたものだけが残る。

 

 千冬のこと。

 横島忠夫のこと。

 渡り廊下で見た、あの妙に自然な光景。

 

 千冬が、横島のネクタイを直していた。

 

 それだけだ。

 

 ただ、それだけのことだ。

 

 このご時世に、姉が誰とどうしようと、そんなことを気にしている場合ではない。

 

 分かっている。

 

 分かりきっている。

 

 DDは今も世界中に現れる。

 IS学園はただの学校ではない。

 自分は男で唯一ISを起動できる存在で、良くも悪くも世界中から見られている。

 

 そんな立場で、姉の交友関係にいちいち動揺している場合ではない。

 

「俺は、男で唯一ISを起動させることができる。世界中の男たちが見てるんだから」

 

 声に出してみる。

 

 けれど、胸の中のもやは晴れなかった。

 

 箒に言われたことは正しい。

 

 今、自分がすべきことは、自分を鍛え抜いて地力を蓄えること。

 焦っても仕方がない。

 剣道と同じで、基礎を抜きにして強くはなれない。

 

 急がば回れ。

 

 その通りだと思う。

 

 この春、弾に「頼んだぞ」と送り出され、身が引き締まる思いでIS学園の門をくぐった。

 

 まだ数ヶ月しか経っていない。

 

 なのに、随分前のことのように思える。

 

 それくらい、ここでの生活は濃密だった。

 

 ISの知識など皆無。

 専門用語一つ満足に分からない。

 女子ばかりの環境にも慣れない。

 専用機持ちの少女たちは、それぞれに強く、個性も濃く、距離感も分からない。

 

 自分だけが、ずっと遅れている。

 

 そんな感覚がある。

 

 それでも、どうにか踏ん張ってこられたのは、芯があったからだ。

 

 自分は、代表なのだ。

 

 男でありながら、ISを動かせる唯一の存在。

 

 それを羨み、期待し、時には妬み、あるいは自分に夢を重ねる人間が、世界中にいる。

 

 弾のように、悔しさを押し込めながらも笑って送り出してくれた友人もいる。

 

 だから、自分はもっと学ぶべきだ。

 

 定期便に驚いている暇があるなら。

 月に一回帰ってくればいい方だった姉の生活を垣間見て、勝手に動揺している暇があるなら。

 

 その時間で、ISについて何か一つでも覚えるべきだ。

 

 理屈では理解している。

 

 しているのに。

 

「やっぱ気になる……」

 

 正直な本音が、ぽろりと落ちた。

 

 一夏は深く息を吐く。

 

 いくら身体を動かしても、頭に張りついた霧は消えない。

 

「千冬姉に言えば、多分、笑い飛ばされるんだろうけどな」

 

 想像は簡単だった。

 

 馬鹿者。

 

 くだらん。

 

 そんな一言と一緒に出席簿か拳が飛んでくる。

 

 けれど、一夏にとっては笑い飛ばせる話ではなかった。

 

 物心ついた時には、DDとの戦いは始まっていた。

 

 そして、両親はいなかった。

 

 箒や弾のような幼なじみたちと遊んでいても、埋めきれない寂しさはあった。

 

 それを埋めてくれたのは、千冬だった。

 

 幼い自分を、親代わりに育ててくれた、ただ一人の姉。

 

 人にも自分にも厳しい。

 その厳しさに裏打ちされた優しさを持っている。

 心根は強い。

 誰よりも強い。

 

 けれど、家では妙にだらしない。

 

 家事は苦手。

 卵焼き一つまともに焼けない。

 たまに帰ってくると、服をその辺に放り出し、疲れた顔でマッサージをせがんでくる。

 

 そんなだから嫁のもらい手がない、などと言うと鉄拳が飛んでくる。

 

 怖くて、強くて、面倒くさくて。

 

 でも、大好きで、大事な姉だ。

 

 心配して何が悪い。

 

 一夏は、半ば開き直った。

 

「でもなあ。直接千冬姉に聞くってのもできないし……横島って先生とはあんまり面識ないし」

 

 横島忠夫。

 

 IS開発部の教師。

 

 初対面からして、屋上でトランペットを吹き、千冬に叩き落とされ、血だらけで復活した男。

 

 サポート関係で顔を合わせることは多い、と本人は言っていた。

 

 だが、一夏はまだ横島と深く関わっていない。

 

 一夏の白式は、専用機である以上に特殊だった。

 

 製作に失敗した試作機を改造したワンオフ機。

 削り出しのアルミのような、一度限りの製造品。

 整備は常に特定の整備班が担当している。

 しかも、束の指示書つきだ。

 

 そこに横島が直接関わる余地は、今のところ少ない。

 

 他の専用機も似たようなものだった。

 

 データ取得のための試験機。

 パイロットに合わせ、ピーキーな調整を施された特殊形態機。

 それぞれに専任の受け持ちがあり、開発部所属の横島が日常的に触れることは多くないらしい。

 

 だから、周りの専用機持ちたちからも、横島の詳しい話を聞く機会はなかった。

 

 実際には、横島は打鉄のような汎用機の整備や、対DD兵装の開発に深く関わっている。

 定期便で損耗する二、三年生の機体を相手にすることも多い。

 

 だが、それは一夏の知るところではない。

 

「いつまでもこうモヤモヤしてても仕方がないしな……」

 

 一夏は、天井を見つめたまま考える。

 

「会長とか、クラスの女子にでも聞いてみるか」

 

 よし、と声を上げて、ベッドから跳ね起きた。

 

 汗の染み込んだシーツを荒々しく引っ張り上げる。

 自分の服や下着と一緒に洗濯機へ放り込む。

 

 真っ裸になったところで、洗濯機の上につり下げたままの洗い物が目に入った。

 

 案外、千冬姉のことを笑えないかもしれない。

 

 一夏は苦笑しながら、浴室へ入る。

 

 熱めのシャワーが、今日一日の汗と埃を洗い流していった。

 

 だが、頭の中のもやだけは、まだ消えなかった。

 

     ◇

 

 長く続く職員会議の席上。

 

 千冬が、報告を行っていた。

 

「我々にとっての幸運は、彼らの狙いが必ずしも我々の活動を阻害しないことです」

 

 モニタには、世界地図が表示されている。

 

 地脈。

 高エネルギー帯。

 DD出現地点。

 防衛シールド展開区域。

 難民移動予測。

 大都市圏。

 周辺インフラ。

 

 色分けされた線と点は、見るだけで息苦しくなるほど複雑だった。

 

「高エネルギー帯の制圧には熱心でも、工場、農場、物流などの経済活動そのものには興味がない。それらの破壊は、過去の被害エリアと照合しても、高エネルギー帯制圧のおまけに過ぎないと考えられます」

 

 千冬の声は落ち着いていた。

 

 落ち着いているからこそ、内容の重さが際立つ。

 

「彼らの狙いが判明した以上、難民キャンプの設営場所、拠点の移動も、今までよりはスムーズに行えると考えます」

 

「移転した先で、シールドの展開は可能なのですか?」

 

 教員の一人が問う。

 

 千冬は、ほんのわずかに唇を噛んだ。

 

「それは……不可能です。致し方ありません」

 

 会議室の空気が重くなる。

 

 地脈のエネルギーを利用したシールドは、当然ながら力が弱い場所では展開できない。

 

 大都市を守る大規模シールド。

 避難施設を守る防護壁。

 重要拠点を包む遮断結界。

 

 それらは、地脈という土台があって初めて成立する。

 

 地脈から外れた場所では、同じ規模の防御は望めない。

 

 難民の保護。

 都市部から移転したインフラの保護。

 物流拠点の安全確保。

 

 それらには、ただでさえ不足しているISを使用するしかなくなる。

 

 だが、ISをそこへ回せるかと言えば、答えは簡単ではない。

 

 いや、はっきり言えば、回せない。

 

 地脈から外れれば、DDに襲われる可能性は低くなるかもしれない。

 だが、ゼロになるわけではない。

 誰も保証できない。

 

 シールドそのものがなかった以前と比べれば、贅沢な悩みとも言える。

 

 だが、大規模なシールド展開を続ければ、やがて地脈の力を使い果たす。

 

 地脈が枯れれば、土地は荒れる。

 作物は育ちにくくなる。

 地下水の流れも変わる。

 人が住むには適さなくなる地域も出る。

 

 それでも、大都市がなぜその場所に発展したのかといえば、居住面でも、政治・経済面でも、軍事面でも、立地に大きな利点があったからだ。

 

 水。

 平野。

 交通。

 港。

 人の集積。

 

 単に移転すれば、DDの攻撃を逃れて皆が幸せになる。

 

 そんな話ではない。

 

 だからこそ、インフラ保護や地脈の減衰を考慮すれば、ISとシールドの展開は一体で行われるのが最も効率的だった。

 

 だが、状況の変化が、その効率をジレンマに変えつつある。

 

「稼働可能なISは、ようやく大台に乗るところです」

 

 千冬は続けた。

 

「しかし、学園にある訓練機などを除いた数で、全世界をカバーすることはできません。現有ISに対するパイロット数にしても、稼働時間や交代要員を考えれば、まだまだ数が欲しいところです」

 

 モニタの数字が切り替わる。

 

 稼働機数。

 予備機。

 損耗率。

 修理待ち。

 訓練中パイロット。

 実戦投入可能パイロット。

 

 どの数字も、十分とは言えない。

 

「結果として、無理な稼働を続けざるを得ず、絶対防御を誇るISとはいえ、損耗率は上昇しています」

 

 ISは強い。

 

 人類がDDに対抗できる、ほぼ唯一の手段。

 

 だが、万能ではない。

 

 機体は摩耗する。

 操縦者は疲弊する。

 絶対防御があるからといって、何度も無理な出撃を重ねれば限界は来る。

 

「ただでさえ、国連……いえ、二十一カ国会議主導の撤退作戦で対象となった地域からは、先進国による第三世界の切り捨てだと、悲鳴にも似た非難の声が上がっております」

 

 千冬は一度言葉を切った。

 

「可能ならば、全ての人たちを保護したい。ですが、それは現実として不可能です」

 

 誰も反論しなかった。

 

 反論できなかった。

 

「だからこそ、亡国機業のような者たちがはびこる」

 

 千冬の声に、わずかな怒りが混じる。

 

「ここに至ってなお、人類が団結できていないというのは、全く歯がゆいものです」

 

 会議室を沈黙が支配した。

 

 深く、長い静寂。

 

 やがて、轡木理事長が、大仰なほどの溜息をついた。

 

 皆を見渡す。

 

 強張っていた顔つきを、幾分か柔らかくした。

 

「本日提出されたデータは、この何年かの検証データです。単なるコンピューター上の予測、と切って捨てるわけにもいきません」

 

 轡木の声は穏やかだった。

 

「が、今すぐにDDが都市部へ殺到してくるわけでもありません。まずは、選択と集中が次の段階に進んだことを喜びましょう」

 

 少し間を置く。

 

「そして学園として、生徒たちの保護と育成に、ますます力を注ぎましょう」

 

「はい」

 

 教員たちが力強く頷いた。

 

 誰の目にも、悲嘆に暮れた暗い影はない。

 

 落ち込むのは簡単だ。

 

 現状を憂い、沈み込むだけなら誰でもできる。

 

 だが、それでは何も解決しない。

 

 ならせめて、より明るくあれるよう努力しよう。

 

 それが、IS学園の教員たちにとって暗黙の了解だった。

 

 学園の雰囲気にも、それは直結している。

 

 生徒たちは不安を抱えている。

 それでも笑い、喧嘩し、恋をし、学び、訓練する。

 

 その日常を支えるのが、教師の役目だった。

 

「貧しても、鈍じてはなりません」

 

 轡木は静かに言う。

 

「我々は反撃の基礎を築き、確固たるものにしていかなければなりません。そして、生徒たちが普段通りの学園生活を送れるよう、今までにも増して尽力しましょう」

 

「普段通りの学園生活」

 

 その時、横島が呟いた。

 

 最初の報告を終えた後、ずっと沈黙していた男だった。

 

「それが政治的なアピールを兼ねているにしても、ですか?」

 

 誰に向けた言葉でもないように聞こえた。

 

 あるいは、二十一カ国会議へ向けた皮肉かもしれない。

 

 口元は皮肉の形をしている。

 だが、緩まない。

 

 会議室の空気が、少しだけ固まった。

 

 轡木は、視線を動かさず答える。

 

「IS学園は、どの国家にも所属しません。ですから、政治的なアピールなど必要がありません」

 

 詭弁もいいところですが。

 

 轡木は、内心でそう呟いた。

 

 だが、口に出したのは別の言葉だった。

 

「ですが、市民を安心させ、また生徒たちをきちんと育成するという点で、IS学園が平常通りに運営されていることには意味があります」

 

 轡木は横島を見る。

 

「だからこそ、状況がどれだけ重く変化するにしても、我々は常に平静であらねばなりません。分かりますね、横島先生」

 

「……余計なことを口にしました。申し訳ありません」

 

 横島は神妙に頭を下げた。

 

 周囲の教師たちは苦い顔をしている。

 

 しかし、千冬だけは呆れきった表情を浮かべながら、口元に薄い笑みすら浮かべていた。

 

 横島がなぜ、今このタイミングでそれを口にしたのか。

 

 千冬には分かっていた。

 

 いわば部外者である横島が泥を被る形で、生徒たちの政治利用への牽制を改めて確認したのだ。

 

 もちろん、他の教師もそれくらいは想像できる。

 

 だが千冬は、あえて横島に鉄拳を食らわせた。

 

 ごん、と鈍い音がして、横島の顔が机に叩きつけられる。

 

「大変失礼しました、理事長。横島にはよく言って聞かせますので」

 

「いってーな、千冬……ぐげっ」

 

「だから黙ってろと言っているだろうが」

 

 上げかけた横島の顔を、千冬は再び机へ押しつけた。

 

 茶番劇だった。

 

 だが、必要な茶番でもあった。

 

 轡木もそれに付き合う。

 

 できる限り重々しい態度で、横島へ注意を告げた。

 

 ほどなくして、会議の終了が宣言される。

 

 千冬に締め上げられる横島の背中へ、教員たちが小さく声をかけた。

 

「ほどほどにね」

 

「横島先生、無理はしないでください」

 

「織斑先生も、その辺で」

 

 二人が気づいていたかどうかは分からない。

 

 だが、机に押しつけられた横島は、小さく親指を立てていた。

 

     ◇

 

 全休日から一週間ほど経った、昼時。

 

 セシリア、鈴、シャルロットの三人は、中庭でランチを囲んでいた。

 

 初夏の陽射しは明るく、風はまだ柔らかい。

 芝生の匂い。

 遠くから聞こえる訓練の音。

 ベンチの影。

 

 穏やかな昼休みだった。

 

 ただし、話題は穏やかではない。

 

「……あの教師、私たちにはあまり関わりないですのに、案外とISの周囲にはおりますのね」

 

 セシリアが言った。

 

「そりゃ、兵装開発の中心にいるんだし。整備とかもしてるのかな」

 

 鈴がサンドイッチを手に取る。

 

「二、三年生の打鉄とかの整備はしてるみたいだけど」

 

 シャルロットが言う。

 

「この間なんか、訓練機を触ってるからどうしたのかと思ったら、一機一機に“大丈夫か”って話しかけてたよ。言葉で治るわけじゃないのにね?」

 

 その言い方は、少し困ったようで、少し気になるようでもあった。

 

 先日の五人で集まった会議。

 

 あれは結局、ラウラと箒が離脱する形になった。

 

「……篠ノ之さんもラウラさんも、つれないですわね」

 

 セシリアが溜息をつく。

 

「まー箒は仕方ないんじゃない?」

 

 鈴は肩をすくめる。

 

「こそこそするのは性に合わない、私は私の剣に聞いてみるって言われたら、そうなのってしか返しようがないわよ」

 

「ラウラさんみたいに、これ以上調べる必要もないっていうのも、頷けるんだけどね」

 

 シャルロットは苦笑した。

 

 ラウラの意見は単純だった。

 

 横島は奇行こそ目立つが、今のところ学園へ害をなす行動はしていない。

 むしろ実績がある。

 危険を冒して深入りする必要はない。

 

 それは正論だった。

 

 シャルロットも本音では賛成していた。

 

 だが、間を置かず繰り返されるナンパにはうんざりしていた。

 また、鼻息の荒いセシリアと鈴を放り出すのも気が引けた。

 

 結局、今こうして三人で観察結果を持ち寄っている。

 

「そう言えば、一夏さんもあの教師のことを気にされていましたわね」

 

 セシリアが思い出したように言う。

 

「あ、あたしも聞かれた」

 

 鈴が頷く。

 

「なにか知ってる?って」

 

「ばれたのかと思って、どきっとしちゃったよ、私」

 

 シャルロットが胸に手を当てる。

 

「あまり深く気にされているようではなかったみたいですけれど」

 

 セシリアは少し考える。

 

「知らないならいいんだ、とおっしゃっていました」

 

「あれだけ派手にやってるんだから、同じ男としては気になるんじゃない?」

 

「かもしれないね」

 

 シャルロットは頷く。

 

「僕だって、身近に毎朝ナンパを繰り返すような女の子がいたら、どうしたんだって思うもん」

 

 もっとも、横島のことを気にするくらいなら、もっと自分たちへ目を向けてほしい。

 

 三人は目を見合わせ、同時に深い溜息をついた。

 

「でも、一夏が気にしてるなら、いったん止めた方がいいのかなあ」

 

 鈴が言う。

 

「ややこしいことになりそうじゃない?」

 

「かもしれませんが……」

 

 セシリアは一度目を閉じた。

 

 そして、きっぱり言った。

 

「いいえ。得体の知れない人間に多少なりとも教わったり、世話になったりするのは我慢できませんわ」

 

「セシリア」

 

「命懸けで事に当たる場面で、ああいったセクハラでおちゃらける輩が教師などと名乗るのは許せません」

 

「まーねー」

 

 鈴も頷く。

 

「セシリアほどじゃなくても、私もそれには賛成だわ。あんまり気を散らされて事故につながっても嫌だし」

 

「それもそうだよねえ」

 

 シャルロットは困った顔をする。

 

「でも、これ以上どうやって調べるの? セシリアは英軍のツテを使ったんだろうし、鈴はあんまり芳しくなかったんでしょ? 僕は僕で、父さんとかフランス政府のツテは使えないしね」

 

 三人は頭をひねる。

 

 バスケットのサンドイッチが、少しずつ乾いていく。

 

 結論は出ない。

 

 その時、セシリアが手を叩いた。

 

「そうだ。これならいけるかも……!」

 

「何よ?」

 

 鈴が眉をひそめる。

 

 セシリアは、二人へ顔を寄せさせた。

 

「……あの教師って、基本的にアホですわよね?」

 

 その顔には、淑女らしからぬ不気味な笑みが浮かんでいた。

 

 少々悪辣と言っても良い。

 

 鈴は呆れた顔をし、シャルロットは冷や汗をかいた。

 

     ◇

 

 太陽も中天を下り、夕暮れへ差しかかる午後の一時。

 

 通常授業を終え、教師や生徒たちは、それぞれ夜までの課業をこなそうと学園内に散っていく。

 

 その中で、IS格納庫へ向かう横島に、走り寄る人影があった。

 

「横島センセ~イ」

 

「はっ?! 美人のねーちゃんが俺を呼ぶ声がするっ?! どこ、どこやっ?!」

 

「うふふ。こちらですわよ、セ・ン・セ・イ?」

 

 仮に擬音をつけるなら、きゃぴるーん、とでも言うべきか。

 

 セシリアは小走りに近づき、横島を上目遣いで見つめた。

 

 ポケットには、先ほど使った目薬が隠してある。

 

「おおっ、君は確か、イギリス国家代表候補のセシリアちゃん!」

 

 横島の顔がぱあっと明るくなる。

 

「はっはっは、美しいお方。この横島に何かご用でもっ?!」

 

「御用というほどでもございませんの」

 

 セシリアは、できる限り可憐に微笑んだ。

 

「ただ、いつもお世話になっております先生に、せめてもの労をねぎらっていただきたくて。このセシリア、お食事を用意いたしましたの」

 

 大仰な動作でバスケットを差し出す。

 

「どうぞ、お仕事の合間に召し上がっていただけませんこと?」

 

「え?」

 

 横島は、きょとんとした。

 

 少しの間。

 

 さすがに唐突だったか、とセシリアが焦りを覚え始めた瞬間。

 

 横島は、盛大に笑った。

 

「はっはっはっはっはっは! ついに……ついに美少女が俺にお手製の弁当を……!」

 

 笑いながら、涙ぐんでいる。

 

「ピートのおこぼれじゃなく、美神さんのゲテモノ料理でもなく、チーズ餡シメサババーガーでもなく、真っ当な弁当がついに俺の手に!!」

 

 横島は、ただ目の前の現象にむせび泣いていた。

 

 実際、セシリアが横島の世話になったことなど、ほとんどない。

 

 だが、その事実は綺麗さっぱり空の彼方へ飛んでいっていた。

 

「つまり、美少女が俺に愛の告白を。そうか、それならすぐにでも俺と一緒に大人の階段をー?!」

 

「どの階段ですかっ?!」

 

 思わずセシリアの手が出た。

 

 横島はのけぞり、倒れ込む。

 

「なんだい。夢くらい見たっていいじゃねーか」

 

 床でぐずり出す横島を見て、セシリアは正直、腰が引けた。

 

 だが、ここで退いては目的が果たせない。

 

 セシリアは意を新たにする。

 

「ともかくですわ。ゆっくり味わって食べてくださいね?」

 

「言われなくたって、もう味がしなくなるまで咀嚼して、味の向こう側が分かるまで食べちゃいますよ、ええっ」

 

「そ、そうですの……」

 

 セシリアは笑顔を保つ。

 

「あの、ところで先生?」

 

「なに?」

 

 一瞬で復活し、小躍りしていた横島が振り返る。

 

「普段、あまり授業では先生をお見かけしませんけれど、いつも何をなさっておられるのですか?」

 

 セシリアは声を少し甘くした。

 

「私、ぜひとも先生にもっとご教授賜りたいと思っておりまして……」

 

「いつも?」

 

 横島は考える。

 

「いつもは兵装開発で研究室とか地下室とかにいるなあ。授業はコマ数そんなにないから、それ以外はISの整備で格納庫にいたり、居合わせた上級生とかにISの状態確認したりとか、そんなかな」

 

「そ、そうでしたの」

 

 ち、とセシリアは心の中で舌打ちした。

 

 そんな程度の情報は、下調べで分かっている。

 

 せっかく手間をかけたのだから、せめてもう少し情報を引き出さなければならない。

 

「で、でも先生って、すごいんですのね」

 

「そう?」

 

「なんでもISに話しかけて状態を判別されているとか。先生ほどになれば、それだけで機械の様子も分かるのかしら?」

 

「ああ」

 

 横島は、少しだけ視線を逸らした。

 

「あいつら、機械っつーか、生きも……なんつーか」

 

 セシリアの目がわずかに細くなる。

 

「まあ、機械も人も、休みがないと疲れるだろ。労いを兼ねて声をかけてるだけさ」

 

「そうでしたの。先生ってお優しいんですのね!」

 

「いやいやいや。不肖横島、全ての女性に、いついかなる時も限りない優しさを持ち合わせておりますとも!」

 

「きゃあ、なんて素敵なお方!」

 

 セシリアは、心の中で舌を出した。

 

 横島を適当にあしらいつつ、先ほどの言葉を反芻する。

 

 あいつら。

 

 その後に、何か言いかけた。

 

 おそらく、生き物、と言いたかったのだろう。

 

 ISが生き物とはどういうことか。

 

 最先端技術の結晶でありこそすれ、バイオテクノロジーが介在しているなど、専用機持ちのセシリアですら聞いたことがない。

 

 もしかすると、ISの最深部に存在するという意識のようなものを指しているのかもしれない。

 

 だが、ごく限られた操縦者以外に、それへ接触できた事例はなかったはずだ。

 

「ISって、本当に奥深いんですのね」

 

「奥深いっていうのかなあ」

 

 横島は少し考える。

 

「どっちかって言えば、無茶した機械だなって印象の方が強いけどな」

 

「と、申しますと?」

 

「オーバーテクノロジーの塊だからな、ISって」

 

 横島は軽く言う。

 

「扱う方も、扱われる方も無茶しないと形にならな……」

 

 そこで、横島は口をつぐんだ。

 

 いけね。

 

 そんな顔だった。

 

 頭をかき、誤魔化すように笑う。

 

 だが、すぐ真面目な顔になった。

 

「俺くらいでよければ、いつでも相談してくれよ。弁当ありがとな。ありがたく食べさせてもらうわ」

 

 扱われる方。

 

 セシリアはその言葉を頭に留める。

 

 頃合いと見て、彼女は照れくさそうに見える表情を作った。

 

「ええ、そうさせていただきます……あら、申し訳ありません。先生を長く引き留めてしまいましたね」

 

「いやいや全然!」

 

「私はこれで失礼いたしますわ。お仕事、頑張ってくださいましね」

 

 じゃあ、と来た時と同じように小走りで去っていく。

 

 横島は、その後ろ姿を見送りながら、あぶねー、と呟いた。

 

 それでも、手元のバスケットを見ると、顔がにやけてしまう。

 

「しっかし、お手製の弁当かー。愛子じゃないけど、青春だねーホント……」

 

 バスケットを抱え直す。

 

「地下室で食うかな。あそこなら邪魔も入らんだろ」

 

     ◇

 

「どうだった?」

 

 物陰から様子を見ていた鈴とシャルロットが、セシリアに確認する。

 

 戻ってきたセシリアは、どこか釈然としない様子だった。

 

「全然意味の分からない言葉がいくつか出てきましたけれど……」

 

 セシリアは、先ほどのやり取りを二人に伝える。

 

「あいつら、生き物、扱われる方……」

 

 シャルロットが呟く。

 

「確かに、普通の機械に対する言い方じゃないね」

 

「なんて言うんですの、まあ、私にかかれば、ですけれど」

 

 セシリアは誇らしげに胸を反らした。

 

「あの先生……」

 

 たっぷり間を置く。

 

「ちょろいですわね」

 

「……あんたにだけは言われたくないと思うわ、その台詞」

 

 鈴が冷めた視線を向ける。

 

 シャルロットは苦笑していた。

 

「なんですのよ」

 

 セシリアは不満げに言う。

 

 二人はしばらく、上機嫌なセシリアの自慢話に付き合わされることになった。

 

 最後に、翌日以降ローテーションで横島から情報を引き出していく方針を確認する。

 

 だが、次の日。

 

 珍しく横島が体調不良で休んだ。

 

「拾い食いでもしたんだろう」

 

 千冬がそう宣うと、クラスメイトは爆笑した。

 

 ただ一人、頬を引きつらせたセシリアがいた。

 

 一夏は不思議そうにしていたが、シャルロットはあえて何も言わなかった。

 

     ◇

 

 そして、再び。

 

 朝から、パンをくわえた鈴が横島に激突してきた。

 

「わ、ごめんなさい。ところで先生って、出張先で随分活躍されてるんですってねー。すてきー」

 

「いやあ、はっはっは。褒められるほどじゃないけど、大活躍してますよっ!!」

 

「そうなんですかー。じゃあちょっとお伺いしたいことがあるんですけどー」

 

 昼には、わざとらしく横島の袖に紅茶をこぼすシャルロットがいた。

 

「わ、すみません先生。洗って返しますから」

 

「別にいいよ、こんくらい。どーせ汚れてるんだし」

 

「いえ、私が悪いんですから、そうさせてください。ところで先生って、兵装開発の中心なんですってね。すごいなー」

 

「まあ、それほどでもあるかなっ! はっはっは」

 

「そうなんですかー。じゃあちょっとお伺いしたいことがあるんですけどー」

 

 夕方には、また差し入れを持って行くセシリアがいた。

 

「ちょ、先生、なんで早歩きになるんですの?!」

 

「いやいやいや、別にそんな早歩きでもないし?」

 

「だから、なんで逃げるんですの?!」

 

「逃げてないし。てかごめん、俺会議あったわ。そいじゃ!」

 

「なんですの、そのいかにも今思いついたような台詞はっ?! お待ちなさいなっ!!」

 

 そんな繰り返しがあって、何日か過ぎた。

 

 結果だけを言えば、三人はそれなりの情報を得た。

 

 横島が汎用機の整備や対DD兵装の開発に深く関わっていること。

 国連軍と同行して、各地で実地試験を行っていること。

 ISに対して、単なる機械以上のものを見るような言い方をすること。

 そして、臨海学校でも何らかの新装備テストが予定されているらしいこと。

 

 だが、それだけだった。

 

 ISコアの正体。

 地脈。

 選択と集中。

 横島自身の出自。

 DDと霊的エネルギーの関係。

 

 そうした本当の核心には、三人とも触れられなかった。

 

 横島は確かにちょろかった。

 

 褒めれば乗る。

 差し入れをすれば泣いて喜ぶ。

 美少女に頼られれば、分かりやすく舞い上がる。

 

 けれど、肝心なところでは言葉を濁した。

 

 言いかけても止める。

 冗談に逃がす。

 別の話題へずらす。

 あるいは急に真面目な顔になって、「そこから先は先生に聞け」とだけ言う。

 

 それが、三人にはかえって不気味だった。

 

 アホなのか。

 警戒しているのか。

 それとも、アホに見せているのか。

 

 判断がつかなかった。

 

 そして、その判断がつかないまま、つい長話をしていた場面を、千冬に見つかった。

 

「……お前ら、何をしている」

 

 その声がした瞬間、三人の背筋が凍った。

 

 横島も、分かりやすく肩を跳ねさせる。

 

「ち、千冬さん。いやこれはその、悩める生徒たちの相談にだな」

 

「相談?」

 

 千冬の目が細くなる。

 

「今の話のどこが相談だ」

 

「えーと、ほら、人生相談の一種というか、ISと人生は切っても切れないというか」

 

「横島」

 

「はい」

 

「お前は黙れ」

 

「はい」

 

 千冬は、三人へ視線を向けた。

 

 セシリア、鈴、シャルロットは、揃って直立不動になる。

 

「お前たちが聞いた範囲に、即座に処分が必要な機密はない」

 

 三人は、ほんの少しだけ息をついた。

 

 だが、千冬の声はそこで冷たくなった。

 

「だが、それはお前たちが賢かったからではない。横島が、越えてはならん線だけは越えなかったからだ」

 

 横島が、気まずそうに頭をかく。

 

 千冬は続けた。

 

「調べようとするなとは言わん。疑問を持つこと自体は悪いことではない。だが、相手が教員であり、開発部の人間であり、対DD兵装に関わる人間だと分かった上で、色仕掛けまがいの真似までして情報を引き出そうとした」

 

 セシリアの顔が赤くなった。

 

 鈴は目を逸らす。

 

 シャルロットは申し訳なさそうに肩を縮めた。

 

「それが何を意味するか、分かっているな?」

 

「は、はい……」

 

「申し訳ありません……」

 

「ごめんなさい……」

 

 千冬は、今度は横島を見た。

 

「そしてお前もだ」

 

「俺も?!」

 

「当然だ。相手が生徒なら、どれだけ褒められようが、差し入れをされようが、浮かれるな」

 

「いや、だって美少女の手作り弁当なんて男の夢――」

 

 ごん、と鈍い音がした。

 

 千冬の拳が、横島の頭に落ちていた。

 

「夢を見るな。仕事をしろ」

 

「かんにんやー!」

 

「それから」

 

 千冬は、倒れた横島の首根っこを掴む。

 

「生徒に余計な不安を与えるような言い回しをするな。核心を隠しているつもりでも、外側だけ見せれば、かえって想像を膨らませる」

 

「いや、それはまあ……」

 

「分かっているなら黙って引きずられろ」

 

「それ罰確定じゃねーか!」

 

「確定だ」

 

 千冬は横島を引きずって歩き出した。

 

 去り際、三人へ振り返らずに言う。

 

「お前らが聞いた内容は他言無用だ。重大機密そのものではないが、断片は断片だ。勝手に繋ぎ合わせて騒げば、余計な混乱を生む」

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

「次に同じ真似をしたら、臨海学校まで基礎訓練を倍にする」

 

 三人の顔から血の気が引いた。

 

 千冬は横島を引きずったまま、廊下の向こうへ消えていく。

 

「かんにんやー! 下心じゃない、善意なんやー!」

 

「善意でも下心でも、軽率なら同じだ馬鹿たれっ!!」

 

 もう一度、鈍い音がした。

 

     ◇

 

 そして今。

 

 セシリアの部屋には、うなだれる三人の姿があった。

 

「あ、あの先生。思った以上にアホですわね」

 

「まさかあーだとは」

 

「……でも、肝心なことは言わなかったよね」

 

 シャルロットの言葉に、セシリアと鈴が黙る。

 

 そこが、妙に引っかかっていた。

 

 横島は確かにちょろい。

 こちらが褒めればすぐ調子に乗る。

 差し入れ一つで、人生の春が来たように喜ぶ。

 

 だが、肝心なところは抜け落ちている。

 

 いや、抜け落ちているのではない。

 

 避けている。

 

「つまり……アホですけれど、ただのアホではない、ということですの?」

 

「ややこしい言い方だけど、そうかも」

 

 鈴は腕を組んだ。

 

「織斑先生があの程度で済ませてくれたことの方が恐ろしいけどね」

 

「あ、あははははは……」

 

 シャルロットの乾いた笑いが部屋に響く。

 

 それは、すぐ溜息に変わった。

 

 さすがに、火遊びが過ぎた。

 

「でも、これ以上探っても藪をつついて蛇を出したでしょうしね」

 

 セシリアが言う。

 

「引き際でしたでしょう」

 

「織斑先生があの調子なら、さすがにしばらくはセクハラもなくなるだろうし……結果的には良かったかもね」

 

 シャルロットが呟く。

 

 二人も頷いた。

 

「あの先生が何をしているのか、朧げながらも分かりましたしね」

 

 セシリアは言う。

 

「現地に出向いての兵装開発に、どういう意味合いがあるのかも含めて」

 

「ま、ね」

 

 鈴は軽く息を吐いた。

 

「あいつには、確実に何かある。それだけでも収穫でしょ」

 

 鈴は窓の外を見る。

 

「今度の臨海学校。新兵装のテストもやるってことだったけど、あいつが来るんなら、一体何が起きるやら……」

 

 楽しみにしていた行事に、急に日が陰った気がした。

 

 予定されている期日までは、もうあまり間もなかった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 まだちょっとだけ続くんぞな。

 

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