ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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12話 臨海学校!

 

 

 

 

「海っ! 見えたぁっ!」

 

 誰かの声をきっかけに、車中が一気に歓声で満ちた。

 

 窓際の生徒たちが身を乗り出す。

 後ろの席からも、前の席からも、きゃあきゃあと声が上がる。

 

 バスの窓の向こうに、青い海が広がっていた。

 

 陽光を受けてきらきらと輝く海面。

 沖合へ向かって白く伸びる波の筋。

 ゆるくたなびく潮風に揺れる松林。

 空は高く、雲は厚く、夏という季節そのものが目の前に開けている。

 

 IS学園の恒例行事、臨海学校。

 

 学園では対応できない実験や訓練の実施。

 海浜環境におけるIS適応訓練。

 対DD兵装の限定的評価試験。

 

 名目は色々とある。

 

 だが、生徒たちにとって初日の意味は一つだった。

 

 海で遊べる。

 

 それだけで十分だった。

 

 普段、厳しい授業と訓練に追われている生徒たちは、今日という日をずっと待ちわびていた。

 

 特に初日は、全休日に近い扱いになっている。

 集合や説明、宿舎での確認事項こそあるものの、実質的には移動日であり、肩の力を抜ける数少ない機会だった。

 

 もちろん、情勢の悪化に伴い、中止も検討されていた。

 

 DDの出現頻度は下がっていない。

 むしろ地域によっては増加している。

 高エネルギー帯周辺での警戒も強まっている。

 

 だが、日本は、南半球や第三世界と比べればまだ落ち着いている。

 そして、パイロット養成校であるIS学園までもが非常時の体制に入ったとなれば、その意味はあまりにも大きい。

 

 IS学園は平常通り動いている。

 

 それ自体が、市民に向けた一つのメッセージだった。

 

 警備の手配は例年以上に手間がかかった。

 周辺海域の監視網も増強された。

 同行する教師陣も、ただの引率では済まない。

 

 しかし、そんな裏事情は生徒たちには関係ない。

 

 晴れ渡る空。

 輝く海。

 潮の匂い。

 

 それだけで、彼女たちの胸は十分に高鳴っていた。

 

「淑女たるもの、海辺であっても優雅さを失ってはいけませんわ」

 

 セシリアが、どこか得意げに語っている。

 

「泳ぐだけが海の楽しみではございません。日差しを受け、潮風を感じ、ゆったりとパラソルの下で紅茶を――」

 

「海まで来て紅茶?」

 

 鈴が呆れた顔をする。

 

「いいじゃないのよ、焼きそばとかイカ焼きとか、そういうので」

 

「そ、それはそれで庶民的な楽しみとして否定はいたしませんけれど!」

 

「否定してる顔じゃない、それ」

 

 周囲のクラスメイトたちは、そんなセシリアの高説を微笑ましく見ていた。

 

 車内は明るい。

 

 笑い声がある。

 期待がある。

 普段の訓練場とは違う、年頃の少女たちの空気がある。

 

 その中で、シャルロットは隣の一夏へ視線を向けた。

 

「みんな、海に来たってだけで嬉しそうだね。ねえ、一夏?」

 

「……あ、うん。そうだな」

 

 一夏の返事は、少し遅れた。

 

 声もどこか上の空だった。

 

「……朝からどうしたの?」

 

「え?」

 

「ずっとそんな感じだよ」

 

 シャルロットは、柔らかく笑った。

 

 一夏は出発してからずっとこんな調子だった。

 

 窓の外を見ているかと思えば、急に何かを考え込む。

 話しかけても反応が遅い。

 笑うには笑うが、すぐにまた難しい顔へ戻ってしまう。

 

 らしくない。

 

 いや、一夏らしいのかもしれない。

 

 一夏には、何かにつけて気負いすぎるところがある。

 

 世界でただ一人、ISを操縦できる男性。

 

 その立場を思えば、気負う理由も理解できる。

 

 だから、普段の行動にそれが滲むのも分かる。

 

 それでも、今日は少しおかしかった。

 

「なんでもないよ。ごめんな、シャル」

 

「なら、いいんだけど」

 

 なんでもなくないよね。

 

 シャルロットは心の中でそう呟き、苦笑した。

 

 そんな顔を見せられて、気にしない方が無理だ。

 

 けれど、こういう時の一夏に何を言っても、すぐには届かないことも分かっている。

 

 無理に踏み込めば、かえって一夏は自分の中へ潜ってしまう。

 

 だからシャルロットは、いったんそのままにした。

 

 視線を少し移す。

 

 一夏の隣には、ラウラがいた。

 

 普段とは真逆に、妙に縮こまっている。

 

 背筋は伸びている。

 姿勢は正しい。

 だが、視線が落ち着かない。

 時折、周囲を確認し、特に一夏の方を見ては、すぐに顔を赤らめて俯く。

 

 その事情は、シャルロットにはよく分かっていた。

 

 不安ではない。

 

 むしろ、微笑ましい。

 

(ラウラってば、ここ最近、本当に可愛らしくなったよね)

 

 シャルロットは、こっそりそう思う。

 

 これが彼女の素の表情なのだろうか。

 

 だとしたら、本当は安心してばかりもいられない。

 

 一夏を巡る恋敵なのだから。

 

 だが、うつむきがちに恥じらうラウラを見ていると、やっぱり可愛いよね、と納得してしまう。

 

 先日の学園付近へのDD襲撃の後、シャルロットたちは改めて皆で水着を買いに出かけた。

 

 ラウラから水着選びの協力を求められた時、つい笑顔になってしまった。

 

 多分、恋敵としてはいけないことなのだろう。

 

 だが、その時も、今も。

 

 シャルロットは、ラウラの変化を友人として嬉しく思っていた。

 

 ラウラは、純粋な軍事目的に作られた試験管ベビーである。

 

 それは本人から聞いている。

 

 対DD戦が激しさを増すにつれ、感情を消去され、戦闘に特化した一兵士として調整されていったことも、ある意味では自然な成り行きだったのかもしれない。

 

 世界がそういう人間を必要としていた。

 

 誰かがそれを作った。

 

 ラウラは、その結果としてここにいる。

 

 だから、恋の行方はともかくとして。

 

 ラウラが少しずつでも、確かに笑顔を取り戻していくことは、シャルロットにとって何より喜ばしいものだった。

 

 そして、笑顔を取り戻したのはラウラだけではない。

 

 箒も。

 セシリアも。

 鈴も。

 そして自分も。

 

 一夏と出会って、ちゃんと笑えるようになったのではないか。

 

 DDによって、生き方に何かしらの影響を受けたのは、ラウラ一人ではない。

 

 言い方は悪いが、シャルロットは、万一に備えて血筋を残すためのバックアップとして生まれたことを理解している。

 

 セシリアは、複雑な関係だったらしい両親をDDの襲撃で失い、貴族の末裔として今も苦労している。

 

 箒は、束の家族というだけで要人保護プログラムの適用を受け、全国各地を転々とせざるを得なかった。

 

 鈴は、ISに関わったことで両親の意見が食い違い、離婚した。

 

 一夏も、同じようなものだ。

 

 自分たちと周囲、社会との関わり方が、DD一色に塗りつぶされていく。

 

 それは決して、愉快なことでも、面白いことでもない。

 

 けれど、そこに一夏という要素が加わった。

 

 掛け値のない優しさに触れた。

 

 それがどれほどのものなのか、自分にも、他人にも、正確には推し量れない。

 

 だが、確かに。

 

 心からの笑顔を取り戻すことができた。

 

 一夏を自分のものにしたいなら、ラウラの足を引っ張るのが正しいのかもしれない。

 

 シャルロットは、また苦笑する。

 

 そんな慈愛とも、おおらかさともつかない思いをよそに、一夏は相変わらず難しい顔をしていた。

 

 その時、車内の盛り上がりに、低い声が飛んだ。

 

「そろそろ目的地に着く。全員、ちゃんと席に座れ」

 

 千冬だった。

 

 彼女の一喝に、生徒たちはさっと着席する。

 

 普段からの指導力がうかがえた。

 

 一夏も、思い出したように顔を上げる。

 

 だが、千冬の後ろ姿を見た瞬間、また視線が止まった。

 

 先日、横島と千冬のやり取りを見て、一夏は大いに慌てた。

 

 姉に良い人ができたのではないか。

 

 そう思った。

 

 隣にいた箒の深い溜息に気づきもしないほどに。

 

 千冬は、一夏にとって唯一の肉親だ。

 

 いずれ、誰か似合いの人と一緒になるのだろう。

 そうなるべきなのだろう。

 

 ぼんやりと、そう考えたことはある。

 

 だが、そこに現実感はなかった。

 

 姉はいつまでも姉だった。

 強く、怖く、家ではだらしなく、自分に出席簿を投げつける人だった。

 

 その千冬が、男のネクタイを直す。

 

 あまりにも自然に。

 

 それが、一夏には強烈だった。

 

 当然、一夏は横島がどういう人物なのか知ろうとした。

 

 気に食わなければ、できる範囲でそれなりの対応を取ろうとも考えていた。

 

 難癖をつけて、ごねてやるくらいには思っていた。

 

 良い意味でも悪い意味でも奔放な姉であるから、横島も似たような感じなのかと思っていた。

 

 だが、実際に接してみた横島は、姉以上に奔放だった。

 

 そして、振り回されるばかりだった。

 

 ただ、それが決して不快ではなかった。

 

 それが余計に、一夏を戸惑わせていた。

 

     ◇

 

「あの、横島先生」

 

「ん? ああ、千冬の弟さん……確か一夏君だっけか。どうした?」

 

 放課後。

 

 整備場に入った一夏は、横島忠夫を見つけた。

 

 姉を呼び捨てにするな。

 

 その言葉が喉元まで出かかった。

 

 だが、一夏はどうにか飲み込む。

 

 整備課の先輩に聞いた通り、この時間なら横島はそこにいた。

 

 夏の日は長い。

 

 自主訓練を行う生徒たちの声が遠くから聞こえるアリーナに比べ、整備場は静かだった。

 

 居並ぶISが、薄い照明の下で静かに待機している。

 

 熱も、声も、汗もない。

 

 ただ、機械の匂いと、金属の冷たい存在感だけがある。

 

 横島は一夏を一瞥すると、すぐに打鉄へ目を戻した。

 

 手元の小さな金槌で、装甲の一部を細かく叩く。

 

 こん、こん、と乾いた音が響く。

 

 その音を聞いては、チェック表に何かを書き込んでいる。

 

 忙しそうだった。

 

 邪魔をしない方がいいかもしれない。

 

 一夏は一瞬そう思ったが、ここで引き下がっても、結局また悩むだけだ。

 

 うじうじしても仕方がない。

 

 そう思い直して、口を開いた。

 

「すみません。ちょっとお伺いしたいことがあったんですが……何されてるんですか?」

 

「ん? ああ、ぱっと見じゃ分かんねーか」

 

 横島は金槌を軽く振った。

 

「音を聞いて、金属疲労とか、異常を探ってるんだよ」

 

「そんなことができるんですか」

 

 一夏は思わず近づく。

 

「ISって、精密機器の塊だと思ってましたけど」

 

「精密機器の塊なのは間違いないけどな。検査する項目によっては、慣れればできる。どっか悪ければ音が違うし、手応えも何となく違う」

 

 横島はまた装甲を叩く。

 

 こん、と響く音。

 少し場所をずらして、またこん。

 

「まあ、量産機だからできる話だけどな。そもそもISがそんなヤワだったら、試合も戦闘もできないだろ」

 

「かもしれません」

 

 一夏は頷く。

 

「でも、量産機だからっていうと、白式だと無理なんですか?」

 

「無理だな」

 

 横島はあっさり言った。

 

「ああいう専用機は、パーツ自体もワンオフ……共通規格じゃない特注品も多い。一定の基準を設定できる量産機とは、ちいっと違う」

 

「だから白式は、専用機の専任チームがメンテナンスしてるんですね」

 

「そういうこと」

 

 横島はチェック表に線を引く。

 

「たまに自分でメンテナンスしてる人たちもいますけど……生徒会長とか」

 

「あんな化け物どもは参考にならねーだろ」

 

 横島は心底嫌そうに言った。

 

「IS学園に入ってくる連中が、世界中から選り抜かれたエリートなのは分かってるけどな。近くで見てると嫌になるよなあ」

 

「……先生でもそう思うんですか?」

 

 一夏は思わず笑った。

 

 横島は、そのエリートが集まるIS学園の教師ではないか。

 

「当たり前じゃねーか」

 

 横島は顔をしかめる。

 

「大体、俺は昔っからエリートなんて言葉を聞くと、さぶいぼ出るんだよ」

 

「そんな人たち相手に、毎朝ナンパしてるのに?」

 

「ばかやろ、あれは挨拶みてーなもんだ」

 

 横島は胸を張る。

 

「たとえエリートだろうが何だろうが、そこに美女がいるならナンパする。それが男ってもんだろ」

 

「……ですか?」

 

 一夏が乾いた笑いを漏らす。

 

 横島は顔をしかめた。

 

「んだよ。黙っててもモテて仕方ない奴には分かんねーか」

 

 今度は横島が、へっと皮肉な薄笑いを浮かべる。

 

「モテて、って……そんなことないですけど」

 

「ああんっ?!」

 

「あだだだだだだっ、なにするんですか先生っ?!」

 

 さらっと流した一夏の態度は、横島にとって憎たらしいどころではなかった。

 

 持っていた金槌で殴ってやろうかと思ったが、そこは多少なりとも経験を積んだ大人である。

 

 こめかみを思い切りぐりぐりする程度で許してやった。

 

「うるせっ。ピートみたいに余裕ぶりやがって」

 

「余裕ぶってませんよっ!!」

 

 横島の手が緩んだ隙に、一夏はどうにか抜け出した。

 

 じんじん痛むこめかみを押さえ、涙目で抗議する。

 

 横島は我関せずと、また打鉄に目を向けた。

 

「どちくしょー。俺だって高校ん時は多少はなー……やっぱり多少もモテてねー……」

 

 さめざめと涙を流しながらも、手は止まらない。

 

「んで、何よ? 用事があったんだろ?」

 

「あ、えっと。はい、そうでした」

 

 一夏は乱れた髪を直しながら呟いた。

 

 言ったはいい。

 

 だが、いざ姉とどういう関係なのか、面と向かって直球で聞くのは難しかった。

 

 少し押し黙る。

 

 考え込んだ末に、浮かんだ言葉を口から押し出した。

 

「……いえ、先生とは同じ男同士なのに、あんまりお話しする機会がないなあと思って」

 

「ほう」

 

「周りが女の子ばかりだと、気が休まらないじゃないですか」

 

 いかに女好きとはいえ、接点の少ない横島に話しかける理由としては違和感がない。

 

 一夏はそう思った。

 

 だが。

 

「お、俺にその気はないぞ?」

 

 横島が板書用のボードを尻に当て、ものすごい勢いで後ずさった。

 

「違いますよっ!!」

 

「本当か? 本当だな? 更衣室で“一緒に着替えようぜ”とか言って肩を抱いたりしないよな? そんなことしたら泣くぞ俺」

 

「しませんからっ!!」

 

 一夏は叫ぶ。

 

「えーと、ですからね? ともかく。せっかく学園にいる数少ない男性同士なんですから、もうちょっと交流を深めたいというか」

 

「おホモだちは遠慮します」

 

「ですからっ!!」

 

「冗談だよ。頭かてーなあ」

 

「……こんなにおちょくられれば、多少怒っても仕方ないと思いますけど」

 

「まーなー」

 

 横島は手をひらひらさせた。

 

「まあでも、ようやっと普通の表情になってきたじゃん」

 

「え?」

 

 横島は書類を整備用のデスクへ置いた。

 

 胸元からタバコを取り出そうとする。

 

 だが、格納庫が禁煙であることを思い出し、ばつが悪そうにポケットへ戻した。

 

 やれやれと気だるそうに打鉄へ背を預け、一夏を見据える。

 

 デスクの上に置いていた缶コーヒーを、一夏へ放った。

 

 一夏は慌てて受け取る。

 

 横島も自分の缶を開けた。

 

「いや、なんか堅い顔してたからさ。話すんなら、肩の力が抜けた方がいいだろ」

 

「……分かってたんですか」

 

「そりゃ、まあな」

 

 横島は缶コーヒーを一口飲む。

 

「俺も、お前に全く関わらないわけじゃないしな。模擬戦とかも出張先で見てたし、白式のデータ解析なんかも手伝わされてるからな」

 

「そうだったんですか?」

 

「直接メンテはしないけどな」

 

 横島は肩をすくめる。

 

「でもさ、その度に思ってたんだよなあ」

 

「……何をですか?」

 

 横島は、かー温い、と分かりきった愚痴を吐く。

 

 一夏は次の言葉を待った。

 

 温いコーヒーを一口飲む。

 

「お前くらいの年頃だったら、こんな環境にいたら、なおのこと、ちちしりふとももー! とか騒いでたり、もうちょっとぎらぎらした目をしてた方が自然かなって」

 

 横島は真顔で言った。

 

「お前、やっぱりホモなのか?」

 

「だから、ホモじゃありませんっ!!」

 

 さも決まったことのように言われ、一夏は抗議の声を上げる。

 

「わははははっ、まあ許せよ。こっちは散々モテねー高校生活送ったんだから、多少やっかんだってバチは当たらんだろ」

 

「先生が言うみたいに、モテてなんかいませんよ……」

 

 一夏は缶コーヒーを両手で持ったまま、少し遠い目をした。

 

「女の子におもちゃにされてるだけです。何かっていうと、人を景品にして遊んだり、竹刀ではたいたりするんですから」

 

「あー、剣道部の……箒ちゃんだっけか?」

 

 横島は思い出したように言う。

 

「榊原先生が嘆いてたな、そーいや」

 

「先生、榊原先生にまで手を……」

 

 一夏の中で、いくつかの不穏な想像が走った。

 

 男運が悪いことで有名な榊原先生が、今度は横島に引っかかったのか。

 

 いや、それなら千冬姉はどうなる。

 

「ちげーよ」

 

 横島が即座に否定した。

 

「お前らが竹刀をばんばか折ったり壊したりするから、俺のところに修理依頼が回ってきてるだけだっての。ちょっとは自重しろ」

 

「いや、それを僕に言われても……」

 

 だが、全く無関係とも言えない。

 

 一夏は少しばつが悪くなった。

 

 普段の練習でも、打ち込みの数は多い。

 

 竹刀が傷むのは仕方ない。

 

 ただ、折れるのは大概、箒の機嫌が悪い時だ。

 

 一夏もその被害を受ける側だが、まさか横島にまで迷惑をかけているとは思っていなかった。

 

「……先生、竹刀直せるんですか?」

 

「直せるわけねーだろ」

 

 横島は即答した。

 

「職員の間で便利屋になってるだけだよ。めんどくさいことはあいつに回せーってな」

 

「災難ですねぇ……」

 

「片棒担いでるお前に言われたくねーけどな」

 

 横島は一夏を睨む。

 

「終いにはセシリアちゃんの弁当食わせっぞ、このやろう」

 

「ああ……」

 

 一夏の顔から色が抜けた。

 

 横島は、その反応を見て少し目を細める。

 

「……まさか」

 

「割と食べてます……」

 

 一夏は遠い目になった。

 

「お昼時、たまにですけど、なぜだかみんながお弁当を作ってきてくれて、全部食べなきゃ帰れないって雰囲気になるんですよ」

 

「うわ」

 

「いくら教えても全然上手くならないんですよね、彼女……」

 

 口から魂が抜け出しそうな声だった。

 

 横島の記憶にも新しい。

 

 味も見た目も常軌を逸している、セシリアの弁当。

 

 かつて美神に食べさせられたイモリの黒焼きにも匹敵する衝撃。

 

 それで腹を壊して欠勤したばかりである。

 

 なぜセシリアがわざわざ自分に弁当を作ってきたのかは、いまいち分かっていない。

 

 だが、このモテ男に痛い目を見せてやる、と横島は息巻いた。

 

 息巻いたのだが。

 

「あれを割とか……」

 

「ええ……」

 

 不意に、横島の胸に憐憫の情が湧いた。

 

 彼は一夏の肩を叩く。

 

 そして、そっと右手を差し出した。

 

「イケメンにゃ、イケメンなりの苦労があんだな……」

 

「先生……」

 

 ようやくあの苦しみを分かってくれる人がいた。

 

 一夏は胸を熱くし、その手を取った。

 

 その瞬間。

 

 ぱんっ、と小さな破裂音がした。

 

「うわっ?!」

 

 一夏の視界が、真っ白に弾ける。

 

 雷ではない。

 火花でもない。

 けれど、目の前でカメラのフラッシュを焚かれたような、妙にまぶしい白い光が広がった。

 

 同時に、握った手のひらから腕へ、ぴりりとした痺れが走る。

 

「わっはっはっはっは! 油断するからだ!」

 

「な、何したんですか先生っ?!」

 

 一夏は反射的に手を離し、床に尻餅をついた。

 

 痛いというほどではない。

 

 だが、指先がじんじんする。

 肩のあたりまで、変な力が抜けたような感覚が残っていた。

 

 横島は勝ち誇った顔で、右手をひらひらさせている。

 

「対DD用簡易フラッシュ、握手版だ。目くらましと軽い脱力効果つき。近距離で噛みつかれそうになった時なんかに、ちょいと怯ませるための小道具だな」

 

「人で実験しないでくださいよ!」

 

「大丈夫だって。生身相手だと、ちょっとびっくりするくらいに抑えてある。女の子相手には絶対やらん」

 

「男ならいいんですか?!」

 

「モテ男ならいい」

 

「理不尽だ!」

 

 横島は、にやりと笑った。

 

「いろんな女の子に弁当作ってきてもらえるだけで勝ち組なんだよ、バカヤロウ」

 

「勝ち組って……あれを食べたことあるなら分かるでしょう?!」

 

「分かる。分かるが、それはそれ、これはこれだ」

 

「大人げないっすよ、先生……」

 

 床に座り込んだまま、一夏は恨めしげに横島を見上げる。

 

 横島は、打鉄の装甲を軽く叩きながら、満足げに頷いた。

 

「しかし、束謹製の対DD拡散コーティングは優秀だな。出力を逃がしすぎず、相手に残しすぎず。後でレポート上げとこう」

 

「だから僕で試さないでくださいって!」

 

 その後、怒った一夏が横島を追い回した。

 

 アリーナで白式を展開してまでやり込めようとしたのだが、ゴキブリのように逃げ回る横島に攻撃は当たらない。

 

 結局、千冬に見つかって、二人とも折檻された。

 

 ただ、その日、横島が一夏をからかったのは結局その程度だった。

 

 ひとしきりの喧嘩を終えた後。

 

 どうしても一夏が警戒したにせよ、その後は何かにつけて横島は一夏の面倒を見た。

 

 白式のメンテナンスはできない。

 

 だが、データモニター役を買って出た。

 装備の似通った打鉄と比較した上で、動き方の癖や、エネルギー消費の偏りについてアドバイスもした。

 

 そうしているうちに、一夏にとって横島は、学園の中で気の置けない存在になっていった。

 

 精神的な助けにもなった。

 

 結局のところ、横島も横島で、学園内に年の近い同性の知り合いが欲しかったのかもしれない。

 

 もっとも、自身の暇と一夏の油断を見つけては、気晴らしにからかっていたのだけれど。

 

     ◇

 

「ほら一夏、みんな降りてるよ?」

 

「え? ああ、そっか。ありがとな、シャル」

 

 考えふけっていた一夏は、バスが目的地に到着したことにも気づかなかった。

 

 シャルロットに肩を叩かれて、ようやく席を立つ。

 

 女生徒たちは、皆足取りも軽やかにバスから飛び出していく。

 

 窓の外には、どこまでも広がる蒼い海。

 

 高い入道雲。

 

 今さらながらその景色に気づいた一夏は、ようやく顔をほころばせた。

 

「まあ、千冬姉と横島さんが今すぐどうにかなるってわけじゃないだろうし……」

 

 一人、そう囁く。

 

 一夏も皆を追って、バスを降りた。

 

 人工島として整備されたIS学園とは違う、自然の強い陽射しがある。

 海辺の緑が、濃い影を作っている。

 潮風が肌を撫でる。

 

 一夏は気持ちを切り替えようと、大きく息を吸った。

 

 潮風に流されて、胸のもやも少しだけ薄れていく気がした。

 

「白式の新兵装テストもするとか言ってたしな。ぼんやりしてたら怪我するぞ、っと」

 

「その通りだ。さっさと集合せんか、馬鹿者」

 

「うわっ、千冬姉っ?!」

 

「織斑先生だと何遍言えば分かる」

 

 ばあん、と出席簿が一夏の頭をはたいた。

 

 一夏は頭を抱えてうずくまる。

 

 入学以来、何回目か分からない。

 

 それにしても、臨海学校にまで出席簿を持ってくることはないだろう。

 

 そんなささやかな反抗を心の中で試みる。

 

 だが、千冬に一睨みされ、一夏は縮こまった。

 

「なんだ。私の顔に何かついているか?」

 

「な、なんでもないっす!」

 

「なんでもありません、だ。教師へは敬意を持って接しろ」

 

 再び出席簿が落ちた。

 

 一夏は、もう一度うずくまる。

 

「織斑せんせーい、ちょっとよろしいですかー」

 

「どうした、山田先生?」

 

「いえ、リストにない荷物が……」

 

 真耶が千冬を呼んだ。

 

 その隙に、これ以上はたまらないと、一夏は逃げるように集合場所へ駆けていく。

 

 大体、誰のせいでこんな気分なんだ。

 

 理不尽だ。

 

 そんな愚痴が胸に浮かぶ。

 

 だが、あまりにも普段と変わらない千冬の様子に、逆に安心している自分にも気づいた。

 

「まあいいや。横島さんは臨海学校には最終日しか来ないって聞いてるし、楽しむ……じゃない、せいぜい頑張るか」

 

 建前でも何でも、これは学習なのだ。

 

 遅いですわよ、と手を振るセシリアたちの方へ、一夏は足を速める。

 

 そうだ。

 

 一人で仏頂面をしていても、何がどう変わるわけでもない。

 

 一夏はそう思い定め、花月荘前に整列する一組の最後尾に加わった。

 

 その後方。

 

 真耶は、ISを装着していた。

 

 そして、どたばた暴れるスーツケースを、鎖でがんじがらめにして外洋へ投棄すべく飛んでいた。

 

 スーツケースは、なぜか中から声を上げている。

 

「待て、話せば分かる! 俺はただ臨海学校の安全確認をだな!」

 

「横島さん、荷物リストにありませんでしたよね?!」

 

「俺は荷物じゃない、人間だー!」

 

 真耶は泣きそうな顔で、それでも容赦なく高度を上げる。

 

 千冬は、その様子を見上げながら呆れたように呟いた。

 

「とりあえず、私は事前に警告していたよな」

 

 呟いたとか、呟かなかったとか。

 

 うじゃ。

 

     ◇

 

 同日夕刻。

 

 米国某IS基地。

 

 情報を統括する作戦司令室には、けたたましいアラートが鳴り響いていた。

 

 赤い警告灯が点滅する。

 モニタに表示された数値が、次々と更新される。

 オペレーターたちの声が飛び交う。

 

「ええい、うるさくて叶わん! 誰か止めてこいっ!!」

 

 司令が怒鳴った。

 

「しかし司令、規定では後三分は警報を止められません!」

 

「規定がどうした! それはアホの言う台詞だ!」

 

 忌々しげに、司令は足元のゴミ箱を蹴り飛ばした。

 

 普段なら、部下たちは震え上がり、すぐさま警報解除へ走っただろう。

 

 だが今、司令室にいるスタッフたちには、上官の機嫌を気遣う余裕などなかった。

 

 大型モニタに表示される無数の光点。

 

 その中でも、ひときわ大きく赤く点滅する反応。

 

 周囲には黄色い光点。

 

 DD。

 

 赤い反応は、そのDD群を従えるように、凄まじい速度で西進していた。

 

「いいか、絶対に福音を回収しろ!」

 

 司令は怒鳴る。

 

「最低限のISを残し、残りは全て捕獲に向ける。この際、回収の手段は問わん!」

 

「しかし司令、それではナターシャが!」

 

「最優先事項だ!」

 

 司令は部下を睨みつけた。

 

「ISのパーツでもっとも高価なものがパイロットと言えど、コアには代えられん!」

 

 その言葉に、オペレーターの一人が唇を噛んだ。

 

 だが、誰も反論できない。

 

 司令は、豪奢な革張りの椅子に体を放り出す。

 

 緊迫感に包まれた司令室の喧騒が、彼をますます苛立たせた。

 

 赤い光点は西へ進む。

 

 止まらない。

 

 それどころか、周囲のDD反応を引き寄せるように、速度を増している。

 

「万が一にも、福音を他国に渡すわけにはいかん」

 

 司令は深く、長く息を吐いた。

 

 口元を右手で覆い隠す。

 

 だが、焦燥は隠せない。

 

「対IS用ISなど、その存在自体が禁忌なのだからな……」

 

 モニタの赤い光が、彼の顔を不吉に照らしていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 年をまたいでもまだ続けっ。

 

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