ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第14話

 

 

 

 

 銀の福音が、DDとして認識されている。

 

 その報告は、悪い冗談にすらならなかった。

 

 いかに暴走しているとはいえ、人類を守るべきISが、人類の仇敵であるDDとして識別されるなど、あってはならない。

 

 間違いであってもならない。

 そもそも、あるはずがない。

 

 だが、指揮車のモニタは、冷徹にその事実を表示し続けていた。

 

「福音は高位体相当のエネルギーを放出しつつ、西へ侵攻中! 日本領海への到達予想時間は……あと三時間です!!」

 

 真耶の報告は、悲鳴に近かった。

 

 その声が、薄暗いオペレーションルームの空気を一瞬で凍らせる。

 

 千冬は、言葉を失った。

 

 横島も、束も、真耶も。

 

 誰もが、モニタに表示された赤い光点を見つめていた。

 

 束だけは、一見すると落ち着いているように見える。

 

 だが、彼女の指は止まらなかった。

 

 量子展開したキーボードの上を、異様な速度で滑っていく。

 

 何かを確認している。

 何かを探っている。

 そして、おそらくは何かを疑っている。

 

「そんなことがあってたまるか!」

 

 千冬が叫んだ。

 

「福音の周囲を飛び回るあいつらと誤認していないか、よく確認しろっ!!」

 

「い、いえっ!」

 

 千冬の怒号に、真耶は肩を震わせる。

 

 それでも、彼女は必死にパネルを操作した。

 

「周辺DD反応とは分離済みです! レーダー、熱源、機動軌道、エネルギー反応、全て照合しています! あの、その、全ての観測データが、福音を……いえ、福音そのものがDDだと示しています!」

 

「……」

 

 千冬は黙った。

 

 沈黙しただけだった。

 

 だが、その沈黙の方が、怒号よりも重かった。

 

 横島は、モニタを見据えたまま考え込んでいた。

 

 ISがどういうものか。

 その中枢に何が組み込まれているのか。

 束ほどには理解していない。

 

 だが、横島には別の視点がある。

 

 魂。

 霊体。

 霊的な反応。

 

 その観点から見れば、このデータが示す意味は、単なる機械の故障では済まない。

 

 暴走しているISがDDとして認識される。

 

 それはつまり、人類の側にあったはずの器が、少なくとも観測上は「あちら側」に踏み越えたということだった。

 

 モニタに表示された識別コードは、人間たちの感情など知らない。

 

 ただ、冷たく事実を示している。

 

「束っ!!」

 

 千冬が振り返る。

 

「どういうことだ、これはっ?!」

 

「んー」

 

 束はキーボードから指を離さない。

 

「分かると言えば分かるし、分かんないと言えば分かんない、かな?」

 

「何をふざけて……!」

 

「ふざけてなんかないよ」

 

 束は振り返りもしなかった。

 

「分かるのは、福音がDDって認識されてること。分かんないのは、なんでDDって認識されてるかってことだよ」

 

 それだけ言うと、再びデータ抽出へ集中する。

 

 もはや、千冬すら目に入っていないようだった。

 

「……くそっ!! 禅問答をしているのではないぞっ!!」

 

 千冬が拳をデスクへ叩きつけた。

 

 真耶が小さく悲鳴を上げる。

 

 薄暗いオペレーションルームは、再び静けさに包まれた。

 

 束がキーを叩く音だけが、モニタの光へ吸い込まれていく。

 

「……撃墜された米国のISは十機を越える」

 

 千冬は、歯を食いしばりながら言った。

 

「エネルギー限界を超えて暴走は止まらない。周囲にはまだあいつらが残存していて、しかも福音はこのままでは日本の人口密集地に到達する」

 

 モニタに映る予想進路。

 

 それは、臨海学校が開催されている付近を含む、太平洋沿岸数百キロ圏内を赤く染めていた。

 

 想定される限り、最悪の事態だった。

 

 横島の開発した防御シールド。

 銀の銃弾。

 対DD用の新兵装。

 

 そうしたものがあるにせよ、今の世界で人類を守る唯一の武器であるはずのISが、もしも都市を破壊したら。

 

 そこに住む人々が犠牲になったら。

 

 目の前で、ISとISが戦い、守る側であるはずの機体が撃墜されていったなら。

 

「ISは、あらゆる意味で最後の砦なんだぞ!」

 

 千冬の声が、震えた。

 

「万が一にも福音によって……ナターシャによって市民が殺傷されてみろ。それだけで世界中が大混乱に陥るんだっ!!」

 

 怒りは収まらない。

 

 当然だった。

 

 長く続く戦い。

 

 それが戦いと呼べるなら、だが。

 

 その中で共に戦ってきた仲間たちが、次々と散っていく。

 

 それを見ているだけでも、平静ではいられない。

 

 ましてや、ISが敵となったなどと告げられて、簡単に受け入れられるはずがなかった。

 

 普段からDDの脅威に耐えている市民たちが、自分たちを守るべきISに攻撃されたならどうなるか。

 

 千冬の焦燥がどれほどのものか、想像するのは難しくなかった。

 

「……千冬」

 

 横島が一歩、前に出た。

 

 そして、千冬の肩にそっと手を置いた。

 

 スーツ越しでも分かる、大きな手だった。

 

 千冬はゆっくり振り向く。

 

 横島は、まっすぐに千冬を見ていた。

 

 いつものようにはぐらかさない。

 茶化さない。

 逃げない。

 

 その力強い眼差しを、千冬は正面から受け止めた。

 

「落ち着けよ。らしくねーぞ」

 

「……すまん」

 

 千冬は大きく息を吐いた。

 

 視線を落とし、忌々しげに掌で顔を覆う。

 

「……見苦しいところを見せたな」

 

「いや、なんつーか」

 

 横島は少し困ったように笑った。

 

「お前もそうやって取り乱すことがあるんだな。なんか、改めて親近感湧くわ」

 

「……そりゃどうも」

 

 皮肉なのか、気遣いなのか。

 

 判断しづらい物言いだった。

 

 だが、横島のその言葉で、千冬の眼光が幾分柔らかくなる。

 

 丁々発止やり合う、普段の二人の軽口。

 

 大丈夫。

 

 いつもの織斑先生だ。

 

 真耶の口元も、ほんの少しだけ綻んだ。

 

 横島は、真耶へ視線を向ける。

 

「真耶ちゃん。座標、合ってるよね」

 

「……はい」

 

「データの入出力に間違いはない?」

 

「……はい」

 

「計測機器が故障してる可能性は……って、真耶ちゃんに聞くまでもないか」

 

 横島は自嘲気味に笑った。

 

「これだけの遠距離に対応できるレーダーを開発されたのは、横島さんですから」

 

 真耶はキータッチを止め、俯いた。

 

 横島自身も分かっている。

 

 自分が開発した機材だけに、故障の可能性がどれほど小さいかはよく分かっていた。

 

 ハードな環境下での使用も想定している。

 

 機構は極力単純化した。

 既存のレーダーと大きく違うのは、極端に言えば、組み込まれた精霊石の質と反応処理だけだ。

 

 誤作動しにくいように作った。

 

 誤作動しても、複数系統で照合できるようにした。

 

 その全てが、同じ結果を示している。

 

 横島は顔を上げた。

 

 日本へ向けて進み続ける福音。

 

 いや、DDとして認識された銀の光点を、瞳に焼き付ける。

 

「かと言って、日本政府からの依頼がないと、俺らは福音との戦端……いや、ナターシャの救出作戦は行えないか」

 

「政治的な中立は、決して行動の自由を保障するものではないからな」

 

 千冬は低く言った。

 

「下らんことだが……」

 

 IS学園は、その成り立ちからも必要性からも、専守防衛を旨としている。

 

 基本的に、直接的な脅威が明白にならない限り、部隊は動かせない。

 

 救出作戦ならなおさらだ。

 

 米国もしくは日本政府からの要請がなければ動けない。

 

 積極的な攻勢というものは、これまで防衛一辺倒だったDDとの戦いを考えれば必要なかった。

 

 だが、それを加味しても、世界有数の規模のISを保有する学園への規制は厳しい。

 

「米国は今回の件を未だ秘匿しているようだし、日本政府にすら対応の要請は出ていない」

 

 千冬は続ける。

 

「どちらにせよ、IS学園としては動けん。だが、いったん要請が入ってしまえば、福音の速度から考えて余裕はあまりない。後手に回らざるを得ん」

 

 もどかしさが滲む声だった。

 

 横島にも痛いほど感じ取れた。

 

 先ほどから、観測データは学園はもちろん、日米両政府にも転送している。

 

 だが、それがどれほどの効果をもたらすのかは分からない。

 

 反応があれば、学園からすぐ連絡が入るはずだ。

 

 しかし、その気配はない。

 

 刻一刻と状況は変化している。

 

 その中で、現実感を失わないよう努めるのが精々だった。

 

「まあ、現実問題、対応できないと不味いよな」

 

 横島が言う。

 

「何を呑気な」と言いかけて、千冬はやめた。

 

 彼も呑気に言っているわけではない。

 

 分かっている。

 

「このまま米国からの救助要請が出なければ、防空識別圏に侵入してから、戦略自衛隊のISにスクランブルがかかる」

 

 千冬は言った。

 

「だが日本近海では、タンカーや漁船などの船舶に目撃される可能性も出てくる」

 

「……だな」

 

「今回の件は、影響の大きさを考えれば、秘密裏に処理せざるを得ん」

 

 千冬の声は厳しかった。

 

「ある意味、情報が漏洩した時点で負けだ。しかし米国から戦闘データの詳細が提供されない限り、こちらも視界不良のまま戦わざるを得なくなる。十機以上のISを撃破した福音と戦端を開くなど、想像したくもないな」

 

「戦端、じゃなくて救出作戦、だろ?」

 

 横島は、さも当然のように言った。

 

 千冬は一瞬、横島を見る。

 

 それから、苦笑した。

 

 そうできればいい。

 

 そう思った。

 

「救出作戦を行うのであれば、少なくともブースターの活用を選択肢に入れざるを得んが」

 

「……だけど、ブースターは実戦テストどころか、本当にテスト一つしてないだろ」

 

 横島は親指で束を指した。

 

「さっきから一言も喋らない束ちゃん謹製の八咫烏を使って、初実験する予定だったし」

 

 束は、取り憑かれたようにデータ解析へ没頭している。

 

 横島の嫌味も届いていないらしい。

 

 付き合いの長い千冬も、束を横目に見ただけだった。

 

 すぐに横島へ視線を戻す。

 

「そもそも、ブースターを負荷なく利用できるのは八咫烏だけだしな。他の機体で試すにしても、実証データゼロでは荒っぽすぎる」

 

「戦闘データの詳細は不明とはいえ、ISが十機以上撃墜されているってのはつまり」

 

 横島はモニタを見る。

 

「遠隔にしろ近接にしろ、絶対防御、シールドがことごとく破られてるってことだろ?」

 

「ああ」

 

「それなら、なおのことブースターがあった方がいいんだが……」

 

「で、でも」

 

 真耶が恐る恐る口を挟む。

 

「横島さん……例の、想定される副作用を考えると、余程のことがない限りは」

 

 横島は黙った。

 

 真耶の言葉は正しい。

 

 開発者として、既存ISに新パーツを取り付けた際に起こり得る不具合には、看過できないものが含まれていることを理解していた。

 

 コアからのフィードバック。

 コアの残留意識が、操縦者の精神に直接干渉する可能性。

 

 それは、横島自身が過去に経験したものに近い。

 

 気が狂いそうなほどの干渉。

 自分の内側へ、知らない声や感情が流れ込んでくる感覚。

 

 あれをISパイロットが受けた場合、どうなるか。

 

 簡単に試せるものではない。

 

「でも、今がその余程の事態だしな……」

 

 横島は呟く。

 

 真耶は言葉を失った。

 

 千冬は、なおもモニタを見つめている。

 

 福音の接近を示す赤い光点は、止まらない。

 

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 

「どうする、千冬?」

 

 横島が改めて問いかけた。

 

 千冬の瞳には、まだ迷いが残っていた。

 

 指揮官として。

 教師として。

 かつての代表操縦者として。

 そして、ナターシャという一人のパイロットを知る者として。

 

 選ぶべき道は重い。

 

 その間にも、時間は削られていく。

 

 横島と真耶は、指揮官の言葉を待った。

 

「……決まっているだろう」

 

 静けさを打ち破る、千冬の一声。

 

 彼女は一つ咳払いをした。

 

 迷いを断ち切るように、背筋を伸ばす。

 

「真耶。理事長にコールだ」

 

     ◇

 

 秘匿回線で繋がった学園長室には、すでに轡木夫妻が待機していた。

 

 指揮車からのオートリンクで発された警報に、学園は既に対応していたのだろう。

 

 シールドの展開も確認できる。

 

 中天を過ぎた陽射しは、学園長室を明るく照らしている。

 

 だが、指揮車のモニタに映る夫妻の表情は、穏やかな午後にはまるで似合わない緊張を帯びていた。

 

「……織斑先生。報告を」

 

「はっ!」

 

 千冬は、簡潔に、だが必要な情報を落とさず報告した。

 

 吾輩は猫であるから指揮車へリンク、蓄積されたデータ。

 IS学園施設からの観測情報。

 福音の現在位置。

 米国機の撃墜状況。

 周辺DD反応。

 日本領海への到達予測。

 そして、銀の福音がDDとして認識されているという異常。

 

 混乱を極める日本政府からは、絶え間なく確認という名の悲痛な叫びが上がり続けている。

 

 それに対し、米国政府は沈黙を守り続けていた。

 

 不透明さを増す事態。

 

 そして、いかに暴走しているとはいえ、ISがISそのものを破壊しているという忌々しき現実。

 

 轡木夫妻ですら、この状況を受け止め切れていないのかもしれない。

 

 横島は、千冬と轡木のやり取りを背後で聞きながら、そう感じていた。

 

「……なるほど」

 

 報告を聞き終えた理事長は、右頬に手を当て、目を伏せた。

 

 すっかり見慣れた、考え込む時の癖だった。

 

 時間にすれば、そう長くはなかった。

 

 だが、沈黙した理事長の返答を待ちきれず、千冬が口を開いた。

 

「無茶だとは分かっております」

 

 千冬の声は硬い。

 

「そもそも、今回の受け持ちは日本政府の領分。それを承知で申し上げます」

 

 深く息を吸う。

 

「理事長。学園による銀の福音の、ナターシャの救出作戦実行の許可を」

 

「……」

 

 理事長は、弾かれたように顔を上げた。

 

 黙したまま、モニタ越しに千冬を見据える。

 

「今回の事件、不透明な部分が多すぎます」

 

 千冬は続けた。

 

「解明のためには、中立の立場からの生存者、ナターシャの証言、および機体の解析がどうしても必要になります」

 

 そこで一度、言葉を切った。

 

「それに」

 

 千冬は深呼吸した。

 

 そして続ける。

 

「それに何より、ISに……インフィニット・ストラトスに関わってきた全ての者たちが、これまで積み上げてきた信頼が、無に帰ろうとしているのです。座して認めるわけにはいきません」

 

 それは、千冬の想いのほとばしりだった。

 

 横島も、真耶も、押し黙って耳を傾ける。

 

「一線であいつらと対峙するパイロットだけが、ISに携わってきたわけではありません」

 

 千冬の声は、少しずつ熱を帯びていく。

 

「開発者の束。学園の教師たち。それだけがISに携わった全てではないのです」

 

 彼女の脳裏に、無数の人々の姿があった。

 

 大事な娘をパイロットとして送り出した両親。

 機体製作に心身を削った開発者たち。

 戦場で文字通り壁となりながら撤退戦を行った兵士たち。

 日々の不自由な暮らしに耐えながら、IS開発に協力してくれた市民たち。

 

 資源を回した工場。

 電力制限を受け入れた街。

 避難生活の中で、それでも「お願いします」と頭を下げた人々。

 

「皆の努力があってこそ、今のISがあります」

 

 千冬は言った。

 

「この世界に平和を取り戻そうと必死に働いた、大勢の人たちの強い意志があってこそなのです。その人たちを裏切るわけには……まいりません」

 

 政治的な背景を考えれば、学園による救出作戦の実行はほぼ不可能。

 

 それくらい、千冬も理解している。

 

 だが、言わずにはいられなかった。

 

 吐露した想いは、そのまま千冬の矜持でもあった。

 

 横島は傍らで聞いていた。

 

 かつて千冬が言ったことを思い出す。

 

 あいつらとの戦闘など、あらゆる手段を尽くした上での最終的なフィールドに過ぎない。

 

 背負うなどとおこがましいことは言わない。

 

 だが、それを忘れなければ、我々はより強くなれる。

 

 どこの世界でも、女は強いな。

 

 横島は苦笑した。

 

 その強さに振り回されたのも確かだ。

 

 けれど、だからこそ、横島も続いた。

 

「理事長」

 

 横島は一歩前へ出る。

 

「俺からも、お願いします」

 

 そして、深々と頭を下げた。

 

「救出作戦の許可を」

 

 真耶も立ち上がり、同じように頭を下げる。

 

 その姿を見て、理事長は数瞬、黙した。

 

 そして、自らの言葉を確かめるように慎重に、だが一息に告げた。

 

 スピーカーから伝わった返答は、千冬たちの期待とは異なるものだった。

 

「日本近海に向け侵攻する、正体不明の高位体は、学園への脅威と認識。これを撃滅せよ。IS学園としての命令は以上です」

 

 千冬の表情が、わずかに沈む。

 

 その落胆は、横島にも手に取るように分かった。

 

 そうするしかない。

 

 別命あるまで待機と言われなかっただけ、まだましだ。

 

 理解はできる。

 

 だが、ナターシャの顔がちらつく。

 

 戦死したパイロットたちの顔がちらつく。

 

 撃破できるかどうかすら分からない。

 だが、どちらにせよ、これでは何も分からない。

 

 ナターシャたちは、まるで無駄死にではないか。

 

 声にならない千冬の叫びを、轡木がゆっくりと手を挙げて制した。

 

 妻である理事長に代わり、轡木が前へ出る。

 

 普段あまり見せない、人の悪い笑みを浮かべていた。

 

「私たちは、必ずしも福音を撃破せよとは言っておりませんよ」

 

「……?」

 

 千冬は戸惑う。

 

 その隣で、横島がはっと顔を上げた。

 

「……そうか!」

 

 横島が快哉を上げる。

 

「観測データは、あれが高位体であることを示しています。ISではない。高位体の討伐は困難を極めるが、何しろ緊急を要する事態だ」

 

 横島は一気に言葉を継ぐ。

 

「目標の分析、可能ならば捕獲。無理ならば撃滅。IS学園の権限において、直近の、そして将来の脅威の接近に対処するため、アラスカ条約に基づき、独自の防衛行動へ移るだけということです」

 

 横島は口元を歪めた。

 

「アメリカが何か言ってきたら、そう返答せざるを得ません」

 

 この命令ならば、学園側の行動を制限するものはない。

 

 未だ距離があるとはいえ、侵攻ルートも予測されている。

 

 防衛行動は取れる。

 

 米国政府にも、日本政府にも、必要以上に遠慮する必要はない。

 

 この悪夢のような事件も、表向きはDDによるものとして処理できる。

 

 そして、可能であればという前提つきだが、福音の回収すら学園側で行うことができる。

 

 最悪の場合でも、IS学園が――千冬が、福音の最後を見取ることもできる。

 

 その理屈に、千冬と真耶もすぐ気づいた。

 

 二人は顔を見合わせ、大きく頷く。

 

「ありがとうございます。理事長、轡木さん!」

 

「何をですか?」

 

 轡木は、ほっほと笑った。

 

 肩をすくめた理事長も苦笑する。

 

 そして、千冬たちへ告げた。

 

「事態は一刻を争います。学園からは榊原先生を隊長とした六機、二個小隊を出動させる予定です。これでよろしいですか?」

 

「六機も……」

 

 真耶が小さく呟く。

 

 転送されてきたデータには、ラファール・リヴァイヴを中心とした編隊のメンバーが示されていた。

 

 教員のみで編成された部隊。

 

 最年長は榊原だった。

 

 それはそのまま、実戦経験の豊かさを示している。

 

 他のメンバーも、練達の名手揃いだった。

 

 米国の熟練パイロットたち十数名が、暴走に振り回されたとはいえ次々に各個撃破された事実。

 

 それを踏まえ、質・量ともに万全の構えで臨む強い意志が込められていた。

 

「福音が米国ISのシールドをことごとく破ってきた事実、戦闘データの提供が受けられない状態を踏まえ、遠隔打撃に優れたラファールを中心といたしました」

 

「それで結構です」

 

 千冬は即答した。

 

 横島たちにしても、一次的な対応は威力偵察を行うしかないと結論していた。

 

 その後、遠隔打撃。

 そして近接戦闘。

 

 近接戦闘に入るまでに、どれだけ福音を消耗させられるかが鍵となる。

 

「分かりました。すぐに出動させますから、程なく合流できるでしょう」

 

 理事長は続ける。

 

「慎重に探りながらの戦いにはなるでしょうが、可能な限り海上での決着をお願いいたします。沿岸部への避難指示は、追って日本政府から出るでしょう」

 

 臨海学校に引率で来ていた教員も、打鉄を使用すれば六名は振り向けられる。

 

 合わせて十二機。

 三個小隊。

 

 八咫烏を加えれば十機。

 

 これまでの対DD戦を加味しても、あまり類を見ない規模だった。

 

「部隊の指揮は織斑先生に一任いたします。生徒の避難誘導に関しては、教員はもちろんですが、保護義務を名目に戦自へ要請を出しましょう」

 

「了解しました!」

 

 千冬は背筋を伸ばし、敬礼した。

 

 その後ろ姿に、先ほどまでの弱さはもう見えない。

 

 横島は、その芯の強さに、元の世界の除霊事務所の所長にも通じるものを感じていた。

 

 そこはかとなく懐かしい。

 

 だが。

 

「ああそうそう、横島先生?」

 

「へ?」

 

 突然かけられた轡木の言葉に、横島は間の抜けた返事をした。

 

「確か、明後日までは学園にいるはずでしたね?」

 

「え、いや、その……ははははははははは」

 

 轡木夫妻のジト目に、横島の額から冷や汗が噴き出した。

 

 指揮車内部は、クーラーが効いているはずなのに。

 

「……霊力維持のためとはいえ、あまり羽目を外しすぎませんように」

 

「はい……」

 

「まあ、そのおかげかもしれませんが」

 

 轡木はモニタを切り替えた。

 

「今回、ストックの一部を榊原先生に渡すことができました」

 

 画面に、榊原が手にしたジュラルミンケースが映し出される。

 

 封印シールを目にして、榊原は確認するようにケースを軽く叩いていた。

 

「到着次第、横島先生に渡すよう伝えてあります」

 

 轡木は言う。

 

「これを活用して、予測進路上の沿岸部に補助シールド展開をお願いいたします。万が一にも、市民に死傷者を出すわけにはいきませんので」

 

「地脈のエネルギーに比べれば褒められたもんじゃないですが、了解です」

 

 横島は頷く。

 

 そして、千冬を見る。

 

「てか千冬、あれ轡木さんにも渡してたんかい」

 

「問題あるまい?」

 

 千冬は当然のように言った。

 

「私の部屋に夜這いには来られても、轡木さんの部屋に侵入はできんだろうしな」

 

「そこまで読んでんのかよ……」

 

 横島は天を仰いだ。

 

 まったく、大した女だよ。

 

 そう呟く。

 

「さて」

 

 轡木の咳払いが、再び皆の意識を引き戻した。

 

「人事を尽くして……ではありませんが。作戦の成功を祈念しています。織斑先生、頼みましたよ」

 

「はっ!!」

 

 千冬の最敬礼と共に、通信がいったん切れる。

 

 暗転したモニタの残映が、視界から消える。

 

 その背中へ、横島が呟いた。

 

「……んじゃ、作戦の再確認といこうか。あんだけ大見得切ったんだ。成功させなきゃ、な」

 

 その時。

 

 しばらく押し黙っていた束が、ようやく口を開いた。

 

 キータッチする手は止めない。

 

 モニタからも目を離さない。

 

 複数の作業を並行したまま、淡々と言った。

 

「当初の予定通り、八咫烏は出してもいいよん」

 

「束」

 

「だけど、一つだけ条件があるんだよ」

 

「条件?」

 

 千冬が問い返す。

 

 束は、そこで初めて顔を上げた。

 

「福音の生け捕り」

 

 軽い声だった。

 

 だが、その目は笑っていない。

 

「どうしても、実機を確認しなきゃいけないみたい」

 

 やー、コンピューター万能ってわけでもないねー。

 

 束はクスクスと笑う。

 

 千冬は、その笑いを受け流した。

 

 まるで誰かに宣言するように、毅然と返答する。

 

「もとより、そのつもりだ」

 

 千冬はモニタに映る赤い光点を見据えた。

 

 命令書の上では、目標は正体不明高位体。

 必要ならば撃滅。

 それが、IS学園が動くための名目だった。

 

 だが、千冬が見ているのは赤い識別表示ではない。

 

 銀の福音。

 暴走したIS。

 DDとして認識された機体。

 そして、その中にいるナターシャ。

 

 千冬は、はっきりと言い切った。

 

「これは撃墜任務ではない。ナターシャの救出作戦だ」

 

 

 

     ◇

 

 

 

 中二病っぽく続け。

 

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