ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
銀の福音が、DDとして認識されている。
その報告は、悪い冗談にすらならなかった。
いかに暴走しているとはいえ、人類を守るべきISが、人類の仇敵であるDDとして識別されるなど、あってはならない。
間違いであってもならない。
そもそも、あるはずがない。
だが、指揮車のモニタは、冷徹にその事実を表示し続けていた。
「福音は高位体相当のエネルギーを放出しつつ、西へ侵攻中! 日本領海への到達予想時間は……あと三時間です!!」
真耶の報告は、悲鳴に近かった。
その声が、薄暗いオペレーションルームの空気を一瞬で凍らせる。
千冬は、言葉を失った。
横島も、束も、真耶も。
誰もが、モニタに表示された赤い光点を見つめていた。
束だけは、一見すると落ち着いているように見える。
だが、彼女の指は止まらなかった。
量子展開したキーボードの上を、異様な速度で滑っていく。
何かを確認している。
何かを探っている。
そして、おそらくは何かを疑っている。
「そんなことがあってたまるか!」
千冬が叫んだ。
「福音の周囲を飛び回るあいつらと誤認していないか、よく確認しろっ!!」
「い、いえっ!」
千冬の怒号に、真耶は肩を震わせる。
それでも、彼女は必死にパネルを操作した。
「周辺DD反応とは分離済みです! レーダー、熱源、機動軌道、エネルギー反応、全て照合しています! あの、その、全ての観測データが、福音を……いえ、福音そのものがDDだと示しています!」
「……」
千冬は黙った。
沈黙しただけだった。
だが、その沈黙の方が、怒号よりも重かった。
横島は、モニタを見据えたまま考え込んでいた。
ISがどういうものか。
その中枢に何が組み込まれているのか。
束ほどには理解していない。
だが、横島には別の視点がある。
魂。
霊体。
霊的な反応。
その観点から見れば、このデータが示す意味は、単なる機械の故障では済まない。
暴走しているISがDDとして認識される。
それはつまり、人類の側にあったはずの器が、少なくとも観測上は「あちら側」に踏み越えたということだった。
モニタに表示された識別コードは、人間たちの感情など知らない。
ただ、冷たく事実を示している。
「束っ!!」
千冬が振り返る。
「どういうことだ、これはっ?!」
「んー」
束はキーボードから指を離さない。
「分かると言えば分かるし、分かんないと言えば分かんない、かな?」
「何をふざけて……!」
「ふざけてなんかないよ」
束は振り返りもしなかった。
「分かるのは、福音がDDって認識されてること。分かんないのは、なんでDDって認識されてるかってことだよ」
それだけ言うと、再びデータ抽出へ集中する。
もはや、千冬すら目に入っていないようだった。
「……くそっ!! 禅問答をしているのではないぞっ!!」
千冬が拳をデスクへ叩きつけた。
真耶が小さく悲鳴を上げる。
薄暗いオペレーションルームは、再び静けさに包まれた。
束がキーを叩く音だけが、モニタの光へ吸い込まれていく。
「……撃墜された米国のISは十機を越える」
千冬は、歯を食いしばりながら言った。
「エネルギー限界を超えて暴走は止まらない。周囲にはまだあいつらが残存していて、しかも福音はこのままでは日本の人口密集地に到達する」
モニタに映る予想進路。
それは、臨海学校が開催されている付近を含む、太平洋沿岸数百キロ圏内を赤く染めていた。
想定される限り、最悪の事態だった。
横島の開発した防御シールド。
銀の銃弾。
対DD用の新兵装。
そうしたものがあるにせよ、今の世界で人類を守る唯一の武器であるはずのISが、もしも都市を破壊したら。
そこに住む人々が犠牲になったら。
目の前で、ISとISが戦い、守る側であるはずの機体が撃墜されていったなら。
「ISは、あらゆる意味で最後の砦なんだぞ!」
千冬の声が、震えた。
「万が一にも福音によって……ナターシャによって市民が殺傷されてみろ。それだけで世界中が大混乱に陥るんだっ!!」
怒りは収まらない。
当然だった。
長く続く戦い。
それが戦いと呼べるなら、だが。
その中で共に戦ってきた仲間たちが、次々と散っていく。
それを見ているだけでも、平静ではいられない。
ましてや、ISが敵となったなどと告げられて、簡単に受け入れられるはずがなかった。
普段からDDの脅威に耐えている市民たちが、自分たちを守るべきISに攻撃されたならどうなるか。
千冬の焦燥がどれほどのものか、想像するのは難しくなかった。
「……千冬」
横島が一歩、前に出た。
そして、千冬の肩にそっと手を置いた。
スーツ越しでも分かる、大きな手だった。
千冬はゆっくり振り向く。
横島は、まっすぐに千冬を見ていた。
いつものようにはぐらかさない。
茶化さない。
逃げない。
その力強い眼差しを、千冬は正面から受け止めた。
「落ち着けよ。らしくねーぞ」
「……すまん」
千冬は大きく息を吐いた。
視線を落とし、忌々しげに掌で顔を覆う。
「……見苦しいところを見せたな」
「いや、なんつーか」
横島は少し困ったように笑った。
「お前もそうやって取り乱すことがあるんだな。なんか、改めて親近感湧くわ」
「……そりゃどうも」
皮肉なのか、気遣いなのか。
判断しづらい物言いだった。
だが、横島のその言葉で、千冬の眼光が幾分柔らかくなる。
丁々発止やり合う、普段の二人の軽口。
大丈夫。
いつもの織斑先生だ。
真耶の口元も、ほんの少しだけ綻んだ。
横島は、真耶へ視線を向ける。
「真耶ちゃん。座標、合ってるよね」
「……はい」
「データの入出力に間違いはない?」
「……はい」
「計測機器が故障してる可能性は……って、真耶ちゃんに聞くまでもないか」
横島は自嘲気味に笑った。
「これだけの遠距離に対応できるレーダーを開発されたのは、横島さんですから」
真耶はキータッチを止め、俯いた。
横島自身も分かっている。
自分が開発した機材だけに、故障の可能性がどれほど小さいかはよく分かっていた。
ハードな環境下での使用も想定している。
機構は極力単純化した。
既存のレーダーと大きく違うのは、極端に言えば、組み込まれた精霊石の質と反応処理だけだ。
誤作動しにくいように作った。
誤作動しても、複数系統で照合できるようにした。
その全てが、同じ結果を示している。
横島は顔を上げた。
日本へ向けて進み続ける福音。
いや、DDとして認識された銀の光点を、瞳に焼き付ける。
「かと言って、日本政府からの依頼がないと、俺らは福音との戦端……いや、ナターシャの救出作戦は行えないか」
「政治的な中立は、決して行動の自由を保障するものではないからな」
千冬は低く言った。
「下らんことだが……」
IS学園は、その成り立ちからも必要性からも、専守防衛を旨としている。
基本的に、直接的な脅威が明白にならない限り、部隊は動かせない。
救出作戦ならなおさらだ。
米国もしくは日本政府からの要請がなければ動けない。
積極的な攻勢というものは、これまで防衛一辺倒だったDDとの戦いを考えれば必要なかった。
だが、それを加味しても、世界有数の規模のISを保有する学園への規制は厳しい。
「米国は今回の件を未だ秘匿しているようだし、日本政府にすら対応の要請は出ていない」
千冬は続ける。
「どちらにせよ、IS学園としては動けん。だが、いったん要請が入ってしまえば、福音の速度から考えて余裕はあまりない。後手に回らざるを得ん」
もどかしさが滲む声だった。
横島にも痛いほど感じ取れた。
先ほどから、観測データは学園はもちろん、日米両政府にも転送している。
だが、それがどれほどの効果をもたらすのかは分からない。
反応があれば、学園からすぐ連絡が入るはずだ。
しかし、その気配はない。
刻一刻と状況は変化している。
その中で、現実感を失わないよう努めるのが精々だった。
「まあ、現実問題、対応できないと不味いよな」
横島が言う。
「何を呑気な」と言いかけて、千冬はやめた。
彼も呑気に言っているわけではない。
分かっている。
「このまま米国からの救助要請が出なければ、防空識別圏に侵入してから、戦略自衛隊のISにスクランブルがかかる」
千冬は言った。
「だが日本近海では、タンカーや漁船などの船舶に目撃される可能性も出てくる」
「……だな」
「今回の件は、影響の大きさを考えれば、秘密裏に処理せざるを得ん」
千冬の声は厳しかった。
「ある意味、情報が漏洩した時点で負けだ。しかし米国から戦闘データの詳細が提供されない限り、こちらも視界不良のまま戦わざるを得なくなる。十機以上のISを撃破した福音と戦端を開くなど、想像したくもないな」
「戦端、じゃなくて救出作戦、だろ?」
横島は、さも当然のように言った。
千冬は一瞬、横島を見る。
それから、苦笑した。
そうできればいい。
そう思った。
「救出作戦を行うのであれば、少なくともブースターの活用を選択肢に入れざるを得んが」
「……だけど、ブースターは実戦テストどころか、本当にテスト一つしてないだろ」
横島は親指で束を指した。
「さっきから一言も喋らない束ちゃん謹製の八咫烏を使って、初実験する予定だったし」
束は、取り憑かれたようにデータ解析へ没頭している。
横島の嫌味も届いていないらしい。
付き合いの長い千冬も、束を横目に見ただけだった。
すぐに横島へ視線を戻す。
「そもそも、ブースターを負荷なく利用できるのは八咫烏だけだしな。他の機体で試すにしても、実証データゼロでは荒っぽすぎる」
「戦闘データの詳細は不明とはいえ、ISが十機以上撃墜されているってのはつまり」
横島はモニタを見る。
「遠隔にしろ近接にしろ、絶対防御、シールドがことごとく破られてるってことだろ?」
「ああ」
「それなら、なおのことブースターがあった方がいいんだが……」
「で、でも」
真耶が恐る恐る口を挟む。
「横島さん……例の、想定される副作用を考えると、余程のことがない限りは」
横島は黙った。
真耶の言葉は正しい。
開発者として、既存ISに新パーツを取り付けた際に起こり得る不具合には、看過できないものが含まれていることを理解していた。
コアからのフィードバック。
コアの残留意識が、操縦者の精神に直接干渉する可能性。
それは、横島自身が過去に経験したものに近い。
気が狂いそうなほどの干渉。
自分の内側へ、知らない声や感情が流れ込んでくる感覚。
あれをISパイロットが受けた場合、どうなるか。
簡単に試せるものではない。
「でも、今がその余程の事態だしな……」
横島は呟く。
真耶は言葉を失った。
千冬は、なおもモニタを見つめている。
福音の接近を示す赤い光点は、止まらない。
時間は刻一刻と過ぎていく。
「どうする、千冬?」
横島が改めて問いかけた。
千冬の瞳には、まだ迷いが残っていた。
指揮官として。
教師として。
かつての代表操縦者として。
そして、ナターシャという一人のパイロットを知る者として。
選ぶべき道は重い。
その間にも、時間は削られていく。
横島と真耶は、指揮官の言葉を待った。
「……決まっているだろう」
静けさを打ち破る、千冬の一声。
彼女は一つ咳払いをした。
迷いを断ち切るように、背筋を伸ばす。
「真耶。理事長にコールだ」
◇
秘匿回線で繋がった学園長室には、すでに轡木夫妻が待機していた。
指揮車からのオートリンクで発された警報に、学園は既に対応していたのだろう。
シールドの展開も確認できる。
中天を過ぎた陽射しは、学園長室を明るく照らしている。
だが、指揮車のモニタに映る夫妻の表情は、穏やかな午後にはまるで似合わない緊張を帯びていた。
「……織斑先生。報告を」
「はっ!」
千冬は、簡潔に、だが必要な情報を落とさず報告した。
吾輩は猫であるから指揮車へリンク、蓄積されたデータ。
IS学園施設からの観測情報。
福音の現在位置。
米国機の撃墜状況。
周辺DD反応。
日本領海への到達予測。
そして、銀の福音がDDとして認識されているという異常。
混乱を極める日本政府からは、絶え間なく確認という名の悲痛な叫びが上がり続けている。
それに対し、米国政府は沈黙を守り続けていた。
不透明さを増す事態。
そして、いかに暴走しているとはいえ、ISがISそのものを破壊しているという忌々しき現実。
轡木夫妻ですら、この状況を受け止め切れていないのかもしれない。
横島は、千冬と轡木のやり取りを背後で聞きながら、そう感じていた。
「……なるほど」
報告を聞き終えた理事長は、右頬に手を当て、目を伏せた。
すっかり見慣れた、考え込む時の癖だった。
時間にすれば、そう長くはなかった。
だが、沈黙した理事長の返答を待ちきれず、千冬が口を開いた。
「無茶だとは分かっております」
千冬の声は硬い。
「そもそも、今回の受け持ちは日本政府の領分。それを承知で申し上げます」
深く息を吸う。
「理事長。学園による銀の福音の、ナターシャの救出作戦実行の許可を」
「……」
理事長は、弾かれたように顔を上げた。
黙したまま、モニタ越しに千冬を見据える。
「今回の事件、不透明な部分が多すぎます」
千冬は続けた。
「解明のためには、中立の立場からの生存者、ナターシャの証言、および機体の解析がどうしても必要になります」
そこで一度、言葉を切った。
「それに」
千冬は深呼吸した。
そして続ける。
「それに何より、ISに……インフィニット・ストラトスに関わってきた全ての者たちが、これまで積み上げてきた信頼が、無に帰ろうとしているのです。座して認めるわけにはいきません」
それは、千冬の想いのほとばしりだった。
横島も、真耶も、押し黙って耳を傾ける。
「一線であいつらと対峙するパイロットだけが、ISに携わってきたわけではありません」
千冬の声は、少しずつ熱を帯びていく。
「開発者の束。学園の教師たち。それだけがISに携わった全てではないのです」
彼女の脳裏に、無数の人々の姿があった。
大事な娘をパイロットとして送り出した両親。
機体製作に心身を削った開発者たち。
戦場で文字通り壁となりながら撤退戦を行った兵士たち。
日々の不自由な暮らしに耐えながら、IS開発に協力してくれた市民たち。
資源を回した工場。
電力制限を受け入れた街。
避難生活の中で、それでも「お願いします」と頭を下げた人々。
「皆の努力があってこそ、今のISがあります」
千冬は言った。
「この世界に平和を取り戻そうと必死に働いた、大勢の人たちの強い意志があってこそなのです。その人たちを裏切るわけには……まいりません」
政治的な背景を考えれば、学園による救出作戦の実行はほぼ不可能。
それくらい、千冬も理解している。
だが、言わずにはいられなかった。
吐露した想いは、そのまま千冬の矜持でもあった。
横島は傍らで聞いていた。
かつて千冬が言ったことを思い出す。
あいつらとの戦闘など、あらゆる手段を尽くした上での最終的なフィールドに過ぎない。
背負うなどとおこがましいことは言わない。
だが、それを忘れなければ、我々はより強くなれる。
どこの世界でも、女は強いな。
横島は苦笑した。
その強さに振り回されたのも確かだ。
けれど、だからこそ、横島も続いた。
「理事長」
横島は一歩前へ出る。
「俺からも、お願いします」
そして、深々と頭を下げた。
「救出作戦の許可を」
真耶も立ち上がり、同じように頭を下げる。
その姿を見て、理事長は数瞬、黙した。
そして、自らの言葉を確かめるように慎重に、だが一息に告げた。
スピーカーから伝わった返答は、千冬たちの期待とは異なるものだった。
「日本近海に向け侵攻する、正体不明の高位体は、学園への脅威と認識。これを撃滅せよ。IS学園としての命令は以上です」
千冬の表情が、わずかに沈む。
その落胆は、横島にも手に取るように分かった。
そうするしかない。
別命あるまで待機と言われなかっただけ、まだましだ。
理解はできる。
だが、ナターシャの顔がちらつく。
戦死したパイロットたちの顔がちらつく。
撃破できるかどうかすら分からない。
だが、どちらにせよ、これでは何も分からない。
ナターシャたちは、まるで無駄死にではないか。
声にならない千冬の叫びを、轡木がゆっくりと手を挙げて制した。
妻である理事長に代わり、轡木が前へ出る。
普段あまり見せない、人の悪い笑みを浮かべていた。
「私たちは、必ずしも福音を撃破せよとは言っておりませんよ」
「……?」
千冬は戸惑う。
その隣で、横島がはっと顔を上げた。
「……そうか!」
横島が快哉を上げる。
「観測データは、あれが高位体であることを示しています。ISではない。高位体の討伐は困難を極めるが、何しろ緊急を要する事態だ」
横島は一気に言葉を継ぐ。
「目標の分析、可能ならば捕獲。無理ならば撃滅。IS学園の権限において、直近の、そして将来の脅威の接近に対処するため、アラスカ条約に基づき、独自の防衛行動へ移るだけということです」
横島は口元を歪めた。
「アメリカが何か言ってきたら、そう返答せざるを得ません」
この命令ならば、学園側の行動を制限するものはない。
未だ距離があるとはいえ、侵攻ルートも予測されている。
防衛行動は取れる。
米国政府にも、日本政府にも、必要以上に遠慮する必要はない。
この悪夢のような事件も、表向きはDDによるものとして処理できる。
そして、可能であればという前提つきだが、福音の回収すら学園側で行うことができる。
最悪の場合でも、IS学園が――千冬が、福音の最後を見取ることもできる。
その理屈に、千冬と真耶もすぐ気づいた。
二人は顔を見合わせ、大きく頷く。
「ありがとうございます。理事長、轡木さん!」
「何をですか?」
轡木は、ほっほと笑った。
肩をすくめた理事長も苦笑する。
そして、千冬たちへ告げた。
「事態は一刻を争います。学園からは榊原先生を隊長とした六機、二個小隊を出動させる予定です。これでよろしいですか?」
「六機も……」
真耶が小さく呟く。
転送されてきたデータには、ラファール・リヴァイヴを中心とした編隊のメンバーが示されていた。
教員のみで編成された部隊。
最年長は榊原だった。
それはそのまま、実戦経験の豊かさを示している。
他のメンバーも、練達の名手揃いだった。
米国の熟練パイロットたち十数名が、暴走に振り回されたとはいえ次々に各個撃破された事実。
それを踏まえ、質・量ともに万全の構えで臨む強い意志が込められていた。
「福音が米国ISのシールドをことごとく破ってきた事実、戦闘データの提供が受けられない状態を踏まえ、遠隔打撃に優れたラファールを中心といたしました」
「それで結構です」
千冬は即答した。
横島たちにしても、一次的な対応は威力偵察を行うしかないと結論していた。
その後、遠隔打撃。
そして近接戦闘。
近接戦闘に入るまでに、どれだけ福音を消耗させられるかが鍵となる。
「分かりました。すぐに出動させますから、程なく合流できるでしょう」
理事長は続ける。
「慎重に探りながらの戦いにはなるでしょうが、可能な限り海上での決着をお願いいたします。沿岸部への避難指示は、追って日本政府から出るでしょう」
臨海学校に引率で来ていた教員も、打鉄を使用すれば六名は振り向けられる。
合わせて十二機。
三個小隊。
八咫烏を加えれば十機。
これまでの対DD戦を加味しても、あまり類を見ない規模だった。
「部隊の指揮は織斑先生に一任いたします。生徒の避難誘導に関しては、教員はもちろんですが、保護義務を名目に戦自へ要請を出しましょう」
「了解しました!」
千冬は背筋を伸ばし、敬礼した。
その後ろ姿に、先ほどまでの弱さはもう見えない。
横島は、その芯の強さに、元の世界の除霊事務所の所長にも通じるものを感じていた。
そこはかとなく懐かしい。
だが。
「ああそうそう、横島先生?」
「へ?」
突然かけられた轡木の言葉に、横島は間の抜けた返事をした。
「確か、明後日までは学園にいるはずでしたね?」
「え、いや、その……ははははははははは」
轡木夫妻のジト目に、横島の額から冷や汗が噴き出した。
指揮車内部は、クーラーが効いているはずなのに。
「……霊力維持のためとはいえ、あまり羽目を外しすぎませんように」
「はい……」
「まあ、そのおかげかもしれませんが」
轡木はモニタを切り替えた。
「今回、ストックの一部を榊原先生に渡すことができました」
画面に、榊原が手にしたジュラルミンケースが映し出される。
封印シールを目にして、榊原は確認するようにケースを軽く叩いていた。
「到着次第、横島先生に渡すよう伝えてあります」
轡木は言う。
「これを活用して、予測進路上の沿岸部に補助シールド展開をお願いいたします。万が一にも、市民に死傷者を出すわけにはいきませんので」
「地脈のエネルギーに比べれば褒められたもんじゃないですが、了解です」
横島は頷く。
そして、千冬を見る。
「てか千冬、あれ轡木さんにも渡してたんかい」
「問題あるまい?」
千冬は当然のように言った。
「私の部屋に夜這いには来られても、轡木さんの部屋に侵入はできんだろうしな」
「そこまで読んでんのかよ……」
横島は天を仰いだ。
まったく、大した女だよ。
そう呟く。
「さて」
轡木の咳払いが、再び皆の意識を引き戻した。
「人事を尽くして……ではありませんが。作戦の成功を祈念しています。織斑先生、頼みましたよ」
「はっ!!」
千冬の最敬礼と共に、通信がいったん切れる。
暗転したモニタの残映が、視界から消える。
その背中へ、横島が呟いた。
「……んじゃ、作戦の再確認といこうか。あんだけ大見得切ったんだ。成功させなきゃ、な」
その時。
しばらく押し黙っていた束が、ようやく口を開いた。
キータッチする手は止めない。
モニタからも目を離さない。
複数の作業を並行したまま、淡々と言った。
「当初の予定通り、八咫烏は出してもいいよん」
「束」
「だけど、一つだけ条件があるんだよ」
「条件?」
千冬が問い返す。
束は、そこで初めて顔を上げた。
「福音の生け捕り」
軽い声だった。
だが、その目は笑っていない。
「どうしても、実機を確認しなきゃいけないみたい」
やー、コンピューター万能ってわけでもないねー。
束はクスクスと笑う。
千冬は、その笑いを受け流した。
まるで誰かに宣言するように、毅然と返答する。
「もとより、そのつもりだ」
千冬はモニタに映る赤い光点を見据えた。
命令書の上では、目標は正体不明高位体。
必要ならば撃滅。
それが、IS学園が動くための名目だった。
だが、千冬が見ているのは赤い識別表示ではない。
銀の福音。
暴走したIS。
DDとして認識された機体。
そして、その中にいるナターシャ。
千冬は、はっきりと言い切った。
「これは撃墜任務ではない。ナターシャの救出作戦だ」
◇
中二病っぽく続け。