ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「学園への帰投命令か……何があったのか全然知らされないってのは、面白くないよな」
一夏は、バスの窓の外へ視線を向けながら呟いた。
始まったばかりの臨海学校行事を放棄して、IS学園へ戻る。
それだけでも十分に異常だった。
初日の自由時間は切り上げ。
専用海域を使用しての各種実験も中止。
海浜環境でのIS適応訓練も取りやめ。
事情に疎い一夏でさえ、ただの予定変更ではないことくらいは分かる。
慌ただしく帰路につき、一時間あまり。
千冬の部隊に参加しなかった引率教員たちは、打鉄を展開して護衛についた。
さらに専用機持ちには、ISの展開が命じられている。
間もなく戦略自衛隊から護衛のヘリ群も加わるらしい。
その物々しさは、明らかに何者かからの攻撃を想定していた。
だが、肝心の理由は知らされていない。
誰が来るのか。
何が起きたのか。
なぜ自分たちは後退しているのか。
何も分からない。
「そうかもしれませんけれど、あまりイライラしても仕方ありませんわ」
セシリアが、いつものように整った声で言った。
ただ、その声も普段より少し硬い。
「知らされないってことは、僕らは関わってはいけない事態……ってことじゃない?」
シャルロットが穏やかに続ける。
「この時点で関わってると言えなくもないと思うけどね」
鈴は肩をすくめた。
「あまり難しいことを考えない方がいいぞ、一夏」
ラウラが淡々と言う。
「今の我々に与えられている任務は、生徒輸送隊の護衛だ。まずはそれを全うすべきだろう」
「まあ、そうかもしんないけどさ」
一夏は言い終えて、溜息をついた。
セシリアの諫める声も、シャルロットの柔らかな言葉も、鈴の軽口も、ラウラの正論も、今の一夏にはうまく届いていなかった。
分かっている。
自分はまだ一年生だ。
ISパイロットとしての経験も実績もない。
白式を持っているからといって、戦場で即戦力扱いされるほど甘くはない。
それくらいは、分かっている。
分かっているからこそ、余計に面白くない。
このところ、一夏は少しずつ自分の立場を考えるようになっていた。
世界で唯一、ISを動かせる男。
それは珍しいだけではない。
たぶん、何か意味がある。
だから、自分も何かしなければならない。
千冬の背中を見ているだけでは駄目だ。
女子たちに守られているだけでは駄目だ。
そう思っていた。
だが、実際に非常事態になると、与えられた役目は後方護衛。
いや、それすら立派な任務なのだ。
分かっている。
生徒たちを安全に学園へ戻す。
それは大事な役目だ。
それでも、心のどこかがざらついていた。
「……あまり愚痴ってると、また箒に殴られるか」
一夏は、視線だけを後方へ流した。
バスの座席に背を預ける箒がいる。
専用機を持たない彼女は、他の生徒と同様、待機を命じられていた。
目を伏せ、静かに座っている。
ゆったりくつろいでいるようにすら見えた。
異常事態だという気負いは、少なくとも表情には出ていない。
その姿が、かえって一夏をくさくささせた。
自分の務めをきちんと果たしてから物を言え。
箒は、少し前にそう言った。
その言葉は正しい。
正しいのだが、正しい言葉ほど腹に残る。
箒の余裕がどこから出てくるのか、一夏には分からない。
千冬を守る。
みんなを守る。
そう言ったところで、今の自分にやれることなど限られている。
ならば、せめて箒のように泰然としていればいいのだろう。
だが、それもできない。
思考は堂々巡りだった。
「一夏さん」
セシリアが、少し声を落とした。
「こういう時こそ、役に立ちたいお気持ちは分かりますけれど、焦っても何も生まれませんわよ。私たちは護衛任務を貫徹するのが先ですわ」
「誰からみんなを護衛するのかは不明だけどねー」
「話の腰を折らないでくださいます、鈴さん?!」
「いや、そこ一番大事じゃない?」
「口げんかをしている暇があるなら、周囲への警戒を厳にした方が良い」
ラウラの声が割り込む。
「ハイパーセンサーにしても、決して万能ではないのだからな」
「あはははは……」
シャルロットが困ったように笑う。
だが、誰も本気で軽く見ているわけではなかった。
今の自分たちは、命令を受けて動いている。
上の者たちが出した結論を履行しているに過ぎない。
そこにやるせなさがあるのは確かだった。
しかし、IS学園に通う学生であるという建前があるにせよ、非常時に命令を破るほど、彼女たちは物事を理解していないわけではない。
先ほど鈴が言ったように、誰から生徒たちを護衛するのかは知らされていない。
それでも、もしかするとDDという受け入れがたい現実と、いよいよ真正面から戦う時が来たのかもしれない。
誰もが、心のどこかにその緊張を抱えていた。
バスは走る。
窓の外には、穏やかな海岸線が流れていく。
ついさっきまで、自分たちはあの海を見てはしゃいでいた。
水着を選び、笑い、誰が誰を見ていたかで騒ぎ、夏らしい一日を過ごそうとしていた。
それが今は、ISを展開した専用機持ちが、護衛のようにバスの上空を飛んでいる。
一夏は、ハイパーセンサーに映る周囲の空を見た。
何もいない。
少なくとも、今は。
だが、その「今は」という言葉が、妙に重かった。
◇
「せっかくの休暇が潰れちゃいましたねえ」
榊原が、青い海原を見下ろしながらぼやいた。
整然とした編隊を組んだIS部隊が、銀の福音を目指し、海上をまっすぐ進んでいる。
黒い隊長機。
ラファール・リヴァイヴ。
打鉄。
そして、急遽かき集められた教員機。
十四機からなるIS部隊。
戦時でもそうは見ない規模の部隊だった。
急造の編成とはいえ、そこは見知った仲間同士である。
行軍しながらも、一糸の乱れもない見事な編隊運動を見せていた。
千冬の指示による連携の再確認。
それ自体は真剣なものだったが、榊原の軽口に、他の隊員から一斉に口撃が飛んだ。
『榊原の休暇ったって、またろくでもない男に泣かされるだけでしょー?』
『無かった方が良かったんじゃないの?』
『まあ、男に引っかかるならまだしも、最近はジャージでずっと家の中だとか』
『わー、やだやだ。女として終わってるねえ』
「そりゃ彼氏いないけど! ジャージも本当だけどさ! みんな酷くないっ?!」
榊原が半泣きで抗議する。
「いいもん。真面目に頑張ってれば、いつか白馬の王子様が迎えに来てくれるもん」
『まだ言うか』
『白馬の王子様って何歳まで有効なんだろうね』
『馬が先に逃げそう』
「みんな本当に酷くない?!」
年齢に見合わない台詞に、さらに責められる。
緊張をほぐすための軽口。
そのはずだったが、話は思わぬ方向へ転がっていった。
『あ、でもさっき、ケース渡してた時に横島センセが誘ってなかった?』
『アイツはいつものことでしょー』
『つーか横島センセに手を出したら、隊長が怒るわよ?』
「……何か言ったか?」
千冬の声が、通信回線の温度を一段下げた。
目視でも、ネットワーク越しでも分かる。
千冬の機嫌が、悪い方へ傾いた。
しかし、隊員たちの軽口はなかなか止まらなかった。
『あ、それなに、独占欲? 独占欲?』
『やまぴーとのライバル関係に、いよいよ決着が?!』
『いやむしろ山田先生は織斑先生とちょめちょめ』
『三人、学園ではいっつも一緒にいるもんねえ』
『それにしても織斑先生も忍耐強いわよねえ。私なら彼氏があんな節操なく声かけまくってたら引くわー。どん引きだわー』
「誰が誰の彼氏だ……?」
千冬の声が低くなる。
「全く。いい加減にしないか、馬鹿者どもが」
言葉は少ない。
だが、不機嫌がエネルギー波の形を取って圧迫してくるようだった。
さすがに全員、背中に冷たい汗を感じて口を閉じる。
おお怖い怖い、とわざとらしく肩をすくめるお調子者もいたが、千冬もそれ以上は何も言わなかった。
予定調和としての軽口にすぎないことは、彼女にも分かっていたからだ。
むしろ、この程度の軽口がない方が危ない。
これから向かうのは、救出作戦である。
いや、正式な名目で言えば、日本近海へ侵攻する正体不明高位体への迎撃行動。
観測データ上、銀の福音はDDに準ずる高位体として扱われている。
だが、部隊員たちは皆、分かっていた。
あの機体の中には、ナターシャ・ファイルスがいる。
暴走した試作機を止める。
可能なら捕獲する。
搭乗者を救う。
そういう作戦だった。
だからこそ、難しい。
敵を撃ち落とすだけなら、まだ割り切れる。
だが、撃墜してはならない。
見捨ててもならない。
そして、近づけば死ぬ。
過去二回開催されたモンド・グロッソは、世界中の人々を元気づけ、士気を鼓舞するための対IS戦闘だった。
この場にいる者の多くは大会経験者である。
だが今度は違う。
ほとんど状況が不透明なままの救出作戦。
平時の訓練や競技とは比較にならないほど難度が高い。
十機以上のコメリカISを撃墜した銀の福音。
しかも、その周囲にはDD反応も残っている。
パイロット同士の交流も少なからずあった。
撃墜されたコメリカのパイロットたちの顔が、何人もの脳裏に浮かんでは消える。
戦闘終結の形を想像しようとしては、すぐに霧散する。
どこまでも続く高い蒼い空。
そびえる入道雲。
穏やかな波をたたえる海原。
その果てに続く水平線。
あまりにも美しい景色の向こう側で、これから戦闘が確実に発生する。
世界に冠たる熟練パイロットたちといえど、緊張を隠すことはできなかった。
「……銀の福音のデータは皆、頭に入っているな」
千冬が言った。
コア・ネットワークで共有された情報が、各機へ流れ込む。
銀の福音。
コメリカとイツラエルの共同開発による軍用IS。
射撃に特化し、より効率的なDDの広域殲滅を目的として開発された試作機。
実証実験中に暴走。
既に十機以上のコメリカISを撃墜。
周辺DD反応を引き連れるように、日本近海へ進行中。
予定されていた兵装。
打撃力。
稼働可能時間。
シールドエネルギー。
アラスカ条約において公表が義務づけられた限りでの全情報。
それらが列記されていた。
この限られた時間でのブリーフィング。
部隊慣熟。
情報共有。
戦術検討。
通常ならばあり得ないほどの作業が、同時並行で進められている。
だが、そもそもISという兵器が生まれてから、通常の局面などほとんどなかった。
『しっかし、何度見ても凶悪な機体だよねえ』
隊員の一人が呟く。
『コメリカとイツラエルの共同開発ってだけでも、なんかこう、濃いわね』
『対DD用の広域殲滅機。言葉だけ聞くと頼もしいんだけどね』
『その頼もしいやつが、こっちに牙向けてるんだからたまったもんじゃないわ』
誰も笑わなかった。
軽口の形を取っているだけで、内容は重い。
「意図的なコアの暴走……」
榊原が資料を見ながら、低く呟く。
「こんなことして、何のメリットがあるんだか」
『オーバークロックじゃないけど、エネルギー放出量の一時的な増大を狙ったとか?』
『それってドリンク剤で頑張るみたいなもんで、結局パイロットが疲弊するだけじゃないの』
『この子たちだって辛いだろうにねえ』
その言葉に、千冬の表情が一瞬だけ陰った。
この子たち。
ISをそう呼ぶ者は、長く乗っているパイロットほど多い。
搭乗時間の長い者たちは、意識してか無意識なのか、ISコアの正体に感づいている節がある。
もちろん、真実を知っているわけではない。
意識体は取り除いてある。
人格も、記憶も、名前もない。
だが、微弱な残留意識は残っている。
それが、IS自体が持つ意識のように捉えられている。
実際、千冬や真耶もかつて同じような予想をしていた。
機械ではない。
完全な人工物でもない。
何かがいる。
そう感じたことは、一度や二度ではない。
見方によってはおぞましいとすら言えるISコア。
それと一体になってISを操ることに、皆はあまり違和感も疑問も抱いていない。
それが良いことなのかどうか、千冬には判断がつかなかった。
『まー、無茶はいつものことだし?』
『というかISに乗ってから、無茶した記憶しかない』
『でもま、今回一番無茶してるのは、隊長なんじゃないの?』
『あー』
『確かに』
通信にいくつもの同意が重なる。
今回、千冬が搭乗している隊長機は、通常のISではない。
詳細は伏せられている。
部隊員たちに与えられている情報は、あくまで広域支援機能を持つ試作支援機という程度だった。
広域エネルギー供給。
シールド補正。
戦術補助。
空中接続管制。
聞こえはいい。
だが、要するに、味方複数機を戦域内で一つのシステムとして扱うための機体である。
安定して動けば、これほど心強いものはない。
失敗すれば、部隊全体を巻き込む。
この滅茶苦茶な状況下で、そんなものを実戦投入する。
無茶では済まされない。
「問題はない」
千冬は短く答えた。
「束が調整は済ませている」
『その一言が一番不安なんですが』
『束さんの調整済みって、まともな人間の調整済みと意味違うからねえ』
『織斑先生だから乗れるんじゃないの、あれ』
「口より手を動かせ」
千冬はそう言うと、機体を前へ出した。
黒い隊長機が、大空に鮮やかな軌跡を引く。
圧倒的な加速。
異様な安定性。
そして、背部ユニットから走る薄い供給ラインの予備接続。
それは新型の専用機というより、空中に浮かぶ小さな母艦に近かった。
隊員たちは、感嘆を通り越して呆れた。
溜息をつく者もいた。
そして最後に、誰かが短く呟いた。
『……流石、ブリュンヒルデ』
その言葉に重なるように、通信が入った。
『報告。銀の福音は日本排他的経済水域に侵入。防空識別圏侵入による戦略自衛隊の迎撃リミットまで、あと一時間半』
指揮車に残った真耶の声だった。
『高位体迎撃、ならびに銀の福音救出作戦、開始です』
いよいよか。
部隊員たちが、気持ちを引き締める。
千冬は全機の状態を確認し、短く命じた。
「榊原先生」
「はい」
「福音への強行偵察をお願いします。身の危険を感じたら、即刻離脱するように」
ただでさえ、コメリカのISが十機以上撃墜されている。
どうしても必要な偵察だとはいえ、むざむざ榊原を死なせる気は千冬にも、轡木夫妻にもなかった。
もちろん、榊原自身も同じである。
「了解!」
榊原は、いつもの調子で応じた。
「言われなくても、ちゃんとした彼氏見つけるまで死ねるわけないですよ!」
「その意気でいい」
千冬が右手を振り下ろす。
その瞬間、榊原のラファール・リヴァイヴが一気に加速した。
水平線の彼方へ、青白い航跡を引いて消えていく。
搭載しているのは、シャルロット専用機のカスタムⅡ用部品在庫から拝借した追加兵装、ガーデン・カーテン。
加えて、分析用センサー。
超高解像度カメラ。
広域反応観測装置。
対DD用の限定センサー。
ラファール特有の遠隔打撃能力を活かし、距離を保ちながら威力偵察を行い、福音から可能な限りの情報を引き出す。
それが、榊原に課せられた使命だった。
◇
戦場で、榊原は混乱を極めていた。
悪夢と言っても良かった。
搭乗している通常型のラファール・リヴァイヴは、シャルロット専用機のカスタムⅡほどではないにしろ、第二世代機の最高傑作である。
第三世代機の多くが暴れ馬であり、未だ専用機を使った実証実験の枠を出ない中、打鉄と並び、現状もっとも乗りこなしやすいISであることは疑いない。
榊原も長年、愛機として親しんできた。
いかに無茶な作戦とはいえ、周囲が心配するほどの事態は起こらない。
そう思っていた。
そう思いたかった。
だが今、榊原は恐怖を押し殺すだけで精一杯だった。
いや、押さえきれない恐怖に震える体と心のよりどころを、どこに求めればいいのか、全く分からなくなっていた。
「生きて帰って、まともな彼氏を作るんだってーの……!!」
どうにか軽口を叩く。
その瞬間、鼻先で福音のエネルギー弾が炸裂した。
あと数センチずれていれば、火の玉になっていたのは疑いようがない。
『砲撃誤差修正。迎撃モード、銀の鐘。出力上昇』
オープンチャンネルから、抑揚のない機械音が響く。
隠す気などない。
むしろ、こちらへ聞かせるように流れている。
その無機質な音が、かえって明確な殺意を感じさせた。
榊原の心を、少しずつ削っていく。
「ちくしょうっ!!」
榊原は機体を捻る。
「この戦闘が終わったら、こんな機体開発したコメリカの技術者ども、まとめてタコ殴りにしてっ……!?」
接近した福音が、巨大な翼を振り下ろした。
頭部から生えたようにも見える、大型スラスターと広域射撃武器を一体化させたもの。
それが、光り輝く鎌のように空を裂く。
PICによる変則軌道を使っても、数センチ避けるのがやっとだった。
かすかに触れただけで、シールドエネルギーをごっそり削られる。
観測機器がまだ機能しているのかどうか。
絶対防御が生きている以上、まだ何とかなっているのだろう。
だが、福音の姿を捉えることすら困難だった。
巨大な翼は、見たこともない精密な急加速と軌道変更を繰り返し、榊原の反撃を赤子の手をひねるようにいなし続ける。
ハイパーセンサーは、がなり立てるように情報を叩き込んでくる。
第三世代機。
いや、それ以上。
少なくとも第二世代機のラファール・リヴァイヴなど、問題にすらしない機動性。
逃げるための空間が、次々に消えていく。
「ナターシャ?!」
榊原は急速に後退し、弾幕を張りながら叫んだ。
「ナターシャ、聞こえるっ?! あたしよ、榊原! いつか一緒に京都行こうって約束してた!! 分かんないのっ?!」
声が届くはずはない。
榊原自身が、何より理解していた。
それでも叫ばずにはいられなかった。
こんな無茶な機体。
どこまでも冷徹な制御。
人の命を一顧だにしない設計。
いや、搭乗したナターシャ自身の命すら問うていない。
こういった敵に、榊原は覚えがあった。
DDだ。
人の都合も、事情も、声も、名前も、何一つ受け取らない。
ただ襲い、ただ壊し、ただ食らう。
だから恐怖した。
恐れおののく自分を、声を上げることで落ち着かせたかった。
だが、その試みもうまくはいかなかった。
福音のマルチスラスターから逃れるどころか、この広大な空そのものが、巨大な鳥籠のように思えた。
逃げられるわけがない。
絶望的な逃走を続ける榊原へ、エネルギー弾が降り注ぐ。
その光は、翼そのものを砲口として放たれていた。
止む気配など、まるでない。
「がっ?!」
とうとう、直撃弾を食らった。
続けざま、何発もの弾体が炸裂する。
センサーはアラートを鳴らし続ける。
攻撃と回避を一体化した光の翼は、もはやラファールの機動を完全に捉えていた。
「Lalalalalala……♪」
甲高いマシンボイス。
歌うような音声。
その刹那、福音はウイングスラスターの全砲口を開いた。
白い光が、花弁のように広がる。
美しい。
美しいからこそ、ぞっとした。
「くそったれええええええっ!!」
榊原はガーデン・カーテンから攻撃兵装へ切り替えた。
拡張領域から取り出した重機関銃、デザート・フォックス。
その引き金を引く。
赤く焼けた何百発もの銃弾が帯を引き、福音めがけて飛び込んでいく。
ただの機関銃ではない。
弾頭自体がISの変換エネルギーと複合進化し、装甲車を粉々にするような代物だ。
全弾を撃ち尽くすほどの豪勢な攻撃を加えれば、通常の敵部隊なら形すら残らないだろう。
だが、恐らく。
これまで散華したコメリカISパイロットたちが味わった絶望と同じく、今現在、恐らく人類が持てる技術の粋を注ぎ込んだ銃弾は、ことごとく光の翼に弾かれていった。
無為に虚空で爆散する。
爆炎の向こうから、福音が現れる。
傷一つない。
少なくとも、榊原の目にはそう見えた。
「それなら、これはどうよっ!!」
榊原は残されたエネルギーを集中させた。
PICをフル出力で駆動する。
福音の機動と、真正面から勝負する。
敵機と榊原は、まるでダンスのように海原の上を飛び回った。
蒼いキャンバスに、白い軌跡が描かれていく。
もはや目視では追い切れない。
ハイパーセンサーによる知覚を頼りに、上方へ、下方へ、斜めへ、背面へ。
三次元機動を繰り返す。
互いに、遷音速の雲をまとう。
榊原の視界が揺れる。
内臓が遅れてついてくる。
骨が軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
それでも、福音は振り切れない。
振り切れないが、わずかに隙が生まれた。
榊原は、その一瞬を捉えた。
福音を下方前方に捕らえる。
初めて、まともに見えた福音の姿。
ISには珍しいフルフェイスによる幾何学的なデザイン。
白銀の装甲。
頭部と一体化した翼。
半物質化したエネルギー体の、狭い開口部。
その根元。
榊原は、近接ブレード、ブレッドスライサーを叩きつけた。
「これで最後……!!」
この瞬間を逃せば死ぬ。
本能的に理解していた。
榊原は、全てを賭けて、己の運命ごとブレードを振り抜いた。
それでも、コンマ数秒にもならない一弾指。
福音のウイングスラスターは体勢を変化させ、直撃を回避した。
だが、福音にすら避けきれなかった刃が、頭部装甲を強打する。
白銀の装甲が砕けた。
「やった……?!」
戦いが始まってから、ようやく掴んだ戦果らしい戦果。
榊原の胸に、喜色が浮かぶ。
しかし、その瞬間にこそ。
叩き壊した装甲の隙間から覗いた搭乗者の姿にこそ、榊原は本当の意味での恐怖を覚えた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!」
福音が、けたたましい咆哮を上げた。
それは確かに、ナターシャが搭乗していたはずの機体だった。
だが、榊原の目に映ったものは違う。
センサーが認識した銀の福音搭乗者の顔は、人間のものとは全く違っていた。
赤く鋭く光る目。
屹立する牙。
獲物を喰らう肉食獣のそれ。
頭頂部からは、角すら生えている。
硬い皮膚は紫に染まり、裂けた口元からは、涎が止め処なく溢れていた。
ナターシャ。
そう呼びたい。
そう呼ばなければならない。
だが、そこにいるものは。
「いやあああああああああああああっ!!」
榊原の叫びが、通信回線に乗った。
これはまるで。
まるで。
まるで。
作戦上、便宜的に呼んでいたはずの。
高位体。
DD。
そのものではないのか。
いっそ、恐慌を起こさなかったのは、さすが開戦初期からのパイロットであると、この戦いの観戦者がいたなら褒めただろう。
だが榊原自身に、そんな余裕はない。
せめて、この戦闘結果が部隊に届いていますように。
そう願うことしかできなかった。
ウイングスラスターの無限軌道で立て直した福音が、あっという間に榊原のラファールへ肉薄する。
装甲と装甲がぶつかり合い、鈍い金属音を上げる。
これまで必死に抵抗してきた榊原の生きる努力も、ついにはその砲口で霧散する。
そう思われた、その時。
「……大丈夫かっ?!」
空間を引き裂くように、多数の光弾が飛来した。
福音を吹き飛ばす。
榊原は、この機を逃さなかった。
到着したIS学園部隊へ向けて、残った力を振り絞り、ブーストをかける。
「生きているか、返事しろっ!!」
「どうやら、生きているらしいですよ」
千冬の呼びかけに、榊原はよろめきながら冗談を返した。
一瞬、幻聴ではないかと思った。
だが、どうやらそうではないらしい。
「三途の川を渡るにしても、一人じゃ寂しいですからね。まだ死んでられません」
「馬鹿が……」
部隊内のプライベート通信が、榊原に安堵をもたらす。
到着した仲間たちの声が聞こえる。
それだけで、張り詰めていた心が崩れそうになった。
それでも榊原は、どうにか堪えた。
「観測データは、届いていましたか……?」
「ああ。戻って休め」
千冬はそれだけ言った。
榊原と交差するように、部隊の一斉射撃の中を縫い、福音へ向けて突撃していく。
その黒い隊長機の背中を、榊原は見た。
ああ。
助かった。
そう思った。
同時に、思う。
これで終わりではない。
自分が見たものを、あの人たちはこれから相手にする。
「後は……頼みます」
榊原は、薄れかけた意識を何とか振り絞った。
低空へ逃げる。
海面すれすれを滑る。
右脚部の推進器が焼ける。
左腕部の装甲が剥がれる。
シールド残量が警告域を下回る。
飛んでいるというより、落ちる速度を誤魔化しているだけだった。
それでも、落ちなかった。
榊原が命を削って引きずり出した観測データだけは、先に千冬たちの元へ届いていた。
破壊された頭部装甲。
その隙間から見えた、搭乗者だったもの。
赤く光る目。
牙。
角。
紫に変質した皮膚。
ナターシャ・ファイルス。
そう呼ばれていたはずの人間が、人間の形から外れ始めているという事実。
それだけは、届けた。
榊原は、なんとか指揮車のある浜辺へたどり着いた。
着地というには乱暴すぎる姿勢で砂浜へ滑り込み、そこで倒れた。
意識を取り戻した彼女が、全ての顛末を知ったのは、一週間後のことになる。
◇
いい加減不定期だけど、どうにか続けっ。