ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第3話

 

 

 

 

「仇討ちだと言ったら……どうする?」

 

 千冬は、窓の外を見たまま言った。

 

 朝の光は、部屋の中へ静かに入り込んでいる。

 何気ない日常の音が、遠くから聞こえていた。車の走る音。通学途中らしい子供の声。どこかの家で鳴る食器の音。

 

 この世界がまだ普通の顔をしていることを、わざわざ見せつけるような朝だった。

 

 横島は、しばらく黙っていた。

 

 いつものように即座に茶化すかと思った千冬は、少しだけ意外に思う。

 だが次の瞬間、横島は実にあっけらかんとした顔で言った。

 

「別にどうもせんけど……」

 

「はい?」

 

 千冬は、思わず聞き返した。

 

 どうもしない。

 

 あまりにも軽い返答だった。

 

 自分は、それなりに重いものを口にしたつもりだった。

 世界の現状でも、人類の未来でもなく、もっと個人的で、もっと醜いかもしれない理由。

 

 仇討ち。

 

 その言葉に横島がどう反応するか、千冬は少し身構えていた。

 

 軽蔑されるか。

 呆れられるか。

 あるいは、そんなものに協力できないと言われるか。

 

 だが、返ってきたのは「別にどうもせんけど」だった。

 

 横島は何を思い出したのか、両腕で自分自身を抱きしめ、ぶるりと身震いする。

 

「仇討ちかあ……あー。吸血ノミがいないと、いいなあ」

 

「吸血ノミ?」

 

 千冬の眉が寄る。

 

 話の方向が、予想の外へ斜めに跳ねた。

 

「いやさあ、仇討ちにつきあったことはあるんだよ。一回だけ。だけど、その仇討ちの対象ってのが、オーディーンを食っちまったこともある伝説級の大狼でさあ……」

 

「オーディーン?」

 

「主神。神様の偉い人。俺も詳しくは知らんけど、とにかくとんでもなく偉くて強い神様」

 

「その神を食った狼が、仇討ちの相手だったのか」

 

「そうそう。俺はあくまで補助だったから、周りでうろちょろしてただけなんだけどな。そいつの毛皮から、俺よりでかい吸血ノミが出てきやがって!」

 

 横島は身振り手振りを交えた。

 

「ぶっすうぅーって! こう、針みたいなの刺して! 血を吸うんだよ! ぶっすうぅーって! こっちは命がけで逃げてんのに、ノミだぞノミ! しかも俺よりでかいんだぞ!? あれはないだろ! 仇討ちって聞くと、まずあれ思い出すんだよ!」

 

 半泣きで訴える横島を見て、千冬は一瞬、呆れた。

 

 そして、少しだけ笑ってしまった。

 

 世界を作った神を食ったという化け物。

 主神を喰らう大狼。

 その仇討ち。

 

 普通なら、英雄譚の一場面として語られるような話だ。

 

 だが横島の口から出てくると、なぜか「吸血ノミが怖かった」という話になる。

 

 それが滑稽で、同時に、妙に本当らしかった。

 

「……世界を作った神を食らうような化け物と、よく戦えたものだな」

 

「そりゃあ逃げられるなら逃げたさ」

 

 横島は即答した。

 

「つうか、逃げたら化け物に食い殺される前に、真っ先に美神さんに殺されただろうし……」

 

「美神さん?」

 

「ああ。俺の雇い主。除霊事務所の所長でね。これがまた、ありえんくらいにいい女なんだけど」

 

 横島の両手が、空中でいやらしく動いた。

 

 胸の曲線を描くように、わきわきと。

 

 千冬の視線が冷える。

 

「手がいやらしいぞ、横島」

 

「おっと、悪い」

 

 横島は慌てて両手を引っ込めた。

 

「まあ、その人が雇い主だったんだけど、殺すって言ったら本当に殺す人だからなー。どっちかと言うと、オオカミより美神さんの方が怖かった」

 

「……どういう雇い主なんだ」

 

「霊障で困り果てて泣きついてきた人に、『で、いくら出すの? お金ある?』って返すような雇い主?」

 

「最低だな」

 

「いや、腕は確かなんだよ。世界最高クラスのGSだし。美人だし。スタイルもすごいし。金には汚いけど」

 

「最後が致命的ではないか」

 

「俺なんか、少し前まで時給二百五十五円だったんだぞ」

 

「ありえん」

 

 千冬は本気で言った。

 

 横島が昨日見せた能力。

 

 文珠。

 栄光の手。

 霊力を物質化した、変幻自在の剣。

 

 あれだけの能力を持ちながら、時給が二百五十五円。

 

 冗談にしてもひどい。

 

「お前の能力は、そちらの世界では一般的なものではないと言っていたな」

 

「ああ。文珠を作れるのは俺だけだし、栄光の手もそこそこ珍しいと思う」

 

「その希有な能力を持ちながら、時には殺すと脅され、時給が二百五十五円。お前がよほど使えない奴だったのか、それとも弱みを握られていたのか?」

 

「いや、つうか最初に俺が土下座して『雇ってください』って頼んだんだったなあ」

 

「なぜだ」

 

「だって美神さん、見たことないくらいナイスバディでさ。一目見た瞬間には飛びかかってたね」

 

「……飛びかかるな」

 

 千冬はこめかみを押さえた。

 

 横島の話はいちいち非常識だった。

 だが、その横島を雇い、使いこなし、殺すと脅しながらも戦場に連れていった美神という女も、十分に非常識なのだろう。

 

 そして、なぜ横島がその雇い主の元を離れなかったのか。

 少しだけ分かった気もした。

 

 横島は文句を言う。

 逃げるとも言う。

 薄給だと嘆き、スケベな妄想ばかり口にする。

 

 だが、それでも彼は戻るのだろう。

 

 その美神令子の元へ。

 騒がしく、理不尽で、危険で、けれど自分の居場所である場所へ。

 

 千冬は、自分にどこか似たものを感じた。

 

 いや、自分というより、束かもしれない。

 無理難題を押しつけ、周囲を振り回し、それでもなぜか人を引き寄せる側の人間。

 

 千冬は小さく息を吐いた。

 

「その雇い主の元に、お前をしっかり返さなければいけないな」

 

「頼むわ。いや、帰ったら帰ったで、美神さんに『どこで油売ってたの横島君?』ってぶっ飛ばされる気もするけど」

 

「それはお前の日頃の行いだろう」

 

「否定できないのがつらい」

 

 横島は肩を落とした。

 

 千冬は、わずかに表情を引き締める。

 

「だが、それまでの間、私に協力してくれないか」

 

「仇討ちに?」

 

「そうだ」

 

 千冬は頷いた。

 

「あまり面白い話ではない。聞いて楽しい話でもない。だが、聞いてくれるか。束もまだ来そうにないしな」

 

「今日はそのための日だろ」

 

 横島はあっさり言った。

 

 千冬は少しだけ目を細める。

 

「だったな。……コーヒーが冷めてしまった。入れ直そう。誰かのせいで寝不足だしな」

 

「いーじゃん。俺だってサメのせいで死にかけたんだぞ」

 

「つまらんことはよく覚えているな」

 

「つまらなくねーよ! サメだぞサメ! 足噛まれたんだぞ!」

 

「噛まれて無傷だったではないか」

 

「痛かったんだよ!」

 

 千冬は苦笑いをしながら席を立った。

 

 横島のカップと自分のカップ。

 二つにインスタントコーヒーを入れ直し、湯を注ぐ。

 

 立ち上る湯気を、朝日の残り香が静かに照らしていた。

 

     ◇

 

 その『高エネルギー体』の出現は、唐突だった。

 

 南米の奥地。

 

 軍の踏破訓練中に、偶然発見されたものだったという。

 

「らしい、という言い方になるのは、発見時の詳細がいまだに機密扱いだからだ。私であっても、すべてを確認できているわけではない」

 

 千冬はそう前置きした。

 

 森の奥に横たわっていたのは、鋭い犬歯を備えた巨大な骸骨と、太く真っ黒な右腕。

 そのほかにも破損したパーツらしきものがあったという。

 

 人間のものではない。

 獣のものでもない。

 既知の生物の骨格とも一致しない。

 

 それは、この世のものならぬ『悪魔』を想起させる残骸だった。

 

「後日分かったことだが、他の部位らしきものも、同時期に世界各地でばらばらに発見された。各国はそれぞれに回収し、調査を始めた」

 

「バラバラ死体みたいなもんか」

 

「言い方は悪いが、近い。もっとも、人間の死体ではないがな」

 

「それで、DD?」

 

「ああ。最終的には、Devil、Demon。悪魔を示す単語をもじり、DDと呼ばれるようになった」

 

「悪魔の残骸、ね」

 

 横島はコーヒーを飲みながら、少しだけ眉を寄せた。

 

 彼の世界では、悪魔は比喩ではない。

 神も、魔族も、妖怪も、悪霊も存在する。

 

 だからこそ、千冬の話をただのオカルト話として笑うことはできなかった。

 

「最初は、未確認物体……いや、異質な生命体らしきものが発見されたことで、地球外生命体の可能性が探られていたようだ」

 

「宇宙人扱いか」

 

「当時の常識では、それがまだ一番納得しやすかったのだろう」

 

 回収されたパーツは、各国の研究施設へ輸送された。

 

 肉片、と言った方が近いものもあった。

 骨のようなもの。

 筋繊維に似たもの。

 黒く炭化したような皮膚片。

 それぞれが、凄まじいエネルギー反応を示していたという。

 

「だが、その過程で不可解な現象が起きた」

 

「不可解?」

 

「サンプルが、一斉に行方不明になった」

 

 横島は眉を上げる。

 

「一斉に?」

 

「ああ。もちろん、各国が情報共有していたわけではない。公開されていたわけでもない。だからニュースにもならなかった。だが、後になって各国の記録を突き合わせると、ほぼ同時期にサンプルが消えていた」

 

「盗まれたとかじゃなくて?」

 

「そう見なすには、警備が厳重すぎた。持ち出した痕跡もない。破壊された痕跡もない。ただ、消えた」

 

「……嫌な消え方だな」

 

「同感だ」

 

 千冬は頷く。

 

「ただし、一部のサンプルが残留した場所もあった」

 

「日本の研究施設とか?」

 

「察しがいいな」

 

「まあ、話の流れ的にね」

 

「なぜ残ったのか、理屈は分からん。だが問題は、これが終わりではなく、始まりだったということだ」

 

 サンプルが消えてしばらくして、世界各地で異変が起こり始めた。

 

 人型の鳥が民家を襲った。

 巨大な蛇が山裾を削った。

 ダイオウイカのような何かが船を沈めた。

 夜の森で、石像が動いた。

 砂漠で、巨大な虫が隊商を飲み込んだ。

 

 最初は、ゴシップの域を出なかったという。

 

「家が破損したとか、けが人が出たとか、その程度なら、熊のせいだ、竜巻のせいだ、集団幻覚だと笑われていた」

 

「人間って、見たくないものは見ないからな」

 

「そうだ。だが、笑い話で済まなくなった」

 

 千冬の声が少し低くなる。

 

「某国の軍事衛星が、グレムリンによって破壊された」

 

「グレムリン……」

 

 横島の顔が渋くなる。

 

 嫌な記憶が蘇ったのだ。

 

 宇宙。

 霊体。

 無茶な仕事。

 美神の笑顔。

 そして、とんでもない目に遭った自分。

 

「それがグレムリンのせいだと分かったのは、後になってからだ。当時は原因不明の衛星破壊として処理された。だが、その事件は地域紛争にまで発展した」

 

「宇宙の監視網が壊されりゃ、疑心暗鬼にもなるわな」

 

「日本も他人事ではなかった。宇宙ステーションや、独自の偵察衛星も同様に被害を受ける可能性があった。早急な対策が必要だった」

 

 千冬はカップを置く。

 

「その時、宇宙開発事業団に束がいた、と言えば分かるか」

 

「……なるほどね」

 

 横島は渋面を作った。

 

 千冬の説明に、事の次第は想像できた。

 

 正体不明の高エネルギー体。

 宇宙で起きる異常。

 通常兵器では対処困難な存在。

 そして、篠ノ之束という天才。

 

 結びつくのに、そう時間はかからなかっただろう。

 

 ただ横島は、それとは別に、かつて美神に霊体だけで宇宙へ飛ばされ、グレムリン退治をさせられた非常識な記憶に苦しんでいた。

 

「グレムリンって、どこの世界でも迷惑なんだな……」

 

「知っているのか」

 

「知ってるっつーか、退治させられたことがあるっつーか。宇宙で。霊体で。美神さんに」

 

「……お前の世界も相当だな」

 

「俺もそう思う」

 

 横島は深く頷いた。

 

 千冬は話を続ける。

 

「この事件を契機として、ISや関連技術の開発が急激に進んだ。どういう経路だったかは知らんが、ISのエネルギー源候補として、そのサンプルの初期分析結果が提供された。束の頭脳と、正体不明の高エネルギー体。それらが結びつくのに、さほど時間はかからなかった」

 

「……そして誕生したのが、ISコアってわけか」

 

「そうだ」

 

 千冬は短く答えた。

 

「お前が霊力と呼ぶ未知のエネルギー源を引き出すための核。私もすべてを知っているわけではない。だが、ISがただの宇宙用パワードスーツではなく、あいつらに対抗するための手段となり得た瞬間だ」

 

「結果的に、霊的なものに干渉できた」

 

「そういうことなのだろう」

 

 千冬は、少しだけ目を伏せた。

 

「だが、この時点では、ISはまだ束のおもちゃにすぎなかった」

 

「おもちゃ?」

 

「繰り返しになるが、グレムリンによる衛星破壊は、その時点ではグレムリンのせいだと分かっていなかった。あいつらによる一般的な被害も、まだ局所的で、微少だった。少なくとも、世界全体が本気で恐怖するほどではなかった」

 

 横島は黙った。

 

 その先は、なんとなく分かった。

 

 災害は、誰かの身近に来るまでは、本当の意味では共有されない。

 怪物がいると分かっても、自分の街が襲われなければ、まだどこか他人事でいられる。

 

 千冬の手が、カップを握る。

 

 指先に、わずかな力が入っていた。

 

「その先は、話さなくてもいいぞ」

 

 横島は静かに言った。

 

 千冬は顔を伏せる。

 

 しばらくして、小さく礼を言った。

 

「……すまないな」

 

 声は落ち着いていた。

 

 だが、完全に平静ではなかった。

 

「だが、ああは言ったが、別に珍しいことではないんだ。親なし子なしなど、何も私に限ったことではない。私の行動など、せめてもの手向けのようなものだ」

 

「手向け、か」

 

「一夏が無事だった。それだけでも、私は幸せ者なのだろう」

 

 千冬は寂しげに笑った。

 

 横島は何も言わなかった。

 

 軽口を叩くこともできた。

 茶化すこともできた。

 だが、ここでそれをする気にはなれなかった。

 

 横島は、死の気配を知っている。

 守れなかったものの重さも、少しは知っている。

 

「一時は酷いものだった」

 

 千冬は続ける。

 

「対抗手段を持たない側は、一方的にやられるしかなかった。救いだったのは、あいつらの絶対数が少なかったことくらいか。しかし、束がISを武器として利用できるようにしてから、状況は変わった」

 

「そうか」

 

 横島は腕を組み、目を閉じた。

 

 自分がGSになったばかりの頃を思い出す。

 

 何もできず、泣き叫び、小便を漏らしながら逃げ回っていた。

 リアルに死を感じた時、足がすくんで動けなかったこともある。

 悪霊が怖かった。

 妖怪が怖かった。

 魔族など、論外だった。

 

 それでも、美神がいた。

 

 美神が除霊してくれる。

 美神がなんとかしてくれる。

 

 どれだけ怒鳴られても、蹴られても、薄給でも、横島の心のどこかにはその安心があった。

 

 この世界の人間には、それがなかった。

 

 見えないもの。

 知らないもの。

 理解できないもの。

 

 それらが突然現れ、家を壊し、人を殺し、街を焼く。

 

 その時、人は何を思うのだろう。

 

 横島には、想像しきれなかった。

 

「だから、横島」

 

「ん?」

 

 千冬は、横島の目を正面から捉えた。

 

 そして、これ以上なく真剣な口調で告げる。

 

 頭を下げた。

 

「どうか、協力してほしい。私たちに、お前の持つ退魔の技術を教えてほしい」

 

 横島は、目を瞬かせた。

 

 頭を下げる千冬。

 

 昨日、空でガーゴイルの群れを斬り伏せた女。

 白騎士を纏い、この世界の騎士として戦う女。

 自分よりもずっと強く、ずっと大きなものを背負っている女。

 

 その女が、頭を下げている。

 

 横島は、少しだけ困った顔をした。

 

 そして。

 

「いーよ」

 

「そうか、さすがに虫が良すぎ……って、え?」

 

 千冬は顔を上げた。

 

「今、なんと言った?」

 

「いーよって」

 

 横島はあっけらかんとしている。

 

「つーか、俺の技術なんぞでよければ、いくらでも。いっつもこんなもんだし」

 

「こんなもん?」

 

「そもそも俺、GS志望だったわけじゃねーし。いつの間にか巻き込まれて、美神さんから『逃げんなアホ!』って蹴られながらやってたら、気づけばこうなってたってパターンばっかだったし」

 

 横島は頭を掻く。

 

「今回、この世界に来たのも、なんかの縁だと思うしな。まあ、時空内服消滅液を飲まされた時なんかにゃあ……あ、色々思い出したら頭痛くなってきた」

 

 横島は机に突っ伏した。

 

「あんだけ尽くしてるのに、手の一つも握らせない美神さんに付き合って、この先、元が取れるのか。どう考えても収支が真っ赤っかの気しかしねー。そもそもアシスタントというより奴隷じゃねーのか。薄給でこき使いやがって! 色気ちらつかせりゃ何でもすると思いやがって……」

 

 そこで横島は拳を握る。

 

「ああ、その通りだよ、どチクショー!!」

 

 千冬は、目を丸くした。

 

 そして、ついに吹き出した。

 

「笑うなよ」

 

「あははは……いや、すまない」

 

 千冬は口元を押さえた。

 

「しかし、その美神という所長に、一度会ってみたいものだ。どれほどの美人なのか、見てやろうじゃないか」

 

「びっくりするぜ?」

 

「私より美人が、そうそういるとも思えんがな」

 

「言うね」

 

「何、事実を言ったまでさ。それに私はただの美人ではない」

 

 千冬は足を組み、自信たっぷりに胸をそらした。

 

「危険で、甘美な匂いのする麗人だ」

 

 横島は、まじまじと千冬を見る。

 

 端正な顔立ち。

 鋭い目。

 均整の取れた体。

 そして、昨日見せた圧倒的な戦闘力。

 

 確かに、危険で甘美ではある。

 

「……自分で言うか、それ」

 

「言えるだけのものは持っている」

 

「すげえ自信」

 

「否定するか?」

 

「しません」

 

 横島は即答した。

 

 千冬はますます機嫌を良くしたように、髪をかき上げる。

 

 しばらく二人は見つめ合った。

 

 次の瞬間、どちらからともなく笑い出した。

 

 重かった空気が、少しだけほどける。

 

 日は中天へ向けて昇り続けていた。

 次のコーヒーを入れるには、ちょうどいい頃合いだった。

 

     ◇

 

 束は、なかなか姿を現さなかった。

 

 彼女を待つ間、二人の情報交換は続いた。

 

 横島の生い立ち。

 美神除霊事務所での日々。

 GSという職業。

 霊力の扱い。

 文珠の作り方。

 栄光の手の性質。

 式神、結界、除霊道具。

 そして、時空を越える移動の感覚。

 

 もちろん、横島自身も理論を完全に説明できるわけではない。

 

「いや、そこは気合いで」

 

「気合いで時空を越えるな」

 

「でも実際そうなんだからしょうがねえだろ」

 

「しょうがなくない」

 

 そんなやり取りを挟みながら、千冬は几帳面にメモを取った。

 

 束でなければ理解や構築が難しいだろう部分は保留にした。

 だが、それ以外にも確認すべきことはいくらでもあった。

 

 こちらの世界の現状。

 DDと呼ばれる存在。

 ISの扱い。

 IS学園。

 千冬の立場。

 横島の今後。

 

 互いの話は、次第に質問と回答の形になっていく。

 

「文珠は、誰でも作れるようになるのか」

 

「無理だと思う。少なくとも俺は、他に作れる人間を知らん」

 

「栄光の手は?」

 

「霊力があれば似たようなことはできるかもしれんけど、俺のは俺の形だしなあ。教えるなら、まず霊力を感じるところからじゃね?」

 

「こちらの人間にも霊力はあると思うか」

 

「昨日の千冬の白騎士見た感じだと、ゼロじゃないと思う。けど、たぶん扱い方を知らない。筋肉があるのに、動かし方を知らんみたいな感じかもな」

 

 千冬はメモを取る。

 

 横島はそれを見て、感心したように言った。

 

「千冬って、意外と真面目だな」

 

「意外とは余計だ」

 

「いや、白騎士でガーゴイル蹴り砕いてるイメージが強くて」

 

「戦える人間が書類を読めないとでも思ったか」

 

「美神さんは読めるけど、俺に押し付けるタイプだった」

 

「お前の周りは、本当にろくでもないな」

 

「否定できねえ」

 

 そうして、だいぶ時間が経った頃。

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 

 千冬が顔を上げる。

 

「ようやくお出ましか。束、入っていいぞー」

 

 しかし返ってきた声は、束のものではなかった。

 

「あのー、束さんじゃないです。真耶でーす。お邪魔しまーす」

 

「真耶か」

 

 千冬は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 玄関から、とんとんと足音が聞こえる。

 やがて、部屋のドアが開いた。

 

 入ってきたのは、千冬や束とはまた違った雰囲気の女性だった。

 

 小柄で、優しげな顔立ち。

 柔らかな物腰。

 そして、背丈に対してやけに豊かな胸。

 

 横島の目が、一瞬で光った。

 

「午後からでいいってことでしたけど、呼び出しなんて心配で。どうしたんですか、千冬さ――――きゃあぁぁぁ!?」

 

「生まれる前から愛してましたー!!」

 

「異世界で死ぬ初めての人間になってみろ、横島――――!!」

 

 横島が飛びかかった瞬間、千冬の右手には雪片が握られていた。

 

 刃は、横島の首筋をミリ単位で捉えている。

 

 真耶は固まっていた。

 

 何が起きたのか理解できていない。

 

 横島も固まっていた。

 

 首筋に冷たいものを感じながら、冷や汗を流している。

 

「や、やだなあ。ジョークっすよジョーク。落ち着いて千冬さ――」

 

「ああんっ?」

 

「イヤナンデモナイデススミマセンデシタ」

 

「あ、あのっ?! 一体何がどうなっているんでしょうか……?」

 

「ったく」

 

 千冬は雪片を横島の首筋から離した。

 

 だが、睨みは外さない。

 

「そういうことしかできんのか、お前は」

 

「いやほら、お約束みたいなもんでー」

 

「お約束で飛びかかる変態がどこにいるかっ!」

 

「ぎゃっ?!」

 

 鉄拳が落ちた。

 

 横島は床に沈む。

 

 千冬はようやく真耶に席を勧めた。

 

「……この娘は、山田真耶。学園の教師だ」

 

「は、初めまして。山田真耶と申します。よろしくお願いします……」

 

 真耶は及び腰で頭を下げた。

 

 横島は床から顔を上げる。

 

「か、可愛い……」

 

「黙っていろ」

 

「はい」

 

 千冬が呆れた声を重ねる。

 

「せっかく、これからお前が過ごすことになるだろう職場の同僚を呼んだというのに、何をやっているんだ」

 

「可愛い娘だしー、仕方ないんや……って、ん?」

 

 横島はそこで気づいた。

 

「職場の同僚? 学園?」

 

「そうだ」

 

 千冬は居住まいを正す。

 

「実態はともあれ、ISの操縦技術や整備技術を教える国立の学校。世界各国から俊才を集めた、あいつらに対する防衛の要の一つ」

 

 横島は黙って千冬を見る。

 

 真耶も、少し緊張した顔で座っている。

 

 千冬は告げた。

 

「お前に働いてもらうと考えている場所」

 

 そして、はっきりとその名を口にする。

 

「IS――インフィニット・ストラトス学園だ」

 

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