ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「伏せろ! 束、横島!」
千冬の声が、部屋の空気を裂いた。
反応できたのは、ほとんど本能だった。
言葉の意味を理解するより早く、横島忠夫は隣にいた篠ノ之束の腰を抱え、床を蹴っていた。
次の瞬間、窓際の壁が爆ぜた。
轟音。
砕けたガラスが光を散らし、壁材と木片と金属片が部屋の中を吹き荒れる。
朝まで人の生活があった部屋が、一瞬で戦場の断面へ変わった。
「うおおおおおっ?!」
「きゃははははははっ!」
横島の悲鳴と、束の声が重なる。
いや、悲鳴ではない。
笑い声だった。
横島は束を抱えたまま床を転がり、テーブルを蹴り倒しながら、壁際まで滑り込んだ。背中に破片が叩きつけられる。スーツの上からでも痛い。だが、痛いと文句を言う暇はない。
千冬はすでに動いていた。
「真耶! 対処するぞ、続け!」
「は、はいっ!」
言い終えるより早く、千冬の身体を白い光が包む。
IS装着。
白騎士が展開されるまでの時間は、横島の目から見てもほとんど瞬きの間だった。あれだけの機械鎧を纏うというより、千冬という人間の輪郭がそのまま白い騎士へ置き換わったように見える。
真耶も遅れずにISを展開した。千冬のような鋭さはない。だが、慌てているようで、動きに無駄は少ない。訓練された人間の動きだった。
さらに爆発。
今度は外壁の一部が吹き飛んだ。
千冬が飛び出す。
真耶が続く。
白と、もう一機のISが、砕けた窓から外へ踊り出た。
「いってて……! おい束、無事か!」
「うんうん、全然へーき。よこっち、思ったより紳士だねえ。抱え方がちょっといやらしいけど」
「助けてやった相手に言う台詞かそれ!」
横島は束を引っ張り起こしながら、壊れた壁の向こうを見た。
家の外には、ごく普通の街並みが広がっている。
ここ最近開発されたばかりらしい、建て売り住宅の並ぶニュータウン。
整備された公園。
街を貫く大きな川。
電柱。自転車。停められた車。洗濯物。犬の鳴き声。
ほんの数秒前までは、平和な朝の延長にあったはずの景色だった。
だが今は、違う。
ここしばらくの曇天が嘘のような快晴の空。
その街の上空を、二機のISが舞っていた。
そして、その二機と対峙する影が一つ。
「……なんだ、あれ」
横島は目を細める。
遠い。
だが、輪郭は分かる。
人型。
ガーゴイルに似ている。
だが、違う。
全身に羽根をまとっている。腕にも、脚にも、背にも。髪のように垂れた羽毛が風に揺れ、翼は鳥のそれに近い。細い胴。長い脚。人間の女を思わせる輪郭。
だが、人ではない。
顔には、笑みがあった。
人間の笑みを真似ているだけの、冷たい歪み。
「やっぱり新種だね〜。あいつ、見たことないや」
束は走りながら、端末を叩いていた。
横島たちは、家の外へ飛び出していた。
騒然とする住民たちは、爆発のあった家から遠ざかろうとしている。その人の流れとは逆に、横島と束は千冬たちが向かった方へ走っていた。
「新種って、お前、なんでそんな冷静なんだよ!」
「冷静じゃないよ。すっごく楽しい」
「もっと悪いわ!」
束の頭上のマニピュレーターが、上空のDDを追う。
彼女の目は輝いていた。
横島は苛立ちを覚えながらも、上空から目を離せなかった。
千冬と真耶が攻撃を仕掛ける。
千冬は近接。
真耶は距離を取り、射撃で援護。
連携は速い。
昨日のガーゴイル戦とは違い、二機での戦闘だ。千冬が間合いを詰め、相手の動きを止めたところへ、真耶の射撃が差し込まれる。
普通の相手なら、それで終わっていただろう。
だが、その新種は終わらなかった。
ISをものともしない。
羽根を散らすように身体をひねり、千冬の斬撃を紙一重で流す。
真耶の射線を読んでいるのか、発射よりわずかに早く位置をずらす。
距離を取るかと思えば、一気に近づく。
近づいたと思えば、千冬の機体を蹴り落とす。
「……あいつ」
横島の喉が、低く鳴った。
千冬が空中で姿勢を立て直す。
だが、敵はそれを追う。落下するISをさらに追撃し、脚を振り抜く。千冬は雪片で受けるが、衝撃で軌道をずらされる。
真耶が射撃する。
敵は笑うように首を傾け、回避した。
そして、距離を取る。
掌が、かすかに光った。
「!」
横島の背筋が凍る。
見覚えがあった。
「やべっ!」
横島は束の腕を掴み、横へ跳んだ。
直後、二人が立っていた道路が削れた。
音が遅れてくる。
細い何かが、空から地面を撃ち抜いたのだ。
アスファルトが裂け、瓦礫が舞い、破片が雨のように落ちてくる。
「束!」
「大丈夫だよ〜、よこっち」
束はすでに簡易型ISを展開し、物陰へ滑り込んでいた。
出会った時に着ていた、初期型の簡易スーツ。本人曰く、研究用と緊急避難用を兼ねたものらしい。
だが、その声は相変わらず軽い。
横島は舌打ちした。
研究心が先に立つのか。
それとも、必要な分析なのか。
理由は知らない。
だが、この戦闘の現場に束を置いておくのはまずい。
横島はそう判断した。
なぜなら、あいつが何なのか、横島には分かったからだ。
かつて、時空転移に関わる事件で遭遇した敵。
狙撃を得意とする、魔族の暗殺者。
鳥と人の姿を模した、空の殺し屋。
「ハーピー……!」
横島は歯を食いしばった。
この世界での分類名はDDなのだろう。
だが、横島の世界の感覚で言えば、あれはハーピーだ。
ガーゴイルより知性がある。
機動力も高い。
狙撃もできる。
そして何より、標的を選ぶ。
ただ暴れるだけの妖魔ではない。
「束、逃げろ! あいつ、こっちに気づいたぞ!」
「何を言ってるのさ、よこっち」
束は目を輝かせていた。
「分かってるんでしょ。あれが知性を持ってるってさ!」
「分かってるから逃げろって言ってんだよ!」
「あいつらの進化は、きちんと記録しておかないとね〜」
「はあ?!」
「言ったよね。よこっちが来てくれたおかげで、この世界は面白くなりそうだって」
束は笑っていた。
本当に、楽しそうに。
横島は言葉を失いかける。
その瞬間、狙撃が来た。
「とっとっと……!」
横島は転がる。
狙撃が彼の足元を削る。
別の一撃が塀を撃ち抜く。
さらにもう一発、近くの街路樹の幹を砕いた。
束は物陰で笑っている。
心底、楽しそうに。
その瞳の奥に灯る光が何なのか、横島には分からなかった。
好奇心。
興奮。
研究者としての歓喜。
あるいは、人類の滅びに対する焦りが、あまりに歪んだ形で表に出ているのか。
どれであっても、横島には気持ち悪かった。
「くそっ!」
横島は建物の影に滑り込み、空を見た。
千冬と真耶は、ハーピーの動きに翻弄されている。
決定打がない。
千冬の近接戦闘能力は圧倒的だ。
真耶の射撃も正確だ。
だが、相手はその二つを読み、ずらし、受け流し、引き回している。
それは戦闘というより、挑発だった。
ハーピーは二機のISを相手にしながら、少しずつ戦場を動かしている。
千冬たちを住宅地の上空へ引き戻し、真耶の射線を制限し、千冬の突撃角度を狭めていく。
そして、隙を見て突破した。
一直線に、こちらへ。
逃げ惑う一般人などには目もくれない。
狙いは明らかだった。
束。
あるいは、横島。
いや、おそらく両方だ。
横島の中で、じりじりと熱が上がる。
怖い。
もちろん怖い。
ハーピーは強い。空を飛ぶ相手に、地上から戦うのは不利だ。千冬たちのようにISで飛べるわけでもない。
だが、逃げるにも限度がある。
背後には束がいる。
周囲には住宅地がある。
一般人がいる。
狙撃の流れ弾一発で、家など簡単に穴が開く。
横島は息を吸った。
神経を集中させる。
腰を落とす。
目を細める。
ハーピーの手元が光る。
「――この野郎!」
横島が叫んだ。
千冬がISを展開するのと変わらないほどの速度で、横島の左手に光が集まる。
栄光の手。
霊力を物質化したそれが、大きな盾へ変形した。
同時に、右手に霊波刀を作り出す。
ハーピーが笑った。
「はっ! 一番強いのが相手してくれないなんて、つれないジャンっ?!」
声。
言葉。
横島の予感は当たった。
やはり知性がある。
喋る。
ハーピーの手元から、さらに三発の狙撃が放たれた。
横島は盾を傾ける。
受け止めるのではない。逸らす。
一撃目が盾の表面を滑り、近くの家の屋根を抉る。
二撃目が道路を削る。
三撃目は、横島の肩をかすめた。
「ぐっ……!」
痛い。
だが、止まらない。
ハーピーが低空で突っ込んでくる。
すれ違いざま、横島は下段から斜めに霊波刀を振り上げた。
狙いは胴ではない。
翼。
機動力を奪う。
しかし、ハーピーは避けなかった。
むしろ、横島の霊波刀に向けて狙撃を撃ち込んだ。
「なっ?!」
霊波刀の軌道が弾かれる。
ハーピーはその隙に身体をひねり、横島の腹へ蹴りを入れた。
衝撃が、胴を突き抜けた。
「がはっ……!」
横島の身体が吹き飛ぶ。
電柱に叩きつけられ、さらに地面を転がる。
口から血が出た。シャツが赤く染まる。肺が潰れたように息ができない。
内臓が悲鳴を上げている。
だが、横島は倒れたまま、右手を動かした。
霊波刀を、打ち出す。
手から離れた霊波刀が、弾丸のようにハーピーの背後へ飛ぶ。
「ちいっ?!」
予想していなかった後方からの一撃。
霊波刀はハーピーの羽根を撃ち抜いた。
完全に切断はできない。
だが、羽根が裂け、飛行姿勢が崩れる。
ハーピーの体が空中で揺れた。
天と地が何度も入れ替わるような不安定な回転。
それでも、ハーピーは落ちない。身体をひねり、無理やり飛翔を維持する。
だが、その隙は大きかった。
二機のISが追いつく。
千冬と真耶が、傷ついたハーピーを挟み込んだ。
「……今度は逃がさんぞ」
千冬の声は低い。
ハーピーは、周囲を見渡した。
千冬。
真耶。
地上の横島。
物陰の束。
そして、冷笑した。
「はっ! 誰が誰を逃がさない、だって……?」
傷ついた羽根を、ゆっくり持ち上げる。
その動作に合わせるように、街のあちこちから影が湧いた。
「なっ?!」
ガーゴイル。
それも一体や二体ではない。
住宅の屋根から。
公園の木陰から。
川沿いの橋の下から。
建設途中の空き地から。
まるで最初からそこに潜んでいたかのように、ガーゴイルたちが次々と姿を現す。
群れは、街の周囲を取り巻いていく。
見せつけるように。
逃げ場を塞ぐように。
「気を取られすぎた……?!」
真耶の声が震える。
彼女はすぐに射撃を開始した。
得意の遠距離射撃で、ガーゴイルを次々と撃ち落としていく。
だが、数が多い。
撃ち落とした分だけ、別の個体が前へ出る。
ガーゴイルの渦は、止まらない。
「しばらく、そいつらの相手をしてるといージャン!」
ハーピーが笑う。
「あたいはゆっくり回復させてもらうジャンっ!」
「こら待ちやがれっ!」
横島が立ち上がろうとする。
だが、膝が笑った。腹が痛む。息が詰まる。
「横島、今はあいつらの相手が先だ!」
千冬が叫ぶ。
「くそっ!」
空を飛べない。
それが、どうしようもなく重い。
ハーピーは遠ざかる。
千冬たちはガーゴイルの群れを放置できない。
横島は地上で歯噛みするしかない。
その時。
物陰で戦闘を観察していた束が、横島の横へ歩いてきた。
「このIS、使ってみる?」
束は、自分が装着していた簡易型ISを解除した。
量子化されたそれが、ブレスレット状になって掌に収まる。
横島は戸惑いながら、それを見つめた。
束が言う以上、自分にも使えるのだろう。
そうでなければ提案などしない。
だが、横島はすぐに手を伸ばせなかった。
ISコア。
霊体の精製物。
少なくとも、彼はそう聞いていた。
死者。
魂。
霊。
それらを核に使う兵器。
横島の世界にも、霊を利用する道具はある。
だが、横島はGSだ。
悪霊を祓う。
未練を解く。
時に戦い、時に封じる。
それでも、最低限の敬意は持ってきたつもりだった。
だが。
頭上では戦闘が続いている。
ガーゴイルが街へ流れ込もうとしている。
千冬と真耶だけでは処理が追いつかない。
このままでは、人が死ぬ。
選んでいる暇はなかった。
「……貸せよ」
横島は束の手からISを奪った。
「展開には霊力を流し込めばいいだけだよん。よこっちにはISスーツもいらないと思うし」
「どうでもいいから、操作方法教えろ!」
「操作方法はコアが教えてくれると思うよ〜?」
「コアが教えるって……まさか」
横島の顔が強張る。
束は片頬だけで笑った。
「千冬ちゃんは、いつまでも初期型のコアを“不細工”って言うけどさ〜。私はこっちのコアの方が好みなんだよね」
「お前……」
「全部のエネルギー体をそのまま。いくつもの霊体を、そのまま閉じ込めたコアの方が、会話もできて楽しいじゃん? 誰も彼も話しかけてくると、ちょっとうっとおしいけど〜」
「正気か……?!」
横島は吐き気を覚えた。
理屈としては聞いていた。
分かったつもりでもいた。
だが、こうして実物を差し出されると違う。
霊を、兵器の中に閉じ込める。
エーテル体だの、アストラル体だの、横島の世界では厳密に区分けされていない。
それでも、そこにいるのは人だったものだ。
あるいは、何かを思い、何かを残し、死んだものだ。
除霊という行為を通じて、横島はさまよう者たちを見てきた。
怖いだけではない。
憎いだけでもない。
悲しいものも、寂しいものも、助けを求めるものもいた。
それを兵器の核にする。
何の疑問もなく、笑って差し出す。
束という人間の異常さが、改めて横島の胸を押し潰した。
だが、空では戦闘が続いている。
単なる人間の介入を許さない速度と高度。
地べたを這いつくばる自分。
選択する余裕など、この世界にはないのかもしれない。
緩慢に滅びていくしかないんだよ。
出会ったばかりの頃、束が言った言葉が横島の中で響く。
この世界は、本当に自分の世界とは違う。
横島は、街の上空で輝き続けるISを見上げた。
胸が重くなる。
「正気だよん」
束は言った。
「いいじゃん。今のコアはアストラル体を取り除いて、コア自体に明確な意識はないし。それに」
束は、うすら笑いを浮かべたまま言う。
「死んでも生きられるんだからさっ」
横島の中で、何かが止まった。
不意に、事務所の同僚の顔がよぎる。
おキヌ。
優しい幽霊だった少女。
かつて彼女から聞いた言葉に、似ていた。
死んでも生きている。
そう言える在り方も、たしかにある。
だが、違う。
これは違う。
この女が言っているのは、そういうことではない。
横島の胸に湧いたのは、怒りだった。
「お前に聞きたいことは山ほどあるけど……とりあえず」
横島は束を睨みつけたまま、ISへ霊力を流し込んだ。
神通棍を扱う時のように。
手のひらから、細く、しかし強く、硬く。
コアが反応する。
光が走った。
一瞬でアーマーが形成される。
「……これでいいのか?」
「大丈夫だよん」
初期型であるその機体は、千冬たちのような洗練されたパワードスーツではなかった。
むしろ作業用のマルチフォームスーツに近い。装甲は薄く、シルエットも不格好で、白騎士のような美しさはない。
だが、細部を確認する暇はなかった。
コアと直結した瞬間。
横島の中へ、何かが入ってきた。
「ぐっ……!」
呻き。
叫び。
泣き声。
助けを求める声。
怒り。恐怖。混乱。痛み。孤独。
頭の中に、直接流れ込んでくる。
聞こえるだけではない。
視える。
霊能者である横島には、彼らの姿がはっきりと視えてしまう。
大人。
子供。
老人。
軍服の者。
白衣の者。
ただ怯えているだけの者。
自分が死んだことに気づいていない者もいる。
何が起きたのか分からず、同じ場所をぐるぐる回っている者もいる。
怒りだけで形を保っている者もいる。
頭の中を覗かれ、掻き回され、抉られ続けるような不快感。
横島は膝をつきかけた。
「くそ……黙れ……黙ってくれ……!」
叫びの中から、一つの気配が近づいてきた。
小さい。
子供だった。
おそらく、かつて子供だった霊。
その子は、自分が死んだことに気づいていないようだった。
目の前に現れた横島に、嬉しそうに何かを伝えようとしている。
操作方法。
スラスターの使い方。
姿勢制御。
加速。
停止。
上昇。
旋回。
まるで、自慢のおもちゃの遊び方を教えるように。
横島は、いたたまれなくなった。
意識の中で、そっとその子の頭を撫でる。
子供の霊は、にっこり笑った。
その笑顔が、あまりにも哀れだった。
今は泣いている場合ではない。
怒っている場合でもない。
一緒に戦うしかない。
「やるぞ、ガキんちょっ!」
横島は空を見上げた。
◇
「真耶、下がれ!」
「頼みます、千冬さん!」
真耶はミサイルを撃ち込みながら後退する。
千冬と真耶は巧妙に連携し、街へのガーゴイル侵入を防ぎつつ、群れを河口付近へ誘導していた。
住宅地から引き離す。
川沿いへ寄せる。
被害の少ない場所で叩く。
判断は正しい。
だが、数が多すぎる。
「くそっ! 処理が追いつかん!」
千冬が迫るガーゴイルへ雪片を振るおうとした瞬間。
複数のガーゴイルが、突然ばらばらに飛び散った。
「なに?」
千冬の視線の先。
一機のISが、ぎこちなく空に浮いていた。
不格好な初期型。
だが、その右手には、見覚えのない光の刀があった。
いや、見覚えはあった。
横島の霊波刀。
「手伝ってくれるか、横島!」
「ああ!」
横島は叫ぶ。
「とりあえず、死にたくねーしなっ!!」
「……頼む!」
千冬の声に、わずかな熱が混じった。
普段、千冬は戦闘で昂揚を見せない。
力と技と闘志を、必要なだけ正確に使う。
理想的なIS操縦者。
だが、この時ばかりは、自覚なく頬が紅潮していた。
コア・ネットワーク越しにそれを感じ取った真耶は、一瞬だけ目を丸くする。
そして、すぐに小さく笑った。
「援護します!」
真耶の射撃が、群れを乱す。
そこへ千冬と横島が飛び込んだ。
「くっそ……お前ら、分かったから、黙ってろっての!」
横島は叫びながら霊波刀を振るう。
コアに取り込まれた霊たちの声が、まだ頭を叩き続けている。
右へ。
上へ。
怖い。
痛い。
落ちる。
助けて。
撃って。
逃げて。
情報と感情が混ざり、横島の意識をかき乱す。
「振り回されるなよ、横島!」
千冬が声を飛ばす。
彼女は初期型コアを“不細工”と呼んでいた。
その意味を、今の横島は嫌というほど理解している。
「俺がどうにかなりそうだったら、お前の乳で挟んでくれればっ!」
「アホかぁぁぁ――!」
「でぇっ?!」
千冬の打撃が、横島の頭を叩いた。
痛みで意識が戻る。
頭の中の声が、一瞬だけ遠のいた。
「……サンキュー」
「礼を言うなら最初からまともなことを言え!」
「それは無理だ!」
「威張るな!」
横島はぶつくさ言いながらも、霊波刀を振るい続ける。
彼の刀は形を変える。
伸びる。
曲がる。
分裂する。
盾になる。
棍になる。
千冬の雪片が直線的に斬り裂き、横島の霊波刀が隙間を埋める。
真耶の射撃が逃げ道を潰す。
ガーゴイルたちは慌てた。
空での機動に慣れない横島は、決して洗練されていない。
だが、霊的存在への対処という意味では、千冬たちより一日の長がある。
斬る場所が違う。
胴ではなく、核。
翼ではなく、霊的な継ぎ目。
動きを止めるための一点。
千冬は、それを見た。
「そこか」
雪片の軌道が変わる。
横島が崩した霊的な流れを、千冬が物理的に断つ。
ガーゴイルの数が、目に見えて減り始めた。
逃げ出す個体が出る。
真耶はそれを逃がさない。
背を向けたガーゴイルを、一体ずつ確実に撃ち落とす。
街の上空で、三機のISが縦横に飛び回る。
白い斬撃。
光の刀。
正確な銃火。
形勢は完全に傾いた。
最後の一体が、川面へ落ちる。
黒い破片が水飛沫を上げ、沈んだ。
戦闘は終わった。
◇
街が歓声に包まれる。
窓から顔を出す住民。
避難していた人々。
遠巻きに空を見上げる子供たち。
ISが勝った。
街は守られた。
その事実に、人々は沸き返っていた。
だが横島は、自分のつま先を見ていた。
ISの装着は解除されている。
頭の中を覗かれ、抉られる不快感は消えていた。
だが、身体が動かない。
抉られた路面に片膝を立て、どうにか姿勢を保っている。
全身の感覚が遠い。
痺れ。痛み。吐き気。
息をするたび、腹に激痛が走った。
顔からは、返り血と汗が滴っている。
ぽたぽたと、地面へ落ちた。
「……さすがに、きちーな」
横島はかすれた声で呟く。
「姉ちゃんの乳か、尻か、太ももが欲しい……」
「軽口を叩けるだけ、まだましだとは思うが……大丈夫か、横島」
千冬が近づく。
「大丈夫、と言いてえところだけど……ちょっと休ませてくれ。できればお前の胸の中で」
「……死んでしまえ」
「ひでえ」
だが、横島は笑えなかった。
戦いを終えた今、なぜこうなったのか、おおよそ理解できていた。
初期型ISコアとは、自身の霊体と、いくつもの霊体を直結したエネルギー循環システムだ。
操縦者への負担は限りなく大きい。
霊体をまさぐられる。
魂の内側に手を突っ込まれる。
自分ではない感情が流れ込んでくる。
さらに、横島はこの世界の人間とは霊力の質も量も違う。
コアはそれに反応し、通常よりも大きなエネルギーを流した。
その分、フィードバックも大きかった。
耐え難い負荷。
横島は、地面に手をついた。
「やーやーやー。すごいね〜、よこっち」
束が歩いてくる。
「あたしは絶対、気が狂うと思ってたけど〜」
「そんなもんに乗せたんかいっ!」
横島は叫んだ。
叫んだだけで腹が痛む。
だが、束は悪びれない。
「乗るって言ったのは、よこっちじゃ〜ん。や〜でも、良いデータが取れたよ〜」
「お前なあ……」
どこの世界に行っても、自分はこういう扱いなのか。
横島はそう呟こうとして、力尽きた。
意識が落ちる。
今度こそ、横島は路面へ突っ伏した。
「横島!」
「横島さんっ!」
千冬と真耶が慌てて駆け寄る。
束は満面の笑みを浮かべたまま、二人の耳元で囁いた。
「今日のデータで、はっきり分かったんだけどね」
千冬と真耶が振り向く。
束は空を見上げた。
DDを撃退し、遮るもののない青空。
その青と同じくらい晴れやかな顔で、束は言った。
「あいつらの進化は、しばらく止まらないよ」
「……どういう意味だ」
千冬の声が低くなる。
束は笑う。
「この世界は今、創世記なのさ」
「創世記?」
「誕生。創生。原因。開始。始まり。根源」
束は指折り数えるように言葉を並べる。
「この世界に、神や悪魔……光と影が、今まさに生まれている最中なのさ」
「ふざけるな」
「ふざけてないよん」
束の声は軽い。
だが、目は笑っていない。
「だけど、平行世界間のエネルギー総量は変わらない。こちらに生まれるなら、どこかで失われる。こちらに流れ込むなら、どこかから流れ出している」
真耶が息を飲む。
千冬は、横島の倒れた姿を見た。
「つまり……その代わり、どこかの世界で」
束は続ける。
「もしかすると、よこっちの世界で」
「横島の世界で、なんだ」
苛立ちを露わにした千冬に、束は晴れやかな笑顔で宣言した。
「光と影が、消滅している最中なのかも、ね」
◇
もう一度、続け。