ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム  【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】   作:監督

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第7話

 

 

「……疲れた」

 

 一夏は、ぼすん、とベッドへ身を投げ出した。

 

 寮の自室。

 見慣れた天井。

 制服のまま倒れ込んだせいで、シャツの襟元が少し苦しい。

 

 だが、それを直す気力もなかった。

 

 疲労が溜まった身体に、ふかふかのベッドがひどく嬉しい。

 このまま目を閉じて、眠気に全部を預けてしまいたい。

 

 そう思う。

 

 思うが、できないことも分かっている。

 

 明日に備えてやることはまだ山ほど残っていた。

 授業の予習。

 IS関連の基礎理論の復習。

 白式の簡易チェック。

 提出課題。

 そして臨海学校へ向けた準備。

 

 どれも放り出せるものではない。

 

 それでも、一夏はすぐに起き上がれなかった。

 

 今日の出来事が、頭の中で何度も繰り返される。

 

「今日の定期便……千冬姉は落ち着いてたけど……あれに慣れる方がおかしくないか?」

 

 定期便。

 

 IS学園の近郊に、一定間隔で現れるDDの襲撃。

 もちろん本当に定期的に来るわけではない。曜日や時刻が決まっているわけでもない。

 

 だが、学園の職員や上級生たちは、いつしかそう呼ぶようになっていた。

 

 定期便。

 

 あまりにも軽い呼び名だった。

 

 初めて聞いた時、一夏は冗談だと思った。

 DDの襲撃にそんな名前をつけるなんて、正気ではないとさえ思った。

 

 だが今日、実際に遭遇して分かった。

 

 あの呼び方は、軽さではない。

 慣れだった。

 

 慣れてしまわなければ、この世界では暮らしていけないのだ。

 

 久々の外出許可で街に出た。

 ただの買い物だった。

 楽しいはずの一日だった。

 

 そこで、一夏はDD襲撃に遭遇した。

 

 噂話程度には聞いていた。

 最近はDDもなりを潜めていたため、入学してからは初めての経験だった。

 

 結局、自分は何もさせてもらえずに終わった。

 

 迎撃態勢の整った学園近郊では、一年生の出る幕などない。

 まして、自分のような素人が割り込む余地などない。

 

 理屈では分かる。

 

 分かるのだが。

 

「……はがゆいな」

 

 一夏は腕で目元を覆った。

 

 千冬の言葉が、耳に残っている。

 

 分をわきまえない優しさは、優しさとは言わない。

 

 その意味を、まだ完全には飲み込めていなかった。

 

     ◇

 

 小島に建設されたIS学園と外界をつなぐ、数少ない交通手段。

 

 懸垂式モノレールは、海上を滑るように市内へ向かって走っていた。

 

 車窓からの景色は美しい。

 

 青い海。

 白い波。

 遠くに見える市街地。

 その向こうには、緑豊かなショッピングモールの大きな建物が見え始めている。

 

 モノレールは、そのショッピングモールへ直結していた。

 

 IS学園に勤める教師、生徒、研究職、整備部門の人間たちにとって、貴重な外出手段である。

 

 もちろん、それは出入り管理が厳重であることの裏返しでもあった。

 

 IS学園は、ただの学校ではない。

 

 教育機関であり、研究施設であり、訓練施設であり、対DD戦力を育成・運用する前線基地でもある。

 

 高くそびえる尖塔学舎と同じように、このモノレールもまた、IS学園の象徴となっていた。

 

 倍率一万倍を超える難関を突破したエリートたちしか乗ることのできない特別列車。

 

 世間では、そう揶揄されることもある。

 

 だが、実際に乗っている一夏からすれば、そこまで特別な気分ではなかった。

 

 むしろ、少し落ち着かない。

 

 四両編成の最後尾車両。

 

 そこに乗っているのは、一夏とシャルロット・デュノアだけだった。

 

 普段なら、生徒や教職員、研究職員の誰かしらが同じ車両にいる。

 規模の割に人数が多くない学園では、移動中に顔見知りと会うことも珍しくない。

 

 だが今日は、どうしたことか二人きりである。

 

 規則通り、二人とも白を基調とした学園の制服に身を包んでいた。

 

 一夏は久々の外出で少し浮かれている。

 対して、シャルロットは窓の外を眺めたまま、仏頂面だった。

 

「さっきからどうしたんだよ、シャル。調子でも悪いのか?」

 

「乙女の純情をもてあそぶ男は、馬に蹴られて飛んでいくといいよ」

 

 間髪入れずに返ってきた。

 

 声は柔らかい。

 だが、言葉は刺さっている。

 

 一夏は首をひねった。

 

「えっと……俺、なんか悪いことしたか?」

 

「してないと思ってるんだ」

 

「いや、だから聞いてるんだけど」

 

 シャルロットは、はぁぁ、と深い溜息をついた。

 

 一夏はますます分からない。

 

 彼としては、ただ買い物につきあってくれと頼んだだけだった。

 

 臨海学校に向けて、いくつか揃えたいものがある。

 水着も必要だし、日用品も足りない。

 女子の買い物に詳しいかどうかはともかく、シャルなら相談に乗ってくれると思った。

 

 それだけだった。

 

 もしかすると、シャルロットの都合を考慮していなかったのだろうか。

 

 彼女はデュノア社との関係もある。

 常にではないにせよ、データ提供や専用機関連の調整で忙しい時もあるだろう。

 

 無理強いをしたつもりはなかったのだが。

 

「もしかして、体調が悪かったのか? もしそうなら、誘った俺が悪かった。送るから、帰って休ん――」

 

「…………あのね」

 

 シャルロットが、じぃぃ、と細めた目で一夏を見た。

 

 怒っている。

 

 たぶん怒っている。

 

 だが、どう怒られているのか分からない。

 

 一夏は、とりあえず謝ることにした。

 

「ごめん」

 

「何に対して謝ってるの?」

 

「……分からないけど、悪かった気がするから」

 

「そういうところだよ」

 

 シャルロットはまた溜息をついた。

 

 そして、少し頬を赤くしながら、そっぽを向く。

 

「いいよもう。どうせそんなことだろうと思ってたからさ」

 

「そんなこと?」

 

「いいの」

 

「本当に?」

 

「その代わり」

 

 シャルロットは指を一本立てた。

 

「パフェ」

 

「パフェ?」

 

「ケーキ」

 

「ケーキ」

 

「飲み物」

 

「飲み物」

 

「それから、僕が行きたいお店に文句を言わずにつきあうこと」

 

「分かった」

 

「あと、荷物持ち」

 

「任せろ」

 

「……それで許してあげる」

 

 一夏はほっとした。

 

 理由は分からないが、どうやら機嫌は直りそうだった。

 

 シャルロットはまだ少し頬を膨らませていたが、その目元には笑みが戻っていた。

 

     ◇

 

 ショッピングモールは、休日らしい賑わいに満ちていた。

 

 広々とした駅前広場。

 ガラス張りの建物。

 吹き抜けになったエントランス。

 緑の植え込みと、陽射しを受けて白く光る石畳。

 

 学園内とは空気が違う。

 

 制服姿の生徒もいれば、家族連れもいる。

 若いカップル。

 買い物袋を抱えた主婦。

 小さな子供を連れた父親。

 

 普通の街。

 

 DDがいる世界でも、人はこうして生活している。

 

 一夏は少し眩しそうに周囲を見た。

 

「やっぱり外っていいな」

 

「学園も悪くないけどね」

 

 シャルロットは隣で微笑む。

 

「でも、ずっと中にいると息が詰まる時はあるよ」

 

「だよな」

 

 一夏は頷いた。

 

 その時、シャルロットがさりげなく手を差し出した。

 

「……え?」

 

「人が多いから」

 

「ああ、迷いそうだしな」

 

 一夏は納得した。

 

 そして、シャルロットの手を取る。

 

 華奢な手だった。

 

 握ると壊してしまいそうで、自然と力が弱くなる。

 そっと触れるだけでも気恥ずかしい。

 

「しかし、手をつなぐって。人が多いから迷いそうなのは分かるけど、本当にこれで許してくれんの?」

 

「ううん、これがいいの。これでいいの」

 

 シャルロットはうれしそうに笑う。

 

「もう大丈夫。怒ってないよ」

 

「そうか?」

 

「うん」

 

「へへっ」

 

 シャルロットは小さく笑った。

 

 さっきまでの仏頂面が嘘のように機嫌が良い。

 

 一夏は、意外と子供っぽいところがあるんだな、と思う。

 

 だが同時に、周囲への警戒も忘れない。

 

 シャルロットがIS学園へ編入した事情は特殊だ。

 デュノア社の思惑。

 性別を偽っての潜入。

 それが明るみに出た後も、全てが解決したわけではない。

 

 外出に危険が伴わないとは言えなかった。

 

 一夏は自然と周囲を見る。

 

 人の流れ。

 不自然に立ち止まる者。

 視線。

 通路の角。

 非常口。

 

 自分がどれほど役に立てるかは分からない。

 それでも、シャルロットを一人で歩かせるよりはましだと思った。

 

 そのせいか、手に少し力がこもった。

 

「あ……」

 

「と、ごめん。痛かったか?」

 

「ううん!」

 

 シャルロットは慌てて首を振った。

 

「そんなんじゃないよ。平気、大丈夫!」

 

 顔が真っ赤だった。

 

 一夏は不安になる。

 

「やっぱり体調悪いんじゃないか?」

 

「違うよ!」

 

「でも顔赤いぞ」

 

「暑いだけ!」

 

「そうか?」

 

「そうなの!」

 

 シャルロットは一夏の手を握り直した。

 

 ちょうど、駅前のスクランブル交差点が青信号になる。

 

「ほ、ほら一夏! あそこなんか良さそうだよ、行こっ」

 

「わっ?!」

 

 今度はシャルロットが強く一夏の手を引いた。

 

 二人は交差点を駆け出す。

 

 活気に満ちた駅前を、人々が行き交う。

 晴れ上がった空では、夏の到来を告げる入道雲が陽射しを受けて、いっそう白く輝いていた。

 

 ほら早く、と笑うシャルロット。

 引っ張られて走る一夏。

 

 その姿を見れば、ほとんどの人は仲の良い恋人同士だと思っただろう。

 

 だが。

 

 それを許さない者たちが、わずかながらいた。

 

     ◇

 

「……あのさぁ」

 

「なんですの?」

 

「……あれ、手ぇ握ってない?」

 

「……握ってますわね」

 

 物陰の緑樹の陰。

 

 鈴とセシリアが、二人を見つめていた。

 

 セシリアは引きつった笑みを浮かべながら、持っていたペットボトルを握りつぶした。

 

 中身がまだ少し残っていたため、ぺこり、と妙な音がする。

 

「そっか。やっぱりそっか。あたしの見間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか」

 

 鈴は深く頷いた。

 

「よし、叩き潰そう」

 

 言った瞬間には、ISアーマーの部分展開を終えていた。

 

 さすが国家代表候補生と言うべき反応速度である。

 

 もっとも、厳密な運用規約は完全に頭のどこかへ放り捨てられていた。

 

 乙女の純情とは、時に規約より重い。

 

 その熱に、冷や水を浴びせる声が背後からかかった。

 

「ほう。楽しそうだな。私も交ぜろ」

 

「?!」

 

 鈴とセシリアが同時に振り向く。

 

 そこには、ラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 

 音も立てず、気配も薄く、いつの間にか背後に立っていた。

 

 先日、鈴とセシリアが模擬戦で、二対一にもかかわらず敗北を喫した相手である。

 

「なっ?! あんた、いつの間に?!」

 

「そう警戒するな。今のところ、お前たちに危害を加えるつもりはない」

 

「信じられるものですか! なんなら再戦してもよくってよ?!」

 

 セシリアが強気に言う。

 

 一夏の前ではできる限り普通に振る舞っているが、先日の敗北は尾を引いていた。

 

 鈴も腕を組み、ラウラを睨む。

 

 だがラウラは、あっさりと言った。

 

「ああ。あのことなら、まあ許せ」

 

「……は?」

 

「……はい?」

 

 鈴とセシリアは、毒気を抜かれたように固まった。

 

 数秒後、我に返る。

 

「ゆ、許せって。あんたねえ……!」

 

「はい、そうですかと言えるわけが……!」

 

「そうか。許さぬというなら、それも結構だが」

 

 ラウラは二人の横を通り過ぎる。

 

「私は嫁を追うのでな。失礼するとしよう」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「そうですわ、追ってどうしようというのですか?!」

 

 慌てて追いかけ、鈴がラウラの肩を掴む。

 

 ラウラは鬱陶しそうにその手を払った。

 

「交ざるだけだが?」

 

 あまりにもあっさりした答えだった。

 

 鈴とセシリアは、逆に怯んだ。

 

 ISへの真摯さとは裏腹に、恋愛に関してラウラはあまりにも直線的だった。

 キスをした時もそうだったが、迷いがない。

 

 その素直さが呆れるほど危なっかしく、同時に少し羨ましい。

 

 鈴もセシリアも、感情がごちゃまぜになった。

 

 悔しさ。

 焦り。

 呆れ。

 羨望。

 

 出てきたのは、長い溜息だった。

 

「ま、まあ、ともかく」

 

 セシリアが咳払いをする。

 

「今の私たちには、共通の敵がいると思うのですが、いかがでしょう?」

 

「敵って、シャルロット?」

 

 鈴が言う。

 

「敵を倒すには、まず情報収集……よね」

 

「……それも一理あるな」

 

 ラウラは顎に手を当てる。

 

「だが、どうする?」

 

「ここは追跡の後、二人の関係がどのような状態にあるのか、見極めるべきですわね」

 

「ふむ」

 

 ラウラは少し考えた。

 

「確かに私も、デュノアのことはあまり知らん。ではそうするとしよう」

 

 ラウラは即決した。

 

 鈴とセシリアは、どこか後ろめたさを感じていた。

 後をつけるなど、あまり褒められた行為ではない。

 

 だが、今は違う。

 

 情報収集。

 関係の確認。

 今後の戦略のため。

 

 自分を納得させる理由を見つけた途端、先ほどまでの剣呑とした雰囲気はどこへやら。

 シャルロットという共通の敵を見極めるため、三人は行動を共にすることにした。

 

 もっとも。

 

 彼女たちはまだ知らない。

 

 この先で目にするものが、想定していた修羅場とは少し違う方向に壊れていることを。

 

     ◇

 

 追いかけた三人が見たものは、女性水着売り場の前だった。

 

 より正確に言うなら。

 

 女性水着売り場の更衣室から、二人で出てきた一夏とシャルロット。

 

 その二人を正座させ、咎めている千冬と真耶。

 

 そして。

 

 先日紹介のあった開発部の教師――確か、横島と言った男が。

 

「休日にこんな可愛い娘と二人っきりで水着の買い出しやなんて! しかも更衣室の中でまで一緒だとっ! 美形、美形は……美形は俺の敵じゃあ、どちくしょぉぉぉっ!!」

 

 泣き叫びながら、藁人形に五寸釘を打ち込んでいた。

 

「ぐあぁっ?! む、胸が痛いぃぃぃっ?!」

 

 一夏が胸を押さえて苦しみ出す。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 鈴とセシリアは、律儀にコケた。

 

 ラウラだけは違った。

 

「あの攻撃はどういう理屈だ」

 

 冷静に分析していた。

 

「ああっ、織斑君?!」

 

「ちょっと一夏っ。だ、大丈夫?!」

 

 真耶とシャルロットが、一夏を介抱する。

 

 どうやら、横島の呪いらしきものはしっかり効いているらしい。

 

 千冬は慌てて横島を殴り倒した。

 

「人の弟に何をしとるか、何をっ!!」

 

「うっさいわい! こんなケダモノ、退治してしまえばいいんだっ!!」

 

「何がケダモノかっ!!」

 

 千冬の怒声が売り場に響く。

 

「だいたいお前が、『水着の買い出し……水着の買い出し行きたい……俺も行きたい……水着の買い出しぃぃぃぃぃぃぃ』などと血の涙を流して頼み込むから、仕方なく連れてきてやったんだろうがっ!!」

 

「俺はいくら声をかけても少ーしもひっかからんというのにっ!! ちょっと顔がいいからってなんだ、どチクショー!」

 

 横島は床に拳を叩きつける。

 

「マルクス主義は死んだっ!!」

 

「何の話だ!!」

 

 千冬は横島を壁に蹴り飛ばした。

 

 あまりにも気持ちよく飛んだ。

 

 売り場の空気が一瞬止まる。

 

 千冬に、いつもの威厳は欠片もなかった。

 ただし、迫力はあった。

 

 横島が壁からずるずる落ちるのを確認した後、千冬は一夏へ視線を向ける。

 

「痛みは?」

 

「な、なんとか……」

 

「ならいい」

 

 千冬は一息つき、次に柱の影を睨んだ。

 

「そこの三人! 見てないで出てこいっ!!」

 

「は、はいぃぃぃっ?!」

 

 鈴、セシリア、ラウラが、柱の影から飛び出す。

 

 千冬は深く溜息をついた。

 

「全く、お前らはそろいも揃って……」

 

「あ、あれ? セシリアさんに鈴さんにラウラさん?」

 

 真耶が目を瞬かせる。

 

「皆さんも水着の買い出しですか?」

 

「え、ええ、まあ、その」

 

「偶然よ偶然!」

 

「嫁の様子を確認していただけだ」

 

「最後のは偶然じゃないですわ!」

 

 セシリアが小声で突っ込む。

 

 千冬はもう追及する気力もなかった。

 

「……そうだろう。真耶、我々はさっさと買い物を済ませて退散するぞ。そこの馬鹿は放っておいて」

 

 床に横たわる血まみれの物体を置き去りにして、千冬は水着売り場へ向かった。

 

 真耶は動かない横島と、売り場を歩く千冬の間で視線をきょろきょろ動かす。

 

 助けるべきか。

 放っておくべきか。

 教師として、人として、どうすべきか。

 

 しばらく迷った末、真耶は小さく「ごめんなさい」と呟き、水着を手に取った。

 

 教職員である二人も、かなり土壇場の準備らしい。

 

 だが、横島は死んでいなかった。

 

「千冬と真耶ちゃんには、このスリングショットがいいと思うなっ!」

 

「ひぇっ?! よ、横島さんっ?!」

 

 横島は、いつの間にか復活していた。

 

 手には、布面積があまりにも少ない紐のような水着。

 

 千冬のこめかみが跳ねる。

 

「そんな紐水着が、生徒の前で着られるか馬鹿者っ!!」

 

「生徒の前でなかったらいいんやなっ?!」

 

「そういう意味で言ったんじゃない!」

 

「仕方ないやんか! 見つけちゃったんだから! これはもう、たわわに実った巨乳の二人に着てもらうしか――」

 

「い・い・か・げんにしてくださいっ!!」

 

 真耶が動いた。

 

「ぎゃあああああっ?! さすが元代表候補生の真耶ちゃん、関節技もものすごいってか、この感触は久しぶりでちょっといかん、てかカイカン――?!」

 

「ああもう! なんなんですか、横島さんっ?! もういやぁー!」

 

「構わん真耶! 今この場で仕留めてしまえっ!!」

 

「アンギャアアアアアア!!」

 

 千冬と真耶の二人に、横島は何度も叩きつけられた。

 

 それでも、しばらくすると復活する。

 

 生徒たちは目を白黒させるばかりだった。

 

 あれは本当に人間なのか。

 

 DDではないのか。

 

 あるいは、教師というものはああいう耐久性を持つものなのか。

 

 誰も答えを持っていなかった。

 

     ◇

 

「……じゃ、じゃあ横島先生は預かっていきますねー。ほら、みんなもついてきてー」

 

「水着ー! ねーちゃんの水着ー!!」

 

「は、はぁ……」

 

 真耶は、慣れたような慣れていないような手つきで横島を縛り上げていた。

 

 ロープではない。

 IS用の簡易拘束具である。

 

 横島はまだ何か叫んでいる。

 

 真耶は首筋に手刀を落とした。

 

「いい加減にしてください」

 

「ぐえっ」

 

 横島はようやく静かになった。

 

 シャルロット、鈴、セシリア、ラウラの四人は、その様子に若干気後れしながらも、距離を取ってついていく。

 

「だ、大丈夫なの、あれ?」

 

 一夏が呟く。

 

「ああ、お前は気にしなくていい。そのうち、嫌でも授業で関わるしな」

 

 千冬は苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

 そして、ぐったりと近くの椅子に座り込む。

 

 周囲の店員は、すでに見て見ぬふりを始めていた。

 IS学園関係者の騒ぎに巻き込まれるのは危険だと、経験則で分かっているのかもしれない。

 

 一夏と千冬だけが、女性水着売り場の片隅に残された。

 

 妙な状況だった。

 

 姉弟二人。

 周囲には色とりどりの水着。

 先ほどまでの大騒ぎの余韻。

 少し遠くでは、真耶が横島を引きずっていく音がする。

 

 千冬は深い溜息をついた。

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

「一夏」

 

「え? な、なんですか、織斑先生?」

 

 思わずそう返してしまった。

 

 真耶の妙な気の使い方もあった。

 それに、入学以来、千冬に名前だけで呼ばれるのは久しぶりだった。

 

 妙にぎくしゃくした反応になってしまう。

 

 その顔がよほど可笑しかったのか、千冬は声を上げて笑った。

 

「他に誰もおらん。授業中でもない。この場では、ただの姉弟でいいだろう」

 

「わ、分かった。よ……うん」

 

 一夏は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 姉弟水入らず。

 

 そう言えば聞こえはいい。

 

 だが、場所は女性水着売り場である。

 

 姉と二人で残され、一夏は何を言えばいいか分からなかった。

 

 重くはない。

 けれど、妙な沈黙が数十秒流れた。

 

 やがて、千冬が口を開く。

 

「……どうだ。学園には慣れたか?」

 

「慣れては……いないかなあ」

 

 一夏は苦笑する。

 

「ついていくのが精一杯でさ。授業も訓練も、みんな当たり前みたいにこなすけど、俺は分からないことばっかりだし」

 

「そうかもしれんな」

 

 千冬は否定しなかった。

 

「IS学園は、普通の学校ではない。入ってくる者も、それぞれの国や組織で選ばれた者ばかりだ。お前が遅れている部分があるのは当然だ」

 

「当然って言われてもな」

 

「だからといって、甘えていいという意味ではないぞ」

 

「分かってる」

 

 一夏は少しだけ笑った。

 

「千冬姉は、そういうところ容赦ないよな」

 

「姉だからな」

 

「先生だからじゃなくて?」

 

「どちらでもある」

 

 千冬は静かに言った。

 

 その声に、少しだけ重いものが混じる。

 

 一夏はそれに気づき、顔を上げた。

 

 千冬は、どこか哀しそうな目で一夏を見ていた。

 

「だけどな……来てしまった以上は、慣れざるを得ん」

 

「来てしまった以上?」

 

「ああ」

 

 千冬は噛んで含めるように言う。

 

「お前が望んだかどうかに関係なく、お前はISを動かしてしまった。世界で初めて、男でありながらISを起動した。しかも、お前は私の弟だ」

 

「それは……」

 

「この学園にいる間だけの問題ではない。これから先、お前は嫌でも注目される。利用しようとする者も出る。守ろうとする者もいる。敵視する者もいる。好意を向ける者もいるだろう」

 

 一夏は黙る。

 

 好意、という言葉で先ほどの騒ぎを思い出し、少し気まずくなった。

 だが、千冬の表情は真剣だった。

 

「なぜなら――」

 

 千冬が言いかけた時。

 

 突然、大きな衝撃が周囲を揺らした。

 

「なっ?!」

 

 一夏は反射的に立ち上がる。

 

 店内の照明が一瞬ちらついた。

 商品棚が揺れ、吊るされた水着がばさばさと揺れる。

 

 次いで、館内に警報が鳴り響いた。

 

 低く、重い音。

 

 買い物客がざわめく。

 店員たちが一斉に動き出す。

 

 遮断シールドが、より強固に展開された。

 透明な膜のような光が、窓の外側を走る。

 各所の扉が降り、通路ごとにロックがかかっていく。

 

 非常時の手順に従い、店員が客の誘導を開始した。

 

 真耶やシャルロットたちとの合流は、すぐにはできそうにない。

 

「……早速おいでなさったようだな」

 

 千冬は落ち着いていた。

 

 それが一夏には信じられなかった。

 

「千冬姉、今のって!」

 

「大丈夫だ」

 

 千冬は一夏の肩を掴んだ。

 

 今にも走り出しそうになっていた一夏を、その場に留める。

 

「あの程度で、ここの遮断シールドは打ち抜かれん」

 

「でも、外に人が!」

 

「出撃はできんぞ」

 

「どうして!」

 

「恐らく、すでに三年の精鋭たちが迎撃に当たっている」

 

「でも、相手が何かも分からないで!」

 

「相手が何かは分かっているさ」

 

 千冬は短く言った。

 

「あいつらだ」

 

「……DD!」

 

「ああ」

 

 千冬は深く頷く。

 

「気にするな。この程度、いつものことだ。学園では定期便と呼んでいるくらいでな。良い訓練代わりだ」

 

「そんな気楽に……!」

 

「落ち着け」

 

 千冬の声が、一夏の言葉を断った。

 

 静かな声だった。

 

 だが、逆らえなかった。

 

 千冬は立ち上がる。

 

 わずかに自分よりも高くなった弟の目を、まっすぐ見つめた。

 

「お前は、本当に優しい」

 

「え?」

 

「ラウラたちに平等に分けてやれるくらいにはな」

 

「な、なんの話だよ」

 

「今は茶化すな」

 

 千冬の目は厳しかった。

 

 一夏は口を閉じる。

 

「だが、よく聞け。一夏」

 

 警報はまだ鳴っている。

 

 外では、おそらくISがDDと交戦している。

 遮断シールドの向こうで、別の衝撃が走った。

 

 それでも千冬は、一夏だけを見ていた。

 

「分をわきまえない優しさは、優しさとは言わん」

 

「……」

 

「ISに乗る限り、ただ甘いだけの優しさはいずれ、お前自身を……殺すことになる」

 

 一夏は息を止めた。

 

 千冬の声は、脅しではなかった。

 

 経験だった。

 

 そして、それが一番重かった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 頑張って続け。

 

 

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