ISクロスGS ザ・グレート・ゲーム 【IS世界に横島忠夫を放り込んでみた】 作:監督
「爆発?!」
「みなさん、頭を低く!」
ショッピングモール全体を震わせるような爆音が、吹き抜けの空間に響き渡った。
直後、照明が一瞬だけ落ちる。
ざわめきが波のように広がった。
だが、完全な混乱にはならなかった。
天井近くに収納されていた防護壁が、重い音を立てて降りてくる。
ガラス面の向こう側に、透明な膜のような遮断シールドが何重にも展開される。
館内放送が、落ち着いた女性の声で避難誘導を開始した。
『館内にいらっしゃる皆様へ。現在、外部にてDD接近警報が発令されました。係員の指示に従い、最寄りのシェルター区画へ移動してください。繰り返します――』
一般客は、多少の悲鳴を上げた。
子供を抱き上げる母親。
荷物を落とし、慌てて拾う老人。
不安げに空を見上げる若者。
だが、全体としては整然としていた。
走り出す者はいる。
声を荒らげる者もいる。
けれど、誰もが次に何をすべきか知っている。
シェルターへ向かう。
頭を低くする。
窓から離れる。
係員の指示に従う。
この街の人間は、こういう事態に慣れているのだ。
真耶は、それを苦々しく思った。
慣れてしまった。
慣れるしかなかった。
全く嫌なことだ。
「皆さん、ここから動かないでください。遮断シールド内にいれば安全です」
真耶は、生徒たちへ落ち着いた声で告げる。
シャルロット、鈴、セシリア、ラウラ。
そして、拘束されたまま転がされていた横島。
少し離れた場所には、買い物客の避難誘導にあたる警備員たちの姿もある。
店内のざわめきはまだ収まらない。
しかし、IS学園の教師として、真耶が慌てるわけにはいかなかった。
「様子を見てきます。ここで待機していてください」
「先生、私たちは――」
セシリアが言いかける。
真耶は静かに首を振った。
「まだです」
それだけで、セシリアは口を閉ざした。
真耶は走った。
水着売り場を抜け、吹き抜けへ出る。
防護壁の一部が展望用に残されている箇所から、上空へ視線を走らせた。
晴れ渡った大空。
その中に、黒々とした塊がうねっていた。
鳥の群れのようにも見える。
だが、鳥ではない。
不揃いな翼。
山羊を思わせる角。
骨ばった四肢。
蝙蝠じみた膜。
DDの群れ。
そこかしこから立ち上る煙を裂くように、七色の光が空へ躍り込んでいく。
ISの機動光だった。
迎撃部隊がすでに展開している。
真耶は、安堵の息を吐いた。
ここ数年ですっかり見慣れてしまった光景だ。
見慣れてしまったこと自体が、やはり嫌だった。
上空では、ISが群れの外周を削るように動いている。
高位体らしい反応はない。
群体の動きは粗い。
これなら、大きな被害にはならない。
真耶は踵を返し、生徒たちの待つ場所へ戻った。
引き続く爆音にも、表情を変えない。
生徒たちの前に戻ると、真耶は静かに告げた。
「大丈夫。定期便でした。程なく排除できるでしょう」
「定期便……」
シャルロットが、言葉を繰り返す。
その響きに、どこか現実感がない。
鈴も、セシリアも、ラウラも、屋根の形に切り取られた空を見つめていた。
入学してから、IS学園をDDが襲うことはなかった。
訓練では何度も想定した。
授業でも資料映像を見た。
各国のニュース映像なら、彼女たちも嫌というほど知っている。
だが、自分の外出先のすぐ上空でDDが現れ、遮断シールドが展開され、避難誘導が始まる。
それは初めての経験だった。
自然と、生徒たちの表情に硬さが出る。
真耶は、その緊張を見て、かすかに微笑んだ。
不謹慎かもしれない。
だが、好ましいと思った。
怖いと感じている。
緊張している。
異常だと思っている。
それはまだ、彼女たちが慣れていない証拠だ。
真耶は、生徒たちには定期便になど慣れてほしくなかった。
上級生や教師が慣れているのは、必要だからだ。
慣れなければ判断を誤る。
いちいち心を削られていては、指揮も迎撃もできない。
だが、本当は誰だって慣れたくない。
DD襲撃を定期便などと呼ぶ世界の方が、どうかしている。
「ええ。ジャージー・デビルの群れのようですが……今回は彼らを率いる高位体がいないのでしょう。群体として、それ以上の動きは見られません」
「……高位体?」
シャルロットが問う。
答えたのは、ラウラだった。
「そのままの意味合いだ。より高位、上位に位置するDDということだ」
「ええ。ラウラさんの言う通りです」
真耶は頷いた。
「種類は様々ですが、より力の強いDDは、下位のDDを従えることがあります。統率個体、あるいは高位体。呼び方は現場や国によって違いますが、意味するところは近いですね」
「その高位体がいると、戦い方が変わるんですの?」
セシリアの声は落ち着いていた。
だが、その指先は少し強張っている。
「変わります」
真耶は正直に答えた。
「下位個体だけなら、群れは本能的に動きます。数は厄介ですが、誘導も分断も可能です。でも高位体がいると、群れが“考えている”ように動きます。罠を張る。陽動する。逃走経路を塞ぐ。人間の避難方向を読んでくることもあります」
「……つまり、指揮官がいるかどうか、か」
ラウラが短く言う。
「はい」
真耶は一瞬、横島の方を見た。
彼はまだ床に転がっている。
先ほど真耶が落とした手刀が効いているのか、ぴくりとも動かない。
本当なら、この手の分類については横島の方が詳しい。
彼の世界で言う妖魔、悪魔、怪異の知識は、この世界のDD研究に大きな影響を与えた。
だが今は寝ている。
寝ているというか、沈黙している。
おそらく、もう少しすればくだらないことを言って起きるだろう。
真耶は視線を生徒たちへ戻した。
「良い機会です」
その言葉に、生徒たちが顔を上げる。
「IS運用協定の特例事項に基づいて、専用機持ちの皆さんに、コア・ネットワークの使用を許可します」
「……出撃する訳には、まいりませんか」
真耶の言葉を遮ったのは、セシリアだった。
顔を伏せていた彼女が、ゆっくりと顔を上げる。
その表情に、箒や鈴なら驚いただろう。
ここにいる鈴も、実際に目を見開いた。
影を潜めていた、少し前の勝ち気なセシリアが戻ってきていた。
いや、勝ち気というより、痛みに似ていた。
「出撃する訳には……!」
「……落ち着いて。セシリアさん」
真耶は、震えるセシリアの肩にそっと手を置いた。
彼女の事情を知っている。
だからこそ、胸が痛む。
DDという災厄は、誰か一人の悲劇ではない。
家族を失った者。
故郷を失った者。
友人を失った者。
目の前で街が壊れるのを見た者。
ニュース映像の中で、知っている場所が炎に包まれるのを見た者。
程度の差はあっても、今を生きる人々は、多かれ少なかれその痛みを抱えている。
隔壁の向こうにいるはずの織斑姉弟も例外ではない。
有り体に言えば、世にありふれたことになってしまった。
それが一番、やりきれない。
「無人機襲撃の際、織斑先生に言われたことを思い出してください」
真耶は静かに続ける。
「連携訓練。味方の構成と、自分の役割。敵のレベルの把握。出撃区域の状況。後方支援との接続。撤退判断」
セシリアの肩がわずかに震える。
「今のセシリアさんに、満たせている要素がありますか?」
「分かっています」
セシリアは唇を噛んだ。
「分かっていますわ!」
でも。
それでも。
そう絞り出すように訴えるセシリアを、誰も責めなかった。
鈴は拳を握っている。
シャルロットは心配そうにセシリアを見ている。
ラウラは表情を変えないが、目だけは上空へ向いていた。
彼女たちは全員、出たいのだ。
今、外で戦っている上級生たちのところへ。
自分たちにもISがある。
専用機がある。
代表候補生としての誇りもある。
それなのに、ここで待機していろと言われる。
歯がゆいに決まっている。
真耶は、だからこそ厳しく言う必要があった。
「だからこそ、今はここにいて、迎撃部隊を見ることに意味があります」
真耶は生徒たちを見渡した。
「セシリアさん。皆さん。コア・ネットワークを彼女たちに接続してみてください」
一人ひとり、ISコアを起動させる。
専用機持ちである彼女たちのコアが、微かに反応した。
肉眼では見えない情報の層が、彼女たちの感覚に重なっていく。
ISは元来、宇宙用のマルチフォームスーツだった。
孤立した宇宙空間で作業するためには、互いの状況を即座に確認しなければならない。
生命維持。姿勢制御。作業状況。緊急時の救助。
そのために、ISには相互確認用のネットワークが組み込まれている。
それが今では、戦闘における情報共有の中核となっていた。
「更識さん……生徒会長については、皆さんご存じですね」
真耶が言う。
「二年生でありながら、三年生を含めたISチームの指揮官である意味を、感じ取ってください」
更識楯無。
自他ともに認める、IS学園最強の使い手。
彼女の専用IS、ミステリアス・レイディから発信される指示が、コア・ネットワークを通じて流れ込んでくる。
言葉ではない。
いや、言葉もある。
だが、それ以上に、意図が来る。
敵群の外周を削る。
中央を崩さない。
右の二機は高度を下げる。
後方支援機は射線を三度左へ。
あの個体は囮。
次に動くのは左上。
突っ込むな。待て。今。
迎撃部隊の打鉄たちが、その指示に応える。
まるで手足のように。
だが、本当は違う。
それぞれが人間だ。
恐怖もある。
焦りもある。
判断の遅れもある。
痛みもある。
それでも、楯無の指示に合わせることで、一つの巨大な生き物のように動いている。
セシリアたちは、それをリアルタイムで共有していた。
見ているのではない。
感じている。
「DDという、科学では推し量れないものを相手にするにはどうするか、分かりますか?」
真耶の声が、遠くから聞こえる。
コア・ネットワーク越しの戦場が、彼女たちの意識を引き込んでいく。
迎撃部隊は、決して無敵ではない。
ジャージー・デビル程度なら大きな問題にはならない。
そう言えるだけの経験と装備と統制がある。
だが、相手は数で来る。
全方位から襲いかかるDD。
ISの絶対防御が働いているとはいえ、エネルギーは少しずつ、しかし確実に削られていく。
人の恐怖する形を取った異形。
それと刃を交える恐怖。
撃破した瞬間、肉片が散る。
骨のようなものが砕ける。
焼け焦げた臭いまでは共有されないはずなのに、脳が勝手に想像してしまう。
疲弊した精神を回復させる間もなく、次の敵が襲いかかる。
迫る。
速い。
避ける余裕がない。
せめて身をひねる。
背中に鋭く深い衝撃。
あ、と気づいた瞬間には、味方のISがそのDDを撃破していた。
四散した肉片が頬に張り付く。
嫌悪感を覚える間もない。
ハイパーセンサーが次の敵を捕らえる。
楯無からの指示が飛ぶ。
考える。
どうすれば勝てる。
そう思った瞬間には、対応策は共有され、実行に移される。
命を危険にさらしながら。
無茶をしながら。
恐怖に震えながら。
それでも彼女たちに要求されるのは、どこまでも冷徹なシステムの一部としての役目だった。
覚束なければ、部隊から外される。
あるいは、DDに撃破される。
それだけだ。
「更識さんの何より優れたところは、人としての感情と、システムの制御を両立できることです」
真耶は静かに言う。
「思慮の深さと、視界の広さ。あれは決して、ハイパーセンサーの補助があるからだけではありません」
少しだけ、真耶は苦笑した。
「普段の彼女を見ていると、なかなか想像しづらいことですけれどね」
生徒たちは、きょとんとした。
一年生である彼女たちは、まだ楯無との接触が少ない。
生徒会長としての彼女を遠目に見ることはあっても、振り回されるほど関わってはいない。
だが真耶は違う。
普段から散々振り回されている。
にこにこと笑いながら、無茶なお願いを投げてくる楯無。
からかうように距離を詰め、こちらが困るとさらに楽しそうにする楯無。
そんな彼女を知っているからこそ、こうして戦場で指揮官として立つ姿には、つい違和感を覚えてしまう。
だが、どちらも更識楯無だ。
学園でおちゃらける彼女も。
迷いながら、懸命に、自身の弱さすら武器へ変えて戦う彼女も。
どちらも本人なのだ。
真耶は、目の前のルーキーたちにもそうであってほしいと思った。
心が潰れそうな現実がある。
だからこそ、学園生活を真剣に、精一杯楽しんでほしい。
消耗品だろうが何だろうが、彼女たちは一人の人間なのだから。
だが、口にしたのは別のことだった。
「皆さんには、部隊運用ができるレベルまで、あと一年で到達してもらいます」
生徒たちの表情が変わる。
「専用機を与えられている意味が、今の皆さんに想像できますか?」
ISには自己進化が設定されている。
搭乗者と共に経験を蓄積し、最適化され、成長していく。
だが、その機能を本当の意味で生かせるISは少ない。
現状、DDへの対抗上、ISは二十四時間運用を迫られることも多い。
特定の専用パイロットを持つということは、その機体の稼働時間が制限されることでもある。
防衛力全体を俯瞰すれば、決して軽い問題ではない。
だからこそ、汎用機が重視される。
打鉄のように、多くの操縦者が扱え、部隊運用に組み込みやすい機体。
それこそが、今の世界を支える現実的な戦力だった。
それでもなお、専用機を持たせる意味がある。
指揮官として。
部隊の中核として。
前線を維持するために。
IS開発のためのデータ取り。
各国の政治的思惑。
防衛体制。
研究予算。
将来のエース育成。
様々な事情が、彼女たちの肩にのしかかっている。
「あと一年とおっしゃいましたわね、先生」
セシリアが言った。
「ええ」
真耶は頷く。
コア・ネットワークの向こうでは、目の前に敵がいた。
まともに目が合った。
そう錯覚するほどの距離。
ジャージー・デビルが牙を剥く。
焼けただれた皮膚が、その瞬間から再生していく。
破壊と再生がせめぎ合う異形の姿。
その直下で、セシリアは息を吸った。
「必ず」
声が震えていた。
だが、折れてはいなかった。
「必ず、ですわ。あと一年で、あのレベルまで到達してみせます」
鈴が黙って頷いた。
シャルロットも、静かに拳を握る。
ラウラは何も言わない。
だが、その目は戦場から逸れない。
彼女たちは、感じ取った現実の重さを、それぞれの形で受け止めていた。
◇
(……この状況で、セシリアちゃんの尻を触ったりしたら、さすがにまずいんだろうなあ……)
横島忠夫は、床に転がったまま、そんなことを考えていた。
真耶に手刀を食らい、気づいてみれば、セシリアをはじめとする一年生の美少女たちの尻が目の前にあった。
なぜそうなるのか。
床に転がっているからである。
居並んだ尻は、どれもぷりぷりと動いていた。
いや、動いているように見えた。
鈴やシャルロットたちのミニスカートも良い。
だが、この場合、ロングスカートのセシリアの方が、かえって横島の煩悩を刺激した。
見えない。
だからこそ、想像する。
想像するからこそ、燃える。
横島は真剣だった。
だが、聞こえてくる会話は非常にシリアスである。
定期便。
高位体。
コア・ネットワーク。
迎撃部隊。
専用機の意味。
あと一年で部隊運用レベルへ到達しろ。
真面目な話だった。
いきなり尻を触るのは、さすがに憚られる。
憚られる……ような気がする。
(ああっ、だけど、こんな無防備で素晴らしい若い尻が目の前にあって、それに手を出さないなんて、神様が見過ごしてもこの横島が見過ごせんー?!)
「見過ごすのが当たり前ですっ!!」
「お気になさらず……って、また口に出てたーっ?! ごきゃっ?!」
真耶の肘鉄が落ちた。
狙い通り、横島の頭に直撃する。
奇妙な叫び声を上げ、横島は再び床でぴくぴく震えた。
生徒たちは一斉にスカートを押さえながら後ずさる。
その顔が引きつっていたのは、横島への嫌悪なのか。
それとも、容赦ない真耶への驚きなのか。
真耶は深く溜息をついた。
ちょうどその時、コア・ネットワーク越しに更識楯無から報告が入る。
『対象は完全に沈黙。これより、学園に帰投する』
空の戦闘は、終わっていた。
◇
「痛ててて……真耶ちゃんも最近、迷いがないよね」
「肘鉄で済んで良かったと思ってください!」
地下区画に、真耶の声が響いた。
IS学園地下。
相応のセキュリティパスを持っていなければ入れない区画。
薄暗い廊下を抜けた先にある解析室は、外の学園生活とはまるで別世界だった。
壁も床も無機質で、空調の音だけが低く響いている。
部屋の中では、いくつものモニタが青白い光を放っていた。
横島は頭をさすりながら抗議するが、真耶は見向きもしない。
「だってさあ、あんなに良い尻が目の前にいくつもあってさー。手を出さない方がおかしくない?」
「その考えがおかしいんですっ!!」
真耶が、ずだん、とキーボードの横に拳を叩きつけた。
「い・い・で・す・か、横島さん?」
「はい」
「世間一般では! ああいうのは! 変態と言うんですっ!!」
「いや、俺も自分が清廉潔白な紳士だとまでは――」
「いい加減、生徒たちに手を出すのはやめてくださいっ!!」
「じゃあ、真耶ちゃんに手を出すならいいわけ?」
「それならOKで……って、違いますっ!!」
真耶は真っ赤になって、ぶんぶんと両手を振り回す。
横島は楽しそうに避けた。
狭い解析室の中で、奇妙な追いかけっこが始まる。
「待ちなさい横島さんっ!」
「いやー、真耶ちゃんが可愛くてつい!」
「そういうことを言うからです!」
「照れちゃってまあ」
「照れてません!」
真耶の拳が横島の頬をかすめる。
横島はひょいと身を低くして避けた。
その背後に、扉が開く音。
「……忠夫」
低い声がした。
横島の動きが止まる。
「真耶で遊ぶのはよせ。私の楽しみがなくなる」
「織斑先生がひどいっ?!」
真耶の声が裏返った。
入ってきたのは織斑千冬だった。
彼女は真耶の抗議を涼しい顔で受け流す。
「なに、愛されているということだ。気にするな」
「気にしますぅ……」
真耶は子供じみた様子で拗ねた。
千冬は内心で、そういうところだから忠夫にもからかわれるんだ、と思ったが、口には出さなかった。
代わりに、真耶の頭を軽く撫でる。
それだけで、真耶は少しだけ大人しくなった。
「忠夫のセクハラに関しては、半ば轡木さん公認だからな」
「公認しないでください!」
「不安なら、自分で身を守れ。四六時中気を抜けんから、良い訓練になるぞ」
「そんな訓練、嫌ですぅ……」
真耶はがっくりと肩を落とす。
横島は横から口を挟んだ。
「お前の場合は気を抜かなすぎだっつーか、リアルにオートマチックな機関銃仕掛けてんなよ……。いいじゃねーか、乳の一つや二つ」
「あいにく、人様に触らせるような乳は持ち合わせていなくてな」
「いや、持ち合わせてるだろ。立派なのが」
「黙れ」
千冬は冷たく言った。
「なに、レーザーガンくらい仕掛けておいてもいいんだが、それはひとまず機関銃を突破されてからと思っている。お望みなら、真耶の部屋にも設置しようか?」
「いりませんっ!」
「真耶ちゃんの部屋に機関銃……それはそれで潜入しがいが――」
「横島さんっ!」
「冗談です」
横島は両手を上げた。
千冬は、そのやり取りに軽く息を吐くと、端末の前に立った。
「それよりも、だ」
空気が変わる。
真耶も表情を引き締め、椅子に座り直した。
横島も、軽口を飲み込む。
千冬がキーボードを操作する。
壁面のシャッターが、重い音を立てて上がった。
強化ガラスの向こう側。
スポットライトを浴びて、ISの残骸が姿を現す。
不気味な静けさをたたえた、無人機の残骸。
鈴と一夏の模擬戦に乱入して以来、ここへ運び込まれ、解析作業が続けられている機体だった。
「この無人機の解析は進んだのか?」
「ああ。進んだ、と言えば進んだのかもな」
横島が答える。
「と、言うと?」
千冬は強化ガラスの向こうに横たわる残骸を見据えたまま問う。
真耶がモニタを切り替える。
「この無人機……だいぶ、無茶をしているんです」
画面に解析データが並ぶ。
機体構造。
損傷状況。
エネルギー経路。
コア反応。
制御系ログ。
残留情報。
真耶の指が、素早くキーを叩く。
「登録外のコアであったことは、あの後すぐに分かりました。ですが……これを見てください」
拡大されたウィンドウに、コアのエネルギー組成が表示される。
千冬の表情が歪んだ。
「初期型か……!」
「いえ」
真耶は首を振る。
「初期型と言えるほどのものですらありません」
「何?」
「無茶をしているんです。このコアは」
千冬の視線が鋭くなる。
「どういうことだ?」
「エネルギー総量を見てみろよ、千冬」
横島が言った。
千冬は表示された数値を確認する。
そして、目を見開いた。
「……!」
残骸とモニタとを見比べる。
やがて、ゆっくりと椅子に座り、深い溜息と共に背を預けた。
「束の奴、無茶をする」
「容量自体に余裕はあったんだろうがな」
横島は腕を組む。
「加工前の霊体をそのまま、三倍も放り込めば、暴走して当たり前だ」
「むしろ、暴走することを見越したテストでしょうね」
真耶が言う。
「管制人格を与えてはありましたが、この状態でどこまで稼働できるのか、実証実験したとしか思えません」
地下室に、長い沈黙が訪れた。
誰もすぐには言葉を継げない。
束のやり方は、いつだって極端だ。
倫理の線を簡単に踏み越える。
踏み越えた先で、笑ってデータを取る。
それで人類が一歩でも生き延びる可能性が増えるなら、迷わない。
だが、それを正しいと呼べるかどうかは別だった。
真耶は、モニタに映る数値から目を逸らせない。
横島は、無人機の残骸の奥に、まだ残っている霊的な濁りを感じていた。
加工される前の霊体。
意識とも叫びともつかないもの。
機械の中で、乱雑に束ねられた気配。
気分の良いものではない。
千冬は、ふんと鼻を鳴らした。
「束なりに、現状を憂いているんだろう」
「そう言えば許されると思うか?」
横島の声は低い。
「許されるとは言っていない」
千冬は返す。
「だが、確かに時間は差し迫っている。真耶が“事実”を知りたいと言うくらいにはな」
「意地悪ですね、織斑先生」
真耶が小さく言う。
「意地悪を言える相手だと思っているから言うんだ」
千冬はそう返し、横島を見る。
「忠夫」
「ん?」
「選択と集中の立案者は、現状をどう見る?」
横島は少しだけ顔をしかめた。
その言葉は、重い。
選択と集中。
世界中に散らばる防衛資源を、全ての地域に均等に配るのではなく、守るべき中枢に集約する考え方。
地脈、霊力場、ISシールド、対DD防衛網。
それらを現実的に維持するための方針。
綺麗事ではない。
守れる場所を守る。
守れない場所は、後回しになる。
それを横島が提案した時、自分でも吐き気がした。
だが、現実はそれを要求していた。
「真耶ちゃん、例のデータを」
「はい」
真耶がもう一つのウィンドウを開く。
世界地図が表示された。
各国の地図に、いくつもの輝く線が上書きされている。
地脈。
霊的エネルギーの流れ。
太いもの。
細いもの。
明るく強く輝くもの。
すでに光量が落ち始めているもの。
数値には、それぞれ差があった。
千冬は目を凝らす。
「シールドの集中展開による地脈の枯渇は、すぐにではないにせよ、そう遠くない先に、各地で起き始める可能性が高い」
横島は言った。
「よほど太い地脈が見つかれば違うかもしれないけどな」
「つまり」
千冬が言う。
「今の防衛体制は、長くはもたない」
「そういうことになる」
横島は頷いた。
モニタの光が、三人の顔を青白く照らしていた。
◇
マジで続けっ(体力的な意味で