「皆さんこんにちは。283プロダクション所属、大崎3姉妹の長女、大崎楓香です」
「同じく、次女の……甜花です」
「末っ子の甘奈でーすっ!」
「今回特別にご用意していただいたこちらのコーナーですが、私達3人が、今SNSで話題のカフェを巡るという内容になっています」
「甘奈がラインナップしました〜」
「それでですね、見れば分かると思うんですが、今回はお揃いコーデで周っていきたいと思います。全身お見せしますね」
「くるくるくる〜」
「……どう、かな。かわいい……?」
「すっごく可愛いよ、甜花ちゃん!」
「にへへ……なーちゃんも、似合ってる……かわいい」
「はい、妹達が可愛くて私はもうお腹いっぱいですが、早速向かいましょう」
生放送でもないロケの撮影に緊張なんてしない私。台本を渡されているのは進行役の私だけだし、妹2人をリードしなければならない。カメラの前ではいつもとは違うお姉ちゃん像かもしれないが、ファンにとってはこれが私のいつも。大丈夫、いつもよりほんの少し妹達に緩んだ顔を見せないようにするだけ。きっとなんとかなる。今日も甜花と甘奈は可愛い、神様ありがとう。
平日の昼間に放送される、2時間あまりのバラエティー番組。様々なコーナーを組み合わせて構成されるそれの一コマに、私達3人を起用していただいた。今勢いのある事務所のアイドル、しかも3姉妹揃っての出演だから、視聴率稼ぎの意味もあってのことだろう。ロケを撮影し、後日のバラエティー番組の生放送は私と琳が出演することになっている。そこではまた時間を貰い、次のライブイベントの新情報を発表する予定だ。余談だが、今日も今日とて花柳さんは同行してくれている。283プロに顔を出しているところを見たことはないが、一体いつの間にプロデューサーからの信頼を勝ち得たのだろう。
駆け足となったデビューイベントだが、幾度となく語るように、予想以上の反響があった。元より期待の超新星のように取り上げていただくことが多かったため、ファンの間でも、もっと大きな会場でのライブを期待する声が多い。それに応える形だ。
さて、そんな番組のロケだが。
SNSでティーンに話題のカフェを3軒、人気メニューの試食も含めてリポートする内容になっている。事前の打ち合わせで、3人が注文するメニューはすでに決まっているが、甜花も甘奈も以前から楽しみにしていた。
姉妹が揃うということで、用意された衣装はお揃いコーデとなっている。甘ロリとまではいかないが、私達が普段着として採用することはあまり無いような系統のそれ。パステルカラーの可愛らしい洋服に身を包んだ甘奈は楽しそうに笑い、甜花は少し気恥ずかしそう。私はと言えば、ただでさえテレビの撮影ということでカメラを引き連れて歩いているというのに、相変わらず道行く人々の視線を集めるためにやりづらい。
「甘奈と甜花を見てると、私が本当にこの服似合うのか自信なくなってきた」
「え〜? お姉ちゃんもすごく可愛いよ? いつものかっこいい感じも好きだけど、こういうのも似合うのずるい!」
「甜花も……! お姉ちゃん、ヒラヒラしたの、あんまり着ないから……」
「そうかなぁ……私としては、2人の方が可愛いと思うわけで」
「それしか言わないじゃん」
「本音なんですよ」
唇を尖らせて不満を訴える甘奈には悪いけれど、私は双子が生まれた時からずっと、世界で一番可愛いのは甜花と甘奈だと思っているからね。そう簡単には折れることは出来ないのである。
使われるかどうか分からないラインのトークをしながら歩いて、目的のカフェ1軒目が見えてきた。ここはアンティーク調の内装の中で、クラシックをBGMに静かに落ち着ける個人経営の喫茶店。ティーンに人気の理由は、メニューの値段が比較的安いのと、マスターのご厚意によりこのお店で勉強することが可能だからである。
学生が集まると聞くと、どうしても騒がしくなってしまう印象がある私。これはどう考えても私の体質が悪いのだけれど、この喫茶店は外観と内装のオシャレさが静かな空間を作らせる。故に集中して勉学に励むことが出来るのだと、訪れたお客さんが言ったのだそう。
「かわいらしいお嬢さん方だねぇ。いらっしゃい」
「お邪魔します」
フレンドリーなマダムこそ、このお店のオーナーさん。
「アイドルなんだってね。テレビで見るよ」
「本当ですか? 私たちの名前、知ってたりします?」
「1番上のお姉ちゃんはあなた?」
「あ、はい。私です」
「あなたはね、娘が好きだって言うから覚えたの。大崎楓香ちゃん」
「そうです。嬉しい、ありがとうございます。娘さんはおいくつなんですか?」
「同じくらいよ、今高校3年生」
「私と同じです、奇遇ですね」
「それで、妹さんたちのお名前を聞いてもいいかしら」
「こっちのふにゃっとしたイケメン顔が甜花で、こっちの可愛い子が甘奈です。この子が末っ子です」
「あらそう。こんなに綺麗なお姉ちゃんたちで良いわね〜」
「そうなんです〜!」
しばらく談笑しているその背景で、オーナーの旦那さんであるマスターがメニューを用意してくれていた。私は紅茶、甜花と甘奈はそれぞれカフェラテとカプチーノ。フードメニューは、2軒残っているから今回は無し。
簡単なリポートを済ませ、ご夫婦に頭を下げて店を出る。今度個人的にここ来よう。絶対に琳が気に入るところ。余談だが、寡黙なマスターの意向で、3人のサインを置かせていただくことになった。どうやら娘さんの影響で私達を知っているのはオーナーだけではないらしい。
次の2軒目は、少しポップな内装のお店だった。カフェはカフェでも、例えばコラボカフェとか、そういう明るさ。花瓶に活けられた生花はとても綺麗で、こまめに変えていることが分かる。
「いらっしゃいませ。大崎楓香さん、甜花さん、甘奈さん」
「びっくりした、名前……」
「お恥ずかしながらアイドルには疎いもので……取材について聞いてから調べました」
「すみません、わざわざ……ありがとうございます、嬉しいです」
「すっかりファンになっちゃいまして……」
「わー、アルストロメリアのグッズ飾ってある〜!」
「私のは無いんですか?」
「すみません楓香さんのグッズを買うには少し遅くて……!」
「ですよね、もう販売終了しましたし。中古でもまだ出回ってないだろうなぁ」
「……甜花、うれしい。ありがとうございます……っ」
マスターが指したのはカウンターの奥、客の手が届かないところ。そこにはアルストロメリアのCDやタオルなどが飾られていた。同担としてすごく嬉しい。誰推しかなんて野暮なことは聞かないが。
改めて内装を見回すと、確かにパステルカラーのアイテムが多いように思う。それが以前からなのかは生憎知らないが、アルストロメリアのファンになったという若いマスターさんのはにかんだ笑顔と良く合っていた。実質アルストコラボカフェ。
「今回ですね、おすすめのメニューを召し上がっていただきたくて」
「本当ですか?」
「こちらの、特製パンケーキでございます」
「……大きくない?」
「そうこれ〜! 甘奈、ここ来たかったの!」
マスターが出したのは、大皿に山のように盛られたパンケーキ。ふわふわで厚みのあるそれが3枚、ホイップやチョコソース、ベリーを引き連れて私達の目の前に現れた。
目を輝かせる甘奈とは裏腹に、甜花は少し怯えたような表情。そういえば甘奈が選んだって言ってたっけ。ティーンに人気なカフェ、これは確かにバズる。
「あ、すみません、紅茶をいただけますか」
「甜花も同じのを……」
「私はコーヒーでお願いします!」
「かしこまりました」
出されたからには、ちゃんとリポートする。覚悟を決めて本日2杯目の紅茶を注文した。複数人の来店での注文が前提らしいこのメニュー、注文数は私達が思う以上にあるらしい。興味本位もあるだろうが、チョコソースやフルーツのカスタマイズが可能なんだそうだ。でも、パンケーキ3枚は重いと思う。女の子にとって甘いものは別腹だというが、だとしたら普段はどんな食事量なのだろう。
「「「いただきます」」」
3人揃って手を合わせ、私は妹達にパンケーキを取り分ける。ホイップやチョコソースが乗っているからくどい甘さを覚悟していたが、実際はそんなに甘くなくて、これなら私も飽きずに食べられる。
感嘆の声を漏らす甘奈に、同じように静かに喜ぶ甜花。カメラを意識してリポートする私を置いて食べ進める2人。お姉ちゃんが一緒だからって何をしてもいいわけじゃないんだぞ。いやこれ本当に美味しいな、食べ切れそう、1人で。
「これ食べ切っても大丈夫です?」
「別にいいけど、次のカフェはランチメニューのリポートだよ」
「大丈夫です」
「お姉ちゃん、こう見えて食いしん坊なんですよ」
どうせオフレコだからと、甘奈が余計なことを言った。スタッフさんとマスターの笑い声と、意外だと驚く声。使われるのが確定した瞬間だ。
「こう見えてって言うけどね。背高い方だし、あんまり意外じゃないと思うよ?」
「そうですか?僕は結構意外でしたよ」
「マスターまで……」
私をなんだと思っているのか。拗ねたフリで次のパンケーキを口に運ぶ。3軒目のことを考えてか、双子は1枚の半分程を食べて私にと渡してきた。次を考えられて偉い。こうして計2枚のパンケーキを食べた私は、大満足でマスターにお礼を言った。こちらにもサインを置かせていただくことになり、私達とマスターで写真も撮った。番組の放送後、店内に貼り出すそうだ。ここも後で来よう。今度は千雪さんと一緒に。
さて、最後の3軒目。こちらは都内で複数店舗を出しているという、カフェレストラン。昔懐かしのメニューが置いてあり、客層はやや中年寄り。ここだけ聞くと、ティーンに人気な理由が私にも分からなかったのだが、どうやら他のお店にあまり無いコンセプトだからという理由らしい。確かに、私もこういうお店にはある種の憧れがあった。
内装だけなら純喫茶風ということで、1軒目のようにシックな感じ。ランチメニューの注文は、私がハンバーグセット、甜花がオムライス、甘奈がビーフシチューとなった。どうせ1口ずつ交換するのだから、メニューに被りがないのは食リポ的にも大正解。
「美味しい〜!」
「本当に美味しい」
「にへへ……うまストロメリア……!」
「あ、生で聞けた……」
「お姉ちゃんそれしまって」
花の咲くような笑顔を浮かべる2人。それをニコニコと見守ってくれている店員さん達。私もたまにはこういうスポットに出掛けるのはアリだなぁ。もっとも、レッスン室に入り浸る私達が、こういうお店にいざ行くぞとなるかは疑問である。琳も私も、あまりそういうタイプのアウトドアでは無いから。
「今度は千雪さんとも来れるといいなぁ」
「たしかに……ここも、好きそう……!」
「いいじゃん。誘って行ってきな?」
「お姉ちゃん行かないの?」
「いやぁ……お店にも千雪さんにも迷惑になっちゃうから」
さすがに。そっくりな容姿の3姉妹と千雪さんは、別に私の体質がなくても目立つと思うんだ。それは私だって喜んでくれるであろう千雪さんのその表情は拝みたいし、どうせ行くなら連れて行って欲しさもあるけれど。
「お待ちしていますね」
「退路絶たないでくださいよ……でも本当にいいんですか?」
「お客様ですから」
「お姉ちゃん、すごく目立っちゃうんです。もしかしたら他のお客さんに、私たちがアイドルってバレちゃって、大変なことになるかも」
歓迎の姿勢を見せた店員さんに、念を押した。店内に似合わない喧騒が訪れる可能性を示唆すれば、少し困ったように眉を下げて一言。
「それは大変ですね。何より、学生さんでしょう? 学校とか……大丈夫ですか?」
「もう慣れました」
「やっぱり、お待ちしていますね。少しでも安らげますように」
「優しい……」
店員さんの言葉を真に受けると、オフの日にプロデューサーやはづきさんに叱られながらレッスンすることも減るだろうか。ハードワークだなんだと言われるが、私のフィジカル的には無問題である。私より美琴さんとルカさんを心配して欲しい。
さて、ここからは番組の進行に戻らなくては。台本を手に、私は簡単にお店の評価を述べた。心からの賛辞に喜んでもらえて私も嬉しい。綺麗に締めくくれば、程なくしてスタッフからのOKサインが出た。無事に終えられたことで静かに息を吐く。見守ってくれていた花柳さんが手招きをして私だけを呼んでいる。
「ふうちゃん、お疲れ様。甘奈ちゃんのことなんだけど」
「はい?」
「あの子。自覚あるの?」
「……それは、どういう意味ででしょうか」
「両方、かな」
花柳さんは、甜花と楽しそうに笑い合っている甘奈を見て小さく呟いた。彼女が何を言いたいか、その視線が何を意味しているかなんて、聞かなくても分かっている。
今日の収録は、三姉妹の仲の良い姿を視聴者に届けることが目的だ。だからこそ、私たちもあまりカメラを過剰に意識せず自然に振る舞ったつもりだったし、それは彼女にも伝わっているはずだ。だが、甘奈の態度の節々には——。
「観ている人に強烈なマウントを取るつもりかしら。あれが無自覚なら、ある意味で恐ろしいわねえ」
「そうですね……ここまで露骨なのは初めてです」
今日、甘奈からのスキンシップがやけに多かった。
もちろん、テレビのロケ撮影という特殊な環境がそうさせている部分もあるだろう。それが花柳さんの言うように周囲への牽制なのか、あるいはカメラの前での緊張からくる甘えなのかは図れない。
けれど問題は——私が、その好意をただの「妹からの甘え」として綺麗に受け流せなくなっていることだ。甘奈の私に向けられた、微かな「恋心」に気づいてしまっているから。
「妹可愛さにこのままでいるつもり?」
「まさか。私には千雪さんがいるので」
「まあ、ふうちゃんに自覚があるならこれ以上は追わないけれど。りんちゃんには私から……」
「それも、大丈夫です。……彼女の想いを受け止めきれないのは、私がお姉ちゃんだからって理由だけなので」
私は甘奈を傷つけるつもりなんて毛頭ない。可愛い可愛い妹だ。……けれど、どれほど求められたとしても、それ以上の形になることはない。だからといって、その想いから逃げるつもりもない。
だからこそ、余計な心配をかけないようにと「琳には言わないでほしい」と念を押せば、花柳さんは少しだけ困ったような、けれどどこか感心したような笑みを浮かべて頷いてくれた。
「千雪ちゃんにケアしてもらうのを忘れないようにね。この後事務所に戻るんでしょ、乗ってく?」
「もういいんですか?」
「ちょっと待っててもらえればね。妹ちゃんたちもまとめて送ってあげる」
「ありがとうございます」
「電話でもしときな~」
「何の用で?」
「今から帰るよーって」
「……」
「しないと送らなーい」
「分かりました……」
それはもう立派な脅しって言うと思うんですよ。打ち合わせに向かう花柳さんを追いかけようとしたのに、ひらひらと手で制されてしまった。さてはこの人、琳か誰かから過保護な命令でも受けて来たな。平気だって言ってるのに。
「お姉ちゃん、……どうかした?」
「え、あぁ……うん、何でもないよ」
「ぎゅー☆」
「甘奈、ギューってしててくれるのは嬉しいけど、少し静かにね」
背中に感じる柔らかい重み。本当なら誰にも聞かれたくないのだが、事務所まで車で送ってもらう手前、私は妹たちの目の前で恋人に電話を掛けなくてはいけない。これじゃあまるで罰ゲームだ。
『……もしもし、楓香ちゃん?』
「お疲れ様です、千雪さん。今、お電話大丈夫ですか?」
『うん、ちょうどレッスンが終わったところだよ。どうかしたの?』
「……えっと。花柳さんが、事務所まで車で送ってくれるそうで」
『本当? さっきね、楓香ちゃんが好きそうなお菓子を買ったんだ。事務所に戻ったら一緒に食べよう?』
「あれですか? この前美味しいって言ってたやつ」
『そう!』
「……ふふ。なんだか、千雪さんの声を聞いたら、ちょっと元気になりました」
『あれ、具合悪かったの? 大丈夫?』
「いえ、そういうわけでは……」
強いて言うなら、あまりの破壊力に気恥ずかしくてどうにかなりそうです、なんて。口が裂けても言えるわけがなく。
会えると分かった途端に少し嬉しそうに弾む声色があまりにも可愛くて、咄嗟に口元を覆う。私のちょっとした言動に一喜一憂してくれる彼女と、何をしても優しく受け止めてくれそうなその大きな温かさに甘えてしまいそうで——もし私がこの優しさに本当の意味でつけ込んでしまったら、彼女はどうなってしまうのだろう。
「……今、絶対ニコニコしてるでしょ」
『するよ、だって楽しみだもん』
「ちなみに今、誰か近くにいます?」
『ううん、はづきだけだよ』
「あー……はづきさんなら、いいかぁ」
どちらかというと諦めと妥協の産物である。はづきさんにイチャイチャしているところを見られるのは流石に恥ずかしいけれど、見せるなと怒るほど私は子供じゃないし、何より彼女は一番の理解者だから。
「あ、花柳さん、お疲れ様です」
「はーい、ふうちゃん。今日のノルマ、完全クリア〜」
『えっ、何の話……?』
「今日も今日とて、私が大崎楓香として元気に生きているというご報告です。それじゃあ、またあとで事務所で」
『うん、待ってるね』
花柳さんが戻ってきた気配を察し、私は慌てて通話を切った。
気まずそうにスッと目を逸らす甜花と、拗ねたようにさらにぐっと全体重を背中に預けてくる甘奈。双子それぞれの分かりやすい反応と、満足げに私を眺める花柳さん。——この人、強引にでも私のメンタルケアを最優先させようと動いてくれたことに対して、自分でめちゃくちゃ満足している。こっちは冷や汗で背中がびっちょびちょなんですけど。甘奈、頼むからお姉ちゃんの背中に無駄に密着するのやめて、心臓に悪いから。
「お姉ちゃん、今のって……いったいどーゆーこと!?」
「あ、の、甘奈、待って、誤解だから本当に……!」
「…………」
「あぁっ、甜花の目が……見事に氷点下まで冷え切ってる……!」
我が家の上の妹が私を射抜く目が、間違いなく絶対零度を記録していた。こわい。
「はいはーい、そこまで! 早く車に乗って乗って、置いていっちゃうよ〜」
「あなたが余計な種を蒔いたからでしょうが」
「違う違う、私が蒔いたんじゃないわよ。ふうちゃんが自分で育てた種に、私がほんの少しだけ水をあげただけだからね」
「分かってます〜……!」
分かっているからこそ、電話なんてしたくなかったのだ。
花柳さんが軽快にハンドルを握る車の後部座席に、私たちはなぜか三人仲良く並んで座る。もちろん、なぜか私がその「真ん中」の指定席だった。いつもならこういう時は甘奈が真ん中に陣取るのに、今日は完全に私を両側から挟み込む布陣である。
「お姉ちゃん、いつも以上にお顔がゆるゆるだった」
「え、前から普通に緩んでたの?」
「甘奈にそんな顔見せてくれたことないのに」
「……ごめんね。お姉ちゃんのこと、甜花、……かばいたくない」
「千雪さんのこと、本気だったの?」
甜花からの助け舟は出ない。私は、慎重に答えなくてはならない。
「私、一回も冗談だと思ったことないよ」
「……千雪さんが推しって言ってた」
「間違いじゃないよ。私は、アイドルの千雪さんも好きだから」
「その好きって、甘奈と同じじゃないの?」
「……甘奈が私に抱いてる、という意味では、同じかもね」
静まり返る車内。静かなエンジン音だけが聞こえる。甜花は相変わらず何も言わない。興味を持たないように、努めて窓の外を眺めている。本当は、私よりずっと甘奈のことを思っているはずなのに。
「甘奈、お姉ちゃんが誰か好きになるの、いや」
「……どうして?」
「ずっとずっと、甘奈と甜花ちゃんのお姉ちゃんだもん」
これは。甘奈の中で、まだお姉ちゃんを超えていないのでは?
ミラー越しに花柳さんと目が合った。もうすぐ事務所につく。そこからどうするかは、彼女の監督下にない。今日は琳もいない。全部、私の選択次第。
「着いたわよ」
「ありがとうございました、今日のことですが……」
「君たちのとこのプロデューサーくんに報告するわ、良い出来だったってね」
「そうしてもらえると助かります」
「あ、千雪ちゃんに伝言お願い」
「なんですか?」
「煽ったわ、ごめん」
「……え?」
「じゃあね~。3人とも、ゆっくり休むんだよ~」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様、です……」
「えぇ……?」
困惑する私を置いて、花柳さんは帰って行った。いや、本当にどのタイミングでうちのプロデューサーと話しているんだろう。私達の仕事に着いて来てくれる以上、その打ち合わせがあるはずなんだけど。少なくとも、私は2人が事務所で話しているのを見たことがない。
「おかえりなさい、お疲れ様」
「千雪さん、ただいま!」
「お疲れ様です……疲れた……」
「甜花ちゃん、おいで。お菓子を用意してあるから、みんなでお茶にしようね。それとも、もうお腹いっぱいかな?」
「お茶くらいは、飲む……。お菓子は、ちょっとエンリョしとく……。今日、カフェでいっぱい食べた、から」
「甘奈も。お菓子は別の時に貰うね、千雪さん」
「そっか。……じゃあ、楓香ちゃんは?」
「いただきます」
事務所の扉を開けると、そこにいたのは私たちの帰りを優しく出迎えてくれる千雪さんだった。
疲労の色を滲ませる双子をまとめてソファへ案内し、彼女が「疲れたでしょう」と差し出してくれたのは、最近お気に入りでよく食べているというコンビニ限定のちょっと良いチョコレートだった。
一個だけチョコをつまみ上げ、「はい、お疲れ様」と口元へ差し出してくれるその可愛らしさに釣られて、私は深く考えもせずそのままチョコに顔を寄せる。
甘くて少しビターなくちどけ。割れた中から、甘酸っぱいベリーのソースがふわっと広がった。……うん、すごく美味しい。
「……どうかな、美味しい?」
「すごく美味しいです。……でも、千雪さん、あまり甘いものばかり食べ過ぎないようにしてくださいね?」
「そ、そんなに食べてない……、はず」
「まあ、千雪さんはもう少しふっくらしてくれないと、こっちは色々心配なんですけどねぇ」
「な、なんでそんなこと言うの……っ」
「軽すぎます」
千雪さんはサッと私から距離を取った。警戒している猫みたいに。もっとも、そこまで広くない事務所のソファに四人でギュウギュウに座っているのだから、離れると言ってもほんの数十センチ程度なのだが。運動やダンスで引き締まった私に比べ、大人の女性らしい華奢な体型の彼女は少し軽すぎる。もう少し美味しいものをたくさん食べてほしいというのが、恋人としての偽らざる本音だ。
「……楓香ちゃん。大人はね、簡単には痩せられないの」
「どんな千雪さんであっても、私は世界で一番愛していますよ」
「うっ……ずるい、そんな真っ直ぐな目で……!」
「美味しそうに食べている時の千雪さんのお顔、見るのが好きなんですよね。……そうだ。今度、琳がおすすめしていたお店に行くんです。結華ちゃんも誘って一緒に行きませんか?」
「……そこは、ぜひ行きたい」
「はい、今しっかり言質取りましたからね」
「……からかわれた。楓香ちゃんは本当に悪い子だなぁ……!」
そんな風に、私を悪戯っぽく睨む千雪さんの無防備で可愛らしい姿に、思わず頬が緩んでしまう。
……けれど、そんな甘い空気に浸っていた私を現実へと引き戻すように、すぐ隣から確かな温もりと重みが寄りかかってきた。甘奈だ。
「甘奈?」
「んー……」
どこか寝起きが悪い時のように、あるいは我慢の限界を迎えた幼子のように。甘奈は無言で私の肩にこてんと頭を預け、そのままぐりぐりと顔を擦り付けてくる。
これを、ただ単にロケの疲れや「お姉ちゃんに甘えたい」という一般的な姉妹のスキンシップだと、綺麗に片付けてしまうのは簡単だった。
……けれど。
数分間ほど心の中で迷った末、私はどうしようもないくらいに私を求めている妹の頭をそっと自分の膝の上に導き、優しく受け止めた。
彼女がまだ自分自身の感情にきちんとした名前をつけられず、戸惑っている段階なのだとしたら——今の私から、下手に過剰な線引きをしたり、突き放したりするような真似をするわけにはいかないのだから。
「眠いね、お腹いっぱいだもんね」
「……お姉ちゃんじゃないんだから」
「えっ、私は今めっちゃ眠いよ?」
「甜花ちゃん、お夕飯は食べられそう?」
「あんまり多くなくて……いいかな……」
「私、普通に食べられるよ」
「いや、お姉ちゃんは自分で用意してよ?」
「はい……」
今日は両親が揃って仕事で夜遅くまで留守にするため、夕飯は私たち三人で用意しなければならない。私も甘奈も家事全般は一通りこなせるし、何より今日のロケ撮影で甜花と甘奈はまだお腹も心も満たされていることだろう。私はと言えば、家に帰り着く頃には普通にお腹が空いていそうなので、冷蔵庫のありあわせと相談といったところだ。
「楓香ちゃんもお料理するの?」
「得意って言えるほど大層なものではありませんけどね。まあ長女ですし、この二人のおいしそうな顔を見るためなら喜んで作りますよ」
「ふふ、その気持ちちょっと分かるかも。美味しそうに食べてくれる人がいると、もっと頑張ろうって思えるもんね」
「じゃあ今度、ぜひ我が家に遊びに来てください。三人で全力でおもてなししますから」
「いいね〜、それ! 甘奈も、千雪さんが家に来てくれたらすっごく嬉しい!」
「甜花も……!」
「本当? 機会があれば、ぜひお邪魔させてもらうね」
たとえそれが場の空気に応じた社交辞令であったとしても、千雪さんが前向きな返事をくれただけで心から嬉しくなってしまう。
声が聴けて、顔が見られて、本当によかった。私は事務所の壁掛け時計に目をやり、それから膝の上の甘奈の肩をトントンと軽く叩いて起こした。いくら家には誰もいないとは言え、女子高生三人があまり遅い時間まで外を出歩いているのも感心しない。
「甘奈、甜花。そろそろ帰るよ」
「はーい。今の時間なら、途中のスーパーに寄って買い物して帰れるね」
「……今日のお夕飯……なに……?」
「何にしよっか。おかずだけでも大満足できるようなものがいいよねぇ」
夕焼けの澄んだオレンジ色が差し込む事務所の中で、最後に穏やかな笑みを浮かべる千雪さんとふっと視線が重なった。
……本当に綺麗だ。西日に照らされた彼女の横顔は、まるで一枚の完成された絵画のように、私の瞳に焼き付いて離れなかった。
もっと見ていたいと逸る気持ちをぐっと抑え、私は自分のカバンを手に取った。どうせ明日も明後日も、特別な用事がなくてもここに来て、彼女の顔を見て、その声を聞くのだ。今日じゃなくても、会うための時間なんて作ろうと思えばいくらでもある。
「……それでは、また明日ですね、千雪さん」
「うん、気をつけて帰ってね。……ねえ、送っていこうか?」
「いえ、それはダメです。私が千雪さんのこと心配になってしまいますし、それに……危ないですから、大丈夫です」
「もう、私の方が年上なのに」
「ダメです。千雪さん、そういうのすぐ顔に出るんですから」
妹たちの手前、これ以上近くで触れ合うのは流石に躊躇われた。だから私は、本当は彼女の頭をそっと撫でたくて持ち上げた右手を、誤魔化すように不自然に下ろす。代わりに手を振れば、千雪さんも少し照れくそうに、柔らかく手を振り返してくれた。
事務所の扉をあとにし、夕闇の迫る家路を辿っても、妹たちは何も詮索してこなかった。
私が千雪さんのことを特別に想っているなんて、そもそも最初から隠していたわけではないのだから。……いや、「隠しきれていなかった」という方が正しいのかもしれない。だって。
(……あんなに、嬉しそうに笑うから)
別れ際に見た彼女の癖毛が、愛おしそうに風に揺れていたから。
事務所を出たばかりだというのに、もうすでに彼女に会いたくなっている。
……すごいな。恋人同士になれた途端、私の心はどんどん欲張りになっていく。
子供みたいにわがままで、どうしようもない私のこの感情ばかりが、止まることなく走りたがっていた。
甜花のひみつ
お姉ちゃんのことは大好きだけど、なーちゃんを泣かせてる時は苦手