今回披露するのは二曲とも、私たちの記念すべきファーストシングルに収録される楽曲だ。
さすがにデビュー最初の一曲目ということもあり、楽曲制作そのものに私たちが深く関わることはできなかった。知らぬ間にプロデューサーが外部のクリエイターに依頼し、知らぬ間に完成品が納品され、気づけばレッスンが始まっていたのだ。
仮にも中学演劇部のエースだった私と、有名劇団に所属していた過去を持つ琳。「一から作品を創り上げたい」という熱意は十分にあったものの、流石にアイドルとしてはド新人もいいところだったため、プロデューサーから制作への介入にGOサインが出ることはなかった。
——さて、そんな記念すべきデビューライブ。
オープニングの軽いMCで自己紹介とユニットコンセプトを提示し、その後に披露した一曲目「Start step!!」を終えた時点で、すでに客席からは怒涛のような歓声が巻き起こっていた。
……ふふ、いやぁ、実に気持ちがいい。
何よりライブハウスという距離感だからこそ、観客の熱気や呼吸が肌に直接伝わってくる。ありがたいことに「二人とも顔が良すぎる」「パフォーマンスのクオリティが新人じゃない」といった絶賛の声があちこちから聞こえてきた。この容姿に産み落としてくれた両親には、何度目か分からない感謝を捧げたい。
「今回はトークタイムとして、事務所の皆に考えてもらった質問箱を用意しました」
「ご意見箱みたいになったやつね」
「はい、琳。一枚引いて」
「バラエティーじゃないのよ」
「何出た?」
「えっと……『プロフィール公開』」
「誰の字だろ、これ。灯織ちゃんかな」
灯織ちゃんらしい、実に真面目で初々しいテーマだ。ファーストイベントのトークとしては満点と言えるだろう。これが開幕で羽那ちゃんや摩美々ちゃんだったら大変なことになっていた。主に後者の場合、仕込まれた悪戯の度が過ぎて事故になりかねない。
「えー、では私から。改めまして、283プロダクション所属『LuminaFluX』の大崎楓香です。皆さんご存知の通り、甜花と甘奈の年子のお姉ちゃんですね。皆さんよりずっと前から二人の第一号ファンでもあります」
「はいはい、シスコン」
「褒め言葉として受け取っておくね。……プロフィールは、身長と誕生日、好きな食べ物あたりを答えればいいのかな」
「ええ、それが無難ね」
「身長は165cmで、6月1日生まれです。好きな食べ物は……『これ!』という特定のものは特にないんですけど、強いて言うならお米に合うおかずが好きです」
……そんな、アイドルらしい可憐な回答を私が持っているはずもなく。
本音を言えば「誰かが私のために作ってくれた手料理」が大好きなのだが、そんな回答をすれば会場がどよめいてしまう。「基本何でも美味しい」というのは紛れもない本心だし、嘘をつくわけにもいかないのだ。
観客の様々な反応が実に面白い。パフォーマンス中のミステリアスでクールな印象とのギャップを楽しんでくれているようだ。もっと踏み込んだディープな話は、後日設けてもらう生配信でじっくり語るとしよう。私はバトンを琳へと渡す。
「次は琳の番だよ」
「同じく283プロダクション所属、『LuminaFluX』の二瓶琳です。前事務所に所属する前は、劇団に所属していました。身長は161cm、誕生日は1月22日。好きな食べ物は……特にこれといったものはありませんが、作業の合間に手軽につまめるものが好きですね」
「それって何? 栄養補助食品とかプロテインバー的な?」
「ええ」
「駄目。今度から私がお弁当を作ってきてあげようか?」
「結構よ。家の者に頼めば普通のお弁当くらい用意してもらえるわ」
「じゃあちゃんとそれを食べな?」
ストイックなのはいいけれど、身体を作る栄養のこともしっかり考えてほしいものだ。これは美琴さんやルカさんにも言えることなのだが。あの二人なら私が強引にお弁当を渡せば拒めなさそうだし、今度作っていってみようかな。まあ、美琴さんに下手に手料理を渡してしまうと、後でにちかちゃんからどんな目で見られるか分かったものではないけれど。
「次は……『283プロで一番好きなユニットは?』……って」
「誰ですかー、こんな爆弾を投げ込んできたの。摩美々ちゃん?」
というか、琳はともかく、私の口から出てくるユニットなんて世界で一つしかないだろう。
琳の手にある紙をジッと覗き込む。筆跡だけで事務所全員の字を特定できるようになりたいものだ。少なくとも、うちの妹たちの字ではない。
「……私、これ答える意味あるのかな?」
「楓香から『それ以外』の答えを引き出したくて誰かが書いたんじゃないかしら」
「あるわけないのに?」
「罪深いわね……」
「じゃあ、まずは琳から。どこが好き?」
「私は移籍して間もないから、まだ詳しくはないのだけれど……世界観の構築という意味では、アンティーカが一番刺激的かしら。彼女たちの楽曲をモチーフにして、一本の劇を書き上げてみたいくらいよ」
「あぁ分かる、 演りたい。 今度プロデューサーに許可取ろう」
「……変なところに火をつけてしまったわね」
アンティーカの楽曲は、まるで重厚なダークファンタジーのように、従来のアイドルの枠に収まらない圧倒的な世界観を構築している。「物語を魅せる」という点においては、私たちLuminaFluXにも深く通ずる部分があると思う。
脚本を書いて、結華ちゃんや霧子ちゃんに読んでもらいたいな。あの二人がすっごく嬉しそうな顔で感想を語ってくれる姿を、真横で眺めていたい。よし、後でプロデューサーに提案してみよう。
「それで……聞くまでもないでしょうけれど、楓香は?」
「アルストロメリア!」
「でしょうね」
「あれこそが私の『幸福論』そのものですから」
「そのシスコン達は、今日のイベントには来られているの?」
「お仕事だから配信で観るねって、甘奈には三回くらい言われた」
「甜花は?」
「どうだろう、会場には来ないと思うけど。感想聞いておくね」
むしろ私がここでアルストロメリア以外の名前を挙げようものなら、帰宅後に甘奈からもみくちゃにされることは確定事項だ。
それに……何よりこの第一公演には、千雪さんが客席で観ていてくれているのだから。
「……仮に一人だけ選べって言われたら、誰を選ぶの?」
「千雪さん」
「即答して大丈夫?」
「……ちょっと自分でも怖い」
「どうして桑山さんなの?」
「え……お顔と声と、存在そのもの?」
「俗っぽい……」
「ドルオタなんてこんなもんです〜」
……推している理由を熱弁すればするほど、私が彼女に「本気で恋をしている」ことが周囲に露呈してしまうリスクが高まる。琳もそれを薄々察しているからこそ、これ以上は深掘りしてこない。
ファンとしての「推し」を超えた、切実な恋心から始まったこの関係性だ。流石の私も、公の場で軽々しく語るつもりはない。それよりも、だ。
「琳こそ、アンティーカの中で誰が一番好きなの?」
「……仕返しのつもりかしら」
「もちろんそのつもりだけど?」
「……まだ一番なんて決められないけれど。この間レッスンに付き合ってくれた三峰さんには、何かお返しをしたいと思っているわ」
「あぁ、それ。私もしなきゃだ」
琳が口にしたのは、先日の事務所での出来事。
私が千雪さんの膝の上で溶けていた裏で、彼女たちが密かにレッスンを重ねていた時のことだ。
あの日、私が琳を追いかけなかった理由。
私に追いつこうと必死になっている人間の足を止める方法なんて、私は知らない。下手に手を差し伸べて中学の時の二の舞になってしまえば、今度こそ琳の心を決定的に壊してしまう気がしたからだ。
私を追いかける彼女の狂おしいほどの熱意と執念。二度と離れないという誓い。……形を変えて、私は今も彼女の心の中心に居続けている。だからこそ、彼女が無茶をして破滅してしまわないように、私は三峰結華という気配りの人に託したのだ。
「あれ以来、スケジュールが合えば一緒に練習しているの。……あの人、事務所のみんなを独特なあだ名で呼ぶでしょう?」
「琳も呼んでもらったの? なんて?」
「……『りんたん』」
「可愛い、 私もそう呼んでい?」
「今後のユニット活動は考えさせてもらうわ」
「待ってごめん、冗談だから!!」
そんなことでユニット解散なんて嫌すぎる。
けれど、私が琳のことを愛おしい妹のように可愛がっていることくらいは、ファンのみんなにも知っておいてほしいのだ。「この子、こう見えてすっごく甘えん坊なんですよ」って。そんなことを考えていたら、琳からジト目で見つめられた。……不穏な思考が伝わってしまっただろうか。
「……次のトーク、楓香が引く?」
「いいの? じゃあ……これで。えっと……」
ボックスの中には、想定していたよりも遥かに多くのペーパーが入っていて驚いた。これ、283プロの所属アイドルが一人一枚書いた計算でも数が合わない気がする。絶対、面白がって何枚も投函した子がいるだろう。本当にステージで話せる内容なのだろうか。
「…………」
「……何を引き当てたの?」
「……『好きなタイプ』」
「……は?」
「誰ですか本当に、これ書いたの。バラエティ番組でもないんですよ」
好きなタイプ、なんて。
いまの私がそれを具体的に語ってしまえば、それはもう『桑山千雪』をそのまま読み上げるのと同義なのだから。
「……別に、正直に話してもいいんだけどさ?」
「ダメに決まっているでしょう」
「……だよね。こんなところで話すようなことじゃないよね」
だって。客席に紛れてこれを聞いている千雪さんが、顔を真っ赤にしない保証なんてどこにもないのだ。
……というか、私が推しの話をし始めたあたりから、客席の千雪さんの耳がほんのり朱に染まっているのが見えてしまっているのだから。これ以上は私の理性が耐えられない。
『そこにいるとびきり綺麗なアイドルは、私の大好きな人で、私のことを好きでいてくれる人なんです!』なんて、大声で叫び出したくなってしまう。……可愛らしい言葉に置き換えてはいるけれど、その根底にあるのは紛れもなく醜く浅ましい独占欲なのだから。
「引き直しましょう。はい」
「んー……あ、じゃあ『趣味』は?」
「趣味?」
「うん、まだファンには話していないでしょう?」
「確かにね。私、楓香に趣味があるなんて聞いたことないけれど」
「ないねぇ。インドア派かアウトドア派かで言えば、どちらかといえば外に出る方が好きなんだけどね」
「あぁ……うん、分かったわ」
「体質なのか、昔からすごく人の目を引いてしまうの。目立つというか、隠れられないというか」
「で、そのまま芸能界にデビューしたわけでしょう?」
「本当にね、前以上に外に出づらくなりました」
なんだろうねぇ、あの現象は。
甘奈や甜花と出かける時も、すでにアイドルとして活動していた二人以上に私の方が目立ってしまっていたのだから。……半ば諦めているけれどね、プライベートのお出かけは。
「琳は? 趣味とかあるの?」
「趣味と呼べるほどのものはないけれど……最近はピアノに向き合う時間が増えたわ。いつかアイドルとして、私たちのオリジナル曲を作れたらと思って」
「え、すごく良いじゃん! 私もやろうかな」
「楓香って楽器演奏できるの?」
「うん、ちょっとだけね。学校の授業とかでやるでしょ?」
「あぁ……『天才』っていうのはこれだから嫌ね……」
……何やら失礼な言い草である。
『一回見れば大体できる』とまでは言わないけれど、全く触れてこなかった分野でも、時間をかければそれなりに形になっていくものなのだ。そもそも、アイドルという活動自体が一つの芸術表現である以上、そこに才能の影が落ちないわけがないのだから。
「……もっと長く話していたいけれど、そろそろ二曲目に行こうか」
「ええ、そうね。……それでは聴いてください。LuminaFluXで——」
「「ParadoX」」
一曲目の「Start step!!」が静かなイントロからサビにかけてドラマチックに盛り上がっていく楽曲だとするならば。
対する二曲目の「ParadoX」は、イントロの第一音から全開で駆け抜ける、超高速のサイケデリック・ロックだ。
例えるなら、ストレイライトやコメティックの楽曲のように、観客に息をつく暇すら与えない圧倒的な熱量。プロデューサーが私たちに授けた「演劇的」というユニットテーマとは一見異なるスタイルだが、あらゆる世界観を自在に表現できる私たちの無限の可能性を示すには、これ以上ない楽曲と言えるだろう。
曲が終わると同時に、ライブハウスが揺れるほどの歓声と拍手が巻き起こった。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございました」
「それではこれより、スタッフの案内に従って順番にお並びください。私たち、どこにも逃げたりしませんからね〜」
アナウンスに従い、第一公演の握手会がスタートする。
列の一番最後に、帽子を深めにかぶってひっそりと並んでいるシルエットを見つけ、私は思わず口元をほころばせた。
『事務所に戻ればいくらでも話せるのに、どうしてわざわざ握手会に並ぶの?』
以前、千雪さんに尋ねられたことがある。私はその時、『握手会の列に並ぶことに意味があるんです』と答えた。
あの瞬間だけは、ステージの上の「アイドル」と、その足元に集う「一人のファン」になれるから。事務所の居間では絶対に作れないその特別な関係性を味わいたいからこそ、私は彼女の元へ会いに行っていたのだ。
そして今——彼女もまた同じ気持ちで、私というアイドルに直接言葉を届けるために、列に並んでくれている。
……どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。
いやいや、まずは目の前のファン一人ひとりに全力で応えなければ。
目の前に立った女性の手を優しく握ると、彼女は興奮で声を震わせながら話しかけてきた。
「あのっ! 前に……舞台に立たれていたこと、ありますよね!?」
「ありますけど……どうしてご存知なんですか?」
「私、当時の県大会の舞台を直接観に行っていたんです! だから大崎さんのこともずっと知っていて……!」
あぁ、なるほど。
確かに中学時代、演劇部で県大会まで進んだことがあった。どこかで私の演技を目にしていた人がいても不思議ではない。もしかしたら当時の映像なども残っているのかもしれないけれど……。
正直に言えば、あまり過去の私を遡ってほしくはないのだ。あの頃の私は、ただ理不尽な才能を振りかざして一人で舞台に立ち続けてた、未熟で哀れな存在でしかなかったから。
「私のこと、好きになってくれました?」
「もちろんですっ!!」
「じゃあ……これから、絶対に目を離さないでくださいね。昔の私じゃなくて、今の私だけを見ていてください」
「ひゃ、ひゃいっ……!!」
わぁ、すごい効果。
少しだけ瞳を覗き込んでお願いしただけなのに、すっかり私の虜になってしまったらしい女性は、顔を真っ赤に染め上げたままスタッフさんに促されて剥がされていった。
自分で言うのもなんだけれど、私にはやはり、人を惹きつける天性の素質があるらしい。なんだか少し感慨深いな。中学の頃は「誰かと一緒に舞台に立つこと」そのものが楽しくて、観客の視線なんて二の次だった。作品づくりに妥協はしなかったけれど、客席からどう見られているかまでは考えていなかったのだから。
様々な人と短い言葉を交わしていく中で、私に向けられるファンの熱量がダイレクトに伝わってくる。
そうして長い行列もついに進み、最後の人が私の目の前に立った。
帽子を少しだけ持ち上げ、千雪さんが私を見つめる。
「改めて……来てくれてありがとうございます。いかがでしたか?」
「……すっごく、素敵だったよ。会場のみんな、楓香ちゃんたちのパフォーマンスに完全に呑み込まれてた」
「私は『会場のみんな』じゃなくて、千雪さん個人の感想を聞きたいんですけど?」
「それは……事務所に戻ってから、ね?」
あくまで「アイドルの大崎楓香」に対して、「一般客の桑山千雪」として感想を伝えてくれる彼女。
少しだけ寂しい気もするけれど、帽子の下でキラキラと輝く彼女の瞳が、何よりも雄弁にその感動を物語ってくれていた。
「……お仕事、気をつけて行ってらっしゃい。今日は事務所には行けそうにないけれど……明日、絶対に会いに行きますから」
これ以上長く会話を続けていたら、大勢の目の前で彼女を抱きしめてしまいそうだった。
それくらい私はライブの熱で火照っていて、だからこそ、彼女の姿が見えなくなるまで全力で手を振り続けた。
——これはまだ、長い一日の中の「第一公演」に過ぎないのだから。
控え室に戻った私たちを、プロデューサーが腕を組んで出迎えてくれた。
彼が何を言わんとしているのか、尋ねるまでもない。
「おかえり。……流石だな。これだけの短期間でここまで完成させてくれて、本当にありがとう」
短く、けれど万感の思いがこもった言葉。
プロデューサーからの深い信頼と、それに100%のパフォーマンスで応えられたという実感が、胸の奥から湧き上がってくる。
あぁ……私、本当にアイドルになれたんだ。
「……プロデューサー」
「ん?」
「……まだまだ、足りないです」
第二公演に向けて、これから軽い打ち合わせと休憩、衣装の微調整などが入る。
数時間も空くというのに、私の身体は今すぐにでもステージへと飛び出したくなるほど昂っていた。私の腕を掴んで制止しているように見える琳の瞳も、獣のようにギラギラと鋭い光を放っている。
「……ははっ、頼もしいな。……たまには、俺の予想を気持ちよく裏切ってみせろよ」
「えっ、ご飯食べていいですか? お腹空きました」
「楓香、まずは打ち合わせが先よ」
「琳、あのじゃじゃ馬の綱は頼んだぞ」
「任せてください。慣れていますので」
そんな軽口すら耳に入らないほど。
私たちの頭の中はすでに、次に訪れる至高のステージのことで満たされていたのだった。
摩美々のひみつ
以前楓香に「アルストロメリアで1番好きな曲は?」と聞いて、フリーズさせてしまったことがある