俺が何をしてでも彼女の側にいようと心に決めたのは、一目惚れが原因だ。
今は懐かしい思い出ではあるが、貧困に燻っていた未熟な時分に目にした可憐な笑顔に、脳を焼かれてしまったのだから仕方ない。
勇者だか聖女だか、そんな役割を押し付けられた彼女の旅に、凡夫に過ぎない俺がついてまわっているのもそれが所以だ。
血の滲むような努力の果てに得た力を以て、彼女の役に立ってきた自負はある。
少なくとも、今の今まで足を引っ張るような愚はおかしていない。
何故そこまでするのかと問われたことは何度もある。
その度に俺は濁す事なく言葉を伝えた。
そうやって彼女から疎まれながらもその隣に居続けたし、これからもそれは変わらない。
好きなのだ。愛していると言ってもいい。
ゆえに当然、追い詰められた魔女が彼女の不意を突いて放った魔法を前に、この身を投げ出す事に躊躇はなかった。
「なんで、なんでこんな、私に惚れたって言うのなら、どうして」
成り果てた俺を睨みつけて彼女が言う。
そんなに眉を吊り上げて、折角の美貌が台無しだ。
どうせなら笑っていて欲しい。
「分からないの? 本当に? 君はどうしようもない間違いを犯したんだ」
ああ、怒っているのか。
あまりにも珍しいからこの俺でさえ呆けてしまった。
彼女の言わんとしてることは分からなくもないが、いかんせん他に選択肢がなかった。
確かに結果論かもしれないが、俺の捨て身のおかげで窮地は切り抜けられた。
神の愛し子たる彼女ならば苦し紛れの魔法など、どうとでも処理出来たであろうという主張は受け付けない。
そんな願望で彼女の身が守られるなら、そもそもこんな熾烈な戦いの旅路に身を投じることもなかったはずだ。
なんにせよ、悪しき魔女は討たれたのだ。
恩を売りつけるつもりは毛頭ないが、ここは貢献を労うべき場面ではないのか。
「だから! そう言うことを言ってるんじゃないっ」
癒しの魔法をこれでもかと浴びせてくる。
やめておけよ。消耗の具合で言えば、俺よりお前の方が余程疲れているはずだ。
それに、俺のこの状態に対して癒しの魔法など最早意味を成さないと、聡明なお前なら分かっているだろう?
「なんだよ、なんなんだよ。どうしてそんなに冷静なんだっ!」
悲観することはない。
姿形が変わっても、俺はお前のそばに居続ける。
俺は変わらずお前を愛し続けるし、お前がそれを認めるならば、然して問題はないだろう。
「問題しかないっ」
嗚呼、そう声を荒げるな。
普段の淑やかさを何処へやった。
お前の声は心地良いが、そうがなり立てられたら夢見が悪くなる。
俺は先ほどから瞼が重いんだ。
「おい、目を閉じるな。こんな様になって、君はどこまで自分勝手なんだ」
強く肩を揺さぶられるが、微睡の中に片足を突っ込んだ俺を覚醒させるには至らない。
すまない。目を覚ましたら、話を聞くから、だから今は少しだけ休ませてくれ。
「っ! ──、──! ──!」
声が遠くなって、俺の意識はそこで途絶えた。
▶︎
その日、私は愛しい男を失った。
彼はどうしようもないほど真っ直ぐで、そして私に正面から愛していると嘯くような変わり者だった。
勇者として武功を積んで、聖女として魔を退けてきた私は、人とは違う存在だ。
皆に慕われてはいる。
だが、その親しみの正体は隣人に向けるものじゃない。
誰もが私に『完全な英雄』を求めた。
当然だと思う。
勇者の力をもつ者は他にもいる。聖女として神に愛された女は他にもいる。
けれど、その二つの称号を併せ持つ者は長い人の歴史の中で私以外に存在しない。
別に奇跡の存在って訳じゃない。
その正体は、魔の勢力に対抗する為に人が生み出した人造の超越者。それが私だ。
出自を知る者は私を恐れるし、そうでない者は私を崇めた。
だから、彼も当然そうなのだと最初は思った。
旅に同行させてくれと地面に頭を擦り付ける姿は狂人のそれで、あまりに執拗に頼み込むものだから無下にも出来なかった。
危険な目に遭えば己から身を引くだろうと思っていたのもある。
怪我をさせないように気をつけながら、それなりの危機を味わってもらう。
そうすれば大抵の信奉者は理由をつけて逃げ出したから、彼もそうだと決めつけていた。
仮にそこで身を引かなくても、出自を知ればその悍ましさから逃げ出す筈だった。
「俺はお前を愛しているから、隣に立っていたいと心から願う。
ゆえに当然、この程度の危機などお前から離れる理由にならん。
無論、お前の出自などどうでも良い。
人の胎から産まれていなかろうが、古の勇者や聖女の遺骸から造られた存在であろうが、それになんの意味がある。
お前はお前の意思を以て人を救い癒し導いて来たのだろうが、俺も俺の意思を以てお前を愛す。
ああ、勘違いするなよ。
俺はお前を愛してやまないが、お前が俺を愛してくれなど言うつもりは微塵もない。
俺がお前に求めるのは、お前の側に俺を置くこと。ただそれだけで、それ以上は求めておらん」
これだ。
こんな台詞をところ構わず、恥ずかしげもなく口にする。
事あるごとに聞かされる身にもなって欲しい。
実際、彼はどんな過酷な場面でも私の側から離れることがなかった。
そんな姿を幾度となく見せられてしまったら、誰だって絆されてしまうだろう?
いつのまにか目で追うようになって、当たり前のように隣に立つ彼に心を寄せた。
彼は愛してくれなどと言わないから伝えていなかったけれど、私だって彼を愛してしまった。
彼は強くはあるけれど、どう高く見積もっても私には及ばない。
だから一時は彼を失いたくないと遠ざけようとして、辛く当たってしまったこともあった。
けれど、それでも彼は表情を変えない。私の元から離れない。
その事に仄暗い喜びを感じてしまった事を、私は今になって悔いている。
やはり、魔女の討伐などと言う試練に彼を連れ出すべきではなかったのだ。
本気を出せば彼を撒くことなんて難しくはなかったのに。
叶うならば時を巻き戻して、全てをやり直してしまいたい。
・・・・・・こんな形で彼を失う事になるなんて、夢にも思わなかった。
「まさか、愛した男が女の子になるなんて」
しかも私より可愛い。
なに、この、なにこれ?
【補足】
・勇者ちゃん
ヒロイン。
聖女の遺体をベースに勇者の力を埋め込まれて爆誕したミュータント。
厄介ファンに付き纏われた上に逆にそいつを好きになってしまうという心のバグに見舞われたが、更に想い人が性転換すると言うよくわからん事態に巻き込まれる。
なに、この、なにこれ。
・TS娘
なんて事だ!ダイナミックストーカーがクレイジーサイコレズに進化した!
人類の可能性の化身。
・万魔の魔女
人間を魔物に変化させる魔法を持つが特に悪い事はしてない善良な魔女。
辺境の廃村に棲みついてひっそりと暮らしていたが、凶作や疫病の元凶だと根も葉もない疑惑をかけられて討伐隊を組まれた挙句、仕方なく撃退してたら勇者を派遣される事になる。
かわいそう。
投稿中の作品が行き詰まったので息抜きです。