自分の魔法の腕に覚えはあるのだけれど、どうしても周りに馴染めなくて爪弾きにされていた僕が辿り着いた廃村は、僕にとってまさに理想郷だった。
程よく人の生活圏から孤立していて、それでいて魔法の触媒が簡単に手に入る。
辺境と呼ばれる霊峰の麓という立地がいい。
芳醇な魔力にあてられて変質した魔物が人を遠ざけ、だからと言って自分を害せるような強い魔物は山から降りてこない。
辺鄙なところだからわざわざ同胞が訪ねてくることもないし、何より気に入っているのは石を積んで建てられた頑丈なお家だ。
多分、ここは霊峰の魔物を人の領域に入り込ませないための緩衝地として在った村なんだろう。
なんで廃れたのかは察することが出来るけど、まあ、そんなことはどうでも良かった。
ひねもす魔法の研究に明け暮れて過ごす日々は素晴らしいものだった。
ここでは小煩い姐様方のご機嫌伺いなんてしなくていい。
飢えない程度の物資は少しだけ足を伸ばせば簡単に手に入る。
ここ数年は凶作が続いているらしく、近隣の世話になってる街は不景気だけれど、我が身に何か不利益があるかと問われればそんな事はなかった。
何かあれば魔法でどうにでもできていたし、余所者に構う理由も彼等にはない。その筈だった。
まさか、凶作の原因が僕だと思われていただなんて。
最初のうちはまだ良かった。
買い出しに出かけた先で陰口が耳に届いても、実のところ害はなかったから。
せいぜい日々の鬱憤の矛先をたまに現れる余所者に向けて発散させているんだろう。そう思っていたし、その認識は強ち間違いではなかった。
おかしいなと思い始めたのはモノを売ってくれなくなった頃。
不景気だししょうがないと諦めて踵を返したのだけれど、その時の態度が彼等の逆鱗に触れたらしい。
信じられない罵声を背中に受けて、思わず足を止めてしまった。
振り返った時に目にした彼等の形相は、オーガもかくやといったものだ。
「悪しき魔女め! ここから去れ!」
勿論、何もせずに帰ったさ。
そうして、暫く経ったある日の夜に彼等が徒党を組んで我が家に押しかけてきた。
凶作の原因とやらに心当たりは微塵もないのだけれど、攻撃されるなら仕方ない。
別にその場で皆殺しにしてやっても良かったのだけれど、安直な行動を取ると後の自分に返ってくると僕は知っている。
故に出来るだけ命を奪わないように気を遣って追い返した。
思えば、この対応が不味かった。
「お前が魔女で相違ないな? いきなりで悪いが、お前には死んでもらう。
ああ、別に恨みなどないのだが、どうも後ろの奴らが騒ぐものでな。
ここまでの旅路でお前の悪行は嫌というほど耳にしたし、別に構わんだろう?
諸々思うところはあるが、疾く死んでくれると助かるのだが」
無茶苦茶だ。
いきなり人の棲家に火を放っておいてこの台詞。
馬鹿みたいに分厚くてでっかい斧剣を突きつけておいて、それでも男の意識はこちらに向いていない。
まあ、気持ちは分からなくもないか。
男の隣に立つ女。
一目でわかる。あれは勇者だ。
絶対的な強者を味方につけて、気が大きくなっているのだろう。
二人の背後には武装した集団が控えているけれど、この場においては賑やかしにすらなっていない。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
思わず杖を握り締めた僕を見据えて、彼女は口を開く。
「聞いての通り、君はここで討たせてもらう」
力ある声が場を支配する。
その重圧に、心が悲鳴をあげて。有り体に言って限界だった。
う、うおおお!
僕が何をしたって言うんだ!?
こちとらようやく見つけた安息の地で静かに暮らしていただけだって言うのにっ!
「舐めるなよ小娘! 魔女の叡智をその身に受けるがいい!」
ちくしょう、こうなったらやってやる! やってやるぞっ!
▶︎
「そう言えば、あの魔女の亡骸はどうした?」
ああ、すまない。
そのことについてなんだが、君に打ち明けなければならないことがある。
実は魔女を取り逃した。
「なんだと? 俺はお前の剣が奴を切り裂いたのを確かに見たぞ。
元より魔女はお前の手で追い詰められていただろうに、あの状態でお前が取り逃すなどと俄かには信じられん」
言いにくくはあるんだが。
私はあの時、君がそんな事になって酷く動転していたんだ。
確かに魔女を斬った感覚はあるんだが、おそらくは転移の魔法だろう。
君と問答を交わしているうちに綺麗さっぱり消えていたよ。
あれほどの損傷を負いながら転移の魔法まで使いこなすというのなら、なるほど、彼女は正に万魔の銘が相応しい大魔女だ。
「ふむ、なるほど。それならば致し方あるまい
ああ、誰にでもミスの一つや二つはあると言うものだ。
幸か不幸かこちらも味方は全滅だ。
仮に奴が生き延びてたとして、それを叫ぶ者はこの場におらんよ。
そも見届け人が死んでしまっているのでは、俺達に判断する権限もなかろう。
さっさと依頼人に報告して沙汰を待つべきだ」
いや、言ってる事はわかるんだけど。
なんで君はそう他人事なんだ。
「何、優先順位の問題だ。貴族とは言え、彼奴は己の領地すらまともに治められん愚図だろう。
元より俺達は流れ人だ。
この地の平穏なぞお前の無事に比べれば何の価値も見出せない。
魔女が報復を考えるなら今度こそ引導を渡してやればいい。
お前が煩わしいと思うなら、俺がこの身を捨ててでも排してやろう」
だから、そうじゃないんだよなあ。
▶︎
何だあいつ頭おかしいのか?
物陰で息を潜めながら、二人が交わす言葉に僕は戦慄を禁じ得なかった。
やぶれかぶれに放った魔法でかなりの力が削がれている筈なのに、というかそれ以前に自己の認識と現実の乖離から気が触れてもおかしくない筈なのに、なんであんなに平然としてるんだ!?
あんなのに狙われたらたまったもんじゃない。
なけなしの緊急脱出で魔力はすっからかんだ。
キツイけれど、何とかこの場をやり過ごして、今度こそ誰にも邪魔されない安息の地を探そう。
中途半端に人と関わることをやめて、必要なものは自前で全て賄うんだ。
そうだ、小さな畑を耕したっていい。
本当は苦手だけれど、自分の糧は自分で用意するんだ。
魔法があれば大体のことは何とでもなる。
待てよ。使えそうな魔法を纏めて編纂すれば新たな体系を構築できるんじゃないか?
ふふ、これは面白くなってきたぞ。
名付けるなら生活魔法か。
土に、水に、火も。
求められるのは出力じゃなくて、効率よく事を成す組み合わせか。
うん、いいね。
生きる気力が湧いてきた!
そうと決まればこんな所からさっさと離脱して━━━
「どこへ行こうと言うのかな?」
そ、そんなあ。
【補足】
・万魔の魔女
後に人類の文明レベルを押し上げる大発明を成す偉人。
彼女の残した魔法の数々は人々を重労働から解放した。