迦具土・炎次郎   作:KAGUTSUCHI

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炎次郎の里帰り

「ここに帰ってくんのも久しぶりやな。」

 

ここはJR京都駅。新幹線から1人の青年が下車する。その青年の名は『迦具土・炎次郎』。炎次郎は正月に武蔵坂学園の寮を出て、里帰りしていた。また、炎次郎の足元には霊犬のミナカタもいる。犬なのにケージに入れてなくても咎められないのはバベルの鎖のおかげであろう。

 

炎次郎はしばらく無言で駅を出て、バスを乗り継ぎ、都会から離れた山あいの土地にやってきた。周りには緑が広がっていて、いかにも田舎のように見えるが、ここはまだ京都である。

 

「本家の人らにも一応、新年の挨拶してかんとな。あんまり行きたないんやけど。」

 

炎次郎はミナカタを連れて、山のすぐ麓にある大きな社に向かう。厳かな佇まいはこの土地で一番の存在感を放っていた。しばらく歩くと社の鳥居が見えてきた。鳥居の前に巫女服の女性がいた。

 

「あー、新年あけましておめでとうございます。」

 

炎次郎は微笑みながら巫女服の女性に挨拶する。

 

「おめでとうございます。」

 

その女性も返事をするが、まるで炎次郎のことを避けるかのようにさっさと社の中へ入って行ってしまった。

 

「あっ。まあええや。こんなん慣れっこやさかいな。」

 

炎次郎は鳥居をくぐり、社の裏に進む。迦具土家は迦具土神をこの身に降ろし、戦う一族である。実は普段は迦具土神を祀る神社に匿われており、生活費等もその神社が負担している。例えると、アルカイダがイスラム教の秘密結社なら、迦具土家は神道の秘密結社と言える。

 

炎次郎は神社の裏のこじんまりとした一軒家に向かう。そして、そこの玄関を叩いた。

 

「誰や?正月早々…お前か。炎次郎。」

 

髭面の中年男性が玄関の戸を開ける。顔は強面でまるである道の人のようだが、白衣(神主服)を着ているためおそらく本家の人間であろう。

 

「本家の方々に新年の挨拶に参りました。」

 

炎次郎の言葉にその男性はフッと蔑むように笑う。

 

「なんや。お年玉でもたかりに来たんか?東京の学校へ行った思うたら、わざわざここまで帰ってきて。ご苦労なこった。」

 

「新年あけましておめで…」

 

だが、そう言いかけた炎次郎の言葉を遮るように男性は続ける。

 

「お前の姉はほんまに立派な娘やったわ。せやけど、何でこっちの出来損ないの方が残ってしもうたんやろな。」

 

この男性は新年会か何かで酒に酔っているだけなのかもしれない。しかし、炎次郎にとってはとても胸に突き刺さる皮肉であった。

 

「ほんまの家族やないくせにでっかい面しよってまあ。別にお前は懇親会には呼んでへんよ。さっさと去ねや。」

 

それだけ吐き捨てるとその男性はピシャリと扉を閉めた。炎次郎はため息一つつき、今度はかつて、炎次郎一家が住んでいた家に向かう。移動するとき、本家の人々の話し声が聞こえてきた。

 

「なあ、誰が来たんや?」

 

「あいつや。迦具土・炎次郎。もう面倒いから追い返したったわ。」

 

「それがええ。言うなれば奴は迦具土家の恥や。まったく、本家の当主様と焔ちゃんで神降ろしできる人が2人もおって、迦具土家始まって以来の快挙や思うた矢先になぁ。本家の当主様が神降ろしできたからええけど、仮に焔ちゃんしか神降ろしでけへんかったら、迦具土家存続の危機やったで。」

 

「いっそあいつの方が焔の代わりに…」

 

炎次郎はそれ以上、話に耳を傾けることはしなかった。

 

「こんな罵詈雑言、聞いててもしゃあない。」

 

炎次郎は窓からかつては自室だった部屋を覗き見る。そこにはたくさんの儀式、祭式の道具が置かれており、もう当時の面影はほとんどなかった。

 

次に視線を向けたのは隅に松の木が植えてある庭である。そこは炎次郎の思い出の場所でもあった。

 

「ここか。よう姉貴に剣術の稽古つけてもろてたわ。懐かしいなぁ。」

 

ちょうど、炎次郎は10年前のことを思い出す。

 

 

 

 

「もー、またうちに刀弾かれとるやん。炎次郎、あんた女の子に負けとったら恥ずかしいで?」

 

「せやかて、姉ちゃんは強いもん。姉ちゃんやったら男にも普通に勝てるって。」

 

「うちより強い人なんて山ほどおるよ。それに、炎次郎。あんた、何でうちを狙わへんの?」

 

「例え木刀でも姉ちゃんに刀向けるんは気が引けるんや。それに剣術なんか鍛えんでも迦具土命様がお力貸してくださってすぐに敵を倒せるやろ?」

 

「あほ。迦具土命様をこの身に降ろすまでの時間はどうするん?それに神様はいつでもお力貸してくださるわけじゃないんよ。そん時はうちらの力で戦わなあかんのよ。情に脆いんは悪いことやないけど、情けをかけすぎんのはやめたほうがええんよ。」

 

焔の毅然とした姿勢に幼い炎次郎は返す言葉もなかった。

 

「あ、そろそろ舞の時間やわ。じゃあ、今日の稽古はここまで!」

 

焔は木刀を片付ける。

 

「姉ちゃんは舞が上手やから本家の人によう呼ばれるなぁ。」

 

「ほな、行ってくるから炎次郎は家で待っとりなよ。」

 

「へーい。」

 

 

 

 

 

炎次郎は感傷に浸りつつ、こう考えていた。

 

(もし、姉貴が武蔵坂に入学しとったらどうなっとったやろな。)

 

次は宝物庫に足を運ぶ。真っ白な壁に藍色の屋根。歴史を感じさせる倉であった。扉は頑丈な錠前で止められている。

 

(まあ、ここはあからんし。外から見るだけでええかな…)

 

だが、そう考えて引き返そうとしたとき、突然宝物庫の錠前が外れ、扉が開いた。

 

「ええっ!?中に誰かおったん?」

 

「久しぶりだな。迦具土・炎次郎。」

 

宝物庫の中から現れたのは黒装束に赤い手ぬぐいを首に巻いた…そう『火之迦具土神』の化身である。

 

「迦具土命様!これは無礼な口を…」

 

炎次郎は即座に跪く。

 

「おもてを上げよ。さて、少し驚かせてしまったか。何せ、私は宝物庫に気になる物を見つけてな。」

 

「驚くなど、滅相もございません。しかし、差し出がましいですが、『気になる物』とは何のことでしょうか?」

 

「うむ。まずは宝物庫に入ってほしい。」

 

迦具土神に言われるまま炎次郎は宝物庫に足を踏み入れる。迦具土神に案内された場所には布で包まれた長い何かと、一冊の本が置いてあった。

 

「迦具土命様、これは一体…」

 

「迦具土・炎次郎よ。この書物を手に取れ。そこには迦具土家の根本が書かれている。」

 

炎次郎は書物を手に取り、そっと開く。そこには毛筆で書かれた文章と一枚の写真が挟んであった。

 

「この写真は…」

 

「『迦具土・剛蔵(ごうぞう)』。お前の曽祖父だな。」

 

着流しに日本刀を差したその姿はどことなく炎次郎に似ていた。

 

「だが、炎次郎。よく見てみろ。その写真の下には何と書いてある?」

 

炎次郎はきょとんとした表情で曽祖父の写真の下を見やる。そこには…

 

「『縣・剛蔵』…?嘘や…ひいじいちゃんは『迦具土』やなかったんか…?」

 

「ならば、私が説明してやろう。お前の根幹にも関わる、曽祖父の話を。」

 

 

 

『迦具土家』はその歴史は古く、奈良時代から秘密裏に存在した一族である。火の神『火之迦具土神』をこの身に降ろし、聖なる炎によって、異形の存在を焼き尽くしたり、大きな病を浄化したりと様々な奇跡を起こしてきた。

 

その『迦具土家』の分家であった『縣(あがた)家』は迦具土家に仕え、さらには神の炎が暴走するようなことがあれば命をとして本家を守るという使命があった。

 

しかし、時は明治を迎えた頃、迦具土家の次期当主として期待されていた長男が病死、次男は家族との諍いで家出し、家出先でイフリートに殺された。

 

これで神降ろしできる者がいなくなり、迦具土家は存続の危機にさらされた。しかし、分家である縣家の当主『縣・剛蔵』が迦具土家を救うために神降ろしの修行を開始し、厳しい修行の末、ついに迦具土神の依り代となることに成功したのである。

 

 

 

 

「その後、私が本家の人間の夢枕に立ち、『縣家を迦具土家に迎え入れよ』と告げた。こうして、縣家は迦具土家の義理の家族となり、姓も『迦具土』となったのだ。」

 

「それで、その後は…」

 

「ああ、後はお前の知る通りだ。祖父も父親も神降ろしができた。だが、剛蔵も含めたその3人には、ある共通点があるのだ。それは…全員イフリートに命を奪われていることだ。」

 

「なんですって!?」

 

「お前の曽祖父も祖父も父親も皆、子を授かった後にイフリートに殺されている。さらにお前の母親も父親と共に修行を行ったため、神降ろしができた。ゆえにイフリートにより2人とも命を落としている。縣の血筋の人間は灼滅者である素質があったのだ。しかし、完全に目覚めたのは焔、そして、炎次郎、お前だ。イフリートは潜在的な灼滅者の素質を本能的に見抜いて、元は縣家の者を手にかけたのだろう。」

 

そのとき、炎次郎は本家の人が言っていた言葉を思い出す。

 

(ほんまの家族やないくせにでっかい面しよってまあ…)

 

「そうか。俺は元々は迦具土家やなかったんですね。おとんもおかんも姉貴も…せやから、俺は神降ろしができんから本家の人から邪険に扱われとったってことなんですね。」

 

「私もこの決断に踏み切るまでは実に迷った。しかし、迦具土家を私は存続させたかった。『火之迦具土神』である私をただ、祭り上げるだけでなく、真摯に付き合うことのできる人間がいることが、私は幸せだった。」

 

おそらく、本家の人々は分家である縣家の人間が神降ろしができることを妬ましく思っていたことだろう。ゆえに炎次郎の家族に風当たりがきつかった。しかし、炎次郎はどこか本家の人々を憎めなかった。本家の人々は炎次郎の姉には優しかったからだ。

 

「姉貴はほんまに本家の人に大切にされとったでな。憎むに憎み切れへんわ。」

 

「縣・炎次郎…いや、迦具土・炎次郎よ。このような劣悪な環境であるが、これからも死んだ家族に、縣の血筋に恥じない生き方ができるか?無論、私は拒否されても仕方ないと思ってはいる。」

 

「いや、俺は全部を護ります。本家の人が俺を嫌っとったとしても、姉貴にとっては心の拠り所の1つやから。護る理由はそれだけでいいです。他にも武蔵坂学園の仲間も友達も皆、俺が護る。それを今、迦具土命様の前で誓います!」

 

「よく言った。では、その決意を祝い、これをやろう。」

 

迦具土神は布に巻かれた長い物を炎次郎に投げ渡す。

 

「おっと!?これは一体…錫杖…?」

 

布を解くとでてきたのは金色で先の鋭利な錫杖であった。

 

「何でこんな物がうちの宝物庫に?」

 

「うむ。これはかつて、明治の時代『廃仏毀釈』が広まっていたころにとある寺院が破壊されたことがあった。その後、その寺院の住職と思われる僧兵が逆恨みに任せて京の神社を無差別に襲撃する事件があった。そのときに迦具土家を匿う社も襲われたが、縣・剛蔵がその僧兵を返り討ちにし、放免すると引き換えに僧兵から取り上げたものだ。以後、その錫杖はずっと宝物庫に保管されていたのだ。」

 

「じゃあ、これはひいじいちゃんの形見…」

 

「しかし、私はあることに気づいた。それはこの錫杖が殲術道具として使えることだ。炎次郎よ。これをお前に授ける。お前の新たな力となるだろう。受け取れ。いつまでも装飾品にするより、これを武器として使った方が、剛蔵も喜ぶであろう。」

 

「こ、こんな立派な物を…ありがとうございます!」

 

それから炎次郎は錫杖を布に巻き、背中に担ぐ。

 

「さて、私は帰るとするか。迦具土・炎次郎。私はこの国の平和は灼滅者に賭ける。では、さらばだ。」

 

そう言い残すと迦具土神はすうっと消えた。

 

 

 

 

 

炎次郎はこっそりと社を抜け出し、帰路に着いていた。

 

「とりあえず、錫杖を無断拝借したことはばれやんだみたいやな。さあ、俺も帰るか。皆が待ってる学園へ…。」

 

炎次郎の顔を見上げるようにミナカタが視線を向ける。炎次郎はそんなミナカタにふっと微笑みを返した。

 

 

 

 

 

「なあ、姉ちゃん。俺、これからどうすればええかな?迦具土命様に聞いても教えてくれへん。」

 

「それは神様でも決められへんことやよ。そんなことは自分で考えて決めることや。」

 

 

『炎次郎の里帰り』終

 




【設定解説】

金錫…炎次郎の曽祖父『迦具土・剛蔵』が僧兵と戦って手に入れた錫杖。真言を詠唱するとサイキックが強化される。一応、真言を詠唱しなくてもサイキックは使えるが、威力は弱い。

縣家…『迦具土家』の分家であり、代々迦具土家に仕えている。主な役割は迦具土家の人間の秘密を守ったり、迦具土神の力が暴走した際に命をかけて止めるというもの。しかし、縣の血筋は迦具土神が本編で説明した通り義理の家族として迦具土家に迎え入れられたため、実質途絶えている。

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