日本が異世界転移しました。そして国家分裂しました。 作:適当でいいです
2050年 1月 北海道 札幌市
私は『如月商事』という冴えない会社に勤める平社員、田中だ。
これから出張で『シュクシュラ国』という、聞きなれない名前の外国へ赴任することになっている。
……それもそのはず。この世界に、もはや「地球」なんてものはないのだから。
遡ること20年前。
我らが日本国は、ある日突然、丸ごと別の世界へとトリップしてしまった。
まぁ、よくあるラノベのテンプレみたいな話だが――現実の国家規模でやられると、笑い事では済まない。
夜空を見上げれば星の並びはデタラメになり、見たこともない巨大な怪魚や空飛ぶトカゲが発見された。
何より痛かったのは「通信」の完全崩壊だ。他国との回線はプッツリと途絶え、あらゆるネットサービスがフリーズした。
奇跡的に生き残った気象衛星からの映像で、日本の周囲の海域がまるっきり別の世界に繋がっていると判明し、国中が大パニックに陥ったのは言うまでもない。
それから20年。政府や外交官たちの血と汗と涙の結晶により、ようやく諸外国(?)との国交が結ばれ始めた。
そのうちの一つが、今回私がお世話になる『シュクシュラ国』だ。
情報によれば、かつての沖縄の南あたりに位置し、大きさは日本とほぼ同じ。おまけに『ズストラ大陸』という未知の大陸の北側に面していて、農業が非常に盛んだとか。
今回、うちの会社がそのシュクシュラ国から農作物を輸入する部署を新設することになり、運悪く(あるいは運良く?)私がその担当に選ばれてしまったというわけだ。
「じゃあ、行きましょうか、田中君」
「はい、主任」
もっとも、こんな異世界未知のフロンティアに、平社員の私一人をポツンと放り込むほど会社も鬼ではない。直属の上司である主任・平内さんと一緒の渡航だ。
「それにしても、シュクシュラ国行きの便って、成田からしか出てないんですね」
カタカタとスーツケースを引きながら、私はぼやいた。
「仕方ないだろ。あっちの国と国交が結ばれたのって、つい半年前だ。インフラ整備が追いついてないんだよ」
仕方ない理由、それは至極もっともだった。
だから私たちは、まずは北海道新幹線で函館まで南下し、そこで一度電車を降りなければならない。
――なぜなら、そこには『入国審査』が待っているからだ
新幹線の函館駅構内。その改札の前には、まるで国際線の空港を思わせる巨大な審査用カウンターがドカンと設置されていた。乗客の激増に合わせて、駅舎そのものもバカみたいに拡張されている。
「……次の方、どうぞ」
「失礼します」
厳めしい制服を着た審査官にパスポートを差し出す。
「入国の目的は?」
「仕事の赴任です。成田空港行きの便に乗るため、通過します」
「滞在期間は?」
「一応、三年の予定です」
ここまでは、海外出張ならどこにでもある普通のやり取りだ。
しかし、一つだけ——どう考えても頭のネジが外れている異常な点がある。
スタンプを押し終えた審査官は、微塵も笑うことなくこう告げた。
「――確認しました。ようこそ、『合衆帝国』へ」
合衆帝国。
そう、北海道から南――本州、四国、九州に至るまでの広大な日本列島は、現在すべてこの『合衆帝国』という名の外国の領土になっているのだ。
もちろん、異世界の怪物どもに武力で侵略・占領されたわけではない。
じゃあ何故そんなことになっているのかといえば……さきほど私が口にした「紆余曲折」、その最大の原因がこの合衆帝国の「独立」という名のビッグイベントにあったからだ。
そして最もタチが悪いことに、その国の人間は全員——私たちと同じ『元日本人』なのである。
「……さて、と」
無事に「出国(そして入国)」のスタンプをもらい、私たちは広大な函館駅の連絡通路へと足を踏み入れた。
元・同胞が支配する異国の地へ向けて。
合衆帝国。
なんでも、州ごとの自治を重んじる「合衆国制」と、強権的な統治を行う「帝国制」のいいとこ取りをしたからその名がついたとか。なんとも厨二病くさいが、名付けた連中のバックボーンを考えれば笑い事では済まない。
異世界に飛ばされたと分かった当初、重力や大気成分に異常がなかったのは不幸中の幸いだった。そこはファンタジー小説のテンプレ通りだ。
だが、最大の問題は――『言葉が全く通じない』ことだった。
完全未知の言語体系。それをゼロから解析して会話を成立させるには、あまりにも時間が足りない。
そして、無情にも日本国内の食料と燃料のストックは、限界を迎えていた。
それを分かっていながら、当時の政府はあくまで「平和的対話路線」を貫き通した。結果、国内では着実に餓死者が続出していった。
……この悠長な対応にしびれを切らしたのが、現場を知る自衛隊と警察である。
もちろん、全員が反旗を翻したわけではない。彼らは最初、防衛省や外務省を通じてまともな提言を繰り返していた。
例えば――「現地の野菜を目の前で手刀で半分に割り、それを自分に指さして『売ってくれ/分けてくれ』とアピールする」といった、原始的かつ強引なボディランゲージの数々だ。
だが、お堅い政府や官僚組織は、外交的体面を気にしてこれすらも拒絶し続けた。
「――もはや、自分たちで力づくで奪うしかない」
防衛研究所が提出した『来年の国民死者数は全人口の8%に上る』という絶望的なレポートも、理想論に凝り固まった政府の前では無力だった。
現場の限界はとうに振り切れていた。
2万人規模の自衛官・警察官によるクーデター、さらにそれに呼応した警察の全面ストライキが重なり、東京は大混乱に陥る。命の危険を察知した政府の要人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し――最終的に、食料自給率が国内で飛び抜けて高かった『北海道』へと落ち延びていった。
こうして、北海道は変わらず『日本国』の看板を守り抜き、それ以外の本州・四国・九州は、自衛隊・警察主導の「力による生存」を選んだ『合衆帝国』へと変貌を遂げたのだった。
「……さて、そんな歴史を背負った国へ、今から農作物の買い付けに行くわけですが」
私は巨大な函館駅のホームで、遠く南の本州側を見据えながら、思わず遠い目を——する暇もなく、主任に背中を叩かれたのだった。
入国審査を抜けると、ゲートの向こうには別の巨大駅舎――『第二函館駅』が待ち構えていた。
こちら側は、かつての東北新幹線と接続している路線だ。
そこから先の発着システム自体は、今の日本と何ら変わらない。新幹線が走り出せば、車窓の景色は物々しいビル街から普通の住宅街へ、そして農地や山岳風景へと移り変わっていく。
「……主任。シュクシュラ国での赴任、本当に大丈夫なんでしょうか? あそこって、思いっきりアチラ(合衆帝国)の侵攻を受けた農業国ですよね?」
私は隣の席でコーヒーをすする上司にそっと尋ねた。
「まあ、向こうの感情面での期待はしない方がいいだろうな」
主任の言う通りだ。
独立を果たした合衆帝国は、食料を確保するため、日本列島の周辺海域にある沿岸国へ手当たり次第に強襲をかけた。今回交易することになるシュクシュラ国も、その被害を受けた被害国の一つだった。
この異世界はご多分に漏れず、文明レベルとしてはせいぜい中世程度。
機械化された自衛隊――いや、今は『自衛軍』と名乗る連中の圧倒的技術力に対抗できる兵器など、あちらの世界には存在しなかった。
もっとも、この世界には『魔法』がある。
一部の使い手による属人的な超常兵器は脅威だったが、人命の価値の次元が違う現代軍の足止めには、効果的だった。
いや、それ以前に――合衆帝国軍の侵攻スタイルが、そもそも相手の常軌を逸していた。
彼らの目的は「敵国の制圧」や「領土の拡大」ではない。
「今日、明日を生き延びるためのカロリー」だ。
上陸した高機動車や装甲車が爆音を上げて畑に突撃し、その圧倒的な威圧感に驚いた現地の農民や騎士、冒険者たちが慌てて逃げ出して砦に立てこもっても、軍の連中はそれを追ったりはしない。
彼らは砦を無視し、ただひたすら広大な畑に陣取って、目の前の作物を根こそぎ引っこ抜いてトラックに積み込んでいく。
そんなギャグみたいな、しかし当事者にとっては悪夢でしかない光景が、あちこちの国で繰り広げられたのだという。
「……そんな国で、私たちが『農作物の輸入担当』として笑顔で商売できるんですかね?」
「さあな。下手をしたら、生卵を投げつけられるくらいで済めば御の字だ」
車窓の向こうで、見知らぬ異世界の荒野が猛スピードで後ろへと流れていく。
私の胃が、じんじんと痛み始めたのは言うまでもない。